社会福祉援助技術現場実習における‘介護過程分析表’援用についての一考察
−知的障害児者施設での実習過程を中心に−
若竹学園 熊谷和史(6256)

研究目的・方法
 「社会福祉士及び介護福祉法」が2007年に改正され,社会福祉士の役割が地域生活支援や相談業務に明確に位置づけられる(成田2008).それに伴い,社会福祉援助技術現場実習(以下,現場実習)では,ソーシャルワーカー養成を意識した実習を受け入れ側の施設などの機関が行う事(プログラムなど)が要請されている(厚生労働省2008:宮嶋2006).しかし,従来から施設内実習(特に本研究では知的障害児者施設を取り上げる)で現場実習を行う際,雑用・身体介護・利用者との何気ない会話〜コミュニケーションに費やされ,介護福祉士や保育士の施設実習と区別がつきにくい事が指摘されている(中村2004:日本社会事業学校連盟1996).とはいえ,従来から知的障害児者施設での現場実習の目的は,対人援助技術の援用を実際に意識化する事が挙げられている(竹内2004:杉本2006)1
 本研究は,この意識化は日常業務での利用者と援助者の関係性に内在しているものとして捉える.さらに何気ない会話の中にも,援助者(専門職)としての意図が含まれる援助過程として考えられるものとして捉えている.ところで,知的障害児者施設の特色として日常業務がルーティンワークとして繰り返されること.長い期間,連続的に関わることにある.そのため,同じような状況が生まれやすく,また同じ利用者との関わりが持ちやすい環境にある.そうした環境において,本研究では,対人援助技術あるいは援助過程を意識化する手法として,田中(1994)が提唱した‘介護過程分析表’が有効であると考える.
 本研究は文献研究であり,(1)知的障害児施設での現場実習を行う場合の課題について考察し,(2)知的障害児者施設で現場実習を行う場合の特徴や意義について考察する.(3)そして,利用者と援助者の関係性に内在する援助過程を意識化する方法として‘介護過程分析表’を取り上げ,(4)具体的に現場実習へ援用する場合の課題やプロセスを提示する事を目的とする.

研究結果
(1)知的障害児者施設で現場実習を行う場合の課題について
 地域生活支援や相談業務を主たる職務とすることが社会福祉士に期待されているとはいえ,現在も現場実習は生活型福祉施設で行われる事が多い(竹内2004:畑2008など)2.冒頭でも述べているが,特に知的障害児者施設では,ケアワークとソーシャルワークは混然としている.業務といっても雑用から身体介護,利用者との何気ない会話,軽作業を共にするなどである.一見すると専門性を必要とせず,社会福祉固有の視点を見出す事が難しい(吉村2005:杉本2001:松川2005)3.とはいえ,援助者はいうまでもなく「「援助関係における福祉サービス利用者」へ限定的に関わるわけで「単なる人間関係におけるタダの個人の全体」に関わっているわけではない」(佐野2002:52).言い換えると,援助者が何気なく利用者と関わっているときですら,援助者の中では「社会福祉実践」としての感情規則・言動・知識が動員されている.つまり利用者と援助者の関係はそれ自体がある一定の意図を持ったものである.
 通常,援助関係で援助者は利用者の利益を第一に考え,利用者のニーズや自己決定権を優先すること.そして,援助過程は利用者の何かしら(生活困難性など)の問題解決を志向するものと考えられる(丸山2004:矢部ほか2005)4.一方で日常業務そのものが利用者のニーズや自己決定権を奪っているとする援助者側の権力性が指摘されている(麦倉2003)5.例えば,日常業務とは何かを考える場合,利用者のニーズの実現よりもむしろ,日課を乱さない事がインフォーマルな規則として最優先される.そのため利用者が自分で出来る事や自己決定は,制限時間内において許されることになる.あるいは,利用者に日課を守らせる事(あるいは何事もないようにすること)が援助者の力量として示されているという指摘は重いと考える(麦倉2006:65).日常業務内にある管理性や拘束力は援助過程にも大きな影響を与え,専門職としての本来的な役割(例えば,利用者の主体性の尊重など)とジレンマを生じさせていると考える.現場実習を行う学生が毎日の日課をこなす事に専門職としての意義を見出しにくいと感じるとすれば,この日常業務に内在する管理性が原因の一つとしてあると考える.

(2)知的障害児者施設で現場実習を行う場合の特徴と意義
 時折業務として家族の調整や児童相談所との連絡など相談機能に相当することを必要に応じて行われているが,毎日行われるわけではなく,事によっては実習期間にそうした業務を実際に目にする事はない.繰り返しになるが,そのため現場実習は日常業務(直接的な利用者との関わり)を行う事に大半が費やされるのは必然的である.であるなら,日常業務をどう見るか.あるいは,日常業務に内在する社会福祉固有の視点について深める事が自然であると考える.
 知的障害児者施設の日常業務はケアワークかソーシャルワークかというよりも多様な学問やシステムがハイブリットに介在しているものと理解している(横田1999).そして,援助者の経験知や暗黙知は一つの理論や見方ではくくれない多様な言説によって成立している(須藤2002).知的障害児者施設では,特に利用者への発達的視点は欠かせないが,その視点ですら社会環境・保育・生体(神経などの医学的理解)・教育・心理などのあらゆる分野の知識が介在しており,援助者は必要に応じてこうした知識を取り入れ身体化されていると考える.確かに業務の範囲や施設の管理性からの影響は免れない.しかし,その枠組みに準拠しながらも日常業務の内容を豊かにしていく〜発展的業務を行うのもまた援助者の役割である(三浦2006)6.この発展的業務の第一歩は,常に目の前にいる一人の利用者をいかに視るのか.どう考えるのか.そして,どう振る舞うのか〜つまり,利用者から学ぶことから始まり,終わるものと考える.こうした発展的業務を志向する事は,社会福祉士だけに求められるものではないかもしれない.しかし,社会福祉実践の基本的な姿勢の一つであると考える(田中2004)7
 たとえ最重度の知的障害でも長い期間働きかければ,数値的には変化しない事でも,生活上やれることが増えるという横の発達があるとされる(京極:2003).現場実習の4週間ではその発達は見出しにくいかもしれないが,日常業務の取り組みには,基本的に個別的な生活上の発展と配慮が入り込んでいる.いずれにしろ,ケアワーク実習もソーシャルワーク実習もコミュニケーション実習という意味では一致する(中村・相澤2006).であるなら,「ケアワークの場面を通じて「相談援助業務」に必要な能力を身につける」(竹内2004:181)という立場が施設実習では妥当である.言い換えれば,コミュニケーションがうまくとれなければ利用者のニーズを聞き取る事も出来ない.また信頼関係も生まれない.もちろん主体的な取り組みは空回りになる.さらには発展的業務(よりよい暮らし)へのアイディアや熱意は生まれないだろう.また,知的障害児者特有の意義として,障害への知識などが無ければ間違った対応を取りやすい.そして,利用者への発達的視点を日常業務の中に見出さなければ,自らの行為の意義を見出す事が出来ないだろう.

(3)援助関係の記録化としての‘介護過程分析表’について
 いずれにしろ日常業務の何気ない会話や言動には,気づかない専門職としての意識や感覚が働いている.この気づきを効果的に意識化するには,記録が最良の方法である事は様々な先行研究にて言及されている(ケーグル2006,副田2006,久保2004,樋澤2002など).記録の目的は様々であるし,記録の意図などは時代と共に変化している8.とはいえ,ことに日常業務などの援助関係の記録化について限定すると以下の点で効果があるとされる.
 その意識化の方法として久保(1998,2004)が生活場面面接の視点から,事例研究と違ったアプローチを行っている.このアプローチの特徴は『「立ち話」「ちょっとした会話」「言葉かけ」「さりげない行為」「一緒にいる事」のようなものに,光を当て,その重要性を意識化し,顕在化すること』(久保1998:213)である.その記録化については,久保は具体的なフォーマットを提供していないが10「事例研究のように一人のクライエント(利用者)について長く書くのではなく,実践のある場面のある出来事,エピソードの一こまを取り出して書き記す」(久保2004:163).このことによって「どのような一こまを取り出すかで,すでにその人の実践の力量というか感性を示しているともいえるのではないか.また,書き記すという行為は思考を通過するので,自分自身や互いの関わりを振り返る上で意味を持つ」(久保2004:163)と考察している.いずれにしろ,援助過程の明確化は利用者と援助者のやりとりを丁寧に考察する事が求められるといえる.
 ところで援助過程の明確化〜記録方法については様々なアプローチがある(副田2006)11.また,現在,現場実習の最終段階では,利用者へのアセスメントの結果,個別支援計画を立てる事が望ましいという方向性がある(白川2004,川上2002)が,まずもって日常業務の中で気づいた事や,困った場面,ハッとした事などを客観的に掘り起こす事による援助関係の難しさや重みを丁寧に掘り起こす事が必要と考える.そして,その方法論として田中(1994)が提唱した介護過程分析表が適していると考える.
 この介護過程分析表は,薄井が提唱した看護過程分析表を福祉分野へ援用したものである.現在,看護分野では,プロセスレコード,あるいは看護場面の再構成(宮本1995,副田2006)として定着している.これらは名称が違うが,手法としては,看護過程の一部を取り上げ「患者の言動」「看護師の思考」「看護師の言動」に場面を再構成するものである.また,この記録方法は「看護教育において,特に自己覚知を主たる目的として発展」(副田2006:127)してきたという共通性がある.看護過程分析表が取り上げる場面は多様であるが(上村2007,赤星2000,的場2001など)12,特徴としてちょっとした気になる場面,何気ない会話やちょっとした気づき(細部)を端緒に,患者と看護師の関係性〜専門職としての関わりを考察する13.なぜなら客観的なデータを収集し計画を立てるにしろ,「まず看護は,看護する人間の,主体的な思い方と主体的な取り組みである」(薄井1997:77)とし,「また主体性といっても,それは看護婦としての主体性を指しているのであるから,素人的な主体性で困るのである.中略.素人は表面的な現象の把握にとどまるのに対し,専門家は専門的な知識に支えられて,内面の構造へ入っていけるからである」と.この視点は,看護分野だけではなく社会福祉分野でも同様にいえる.つまりまずもって援助者としての知識や価値観が専門職としての妥当性があるかどうかが前提にあり,その上での主体性なり思い方の違いが実践に問われる事となるからである.看護分野で発展してきた記録法であるが,福祉分野でも介護過程分析表の他,支援場面の再構成として提示されている(米谷ほか2004:副田2006)14
 この記録の手法は「1.被援助者(いわゆる対象)の状況や客観的事実を,次に2.1に対する援助者の感じたこと思った事を,そして3.援助者が2を受けての具体的言動の事実を,最後に4.3についての援助者の所感や評価を記述する.以上をナンバリングする」」田中(1994:94)ことにある.
 以下,介護過程分析表,看護過程分析表,場面の再構成(看護・社会福祉)の一部を挙げる.

10月2日(土)




Kさんの状況

自分はどう感じたか

自分はどう行動したか

行動に対する評価


1.前日までの反省を教え,今日はベット挙上をKさんの希望を聞きながら,挙げていこう.

2.まずKさんに,「文字を書くときに書きづらくない?Kさんが痛かったり,いやじゃなかったら,ベットを少し挙げてみようかと思うんだけど,動ですか?」と聞いてみる.

3.前日までの反省を主任寮母さんと相談し,ベット挙上90°を目標としてやってみる事にした.Kさん本人の意見も大切なので,全部Kさんに話した.

4.Kさん本人も同意してくれ,少しずつベットを上げる事になり,Kさんの顔はニコニコしてきた.

5.本当に大丈夫であろうか?でも,Kさんがベットの上で座位を保ちながら,文字を書けたらいいな.

6.少しずつ挙げ,それと同時にKさんに「大丈夫?」と聞きながら挙げていく.

7.不安よりも期待の方が大きく,少しずつ挙げていき,自分だけではなく,Kさん本人と喜びながら挙げていった.

図表1:「介護過程分析表」(出所:田中1994:91-93)
利用者の概要についての記載あり.Kさん,56歳,A県C市,D身体障害者療護施設在住,障害の程度:1988年9月発症,脳出血による両上下肢機能障害一級.四肢麻痺によりほとんど寝たきりの状態であり,全面介助を要する.言語は不明瞭であるが,簡単な筆談でコミュニケーションを取る.以下,家族状況などが記載されている.二日間の記載.一回目は予備.二回目は四週間実習のうち五回程度,介護過程分析表の作成を行っている.

対象の言動・状況

どう感じどう思ったか

どう行動したか

臥床しており,そばに学生が立っていて,お腹が張るとの訴えがあったという.

3)じっと見ていたが,やがてここが痛いんですよと曲がった中指をあごで指す.

1)腸管への刺激がなさ過ぎるな.指圧してみよう.


4)指圧で痛いはずはないからÉ,そうか,拘縮していることか.

2)手甲部のツボを指圧しながら,「ここをもんでいると腸がグルグルなり出しますからねと言う」

5)「指が曲がったままですね.動けって命令してみて見てください」と中指を指しながら言う.


図表2:「看護過程分析表」(薄井・三瓶1996:196-197)
学生は実習二日目に婦長の指導で受け持ち看護婦と共に入浴介助を体験できた.この患者の心に働きかける絶好のチャンスと思われた場面なので,その橋渡しをした場面である.

私が見た事聞いた事

私が考えた事

私が言った事行った事

1.小銭が座頭代の所に置いてある.





4.「学生さん,タバコ買ってきてよ」

2.手術後10日目.そろそろタバコが吸いたくなってきたみたいだけど,まだ吸わない方がいい.「タバコ買ってきて」なんて言われなければいいな.


5.あーぁ,やっぱり頼まれちゃった.でも先生から許可が出ていないから,断るしかない.


3.ベットの横に立つ





6.「学生は,患者さんから買い物のためでもお金を預かってはいけない事になっているんです.それにタバコはよしておいた方がいいですよ」


図表3:看護場面の再構成(出所:宮本1995:50-51)
その後,1.なぜこの場面を再構成のために選んだのか.2.どんな背景があるのか.3.対人関係がどう生じていたのか.4.今考えればどうするべきだったのか.5.この再構成と自己評価を通じてどんな洞察を得たのかについて記述あり.

周囲の様子

利用者の言動や状態

ワーカーの思い

ワーカーの言動

意味づけ

9/21(病室にて初回面接)

3.「そうですか.よろしくお願いします」

1.病室だし,今日は,自己紹介だけで終わろうÉ退院の話はAさんがどこまで聞いているか分からないし,今日のところは触れないでおこう.

2.「Aさん,私はこの病院で心配事の相談などを行っているBと申します」MSWのリーフレットを渡す.「私はここに書かれているような相談を受ける仕事をしています.Aさんのことは師長さんか聞いています.私で何かお手伝いできる事があればと思っています.よろしくお願いします.


図表4:支援場面の再構成(出所:副田2006:157)
次の記載は,9/27と間隔が空いている.
そのほか,フェイスシートからの個人情報,この場面を取り上げた理由,背景,考察が付されている.

 あらためて考察を試みると,いずれも対象・利用者の言動や状況と援助者の思考と具体的な言動が区別され,それぞれにナンバリングが付され,どの段階で介入しようとしたのか.あるいは言動の結果を受けてどう思考したのかが詳細について記述されている.相違点として,福祉分野(図表1と4)では,行動の評価・意味づけが表に組み込まれているのに対し,看護分野(図表2と3)では含まれていない.とはいえ,看護分野でも自己の言動を「まとめて」考察を行っている15
介護過程分析表の効果について,
最後の4に関しては,私見であるが,3.との関係において,援助者側の一方的な関係ではなく,かといって,素人としてでもなく,日常業務に織り込まれている総体として(援助技術を包含する)の社会福祉実践を行う援助者の主体性を表現したものと理解している.
 また図表1〜4の場面は,一見して援助者・看護師が当たり前に行うような事について取り上げられていることが分かる.図表1では,ベットの高さを調整しようとする事.図表2では,腹痛の原因を探るための患者とのやりとり.図表3では,タバコを買ってきてほしいと言われるまでのやりとり.図表4では,挨拶に至る思考である.しかし,こうした何気ない取り組みから,自分は何を考え,どうしたのかを丁寧にひもときながら,援助者としてのふさわしい言動とは何か.あるいは,なぜそのような言動を取ったのかの理由を考える中で,その個の利用者にとってふさわしい援助とは何かを自らの力量として深めていくことが出来ると考える.
 現場実習において,援助関係で何か深刻な問題が発生して対人技術を駆使して解決するとか,個人の生活の総体〜社会・家庭・環境や歴史性などを理解したうえで,実際にどう生活状況を改善したらいいのか計画を立てるということは実際難しい.むしろ,日常業務を行う中で「こうしてみよう」とか「こうした声かけはどうかな」とした小さな試みをじっくりと考えることが,等身大の実習になるのではないだろうか.

(4)実際の現場実習で‘介護過程分析表’援用する場合の課題と効果について
 このように,介護過程分析表を使用することで,日常業務の些細な事にも援助者としての思考が働いている事を意識する事が出来ること.この記録法によって,利用者との関係性や相互性を客観視でき,そこから次の取り組みにつなげる主体的行為へと移れる事が明らかになった.
 とはいえ,介護過程分析表を現場実習で援用する場合,難しい側面がある.
なお,この考察に至ったのは,当施設で現場実習を行った4人の学生へ試行的に介護過程分析表を使っての感想を含めている.

1について,実習過程には様々な見解があるが,実習初期において慣れない場所や環境に置かれて,援助者として,あるいは自分が意図する実習をすぐに行えるわけではない.まずは,業務内容を覚え,職員と利用者に慣れることが第一の目標になる(熊坂2008,植本2003など)16.さらに,知的障害児者施設の場合は,障害について机上あるいは一面的にしか学習していないため,実習を行う中で個々人の障害や性格の多様性に気づき,知識不足にも痛感すると言われる.そんな状況の中で,介護過程分析表を行うようにすぐ指導することには無理がある.さらに介護過程分析表を行う前に,ある程度の個人情報の収集(ケーススタディ)をする期間が必要である.まずは,主体的に関わりを持とうと余裕が生まれる時期を目途に実施することが妥当であると考える.とはいえ,確かに環境に慣れることが初期の段階では重要であるが,予めプログラムとして介護過程分析表を使用することは伝えることは,学生側からすれば実習受け入れ側の意図を把握しやすいと考える.
2について,介護過程分析表は,どちらかといえば個の利用者と援助者の関係性を記述する.しかし,日常業務〜特に日課は集団的に行われる.そのため,援助は常に複数の利用者と関わり,あるいは複数の利用者同士の関係性へ介入が行われている.そのため,介護過程分析表を援用するためには,どこかで焦点化していく必要がある.このことについては,気になる利用者を実習生に選んでもらう.あるいは予め焦点化する利用者を指導者が指定するなどで対応できると考える.
3について,実習記録と介護過程分析表の二つの記載は,実習生にはかなりの負担感になることが予想される.実習生にとって実習記録はその日の成果であり,実習記録をしっかり書くことに最大限傾注すべきである.しかし,2との関連で,実習記録は日課の流れ,あるいは多様な関わりの中でその日その日,気がついたことや疑問に思ったことが記載される傾向が強い.または個の利用者との関わりに焦点化していても同一の利用者が常に現れるわけではない.個をいかに視るか.あるいは振る舞うかを継続的に考える意味でも,同一の利用者との関わりを簡単でもよいから毎日書き留めることは必要であると考える.介護過程分析表が,ちょっと気になる場面や何気ない声かけなどを端緒に記述されていくのであれば「ある一場面の複数の思考や行為」を詳細に展開して書くのではなく,「ある一場面の一思考や行動」を取り上げ,一日一項目でも記載する程度で良いと考える.結局,それは何週間か集積されるわけであるから,同一の利用者に対してどのような事で気になったのか.援助関係はどう発展したのかについて全体的に見る事が出来ると考える.つまり,実習期間全体の中から,いくつかの場面を取り上げるのではなく,毎日の中から一つの場面を(簡単に)取り上げ,連続体として見ていくということである.また,毎日続けることで,ちょっとした時間でも同一の利用者と関わろうとするきっかけを作ることにもなり,実習生自身の主体的関わりが促されると考える.さらに実習記録も介護過程分析表の記載方法「利用者の状況」「援助者の思考」「援助者の言動」「評価」を意識して記述する事は自己の行為を客観視することとして効果があると考える.
 また,実習生は,援助を試みる場合,職員の行為をまねたり,参考にすることが多々あると考える.介護過程分析は,自分の行為を客観的に見ることを目的とするなら,他者の行為をどう思ったのか.そして,他者の行為を模倣してみてどうだったのかを含めて良いと考える.そして,介護過程分析表の結果を集積し,考察する必要がある.これは,支援場面の再構成では言及されており,手法として取り入れていく必要がある(副田2006)17
 なお,施設実習指導者の力量については,決めつける事ができなかったため,課題として今回は挙げなかった.しかし,介護過程分析表を実習プログラムとして援用する場合,指導という要素が強く,根本的に指導者自らが援助関係や援助過程とは何かについて知っている必要があろう.あるいは利用者をいかに視ているか(対象理解と専門職としての言動とは何か)を指導者自らが客観的に把握していないといけない.とはいえ,介護過程分析表は,その実習生が気になったことの集積である.であるなら,上から杓子定規に決めつけるのではなく,寄り添う中で,なぜその場面が気になったのか.どう考察したのかを対話していき,指導者自身もまた客観的に自らの行為を振り返ればよいと考える.つまり,指導者・実習生が相互に育っていくきっかけになると考える.

おわりに
 現場実習の受け入れに当たっては,今後実習指導者研修を終了していることが要件になる.その内容はいかなるものかは分からないが,まずもって受け入れ側は今後の社会福祉を担ってくれるであろう後進に対して,仕事としての福祉の魅力を伝えないといけないという役割がある.たとえ,現場実習生が将来違う職種に就いたとしても,福祉の仕事も悪くないと思える何かを伝えないといけない.
 現在,社会福祉士の役割が相談業務に特化・具体化されており,施設内実習であってもケアワークとソーシャルワークを区別し,ソーシャルワークを意識したプログラムが求められている.しかし,繰り返しになるが,個をいかに視るか.そしてどう振る舞うのか.このことは常に考慮されるべき事である.
 知的障害児者施設は,介護よりもどちらかといえば保育分野と近接する.当施設では保育課程での施設実習の受け入れが大半を占めている.とはいえ,保育課程の施設実習は期間としては10日間であり,一方現場実習は4週間と長い.この長期間をどう体系化するのか.そうした動機で研究を行った.
 結果,日常業務の中から援助者としての援助過程(問題解決と言うよりも相互関係の連続性)に着目し,社会福祉実践としての自分の有り様に気がつく事が重要であるという視点から,介護過程分析表を手がかりに論じた.これが社会福祉士としてふさわしいものであるかは批判を待たないといけないが,知的障害児者施設のように長期間・同じ空間で同じ利用者と関わり続ける形態では適切なものであると考える.
 あまり論じなかったが,実習の意義は,目の前の利用者に業務を通じて実際に働きかける「体験そのもの」である.そしてその体験は,実習生の価値観を少なからず変える.介護過程分析表の援用は,実習生の主体性と気づきを促す方法として適しており,この方法を手がかりに,知的障害児者に対してより興味と関心を抱いてくれたらと思う.

今後の課題
 本研究は,文献研究による知的障害児者施設における現場実習のあり方として,介護過程分析表を手がかりに,日常業務を読み解く事の意義について枠組みを考察した.今後は,実際の現場実習に援用し,その効果などを具体的に提示する事が求められると考える.



引用文献
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