3206.アジア覇権とエネルギー戦略について考える



アジア覇権とエネルギー戦略について考える


                           日比野

1.中国による真珠湾奇襲 

 
アジア覇権と日本のエネルギー戦略について考えてみたい。

昨年の話になるけれど、尖閣諸島・魚釣島の沖合いで、中国の海洋
調査船2隻が航行して領海侵犯する事件があった。

日本は抗議こそしたけれど、中国非難される余地はない、と開き直
ってる。いつものことだといえばそれまでだけれど、今回のはもっ
と深刻に考える必要がある。ひとつは明白な潜水艦ではなく、普通
の船が領海侵犯をしたということ。もうひとつは領海侵犯した日付
。

これまでも中国船は日本領海を航行するケースが何度かあったけれ
ど、ただそれは潜水艦が主なものだった。2008年9月には、高
知県・足摺岬沖の豊後水道周辺で、中国船籍と思われる潜水艦が領
海侵犯する事件が起きている。日本は中国の潜水艦であるとほぼ断
定していたけれど、中国は、中国の潜水艦であると決めつけている
と抗議して、白を切った。嘘か本当かは別にして、まだ中国も自分
が領海侵犯したと大っぴらに認めることまではしなかった。

ところが今回は通常の海洋調査船。ばっちり証拠写真は取られてい
るし、言い逃れることは難しい。むしろ、堂々と領海侵犯したぞ、
と半ば宣戦布告のつもりだったのではないかとさえ。

というのも、領海侵犯した日付が12月8日だから。日本人で戦史
を知っている人なら、真っ先に真珠湾攻撃を連想するのではなかろ
うか。

つまり、中国は真珠湾攻撃を印象付けるかのようにわざわざ12月
8日に領海侵犯をしたのではないか。

とすると、いままでとは少しニュアンスが違ってくることを見てお
かないといけなくなる。最悪の場合、尖閣諸島については戦火を交
えてでも獲るぞとの意思表示しているのだ、と。
 


2.指桑罵槐を読む
 
こうした中国のたびたびの挑発行為にどんな意図があるかについて
は様々な観測がなされている。

たとえば、そのまま素直に尖閣諸島を自国領土として、周辺海域の
ガス田を我が物とするための布石であるとか、日本に融和的政策を
とる胡錦濤政権への人民開放軍の反発だ、とか。いやその逆で胡錦
濤が人民開放軍の不満を逸らすためにあえてやらせたのだ、とか。

どちらにせよ、領海侵犯という行為が日中双方の関係にいい方向に
作用することは考えられないから、意図はどうであれ、日中間を仲
違いさせるという結果が得られることだけは確か。

今のように、中国が日本の技術や経済協力を欲しくて仕方がないと
きに、日中が仲違いして得する勢力なんて、そんなにない。しいて
いえば、政府内の反胡錦濤派、たとえば上海閥とかが、北京閥の追
い落としを考えてなんてのは考えられる。

中国の行動原理の中に「指桑罵槐(しそうばかい)」というのがある
。

「指桑罵槐(しそうばかい)」というのは、桑を指して槐(えんじゅ)
を罵るという意味で、本当に非難・攻撃したい対象とは全く別のも
のを罵ることで、間接的に本当の相手にそれと分からせるというも
の。これはかの兵法三十六計の中に、第二十六計としてしたためら
れている。

もし、政府内の反胡錦濤派が胡錦濤政権を揺さぶろうとしたら、胡
錦濤が最も重要視しているものを罵り、追い落とすことができれば
、指桑罵槐の計は成ったことになる。

日本を領海侵犯して、日中間の関係を悪化さえできればそれで十分
ということになる。

今までの日本政府は、こうした中国内部の権力闘争を知った上で、
あえてそれを不問にして、中国政府との関係を維持してきたように
見える。たとえば、中曽根元首相は、1985年8月15日を最後
に首相在任中の参拝を止めたけれど、その理由は中国共産党内の政
争で胡耀邦総書記の進退に影響するのを避け、胡耀邦を守るためだ
ったと述懐している。

その後、度々首相の靖国公式参拝が取り沙汰されたり、取りやめに
なったりしたけれど、小泉政権になって、ようやくそんなので取り
やめるのは内政干渉である、という世論が出来上がってきた。中国
は、殊更に靖国で声をあげることで却って日本世論を硬化させるの
を知ってしまった。もはや靖国カードは放棄したようにさえ見える
。

その分だけ、世論も変わってきたし、政治判断も変わってきたとい
うことなのだろう。
 


3.ディバイド・アンド・ルールと第三計
 
宗主国が植民地を効率よく統治する方法として「ディバイド・アン
ド・ルール」というものがある。ディバイド・アンド・ルールとは
分割統治の意味で、統治相手の内部を分断して対立させ、宗主国へ
の抵抗運動の力を削ぐために使われた方法。

たとえば、一九〇五年に行われた、インドのベンガル分割などがそ
れ。 

当時イギリスはこの地方の反イギリスの動きに対して、ディバイド
・アンド・ルールを仕掛け、イスラム教の影響の強い東ベンガルと
ヒンズー教の強い西ベンガルをひとまとめの行政区にし、両者の対
立を煽って統治した。

このディバイド・アンド・ルールは何もイギリスや西洋諸国の専売
特許というわけじゃない。兵法三十六計の第三計に借刀殺人「刀を
借りて人を殺す(かたなをかりて、ひとをころす)」というのがあ
る。これは、相手の内情の矛盾を突いて混乱させたり、敵の敵を利
用して戦わせて、自分の戦力を消耗する事無く相手を弱らせるとい
う計略で、考え方はディバイド・アンド・ルールと殆ど同じ。

世界覇権国からみれば、仮にアジア諸国が内輪で仲違いしている間
はその力が自分に向かってくる心配をしなくて良い。だからそう仕
向けることだって当然あり得る。日本と胡政権が仲違いして喜ぶの
はなにも上海閥だけじゃなくて、さらに外側の国々も喜んでいるか
もしれないことは視野にいれておく必要はあるだろう。

また逆に、日本から中国に対して、ディバイド・アンド・ルール、
「借刀殺人」を仕掛けることだってできる。それは、たとえば「指
桑罵槐」を逆手に取るような方法とか。

今回のように、中国の潜水艦なり、調査船なりが領海侵犯したとす
る。そしてそれが、上海閥による胡政権への「指桑罵槐」だと見極
めたとして、胡政権に味方することにしたとする。そのときにとる
べき方法に如何なるものがありえるか。

これまでは、形だけの抗議をして、その行為は不問にすることで事
を荒立てないという手を使ってきたけれど、昨今の日本の世論を見
る限り、いつまでもそれでは苦しい。支持率低下の元になりかねな
い。

むしろ、「指桑罵槐」だと知った上で、あえて「指桑罵槐」に乗っ
てやるのがいい。無論、バカ正直に素直に乗るというわけじゃない
。あくまで乗ったフリをして上海閥だけを狙い撃ちにした嫌がらせ
をするということ。

たとえば、表向きにはこれまでどおりの抗議をするけれど、それで
公式の政府間交渉をストップさせることはせずに、その代わり、裏
で上海からだけの投資を引き上げるとか、上海からの輸入品だけス
トップさせる、とか。ピンポイントの嫌がらせをする。と同時に資
本投資だとか、技術協力なんかを北京だけに行って胡政権に側面支
援をする。

北京だって馬鹿じゃないから、こうしたやり方でもこちらの意図は
十分汲み取るだろうし、日本側でもこうした実効を伴う抗議をする
ことによって、世論を抑えることができるだろう。

実際は、狙い撃ちできるような法的根拠があるのかとか、国際信義
上そんなことができるのかとかいった問題があるのだろうけれど、
要は「指桑罵槐」を仕掛けた側がしっぺ返しを食らうように持って
行くということ。表向きは抗議の意思を実効を持って示しただけと
言い訳できる。真の目的は狙い撃ちによる特定の勢力への肩入れ。

これだって形を変えたディバイド・アンド・ルール。

中曽根氏が首相だった時代とくらべて、世界情勢は様変わりしてる
。アメリカの世界覇権力は後退して、東アジア、東南アジア諸国で
の中国の影響力が強くなってきている。

日本は、こうした中国の台頭および中国の地域覇権確立を狙った動
きに対して、押さえ込みに入るのか、中国の属国になるのか、孤立
政策をとるのか、はたまた、中国と組んで西欧に対抗するのかとい
ったことを真剣に考えるべき段階にきていると思う。

海上保安庁は2月に入って、ヘリコプター搭載の大型巡視船(PL
H型)を尖閣諸島警備に常時配置する態勢に切り替えたそうだけれ
ど、これはとても素直で正攻法の対応だから、日中関係の緊張が高
まるのは確かなこと。


 
4.真珠の紐戦略
 
「中国には広い沿海部がある。領海主権と沿海部の権益を守ること
は中国軍の神聖な職責だ」

2008年12月23日に、中国国防省の黄雪平報道官は記者会見
でこう述べた。

中国は、マラッカ海峡近くのインドネシア領の島に潜水艦基地を建
設しているし、米国務省の内部リポートでは、中国はパキスタンや
バングラデシュ、ミャンマー、カンボジア、タイ、南シナ海の島な
どに潜水艦用の基地や施設を設けていると報告されているという。

その意図はいろいろ憶測されているけれど、「領海主権と沿海部の
権益を守ること」という中国国防省・黄報道官の言葉を素直に受け
止めるならば、中東からの石油のシーレーン防衛のためというのが
真っ先に頭に浮かぶ。

こうした、シーレーンの各ポイントに基地なり拠点なりを作ってい
く方法は、真珠の紐戦略(string of pearls strategy)と呼ばれて
いる。文字どおり紐に通した真珠(拠点)を適度に配置することで、
シーレーン全域の制海権を確保する方法。

先ごろ、ソマリア周辺沖の海賊に対処するため、海上自衛隊の艦船
を派遣することが決まったけれど、石油を国家維持の生命線と考え
るのなら当然の処置。だけど本当はソマリアだけじゃなくて、それ
こそ中国のように各所に基地を置くなり、常時自衛隊の艦船を張り
付けてシーレーンを守らなくちゃならない。

これまではシーレーン防衛をアメリカに依存していたけれど、アメ
リカの覇権力後退に伴って、もうそんなことが出来なくなってきて
いる。そこに中国が肩代わりしようと着々と手を打っている。この
中国の真珠の紐戦略は、中国全土の国益に資するから、中国内部の
政争による「指桑罵槐」なんかとは訳が違う。確実な国家戦略。

日本に戦略眼が無いといっても、これに対して何のアクションも起
こさないのは、いくらなんでも平和ボケに過ぎる。

中国にシーレーンの制海権が抑えられたら、万事窮す。石油パイプ
ラインを止められたくなければ金を払え、といったどこかの国がや
っているような脅しが日本に対していつでもできるようになる。
 


5.日印安保共同宣言とシーレーン防衛
 
中国は空母の建造にも着手している。2009年から、上海で空母
建造を始め、2015年までに5万〜6万トン級の中型艦2隻の完
成を目指すという。また、ロシアの協力を仰ぎながら、艦載機パイ
ロットの養成にも着手している。

空母は当然艦載機を搭載できるから、空母を持つということは、空
母の活動範囲内での制空権をも持つことを意味する。最も制空でき
うる戦闘機を搭載することが前提の話なのだけれど、制空権を持て
ば対潜哨戒機の追尾も排除することができるから、その分潜水艦も
自由に行動することができる。もし哨戒機が潜水艦を追尾できずに
自由に行動されてしまうと、付近を航行する船は近くに潜水艦がい
ても分からなくなる。魚雷で攻撃されたら一巻の終わり。

もっとも日本も中国の真珠の紐戦略に対して何にもしていない訳じ
ゃない。2008年10月には、インドと首脳会談を行なって、両
国の外相、防衛相間の対話や、海上自衛隊とインド海軍の交流、テ
ロ対策の協議などを盛り込んだ、日印安保共同宣言を締結してる。

中東から日本に至るシーレーンのかなりの部分を占めるのはインド
洋だから、日本とインドが安全保障条約を結ぶということは、この
海域の制海権・制空権を確保するということについては、物凄く意
味がある。

ただし、この日印安保は、日本の国益を守るという意味では確かに
意義があるのだけれど、世界の権益を守るという国際貢献的な意味
においては、不十分。中国の様に、各所に拠点を構えたり、空母を
持つなりして、世界のためにシーレーンを守るのだ、という姿勢を
見せないとなかなか世界からはそう思ってもらえない。そういうこ
とは留意しておくべきだろう。

しかも、日印安保だけでシーレーンが完全にカバーできるというわ
けじゃない。東シナ海あたりは難しい。もしも中国の潜水艦や空母
に、マラッカ海峡なり、台湾海峡なりを封鎖されたらどうなるか。
海峡を迂回なんかしたら莫大な費用が掛かってしまう。全く石油が
入らないよりはマシだけれど、それでも十分打撃を受けることは間
違いない。

だから、日印安保があるからもう大丈夫ではなくて、シーレーンの
急所(チョークポイント)を抑えられたときにどう対応するかについ
ても考えて置かなくちゃならない。
 


6.サブマリンレーンとシベリア新幹線

「人類は当面、温暖化対策に取り組む必要がある。自分やその子ど
もの時代はともかく、さらに次の孫の時代にCO2で人類が滅亡す
ることを想像すれば、現在、その対策に手をこまねいている時では
ないことがわかるはずだ」

2008年3月に行なわれた、先端技術産業戦略推進機構(HIA)
の国際シンポジウムでの西澤潤一首都大学東京学長の講演での発言。

西沢潤一氏はその中で、環境問題の少ないミニダムによる水力発電
と、交流より50倍も遠くまで電力を効率よく運べる直流送電の技
術を活用した電力システムを提唱している。

直流送電は交流に比べて、送電損失が少なく、長距離伝送に向いて
いるとされている。ただこれまでは直流から交流への変換が難しい
こともあって中々普及していなかったけれど、半導体技術の進展で
これらの問題が解決されてきつつある。

西沢潤一氏によれば、超高圧直流送を行なえば、1万km送電が可
能であるという。実際、これも中国だけれど、中国西部大開発の中
の「西電東送」プロジェクトでは、四川省宜賓県と雲南省水富県と
の境界を流れる金沙江の下流で発電した電気を2000km離れた
上海に送る計画だという。

この直流送電技術をシーレーンの補完として活用できないだろうか。

シーレーンで送るものは、何も石油でないといけないということは
ない。中東に超大規模発電所を作って、中東から海底ケーブルで直
接日本に電気を送ってはどうか。無論完全に石油を輸入しなくても
いいなんてことにはならないけれど、全部が全部石油でなければな
らないこともない。

サウジアラビアと日本は直線距離にして、約9000Km。海底ケ
ーブルなら一万数千キロになるだろうけれど、途中の島々に大型の
燃料電池タンクを設けた中継所でも作ってやれば、十分日本に電気
を送れるのではないか。

海底ケーブルなら、海賊の心配もしなくていいし、シーレーンの制
海権も気にしなくていい。シーレーンじゃなくてサブマリンレーン
を引いてやる。

もうひとつ、シーレーンとは、全く別のルートを開拓する方法もあ
る。たとえばロシア経由とか。

ロシア経由で新幹線で石油天然ガスを運ぶ方法なんかもあっていい。

ロシアは2030年を目標とする鉄道整備計画を策定していて、そ
の中にはシベリア鉄道の近代化もあるという。そのシベリア鉄道の
近代化に向けて、日本に協力を打診しているそうだ。そこへ新幹線
を使って、シベリア鉄道で天然ガスを運べばいい。、これもシーレ
ーンの補完の一つになるだろう。 

近く、プーチン首相が訪日し、麻生総理と会談するという。もちろ
ん北方領土問題もあるだろうけれど、新幹線技術の協力を申し出て
、エネルギーのシベリアルートの開拓も行なって置くべき。

それと同時にロシアとの経済協力条約的なものも結べればなおいい
。これは、日印安保とあわせて、アジアでの地域覇権を狙い始めた
中国への牽制にもなる。
 
(了)




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