![]() ![]() 伊佐家
所在地:八幡市上津屋浜垣内
上津屋浜垣内にあり、江戸時代中期の南山城地方における代表的な庄屋屋敷である。すぐ東側を木津川が流れ、水との深い関係がこの家を特徴づけている。
伊佐家の正面には、屋敷に通じる路の両側に堀割が残っている。これは木津川の豊かな水を利用して、防禦と水利を兼ねたものである。こうした建物を環濠住居という。
屋根は軒端の葺厚が1メートル近くある。この重量は相当なものであろうが、さすがにそれを支える梁組や柱の木柄は太く、どっしりとしている。現在、裏側を一軒幅拡張して2階を設けるなどの改造をし、屋根も瓦葺きにしているが、当初は前後とも茅葺きの葺下(ふきおろし)であった。
かつてこの材料は、すべて巨椋池畔の水芦を用いていたが、同池の干拓によって茅の生産もなくなり、確保が難しい。 内部は奥座敷、仏間の二間に縁を巡らし、書院風に構成されている。これは大庄屋クラスの家に共通する手法であり、この家のものは都に近いせいか雅やかな感じを与える。また、土間にある大かまど、豪壮な大戸口や式台(客を送迎する玄関先の板敷)などに豪農の家の趣が見られる。 昭和49年の調査で、屋根裏から「享保19年(1734)甲寅年大工松井村吉兵衛《と書かれた木片が発見されて、同家が250年も前に建てられたことがわかった。昭和50年、南山城地方の民家としては初めての重要文化財に指定された。
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