1815年6月18日夕刻
ワーテルローの戦場のどこか





最後の方陣


 親衛隊は死すとも降伏せず La garde meurt, et ne se rend pas.

 この言葉はカンブロンヌに結びつけて紹介されていることが多い。もちろん別の言葉(Merde!)を充てている例もあり、実際にはその2種類の双方がカンブロンヌに結び付けられているのが一般的だ。ユゴーなどによれば後者こそが正解となる。
 さらには「どちらも正解ではない」との意見もある。カンブロンヌが実際に言った言葉は「降伏する」だった、という説が。そう主張しているのは英連合軍第2歩兵師団に所属していた第3旅団(ハノーヴァー)のヒュー・ハルケット大佐だ。彼はその時の様子について以下のように述べている。

「我々のとても効果的な射撃を受けた後で[フランス軍親衛隊]縦隊は[カンブロンヌ]将軍と2人の士官を残して去り、私は狙撃兵に突進するよう命じ、将軍に向かって馬を馳せた。彼に切りかかろうとした時、彼は降伏すると叫んだ」
Peter Hofschröer "1815 The Waterloo Campaign: The German Victory" p147


 その後、カンブロンヌは逃げ出そうと試みたようだが、ハノーヴァー兵たちが押し寄せたこともあって結局降伏を強いられた。少なくともハルケットは、彼が「死すとも降伏せず」または「くそっ」と言ったとは証言していない。
 では、もしカンブロンヌが「親衛隊は死すとも云々」と話さなかったのだとしたら、一体誰がこの台詞を言ったのだろうか。

 ワーテルロー戦役において親衛隊第1猟歩兵連隊の副指揮官だったクロード=エティエンヌ・ミシェル将軍がそうだ、という説がある。1845年、ナントにカンブロンヌの像が建立された。そこには彼の台詞としてあのLa garde meurt et ne se rend pas.が刻まれていた。それに文句をつけたのがミシェルの2人の息子たち。彼らは国王に向かって、像の建立を認めた王令を修正して欲しいと要望した。
 同年に出版された"Bibliographie de la France, XXXIVe Année"の中に、この要請の話が載っている(p232)。1848年に出版されたSiborneの"History of the war in France and Belgium, in 1815"のp369にある脚注や、66年出版のWilliam Leekeの"The history of Lord Seaton's regiment" p60にある脚注にも、この話が紹介されている。
 要望を出すに際し、兄弟はカンブロンヌ自身がこの言葉を発したことを否定していたという証言と、ミシェル将軍が言ったという証言を添えた。会戦の最終局面で皇帝が逃げ込んだ大隊を指揮していたマルトノ男爵もミシェルの発言を支持し、ベルトランはセント=ヘレナの皇帝の墓石から削った石に「ワーテルローで戦死したミシェル将軍の未亡人、ミシェル男爵夫人へ。将軍は戦場で敵の降伏要求に対し崇高な言葉で答えた――親衛隊は死すとも降伏せず」と刻んでミシェルの未亡人に渡したそうだ。
 実際にはミシェルの息子らが訴えるより前に、既にこの言葉はミシェル将軍のものだという主張が存在していた。1824年出版の"Biographie nouvelle des Contemporains, Tome Quatorzième"のp547に「このレオニダスなどにも比すべき言葉はワーテルローで戦死した勇敢なミシェル将軍のものだと信じる理由がある」と書かれている。

 もちろん異論もある。ハルケットらの証言にもかかわらず、フランスではなおカンブロンヌこそがこの台詞の主だとの主張が繰り返されたようだ。1860年代に入ってノール県に住んでいた元親衛隊のアントワーヌ=ジョゼフ・ドゥローが「私はカンブロンヌが親衛隊は死すとも降伏せずと2回発言するのを聞いた」と証言したのがその一例。
 これに対してもミシェルの息子は反論している。彼によれば、1821年にカンブロンヌの部下だったマニャン氏が「カンブロンヌはそのような発言はしていないし聞いてもいないと認めた」と述べているほか、ナントの市長も同じことを話していたという("Dictionnaire pratique et critique de l'art épistolaire français" p770-773)。

 ミシェルは1772年生まれ。1791年に志願兵大隊に入り、アウステルリッツ、イエナ、アイラウ、フリートラント、ヴァグラムなどで戦う。1811年准将、13年には将軍。ワーテルロー戦役には親衛隊の指揮官として参加した。

 ワーテルローの戦いで、彼は捕虜になることなく戦死した。

――大陸軍 その虚像と実像――