36001.犬の概念体系



犬の概念体系
From得丸公明

皆様、おはようございます

−1− 暖かな午後、犬の散歩
昨日の日中はとても暖かな、「うららかな」というよりはもっと暖かかった、日
でした。私は、来週、金曜日から禊修行に参加するので、東久留米の道場に挨拶
に伺いました。

すると、道場長が外出されておられたので、「作務でもしててください」と言わ
れ、はじめは庭箒で石畳をはいておりました。はいたばかりの石畳の上に桜の花
が舞い降りてきて、これはこれできれいでした。

 石畳箒で掃けば花が散るさっきより絵になるこれでよし

その後、閑そうにしていた、そこの飼い犬と散歩にでかけました。綱をゆるめ
て、犬の好きなように歩かせ、あるいは走らせました。犬は犬なりに、歩きたい
ところ、走りたいところがあるらしく、あちこちの家の庭を覗いたり、玄関先に
いってみたりするので、時々綱を放して、犬が戻ってきて綱をもてというまで自
由に歩かました。

 綱持てと犬戻るまで遊ばせる花散る午後の光を浴びて
 綱を解き犬をひとりで歩かせるたまに自由もよいではないか

東久留米くらいだと、まだ畑も残っていて、こちらにとってもいい散歩でした。

−2− パブロフの犬観
じつは、1月に古本屋でみつけたパブロフの「大脳半球の働きについて」という
本(岩波文庫、上・下)をこのところ読んでいました。

パブロフの犬といえば「条件反射」として有名です。しかし、パブロフが35年
間もその実験を続けたことはあまり知られてないと思います。また、なぜ犬の条
件反射実験をしたかというと、それはヒトの高次神経活動の研究のためであると
いうことも、あまり知られてないのでは。

本書は1924年にパブロフが軍医学校で23回行なった講義録をまとめたもの
です。

実験は、メトロノームの音(条件刺激)を聞かせてから餌(無条件刺激)を与える、
電灯(条件刺激)をつけて口の中に酸(無条件刺激)を注入するなどして、犬によ
だれが出る(効果)を身につけさせてから、その犬に対して行います。

どんな実験をしたかというと、たとえば
(A)条件刺激を与えるがそれに続けて無条件刺激を与えない場合に,急速に効果
が薄れていく「消去」,
(B) 条件刺激に伴って無条件刺激を与え続けていると,ゆっくりと効果が生じな
くなる「抑制」,

無条件刺激を与えても与えなくても、効果は消えていきます。違いは、急速に消
えるか、ゆっくりと消えるか。
いったいそれはどうしてなのか。

そのあたりの考察まで読解するのに、けっこう時間がかかりましたが、要するに
「刺激」が「正」(よだれ出る)と「負」(よだれ出ない)の信号として、犬の
神経に伝わる理由を、パブロフは一生懸命に考えていたわけです。

で、パブロフは(A)の「消去」は、「特殊な種類の抑制」であると結論づけま
す。答えになっているかどうかわかりませんが、他に考えられないといいます。
大脳皮質は「正の条件刺激が強化されず、無条件刺激を伴わないままにおかれる
だけで、それが抑制刺激となる。つまり細胞がそうした作用によって抑制状態に
なる」というわけです。

また(B)は、「反復された条件刺激の影響で、細胞が真の抑制状態になった」。
これは大脳皮質細胞が、疲れて機能を発揮できないから、休息するためであると
説明します。

はじめのうち、パブロフの説明を理解するだけでやっとでしたから、ふむふむ、
そうか、などと読んでいったのですが、あるとき、「待てよ。これは神経細胞だ
けを見てるから、そんな説明になるのじゃないかな」と思ったのです。

もし、犬の気持ちというものがあるなら、(A)は「お、これは、餌が出る信号
だ。 しかし、出ない、変だなあ。 また、出ない。どうしたのだろう。 やっ
ぱり出ない。 これはもう出ないと思ったほうがいいね」と思ったのではないで
しょうか。 つまり、犬が条件刺激信号を、現実に適合させて、信号の意味をあ
らためたのではないでしょうか。

また、(B)の場合は、「えー、またやるの。この実験、いい加減あきたよ。あき
あきしたよ。やる気ぜんぜんないよ。勘弁して」と思ったから、効果がなくなっ
たのではないでしょうか。

実はパブロフは、教会司祭の息子として生まれ、神学校で学び、聖職者になるこ
とを拒否して大学で科学を学びました。キリスト教の舞台裏をさんざん見ている
から、唯物論的なアプローチができたのだと思いますが、それでもやはり、犬が
人間と同じように感情をもつとは思い至らなかったのではないでしょうか。

だから、条件に対する「反射」として実験を35年間も続けられたのでしょう。
犬の気持ちを思いやることができたら、もっと早く結論が出たのではないかと思
うのです。

−3− 犬の概念体系
それでもパブロフの行なった実験には、きわめておもしろいものがありました。

(1) 分化
たとえば無条件刺激を伴う条件刺激と伴わない条件刺激を交互に与え,条件刺激
のわずかな違い(色の濃淡や楕円率や周波数など)が効果の有無に反映される「分
化」です。

これは、メトロノームの120では餌を与え、60では餌を与えないということ
を教えると、犬はすぐに正と負の信号を理解して、正の信号ではよだれが出る
が、負の信号ではよだれが出なくなります。

どれくらい細かな差を識別できるかというと、メトロノーム100と96を弁別
できたそうです。人間には区別できないくらい微妙な灰色の差も、正と負の信号
として使えたそうです。(だから、英語の発音でも、LとRの違い、VとBの違い
が、ネイティブにはわかるのでしょうね。我々には難しくても)

この先で、パブロフは、難問に出会います。

(2) 正の相互誘導
まず、「正の相互誘導」というのは、分化によってつくられた無条件刺激を伴わ
ない条件刺激のすぐあとで,無条件刺激を伴う条件刺激を与えると効果が増すと
いう現象です。

つまり、餌が出ない信号を聞かせた後で、餌の出る信号を聞かせると、よだれの
量が30%とか50%増量するというのです。これは説明がどうしてもつかない
現象でした。

(3) 「負の相互誘導」
また、「負の相互誘導」というのは、これはちょっとややこしい実験です。

無条件刺激を伴う条件刺激のすぐ後で,分化によってつくられた無条件刺激を伴
わない(負の)条件刺激を無条件刺激とともに与えても効果(唾液)が生まれないと
いう実験です。

具体的にいうと、口の中に酸を注入する信号を与えて、酸を実際に注入する。そ
のつぎに、酸を注入しない信号を与えて、それにもかかわらず、酸を注入する。
そのときによだれが出ない。その次に、口の中に酸を注入する信号を与えて、酸
を実際に注入し、さらに、酸を注入しない信号を与えて、期待を裏切るように酸
を注入するが、よだれが出ない。これを何度繰り返しても、負の信号が正に変わ
らない、つまり、酸を注入しないという信号を聞いてよだれが出てこないという
ものです。

私はこの実験を理解するだけでもけっこう大変でした。

パブロフは、これも説明できないといいます。

私はこれも犬の身になって考えたら、簡単に解決できるように思います。

正の相互誘導の場合は、はじめの負の刺激で「お、これはご飯が出ないという信
号だ。ご飯まだかなあ」とご飯のことを考えるから、続く正の信号で「きたき
た。待ってました!」と思って、よだれの量が増える。

負の相互誘導の場合は、正の条件刺激のあと酸の注入があって唾液を流した後
で、「今度は酸が口に入らない信号だ。よかった」とほっとしていたら、「ギョ
エー、なんだ! 酸が入ってきたじゃないか。勘弁してくれ」と思うのではない
でしょうか。

そして、それが何回か繰り返されても、「おやまた酸が入らないという信号だ。
今度こそ入りませんように」と期待し続けて、それでも酸が注入され続けたら
「なんてこった、また酸だ。しかしさっきの信号は酸の注入で、こっちの信号は
酸が入らないという信号のはずだ。他にいったいどんな意味がありえるのだあろ
う。いったいぜんたいどうしたらよいのだろう」と悩むのではないだろうか。

つまり、負の相互誘導の場合は、犬の頭の中に、記号の意味(=記憶)体系がで
きていて、犬はどんな目にあっても、頑迷に自分の概念体系にしがみついている
から、何回やってもよだれが出てこないのではないかと思うのです。

パブロフの実験は、犬にも概念体系が構築されるということを確認したのではな
いかと思います。

私は犬を飼っていないので、犬の気持ちはあまりわかりませんが、犬を飼ってお
られるかたは、犬の概念体系というものを信じますか?

得丸公明


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