シカラムータ・ヨーロッパリポート

Jena

<1>ロンドンの巻


 六週間で八カ国、公式ライブだけで21発。いろんな出会いがあり、いつも段取りに追
われながら、アウトバーンを夢中で走り回った45日。まだ頭のなかは左ハンドルから
の風景やらグラインダーの火花がオーバーラップしながらスローモーションで走馬灯状
態になったままだが、日記、メモの類を再構成しながらなんとか振り返ってみよう。
 振り出しは悪名高いヒースロー空港の入管だ。どのゲートもいかにも意地の悪そうな
係官がそろっていて長蛇の列で並ばされるわけだが、「多文化社会」をあくまで一方的
にコントロールしようとする国家の意志のようなものを肌で感じさせらる。就労ビザを
とってもらっていたので堂々とパスしたが、「今日は何でこんなにミュージシャンだら
けなの?」などと同僚と薄ら笑いを交す若い女性係官にアゴで通されたツアーの幕開き
だった。
 さてロンドンのライブ一発目はロイヤルフェスティバルホールでブラーの前座、他日
他会場ではエヴァン・パーカーやジム・オルークの公演もあったりした面白そうなフェ
スの最終日。ブラーといっても、こちらも名前くらいしか知らないが、シンプルで覚え
やすそうなメロディーがいかにもブリットポップの本流であることを感じさせた。ゲス
トで普段は教会で歌ってる、という感じの黒人ゴスペルコーラスと楽しそうに演ってた
のが印象的だったが、築50年のどっしりしたホールの造りもあるのか客は割合おとなし
く聞き入っていた。

MELTDOWN 2000      2/7/2000
7月2日(日)ロンドン・ロイヤルフェスティバルホール

1)吾妻八景
2)プンクマンチャの踊り
3)好きになってごめんなさい
4)道草のために
5)01
6)ターキッシュダンス
7)四丁目

 紹介のMCでメンバーは板付き、自分とみわはちんどんスタイルで入場、軽くジャブを
入れる。ブラー目当ての客が多いせいか、まだ空席もちらほら。1951年建立の25
00人収容のホール、サウンドは気持ちよいが、ツアー初日ということもあり、個人的
には天パリ気味でかなり乱暴な演奏だったかも。しかしメンバーは御機嫌な演奏をして
くれた模様だ。
 極め付けはやはり坂本氏。グラインダーは残念ながら関係各省庁(!)への申請が間
に合わず涙をのんだが、その分初期設定のハードルが高めのアプローチだった模様で、
慣れた自分から見てもかなり不審な挙動を展開し、よく見えなかったがかなり縦横無尽
に走り回っていた様子。なぜか風船を追い掛けてステージから飛び降りたりして、一人
で笑いをとっていたようだ。いつも残念なのは自分は演奏に没頭してじっくり鑑賞でき
ないことだ。(後日VTRで検証したところ、なんと「四丁目」の後半で仕掛け風船をく
っ
つけようと筆者をバックから羽交い締めにしているシーンを発見。なんてこった…)
 ともあれ、自分には分からなかったが前半から客席の反応はよかったようで、後半に
はかなり盛り上がり、事前の不安をふっとばすような爽快な気分で終われて目出度し。
 終演後ブラーを見にいったメンバーによると、場内でフーリガンらしき大男に呼び止
められ、ギョッとしたところ、「シカラムータ気に入った、またロンドンに来い」と声
をかけられたのだそうだ。

CICALA-MVTA BBCラジオ・レコーディング   7/3(月)

<曲目>
吾妻八景(短縮版)
プンクマンチャの踊り
好きになってごめんなさい

 BBCのスタジオは都心から地下鉄で20分ほどの閑静な住宅街にあった。大きな古い倉
庫のような建物で、聞くところによると1920年ころスケートリンクとして建てられ
、のちにBBCが買い取ったのだそうだ。迷路のような(はぐれたら二度と外の空気は吸
え
ないだろう、というくらいの)通路、階段をへてたどりついたスタジオ4は、さぞいろ
いろなアーティストたちが訪れたのだろうと思わせる雰囲気があったが、実際ビートル
ズの収録も行われたことがあるということで、廊下には誇らしげに輝くプレートが飾っ
てあった。
 スタジオ録音といっても、スタジオライブの一発録りだが、なかなかよい雰囲気で収
録を終えられたのではないかと思う。とくに「好きになって…」は未収録曲で、使える
かどうかは別にしても貴重なソースがひとつ増えたといえる。古そうなカスタムメイド
のマイクなどで目の保養。

ベン・マンデルソン登場

 ロイヤルフェスティバルホールでインターネットTVの取材がある、ということで現
れたインタビューアーがベン・マンデルソンだ。話すことがいろいろありそうだったの
で次の日も会見した。
 彼はグローブスタイルなどの良質なレーベルでプロデューサーをしている人で、僕も
この人の文章をなにかのCDのライナーで読んで知っていた。たしか十年ほど前のミュー
ジックマガジンで細川周平氏が人物紹介していたはずだ。会ってみると、とにかく本人
いわくイギリス式の変なジョークを連発する気さくなおっさんで、シカラムータのほか
にチンドンの大ブレークを個人的に迎えており、特にモノノケの「インター」にハマっ
てるようだった。これにはオチがついていて、モノノケ版で中川敬がコード進行上参考
にしたのがビリー・ブラッグ版インターなのだが、ベンはまさにそのビリーのツアーマ
ネージャーでもあるということがわかり、新事実発覚に飛び上がらんばかりに喜んでい
た。
 彼の八面六臂ぶりはまだまだとどまらず、なんとあの謎の覆面バンド、3ムスタファ
ズ3のメンバーでもあるのだった。3ムスタファズ3はとあるバルカン地方の町からや
ってきたムスタファ兄弟によるバンド、ということになっているが、もちろん町は架空
で兄弟仁義も音楽上のもの、このバンド自体がイギリス式のジョークの産物といえなく
もない。それはさておき光栄なことに僕もムスタファ兄弟の「半兄弟(ハーフブラザー
)」として認定される、という栄誉(?)に浴するなど、実に愉快なひとときだった。
 ただひとつだけショックだったのは、バルカン音楽にもくわしいベンに最近の情報を
聞いたおり、10年程前に彼らがリリースしたバルカンブラスバンド界の雄、Jova 
”Besir”Stojilikovicが数年前に病気で亡くなっていたと知ったことだ。
 個人的にバルカンブラスの初体験であり、P-VINEからの日本盤でライナーを担当した
こともあって残念のひとこと。そもそも例の内戦やらNATO空爆の影響を聞こうとして出
てきた話だが、対ユーゴ経済封鎖のためBesirの遺族へ印税を送金するのにも大変手間
がかかったということだ。 

 ホテルの真ん前にテムズ川や大観覧車のあるロケーションだったが、なんだかんだと
忙しく、ピカデリーサーカス広場の大道芸をチェックするくらいで観光は断念。唯一の
収穫らしきものは、ひょいと寄った楽譜屋の屋根裏部屋で見つけたブルトン民謡、バル
カン民謡の楽譜。
 7月4日早朝、国際列車ユーロスターにて大陸へ移動。車中、ロンドン郊外で
ピンクフロイド「ピッグス」のジャケで有名な発電所跡を視認。はしなくも興奮。

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