2234.バーネットの「新地政学:世界グローバル化戦略」(下)



バーネットの「新地政学:世界グローバル化戦略」(下)
byコバケン 05-12/24

▼第五章
この国際戦略コラムのホームページの表紙にリンクがはられている
ことでもうすっかりおなじみになったバーネットの
『Blue Print for Action』であるが、いよいよ今回でこの本の内容
紹介の最後である。

さて、第五章であるが、「すでに同じような敵と遭遇したぞ・・・
」(We Have Met the Enemy……)という題名である。この内容だが
、簡単にいえばグローバル化の歴史が教えるアメリカの使命を説明
しているものだ。

バーネットはまずアメリカの宗教家(神父など)から「平和維持部
隊」というコンセプトに対する反応が極めてよかったことを指摘し
つつ、自身はリベラルやリアリズム、右や左の分類にはとらわれな
い、グローバル化推進を目指す戦略家であることを再び強調してい
る。

また、この章では一冊目の『ペンタゴンの新しい地図』を読んだ人
々からの反応・批判に一々答えるという体裁をとっているのだが、
その過程でものすごく斬新な、独自のグローバル化論を展開してい
るのが興味深い。

まずバーネットは一冊目で提示したグローバル化推進理論に対して
投げかけられた批判には、大きく分けて三つあるといって紹介して
いる。

1、グローバル化は、急激な変化を起こすことによってネガティブ
  な影響を及ぼすのでは?
2、グローバル化は、異質な文化を他の文化の上に押し付けてしま
  うことになるのでは?
3、グローバル化は地球環境(エコシステム)のバランスをくずし
  てしまうのでは?

これを簡単にいうと、グローバル化を進めるときに「スピード」、
「文化の多様性」、そして「環境」という三つの面で大丈夫なのか
?ということになる。

これに対してバーネットはどう反論しているのかというと、正面か
らはほとんど反論していない。とりあえずは一冊目の『ペンタゴン
の新しい地図』で示されたグローバル化によってギャップとコアの
間で起こる流れ、つまり 

1.人の流れ(ギャップ→コア)
2.エネルギーの流れ(ギャップ→コア)
3.マネーの流れ(ギャップ→コア)
4.安全保障の流れ(コア→ギャップ)

という四つが大切であると主張し、我々はこれを意識的に行ってい
くわけだし、これまでやってきたのだから大丈夫だ、と非常に楽観
的な予測をするのである。しかもここで驚きなのは、バーネットは
ここでグローバル化には人類史の必然的な大きな流れがあるとして
、かなり独創的な話をはじめるという点だ。

▼バーネットの「人類史逆流理論」?
バーネットがグローバル化を進めるのがアメリカの使命だ、という
ことを考えて、これをアメリカのグランド・ストラテジーとして世
に問うたのが二〇〇四年の初めである。

ところがこの後、カソリックで子だくさんのバーネットは、子供の
おもりのついでにボストンにある「科学博物館」(Museum 
of Science)を訪れていた。この時に何気なく見ていた
ある展示品を見て、彼はものすごいことをひらめいた。

何をひらめいたのかというと、「人類の発展と現在のグローバル化
には密接な関係がある」ということである。

彼が見ていたのは、人類が古代にアフリカから世界中に広がって移
住して行った流れを示した世界地図である。もちろんこの時からい
わゆる人類の「グローバル化」ということが始まっていたというの
は、学校でも習うことなので珍しくもなんともない。

ところバーネットが独創的なのは、ここで現在のグローバル化とそ
の「人類大移動」を無理やり結びつけてしまうところである。

どういうことなのかというと、現在の経済グローバル化というのは
、古代の人類のグローバル化の流れと逆行しているということであ
る。

彼の言う「流れ」をわかりやすく示すとこうなる。

★「古代人類のグローバル化」: アフリカ→中東→アジア→ヨー
ロッパ→アメリカ

これが一万年ほど前までの「グローバル化」なのだが、これとは全
く逆の流れで、

★「現在の経済によるグローバル化」: アメリカ→ヨーロッパ→
アジア→中東→アフリカ

というものが起こっているというのだ。このモデルで驚くのは、バ
ーネットが最初にグローバル化を起こしたのがアメリカであるとい
う、かなり無茶苦茶な想定をしていることである。なぜそうなのか
を、彼は近代のグローバル化には四つの時期があるからだ、とし
ている。

第一期(1870〜1914年):アメリカの南北戦争終了時から
    第一次世界大戦開始直前まで
第二期(1945〜1980年):第二次世界大戦終了時から中国
    市場開放直前まで
第三期(1980〜2001年):中国市場開放からアメリカの連
    続テロ事件まで
第四期(2001年〜    ):アメリカの連続テロ事件以降

これを見ると、バーネットがいかに「グローバル化アメリカ中心史
観」、そして「マーケット中心史観」、そして「中国さんに期待し
てますよ史観」を持っているかがよくわかる。一般的にいわれてい
るような、「グローバル化、つまり西洋の近代化がルネッサンス以
降から始まった」という史観などは全くお構いなしである。

つまりバーネットは、何がなんでも「アメリカが最初にグローバル
化を始めた」といいたいのである。

これはかなりツッコミがいのある意見であり、バーネットのことを
小一時間くらい正座させて説教してやりたい衝動にかられる人もい
るだろうが、こういう「アメリカが始めてそれを推進する使命があ
る」という理想主義的な主張には、一般どころか相当知性の高いア
メリカ人でも、メロメロになってしまうのだ。

▼グローバル化の「抵抗勢力」と「オキシデンタリズム」
このような「グローバル化はアメリカが始めた!」、「これをアメ
リカは進める義務がある!」という、いわゆる19世紀の頃にアメ
リカを西へと進ませることになった「明白な天命」(マニフェスト
・デステニー)まがいの理論になると、それに抵抗する勢力は完全
に「悪」ということになる。

これは前回でも触れたが、バーネットが執拗に北朝鮮を敵視する姿
勢にもよく表れている。つまりグローバル化に抵抗する勢力はなん
であれ「叩き潰す」か「改宗」して取り込まなければならないこと
になるのだ。こういう面ではバーネットの理論というのはネオコン
の主張とけっこう近い。

この「グローバル化の敵」なのだが、具体的に言えばアメリカ政府
にとって、最初が南軍であり、その次が両大戦の時のドイツと日本
(!)、冷戦時代のソ連、そして今がアル・カイダのようなテロリ
スト集団であったり、北朝鮮だったりするのだ。

このような「グローバル化は必然である」という理論を補強するた
めに、バーネットはフランシス・フクヤマ、マーティン・ウォルフ
、イアン・ブルマなどの主張をつまみ食いしながら紹介しているの
だが、特に面白いのは、このブルマが最近主張した「オキシデンタ
リズム」(Occidentalism)という概念をうまく使っていることであ
る。

「オキシデンタリズム」とは、エドワード・サイードという近年死
去した有名なアラブ系の左翼知識人が有名にした「オリエンタリズ
ム」(Orientalism)という概念に対抗する概念として出てきたもの
だ。

元々サイードの「オリエンタリズム」のほうは、西側諸国が東洋を
不気味なものとして捉える文化的な差別・偏見を示したものなのだ
が、ブルマの「オキシデンタリズム」ほうは、逆に後進国側の人々
の中にある、外とのつながりへの恐怖感から出てくる原理主義、も
しくは保守的な行動に走る衝動からでる差別感ということになる。

この現象なのだが、逆説的なことに、これからグローバル化される
ギャップの人々の間ではなく、むしろコアの中で先進国の恩恵を受
けつつも、このままコアに完全に同化してしまってはまずいのでは
ないかと感じる人々の間で起こるという。

言い方を変えれば、これは急激なグローバル化によって自分たちの
文化的な寄りどころを失ってしまう人々の恐怖、つまり自分たちア
イデンティティーが失われてしまう恐怖から人々の間に生まれる現
象だというのだ。

その証拠として、ギャップのような後進国で過激な原理主義を主導
するのは、常に最貧層ではなく、西側の教育をうけた中流階級以上
の富裕層に多いのだ。このような事実はよくメディアなどで指摘さ
れているところだが、サウジの富豪一族出身のオサマ・ビンラディ
ンなどはこの典型であろう。

つまり貧乏な人間にとっては、自分たちのアイデンティティーより
もまずどう金儲けして生き延びるかのほうがより切実な問題だ、と
いうことなのだ。「貧乏人はグローバル化に反対はしない、なぜな
らグローバル化は彼らに富をもたらしてくれるからだ!」というこ
とになる。

その他にも、バーネットはハーヴァード大学時代に自分の先生だっ
たサミュエル・ハンチントンの有名な「文明の衝突」(The Clash 
of Civilization)というアイディアを文字って、冷戦後の世界はグ
ローバル化を進むから「文明の収束」(The Convergence of 
Civilization)になる、と言っている。

もちろん「グローバル化で世界を統合せよ」と唱えているバーネッ
トは、「文明同士の衝突は避けられない」とする元の自分の先生で
あるハンチントンとは意見が合わない。

その後、アメリカの宗教右派のような保守的なキリスト教プロテス
タントが、先進国のあるコアではなくむしろギャップの中で勢力を
急激に拡大している逆説的な事実を紹介しており、長期的にみれば
、「(現ベネズエラ大統領の)チャベスを暗殺しろ!」と問題発言
したパット・ロバートソンのようなゴリゴリの宗教右派の親分も、
ギャップの国々の信者を獲得するためにいつまでも保守的なことば
かり言っていられず、そのうち「アフリカの貧困をなくそう」と唱
えるU2のボノと手を組むかも知れないと、刺激的な予測もしてい
る。

また、環境問題については「反環境派」として名高いスウェーデン
のビヨーン・ロンボーグの主張を取り入れつつ、ギャップの環境破
壊はコアの国々が口出しすることによって統制できるということや
、グローバル化が進んだことによって最貧層の人口の絶対数は
1970年代から減少傾向にあること、そして、原子力などの代替
エネルギーの時代に移るまで石油は枯渇しないなど、かなり楽観的
な環境論を織り込みつつ論じている。

そして最後に、あくまでもグローバル化を推進するのは素晴らしい
のだ!と力説し、アメリカはこの夢に向かっていかなければならな
いと主張して、第五章をまとめている。

▼結論と未来のブログの見出し
そして最後の章の「結論」(Conclusion)なのだが、これはとても
短い。

どういうことが書かれているかというと、新しく養子に迎えた中国
人という異人種の娘が家族に加入してから、その子にとっては兄と
なる、自分の息子たちの意識が変わったことをきっかけに話をして
いるのだ。

つまりバーネットは自分の家族の中に多民族主義ができたというこ
とを言いたいわけなのだが、この現象をネタにしつつ、息子に対し
てこういうヒーローもあるよ、と教えるような形で、グローバル化
時代の新たな理想的なヒーロー像を列挙するのである。この章の副
題も、「まだ発見されないヒーローたち」(Heroes Yet Discovered
)である。

この中には「シスアド部隊で最初に勲章メダルをもらう人」とか、
「最後の」また、アメリカ以外では「EUのウッドロウ・ウィルソ
ン」とか「ヨーロッパ内のイスラム教徒にとっての"マーチン・ルー
サー・キング牧師"」や「最初のアフリカ系のローマ法王」などであ
る。

この中でも特に我々の目を引くのは「日本で戦後初の平和維持部隊
によるアフリカでの戦死者」というものや、「アジア版のNATO
において中国人が総司令官になること」などであろう。面白いもの
では「イスラム系ラップにおけるエミネム」というものもある。

そして結論の次には最終章となる「あとがき」(Afterword)では副
題の「未来のブログの見出し」(Blogging the Future)の通りに、
予想年代を五年ごとの四つ(2010年、2015年、2020年
、2025年)に区切り、その時代に見ることができそうなブログ
の見出しを予想して列挙しているのだ。

この中で最も知られているのが、2010年の見出しとして「北朝
鮮の金正日が米中共同の最後通牒によって政権放棄:朝鮮半島の統
一近し」というものであり、バーネットの予想(希望?)としては
現ブッシュ政権が終わるかその次の政権の前半までにはなんとかし
たい、という意思が見え隠れしている。

この他、2010年で目を引くのは「イスラエルとイランの和解」
のようなものや、「トルコがEUに急速に加盟承認」、「ASEAN
が中国を取り入れて東アジア自由経済圏一歩前進」のようなものが
ある。

2015年では「インド議会が第二京都議定書加盟を承認」みたい
なものから「アメリカ主導の多国籍軍がコロンビアを侵攻」、「米
中日露による統一朝鮮管理」といった物騒なもの、2020年では
「第六世代が承認することにより中国国内の宗教活動活発化」、「
EUのイスラム系野党が移民規制を緩和」といったものや、アメリ
カの大統領選挙でヒスパニック系の票が結果を左右するようになる
というものもある。

そして最後の2025年ではイスラエル/パレスチナ問題が解決す
ることや、「水素時代への以降の前兆として石油の需要が史上最高
を迎える」という逆説的なもの、「キューバでアメリカの53番目
の州(?!)になろうという運動が起こる」というものすごいもの
まである。

最後の一言として、ピカソの哲学的な言葉、――「はじめは似てい
なくても、将来似て来る」――というものを引用して、本文を締め
くくっている。

■参考文献
『オリエンタリズム』 by エドワード・W. サイード
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582760112/kokusaisenrya-22

『Occidentalism: The West in the Eyes of its Enemies』 by Ian Buruma & Avishai Margalit
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0143034871/kokusaisenrya-22

『The Skeptical Environmentalist: Measuring the Real State of the World』 by Bjorn Lomborg
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0521010683/kokusaisenrya-22


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