2654.防衛力整備における核武装の問題点



   【防衛力整備における核武装の問題点】
      大陸向け核攻撃は両刃の剣
  核よりも先端技術兵器と通常戦力を充実せよ
         日本安全保障・危機管理学会理事
         元陸上自衛隊幹部学校教官
                    高井三郎

●核武装論:北朝鮮の核実験を契機に再燃
 「消極的な専守防衛では国を守れない。積極的に脅威の根源を叩
く核武装に踏み切れ!」、「原発のプルトニウムを衛星打上げロケ
ットに載せれば、核ミサイルが直ぐに出来上る」と政界の一部と軍
事評論家は主張する。たまたま昨年秋、北朝鮮が核実験の成功を公
表するに及んで、俄かに核武装論が燃え上った。

●多事多難:核兵器システムの開発
 筆者は技術、経済両面から日本における核武装の可能性に疑問を
抱いている。弾頭、運搬手段、発射基地、指揮情報機能を含む核兵
器システムの開発及び配備は膨大な経費、長年月を要する空前の事
業になる。これより先に唯一の核被爆国特有の国民心理動向が背景
を成す世論を説得する努力も容易でない。

 1 米韓情報によれば中国の遼寧省に在る東風3/21、27発
及び北朝鮮に配備中のノドン1/2、約450発が日本を攻撃可能
である。軍事原則から見れば、脅威を一掃する核先制攻撃は反撃能
力を殺ぐまで徹底しなければならない。残された僅かな核でも首都
圏などが報復攻撃に遭えば、破滅的な被害を被るからである。

 大陸のミサイル陣地、指揮中枢等の打撃用所要弾数は最低限146
発と試算する事ができる。146発とは高度の情報活動が解明した
真陣地(真目標)に見合う弾数であるが、別に多くの偽陣地が存在
するに違いない。実のところ解像度の優れた衛星画像でも巧みに偽
装した陣地の真偽の判別は容易でなく、諜報等、高度の情報活動は
更に困難である。それ故に確実な撃破効果を収めるため、真偽が疑
わしい全目標を打撃すべきであり、146発より多くの弾数が必要
になる。ミサイル陣地は野晒しでなく、地下深くに及ぶ細長い堅固
なサイロ、すなわち硬目標である。

 これを壊すには市街地、航空基地など暴露して防護力の乏しく表
面積の広い軟目標ないし地域目標を空中破裂により加害する在来核
弾頭では役立たない。堅固なサイロの破壊には精密打撃及び深層部
の貫徹が可能な100KT〜1MT級の弾頭が必要である。ちなみ
に広島・長崎型原爆は、せいぜい15ないし20KTであった。

 2 米国でも現有の硬目標向き核弾頭は400KT級爆弾、
B61−11が50発に過ぎない。潜水艦発射用の親ミサイルに装
着する100KT級個別誘導子弾、W76は7年前から硬目標型に
改良作業が続いており、実戦配備は数年先になる見込みである。

 まして、核兵器技術が未経験の日本では硬目標打撃用核弾頭の迅
速な開発は先ず期待できない。開発に当り、精密誘導機能、所望の
深度に達するまで壊れない堅牢な弾殻及び延期信管等、多くの技術
上の難題が待ち受ける。当然、米国は重要な核技術情報を軽々に日
本に引き渡さないであろう。

 次に核兵器システムとして潜水艦、陸上陣地、航空機、水上艦の
4案が考えられる。結論を先に述べれば、陸地が狭い反面、広い海
域に恵まれた日本の地理的条件、機動性、秘匿性等を総合的に考慮
すれば、原潜(原子力潜水艦)が適している。

 英仏両国はいずれも親ミサイル16発を搭載する原潜4隻を就役
中である。仮に日本がフランス方式を採れば、1隻当り親ミサイル
16基に各々100KT級個別誘導子弾(MIRV)6発で合計96
発、したがって4隻の総計は64基、384発になる。

 3 これだけの弾数は最低限146発の所要に応えるとともに予
備能力も提供する。射程6000q以上の親ミサイルは日本列島を
遠く離れ、敵による捕捉が不可能な中部太平洋の海中から大陸を攻
撃する事ができる。

 各原潜は上空からの探知を避ける秘匿性と防護力を具備する複数
の洞窟型基地に待機すべきである。そこで、原潜システムの開発生
産、基地の建設等に恐らく20兆円(年度防衛費の4年分)の投資
を必要とする。

 陸上陣地は原潜搭載用と同じ親ミサイル64基に同数の偽陣地を
加えた128基のサイロを10q間隔で格子状に配備する。その狙
いは敵の核弾頭が着弾し、複数のサイロが同時に被害に遭うのを防
ぐにある。

 所要地積は120q四方と概ね四国全域に相当するが、我が国情
は広大な軍用地の取得を許さない。核爆弾146発を同時に運搬す
るには、エアバス級の爆撃機24機が必要である。更に敵の防空組
織を突破するため、電子戦機、制空戦闘機及び対地攻撃機、合計約
120機を支援に充てなければならない。

 3万d級の水上艦4隻に原潜4隻と同じ核攻撃能力を持たせる事
ができる。ただし各艦に数隻の対空・対潜護衛艦艇を必要とする。
当然、常時、海面に暴露した状態の水上艦は原潜よりも遥かに脆弱
である。

 4●死の灰を呼ぶ大陸向けの核攻撃は実行不可能
 仮に実現した核ミサイルにより大陸に攻撃をかければ偏西風に乗
る死の灰が日本列島を襲い、大気、水、食品を汚染する。やがて国
民の中に放射能障害が多発して社会機能が麻痺状態になり、日本は
自滅の道を辿る。更には世界の自然環境を壊す事態にも発展する。

 政府当局が多大な期待を寄せる米国の核の傘が発動されても同じ
弊害を生ずる。それ故に大陸に対する核攻撃は両刃の剣に等しい。
むしろ日本に関わる上記の問題を戦略核兵器の廃絶を核保有国に訴
えるための根拠資料に利用すべきである。

●抑止力に欠ける核戦力:通常戦力に頼るイラク戦争 冷戦時代に
おける米ソの核戦力が戦争の抑止に寄与したと言われている。然る
に核が戦争の勃発及び早期終結を共に防げなかった事実に注目すべ
きである。

 ちなみに朝鮮戦争中に中国は米国が核兵器を保有する事を知って
いた。当時、毛沢東は「米国の原爆は張り子の虎、人民解放軍は原
子戦に不死身」と宣言し、米軍と戦うため、朝鮮半島に派兵したの
である。

 5 米国のリーダ−は戦争中に戦局打開のため、ピョンヤン及び
共産軍に対する核攻撃を何回も検討したが、決断できなかった。攻
撃の効果に寄せる疑問に加え、広島・長崎の惨害を再現すれば、国
際社会の不評を招き、政治上、不利に陥ると判断したからである。

 今、アフガン、イラクでも折角の強力な核戦力は無用の長物であ
る。皮肉な事に米軍は原始的な戦いを挑む地方武装勢力に対し、歩
兵主体の通常戦力を向けている。ただし何とか米軍の優位を支える
のは戦車、装甲車、ヘリなどの先端技術を活かす在来兵器である。
 今後も第3世界では米国の核戦力の裏手を行く通常戦力による戦
いが頻発するに違いない。

●核武装よりも先端技術が支える通常戦力の充実
 日本の場合、現実の脅威は核ミサイルよりもテロ、ゲリラ、ある
いは工作員である。既に本州沿岸、離島の警備の手薄な地点で密航
、密輸、潜入、隠密偵察が頻発している。更に都市部では不法入国
者が社会を蝕み、侵略基盤の培養する兆候も認められる。    

 思うに防衛力整備上の課題は核武装でなく、陸海空の通常戦力及
び治安機関の強化にある。このため業界の持てる先端技術の開発能
力こそ、通常戦力充実の決め手になる。その一つは沿岸、離島及び
人口密集地帯の警備力を強化する各種の監視器材に他ならない。

 6 付言するに筆者は核武装よりも弾道ミサイル防衛組織の方が
実現の可能性が十分にあると見ている。更には先端技術力が支える
通常戦力による敵地への先制攻撃能力の整備も提案する。これらの
具体策は別の機会に論じたい。

要図:大陸に対する核攻撃が呼ぶ死の灰の嵐

コラム目次に戻る
トップページに戻る