2664.知の性能



題名:知の性能
                           日比野

1.知の価値

ネットも光通信になってから、伝送速度が飛躍的に向上した。ブロ
ードバンドが情報の高速道路だとすると、サーバやハブはサービス
エリアやインターチェンジ、料金所なんかのインフラ。走る車は、
ネット内の情報。車の種類や性能はいろいろあるはずだけど、どれ
がどれくらいの性能かなんて分からない。

新聞はもはや斜陽産業。契約者数は減少の一途。産経はとうの昔に
夕刊を廃刊した。唯の一次情報媒体としてみた場合、新聞の役目は
終わってる。一次情報ならネットに溢れてるし、もっと多くの人が
読んでいる。

新聞もそれが分かっていて、最新記事は脱稿と同時にネットに載せ
られるのにそうしない。同時に載せたら、紙媒体の価値なんてない
から。ネットの威力は脅威。間違った報道をしようものなら、たち
まちネットで祭りが起こる。嘘はすぐばれる。

出版業界も状況は同じ。再販制度はもう時代遅れ。定価販売が義務
づけられている商品って本くらい。電化製品をメーカー希望小売価
格で売る店なんてない。1年保証、アフターサービスは当たり前。
価格は販売店が決める。紙の出版物だって競争原理が働かないと、
ネットに淘汰される。

ネットのインフラにはプロバイダ料金を支払うけれど、中を走るコ
ンテンツは殆どが無料。ブログ日記が本になる時代。無料で読める
ものをわざわざ印刷してる。だから、その中で売れる本は稀。繰り
返し読むに耐えて、手元にとっておきたいくらい値打ちがないと誰
も買ってくれない。
 
今までは、誰それが書いたから原稿料はこれくらいで、何冊刷るか
ら、値段はこれくらいで、と出版社が決めていた。ネットの登場で
強力なライバルが出現した。出版業界も更なる競争に晒されるよう
になった。
 
なぜかというと、ネットで情報発信する人が膨大で、厚みがあって
、ネット内で競争されているから。漫画家の卵が沢山いるようなも
の。それぞれ自分の作品をネットに持ち込んで発表してる。同人誌
の山。プロじゃないから、もちろん無料。にも関わらず数多くの目
に晒されて、磨かれ、淘汰され、レベルが上がる。つまらないもの
は消えてゆく。ブログランキングなんて人気投票そのもの。


2.知の性能

電化製品は性能を数字ではっきり示せるから値段が付けやすい。消
費電力、動作周波数、メモリ容量などなど。この機能とこの性能な
らばと大体の相場がある。本の値段は、ページ数・装丁・原稿料・
発行部数から決まることがほとんど。中身で決まっている訳じゃな
い。中身の相場もない。知性の性能表示なんて出来るわけないとい
えばそれまでだけど。 

ネットでは膨大な知性が安売りされている。知的レベルに差はある
はずなんだけど、みんな同じ扱い。値段がつくのは一次情報で機密
性の高い限定情報くらい。

知の性能が表記されていないと損をすることがある。忙しい現代人
が、性能の低い知に時間を投入したら、その時間がまるまる無駄に
なる。それに気づくのは大抵読み終わった後。

だから知の性能の表記ができて、性能が高いものを保護育成し、戦
略的につかえれば、国力はもっとあがる。電化製品は性能を測定で
きるけど、知の性能は全然無理かといえば、全く方法がない訳じゃ
ない。

料理とかホテルのランクって、知と同じで数字では性能表示しにく
いものだけど、れっきとしたランク差が存在してる。ランクはミシ
ュラン調査員とか、著名人、食通が評価して決めたりしている。皆
それを受け入れているし、信頼を寄せている。これは具体的に数字
で性能表示できない分野でも、その道の専門家なら判断が出来ると
いうこと。


3.知の指向性

知には内容そのものが誰を対象としているかで指向性を持っている
。指向性の高い知は目的が明確で、コアな対象への効果が絶大。専
門知識であったり、マニアックだったり。全方位の知は、誰にでも
使えるけど、何に使えるか、どれくらい効果があるかはあまり明確
じゃない。

基礎教育は全方位性が高く、専門教育にいくにしたがって、指向性
が高くなる。その分市場は狭くなる。方位によっては、対象そのも
のが市場にない場合だってある。

だから、世の中に広く知れ渡っているような知は、全方位性のもの
が多く、指向性の高い知はあまり認識されない。国の知力は、その
国の持っている全方位性の知と、奥に隠れている指向性の高い知と
の総和で考えなくちゃいけない。

指向性の高い知は、普通はその道のプロが持っているものだけど、
プロがプロたる力を保持できる理由は、その下に膨大なアマチュア
層の厚みがあるから。アマチュア層が充実すればするほど、その上
に君臨するプロのレベルは高くなる。専門職でないアマチュア市場
の充実度でその国の知の潜在力を推定できる。

デイリー・テレグラフ東京特派員のコリンジョイスは、東京には、
どんなに地味なトピックでも、それに傾倒してやまない小さなグル
ープがある、と紹介している。日本のアマチュア市場には指向性の
高い知が、全方位に揃ってることになる。偏ってない。アマチュア
層の厚い、肥沃な大地がある。
 
指向性が高く、専門性が高くなればなるほど、研究がすすみ、日進
月歩で更新される。研究されつくすのが早い。賞味期限はさほど長
くない。しかし、指向性の高い知は、時代に受け入れられ、求めら
れたときに急激にピークを迎えて、ブームになる。一過性の動きに
なりがちだけど瞬間最大風速は大きい。

これに対して、全方位の知は対象が広い分、一度に役に立たなくな
るケースは少ない。内容の更新も緩やか。だから全方位の知は賞味
期限が長くなる。賞味期限が長い知はやがて、人々の風俗・伝統・
しきたりに吸収され、なじんでゆく。全方位の知が人々の血肉にな
って、新しい知の安定生産状態に入る。

知は言葉に表されて知識になる。知識の段階になってはじめて他人
に渡せる。知識の大小はあっても他人に渡せる形式になっているこ
とが大事。でないと他人は使えない。誰かから投げられた知識は、
別の人に受け取られて使われる。知識の価値は、次の価値を生むか
どうかの有用性で測定される。


4.知の有用性

知は、その知がもつ指向性という「方位」と、最先端研究の深度と
いう「奥行き」と、その知識が通用する月日の「賞味期限」を、掛
け合わせた体積をもつ「ブロック」として存在する。

知識自体が誰でもアクセスできる現代では、知識を持つこと自体は
優位をもたらさない。知のブロックを受け取った人にとって、使え
るかどうがが大切。知の核の部分が真実かどうかが鍵となる。

数学で新しい発見や証明が発表されると、それらは専門の数学者が
寄ってたかって、真実かどうかを検討される。間違いないと確認さ
れて始めて公理・定理として認められる。価値を持つ。

人口に膾炙する知もそんな風に性能表示されるようになる。使える
知なのかどうかは、その道の専門家の査定と人気や口コミ情報など
である程度分かる。主観の情報も数が集まれば、客観になる。

グルメの情報誌は、自分が食べたわけでもないのに、いわゆる食通
の人の舌による判断に委ねている。それが正しかったかどうかは口
コミによる後検証ではっきりする。知のブロックの位置、形状、体
積がどれくらいあって、どのランクに位置するかの知の情報査定が
できるということ。

だから、本は出版される前に中身の査定をされて、それに応じて、
発行部数や値段が決められるようになる。アマゾンなんかは、出版
された本をカスタマーレビューとして星いくつとかで査定している。
出版前の読者モニターでカスタマーレビューを集めれば、その本の
中身の知がどれくらいの性能なのか参考データを揃えられる。

ブログ本なんて、昔の週刊誌・月刊誌連載が纏まって本になるのと
同じ。マンガの一部はもう商用ベースでネットからダウンロードさ
れて読まれてる。ダウンロード数に比例して印税がきまり、その数
に応じて、初版発行部数を決めたほうが合理的。

逆にダウンロード数が少なくて、紙媒体になり得ないものも、希望
者には製本してくれる注文生産型サービスもありえる。

ただし、知の内容によっては、専門家が査定不能のケースもある。
俗に言う、民間療法やオカルトの類、さらには、全く新しい前例の
ない考え方がそれにあたる。

秋田の玉川温泉の放射線治癒効果は、専門家は認めないが、口コミ
で効果があると広がり、一部で流行っている。知のブロックで表現
すれば、専門研究の奥行きはゼロだが、方位と賞味期限が長い、2
次元の面で表される知。

更に、まったく新しい考えは、過去の歴史がなく、専門家も査定で
きず、対象の方位も不明な、特移点として表現される。

専門家の査定と口コミが乖離するであろう2次元以下で表現される
知の中からも有用なものが出てくる可能性は当然あって、性能表記
しておく意義は十分にある。


5.知の潮流

誰でも自分の専門分野の未来は予測できる。良く知っているから。
知の性能表記が普通になると、自分の所属する専門領域の指向性が
高い知が将来どこに向かってゆくかの予測を、知のブロックにして
発信できるようになる。

知の対象となる市場とその下のアマチュア層に厚みがあれば、発信
された知のブロックが奇抜なものであったとしても誰かが受け止め
てくれる。中には、さまざまな工夫や発見がされて、もっと新しい
考えや商品が開発されるかもしれない。知の市場の厚みが土壌とな
って、新しい流れを作る。

日本のマンガ・アニメが次々と新しいものを生み出していけるのは、
膨大なアマチュア層の厚みと歴史があるから。ヘンテコなものでも
受け入れてくれる層があると信頼できるから、なんでも市場に出せ
る。指向性の高い市場から他の領域に拡散するにしたがって、知の
有用性の査定と検証が行われる。

指向性が高くても時代がその知を求めることがある。その知がブー
ムなのかトレンドなのかで、未来に渡って有用であり続けられるか
どうかが決まる。ブームは飽きられる。賞味期限が短い。極言すれ
ば本物じゃない。

トレンドは質において全方位性の種を持ってる。識者が見極め・評
価し、大衆が本物の匂いを嗅ぎ取る。じわじわと使われ、長い年月
を掛けて伝統や行動原理にまで溶け込んでゆく。

省エネや環境保護に関する知は昔から存在していた。最初は狭い専
門領域の知だったけれど、今は時代が求めて他の領域に広がってい
っている。

発信された知のブロックが有用性を持って、他の領域の人々に受け
取られ、全方位に渡って拡散してゆくと、その知識が国民全体の共
有知識、常識になって普段の行動や消費活動に影響を与える。やが
て国全体の方向性にまで影響を及ぼす。

肥沃なアマチュア市場の大地から次の時代の知が芽を出したとして
も、知の性能を査定できていないと、別の目利きに青田刈りされて
他所に持っていかれてしまう。

将来、日本や世界がどんな知の指向性に向かっていくのかを見極め
、その知を保護し、伸ばして、発信してゆくことで、未来の世界像
が描かれる。それをいち早くつかんだ国家が世界をリードする。

(了)


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