生活保護に置ける医療扶助の問題点
−現状と改革に向けての提言−



嶋貫真人
東京都練馬区保健福祉部高齢者課
社会福祉研究第81号
PP86-91

問題の所在
医療扶助を医療保険と比較した場合の性格上の違いは、
1
.最低限度の生活の保障及び自立の助長という生活保護法の目的に付随した福祉サービスの一環として、行政処分の形で提供される。
2
.あくまでも最低限度の水準にとどまり、これを越えることはできない。
しかし、一方で、このような法制度上の原則にも関わらず、実際の生活保護実務の場面においては、後述のように、医療扶助はある意味では一般の医療保険に限りなく近い性格のものとして受け止められているという矛盾した側面を持っている。

法制度上の根拠
生活保護受給の大半を占める被用者保険未加入に対する医療給付が、ほぼ全面的に医療扶助によって行われているという現実は、実は国民健康保険法がその第6条で、生保受給者については保険料拠出能力がないことを理由に、自らの保険原理を貫くために被保険者から除外していることに起因する。
1
.まず、被用者医療保険との比較においては、被用者は保護受給中も被保険者資格を奪われないという点で、国保法第6条の規定との間で齟齬が生じている。
2
.介護保険法においても、1号2号被保険者とともに保護受給を理由に直ちに被保険者資格を奪われるというわけではないという点で、やはり国保法同条の扱いとの間で、基本的な不一致が見られる。

法制度の建前と現実の乖離

建前
医療扶助の場合は、患者から傷病の発生の申し出を受けた福祉事務所長は、まず、患者の病状について、主治医の意見を求める医療要否意見書の発行手続きからスタートする。所長は、この意見書の内容を参考にしつつ、検討を加えて、最終的には所長が、当該患者の治療にもっとも適切な医療機関を選び出し、そこに患者の治療を委託するという形で、医療扶助の決定がなされる。

現実
保護受給者が、医療機関に受診する前に福祉事務所によって医療券の発行を申請するという手続きは省略されることが多く、個別の受診行為毎の要否を事前にチェックするという制度の建前は、実際には有名無実化している。つまり、「腹痛・風邪」のような軽微で単発的な傷病については、医療行為の要否の事前チェックのシステムには馴染みにくく、被保護者もケースワーカーの感覚的に、医療扶助の給付は、ほとんど医療保険によって提供される医療と差異がないものとして受け入れられているといえよう。

ケースワークと医療扶助
要約するならば、軽微かつ単発的な医療においては、医療扶助の運用の実態は一般の医療保険との間に大きな差異を見いだすことができないが、他方では当該世帯の生活困窮の原因そのものとつながっている疾病の治療に向けた医療扶助に関しては、それが生活扶助などと一体的に要否判定され、給付されるために、公的扶助のミーンズテストにつきまとう官僚・行政制度上の弊害を免れることができない。このような医療扶助受給者の権利の制約は、ただ単に扶助の財源が100%税に依存するというコスト上の事情に起因するものではない。医療保険においても、重複受診・過剰診療の抑制というようなコスト管理の考え方は存在するが、患者が「真剣に治療に取り組んでいるか」とか、「就労可能なのに治療だけに専念しようとしてはいないか」というような、患者の「生活態度・療養態度」までは保険者の関心事とはされていない。そして、医療扶助においては、まさにそのような患者の「自立」に向けた生活のあり方全体が、最大の関心事なのであって、医療扶助はそのような経済・保護思想の実践の一つの場面としての位置づけがなされている。この点に、医療保険との間のもっとも大きな差異が見いだされるのである。

公的扶助とケースワークの関係

1
.生活保護の決定という行政処分が内在する権力的契機には、クライエントとの対等な立場性を前提とする福祉的援助は馴染みにくい。
2
.そのような権力的処分に対抗し、自己の権利を貫徹していくためにアドヴァカシーの機能の公平性が、行政内部の職員である生保ワーカーには期待しがたいこと。
3
.より本質的には、所得保障ニーズへの対応と福祉援助ニーズへの対応とは、本来全く別の視点からとり組まれるべき二元論的課題であること等の理由により、所得の多寡を問わない一般市民を対象とした普遍的施策の中に、このような援助活動を統合して行くべきであると考えている。

医療扶助に独自性はあるのか

独自性
1
.保険料の拠出と医療保険における患者一部負担金の支払いが困難な低所得者のみを対象とすること
2.
自立助長という生活保護法の目的の実現に寄与する福祉サービスの一環として位置づけられている。

国保法の問題について
国保法に限らず現代の社会保険において、保険集団内での再分配機能及び集団への国家財政の参加によって、保険料拠出と給付との間に算術的対応関係が厳密には維持されていない。国保法6条の制限規定は、単に保険財政の健全性を確保するための口実として、「保険原理の維持」の理論を形式的に援用したものに過ぎないと見るべきである。その維持のために、低所得者層を被保険者から排除するというのは、全く合理性のない扱いといえる。

現代における医療保障の捉え方は、救貧的でも防貧的でもない(つまり対象者の所得階層の上下は全く考慮しない)、所得保障とは独立した制度として位置づける方向に移行しつつあるといえる。このような立場に立つならば、医療扶助の受給権を、医療保険のそれとことさら区別して、前者が後者よりも法的権利として弱いとする根拠は、もはやどこにも見いだすことはできない。

まとめ

1
.生活保護法を、所得保障の法として純化すること
2
.生活保護法から排除された低所得者に対する医療保障は、各種医療保険を本体とした上で、経済的理由で患者の一部負担金の支払いが困難なものに対する公費負担の制度で対応すること

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