無機化学の理論<イオン化傾向とは> そもそも電気化学実験の話である。電池をつくって電位を測定して並べたことになっている。 ところが,理論的にはかなり難しい。 Mg(s)―@→Mg(g)―A→Mg2+(g)―B→Mg2+(aq) @ 昇華エンタルピー 149 kJ/mol A イオン化エンタルピー 737+1450=2187 kJ/mol B 水和エンタルピー −1921 kJ/mol @+A+B 415 kJ/mol Ca(s)―@→Ca(g)―A→Ca2+(g)―B→Ca2+(aq) @ 昇華エンタルピー 177 kJ/mol A イオン化エンタルピー 590+1145=1735 kJ/mol B 水和エンタルピー −1577 kJ/mol @+A+B 335 kJ/mol よって,Mgのほうがエネルギー障壁が高くなり,Caのほうが水和イオンになりやすいことが分かる。 イオン化傾向 Ca>Mg この場合,イオン化エンタルピーが効いてますね。しかし,両方とも吸熱反応になってしまう。 ところが,Caの単体は水と自発的に反応する。 Ca + 2H2O → Ca(OH)2 + H2 ΔH = −700 kJ/mol で,かなりの発熱反応である。上記の結果と矛盾してはいないか? これは,水分子の化学結合が切れるからで,簡単な話ではない! <何が沈殿するか?> 2族のイオン結晶MXが水に溶けるエネルギーを,以下の二つに分けて考える。 MX(s)―@→M2+(g)+X2−(g)―A→M2+(aq)+X2 −(aq) @ イオン結合を切るエネルギー。気体状のイオンにする。 A イオンが水和するエネルギー。 @ 結晶構造が異なっても,だいたいMとXとの間の距離(r2++r2−)に反比例する。 E1〔kJ/mol〕=8.6×105/(r2++r2−) ← rの単位はpm A M,Xそれぞれのイオンの距離(r2+,r2−)に反比例する。 E2+〔kJ/mol〕=2.7×105/r2+ ← rの単位はpm E2−〔kJ/mol〕=2.7×105/r2− ← rの単位はpm いま, Δ=E1−E2+−E2− を考える。 r2+=20pm,r2−=200pm(BeSO4)のとき,Δ≒−1.1×104kJ/mol → 水に溶ける r2+=100pm,r2−=200pm(CaSO4)のとき,Δ≒−1.2× 103kJ/mol → 沈殿する BeSO4はCaSO4より10倍も安定化している! Be2+イオンが「水和」により大きく安定化するからである。 一般的に,「小さな陽イオン」と「大きな陰イオン」が結合したイオン結晶は,水に溶ける。 (注) @,A両方とも「電荷の2乗に比例する」ので,イオンの価数が違う場合,話はもっと複雑になる。 <ダイヤモンドと黒鉛> C(黒鉛) + O2(気)→CO2(気) ΔH=− 393.51 kJ/mol … @ C(ダイヤモンド)+O2(気)→CO2(気) ΔH=− 395.35 kJ/mol … A @−A C(黒鉛)→C(ダイヤモンド) ΔH=+ 1.84 kJ/mol ダイヤモンドより黒鉛が安定である。黒鉛はπ電子の非局在化により,大きく安定している。この安定化のために,炭素は層状構造をとるので ある。 <COとCO2> CO2は,sp混成軌道を考えると,16個の価電子のうち,σ結合に12個,π結合に4個が使われる。このπ結合は2つが互いに 直交している。一方で,分子軌道法によると,σ結合に8個,π結合に8個が使われる。この8つのπ電子は,互いに直交する面に4電子づつ3 つの原子にわたって分布しており,よりCO2の形をリアルに再現していると言える。 一方で,COは難しい。分子軌道法によると,COは3重結合と考えられ,OからCへ電子が供給されている。したがって,極性が弱められ,COは水に「溶 けない」と考えられる。「電気陰性度」を考えると,OからCへ電子が供給されているのは不思議であるが,「電気陰性度」は単結合の実測データを利用 した目安である。二重・三重結合の電子は,この「電気陰性度」とは逆の作用をしていることに注目したい。 上の図は,COのHOMOを,Fireflyというソフトで,基底関数を6−31G(d)として計算したものである。黒丸はC,赤丸はOである。C原子の外側に電子が大きく張り出していることに注目したい。金属に対して,COのCが配位結合することが分かる。 CO2とCOの生成エンタルピーは,それぞれ,−394kJ/mol,−111kJ/molであり, CO2の ほうがはるかに「安定」である。ところが,C(黒鉛)を高温で熱するとCOができる。これはどうしたものか? C(黒鉛)+O2 →CO2 気体の分子数は,変化がない。 C(黒鉛)+(1/2)O2→CO 気体の分子数は,(1/2)分子だけ増加する。エントロピー増大である! G=H−STなので,高温ほどエントロピー効果が効く。 実際に計算すると,710℃を境にCO生成が優勢となる。 <NOとNO2> NOは奇数電子分子である。酸素から窒素に電子が供給され,2重結合と3重結合の中間の構造をとると考えられる。そこで,NOは極性が小 さくなり,水に溶けなくなると言われる。Oのほうが「電気陰性度」が大きいが,何度も言うように,そもそも「電気陰性度」というものは多重結合に ついては,十分な説明を与えることができない。 NO2も奇数電子分子である。こちらは,NOよりも十分に電子が非局在化していないので,不対電子が残る。そこ で,二量化してN2O4になる。 <pπ−dπ結合> 第三周期の原子と酸素原子の結合において,第三周期の原子の3p軌道と3d軌道のエネルギーは離れており,基本的に混成軌道を形成しな い。しかし,第三周期の原子の3d軌道は,酸素原子の2p軌道と重なり合って結合をつくる場合がある。 第三周期の原子の3p軌道のしゃへい効果は小さいので,3d軌道はSi→P→S→Clと小さくなる。酸素の2p軌道と第三周期の原子の3d軌道の重なり は,軌道の大きさが近いほどよく重なるので,Si→P→S→Clと大きくなる。したがって,酸素との結合は,Si→P→S→Clと大きくなる。 その結果, Si−O →単結合巨大分子。 P−O → 重合する。 S=O,Cl=O → 二重結合になり,重合しない。 <d軌道の混成> PCl5は存在するが,PH5は存在しない。これは,どういうことであろうか? P原子にCl原子のような「電気陰性度の大きな原子」が多数結合すると,P原子は「大きな」正電荷をもつ。 P原子の最も外側にある3d軌道は収縮し,原子核との距離が近くなるので,軌道のエネルギーが下がる。d軌道のエネルギーは,s軌道やp軌道に接近す る。エネルギーが近いと混成することができ,sp3d混成軌道を形成する。 <熱の伝わり方> 2つの要因がある。 @ 原子の振動 A 自由電子(金属の場合) 一般的には,金属のほうが熱をよく導く。自由電子があるからである。ところが,硬いダイヤモンドは例外的で,金属の自由電子よりも,炭素の原子振動が速 く熱を伝える。銀よりも熱伝導率が5倍も大きい。 |