807−1. ビック・リンカー達の宴(うたげ)−10



YS/2002.02.12
     ビック・リンカー達の宴(うたげ)−10

 国際的な企業間ネットワークを担うべく、複数の国籍の異なる
大企業の取締役を兼任する「ビック・リンカー」と呼ばれる人達
がいる。彼らの発言は、企業活動のみならず、政治、防衛、社会
福祉、環境政策においても絶大な影響力を持っている。


■対立の構図 JPモルガン・チェースとニコラス・ロハティン

 昨年9月26日、全米2位のJPモルガン・チェースはダグラ
ス・ワーナー会長が年末までに引退し、後任にウィリアム・ハリ
ソンを起用する人事を発表する。

 新会長のハリソン氏は、1967年にケミカル・バンクに入社、
チェース・マンハッタンの会長兼CEOを経て、合併後はJPモ
ルガン・チェースの社長兼CEOに就任していた。

 ワーナー会長は1968年にJ・P・モルガンに入社、同社の
社長、会長、CEOを歴任した。モルガングループの中核企業で
あるである複合企業ゼネラル・エレクトリック(GE)、総合エ
ンジニアリング最大手ベクテルの社外取締役を務め、ピアポント
・モルガン・ライブラリーの理事を務めるなど生粋のモルガン人
として知られる。

 以前のコラムにこう書いたことがある。

「J・P・モルガン・チェース誕生によりモルガン系企業が今後
離散していくことも十分予測される。なぜなら異なる文化を有し
た金融資本と産業資本の融合には、過去失敗例が数多く残されて
おり、アメリカ内部での産業界の分裂にも繋がる要因ともなりえ
る。」

 どうやら私の予測はあたっていたようである。エンロン破綻問
題もこのあたりに原因がありそうだ。

 旧J・P・モルガン幹部の相次ぐ辞任に対して、10月24日
には日本でも人気の高いGEのジャック・ウェルチ前会長を顧問
に迎え入れると発表した。ウェルチ前会長の強い意向により中途
半端な顧問になったようだが、この混乱はしばらく納まりそうに
ない。

 なお、辞めていった旧J・P・モルガン幹部には、ワーナー会
長が後継者として非常にかわいがっていた人物がいた。彼の辞任
が発表されたのは、同時多発テロ直前の9月7日のことである。
彼の名は、ニコラス・ロハティン。そうフェリックス・ロハティ
ンの息子である。

 昨年3月、ワーナー会長はe-ファイナンス部門として『ラボ・
モルガン』の設立を発表し、そのヘッドにニコラス・ロハティン
を任命した。そしてその事業は合併後も『ラボ・モルガン』の名
を引き継ぎながら運営されてきたのである。

 これまでに何度か両社の合併の噂があったことは事実であるが、
J・P・モルガンは、その前身であるロンドンJ・S・モルガン
商会から派生したモルガン・グレンフェルや1903年にJ・P
・モルガンより分社したバンカーズ・トラストと同様、ドイツ銀
行と合併すると見られていた。そこにチェースが強引に割り込ん
できた形となった。

 J・P・モルガンは、古くからロスチャイルド・グループに代
表される「欧州・貴族系グローバル企業」と連携してきた。チェ
ース色が強まる中で、欧州との関係に暗い陰を落としていく。

■JPモルガン・チェースとテキサス

 1991年にマニュファクチュラース・ハノーバー・コープと
ケミカル・バンクのふたつのニューヨークに本拠を置くマネー・
センター・バンクが合併し、ケミカル・バンクとなり、1996
年にこのケミカル・バンクとチェース・マンハッタン・コープが
合併して新チェース・マンハッタン・コープが誕生する。

 チェース・マンハッタン・コープは、かっては「ロックフェラ
ー銀行」あるいは「石油銀行」の名で知られてきた。旧スタンダ
ード石油企業である、エクソン・モービル、シェブロンなどのロ
ックフェラー・グループを束ねる中核銀行である。

 このチェース・マンハッタン・コープと名門中の名門J・P・
モルガンが2000年9月に合併し、現在のJPモルガン・チェ
ースが誕生する。

 JPモルガン・チェース合併時にはすでに辞任していたが、大
型合併の主導的役割を果たしたのはウォルター・シプリーである。
1956年にケミカル・バンクに入社し、1983年に社長、1
984年に会長になる。マニュファクチュラース・ハノーバー・
コープとの合併後、1992年に社長、1994年に会長兼CE
Oとなり、1996年には新生チェース・マンハッタン・コープ
の会長兼CEOに就任する。

 シプリーは、1999年に会長兼CEOを辞任するが、現在で
もJPモルガン・チェースのふたつの諮問委員会のメンバーとな
っている。

 ひとつが国際諮問委員会であり、ジョージ・シュルツ元国務長
官を会長にキッシンジャー元国務長官、デビッド・ロックフェラ
ー元チェース会長、フィアットの名誉会長ジョバンニ・アニェリ
など、これまで紹介してきた世界各国のビッグ・リンカー(日本
人二名含む)37名で構成されている。特にシュルツ元国務長官
とキッシンジャー元国務長官はブッシュ政権のお目付役である。

 そしてもうひとつの諮問委員会は、「テキサス・リージョナル
・アドバイザリー・ボード」である。
 
 1987年にケミカル・バンクは、テキサス・コマース・バン
クと合併したが、テキサス・コマース・バンクは、1866年に
設立された老舗であり、合併後もその名を残してきた。1998
年にようやくその名をチェース・バンク・オブ・テキサスに変更
し、2000年に完全統合される。

 「テキサス・リージョナル・アドバイザリー・ボード」は、こ
のテキサス・コマース・バンク出身者とテキサスを代表する財界
人により構成されている。ここにシプリーが参加しているのは、
元会長であるためだけではない。シプリーは、現在もテキサスに
本社を構える世界最大の石油会社エクソン・モービルの社外取締
役であり、エクソン・モービルを代表して参加しているのである。

■テキサス発"axis of evil"=「悪の枢軸」

 戦後、テキサス州出身の大統領は、リンドン・ベン・ジョンソ
ン、ブッシュパパに次いで、現在のブッシュ大統領で3人目とな
る。プライドが高く、独立心が旺盛なことからテキサス魂と言わ
れることもあるが、その背景には複雑な歴史がある。

 これまでにテキサスの国旗は、スペイン、フランス、メキシコ、
テキサス共和国、アメリカ合衆国と南部共和国のアメリカ合州国
の6種類が掲げられ、とりわけ、有名な「アラモの砦」を経て、
1836年から1845年までテキサス共和国として独立国家だ
った歴史と深く関係しているようだ。

 京都議定書や弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの一
方的離脱などに見られるアメリカのユニラテラリズム(アメリカ
単独主導主義)もテキサス州出身の大統領とは無縁ではないよう
だ。特に欧州勢からすると、レーガン大統領以上に理解不能のエ
イリアンとみなされているようである。

 エンロン破綻問題が米・英(ウェイクハム卿=ロスチャイルド
人脈)中枢を巻き込む一大スキャンダルに発展する中、有力な支
持基盤を失ったブッシュ政権は、今年11月の中間選挙に向けて、
保守票を取り込むために、ウルフォウィッツ国防副長官を中心と
するタカ派やクリスチャン連合に代表されるキリスト教右派に歩
み寄らざるを得ない。そして登場してくるのが、"axis of evil"
=「悪の枢軸」発言である。

 ブッシュ大統領が1月29日夜(※日本時間30日午前)、上
下両院合同会議で行った一般教書演説は、戦時下ということもあ
り高い関心を集める。全米で5200万人がテレビを見たようだ。
ここでブッシュ大統領は、北朝鮮、イラン、イラクの三か国を、
世界の平和を脅かす「悪の枢軸」と位置づけ、「我々を脅かすこ
とは許さない」と強く警告した。

 この発言に対して、世界中を巻き込んで一大騒動となっている。
特にフランスを中心とするEU圏では今なおこの発言を巡って緊
迫した状況が続いている。

 もし田中真紀子外相がいれば、日本でも大きな話題に発展して
いた可能性が高い。しかし、一般教書演説の直前(日本時間1月
29日深夜)に更迭が決定されており、ここでもロッキード事件
を思い出させるものがある。事前にアメリカから圧力があったの
ではないだろうか?

 なお、イタリアでも今年1月5日、ルジェロ外相が反欧州統合
路線を批判し辞任している。ルジェロ氏はWT0前事務局長を務
め、フィアットの取締役及び国際諮問委員会副会長、キッシンジ
ャー&アソシエイツ取締役も歴任した。協調派として国際的に知
名度が高いビッグ・リンカーである。

 かっての枢軸国である日本とイタリアで同時期に怒った外相辞
任は、来たるべき混乱に備えたもかもしれない。

 右傾化を強めるイタリア・ベルルスコーニ政権でもカーライル
・グループと深いつながりを持っている。このカーライル・グル
ープの2000年の宴が9月にワシントン・モナーク・ホテルで
行われたことは第一章でご紹介した。そして2001年の宴は、
ワシントンのリッツ・カールトンホテルでウサマ・ビンラディン
の親戚も同席する中、華やかに開催された。

 その宴が行われた日付は2001年9月11日である。

(ビッグ・リンカー達の宴(うたげ)アメリカ編−終了)

▼参考 
政界・産業界・国防を操って巨万の富を築くカーライルグループの闇
文 ダン・ブリオディ(DAN BRIODY)
(翻訳者:IDS 中島由利)
[Carlyle'sWay, Dec. 2001 p63(C)RED HERRING COMMUNICATIONS]
 http://loopcafe.jp/site3/article_rh_carlyle.html


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