お楽しみはこれからだッ!!
YOU AIN'T READ NOTHIN' YET !!

第34回 “犬神家の一族”
 掲載誌 TORANU TあNUKI 173〜175号
 (通巻第57号)
 編集/発行 渡辺英樹・原科昌史/アンビヴァレンス
 発行日 1995/3/31


 去年は結局自分の個人誌は一号しか出せなかった。復活してからもう7年もちゃんと定期的に出ているTTには本当に頭が下がる思いである(笑)。

 まあ、気をとりなおして久しぶりの「お楽しみはこれからだッ!!」、連載第34回は“犬神家の一族”ということでいってみよう(笑)。

「そうしていつか世界中の仲間が集まれば、たとえ数は少なくたって、世界征服も夢じゃないィィィィ────ッ!!」

 なんだかどこかで聞いたような台詞まわしではあるが、けっして荒木飛呂彦ではない(笑)。しかしもともと「お楽しみ」って荒木飛呂彦のマンガをネタに話をするために書き始めたコラムだったんだよなあ。もっとも最後に荒木飛呂彦を取り上げたのは一体いつのことだったか既に忘却の彼方ではある(笑)。

 台詞は桑田乃梨子の出世作『ひみつの犬神くん』シリーズ(LaLa増刊&本誌に不定期掲載)の最終作「黄金色の句読点」より。桑田乃梨子は荒木飛呂彦の熱烈なファンらしく初期作品ではよく「荒木節」の台詞のパクリをこっそり作中にちりばめたりしていた。まあ、LaLaの本来の読者のどのくらいがそのパロディに気づいていたかは疑問だが(笑)。

 因みにこの台詞はもちろん、荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第二部の名脇役、ナチスドイツ少佐シュトロハイムの口癖が元ネタである。そういえばこの台詞のオリジナルを取り上げたのはあまり人目に触れてない「お楽しみ」連載第2回の冒頭ページだったなあ。ああ、なにもかもみな懐かしい(笑)。


 桑田乃梨子の作品は、とんでもなく手前勝手で傍若無人な「生まれつきの加害者」的なキャラクターとそのおもちゃとして扱われる「生まれつきの被害者」的なキャラクターとの関係に非常に光るものがある。その典型がこの『犬神くん』シリーズで、気弱で軟弱な狼男、犬神鷹介と、名前の通り歪んだ性格の友人、歪谷とのやり取りが絶妙の味を出していた。

 ただ、惜しむらくはこの『犬神くん』シリーズ、オムニバスとしてみた場合あまりまとまりがあるとはいえない。シリーズの後半では、歪谷のキャラクターのアクの強さに主人公の犬神くんのキャラクターが完全に呑まれてており、歪谷とともに犬神くんをいたぶる美月えりかという少女も登場し、犬神くんが想いを寄せるヒロイン泉田はるかがこともあろうに歪谷を好きになってしまうという意外な展開をするに及んで、シリーズは登場人物たちそれぞれの気持ちにきちんと整理をつけさせることが出来ないままに終結した。ラストでは、実は狼女だったえりかが犬神くんのパートナーとなることが暗示されるのだが、とってつけたような結末、という感は否めなかった。

「別におまえが来たからかえるわけじゃねーんだからな」
「はいはい」

 台詞は桑田乃梨子のおそらくは最も成功したシリーズ作品『おそろしくて言えない』より。この作品においては「被害者」と「加害者」のキャラクターがほぼ対等に拮抗していた。「加害者」は希代の霊能力を持つ高校生御堂維太郎。「被害者」は御堂の同級生新名皐月。霊を引き寄せやすい体質だが本人は霊感がないため霊にとり憑かれているという自覚のない新名を、御堂が持てる霊能力の限りを尽くしてオモチャにする、というのがシリーズの基本構成である。しかしこの作品の場合、「被害者」の新名が強気で打たれ強い性格を与えられていたため、2年弱に及ぶ連載期間にわたって御堂と新名の関係でストーリーを引っ張ることに成功していた。

 さらに注目すべきはヒロインの扱い方である。新名のGF御堂維積は御堂の妹なのだが、おとなしく霊感もない普通の少女と、勝ち気で性格の悪い霊感少女の二つの人格を持っている。新名は普通の少女の人格「維積W(ホワイト)」に想いを寄せるのだが、もう一つの人格「維積B(ブラック)」は兄の御堂と一緒に新名を虐待する。いわば『犬神くん』における二人のヒロインを二重人格という裏技で一人に統合してしまった訳である。

 『犬神くん』のラストでは、犬神くんははるかへの思いを残したままであり、二人のヒロインへの主人公の気持ちの決着がついていなかった。しかし『おそろしくて言えない』では新名の二人の維積それぞれに対する気持ちを丹念に描き込むという力技で一風変わったハッピーエンドを演出し、さらに、御堂と新名の関係をも「友情の一つの形」として昇華してみせた。

 一人のマンガ家が一生に一度自分の持ち味を120%引き出した作品を書くことが出来るとするなら、桑田乃梨子にとってそれはこの『おそろしくて言えない』だと思う。

 ところでこういったシリーズ作品だけみているとほとんど色物マンガ家といっていい桑田乃梨子ではあるが、単発の短編では意外にもけっこう正統的な少女マンガを描いたりする。これがまた、独特の味があったりするので、なかなか侮れない人なのである。


『お楽しみはこれからだッ!!・電脳総集編』に戻る。
「糸納豆ホームページ」に戻る。