筆者:福原 信一郎
掲載:『Free Fan』No.31、2000年12月
 
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理想と現実のはざまで

 記念すべき2000年のゴールデンウィーク――全国的な人気エリアである鳳来の岩場は、大勢のクライマーで賑わった。しかし、これに驚いた土地所有者は、6月15日に立入禁止の看板を立て、昨今話題にのぼっている鳳来問題の口火が切られることになった。
 これに敏感な反応を示したのは鳳来の常連クライマーたちだった。彼らは以下の趣旨の記事を雑誌に掲載し、また同様のチラシを各地のクライミングジムに対して配布することで、事態の早期収束のために動き出したのである。
 ついでながら6月15日の時点では、まだ「鳳来湖の岩場を愛するクライマーの会」はなかった。「〜愛する会」は鳳来の常連クライマーたちに共鳴する多くのクライマーが集まって7月20日に成立されたものである。

小屋裏エリア

栃の木沢方面の岩場とそのアプローチを含む岡崎市教育林への立入禁止の看板が設置されました。糞尿および駐車の問題が生じたため、栃の木沢に位置する岩場でのクライミングは自粛してください。

 全国のクライマーに波紋を与えたこの文面は、一見して「岡崎市が立入禁止を打ち出したことによって、栃の木沢全域でのクライミングが禁止になった」と解釈できる内容であったが、実際のところ、立入禁止の看板が設置されたのは岡崎市の所有する教育林であり、もともと関係者以外の立ち入りが制限されていた場所である。さらに糞尿と駐車の問題などが起きたのは、隣接する他の私有地(地元・川合区の管理下)であり、「栃の木沢に位置する岩場」すべてが立入禁止になったわけでもない。
 当の岡崎市の回答は、「看板は教育林への立入禁止をあらためて確認したものである」というものであり、糞尿や駐車、ロープ等の残置問題についてはいっさい触れられていない。また「クライミングを禁止する」という趣旨の発言もしていない……という。
 排泄物については個人所有地の問題であり、トラブルが起きたと言われる駐車場も、同市の管理するものではない。岡崎市の立場に立ってみれば、立入禁止を建て前とする当該林内においては、“クライミングそのものが存在しえない”という理由も、至極当然に考えられる。
 こうして事の発端をひもといてみると、鳳来問題の焦点となっている記事・チラシの謳い文句は、地元・川合区から発せられることが予測される苦情に対して、常連クライマーたちが掲げた「環境改善のための努力目標」であったことがわかる。
 「報道されている事実」と「現実の経緯」には微妙な隔たりがあったのである。

 いま多くのクライマーの協力を得て、鳳来の岩場の環境は改善の方向に向かっている。地道な清掃によって排泄物の問題はひと区切りついたし、ロープやザックを岩場に置きっぱなしにする者もいなくなった。駐車マナーの良さは、地元・川合区から高い評価を得るまでになった。
 「愛する会」には、これまでクライミングの自粛を求めてきた岩場を、1日も早く開放されるように働き掛けることが望まれている。……と同時に、「岩場を全面開放し、堂々とクライミングができるようにしたい」という願いがある。
 ただ、鳳来の岩場は、総じて土地所有者との暗黙の了承によってクライミングが許されてきたフィールドである。このたびのようにトラブルを起こしてから“正式な許可”を願い出たところで、いい返事がいただけるとは思えない。むしろ土地所有者との不用意な交渉によって生じるトラブルを未然に防ぐ必要がある。問題解決を長引かせるような要因を作ってはならないのだ。
 また鳳来の岩場は、その広大なフィールドに反して、駐車できるスペースがきわめて少ない。そのため自粛が解除されても、駐車の問題は依然として残ることが考えられる。所詮「岩場の全面開放」など望むべくもないエリアなのである。
 これから鳳来の岩場を訪れるクライマーには、相乗りをするなどして1台でも多く駐車できる工夫が望まれている。交通機関を利用するのもいいだろう。また「岩場にモノを残置してはいけない」という地元・川合区からの注意があるので、クイックドローをルートに残置したまま帰ってはいけない。ゴミは持ち帰り、排泄物も持ち帰るなどして岩場周辺を汚してはならない。山火事にはとくに注意が必要なので、たき火は禁止。タバコの火にも気をつけてほしい。
 「超前傾壁的岩峰群」と謳われている鳳来の岩場を失うことは、クライミング界にとって大きなマイナスである。この大切な岩場を守り育てることは、訪れるクライマー一人ひとりに課せられた使命かもしれない。

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