260−1.私見「ゼロ金利解除」



YS/2000.08.13

■ゼロ金利解除

 8月11日、日銀は、政策委員会・金融政策決定会合にて賛成多数で
ゼロ金利政策の解除を決定したと発表した。また金融市場の調節方針に
ついて、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0
.25%前後で推移するよう促すことを賛成多数で決定した。

 1年半にも及ぶ緊急避難的ゼロ金利政策が、政財界の反対を押しきる
形でようやく解除に至ったわけだが、なにやら思いのほか周辺の動きが
騒がしくなった。

■IMFの警告

 IMFは、同11日発表した日本に対する経済審査報告で、日銀がゼ
ロ金利政策を解除したことについて「経済減速の重大な懸念が残る」と
指摘、「理事会は(ゼロ金利解除に)警告を発した」ことを明らかにし
た。

 さらにIMFは日本の国内総生産(GDP)や財政などの経済統計の
内容や公表方法を改善するよう注文をつけた。

 日本のGDP統計は四半期ごとの振れが多く日本経済の実態がつかみ
にくいとの悪評が最近強まっているが、IMFが先進国に統計の改善を
求めるのは極めて異例のことである。

どうやら速水優日銀総裁はIMFへの根回しにも失敗しているようだ。

■速水優日銀総裁の根回し

 日本経済新聞によれば、速水優日銀総裁は7月半ば、国際決済銀行(
BIS)の会合でスイスを訪れた際に、自らゼロ金利解除への根回しに
動いた。ニューヨーク連銀のマクドナー総裁をはじめ米欧の中央銀行首
脳に日本経済の現状認識を個別に説明、理解を求めた。

 速水総裁はボルカー元米連邦準備理事会(FRB)議長やルービン前
財務長官らを通じて、ゼロ金利解除反対の急先ぽうだったサマーズ財務
長官への真意説明も要請した。

 そごう問題で7月のゼロ金利解除は見送ったが、総裁はじめ日銀が「
できる」と確信したのはこの時だったようだ。米欧当局者がすべて日銀
に賛同したわけではないが、「判断を固めたら決定の先送りはまずい」
との見解から解除に踏み切ったようだ。

 そして見事にIMFから厳しい洗礼を受けることになる。そして7月
の見送りの決定要因も同じ意向からきたものである。

■新生銀行の役割

 実はそごうからの債権放棄要請を拒否した新生銀行のねらいは、アメ
リカ側のゼロ金利解除への牽制であろう。従って、新生銀行のシニア・
アドバイザーを務めるポール・ボルカー元米連邦準備理事会(FRB)
議長も速水総裁の説明に賛同しているわけではなさそうだ。

 一部に新生銀行を投機集団のごとく論ずる記事を多く見かけるが、新
生銀行の取締役会の構成を無視しているようだ。

 デビッド・ロックフェラー氏(元チェース・マンハッタン銀行会長)
やポール・ボルカー氏(元米連邦準備理事会(FRB)議長)、バーノ
ン・ジョーダン氏(ラザード・フレール・マネージング・ディレクター)
などアメリカの政財界人のトップが役員として参画しているのである。

 その意味に気付いている人は少ないようだが、戦後のGHQ的な役割
を担っていると見るべきであろう。そして彼らは、政府与党が来年の参
議院選挙に向けて必死になって隠そうとしている日本経済の実体をゴー
ルドマン・サックス等を通じて正確に把握している。

 経団連の今井会長は、ゼロ金利政策解除に対して「理解に苦しむ決定
と言わざるを得ない。景気・物価などの情勢が後戻りすることはないと
の判断は重く、今後の展開によっては、その責任が問われる」とするコ
メントを発表した。

 新生銀行の社外取締役を務める今井会長の発言は、アメリカ側の意向
を代弁したものであり、日本経済界の実体を知る者として悲しいまでの
本音も見隠れしている。

■小林陽太郎氏との温度差

 一方、経済同友会の小林陽太郎代表幹事は、日銀のゼロ金利政策解除
について、日銀がゼロ金利解除に踏み切ったことは、日本経済のデフレ
懸念が払しょくされ、経済回復も軌道に乗りつつあるとの見方を裏付け
るものとして歓迎したい、とのコメントを発表した。

 経団連と経済同友会では、会員企業の構成が異なるためその発言に極
端な温度差が生じている。

 勝ち組企業である富士ゼロックスの小林陽太郎会長は、アメリカゼロ
ックス本社取締役でもあり、今は亡き盛田昭夫氏(ソニー会長)の後任
としてジョージ・シュルツ元国務長官が会長を勤めるJ・P・モルガン
・インターナショナル・カウンシルのメンバーにも選ばれている。

 新生銀行と新日債銀がロックフェラー色を強めているなかで、モルガ
ングループの意図が反映されているようだ。

 ソニーの出井会長の動向に注目が集まる。

■生命維持装置

 なにやらスローモーションを見ているかのように音を立てて崩れ落ち
ていくこの国の姿がある。

 この点を英ガーディアン紙が見事に論じている。

「世界の主要な中央銀行が引き締め策を取っているのを見て、速水日銀
総裁は取り残されたと思っていたに違いない」などと皮肉な見方を示し
ながら、日本の景気については「内需は財政による『生命維持装置頼み』
であり、消費は盛り上がらず、金融システムからは依然として不良債権
の重しがとれない」と分析した。

 低金利政策も過去10年にわたる日本の失政を支える生命維持装置と
して機能してきた。バブルを生み出した金融緩和、急激なバブルつぶし、
遅すぎた不良債権処理、公共事業頼みの景気対策、早すぎた消費税率上
げ。そして、遂に頼みの綱の生命維持装置のひとつを外す日を迎える。

 日銀側には、人的交流が盛んで、今や瀕死の状態に陥っている短資会
社救済という身内の事情もあったようだが、速見総裁を筆頭に、日本は
まだまだリストラが必要だと熱心に信じている方々が多いようだ。そし
て、低金利の解除こそが『創造的破壊』をもたらすものと思い込んでい
る。

 しかし、創造的破壊はタイミングを見失うと単なる破壊だけに終わり
かねない。おそらく建設、不動産、流通の三業種で退場を迫られる企業
は少なくないはずだ。

 そして、今回、日銀が挑んだ最大の相手は自民党である。三業種のい
ずれもが自民党の支持基盤であり、今後政局に大波が押し寄せることに
なる。

 今まさに補正予算による救済策を必死で考えている最中だろう。しか
し、もう国民の合意は得られるはずもなく、さらなる支持率低下を招く
だけだ。
 
 農業分野も含めて、自民党がこれまで必死で守り続けたものが、一斉
に音を立てて崩れようとしている。そろそろ次の世代の為に自らの責任
を潔く認める時期にさしかかっている。

 企業も政治もつぶすべきところはつぶすべきだろう。一時的に倒産は
急増し、失業も急増する。そしてその先には、新生銀行方式の救済が待
ち受けている。


引用/参考 日本経済新聞 他
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2000年8月15日(火) 0時38分 

ゼロ金利解除、日本の「先送り体質」に攻撃=米紙が社説で速水総裁を
評価(時事通信)
 
 【ニューヨーク14日時事】14日付の米紙ウォール・ストリート・
ジャーナルは、日銀のゼロ金利政策解除について社説を掲載、「速水優
日銀総裁は先送り体質の日本の政治システムが抱える文化に攻撃を加え
た」と評価した。
 
 同紙は、日本の企業がゼロ金利などによってある種の“生命維持装置
”を享受し、リストラを行っていないという速水総裁の考え方に理解を
示し、「速水総裁は十字軍運動を展開している」として今後の手腕に期
待を寄せた。 

[時事通信社 2000年 8月15日 00:38 ]


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