2701.国民国家の時代は終わった



 国民国家の時代は終わった
From:得丸公明

 地球文明が滅びるときを、野生動物のように淡々と受け入れて生きるしかない 
だろう

1 国際関係の脱国民国家化
1) 1978年に大学に入学したころの国際関係論では、国民国家、国際機関、多国 
籍企業が国際関係の主体であるとして習った。
 しかし、21世紀になって、もしかすると教科書は依然として同じような記述の 
ままかもしれないが、それだと現実にそぐわない印象を受ける。

2) まず、グローバル化という現象がある。モノ、金、人(犯罪者も含めて)、 
情報、そして環境汚染物質や異常気象・温暖化現象が、国民国家の枠組みに関わ 
りなく移動している。
 青森県では住宅公社の公金横領でチリ人ホステスのアニータに莫大な金が貢が 
れたという話や、最近も脱北者がボートで漂着したという話もある。日本からロ 
シアのウラジオストックまでの距離は500km足らず、貨物船でも一泊二日でつい 
てしまう。

 富山港には5年前で平均一日一隻から二隻のロシアの貨物船が入港していた 
が、税関などなく、港からそのまま車を積み込む風景がみられた。盗難車の最大 
の輸出港であったらしい。その後、コンクリートブロックができて、保税地域が 
設定されたが、その前は保税地域すらなく、車で船のところまで乗り付けて、そ 
のまま貨物を外国貨物船に積み込む風景がみられた。

 ネット社会になって、電子メールで世界どことでも無料で通信が可能になっ 
た。27年前にアフリカから日本に電話したとき(コレクトコール)は、3分5200円 
だった。隔世の感がある。

 中国から飛来する大気汚染によって、日本で光化学スモッグが発生して運動会 
が中止されるということがあったばかり。中国は、いまや世界最大量の二酸化炭 
素排出国となり、汚染物質を除去しないまますべて大気や海に流しているので、 
日本海がかつての田子の浦のようにヘドロで埋まる日も近いかもしれない。日本 
は、偏西風と対馬海流によって、大気も水も中国の風下・川下に位置するので、 
汚染物質から免れることはできない。

 人工衛星による地球観測画像を見ればわかるが、国境というのは、概念上のみ 
の産物であり、人の流れも、情報の流れも、ましてや自然に対流している大気や 
水に含まれた汚染物質を食い止めることはできない。

3) さらに、国民国家自体が、民営化privatisation (脱国有化 desetatisation) 
によって、経済の分野での存在を薄めているという事実もある。フランス語の国 
家(エタ)という語に、否定の接頭詞のデをつけて脱国有化を意味するデゼタチザ 
シオンは、音の汚さからも、胡散臭さを感じさせる言葉である。

 1980年代に、日本では電電公社(NTT)や国鉄(JR)の民営化が行われたが、同じ 
頃、アフリカでも同様の民営化が行われて、それまで国有企業であった会社が、 
欧米資本の所有に変わったが、これはアフリカの再植民地化である。

2000年代の日本では、郵便貯金や郵便事業の民営化なども起きている。こういっ 
た動きによって、国家が経済に占める役割は現象し、国民一般と国営企業の関係 
は断絶した。

国民年金管理のずぼら加減が暴露されているのも、国民が将来国から年金を受け 
取ることを期待しないように教育するための下準備ではないだろうか。

2. 国民国家の時代の終焉

1) インドでは国民、南アフリカでは民族
 ここで、国民国家とは何かについて、話しておきたい。

 インドが1947年に独立したときに政権与党となったのがガンディー率いるイン 
ド国民会議派(Indian National Congress)であり、1994年に南アフリカが初の全 
人種選挙を実施して多人種国家として出発したときに、ネルソン・マンデラ率い 
るアフリカ人民族会議(African National Congress)が政権与党となったが、同 
じ政党であるにもかかわらず、インドではナショナルという言葉が国民として日 
本語訳され、アフリカでは民族として訳されて誰も問題にしないのは、国民とい 
う言葉と民族という言葉が、きわめて密接であることの証左である。

 ちなみに、ガンディーとマンデラは、ともに弁護士であった。法律によって双 
方代理が禁止されている弁護士は、自分に課せられた役割を演ずる政治的な役者 
となることが多いのではないかと思う。

2) 言語学的混乱による意味のすり替え
 国民国家(Nation-State)とは、民族と国家と国民という近いけれどもそれぞれ 
意味の違う内容を、ネイション(nation)というひとつの言葉でいい表すことに 
よって、国家と民族は運命的な結びつきをもつ運命共同体であると思わせて、す 
べての国民を徴兵し、総力戦を戦わせ、国民が国家のために生命を捧げるように 
したシステムである。

民族、すなわち自分たちを同一の民族だとする帰属意識をもつ集団はエスニッ 
ク・グループ(ethnic group)であるが、国家と結びついたときにnationと呼ばれ 
るようになる。民族国家(nation-state)である。

統治機構としての国家組織は国民国家(nation-state)の用法にあるようにstate 
と呼ばれるが、国家そのものもUnited Nationsのようにnationと呼ばれる。

そして、この国民国家あるいは民族国家の構成員である人間集団は、citizenや 
publicとも呼ばれるが、国民(nation)とも呼ばれる。

こうして三つの異なった意味を、ひとつの言葉であるnationで指すことによっ 
て、民族およびそれに帰属する民衆の運命と国家の運命の同一視をもたらし、人 
間達に民族と国家は複合的なものであるということを理解させるためのツールと 
して、国民国家は存在しているのである。

定義をするならば、「ナショナリズムとは、国家(nation)と民族(nation)を同じ 
nationという言葉で表現することにより、国民(nation)という新たな複合概念を 
作り出し、そこに生活する生身の人間たちに、民族と国家は運命をひとつにする 
運命共同体であるいう国民教育を施して、動員し、総力戦を闘うための思想」と 
いえるだろう。

3) 想像の共同体
一般に、上部構造として、国家機構、統治メカニズムがくる。

これと対応するものとして、民族という集団が擬制される。ベネディクト・アン 
ダーソンに「想像の共同体」という本があるが、それによれば、民族は言語共同 
体をベースに作られることが多いが、これとてかなり人為的に作られたものである。

その上で、民族と国家は運命共同体であるということを思い込ませて、徴兵して 
戦争に駆り立てて命の犠牲を払って貰うことによって、国民国家の総力戦体質が 
なりたつ。もちろん、軍人恩給や遺族年金によって、国家が傷痍軍人や遺族の生 
活の保証をする。

これは西洋近代の時代に、国家間で戦争を遂行するための必要があって生まれた 
メカニズムであるが、今日のように、グローバル化が進み、兵士を大量投入して 
総力戦を戦う戦争が起こる可能性が低くなると、国民国家概念自体、その存在が 
薄くなる。

たとえば、どの都市を狙っても、自国民がそれなりの人数暮らしているとなった 
ら、大陸間弾道弾は発射しにくくなり、使えない兵器となる。これはグローバル 
化によって、従来の兵器が使えなくなった事例である。

4) 靖国神社と英霊
ここで靖国神社のことについても触れておきたい。なぜならば、新聞やテレビの 
報道では、国民国家において靖国神社がもっていた意味を十分に理解しきれてい 
ないと思うからである。

いわゆる靖国神社の最大の意義は、一般的な国民国家のメカニズムの中で死んで 
いった兵士を、生き残った国民が弔うというところに留まらないところにある。

つまり国民国家の神話に加えて、天皇は現人神である、国民は天皇の赤子である 
という教育を施し、兵士が戦争で死ねば靖国神社に祀られて、現人神である天皇 
陛下が兵士のために額づいて祈りを捧げる鎮魂の場として靖国神社が存在したの 
である。それによって、戦争で死ぬと、現人神によって奉じられる神になるのだ。

このメカニズムにおいては、英霊が神社に祀られることに意味はあまりなく、そ 
こに祀られることによって現人神である天皇陛下が祈りを捧げる対象となるとこ 
ろが重要なのである。

したがって天皇に仕える身である内閣総理大臣が公式参拝するしないというの 
は、英霊にとってみればまったくどうでもいい話である。勝手にしてくれという 
ところ。英霊にとっての問題は、約束どおりに天皇陛下がお参りしてくれるのか 
ということだけであろう。

この重大な問題について、あまり議論がなされてこなかったのは、日本という国 
民国家が60年前の敗戦と天皇の人間宣言によって、存在や機能を終えた状態に 
なったままだからではないか。

5) 徴兵制度の終焉と国民国家の時代の終焉
戦争のやり方が変わったために、総力戦が必要なくなり、この点でも、国民国家 
の必要性はなくなっている。

18世紀末のナポレオン戦争の時代が、国民国家の時代の始まりであったのだが、 
日本においては天皇が主権者の座を降りた昭和21年1月1日と、憲法によって軍隊 
をもつことを否定されたときに、国民国家は終わったといえる。

他の国でも徴兵制がなくなるとともに国民国家を要求する基盤が弱体化したので 
ある。世界的な雇用問題のかげで、普通に募集するだけで兵隊を採用できるよう 
になったこともはたらいている。

 国民国家の時代が、ナポレオン戦争以降200年足らずしか続かない一時的な 
システムであったことを確認するために、デシベル年表を添付する。国民国家 
は、-13dB(20年前)から-23dB(200年前)の期間にかぎって機能したシステムで 
あった。
(常用対数をとって、10倍するデシベルは、歴史を長いスパンでみるときに、 
重宝する)

3 これから先の時代をどう生きるか
 18世紀後半に誕生し、20世紀後半にその存立基盤を失って形骸化している国民 
国家システムの後には、地球規模環境危機の中で右往左往する民衆が取り残され 
るのか。

 それはそれで仕方ない。そもそも国民国家体制そのものが、不自然で、胡散臭 
いものであったのだから、債務不履行のまま消滅したとしても、責任を追及する 
すべもない。怪しげな仕組みを信じた時代、仕組みにだまされた時代もあったな 
あと、後になって思うのだろう。

 我々は、国民国家というシステムが幻想のみとなって、まるっきり機能しない 
状態で、文明の最終段階、地球環境危機の時代を迎えなければならない。国民国 
家に代わる制度はまだない。国際機関も国民国家を前提とした組織であるので、 
同様に無力である。

「こうなったら、煮て食おうと、焼いて食おうと、勝手にしろ。もう俺達は、ま 
な板の上の鯉だ。」と開きなおって、なりゆきにまかせるほかはない。人類のせ 
いで数多くの野生動物が絶滅したが、我々も同様の運命にある。悪あがきせず 
に、にっこりと微笑んで、絶滅していこうではないか。

(2007.7.1)

デシベル年表
デシベル年表  -dB年 (今から 10Log年前)
-dB

(( 0 2006 昨年 ))
7   2003.2.3 スペースシャトル・コロンビア号空中爆発
   2002.8-9 WSSD 国連・持続可能な開発のための地球サミット(ヨハネスブ 
ルグサミット)は、地球環境問題への具体的な対抗策を示すことができなかった

(( 10  10年前 ))
11  1992 UNCED 国連環境開発会議 (リオデジャネイロ)
13  1986 世界人口50億人に。成長の限界を超えた年。
   1986.1  スペースシャトル・チャレンジャー号爆発
   1986.4 ソ連・チェルノブイリ原子力発電所爆発
   1986.10 ブラックマンデー(株価大暴落)
   1986.10 国鉄民営化法案可決 ナショナリズムの終焉
18  1945 大東亜戦争終結、沖縄戦、本土各地が焼夷弾攻撃にあう、広島・長崎に 
原爆投下、

(( 20  100年前 ))
20  1905 日露戦争
22  1868 明治維新
23  1803-15 ナポレオン戦争 ナショナリズムの時代
27  1492 コロンブスがアメリカ大陸に到着

(( 30  千年前 ))
36   古代文明の盛衰、日本の縄文文明

(( 40 1万年前 ))
47  5-6万年前 第二次出アフリカ、クロマニヨン人が他の人類を滅ぼして入れ替わる
48  7万年前  寒冷期に南アフリカの洞窟で人類がハダカ化(皮膚も薄くて毛 
         も薄い)
         肺気流を使う言語の誕生、階級社会の始まり
         他種族への敵対心(ゼノフォビア)、衣服の始まり
         住居の始まり(文明の誕生)
48  7万5千年前 トバ火山噴火、地球は核の冬状態に

(( 50  10万年前 ))
51  13-6万年前 南アフリカ・クラシーズ河口洞窟での現生人類の最初の居住

(( 60 100万年前 ))
63-4  第一次出アフリカ、ジャワ原人・北京原人・ネアンデルタール人がアフリ 
    カを出る。
    南部アフリカに移動した人々、狩をする人となる
68  5-600万年前 チンパンジーとヒトの種分化:直立二足歩行、犬歯喪失、 
          拇指対抗となる

(( 70  1000万年前 ))
78  6500万年前 メキシコ・ユカタン半島に巨大隕石衝突 恐竜絶滅 白亜 
         紀・第三紀境界

(( 80  1億年前 ))
81  1億4500万年前 南アフリカ・モロケン巨大隕石衝突、
      ゴンドワナランドの分裂、インドがユーラシア大陸と衝突しヒマラヤ 
      山脈造山
      ジュラ紀・白亜紀境界

(( 90  10億年前 ))
93 20億年前  南アフリカ・フレデフォート巨大隕石衝突
        オゾン層の形成、DNAの爆発的進化。二倍体遺伝子の誕生による
        真核単細胞動物の誕生
96 45億年前  地球誕生

(( 100 100億年前 ))
101 宇宙誕生

参考 
http://homepage3.nifty.com/nishimura_ya/earth/nendai.htm


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