江戸料理百選タイトル   

*** 第1 回 ***

貧乏花見(江戸版:長屋の花見)

桂米朝師匠の高座より

【主な登場人物】
長屋の皆さん  船場辺の大家の皆さん  その他大勢さん

【事の成り行き】
草花とじっくり接したいなら静かな環境がよろしいようです。例えば春の花見のシーズン、おおよそ普通の人々が宴会を始めるのは昼から夜にかけてでして、起き抜けの朝の早い時間から一升瓶を回しているという団体さんは、そうは居られません。そこで有名な花見どころでも、朝早くならゆっくりと桜の花と対峙することができるのです。満開の桜、青い空、時折花びらが一つ二つ……ハラホロヒレハレ。十分に季節を満喫することができます。しかし、ぞろぞろと人が集まり始めるとたちまちにして雰囲気が変わってきます。わたくしたち普通の人間にしてツルムとザワザワせわしなくなるのですから、落語に登場する人々が集うと……ここにとある貧乏長屋がございまして、朝から雨模様だったある春の日の昼過ぎ、雨もすっかり上がり春の日差しがまばゆく照っております。

                * * * * *

●えぇ天気になったやないかい■さぁ、こんなえぇ日和になるんやったら仕事に行たらよかった思てんねや●雨が上がったら人通りが一時になったやないか■皆ぞろぞろと出てきたわい●これ皆、どこ行くねん?■どこ行くて、見たら分かるやないか。酒ダルぶら下げたり、毛氈抱えたり、重箱持ったりしてんねや、花見に行くねやがな。

●ほぉ〜、花見に行くんか。結構な身分や、皆えぇ身なりしてるやないかい■「花を見に行く、着物は見せたい」ちゅうとこやなぁ。見せに行くちゅう気もあるさかいに、皆えぇのん着とぉるねんがな●向こぉのおなごの二人連れ、あら親子やろか?■まぁ、お母んと娘やなぁ●えぇもん着てるなぁ、銭のかかった身なりしてけつかんなぁ。

■あの母親の方、地味なけれどもあっちの方が金目が上やと思うなぁ●けったいなこと聞くけどな■何やいな?●あの二人の着てるもん、帯から履きもんから頭のもんから、全部裸に剥いたら何ぼで売れるやろか?■ホンマにけったいなこと聞くなぁ●金目に見積もったら?■せやなぁ、あの着物帯、履きもんから頭の飾りから……、さぁ、指輪まで入れたら、どこへ持って行たかて二人で百両から下ちゅうことはないやろ。

●百円!?■そぉや、百円から上には売れるで。買うとなったらもっと高こつくで●ほほぉ〜、百円から上付くか……、えぇ家が一軒建つやないか。お前とわいの着物なぁ、この着物と帯と持って行ったら何ぼに売れるやろか?■どこの古手屋へ持って行っても断りよるわなぁ●そこを紙屑屋に頼んで買ぉてもろたら?■そんなもん頼みないな……、せやなぁ、お前とわしの着物と帯、まぁ七銭五厘か八銭が危ない。

●えらい違いやなぁ、そこへフンドシ二本つけたら十銭に買うやろか?■誰が買うかい●嫌んなってくるなぁ、向こぉ二人で百円からのもん身に付けてやで、ご馳走(ごっつぉ)持って花見に行ってんねん。こっちは二人合わせて十銭にも足らんもん着て、それ見てぼやいてる……■あの人らはな、前世にえぇ事しはったんで、今えぇ夢を見たはると思といたらえぇねん。兎角この世は夢の世、向こぉはえぇ夢見たはるねんがな。

●ほな、わいら年中悪夢に襲われてんのか■そんな心細いこと言ぃないな。花が見たかったら行たらえぇねん、木戸銭要れへんがな●木戸銭要れへんか知らんけど、こんな格好して行けるかいな■何を言ぅてんねんな、花はえぇベベ着てよぉが、ボロ下げてよぉが咲きよぉに変わりないがな。花見に行ったらえぇねんその格好で。

●しかし、ご馳走がないで■家に居ったって何なと食ぅやろ、それを向こぉへ持って行って、花の下で花を見ながら食べたらえぇねん●肝心の酒がないで■酒が無かったら、お茶を持って行かんかいな。向こぉが酒盛りならこっちは茶か盛り。家で食ぅもん向こぉで食ぅて、茶ぁ飲んで「よぉ咲いてよるなぁ」と思てたらえぇねや。これがホンマの風流やがな。

●そんな事よぉ思わんわ「酒なくて何のおのれが桜かな」言ぅがな、酒が呑めるさかい桜でも綺麗に見えるんやろ。この寒空(さぶぞら)に茶ぁばっかりガブガブ飲んで、桜の下と便所と往復しながら「よぉ咲いてるなぁ」……そんな事よぉ思わんわ■「気で気を養う」ちゅうことを知らないかんで、心まで貧乏すな。気は持ちよぉやっちゅうねん。そや、今日は長屋だいぶ仕事に出そびれてる奴が多いさかいなぁ、いっぺん誘そてみよか……

                * * * * *

■お〜い皆、ちょっと聞いてくれ★何じゃいな?■花見に行こかちゅう話が煮えかかってねんけどな、どや、付き合えへんか? みな長屋揃ろて花見に行くちゅうねや★おっと、山椒■?? 何や? その山椒ちゅうのは★よぉ言ぅやないか、わしも一緒に行くちゅうことを「山椒」ちゅうねん■お前、そら「賛成」ちゃうか……。 そっちはどや?

▲わしゃ「ワサビ」や。そっちが「山椒」ならこっちは「ワサビ」や◆わ、わ、わしゃ「唐辛子(とんがらし)」や■?? 何を言ぅてんねんな「賛成」ちゅうねんがな◆そぉか「三銭」やて▲わしゃ四銭まで出すで★わしゃ、五銭出そやないか

■競り売りしてるんやないっちゅうねん、みな行くねんな、行くと決まったもんは土瓶に一杯から上、二杯でもかめへん、茶ぁ出してくれ。酒の代わりに持って行くねんさかい。確か二斗ダルの空いたんあったなぁ、綺麗ぇに洗ろて持って来い。そんで、長屋中の茶ぁその中へぶち込んで向こぉへ持って行くねん。

■それから、皆ご馳走持って来い★ご馳走? うちにそんなもん無いで、花見に持って行くちゅうよぉなもん■家に居っても食べるやないかいな。晩采の残りでも、今朝のオカズの残りでも何でもかめへん。持っといで。

▲あのぉ、気兼ねやが……■気兼ねせぇでえぇ、出したらえぇねん▲こんなもんどや?「長いなり」■長いなりて何や?▲ここにあんねんけどな、長いなり■これ、オカラと違うか?▲せや、オカラのことを「切らず」ちゅうやろ、切らなんだら「長いなり」■……考えもん、なぞなぞやなぁ。次は何や?

★「カマゾコ」が二枚あるねんけど、要らんか?■どつかれるで、そんなこと言ぅてたら。この長屋で「カマボコ」てな贅沢なもん食ぅてるもんあるかいな。遠慮せんとズッと出さんかい。……? 何でイカキ(ザル)に入れてるんや? ……ん? これ飯の焦げたんと違うか?★せやで。何も無いとき、これに塩降りかけて食ぅてんねんけど、香ばしぃてちょっとうまいもんやで。

■お前「カマボコ」言ぅたんと違うんか?★えっカマボコ? 「釜底」が二枚やがな■お、釜底か……。えらいもんがあるねんなぁ、まぁこれも数の内やそっち入れとけ。次は何や?◆気兼ねで出せん■気兼ねは要らん言ぅてるやろ。釜底と長いなりや、これより下あれへんねん大きな顔してズッと出せ。

◆「そぉめん」いかんやろか?■そんなこと言ぅてるさかい貧乏してるねんで、素麺てな結構なもんやないか。……ちょっと持ちや、これ醤油とちゃうか?◆そや醤油や。何にも無いとき、それ飯にまぶして食ぅねんけどな、箸で挟(はそ)もと思てもなかなか「はそめん」■「はそぉめん」か? 下には下があるもんやで…… 次は?

●「卵の巻き焼き」や■これ、香々(こぉこ)やないか●色がよぉ似たぁるやろ■味が違うがな●そこは「気で気を養え」■……まぁ、結構なこっちゃ、そっち入れとけ▲「尾頭付き」が二本やで■大き出やがったなぁ、まさか鯛やないやろなぁ? 尾頭付きが二本、魚かい?

▲せや、ほら■……ダシジャコ、二匹出しやがったな▲尾頭付きには違いないやろ。これポリポリっとかじってグ〜ッと二合ぐらい呑めるで■呑むんはえぇけど、茶ぁやで▲茶ぁ〜か、茶ぁ〜ではあかんわなぁ……■みな所帯のウラ分かったぁるねん、何でもかめへんから持って来て、この箱へぶち込んでくれ。それから毛氈があるやろ毛氈持って行こ。

●あのなぁ、向こぉ先見てもの言え。この長屋のどこに毛氈てなもんあるねん■あるやないか、梅干干すときに敷(ひ)くもん。赤こぉ色がついてちょ〜どえぇがな●なるほど、ムシロの毛氈か■ムシロだけ要らんこっちゃ。緋毛氈持っといで……。

■おっ、ゴジャゴジャ言ぅてるうちに気の利いた連中、着替えて出て来よったがな。

■八卦見の先生、商売柄黒の五つ紋てな上品でよろしぃなぁ。絹もんでは無いよぉなけど、それは奉書でやすか?◆いやいや、そんな上等やないのんで■どっかの紬(つむぎ)ですか?◆いやいや、違います■木綿?◆いやいや、これは草紙■そおし?「そおし」ちゅう布(きれ)あったかいなぁ?「そおし」て何でんねん?

◆長屋の子供が手習いをして真っ黒になった草紙をな、糊で貼り合わしたんや■ほぉ、紙の着物着てきはったんや。どぉりでガサガサ音がすると思た。白抜きになってる紋は?◆紙で切り抜いて貼ってある■羽織の紐は?◆紙縒り(こより)やがな■何でも紙やなぁ……、雨に合ぉたらワヤになるで。

■芳っさん、小紋の付いたえぇ羽織着てきましたなぁ★でや、羽織に見えるやろ?■えぇ? 羽織と違うんかいな★半襦袢の襟はずしたんや■おぉ〜、ほな羽織の紐は?★下駄の鼻緒や■うわぁ〜、えらい格好してきたで……

■まっさん、あんた洋服がぴったり身に付いてるなぁ▲見えるやろ?■あんなんばっかりやがな。服と違うのんか?▲裸に墨塗ったんや■身に付き過ぎてると思たわ。ボタンは? 胡粉で書いたぁる? 汗かいたら無いよぉになる着物やで。

■女連中もしゃれたぁるがな、髪をちょっと梳(と)きつけて、白粉のひとつもはいたら見違えるよぉやないか。お梅はん、あんたの着物変わってるなぁ?裾模様ちゅうのはよぉあるけど、おまはん上に模様があって下が無地やがな。そんなんこしらえたんか?

●アホらしぃ、着物なんかこしらえられるかいな。わてとこ夫婦(みょ〜と) の間に着物が一枚しかあれへんのん。うちの人いつも仕事行くときな、法被、腹掛けやさかい着物わてが着てるやろ。今日はあの人に着せたから、わて何もあらしまへんねん。しゃ〜ないさかい、上の方はお襦袢を着て、下の方は何にも無いのん頼んないさかい風呂敷を巻いて、間へ帯締めたん。

■えぇ度胸やなぁ〜、襦袢と風呂敷で道歩くちゅうてるで。その風呂敷落さんよぉにしぃや、落ちたら騒動やがな……

■皆用意できたか? 用意ができたらそろそろ行こか。今月の月番と来月の月番、悪いけどこんな時に当たったんも災難やと諦めて二斗ダル担いで行ってんか。それと、ご馳走かたげて持って行ってや。途中で手代わりするよって。ほな、そろそろ出かけよか。

●あのな、この路地(ろぉじ)出るとき「♪ちょいとちょいと、こらこら、花見じゃ花見じゃ」ちゅうて踊って出よ■何でそんなしょ〜も無いことするねん?●この近所で花見にでも行こかてな気の利いた長屋一軒もあれへんがな、近所ひけらかしたんねん■しょ〜も無い……。花見じゃ言ぅて踊って出るねんてぇ。

★折角やけど、それだけは堪忍してもらうわ。酒も呑まんとそんなアホらしぃ事ができるかいな●まぁまぁ、近所の付き合いやがな★やんのん? どぉしても? しょ〜も無い●ほな、皆ついといでや……、「♪花見じゃ花見じゃ、ちょいとちょいと、こらこら」皆付いてこんかいな、わいだけ一人に言わしないな照れ臭いがな。

★言わなしゃ〜ないなぁ。ほな、行こかい「花見や花見や! 花見だっせ!花見じゃ!」●怒りないな、もぉちょっと乗って言えんかい?「♪ちょいとちょいと、こらこら、花見じゃ花見じゃ」★「♪ちょいとちょいと、こらこら、夜逃げじゃ夜逃げじゃ」●どついてまえ、あいつ★「♪ちょいとちょいと、こらこら、花見じゃそぉ〜な」●もぉえぇ、黙って付いて来い。

 わぁわぁ言ぃながら桜の宮へかかってまいります、その道中の陽ぉ気なこと……

                   ♪♪♪♪♪

さーて、これからどうなりますことか・・・。
おあとは、どうぞこちらのお席でごゆっくりとお楽しみください。

『「貧乏花見(江戸版:長屋の花見)」桂米朝 』
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以上このページは上方落語・世紀末亭様の御協力で掲載させて頂きました。

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