169.マイクロソフトと米大統領選



YS/2000.04.29
★最終局面を迎える反トラスト訴訟

世界中の注目を集めるマイクロソフトに対する反トラスト訴訟。199
7年10月20日に米司法省が反トラスト法(独占禁止法)違反でワシ
ントン連邦地裁に訴えてから2年半を経て、ようやくその決着がつけら
れようとしている。

2000年4月3日ワシントン連邦地裁のトマス・ジャクソン判事は他
社の技術革新を抑圧して、インターネットブラウザ市場を独占しようと
したとの判断を下しマイクロソフトの敗訴が確定した。

同4月28日、米政府はマイクロソフトに対する是正措置として、司法
省と17の州政府が提出した17ページに及ぶ提案書をもとに「ウィン
ドウズ」などの基本ソフト(OS)業務と、アプリケーション(応用ソ
フト)業務の2社に分割するよう連邦地裁に要請した。

司法省の要請どうりに会社分割が実現すれば1910年代のロックフェ
ラー家のスタンダード石油、1980年代の旧AT&T以来の独禁法絡
みの大型企業分割になる。

これに対しマイクロソフト側は、「政府は、論理的な姿勢で問題を解決
しようと努力せず、消費者の利益と技術革新を損なうような極端な措置
を要請している。これらの要請は、事実による裏付けを欠いており、司
法システムにおいて正当化される可能性は低い」と今なお徹底抗戦する
構えを見せている。

★マイクロソフトと米株価の不思議な連動

日経GOOの日経四紙詳細検索で「マイクロソフト 株価」のキーワー
ド検索結果は267件、その関連する代表的な見出しが下である。マイ
クロソフトが米株価に大きな影響を与えていることがわかる。特に4月
14日、ニューヨーク株式市場で史上最大の下げを記録したが、その要
因のひとつが4月3日のマイクロソフト敗訴と指摘する声が多い。

マイクロソフト高が波及(ニューヨーク株)
2000/04/26日本経済新聞 夕刊

ナスダック一時急落、マイクロソフト下げ影響。
2000/04/25日本経済新聞 朝刊

→マイクロソフト――訴訟問題で大幅下落、成長力にも陰り、上値重い
2000/04/25日経金融新聞

ナスダック、最高値から25%下落、主力ハイテク株、業績不安強まる。
2000/04/14日経金融新聞

揺らぐ覇権マイクロソフト敗訴(上)独占阻む包囲網――正念場のネッ
ト戦略。
2000/04/06日本経済新聞 朝刊

ナスダック乱高下が影響、ハイテク株に警戒感――損失覚悟の売り膨ら
む。
2000/04/06日本経済新聞 朝刊

揺らぐ神話、マイクロソフト株急落、時価総額9兆7000億円消失―
―3位に。
2000/04/06日経金融新聞

→マイクロソフト敗訴、独禁法訴訟――火種抱えネット強化、賠償訴訟
頻発の懸念。
2000/04/05日本経済新聞 朝刊

★マイクロソフトの戦略

マイクロソフトは大統領選に向けて緊張が高まる中で、分割阻止に向け
て「株価を人質」にしているのである。

ニューズウィーク日本版4月19日号によれば昨年4月にビル・ゲイツ
はテキサス州知事邸に共和党候補ジョージ・W・ブッシュを訪ねている。
ゲイツの狙いは政権交代で現司法省が生まれ変わること。そしてブッシ
ュは、マイクロソフトからの政治献金である。マイクロソフトとその幹
部は、1997年以後180万ドルもの政治献金を行い、その3分の2
以上が共和党向けとなっている。

敗訴後の4月5日にホワイトハウス主催のニューエコノミー会議で英雄
のようにゲイツを迎えたのは共和党議員達だった。そしてゲイツと共に
会場を出た共和党リチャード・アーミー下院院内総務は報道陣に「マイ
クロソフトより司法省こそ分割が必要」と語っている。

また4月12日付けNIKKEI−NETによれば、マイクロソフトが
ブッシュに近いコンサルタント会社と契約していたことが判明、ブッシ
ュ政権が誕生した場合に自社に有利な措置を期待して、先手を打ったと
の見方が浮上している。

民主党候補のゴア副大統領はこの問題で沈黙を守るが、ハイテク政策へ
の強さを売り物にしてきただけに無縁でいることは難しく、大型裁判の
行方は大統領選と絡み合う可能性が出てきた。

ニューヨーク・タイムズ紙などによると、このコンサルタント会社はブ
ッシュ氏の顧問役も務めるラルフ・リード氏が創設したセンチュリー・
ストラテジーズ社。1998年秋にマイクロソフトの反トラスト法違反
訴訟への対策を請け負い、ブッシュ支持者を組織して訴訟に反対する手
紙をブッシュ氏に書き送る計画を進めていた。

ブッシュは同社を「経済成長のエンジン」と呼ぶなど心情的に支持して
おり、マイクロソフト側は裁判を引き延ばしてブッシュ政権での決着を
狙っているとの声も漏れている。

マイクロソフトの本社がある西海岸のワシントン州は伝統的に民主党へ
の支持が強いが、司法省寄りの姿勢を示せば同州での選挙戦が危うくな
りかねない。民主党はハイテク関係の研究開発やインターネットの普及
を率先して進めてきた経緯からも、ゴア陣営にとって政権の一員として
の立場と大統領候補としての損得勘定をはかりにかけて思案していると
のことだ。

ゲイツは政治献金を始めた1997年から大物政治家や財界人などのエ
スタブリッシュメントを集めた「CEOサミット」を主催している。第
1回イベントには、ゴア副大統領が参加し注目を集めたが、翌年からは
姿を見せていない。政財界人とのパートナーシップ強化を目的とした訴
訟対策がこの時にすでに始まっていたのである。

★脆弱なコーポレート・ガバナンス(企業統治)

以前からニューエコノミー系企業の経営分析を行ってきたが、総じて経
営陣の統治システムの脆弱さが気になっていた。会計事務所のプライス
ウォーターハウス・クーパーズは株式を公開している米ネット企業12
0社の経営調査を実施し、社外取締役を置いている企業が36%にすぎ
ないことを指摘している。

アメリカのエスタブリッシュメント企業は社外取締役の導入が事実上の
義務とされ、9割以上の大企業が経営のお目付け役として他企業の経営
者などに社外取締役を託している。

社外取締役の効用は企業が危機に陥った時に、経営陣とは距離を置いた
立場から最高経営責任者(CEO)の更迭など思い切った措置を断行で
きることにある。米企業社会に社外取締役の意義が浸透したのも、90
年代前半のゼネラル・モーターズなど名門企業の経営危機がきっかけだ
った。

マイクロソフトは最新のフォーチュン500(全米大企業ランキング)
で84位にランクする大企業となっているが、その取締役会の構成は強
力な布陣とはいえない。これまで大物がいなかったのである。リチャー
ド・A・ハックボーンHewlett−Packard会長等が社外取
締役として一応参画してはいるが、政治的影響力に欠けていたのである。
それどころか『ライバルのサン・マイクロシステムズやアップル、AO
L(タイム・ワーナー)らが「多種多様な方法」で経営陣が結集してい
く中、ますますで孤立化していく。「BANANAREPUBRIC」のTシャツぐら
い着る配慮があれば少しは変わっていたかもしれない。』

ところが・・・・・。

★招かれた大物

マイクロソフトは2000年1月27日付けでアン・マクローリン女史
の取締役就任を発表した。マクローリン女史は1987年から1989
年までレーガン大統領のもとで労働長官を務め、1996年よりアスペ
ン研究所の会長を務めている。

アスペン研究所は、社会、政府、企業におけるリーダーシップの質の向
上を目的とした非営利の国際教育機関である。

さらに1999年には女性向けアパレル大手Nordstorm、日本
でもお馴染みの食品大手Kellogg、ホテル大手Host Mar
riottなど合計9社の取締役を兼任するアメリカ・インナー・サー
クルの頂点に近い人物である。

ちなみにマクローリン女史の1999年の報酬は約$667,000で
あると4月17日付け米紙USAトゥデーが掲載している。

さてこのアスペン研究所は、コロラド州の自然豊かなリゾート地にある。
第2次世界大戦が生んだ東西冷戦や核開発競争など新たな国際的緊張に
危機感を抱いた有識者たちが、ゲーテの生誕200年祭を契機に、人間
の精神、課題を見つめ直そうという趣旨で1949年に設立された。

日本アスペン研究所の会長をつとめる小林陽太郎富士ゼロックス会長に
アスペン研究所を語ってもらおう。1977年のアスペン・セミナーに
初めて参加、衝撃を受けたと、次のように述懐している。

「米国のビジネスマンは当面の短期利益しか考えていないなどと私が思
っていたのは、全く恥ずかしい限りだった。事実、利益をあげるという
点では米国のビジネス社会はものすごく厳しい。しかし一方で、その同
じビジネスマンが一夜漬けでなく、哲学や倫理を論じる。その二つが全
然矛盾していない。米国人たちの底の深さに触れた感じだった」

「なぜ日本にこうした活動がないのか」という問題意識を共有した有志
の声が、1998年4月、日本アスペン研究所を設立させた。

名誉会長は鈴木治雄昭和電工名誉会長が、会長には小林陽太郎富士ゼロ
ックス会長が就任している。出資企業は、オリックス、キッコーマン、
資生堂、セコム、大日本印刷、電通、東芝、富士ゼロックス、ソニーな
ど22社で私のコラムの常連企業が多数含まれている。

それではアスペン研究所に集う大物達を紹介しよう。

The Aspen Institute Board of Trustees
http://www.aspeninst.org/about/about_board.asp

御覧のとうりのそうそうたる顔ぶれが並んでいる。特に共和党に近い大
物が多い点に注目いただきたい。

マクローリン女史の登場によって分割が当初の3分割から2分割へと緩
和されていくのである。

★株価連動のメカニズム

過去10年間にわたって「インスティテューショナル・インベスター」
誌から、ウォール街のソフトウェア・アナリストとしてナンバーワンで
あると評価されている人物がいる。米投資銀行ゴールドマン・サックス
のリック・シャ−ランド氏である。

ゴールドマン・サックスは、マイクロソフトが1986年に株式公開を
行なった際に協力している。それ以来シャーランド氏は、マイクロソフ
トの幹部たちと定期的に食事する関係にあると言われ、同社の動向を追
い、その株価に影響力を持ち続けてきた。

今年4月16日の週にマイクロソフト社が投資家たちに対して、今後の
成長は低下すると警告したあと、シャーランド氏は同社株の格付けを下
げ、同社の業績予測も下方修正した。

シャーランド氏のコメントはウォール街に影響を与え、マイクロソフト
の株価は24日、約16%下がって67ドル1/4となった。そして、
技術関連株が全般的に売られる結果ともなる。この株価低下は、司法省
が、独占力を乱用したとして同社の分割を求めるらしいという報道とも
連動していたのである。

周知のとうりゴールドマン・サックスはルービン前財務長官が共同会長
を務めていた。次の財務長官のポストを狙ってメリルリンチやモルガン
・スタンレー・ディーン・ウィッターやソロモン・スミス・バーニーな
どと壮絶な争いを演じているのである。

★グリーンスパンFRB議長の決断

4月25日、原告側の司法省はホワイトハウスの経済政策担当幹部に同
省の対応方針を説明した。出席したのは、スパーリング大統領補佐官
(国家経済会議担当)、サマーズ財務長官、ベーリー経済諮問委員会
(CEA)委員長などで、司法省からはクライン反トラスト局長らが出
席した。

ロイター通信によると、分割という厳しい措置に対してホワイトハウス
側は特に異論を唱えなかったもようで、同省案を事実上容認したと受け
止められている。

ロックハート報道官は記者会見で「クリントン大統領は司法省がこの問
題を扱うべきだと考えている」と語り、同省の判断を重視する姿勢を示
唆。サマーズ長官は「経済的に重要な影響のある問題について説明を受
けるのは適切」と述べ、今回の訴訟が米国経済全体に与える影響を重視
していることをうかがわせた。

民主党にとって、マイクロソフトに揺さぶられるかたちで、このまま株
価が不安定な状況が続くと大統領選に大きな影響を及ぼすことは百も承
知だ。

民主党陣営はマイクロソフトがこの分割案に強く反発し独禁法違反を認
める連邦地裁の一審判決を不服として控訴するのを待つしかない。最高
裁まで審理が進めば最終決着は2〜3年程度かかるとみられる。従って
ゴールドマン・サックスをいかに巻き込むことができるかにかかってき
そうだ。ゴールドマン・サックスの取締役会には2人程適任者がいる。
ジョン・A・サイン共同COOとジョン・L・ソーントン共同COOあ
たりの政権入りの要請を行っているかもしれない。

さて今注目の人物アラン・グリーンスパンFRB議長は司法省の説明に
は出席していない。ゴア民主党陣営は9年前のことを思い出しているの
かもしれない。グリーンスパンFRB議長は91年に高金利政策の変更
を拒否し、クリントン政権誕生の一因をつくったとされている。

グリーンスパンFRB議長は、4月14日の株価急落が世界に及ぼした
影響を分析しながら「別の次元」での冷徹な決断を下すだろう。

そこにアメリカの本質が隠されている。これからのグリーンスパンFR
B議長の発言は新たな歴史を生み出すはずだ。


[引用・参考資料]

日本経済新聞、NIKKEI−NET、日経GOO

NEWSWEEK 日本版 2000/4/12,4/19,4/26 号、USA

CNET JAPAN

WIRED NEWS/USA,JAPAN

ZDNN/USA,JAPAN

共同通信社、ロイター、USA TODAY、FORTUNE

マイクロソフト株の格付け低下、株価が急落
http://www.hotwired.co.jp/news/news/Business/story/20000425102.
html

The Gates List: Guess Who's Coming to Dinner
http://www.wired.com/news/print_version/story/3747.html

Ann McLaughlin Named to Microsoft Board of Directors
http://www.microsoft.com/PressPass/press/2000/Jan00/
annMcLaughlinPR.asp

What is the Aspen Institute?
http://www.aspeninst.org/about/default.asp

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