1815年6月18日夕刻
モン=サン=ジャン丘の背後





「今だ、メイトランド」


 ワーテルローの戦いの最終局面で、フランス親衛隊の攻撃に対し英国の近衛隊が反撃した。この時、英連合軍の司令官であるウェリントンが直接、近衛隊に対して命令を下したという話が伝わっている。ただ、どんな言葉を発したのかについては複数の説がある。一つは「起て、近衛兵、狙え」Up Guards, and at them ('em)。それと似ているが別物として「起て、近衛兵、構え」Up Guards, (make) readyというものもある。そして最後に「今だ、メイトランド、君の出番だ」Now Maitland, now's your time。この3種類の中でどれが正しいのだろうか。

 古くから言及されていたのはUp Guards, and at themだ。この言葉の淵源は1815年6月22日にある近衛士官が出した手紙に由来する。1815年出版の本に引用されているその手紙の中で、士官は戦闘の経過を説明し、以下のように述べている。

「我々の背後で馬に乗っていた公爵は彼ら[フランス親衛隊]の接近を見て、彼らが100ヤード以内に迫った時、とうとう叫んだ。『起て、近衛兵、もう一度狙え!』Up, Guards, and at them again! 我が国にとって、あるいは我々にとってこれほど誇らしい瞬間はなかった」
"The battle of Waterloo" p57


 この士官の名前こそ伝わっていないものの、会戦と同じ年に出版された史料の中に掲載されており、しかも手紙が書かれた場所や日付までがきちんと判明していることは重要だ。それだけ史料に関する信頼性が高まることを意味する。さらにこの台詞はWalter Scottが書いた本"Paul's Letters to His Kinsfolk"の中で「その時、近衛旅団と伴にいたウェリントン公が『起て、近衛兵、狙え』と叫んだ」(p108)と記したことで一気に有名になった。
 ところが、問題は件の(氏名不詳の)士官以外から否定の声が上がっていること。出版時期は1854年と遅いのだが、他の近衛隊の士官が記した"Leaves from the Diary of an Officer of the Guards"のp175の脚注には、この「起て、近衛兵、もう一度狙え」について「英国に戻ってずっと後に夕食の席である女性が話すまで、私はその話を全く聞いたことがなかった」と書いている。
 また第1近衛連隊のサルタウンが1838年にSiborneに宛てて書いた手紙でも「あなたが問題にしている最後の点は[ウェリントン]公が『起て、近衛兵、狙え』という言葉を使ったかどうかですが、私は彼だけでなく他の誰であれそう言ったのを聞いたことがありませんし、そういう話があったと誰かが言うのを聞いたこともありません」("Waterloo Letters" p248)と記している。
 Siborneへの手紙の中で、フランス親衛隊の攻撃時にウェリントンが近衛隊の近くにいたと主張している近衛隊員はメイトランド(p243)やダイロン(p258)など複数存在する。ウェリントンがこの時、メイトランド率いる第1近衛旅団の付近で戦況を見守っていたのは事実のようだ。だが「起て、近衛兵、狙え」が彼の発した言葉であると断言するには証言者が少なすぎる。

 次の「起て、近衛兵、構え」になると話はずっと怪しくなる。google bookで調べた限り、この記述が最初に文献に登場したのはおそらく1844年。その本とは他ならぬWilliam Siborneの"History of the war in France and Belgium, in 1815, Vol. II."(第2版)である。

「大胆に前進してきた彼ら[フランス親衛隊]が英国近衛隊が伏せている場所から50歩以内の場所に到着した時、ウェリントンは力強い言葉を発した――『起て、近衛兵、構え!』そしてメイトランドに攻撃を命じた」
"History of the war in France and Belgium, in 1815, Vol. II." p170


 Siborneのことだから、集めた手紙の中にこうした記述を発見してそれを使ったのかもしれない。ただ、具体的に誰がこう証言しているのかは不明だ。ソースが不明な限り、信頼度もどうしても下がる。
 後にワーテルローの戦場跡でガイドを務めたエドワード・コットンも、1849年に出版した"A Voice from Waterloo"のp113で「そしてウェリントンは『起て、近衛兵、構え』と言葉を発し、メイトランド将軍に攻撃を命じた」と記している。しかしコットンはワーテルロー会戦当時第7ユサール連隊所属。近衛旅団にいた訳ではなく、直接この台詞を耳にしたとは思えない。

 ではもう一つの「メイトランド、君の出番だ」の方はどうだろうか。最近のワーテルロー本はこれが本当だとして紹介することが多い。Chandlerの"Waterloo: The Hundred Days"(p162)やMark Adkinの"The Waterloo Companion"(p397)、Geoffrey Woottenの"Waterloo 1815"(p77)などが代表例だ。Jac Wellerの"Wellington at Waterloo"(p147)やDavid Howarthの"Waterloo: A Near Run Thing"(p123)などは「メイトランド云々」と「起て、近衛兵」の両方を言ったかのように記している。
 ところがこの台詞、google bookで調べてみると分かるのだが、20世紀以降の本には多数載っているのだが、古い本には滅多に見当たらない。どうにか見つかったもっとも古い本はワーテルロー会戦から半世紀以上経過した1874年出版の"The origin and history of the First or Grenadier Guards. Vol. III."だ。そこには以下のように書かれている。

「公爵は今やメイトランドに命令を発し、『今だ、メイトランド、君の出番だ』と言った。そして兵たちはすぐ立ち上がるよう命じられた」
"The origin and history of the First or Grenadier Guards. Vol. III." p42


 そこには脚注も何もなく、どこからこの台詞が登場したのか分かるヒントはない。これが密室で交わされた会話なら半世紀後に明らかになることもあるだろう。だが舞台は屋外。しかも命令のために大声で発したと思われる言葉であり、メイトランドの耳元で密やかに囁いた訳ではない。本当にウェリントンがこう言ったのであれば、もっと前からこの言葉が紹介されていてもおかしくはない筈だ。何よりこれだけ新しい時期の本にしか記されていないということは、要するに一次史料が存在しない可能性が高いことを示唆している。
 どうして半世紀も後になってソース不明のこんな言葉が出てきたのだろうか。一つ、可能性として考えられるのがサルタウンの発した言葉が間違って引用された可能性だ。近衛旅団のパウエルが1835年にSiborneに出した手紙の中で、仏親衛隊に攻撃を仕掛ける際にサルタウンが「野郎ども、今こそ出番だ」Now's the time, my boys! と言ったことを指摘している("Waterloo Letters" p255)。この台詞がどこかで捻じ曲がってウェリントンの言葉になったことは考えられる。

 以上、それぞれの説を紹介してきたが、いずれの説も決定打に欠け、中には露骨に怪しいものもあることが分かった。そして、最大の問題となるのが、ウェリントン自身の証言である。彼は後にこのように述べている。

「私が言わなければならないことで、実際に話したかもしれない言葉は、起て近衛兵! Stand up, Guards! であり、そして指揮官に対し攻撃命令を下した」
"The Croker Papers, Vol. III." p283


 「起て、近衛兵、狙え」でも「起て、近衛兵、構え」でも、ましてや「今だ、メイトランド、君の出番だ」でもない。「起て、近衛兵!」が彼の主張する「ウェリントンの発言」である。おそらくこれこそがもっとも蓋然性の高いフレーズになるのだろう。ただ、中にはウェリントンが晩年に以下のように述べたとの主張もある。

「私がそうした類のことを言えなかったのは明白だ。私は兵から遠く離れすぎていた。砲兵の騒音のため彼らは私の声を聴くことができなかった。私は単に戦列に対して前進するよう命令を出し、そしておそらく副官の誰かが近衛隊に命令を実行するよう叫んだのだろう」
"Titan, Vol. XXIX." p489


 残念ながらこれまた論拠が示されていないため、本当にウェリントンがこんなことを言ったのかどうかは不明。とはいえ、この劇的でない光景は、私の感覚からすると盛り上がりに欠ける点で史実である可能性が高い。
 だが、ここは一応ソースを重視すべきだろう。ウェリントンの発した言葉としてもっとも史実である可能性が高いのは「起て、近衛兵!」 Stand up, Guards! である。巷間伝えられ、広く知られている3つの説は、いずれも史実ではないか、正確性に欠ける表現だと見なすべきだろう。もちろん、当の近衛兵たち(の一部)が述べているように、あるいは晩年のウェリントンが言ったと伝えられているように、彼は直接近衛兵たちに命令を発しなかった可能性も十分ある。

 伝説まみれなのはナポレオンだけではない。

――大陸軍 その虚像と実像――