お楽しみはこれからだッ!!
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第56回 “病棟で発見された手記”
 掲載誌 糸納豆EXPRESS Vol.23. No.1.(通巻第39号)
 編集/発行 たこいきおし/蛸井潔
 発行日 2005/05/03


 唐突ではあるが、(←)この「唐突ではあるが……」という恒例の書き出し(笑)のルーツは、吾妻ひでおが『やけくそ天使』において「アルジャーノンに花束を」をパロディした「とーとつですが、アルジャーノンに花束をあげてやってください」という台詞にある。それはまあさておき(笑)、重ね重ね唐突ではあるが(笑)、今回はその吾妻ひでおの最新作を紹介したい。題して「病棟で発見された手記」と、いうことで……。

「何だこれ?
 ………。
 天プラ油……。
 うん。けっこういけるな」

 台詞は2005年3月に発売されたばかりの吾妻ひでお『失踪日記』の第1部にあたる「夜を歩く」第1話より。失踪してホームレス状態となった吾妻ひでおが、空腹の極限で、拾った天プラ油にささやかな幸せを感じる、というくだり。

 この「夜を歩く」第1話自体は、1992年に太田出版から出版された作品集『夜の魚』のあとがきマンガとして世に出ていたものなので、読んだことのあった人も多いかと思う。1989年末あたりの1回目の失踪直後の実話をベースにした作品なのだが、描かれている内容の凄絶さに反して、マンガから受ける印象には不思議と健全さが感じられたのが、当時非常に印象的であった。

 と、いうのも、その『夜の魚』に収録されたいわゆる「純文学シリーズ」系の作品の中には、表題作も含め、画面全体に黒っぽい影がびっしりと描き込まれ、絵柄、内容ともやや不健全に感じられる作品が収録されていたからである。

 それらの作品は主に吾妻ひでおのブームが去った後、1980年代後半に描かれたもので、読者としては、それを漠然と吾妻ひでおの作風の変化のように感じていたのだが、この「夜を歩く」の読後感が、それらの作品より、『不条理日記』などの作品群の方に近かったことが、ちょっと意外でもあり、ファンとしてはうれしくもあった。

 その『夜の魚』の後にやはり太田出版から出た『定本・不条理日記』のあとがきマンガの中では、ガテン仕事をしているという吾妻ひでおの日常が描かれていたのだが、『失踪日記』の内容と照らし合わせてみれば、『夜の魚』出版から『定本・不条理日記』出版までの間に、『失踪日記』の第2部「街を歩く」に描かれている2回目の失踪をしていた、ということで、自分がコレクター的な興味から買った本のバックグラウンドにまさかそんなドラマが隠されていようとは……。

 閑話休題。今回、2回の失踪と、その後のアル中状態を題材にまとめられた『失踪日記』の読後感は、まさに「夜を歩く」第1話と同質のもので、それは、SFファンのカリスマだった時期の吾妻ひでおの作品群とも通じるものがある。この作品はまず、マンガとして普通に面白い。しゃれにならないほどの凄絶な体験をしながら、それをネタとして普通に面白いマンガが成立してしまっている。これはすごいことだと思う。続編も構想されているようなので、期待して待ちたいと思う。


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