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「江戸時代の料理書」に見る私たちの食卓 連載1

今号から「『江戸時代の料理書』に見る私たちの食卓」と題しまして、
『江戸料理百選』の作者でもあり、女子栄養大学の島崎 とみ子先生の
コラムを連載します。

日本の食文化が花開いたといわれる江戸時代には、自然の素材を生かした新しい料理が
次々に生まれ、多くの料理書が編まれました。これらの書をひもとき、江戸時代の職
の世界を探ってみましょう。現代の私たちの食卓に相通じるものがあるはずです。

今回は大根の魅力を紹介します。

● 貴賤老若を問わず、好まれてきた食べ物

空が澄んで、西からの冷たい風が吹き始めると、冬もいよいよ本格的、大根の美味しい季節です。
大根は昔から人々の食生活には欠かせないものだったようで、『大根一式料理秘密箱』(天明五年、1785年刊)の序には次のような文があります。「ものの名もところによりてかはれども(大根の名もところによっては変わるけれども)大根の生(はえ)ぬさともあらじ(大根の生えない里もあるまい)。はにふのすまゐにも香物つけぬ事もあるまじ(いくら貧しい暮らしでも漬け物を漬けないことはあるまい)。(中略)貴賤老若雅人鈍ぶつにすゝむともよもふさいだ口あかねもあるまじ(貴賤老若を問わず、風雅な人また愚鈍な人にすすめても喜んで食べるだろう)」
これほどまでに昔から私たちの食生活に深く入りこんでいる食べ物も少ないのではないでしょうか。
江戸時代の大根料理専門書としては、先の『大根一式料理秘密箱』と『諸国名産大根料理秘傳抄』(天明五年、1785年刊)があります。料理の種類はそれぞれ五十種と四十二種ですから、あわせておよそ百種類ということになります。煮たり焼いたりと調理法もさまざまですし、大きく切ったり、飾り切りにしたり、おろしたりとその形状もいろいろです。また生の大根の調理法だけでなく、干したり漬けたりの保存法も考えてもいます。

● ダイエット食にも客料理にもなる大根飯

大根飯はかつてのテレビドラマ「おしん」で有名になりました。その当時私どもの大学には大根飯の作り方の問い合わせが相次いだものです。「おしん」の大根飯の大根は米の増量材でしたが、江戸時代の料理書にも同様に使われていた事が記されています。
『都鄙安逸傳』(天保四年、1833年刊)の大根飯は、大根をなますの時のように細く切って、米に加えて炊き、しょうゆ味の汁をかけて食しますが、「米價(こめのね)高き時は米すくなくいるやうな(ような)事なれば大根を多く入(いれ)、塩も食い加減に入(塩でちょうどよく味つけして) かけ汁なしに食すべし」とあります。
同書には「越前国大根飯」という、今の福井県地方の大根飯もあります。米にごく細かいさいの目の大根を入れて炊き込んだもので、試作してみると、ちょっと見には単なる白飯かと錯覚するほどに炊き上がりました。しかし、大根の量は米1カップに100グラムが限界かと思います。調味はしょうゆの方が味の点からはいいかと思いきや、大根くささをきわだたせる結果となりました。塩味の方が色の点からも障りがありません。
『料理伊呂波庖丁』(安永二年、1772年刊)には、お客さまに出す大根飯があります。
さいの目に切った大根をくちなしの汁で煮しめ、白飯に混ぜ合わせたものです。採ってすぐの実の汁で染めたものは鮮やかな黄色に染まり、食卓を華やいだ雰囲気にしてくれます。
大根は水分が約九十五%ですから、大根飯は普通のごはんに比べるとずっとローエネルギーです。今日では、効果的なダイエット食としても利用できそうです。
干し大根の炊き込み飯もあります。「濃州名物干大根飯」は『諸国名産大根料理秘傳抄』によれば「みの厚見郡(今の岐阜市南部一帯)のめいぶつにて、このところより干し大こん多くいづるなり」とあり、「ひなた薫(くさ)きが一だんの賞翫也(珍重される)」と、干し大根の香りを愛でています。作り方は、まるのまま干しておいた大根を小口から切り、煮え湯に入れて戻し、絞って、吹き上がった飯に入れて炊き上げ、茶碗によそい、みそ味のかけ汁をかけ、おぼろこんぶを上置きするというものです。
原文を読んだときは、なんとなくやぼったくて作ってみる気がしませんでしたが、ある日、宮崎県産の"日向の割干し"という、細大根を縦に割って干したものが手に入ったので試作してみたところ、ひなびた甘い香りが漂い、うすいみそ味のかけ汁とおぼろ昆布がその味をいっそう引き立て、干し大根の適度の歯触りも心地よいものでした。
おぼろ昆布は、昆布の表面の少し黒ずんだところを削ったもので、原文には「昆布の上けづりそぼろ」とあります。

● おろし大根を使った冬向きの温かい料理

体のしんから冷えてしまったとき、フウフウいって食べる汁物は心もほのぼのしてきます。『素人庖丁』(三編文政三年、1820年刊)の「こんにゃくみぞれ汁」はそんな汁物の一つです。こんにゃくを細かく切って油でいりつけ、湯をかけて油ぬきをします。昆布だしに塩で味つけし、おろし大根と先のこんにゃくを加え、吸い口は、こしょう、しょうが、輪とうがらし、わさび、さんしょうなどの中から用います。刻んだきくらげを加えるとよいとあります。フッと煮立ってきたところを食します。
『諸国名産大根料理秘傳抄』の「大根塩ざうすい(ぞうすい)」も、おろし大根を使ったあつあつの料理です。大根は皮をむき、おろし器のあらいほうでおろして水から入れて煮、ひと煮立ちしたら焼き塩を加えます。ここに、水で洗った飯を加え、二、三度煮立ったところで火を止めます。これは「さらりとしたざうすい也 酒の二日酔いに一だんのもの也」とあります。いかにも二日酔いにききそうな気がしますが、まだ確かめてはいません。二日酔いの経験がないわけではありませんが、そんなときには雑炊どころではありません。こんな雑炊がスッと出てきたらいいなと思うだけです。

●鍋物に添えたいおろしあえ、酢あえ

なべ物の合間にあえ物が出てくると一息つけます。江戸時代には、こんな大根の獲物がありました。『大根一式料理秘密箱』の「三種合(あわせ)大根」は、普通にはちょっと思いつかない素材のとり合わせのおろしあえです。生の大根を花に抜いて梅酢につけて染め、一方たくあんを細く切って水で洗って絞ります。おろし大根を作り、針に切ったしょうがを加え混ぜ、先の材料をあえ、酒を少しかけ、花カツオをかけて出します。主材料もあえ衣もすべて大根なのですが、それぞれ味も形も違うものなので、意外な取り合わせとなって美しくもあり、花カツオのうま味も加わってなかなかのアイディア料理だと感心しました。
また、酢の香りが大根の味を引き立てるあえ物もあります。
『素人庖丁』(二編文化二年、1805年刊)の「海苔酢和(のりすあえ)」は、さいの目に切った大根をさっと熱湯に通して熱いうちに酢をかけ、あぶって細かにもんだ浅草のりをかけるというものです。調味料は酢だけですが、それだけに酢の香りが命です。うま味のある醸造酢は、海苔の香りとあいまって大根の甘みを引き立ててくれます。
同時に『青海苔掛(あおのりかけ)』というあえ物も紹介されています。大根は同じくさいの目に切りますが、こちらは塩湯で煮て酢をかけ、青海苔をふります。手持ちの酢があまり上等でなければ、材料に少し塩けがある方がおいしく感じます。

●切り方でも味わいに変化の出る大根料理

大根の切り方でたいへん賢いと思うものに『諸国名産大根料理秘傳抄』の「林巻大風呂吹大根(りんまきおおふろふきだいこん)」があります。林巻というのは輪巻、つまり年輪の意味の当て字と思われます。ふろふき大根は普通、大根を大きく切ってゆでますからすぐには煮えてくれません。ところが、グルグルとかつらむきにし、また元のように巻き戻して(コレが年輪のように見える)蒸すと、すぐに火が通ります。みそやくずあんをかけるか、敷きみそをしていただきます。みそには、ごまやしょうが、わさびなどでいろいろに味の変化をつけることができます。
大根は一年中じゅう出まわっていますが、いちばんおいしいのは冬です。江戸時代の料理を参考に、いろいろな大根料理に挑戦してみてはいかがでしょうか。

*料理書中の表記の仕方は、かならずしも原文のままではありません。漢字、かな、ふりがな、()内で解説するなど、読みやすいように適宜手を加えてあります。
『栄養料理』('94年2月号)より転載

●プロフィール

昭和17年 茨城県に生れる
昭和42年 日本女子大学家政学部食物学科卒
現   在 女子栄養大学 調理学
      料理書原典研究会同人
      日本家政学会々員
      日本風俗史(食物史)学会々員


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