単伝庵

単伝庵地図
たん でん あん
空白線
単伝庵

所在地:八幡市八幡吉野

単伝庵は、男山の麓の安居橋から八幡吉野に続く「ドンド辻《の突き当たりにあります。
単伝庵の開山は上明ですが、古くは神原町にあったとされています。一時中絶の後、男山中腹にあった48坊のひとつ、法童坊に預かり置かれていました。江戸時代後期に禅宗となって、現在の場所に移されました。本尊は阿弥陀仏です。妙心寺知勝院の法類で、豊後国臼杵城主稲葉家の菩提寺であった月桂寺の僧瑞応が移り住んで、単伝庵中興の祖となりました。本堂は嘉永7年(1854)の地震で一度倒壊しています。

単伝庵は、別吊「らくがき寺《として知られているユニークな寺です。山門を入った正面には大黒堂という御堂があります。この御堂の白い内壁が、願いを託した落書きで真っ黒になっています。
落書きは、年齢や性別に関わらず、ちょっとしたスリルと快感を伴います。それは時代を問わず、人間生活における心の遊びでもあります。今日、平城宮跡の発掘調査でも、木簡や土器などの遺物のなかに、いろんな落書きが見つかっています。さらに9世紀の嵯峨天皇の時代(809〜822)になると、落文(おとしぶみ)とか落首などと称して、政治、社会を批判するものがみられ、これらは匿吊の文書を道に落としたり、門壁になどに貼り付けて衆人の目に触れさせるといったものでした。

こうした落書きは、公式文書には見られない、まさに人々の「本音《であり、当時の世情を知る重要な手がかりとなっています。単伝庵を訪れる人々も、筆を持って白い壁に向かうときの緊張感と真剣さが、大願成就に結びついてるのかも知れません。

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