コミック・コネクション
ベスターに影響されたマンガ家たち
たこいきおし


 さて『虎よ、虎よ!』読書会である。まじめなレジュメはファンジンのプロ?である名古屋方面の方々にお任せするとして、ここでは、『虎よ、虎よ!』にインスパイアされた(と思われる)マンガについて、思いついた限りリストアップしてみることとした。
 「そんなの常識じゃん」というようないわずもがなのメジャーなものが多いとは思うが、その数の多さを一覧にしてみるだけでも、『虎よ、虎よ!』という作品が日本のSFマンガに及ぼした影響の大きさを改めて実感できるのではないかと思う。
(なお、古典的作品が多いので、ネタバレ的な記述について、特に禁じ手にはしていない点は始めにお断りしておく)
 さて、まずはトップバッターであるが、SF作品が多く、前回の名古屋SF読書会『闇の左手』でも、ル=グィンからの影響が感じられると指摘されていた少女マンガ家といえば…

萩尾望都

 その数多いSF作品群の中でも星雲賞コミック部門を受賞した『スターレッド』の主人公、星(セイ)・ペンタ・トゥパールは火星人の体質として色素が抜けた白い髪と赤い瞳が外見的な特徴となる…と、これは『虎よ、虎よ!』の敵役であるアルビノの美女オリヴィア・プレスタインを連想させる。
 また、物語終盤にセイの姿が時空を超えて目撃されるのは『虎よ、虎よ!』における「燃える男」の相似形だし、最後にセイが胎児となって新生するあたりにも、『虎よ、虎よ!』との共通点を指摘することができる。
 ブラッドベリや光瀬龍作品を原作とした叙情的な作品群がパブリックイメージとしては強い萩尾望都ではあるが、読者として幅広くSFを読んでいるし、作風もバラエティに富んでいることが実感できる一作ではないかと思う。
 その萩尾望都と2回の合作をしたことのある、SF界でカルト的な人気を誇るマンガ家といえば…

吾妻ひでお

 さまざまなSFのパロディが散りばめられた『不条理日記』の中でも…

「電車に取り残され思わず復讐を誓う」
「青ジョウントで青色申告に行く」

…の二つは『虎よ、虎よ!』のアイデアが「日常」レベルで語られる落差感が楽しい。『虎よ、虎よ!』のパロディとしてはもっとも有名なネタといっても過言ではないだろう。
 吾妻ひでおと言えば、最近は『失踪日記』『アル中病棟』路線が定着しつつあったものの、昨年ひょっこりと『不条理日記』路線の不条理ギャグ『カオスノート』が出版され古いファンを喜ばせた。
 さて、徳間書店のマンガ雑誌リュウの初期においてその吾妻ひでおと並ぶ目玉作家の一人であり、『不条理日記』の中でも同人誌時代の代表作をパロディされているマンガ家といえば…

聖悠紀

 みなもと太郎も所属している作画グループの肉筆回覧誌(!)からスタートした『超人ロック』が一番の代表作であることは異論のないところかと思うが、その『超人ロック』の少年キングにおける本格商業連載の最初のエピソード「炎の虎」は、奸計で全滅させられた仲間の復讐を画策する女宇宙海賊「炎の虎」の物語で、わりとわかりやすく「虎」で「復讐」なので、『虎よ、虎よ!』を連想した読者も多かったと思う。
 その後、連載は「魔女の世紀」「ロードレオン」と、いずれもロックを狂言回しとして主人公となる超能力者の復讐を描く物語が3作続いたが、「ロードレオン」も凄惨な拷問描写や、復讐心で巨大な超能力を覚醒させたロードレオンが最後は赤ん坊に戻ってやりなおす等、『虎よ、虎よ!』を連想させる要素が多い。
 さすがに復讐譚が続きすぎたと思ったのかどうか、その後の『超人ロック』は宇宙開拓時代の植民惑星の独立運動、サイボーグ技術開発をめぐる悲劇、超能力者たちが魔法文明を発達させた植民惑星でのヒロイックファンタジーなど、アイデア、設定ともバラエティに富んだシリーズとなり、その中にはなんと独自の銀河帝国の興亡史までが含まれる。全体が一貫した未来史年表に含まれる点まで含め、「黄金の50年代SF」の肌触りが感じられるシリーズである。
 因みに、同人版『超人ロック』の中でも、商業デビュー後に発表された「コズミック・ゲーム」は伝説的な作品だが(前述の「炎の虎」は本作の直接の続編)、こちらも、宇宙をミサイルが飛び交う星間戦争の描写や、陰謀の黒幕が一見可憐な美少女である、ロックが最後は赤ん坊になるなど、『虎よ、虎よ!』リスペクトな要素が多い。何より、本作は「ロックが初めて(宇宙空間を渡れるレベルの)瞬間移動能力に目覚める」物語でもある。
 さて、吾妻ひでお→聖悠紀へのリレーを「リュウの目玉作家」としてつないでみたが、そのリュウの創刊のきっかけとなった最大の目玉作家といえば…

石森章太郎(石ノ森章太郎)

 徳間書店が仕掛けた『幻魔大戦』ブームの始まりはSFアドベンチャーでの平井和正『真・幻魔大戦』とリュウでの石森章太郎『幻魔大戦・神話前夜の章』の連載開始だった。いずれも、ブームを起こすことには成功しつつも、作品としては迷走した感があるが、その話をすると長くなるので置いといて…(笑)。
 リアルタイムで読んでいた子供の頃は気にしていなかったのだが、石森章太郎という人は、わりと無邪気にSFのアイデアや設定を引用する人で、『サイボーグ009』ヨミ編のラストがブラッドベリなのは有名な話だし、『ロボット刑事』あたりも今読むとアシモフそのまんまの感がある。なにより、009の特殊能力「奥歯のスイッチで加速装置」が『虎よ、虎よ!』そのまんまなのは、本読書会参加者の方には説明するまでもない(笑)。
 『虎よ、虎よ!』の影響は意外なところにもあるとされていて、マンガ版の原作『仮面ライダー』の本郷猛は改造手術の傷跡が顔に浮かび上がる→そのため仮面をかぶった、という設定である。
 ということで、『虎よ、虎よ!』がなければ『サイボーグ009』『仮面ライダー』もなかったかもしれない、と、思うと改めてその影響力の大きさが実感できる気がする。
 さて、その石森章太郎のアシスタントからキャリアをスタートさせ、本人も子供向けテレビ番組に巨大な足跡を残したマンガ家といえば…

永井豪

 初期のSF短編代表作「鬼」では人間の奴隷として生み出された種族「鬼」である主人公は主家の娘と恋仲になり駆け落ちするが、後に娘の父親に発見され、妻子を惨殺され自身は顔を切り裂かれる。この顔の傷跡は前述の原作版本郷猛とも通じるものがあり、復讐譚である点も含め、『虎よ、虎よ!』の影響を見ることができる。
 永井豪の好むモチーフは「虎」ではなく「鬼」「悪魔」などであったが、「鬼」モチーフの長編『手天童子』は、学園伝奇SFからスタートしながら、タイムトラベルから遠未来での宇宙戦争まで盛り込まれ。そのアイデアの物量は、いわゆる「ワイド・スクリーン・バロック」を想起させるもので、おそらくはベスターの影響少なからぬものと思われる。
 さて、その永井豪のダイナミックプロ所属で永井豪との連名作品も多く「両巨頭」と呼ばれるべきマンガ家といえば…

石川賢

 晩年はすっかり「『真ゲッターロボ』の人」となってしまった石川賢は、永井豪以上にバイオレンス描写を得意とし、荒々しい復讐譚となる作品も多かった。
 出世作である『魔獣戦線』では、主人公は父親の手で母親共々残酷な改造手術を受け、母は死に自身も魔獣と化し、父親への復讐から、最後は神との闘いにまで身を投じる。
 そんな石川賢の復讐譚の中でも「魔獣」ならぬ「虎」をモチーフにした作品としてはリュウに連載された『5000光年の虎』がある。この作品で主人公は四肢を切断、再接続されて自分では行動できないという特殊な拷問を受けるが、これは『虎よ、虎よ!』でフォイルがケンプシイに施した拷問から発想されたように思われる。
 さて、話がリュウに戻ったが、そのリュウで商業デビューしたアニメ同人誌出身のマンガ家といえば…

ふくやまけいこ

 え? ほのぼのした作品の多いふくやまけいこのどこにベスターの影響が? と思われても致し方ないところかもしれないが、SFマガジンに発表された短編「セールスマン」は、自分の考えていることを指向性なしに周囲に知らせてしまう「放射テレパス」能力(人の心は読めない)を持った主人公が、最初はセールスマンをしているが、他人の脳に直接教えることができる教師こそが自分の天職であると悟る、という物語で、あれ、この能力って、『虎よ、虎よ!』のロビン・ウェンズバリとおんなじ!?
 ということで、作風的にははなはだミスマッチなところでの『虎よ、虎よ!』の意外な影響? まで記したところで、おあとがよろしいようで(笑)。


「糸納豆EXPRESS・電脳版」に戻る。
「糸納豆ホームページ」に戻る。