霊山観音

京都府京都市東山区

 

霊山観音

由来

四季変わりなく緑の滴る洛東霊山の麓に、平和日本の建設と殉国の英霊並び大戦による犠牲者の冥福を

祈念する為に、故石川博資氏によって建立されました。

 

予科練十八期の碑

碑文

こんぺきの空は果てしなく碧い その空の彼方に散りし戦友よ 安らかに眠り給え

昭和十七年五月一日、全国から志願した若者千四百七十五名が土浦海軍航空隊に入隊し所定の

訓練を終えてそれぞれの任地へ飛び立って行ったが太平洋戦争は多くの少年達の命を惜しみなく

奪って行った。

そして戦後四百五名の戦没主の霊を慰めんと生存同期性が此の地で供養を続けて八年目、“十八

期は一つ”と念願し全国同期性が一堂に集える場所として茲に十八期の碑を建てるに至った。

この碑の前に立つ時、幾多の苦難を共にした想い出を亡き戦友と語り合い乍ら同期の桜を咲かせ

るであろう。

 

  

飛行第八十一戦隊 慰霊碑                          飛行第十九戦隊 慰霊之碑

 

  

  歩兵第六十連隊 千載碑                              高射砲第二十二連隊戦友之碑

 

  

    陸軍中野学校 留魂                                陸軍兵器学校 工華鍾魂之碑

                     

韓国人犠牲者慰霊塔

韓国人犠牲者慰霊塔 碑文

大東亜戦争中 韓国人で我陸海軍に応召従軍したもの二十万余名 そのうち八千八百六十一名が戦死

連合国軍事裁判に伏せられて刑死したもの二十三名 その他犠牲者も多数に及んでいる

これらの人々はかつては我らの同胞としてともに我国のために奉仕し身命をささげられたのである 韓国

はいまや独立国 我国としてこれらの人々の霊を祭ることは許されない しかし心ある日本国民は国民感

情がこれを許さない そしてこの英霊を慰めるためにこの塔をつくり 永遠に祈念し祭祀をつづけることに

なった

いわば国民がささげた靖国の塔である

 

第二次世界大戦戦没無名戦士 メモリアルホール

 

  

第二次世界大戦戦没無名戦士之碑                        世界各国軍人墓地より贈られし浄土

碑文

誉れあれ味方も敵もおのが祖国のために戦い倒れた勇士に しかし彼に至高の犠牲を払わせた戦争

は人類の悲劇であった 生ける吾等はここに心眼を開いて奮起しいや高まる熱意をもって平和探求に

精進しよう

世界平和     四海兄弟

 

鎮魂の霊地

更新日:2007/11/27