1620.ふたつのアメリカ/「ムーア vs ミッキー」とBCCIスキャンダル



YS/2004.05.08


ふたつのアメリカ/ 「ムーア vs ミッキー」とBCCIスキャンダル



            ★★ 宣伝 ★★

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  何が、誰が、どう絡み合って現在の世界を動かしているのか? 
        なかなかぼくたちにはわからない。
    この著者のように、きちんとひも解いてくれないと。
             
            ★★★★★★★★

『トリックスターとは、その自由奔放な行為ですべての価値をひっ
くり返す神話的いたずら者、いわば文化ヒーローとしての道化であ
る。創造者であると同時に破壊者、善であるとともに悪であるとい
う両義性をそなえて、トリックスターはまさに未分化状態にある人
間の意識を象徴する。そして、既成の世界観のなかで両端に引きさ
かれた価値の仲介者としての役割をになう。トリックスターのかも
しだす痛快な笑い、諷刺、ユーモア、アイロニーは、多次元的な現
実を同時に生き、それらの間を自由に往還して世界の隠れた貌を顕
在化させることによって、よりダイナミックな宇宙論的次元を切り
拓く、すぐれた精神の技術である。』

「トリックスター」ポール・ラディン他著(昌文全書 1974)


■右と左のトリックスター対決

 現代に復活した保守派のトリックスターであるネオコンに対して、
くそまじめな論調で対抗しても勝ち目がない。スルリと身をかわし、
笑い飛ばされてしまうだけだ。こうしたワンパターンの論戦に見飽
きたところで、気になる存在が現れてきた。丸い体に丸い顔、丸メ
ガネのひげ面、そして目をキョロキョロさせながらジョークを連発
させる。日本でもその著書(「アホでマヌケなアメリカ白人」)が
ベストセラーとなった映画監督マイケル・ムーアである。

 コロンバイン高校で起きた銃乱射事件から米国での銃犯罪に取り
組んだ映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」で2003年の
米アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞し、その授賞式では「
ブッシュ大統領よ、恥を知れ!」を連呼した。この映像からはまだ
まだトリックスターには程遠いと感じるが、映画を観る限りにおい
てはその素質は十分にある。

 現在ムーアは最新作『華氏911(Fahrenheit 911)』の公開を
目前に控えている。この映画はブッシュ家とビン・ラディン家の親
密な関係を暴くもので、2001年10月に書いた拙稿「ニュー・
グレート・ゲーム」の世界が映像で描かれているようだ。しかし、
5月5日に各社が報じた記事によれば、親会社であるウォルト・デ
ィズニーが、この映画に出資し配給する予定であった傘下のミラマ
ックスに対し、圧力をかけ配給を阻止している。

■マイケル・ムーアとカトリック

 さて、アカデミー賞の授賞式の最後にブーイングが鳴り響く中、
マイケル・ムーアは次のように語っている。

「ローマ法王やディキシー・チックスが反対しているからには、お
まえの命運もこれまでだ。」

 ディキシー・チックスは、保守的なカントリー・ミュージック界
にあって、ブッシュ批判を繰り広げて話題を集めた女性3人組の人
気グループである。長年にわたってカントリーも幅広く聞いてきた
が、音楽業界の分裂は別の機会に書いてみたい。

 ここではムーアがローマ法王を口にしたことに注目してみたい。

 1954年にアイルランド系カトリックの家に生まれたムーアは、
神学校に通いながら神父を目指していた。現在でも敬虔なクリスチ
ャンであり、月刊PLAYBOYとのインタビューでは「おい、ブッシュ、
世界を返せ!」の執筆中に突如神が現れ、「私が代わりに書く」と
言われたと応えている。やはりここにブッシュ大統領との共通点も
見出せて興味深い。

 当初『華氏911』に出資を予定していたのが、メル・ギブソン
が設立した制作会社アイコン・プロダクションズであった。しかし、
昨年5月に突如アイコン・プロダクションズは出資を取りやめ、代
わりに出資合意したミラマックスに対して保守派は強い批判を行っ
てきたようだ。つまり、超リベラル派カトリックであるマイケル・
ムーアと超保守派カトリックであるメル・ギブソンとの協調と分裂
が生じていたことになる。

■『パッション』と『華氏911』

映画『パッション』によってキリスト教右派に歩み寄ったメル・ギ
ブソンは、クリスチャン・コアリションが大統領選に向けて今年9
月24日、25日に開催する「ロード・トゥ・ヴィクトリー200
4」にもブッシュ大統領やパット・ロバートソンやカール・ローブ
などと共に招待されている。今やキリスト教右派のヒーローになっ
たようだ。全世界的な規模で邁進し続けている『パッション』に対
して、『華氏911』は公開すら危ぶまれている。

 ウォルト・ディズニーが圧力をかけたとの記事は瞬く間に世界中
を飛び交うことになるが、実際にはすでに昨年5月にウォルト・デ
ィズニーから配給しないとの決定がムーア側に伝えられていた。『
華氏911』は5月12日から始まるカンヌ国際映画祭のコンペテ
ィション作品にノミネートされているが、この時期に敢えてこの問
題を取り上げたのは、カンヌに向けた人目を引くためのPR・スタ
ントであった。ここにムーアのトリックスターとしての真価が見て
とれる。

 この映画で注目すべき点は、ブッシュ家とビン・ラディン家のさ
らなる深部としてBCCI(バンク・オブ・クレディ・コマース・
インターナショナル)・スキャンダルが描かれているかどうかであ
ろう。もし描かれていればマニアックなファンを獲得できるかもし
れないが、真相に迫れば迫るほど欧州での公開も危ぶまれることに
なる。

 ただし、BCCI・スキャンダルの真相を追求し、報告書にまと
め、2001年9月26日の銀行住宅都市委員会で「ビン・ラディ
ンはBCCIに複数の口座を持っていた」と証言したのが、ブッシ
ュと激戦を演じるジョン・ケリー大統領候補である。

 ブーメラン効果で民主党人脈に飛び火し、かなりの痛みをともな
う可能性もあることから極めて可能性は低いが、BCCI・スキャ
ンダルの真相を知るジョン・ケリーとマイケル・ムーアの映画が戦
略的に結びつけば、ジョン・ケリー大統領も夢ではない。この戦略
には米・欧にまたがるグローバル・ビジネス・リアリストへの配慮
も含まれている。
 
 問題となるのは、ムーアがトリックスター的な性格を忘れ、くそ
まじめな映画になっている場合、特に米国南部・中西部のバイブル
・ベルトではブーイングで迎えられ、どこかの国のようにバッシン
グが吹き荒れ、自作自演や陰謀とのレッテルを貼られ、完全に無視
されることになるだろう。


■日本の宗教週間での出来事

 小泉首相は5月2日午後に品川プリンスホテル内の映画館で映画
『パッション』を鑑賞している。

 また安倍晋三幹事長は4月29日(日本時間30日)、ネオコン
の影響が強いアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AE
I)で講演し、ネオコンの首領でありキリスト教右派とユダヤ系米
国人を結びつけたアーヴィング・クリストルに対して深い尊敬の念
を表した。

 一方、民主党の菅直人代表は5月3日午前(日本時間3日夕)、
バチカン諸宗教対話評議会議長のフィッツジェラルド大司教とロー
マ市内で会談し、翌4日午前(日本時間4日夕)にもバチカンの「
正義と平和評議会」議長のマルティーノ枢機卿と会談している。

 半年前であれば菅代表のバチカン訪問もコラムで大きく取り上げ
たかもしれないが、国民年金保険料の未払い問題で未納三兄弟だと
こき下ろした直後に、自らも串刺しにされ、なんともしらけた訪問
となった。

 石破茂防衛庁長官(プロテスタント)、麻生太郎総務相(カトリ
ック)など宗教色も豊かな未納大兄弟達が、「米国の保守革命」の
テキストに基づいて呪文のように繰り返した「自己責任の原則」を
お笑いのネタに変えてしまった。

 右派系グラス・ルーツ団体を大同団結させた「水曜会」主宰のグ
ローバー・ノーキストの著書の翻訳タイトルは『「保守革命」がア
メリカを変える』である。「米国の保守革命」がまわりまわって、
福田官房長官に始まる政治家の辞任会見を引き起こしたのはなんと
も皮肉な結果である。

 おとうとおもいのノーキスト兄ちゃんは、じぶんがいちばんのじ
なんたちを苦々しく見ているだろう。


□引用・参考・資料

Disney Forbidding Distribution of Film That Criticizes Bush
 http://www.nytimes.com/2004/05/05/national/05DISN.html?ex=1084334400&en=8998
3012bdce5ec0&ei=5062&partner=GOOGLE

Moore admits Disney 'ban' was a stunt 
http://news.independent.co.uk/world/americas/story.jsp?story=518901

Disney says Michael Moore row is 'PR stunt'
 http://film.guardian.co.uk/news/story/0,12589,1210805,00.html

米政権批判映画の配給拒否 ディズニー、傘下に圧力
http://www.sankei.co.jp/news/040506/kok037.htm

ディズニーがマイケル・ムーア新作の配給を妨害
http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2004/05/post_1.html
 
オスカー賞授賞式での、僕のスピーチに対する反響
http://terasima.gooside.com/morre030407speechaward.htm

Michael Moore - Biography 
http://movies.yahoo.com/shop?d=hc&id=1800064216&cf=biog&intl=us

Answers Please, Mr Bush
 http://www.commondreams.org/views03/1006-11.htm

新刊をひっさげたマイケル・ムーアに直撃インタビュー
「ブッシュは連続嘘つき魔だ。彼はもう終っている」
http://www.globe-walkers.com/ohno/interview/michaelmoore2.htm

Road to Victory 2004
http://www.cc.org/rtv/

The BCCI Affair
http://www.fas.org/irp/congress/1992_rpt/bcci/

Japan and the United States in 2004
By Shinzo Abe 
http://www.aei.org/news/newsID.20399,filter.all/news_detail.asp


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