妙法華寺

静岡県三島市

 

忠霊殿

 

駆逐艦「朝霜」 重巡洋艦「愛宕」

  

駆逐艦朝霜戦没者之碑                         軍艦愛宕戦没者之碑

碑文

軍艦「愛宕」は重巡洋艦で戦時中は第四艦隊の旗艦として活躍し、昭和19年10月23日、比島パラワン

島沖の海戦にて不運にも轟沈せり。乗組員1,197名のうち戦死者484名。その折り救援の駆逐艦「朝

霜」が492名、同じく「岸波」が221名救助せり。

駆逐艦「朝霜」は昭和20年4月7日、沖縄特攻部隊として出陣中、敵戦闘機三十余機と交戦、武運つた

なく第21駆逐司令・小滝久雄大佐、艦長・杉原与四郎中佐以下327名の将兵は九州南端沖に護國の

鬼と化し、悲惨、艦とともに轟沈し全員戦死せり。

(中略)

敵味方入り乱れての激戦の最中、沈没寸前に救助された乗組員の感激が「朝霜」の英霊に応えるが如く、

「愛宕」戦没者の慰霊碑が建立された事は、戦後三十余年を迎え遅ればせながら両艦の偉勲を称える

と共に、慰霊とご供養になることを信ずるものであります。

願わくば此の慰霊碑建立によって永久に平和を願い、戦争の悲劇を再び繰り返されないよう、楯となって

いただき祖国日本をお守りくださるよう念願してやまない次第です。

 

寄り添うように建立された駆逐艦朝霜戦没者之碑(左)と軍艦愛宕戦没者之碑(右)

 

駆逐艦「梅」

駆逐艦梅戦没者慰霊之碑

碑文

昭和20年1月31日、比島アバリ集結中の搭乗員救出の為パトリナオ救出作戦実施の為 高雄を出港

バシー海峡にて敵機約30機の来襲を受け之と交戦 被弾3発 高部甲板切断 沈没

敵一機撃墜(18時10分)

戦死者八十余名 東経120度50分 北緯20度30分

茲に短命なりといえども「梅」の輝かしい戦績を讃え 勇敢に戦い悠久の大義に就いた戦友の霊を慰むる為

「梅」ゆかりの地三島玉沢本山妙法華寺 霊峰富士の万年雪溶けて流るる神霊地に此の碑を建立す

 

霊峰富士

 

鎮魂の霊地

更新日:2007/04/15