ゲームブック雑文

これまでも何回かゲームブックのことについて書いてきた。ある時はまたブームが去ってしまったのかとか、それでも楽しさは変わらないということでその理由について等…
2004年の10月に『RPGamer』vol.7(国際通信社)で、ゲームブック(以下、GB)のことを特集していた。これらを参考にしながら、再びまとめていきたいと思う。

『RPGamer』vol.7(国際通信社)では当時のことを過不足無く記事にしている。特に安田均の文章はその当時の熱気やどうして流行ったのかを適切に表現している。
その中でもその記事は、GBの目的は、実はTRPGへの布石のためだったということに注目している。確かに、GBが流行っていた頃ファミコンが導入されるちょっと前だった。実際には、ファミコンが普及し、ドラクエなどが流行り出すとそれと共にTRPGもGBも下火になっていくのだが、とにかくその当時は、「GBというジャンル」を一時期生み出したと言える。その勢いはTRPGの面白さを素通りするほどであったと述べている。実際には、かなりの人がGBはやったけどTRPGはやったことがないという人が圧倒的に多いのではないだろうか。まぁ、そんなことをいうと、RPGの専門誌としては成り立たないために、なんとか結びつけてTRPGの楽しさを広めることが出来たと結んではいる。しかし、果たして、本当にそうだろうか。

そして安田はさらに面白さはどこあったのかという点について、作品世界を含め、RPG自体の面白さゲームをストーリー仕立ての本で遊ぶ、つまりパラグラフ構造だとしている。その後、この記事はRPGの面白さとして述べられて行くが、普通GBの愛好家はパラグラフ〜分岐点のイベントとそのつながりを重要視していたのではないだろうか。後戻りをするようなしかけもあるが、ある場面で決断した選択肢から普通は後戻りできない。この選択の積み重ねがその時々のストーリーとなり、それが多岐にあり、やり込んでもなかなかすべてのエピソードを知ることが出来ないという多様性に楽しみがあったのではないだろうか。さらに結末はある程度絞られているし大抵一つしかないのだが、それでもそこに到る道筋はいくつかあり、しかも徐々に冒険が盛り上がっていくという小説としての手法も絡まり退屈することはない。また、その時々に戦闘が盛り込まれサイコロを振るというアクションが加わり、一喜一憂する。それは、ちょうど自分の分身が怪我をしていく、あるいは敵をうち負かしたという疑似体験をすることになる。さらに単にうち負かすだけでなく、アイテムの所持が試されたり、発見したアイテムが間違っていたりするとうまく作用しないで違ったエピソードに達したりとする。よく練り込まれたGBは正に今でこそRPGをしているようなと表現するが、その当時は、その本そのものが自分の分身がまさに冒険をしていたのであった

また、TRPGでは選択肢は無限にあって、シナリオもまた多様に変化するし、多人数でやるからコミュニケーションがあって、GBよりも面白いというふれこみで売り出していた時期もあったが果たしてそうだったのか。GBの冒険を楽しむという臨場感は、ちょうど小説のその物語にのめり込むのと同じ様なもので全く違ったものであったと言える。だから、読書をする感覚で楽しんでいたと言える。
確かに冒険に出るにはある程度のルールがあった。そのエッセンスは、TRPGのルールがかなり含まれていたらしい。しかし、TRPGのルールは知らなくてもGBのはすぐに理解できるものだったし、TRPGにつきまとうルールの解釈をめぐるプレイヤーとマスターの調整も必要ない。しばしば、TRPGではルール運用でトラブルが生じるものだが、GBは一人でやるのでいくらでもずるは出来るが、それをすると楽しみが半減することも知ることになるので、その内容によってはしっかりと自分を律する。その方が楽しむことが出来る。当然、トラブルなんてものはない。こうした手軽さとサイコロで判定するという目新しさが単なる本好きにも手に取らせることの出来たことであった。
ジャンルとしては主にファンタジーだった。中にはSFやホラーのようなものもあるが、基本はそれらを含めてファンタジーであったと言える。ファンタジーという分野の普遍性についてはあまたの本などで解説されているし、ここでそのことについては書くつもりはないが、広く少年少女の心を捉えるジャンルだと言える。必ずしも少年少女というわけでもないが…まぁ、GBは現在のジュブナイル小説のような位置づけだったと言える。しかし、あの当時、誰もが本屋に行けば一角がGBのコーナーであり誰もが目にすることが出来たということは、単に少年少女のためだったとは考えにくい。いずれにしろ、GBによって誰もが気軽に一人で冒険に出ることが出来た。宇宙に旅立ち、恐怖の館で狂い死に、砂漠の暗殺者と闘い、森を抜け、氷山を抜け、ドラゴンと闘い、不思議な街でトラブルを処理し、時には国を救うことができた。それが、多様な決断の積み重ねからなる様々なエピソードに彩られていた。志半ばで倒れ、そして再び立ち上がり…
それは単に小説を読んで手に汗を握るというのとは別に、ゲーム感覚の要素も含んでいたために主体的な参加を可能にしていた。しかも手軽だったということに尽きると言える。

これがTRPGへの興味を持たせるためにTRPG業界の戦略であったとは考えにくい。というか、私にとってどうでも良いことであった。確かに、その後D&Dが出て私は狂ったように遊んだし、T&Tも社会思想社というつながりで買った。しかし、一般に多人数でシナリオを作り冒険をするという手間はGBの手軽さになれてしまった人たちにとって面倒臭いことだったのではないか。また、TRPGのルールブックは高価だし、シナリオ集も人を集めないと出来ないし、運用するにも読みこなさないといけない。結局、GBのブームよりは盛り上がらなかったのは周知の通りである。結局、一人で楽しむことの出来るファミコンの台頭、ドラクエをはじめテレビゲームでのRPGがブームになってTRPGは日陰の存在になってしまった。やっぱり人は手軽で安くて面白いものを好むのである。
のめり込みすぎた人だけがTRPGにも興味を示していたと言える。

しかし、ボードゲームの方ではいくつか書いたが、それを知らないだけでやってみてその面白さに気づくということは往々にある。ちょうど、麻雀という名前は知っている人と、やったことのある人、やり込んでいる人にはその面白さへの認識が違うように。確かに麻雀は一見するとルールは複雑だし、計算とか駆け引きとか読み合いとか様々な要素がある。しかし、やってみると結構合理的だとか手が育っていく感覚がよいとか様々な楽しみに気づいていく。TRPGもルールや設定は膨大にあるが、それはシステムだしそのシステムの形式を掴めればそんなに難しい事ではない。さらに、TRPGは共同で物語を生成するという事に関してはGBを遙かに凌ぐ楽しみがある。失敗したら失敗したなりに、成功は成功でも、単にミッションを達成したに止まらず、チームとしてやり遂げたという楽しみがある。また、ルールの複雑さはそのままプレイヤーの表現の自由を広げる。自分なりの最善を組み込み、キャラクター自体に物語を付与させることが出来る…しかし一般には…単に面倒臭いことかもしれない。知っている人が出来ることは、わかりやすくルールを説明し、すんなりと出来るように環境を整えること。そのためには、ルールを読み込み、楽しさを簡潔かつ面白く伝える事にあると言える。

話がそれてしまったが、いずれにしろGBはTRPGの宣伝や後の商業的なねらいではなく、一つのムーブメントそのものであったと言える。そして、それを知っている人にとって懐かしさと共にいかに特殊なジャンル(形式)であったか。その特殊性はいまだに色あせないのではと思うのは私だけなのか。

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