血染の鉢巻

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平成16年 9月12日

中國新聞

 

ふるさとの海36.生と死のトンネル 大津島(周南市)

若者たちに手を振った 遠い記憶がよみがえる

人間魚雷の島の案内役

 

「『生き神さま』がいる―。子ども心にそう信じていましたよ」

周南市大津島の回天記念館。案内役の安達辰幸さん(71)が六十年も昔の記憶をたどる。

この島で生まれ育ち、一九四四(昭和十九)年十一月八日朝、人間魚雷「回天」の菊水隊

が「伊36号」など三隻の潜水艦で出撃するのを見送った。

華々しい出航という記憶はない。

「生き神さま」と呼ばれた搭乗員たちに手を振ると、軍刀を振って応えてくれた。

「悲壮感はない。それが当たり前で、うらやましくもありました」

 

一変する風景

 

搭乗員たちは今の記念館の近く、士官宿舎に住んでいた。安達さんらも野菜を持って訪ねた

こともある。回天のことは知っていたが、秘密兵器ゆえ口にできない。一方、兵士たちはひ

もじかったのか、住民たちに食べ物をせがんだ。ふかしたサツマイモを夜、石垣の間に差

し入れしたりしたという。

今は記念館側から眼下に望めるのは、貨物船行き交う穏やかな徳山湾。かつての名残の塀を

伝い、かつての調整工場から回天をレール輸送したトンネルを歩いた。

安達さんの実測では長さ二百四十七メートル。外に抜けると、徳山湾から風景は一変、岩礁

の海岸から周防灘に突き出た桟橋の先にコンクリートの構造物が見える。

「回天発射訓練基地跡」だ。

 

「伊号潜水艦は浮上したまま進んでいた。新緑まばゆい周防灘の島々を置いてきぼりにして…」

横山秀夫「出口のない海」(講談社)という小説の一節である。ベストセラー「半落ち」の

作家の新作は、主人公並木少尉が周防灘の三つの基地の一つ、光基地から出撃する筋書きだ

が、イメージは大津島に重なる。

この一節はこう結ばれる―。「美しい海。母なる海。だがそれは、二度と陸地を踏むことを

許さない、出口のない海でもあった」。

 

別れ告げる音

 

記者たちが記念館を訪れた日、広島県立呉第一高女の女学生たちから搭乗員の一人に贈られ

た「血染めの鉢巻き」が公開された。来館者の応対に忙殺されていた安達さんが屋外に出て、

回天の実物大の模型を眺めながら一服した。

「潜望鏡はあるけど、潜ればもう何も見えなかったでしょうね」

回天と潜水艦と結ぶ電話線が「ガリッ」と切れる音で、搭乗員たちは現世に別れを告げた。

海は人が人に強いる死を見つめていた。

 

「回天」を運んだトンネル越しに見る夕暮れの発射訓練基地跡

 

血染の鉢巻

 

更新日:2004/09/18