D-ブリッジ
D-ブリッジ・テープ
沙藤一樹
角川ホラー文庫
1998年

なぜファンタジーの項目に、ホラー文庫なのか。これは間違いなく名作だから。角川ホラー文庫が創刊されてからチリポリと読んでいるが、本当に怖いと思ったのが『リング』(鈴木光司)あと、読み応えがあったのが『黒い家』(貴志祐介)であった。また、井上雅彦にも夢中になった。もともと、朝松健や夢枕獏などちょっとファンタジーというか異世界の話が好きだったので、井上雅彦のような幻想的なあやかしの雰囲気はしっくりきた。また現代的なもので黒い家は怖かったし、リングは日本的なけれども誰も表現したことのない怪談だった。さらに角川ホラー文庫を起点に一時期、映像的にもホラーブームを生み出し、リングはかなりヒットした(一連のシリーズはドラマにもなった)。知っているだけで、パラサイト・イブ、黒い家も映像化したし、アナザー・ヘブン等も映像化された。もっといっぱい映像化されただろうけど今は思い出せない。現在は、映像から小説へと逆流しているものもあるが、今のところホラー文庫の質の方はどうにか一定の水準を保っていると思う。
前置きが長くなってしまったが、この作品〜D-ブリッジ・テープを読んだ後、思わずため息が出た。それは疲れたともいえるし、何ともいえない読了感だった。薄い本である。160ページしかない。その気になれば数時間で読み切ることも出来る。行間も多く、言葉も少ない。ほとんどがテープから主人公がつぶやいていることを記したものである。しかし、再び読み直すにはかなりの勇気がいる。解説で高橋克彦も言っているが、…正直それは苦痛だった。戦争を体験したものが再び戦場に呼び戻された気分といえばいいのか。またあの地獄の中に身をさらすことになる…再び読み返す作業にためらいを覚えてしまう。しかし、それだけこの作品に書かれていることは、痛々しく、そして衝撃的な生の叫びであり、哀しい諦めが読む人に訴えかけてくる。

近未来、ゴミにあふれた横浜ベイブリッジで少年の死体と一本のカセットテープいが発見された。再開発計画に予算を落とそうと、会議室に集まる人々の前でそのテープが再生されようとしていた。耳障りな雑音に続いて、犬に似た息づかいと少年の声。会議室で大人達の空虚な会話が続く中、テープには彼の凄絶な告白が…
あまり品性のある独語ではないものの、読んでいくうちにその情景がありありと思い起こすことの出来る描写力、その生き様の凄絶さ。設定自体にありえないとはじめ思ってもそんなことを忘れていき、感情移入を起こしていく。それは息の詰まる生の密度である。その一方で、会議室での会話がところどころで挿入される。エアコンディションの効いた部屋での空虚な会話が、ある意味さめた現実へと引き戻される。とはいえ、すぐにテープの独語がはじまり、容易に安心できない。というよりも、行ったり来たりしていくうちに、会議室の会話などどうでも良くなり、むしろテープの独語が引き立っていく…それはコントラストとしての役割を果たしていく。
どうしようもない絶望の中で、すべてが絶望ではなく。でも結局は絶望だったのかもしれない。しかし、生の希求は容易に死に至ることは出来ない。むしろ、死をだれよりも重く受け止め、生きることにあがくのは、こうした絶望の中でただ生きるためだけに生きている人たちなのかもしれない…という我々は、また会議室で冷静に聞いている空虚な人間の感想なのかもしれない。
この作品を一人に貸した。その人は涙を流してしまった。現代版の「ほたるの墓」(宮崎駿夫)だともいった。実は私はほたるの墓は痛々しくてまともに見たことがない。というか見れない。そして、その友人は更に会社の同僚に貸した。昼食がしばらく食べれなくなったとも言った。確かに、グロテスクな描写もあった。
最後の彼の叫びは、読了間際に臨場感を持って響いてくる。おれはここで生きていた…テープに残ったその叫びは誰に発したものだったのか。誰でもない、我々に叫んでいる
(2004.12.29)

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