3696.台湾の学校における国防教育の概要と日本の現状及び提言



   [台湾の学校における国防教育の概要と日本の現状及び提言] 
                      2010.7.13 桜梅会行事 高井

    −政治家の軍事知識の欠落:国防上の重大な問題点−

 民主党政権による普天間基地の移設先をめぐる一連の政策は、まさに愚案の
連続である。要するに、沖縄県外への基地の移転と県民の負担軽減という看板
のみを掲げるだけで軍事効率、すなわち、肝心な使用者である米軍の作戦行動
の有利性に関する認識は全くない。驚くべき事に、国防政策の総元締めの鳩山
前総理さえ、沖縄駐留米海兵隊の抑止力としての役割を理解していなかったと
自認した。

 もっとも、官邸サイドの迷走に対し、適切な軍事的助言を怠る補佐役達ある
いは官界、学会の中枢にも多分に責任がある。軍事的に無能なリーダーが文民
統制と称し、国防上の権限を振り回し、軍事専門家を表面に出さない愚劣な国
は、どこにも見当らない。安保体制下の盟友も、愛想が尽きていると容易に想
像することができる。

−軍事教育皆無の国情:軍事無能な政治家を生む要因・戦前と戦後の日本の違い−

 政治家達の軍事知識の欠落現象に関し、彼らの不勉強ぶりを責める前に、一
般国民に軍事を教えて来なかった国情を認識すべきである。戦前の小学校では
愛国心と国防意識を高揚する歴史教育があり、中学校では配属将校という軍人
の教官が教える軍事教練が必修科目であった。したがって、昭和期以前に活躍
した政治家や官僚の先輩達は、生徒及び学生の時代に、軍事の基本を知る機会
を与えられていた。

 更には、当時の優秀な生徒や学生の多くは、小学生の頃から素朴な愛国心を
抱き、国防の重要性を認識して、陸軍士官学校、海軍兵学校、幹部候補生や現
役兵を進んで志願した。明治以来、全国民には兵役始め国防の責務があり、社
会全般に歴史が教える軍人の愛国心と武徳を称える空気が漲っていた。
このような、雰囲気があって初めて国が命運を賭け、総力を挙げて戦う事がで
きたのである。各戦場における日本陸軍の各級指揮官による卓抜な戦術と将兵
の健闘ぶりは、戦争中の敵であった米軍、同じく中国国民政府軍のトップ、将
介石総統からも高く評価された。

1 翻って、戦後の我が国は、未曾有の惨害と犠牲を国民に強いた敗戦が厭戦
気分を蔓延し、更には占領軍の日本弱体化政策も影響し、国情が180度も変
貌した。先ず、憲法は軍備を禁じ、学校では、軍事及び国防に関する教育は全
くない。然るに、我が国の史上初の敗戦は、何と言っても大戦略を誤った政治
・軍事の最高レベルの責任であり、国家の命令に忠実に従い、善戦健闘した一
般国民は称えられて然るべきである。

 大東亜戦争(注:第2次大戦に対する我が国の公式戦争呼称)を支えた国民
の愛国心と国防意識、すなわち最高の道徳が戦後に別な方向に機能して、荒廃
した国土と社会を急速に復興し、世界各国から注目を浴びる程の繁栄をもたら
したのである。
 ところが、左翼主導の教育政策は、戦争否定と平和希求の方針を掲げ、歴史
科目では、近現代戦争史に触れるのを敢えて避けて来た。それは、大東亜戦争
が、すべて悪であったという誤った認識によるものである。

 遺憾ながら、戦後教育は、一般国民の思想動向に重大な影響を与え、平和が
続く環境条件も手伝い、国民の最高の道徳である愛国心も国防意識も年を経る
ごとに鈍化して現在に至っている。現民主党政権に見る沖縄の地域エゴに迎合
し、国防意欲のない基地対策が、戦後教育の弊害を如実に証明する。要するに
、軍事を知らない現代の政治家や高級官僚は、まさに戦後教育の申し子である。

        −政治家の子弟は入らない自衛隊−

 以上のような時代的な背景から、小中学生、高校生はもとより、親達でさえ
、防衛の基本を学んでいないので、自衛官という職業の価値を殆ど知らない。
一方、日教組等の反国家運動は、相変わらず盛んであり、防衛広報や隊員募集
を妨げている。
 ちなみに、研究機関や業界が毎年、行う調査では、子供達が将来就きたい職
業の上位10番以内に警察官、消防官、医者、看護士、野球の選手などは常に
出て来るが、自衛官の方は、全く御呼びでない。しかしながら、一握りの青少
年は、テレビ、軍事雑誌、単行本を通じ、兵器や戦闘行動に素朴な関心を抱き
、ささやかな防衛省広報資料を頼りに、自衛官を志願する。このような経緯で
入隊した自衛官達は、軍事に無関心かつ疎遠な一般大衆とは裏腹に、我が国の
防衛力を直接支えている誠に奇特な存在である。 

2 これに対し、政官界、学会の要人の子弟は、筆者が若い頃に体験した最下
級の一般隊員はもとより、幹部候補生、防大生などを殆ど志願しない。例外と
して、稀有の愛国政治家、西村眞吾元衆議院議員の子息は、一般隊員として、
大阪府信太山の第34普通科連隊で奉職中であり、まさに例外中の例外的な存
在である。

     −国防意識の基本・愛国心の高揚には強力な指導が絶対に必要−

 防衛庁発足当座の1955年に、国防会議と閣議で決定された現在の国防の
基本方針は、一般国民の愛国心の高揚を強調する。これを受け、防衛庁・自衛
隊では、積年、防衛意識の高揚を図る部外広報に努めて来たが、戦前と異なり
、学校で軍事も国防の重要性も教えない国情では、努力とは裏腹に、広報効果
に限度があるのを否めなかった。

 言うまでもなく、国旗掲揚及び国歌斉唱は、愛国心の表明である。1999
年7月に、自民党政権は、反体制勢力からの逆風にめげず、国旗国歌法を実現
させた。ところが、当時の民主党幹事長代理、鳩山前総理は、愛国心は強制さ
れない事が望ましいと国旗国歌法の制定に消極的であった。     
 愛国心が強制されずに、各人の心の中に自然に沸き起これば、それに過ぎる
ものはないが、放任状態では、悪貨が良貨を追放して愛国心は決して育たない。
やはり、公衆道徳や躾事項と同様に、愛国心も子供の段階から、強力な指導が
絶対に必要である。
 ところが、多くの学校では、国旗掲揚と国歌斉唱に公然と反対する不埒な教
師が横行して、生徒達に悪影響を及ぼしている。いみじくも、台湾の学校にお
ける教育制度は、我が国の寂しい現状の改善のため、多分に参考になる。以下
、台湾の全民国防教育の概要を紹介する。

     −台湾では全民国防体制が安全保障政策の基本−

 中華民国(台湾)は、台湾本島、膨湖、金門、馬祖を合わせた面積が精々九
州程度で、人口が2200万の島国である。これに対し、海峡の直ぐ向うには
、12億3千万人の人口を抱える超大国が潜在脅威として控えている。その首
脳部は、台湾を自国の領土と主張し、台北当局が独立宣言をすれば、武力進攻
を辞さないと呼号している。しかしながら、台湾は、全民国防と米国の軍事介
入を期待しない自主防衛を国是とする。

3 台湾は、米国との経済文化交流及び艦艇、ミサイル、レーダなどの兵器装
備の取引を続ける反面、正規の外交関係はない。一方、北京当局は台湾海峡有
事における米国の軍事介入を大いに危惧するが、その可能性は未知数である。
 したがって、台湾政府は、安保体制下、米軍に頼る日本と異なり、平時に抑
止力として機能し、有事に独力で戦える軍事力の維持強化に努めている。この
ため、大陸から押し寄せる大軍相手に国民が総力を挙げて戦う全民国防を安全
保障の基本政策とする。

 2008年3月に民進党から国民党に政権交代後も、全民国防の原則は継承
されている。台湾の憲法上、男性は、40歳まで、兵役の義務を負う。法律の
定めに基き、男女ともに参加する兵役は、義務役、志願役、予備役及び国民兵
役(民兵)から成り、全国民が何等かの兵役に従事する。更には、学校では、
国防教育を必修科目とし、青少年の愛国心と国防意識を高揚し、軍事能力の向
上に努めている。

       −中学・高校、大学教育用国防教材−

 台湾では、国防部総政治作戦局が国防と軍事に関する広報宣伝の主務機関で
あり、中学・高校、大学の国防教育図書を発行する。これらの図書は、一般国
民も政府書店で購入することができる。今回、取り上げる軍事教材は、全民国
防教育課目用の2007年版教科書である。これとは別に、基本教練、戦闘訓
練等の教材も存在する。
 全民国防教材集は、「国際情勢」、「全民国防」、「国防科技」、「国防政
策」及び「防衛動員」から成り、中学・高校用及び大学用に分冊されている。
以下、2007年版教材のうち、主として中学・高校用冊子の目次を通じ、教
育内容を概観する。この際、台湾の国防制度、軍備などの理解を容易にするた
め、要点を簡明に付記した。

●「国際情勢」:中学・高校、大学共通
  国際情勢の趨勢、アジア、欧州、米大陸の概況
●「全民国防」:大学用
1.全民国防概論
 ・全民国防の基本概念
  平時・戦時の国防を結合、軍民一体の国防
     軍民協力下の国防、透明的・開放的な国防
     全民が防衛に参加、国防・民間防衛の心の結合
     国防、民生両技術を国防に結合
  無形・有形戦力を国防に結合
    ・全民国防の法的根拠
    ・全民国防機構
2.国家安全と全民国防
 ・国家安全の意義(筆者注:国家安全とは安全保障)
 ・我が国の国家安全及び脅威の変遷
 ・中共の軍事的脅威と全民国防(筆者注:中共とは共産党支配下の中国)
3.全民国防の事例紹介
 ・イスラエル ・スウエ−デン ・中共 
  付録:国防法(2003)
     全民防衛動員準備法(2001)
     全民国防教育法(2005)
     中華人民共和国「国防教育法」(2001)
  付図:民間防衛(民防)動員準備・報告系統
     両岸軍事衝突記録(1949−1965)
     両岸軍事力の比較(2005)
     米国の対台湾装備供給表(1990−2004)
●「国防科技」:中学・高校用
1.世界の武器体系発展の趨勢:現在、未来
2.我が国の国防科学技術と武器の発展概況
 ・台湾軍事情勢分析
 ・我が国の国防科学技術の発展と現況
 ・現有の国産新型武器体系の紹介
 ・我が国の国防科学技術の未来発展構想
  統合体制の推進、次世代戦闘機技術、無人機
  対戦術弾道ミサイルシステム、水中ミサイル
  後方攻撃型AAM、携帯SAM、艦内指揮装置
  水中武器、C4I、GPS、対NBC、情報戦
 ・我が国の国防科学技術の発展と要求事項
 ・国防科学技術と国家安全の関係
 ・国防科学技術の重要性及び特色
 ・我が国の国防科学技術政策及び方策
 ・我が国の国防科学技術の発展要領
 ・国防科学技術の開発及び武器取得の関係
 ・軍部、業界を含む全民体制下の国防科学技術の発展
 ・軍民協力体制下による国防科学技術と装備開発の事例  
●「国防政策」:中学・高校用
1.国防政策の基本概念
 ・国防と国防政策
 ・我が国の国防政策
  積極防御、縦深打撃、迅速な対応、領域外で決戦
  早期警戒・統合防空、威嚇に有効に対応、防衛固守
 ・国防報告書及び国防意識
2.国防政策に影響を及ぼす要因
 ・地理的条件及び戦略上の要因
  自衛隊の特殊戦、ミサイル防衛各能力の向上がアジア太平洋地域に及ぼす影響
  西太平洋における日、米、中の戦力バランス
  中共の目指す第1列島線に介在する台湾の重要性
 ・国家の安全に影響する脅威の態様                     
  中共の軍隊の現代化と質の向上、海洋進出
 ・国防任務遂行上の考慮要因
  中共の脅威に対する国家の安全と民主主義体制の保障
 ・我が国の当面の脅威
 ・当面の国家安全情勢
 ・中共の対台湾方策
 ・中共の対台湾軍事威嚇
 ・中共の軍事的可能行動
  軍事力の誇示による威嚇と心理戦
  電子戦、ハッカー攻撃、ミサイル攻撃、精密打撃
  政治・経済・軍事中枢に対する襲撃
  離島への限定侵攻、本島、離島への本格侵攻
 ・国防政策の制定過程
 ・国防安全問題の探求と検討
 ・国防軍事戦略の設計
 ・国防安全政策の重点の決定
3.国防組織と機能
 ・国家と国民の軍隊の形成
 ・各軍の機構と兵力配分の合理化
  陸軍司令部、海軍司令部、空軍司令部、後方司令部
  予備軍司令部、憲兵司令部
 ・国防組織の確立
  国防部長
  軍政系統:国防部軍政担当副部長、内部単位(筆者注:幕僚組織)
       陸海空軍司令部等
  軍令系統:参謀総長、参謀本部、直轄機関・部隊
  軍備系統:国防部軍備担当副部長、軍備局
  内部単位、付属機関(研究、調達、生産) 
 ・国防政策の目標
4.全民国防意識の確立
 ・全民国防意識の結集
 ・全民国防意識の強化
 ・国防の建設に必要な全要因:政治、経済、心理、軍事(核心的な要因)、科学技術
5.総合的な防衛決意の体現
 ・各国の国防教育の事例研究
 ・全民国防教育の強化
 ・全民防衛動員体制の健全化
●「防衛動員」:中学・高校用
1.全民防衛法制
 ・動員学理
 ・現行動員法令
 ・全民防衛動員体系法令
2.全民防衛行政
 ・全民防衛政策と方針
 ・全民防衛動員機構の運用
 ・全民防衛動員の任務及び具体策
 ・全民防衛動員における各組織の協力体制
 ・民間防衛(民防)体系
3.軍事動員
 ・軍需工業動員
 ・軍隊動員
 ・全民防衛動員と軍事動員の関係
4.全民参加による国防体制
 ・青年を含む大規模動員時の勤務要領
 ・国防業務研究会、全民国防教育
 ・民防業務・防衛動員機能の強化
 ・全民防衛の理念

 −台湾の学校における全民国防教育の所見−
 以上紹介した学校教材に載る台湾の全民国防体制の主要な部分は、正に戦前
日本の国防制度の再現である。やはり、どこの国の為政者でも、真剣に国を守
ろうとすれば、おのずと、このような結論に到達する。それは即、現代国家の
国防原則に他ならない。
 いずれにせよ、全民国防教育の内容は、具体的かつ実際的であり、しかも、
広範囲かつ多岐に及んでいる。このような正統な国防教育を学生・生徒に学習
させる制度を確立し存続させている台湾の為政者の力量を高く評価したい。
 実のところ、第2次大戦直後の国共内戦に敗れ、台湾本島に撤退した国民党
政権は大陸反攻を目指し、軍隊の立て直しに努めた。このため、敗戦に伴い解
散した日本軍の旧軍人を招聘し、軍事制度や戦術を学び取った。当時の中華民
国の将介石総統は、中央部の貧しい大戦略とは裏腹に、戦場で成果を挙げた師
団以下、各級部隊の戦術戦法と指揮法、将兵の戦闘力及び精強な軍隊を育んだ
日本の国防制度に着目したからである。
 注目すべきことに、今の台湾には、軍政、軍令、参謀総長、国民兵役、動員
など、多くの旧日本軍の用語が存在する。一方、本家本元の日本では、台湾に
移った自らの軍事と国防の価値が忘れ去られている。今や、主客転倒して、日
本が台湾から軍事と国防を学ぶべき時期が来た。


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