883−1.異文化交流術17〜18



異文化交流術17 文化と空間2
得丸
・ ショッピングモールという空間
 幕張にフランスのショッピングモールが出店したことが話題にな
った。物見高い知り合いはわざわざ東京から車で買い物に出かけた
そうだが、私は車をもっていないので、まだ足を踏み入れていない。
ショッピングモールは、自家用車ででかけるための施設である。
それと、いうまでもなく、ショッピングモールは、買い物をするた
め、消費するために特化した空間である。心を安らげる場でもなけ
れば、人と出会ったり意見を交換する場でもない。散歩気分で入る
と、身のおきどころのなさを感じる空間である。

 マーガレット・クローフォードによれば、北米には大小あわせる
と28500のショッピングモールがあるという。ショッピングモールは
、周辺住民の年収や家族構成や文化背景(人種のこと?)やその地域
の気候風土を反映した消費性向などを調査して、単位面積あたりい
くらの売り上げになるかまできちんと予測した上で建設される投資
案件として、安全な投資先を求めた年金基金や保険会社の支持をえ
て発達した。初期の25年間で、投資失敗率が1%に及ばなかったこと
から、「人類が知るかぎりで、最良の投資である」とまで言われた
そうだ。
(マイケル・ソーキン編「テーマパークの変型:新しいアメリカの都
市と公共空間の終焉」(Michael Sorkin Ed. "Variations on A 
Theme Park : The New American City and the End of Public 
Space", The Noonday Press, New York)所収、マーガレット・クロ
ーフォード「ショッピングモールの中の世界」(Margaret Crawford
"The World in a Shopping Mall"))

 とうもろこし畑をつぶして、高速道路の出口近くにつくられる
ショッピングモールの空間は、どこも似たような造りとなっている。
それは、そこを訪れる人が少しでも多く買い物するようにというこ
とだけを考えて、専門家たちが最新の研究成果にもとづいて設計を
行っているからだ。平均的アメリカ人は、成人するまでに35万回
テレビコマーシャルを見ているそうだ。この家庭でのテレビCMによ
るすり込みが、ショッピングモールの空間で現実の消費行動に結び
付くよう設計されているのだ。

 限られた数の入り口、廊下の端に置かれたエスカレーター、店鋪
に入るきっかけとなるように設置された噴水やベンチ、、、。そし
て外部からの音や光は遮断されていて、内部にいる人を一種の無重
力状態におく。人は、時間や空間を感じなくなり、ひたすら商品の
間をさまよい歩いて、消費行動に走るよう配慮された空間なのであ
る。

 商業主義という思想が、ショッピングモールという空間の設計を
支配し、細部にわたる空間を造っている。クローフォードによれば
、最近では、ショッピングモールのノウハウは都市再開発や美術館
にも応用されてきているそうだ。私たちはますます身のおきどころ
のなく、心を安らげることなく生きて行かなければならないのだろ
うか。

 時間の感覚がもてない、消費だけすることが予定されている空間
では、文化は育たない。身のおきどころのない空間では、心も畏縮
してしまい、文化は死んでしまう。

・ 土建国家ニッポン
 北米中に広がるショッピングモールが商業主義アメリカの象徴で
あるとすれば、山も川も町も道路も海岸もすべてコンクリートで固
めてしまって、動物も鳥も昆虫も魚も貝も住めなくなり、人間すら
も身のおきどころがなくなってしまった今日の日本の姿は、この国
が土建国家であること、つまり国家予算の多くを土木工事に注ぎ込
むことによって、その金を大手ゼネコン、政治家、中小建設会社(地
方議会議員の中には建設会社を経営している人が多い)の間で利権を
配分していることの象徴である。

 国家予算の配分が、土木工事を中心に行われる土木工事本位制を
とっているから、構造改革だろうが、不況対策だろうが、すべて
土木工事に結びつく。予算がばらまかれた以上、形式上なんらかの
工事が行われなければならないから、エコロジーなどへの配慮はな
いままに、もっとも安っぽい乱暴なやり方で工事が行われ、自然が
、国土が、損なわれている。国土を貧しくするために国家予算が使
われるという愚行が今もなお続いている。

 生命が育まれない環境では、文化も育たない。たとえば、かつて
貧しい少年は学校に行く前に川でしじみを取って売り歩いて生計の
足しとしたと言われたが、今はそんなことはできない。川の水が汚
れ、コンクリートで護岸され、しじみが生育していないのだ。

 遠浅の砂浜も多くは埋め立てられてしまった。漁業権というもの
が設定されて、本来は水鳥や海浜生物も含めたみんなの浜辺であっ
たのに、一部の漁業者にだけ金銭補償がなされて、砂浜は失われて
しまった。たとえば「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの
秋の夕暮れ」という和歌に触れても、何も感じることができなくな
る。風景が貧しいと、文化も貧しくなる。

 なんでも自分の手を触れた物が黄金に変ずるようにしてもらいた
いと望み、そのような力を得たギリシャ神話のミダス王は、最初は
その不思議な力を喜んだ。しかし、パンも酒もみな黄金に変わって
しまい、食事も取れなくなったことがわかると、あれほど欲しがっ
ていたその贈り物を憎んだ。だが、どうしてもその不思議な力を振
り落とすことはできなかった。じっとしていれば飢え死にするばか
り。

「ミダスは黄金色に輝く両手をさしあげながら、この燦爛たる黄金
の中の滅亡から救って下さるようにとディオニュソスに祈りました
。恵み深いディオニュソスは彼の祈りを聞いて承知しました。そう
して『パクトロス河に行って、その水源までさかのぼり、そこに頭
と体を浸すがよう。そうしてお前の過失と刑罰を洗ってしまえ』と
申しました。ミダスは仰せに従いました。そうして水に触れるや否
や、黄金になる力が水に通じたものですから、河の砂は黄金に変じ
て今日まで残っているのであります。」(ブルフィンチ作、野上弥生
子訳、「ギリシャ・ローマ神話」より)

 私たちがコンクリートを憎み、心の底から反省して祈らないこと
には、この燦爛たるコンクリートの滅亡の中から救われることはな
いのだろう。
(2002.04.26)
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異文化交流術 18 文化と空間3 心にやさしい聖地をつくり出す

「朱に交われば赤くなる」という諺は、人間の意識がその付き合う
人々、すなわち社会的環境によって決定づけられることを言い伝え
ている。人間を教育するためには、いい環境を選び取るようにとい
う教えである。孟母三遷の故事はその実践例であり、論語第四章冒
頭の「里は仁なるを美となす」は居住環境を選ぶ上でもいい環境を
選べという教えである。

・ 孟母三遷、里仁
 中国古代の思想家孟子がまだ子供だったころ、墓地の近くに住ん
でいたら、近所のこどもたちと葬式ごっこをして遊んでいたので、
お母さんは市場の近くに引っ越した。
すると今度は、孟子が商売のかけひきの真似をして遊んでいたので
、学校の側に引っ越した。すると教室ごっこをして遊ぶようになっ
たので、お母さんは安心したという話が「孟母三遷」の教えである。

 子供は、とかくなんでも目に写った大人たちの行為を真似しがち
である。そのようにして子供は文化を身につけ、大人になっていく
。真似る能力がなかったら、いつまでも子供のままでかえって問題
である。それがわかった孟子のお母さんは、よりよい教育環境を選
んで引っ越しをした。当時の引っ越しは、家財道具も多くなく、今
ほど大変ではなかったのかもしれないが、引っ越す意思をもつこと
が重要なのだ。だからこそ故事として語り継がれている。

 論語の第四章の里仁の句には、いくつかの解釈があるか、宮崎市
定訳は、「里は仁なるを美となす」と訓読し、「家を求めるには人
気のよい里がいちばんだ」という意味にとる。自然環境や社会環境
によって、人間の意識は影響を受ける。文化を発展させるためには
、文化的に生きて行くためには、それができやすい環境を選び取る
必要がある。風水の考えにも通ずるものがある。

・ 自然の豊かさ、安普請の人工の貧しさ
 都市近郊の山を切り開いてつくられた新興住宅街は日本中にある
が、貧しい空間である。中心市街地へと向かう道路と、開発業者が
もっとも利益が上がるように区割りされた住宅用地の上に並ぶ家々
と、市条例の手前しかたなしにつくった安っぽい公園と、必要最低
限の商店や医院と、法律の定める基準によって設置された小中学校
くらいしかない、合理的でうるおいのない空間である。

 自然には直線は一本もない。山も、川も、木も、水の流れも、
すべてひとつひとつがユニークな形をしていて、時とともに姿を変
える生命感にあふれている。自然が多様な姿色形をしているとき、
自然の中にはいっていくと私たちは豊かな心をつくることができる
、柔らかくのびのびした心を育むことができる。

 自然のもっている生命力を無視して、開発利益を最大にすること
だけ考えて線引きし、その線に沿ってブルドーザーを使って大地を
切り刻み、アスファルトやコンクリートで固めてしまえば、死んだ
空間になる。新興住宅街の、寂しい単調な空間の中で心を形成する
と、心はつるつるてんで硬質なものになるのではないだろうか。

 1997年に神戸市須磨区の新興住宅街で起きた小学生殺害事件は、
感受性の豊かな少年が、無機質な空間の中で、自らの心を無機質に
変容させた結果起きた事件ではないかと私は考える。容疑者の少年
が、タンク山を遊び場としていたというのは、そこでだけわずかな
がら自然の息吹きや非線形の存在に出会えたからではなかったか。
彼にとって、タンク山は聖地だったのかもしれない。

・ 聖地の条件
 1999年の夏、出張でパリに寄ったとき、同行していた日本人顧客
の観光案内を会社の同僚が引き受けてくれて、朝から夕方の帰国便
までひとりでぽっかり時間が空いた。
商社マンは、仕事、食事、観光、買い物と、つねに顧客の世話をす
るようにプログラムされているので、ほぼ一日自分の自由になる
時間をもてたのははじめてだった。
 
 ホテルは1区のヴァンドーム広場の近くのイタリア系のやや古び
た四つ星。一週間の出張の疲れをいやすべく、午前中は部屋でゆっ
くり本を読みながら過ごし、昼ご飯は13区のベトナムからの難民が
多く住む地域で、ベトナムうどん(フォー)を食べた。
ベトナム食堂を出て、高層アパート群の狭間のスカイウィークを歩
くと通りがあり、中心部に向かうバスのバス停があった。

 そのバスの中で路線図を見ていると、ムフタール市場の近くを通
ることがわかった。
そこで途中下車して、市場の中を散策した。しばらく市場の店々を
のぞいてから、ひと休みしようと思って市場の外れの広場のところ
にくると、妙ににぎわっているカフェがある。テラスは満員で、奥
のカウンターしかあいていない。しばらく奥でコーヒーを飲んで、
テラス席が空いたので移る。

 すると、不思議とやすらぎ、落ち着き、実に居心地がいいのだっ
た。どうしてこんなに居心地がいいのか、目に映るもの、耳に聞こ
えるものを整理してみた。

 青い空が見える。高さや樹種の違ったさまざまな木の枝や梢が、
やさしくスカイラインを切り取っている。枝や梢はときおり風に揺
れうごさかれて、自分たちは生きているということを訴えているよ
うだ。木々の枝には鳥も飛んでくる。

 そこはゆるい傾斜の擂り鉢状になっていて、いちばん低いところ
に噴水がある。水のきらめき、水の音が、目や耳にやさしい。

 車や自転車に乗った人、自転車や乳母車を押した人、ひとりで歩
いていたり、何人かで歩いている老若男女が、テラスの右手、後方
、左手、前方、さまざまな方向から、さまざまな方向へ、さまざま
なスピードでやってくる。ランダムな動きが目にやさしく入ってく
る。

 トラックの荷下ろし作業、鳥の声、人の話し声、さまざまな音が
まざって、聞こえる。ランダムな音があわさって、とてもやさしく
ひびく。

 ここは聖地だ。ここでの観察によれば、聖地の条件とは、擂り鉢
状の地形、空、木々、風、水、ランダムな動き、ランダムな音。
そういったものがないまぜになって心を安らげる効果を発揮し、
人々を引き付けていたのだろう。

・ 聖地を造りだす
 養老の滝や那智の滝の滝つぼに行くと、落ちてくる水が一瞬一瞬
ちがったランダムな形と音を響かせていて見飽きない。滝は聖地の
条件を自然のままで満たしている。

 最近は銭湯の数がめっきり少なくなったが、富山市内にはまだ
数十軒残っている。
私の住んでいるアパートの前にも銭湯があり、お世話になっている
。銭湯の空間もくつろげるが、ここも聖地の条件をかなり満たして
いる。お湯や水の流れ、流れる音、洗面器のカランコロンという音
や子供の声などのランダムな音、湯舟の中では低い視点がえられる
。木と風と空が足りないが、露天風呂だとそれらもそろう。人々が
露天風呂を好むわけである。

 岐阜県養老町にある養老天命反転地は、ニューヨーク在住の現代
芸術家荒川修作氏が設計したものだが、荒川氏はここを「意識の生
まれる場」と呼んでいる。はじめて、その言葉に接した時に、私は
それがいったい何を意味しているのかわからなかった。
その後、何回か反転地を訪問し、自分の周りの環境や建築空間に
ついて注意してみるようになって、だんだんとその言葉の意味する
ことがわかるようになった。

 人間の意識、それが心であり、それが文化であるのだが、人間の
意識は環境の中で造られる。身の置きどころのない新興住宅街に育
つのと、緑豊かで生命にあふれた空間で育つのとでは、違った心に
なり、違った文化を身につけることになる。

 荒川氏は、人工的に自然な曲線、心やすまる聖地の空間をつくり
出すことに成功したのだ。実際に反転地は、擂り鉢状になっていて
、空と後背する養老山地が見え、そこら中にさまざまな木が植えら
れていて時がたつにしたがって育っている。予算の都合で水の流れ
は実現できなかったが、後から設置した昆虫山脈の中に井戸が据え
付けられ、そこを訪れた人間は水を汲むことができるようになって
いる。反転地をランダムにさまよい歩く人の姿と声は、擂り鉢の中
で反響し、知らない人の声までもが心地よく響いてくる。はじめて
そこを訪れた人間に、「ここはなつかしい」と思わせる何かを持っ
ている。ここも聖地だ。

 20世紀のおびただしく無秩序な開発の結果、私たちの回りから心
を安らげる空間が失われた。私たちはそのことを深く反省し、私た
ちの手で、聖なる空間、心を、文化を育てる空間をつくりださなけ
ればならない。
(2002.04.27)


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