お楽しみはこれからだッ!!
YOU AIN'T READ NOTHIN' YET !!

第20回 “性別不祥”
 掲載誌 桑原創一郎結婚ファンジン「メタプリット」
 編集/発行 たこいきおし/蛸井潔
 発行日 1992/4/11


 “お楽しみはこれからだッ!!”めでたいめでたい連載第20回は、桑原創一郎結婚ファンジン“メタプリット”。これまためでたいったらありゃしない(笑)。

 まあ、めでたいところで今回のめでたいテーマは“性別不祥”(笑)である。

「それでは、もし異議がなければ、天体名鑑の中でその星を新しく命名しようか」
「コーティーの星」
「コーティーとシロベーンの星だ。
 みなさんはもう忘れたのかね?」

 うーむ。掟破りである(笑)。小説の台詞をとりあげてしまった。しかしさいわい、引用できる絵はある(笑)。桑原といえばティプトリー。ジェイムズ・ティプトリーJr.「たったひとつの冴えたやり方」より。外国の小説は節の区切りも台詞も長いのが多くて、ちょうどよい台詞がなかったので、ちょっと苦しいかな。絵のほうはいわずと知れた川原由美子。この短編集に収められたごくオーソドックスな宇宙小説が、こともあろうか川原由美子の絵で出版されてしまったことは、“マニアのアイドル”ティプトリーを広くSFファン全般に知らしめるのになみなみならぬ役割を果たした筈である(笑)。

 しかしまあ、ティプトリーほど結婚式とかのめでたい席で引き合いに出すのがはばかられる作家もあんまりいないんじゃなかろうか(笑)。経歴を説明しようとすれば、家出、自殺未遂、CIA、心中、と、およそおめでたくはない(笑)物騒な話がてんこ盛りだもんなあ(笑)。結婚式における禁句のオンパレードだな、これは(笑)。

 怪しさ大爆発である(笑)。


 ティプトリーという人も、経歴だけで充分に怪しいのに、匿名作家なんてことをするからますます怪しさに磨きがかかる訳である。いわゆる“ティプトリーショック”というやつだけど、ジェイムズ・ティプトリーJr.という男名前で次々と渋い傑作を発表していた作家が、実は50代の女性、心理学博士アリス・シェルドンだったというのだから、まったく人を喰った話である。

 しかしアメリカのSF作家には他にも怪しいのがいる訳で、コードウェイナー・スミスだって、匿名作家、実はアメリカの外交政策顧問である。どうしてこう怪しい奴がいるんだろうねえ(笑)。これがまたそろって“SFマニアのアイドル”的な作家だったりするんだから面白いと思う。日本だったら、山田正紀の正体が実は田中角栄だった(笑)とか、神林長平の正体が実は土井たか子だったとか、そういう話だもんねえ(笑)。ちょっと考えられないよね。

 と、こ、ろ、が、どっこい、日本でもつい最近同じような話があったというのだから、日本もまだまだ捨てたもんじゃないかもしれない(笑)。ま、SF作家じゃなくてミステリ作家だけど。

 落語家、春桜亭円紫を探偵役(?)、その追っかけの女子大生をワトソン役(?)とする“ほのぼの日常ミステリ”のシリーズの作者、北村薫。作品が、主人公の女子大生の一人称で進行することから、若い女性ではないかと淡い期待を持たれていたんだけど、91年の日本推理作家協会賞授賞をきっかけにベールを脱いだ素顔は、れっきとした(?)中年の高校教師(男性(笑))だったのでありました(笑)。

 とはいえ、ティプトリーにしても北村薫にしても、才能あるが故に覆面を脱がざるを得なかったわけで、ま、それはそれで仕方ない。だいいち、とるに足らない三文作家だったら正体を隠してても気にとめてくれる人なんかいないだろうし、そういう意味では才能が伴って初めてサマになる芸当だよね。

 ちなみに、僕なんかは、どっちも正体がわかってから読み始めたクチなんだけど、ティプトリーの小説ってのは、正体がわかっててもなお、“男っぽい(笑)”と、思うことがある。一人の“男性作家”を創出してみせたという意味で、やっぱりアリス・シェルドンって人はかなりの喰わせ者といっていい。

 しかし北村薫の場合、男か女かはともかくとして、若年であるとはちょっと思えなかった。正体を知ってて読んだってことを割り引いて考えても、北村薫の作品群はよい意味で“老成”しているという印象を受ける。以下は北村薫の作中の台詞。この酸いも甘いも噛み分けたような雰囲気(笑)。“人生の達人(笑)”といった風情ではないかと思うんだけど、皆さんはどう思いますか?

「一旦、気付いてしまったからには、もうそこに理屈をつけないと先には進めないのです。知で情を抑えることは出来るのに、その逆は出来ないのです。そこが知で動く人間の哀しさではありませんか。そういう意味で、知は永遠に情を嫉妬せざるをえないのでしょうね」(「赤頭巾」より)

「絵が、小説が、詩が、焼けても消えても残る。舞台でも我々の芸でも、またこの世に生きている皆なの生活の中の、言葉でも動作でも、あるいは一瞬の表情一つでも、それが本当にいいものならば、どこかに永遠に残るような気がするのです」(『秋の花』より)


 まあ、ティプトリーや北村薫のようなレベルの話じゃないけど、“男か女かわからない”って話は、古来(?)少女マンガの方面ではよくあることであった。もちろん“覆面作家”なんて高等なもんじゃなくて、正体もすぐにわかっちゃうことの方が多いんだけど。

 聖悠紀なんかも、商業誌に出始めた頃は主に少女マンガ誌に載っていたし、絵柄がいわゆる“華麗(笑)”な画風だったから、名前も華麗(笑)だし、この人は男なんだろうか女なんだろうか、とかいわれていた時期があった。

 大体この手の人は、名前がまぎらわしいんだな、これが(笑)。

 弓月光なんかも、今でこそ一流エロマンガ(笑)の巨匠として押しも押されもせぬ地位に立っているけど、かつては“りぼん”“マーガレット”を中心に活動していた少女マンガ家だった。

 弓月光の場合は、少女マンガ誌にばかり描いてるけど、絵柄はほとんど少年マンガ。この人もしかして男の人かしら? と、いう感じだったと思う。

 弓月光という人も、結構ヘンなマンガを描く人で、スター・キャラクター的に頻出していたヒットラー顔のマッド・サイエンティストなんかが記憶に残っている。このマッド・サイエンティスト、同じ“りぼん”の一条ゆかり『こいきな奴ら』とかにもゲスト出演していた。そういえばこのシリーズ、メカニックの部分は聖悠紀がアシスタントをしていたはずである(笑)。

 ま、それはそれとして、前に“りぼんマンガ家タイプ別分類”というのをやったことがあって(連載第9回参照)、弓月光については、“少年マンガ的な絵柄、オカルト、SFタッチの設定、ノリが異常で、とにかく勢いのよいラブコメ路線”と、分類した。そのとき、弓月光の衣鉢を継ぐものとして位置付けたのが、楠桂なのである。

「退院おめでとう。野崎 大介 さやか 源六 千里 まさし ひろ みどり 健二 政行 浩 秀樹 一 雅也 伊吹 佐智子 明美 千文 正 久 真紀 愛美さん!!」
「おめでとう」
「おめでとう」

 まあ、やはり性別不祥な(笑)ペンネームで、絵柄も作風も少年マンガそのもの。しかして正体は、大橋真弓というれっきとした女性で、やはりマンガ家になっている双子の姉大橋薫とそろって“ファンロード”の大橋シスターズ、といえばわかる人にはわかる(笑)。

 デビューしてからしばらく、オカルト忍者物(?)の連作『妖魔』を筆頭として、どこの少年誌に載せても恥ずかしくない作品ばかりに発表して、この人はどうして“りぼん”に描いているんだろうねえ、とかいわれていた楠桂、実は少女マンガも描けたんだ、ということを示したのがコミックス『たとえばこんな幽霊奇談』に収録されているオカルトコメディの短編である。具体的には、86年から87年にかけて発表された「奇跡の人」「遺言ですよ」「たとえばこんな幽霊奇談」の3作。

 この3作は、オカルトな設定で、テンポのよいギャグがこれでもかこれでもかとつめこまれたノリのよさをみても、まさにかつての弓月光の正統後継者の趣がある。もっとも、楠桂の作品の中で、こういう話はこの3作の他に見あたらない。いわゆる“少女マンガ”としての心理描写とかにも光るものがあるだけに、ちょっと残念な話ではある。

 なお、台詞は3作中でもいちばんノリのいい「奇跡の人」より。


 しかし世代の変遷も早いもので、楠桂のさらに後世代、としか思えない人も既に登場している。デビューは90年だけど、ララの新人、橘裕がそれである。

 例によって(笑)、性別不祥な(笑)名前。デビュー当初、昔ロリコン誌に描いていた男性マンガ家の転身ではないか、という噂がまことしやかに流れたのが記憶に新しい。

 どうしてそんな噂が流れたのかというと、絵柄の問題だと思う。僕は個人的にこの人の絵を“男の劣情をそそる絵”(笑)、と表現することにしている。顔はマンガ顔なのに、女の子の体の線が、何というか、とてもエロティックなのである(笑)。作者がよくよく可愛い女の子を絵に描くのが好きで、そうやっているとしか思えない(笑)。こんな絵を描いていては、元ロリコンマンガ家と誤解されても仕方はあるまい(笑)。

 しかし、楠桂にしても、代表作『八神君の家庭の事情』なんかは、どこから見ても10代の女の子にしか見えない実の母親に恋愛感情を抱いてしまった男の子を主人公にしたコメディだし、弓月光は少女マンガ家時代からなんかスケベな話ばかり描いてる人だったし、今回取りあげたマンガ家はそんなんばっかりだなあ(笑)。

 東北大SF研の中では“歩く[二字抹消]”と呼ばれていた桑原にはふさわしい話題かもしれない(笑)。

 因みに(笑)、この橘裕。正体は、デビュー当時でまだ22歳というれっきとした女の子だったのでした。ま、世の中こんなものであろう(笑)。

 本人の言葉によると、可愛い女の子を描くのは大好きで、次に描くのが好きなのは化け物みたいな顔のにーちゃんとかおっさんの絵なんだそうで、苦手なものが“美少年・美青年”(笑)。

 やっぱりヘンな奴だと思う(笑)。

 本当は…
 本当は優しくしたかった。
 優しくしてほしかった。
 素直になりたかった。
 もっと話をしたかった。
 話をしてほしかった。
 意地なんてはりたくなかった。
 可愛い女の子と思われたかった。
 負けたくないんじゃない。
 つり合う女の子に
 なりたかっただけなの。

 作品は「放課後のウィザード」(ララ91年3月号掲載)。正確には台詞じゃなくて、モノローグの部分なんだけど、今回は小説の台詞を取りあげたりとか、いろいろ掟破りな回なので、御勘弁願います。

 この人の作品は、一般的にいって“スカ”の部類にはいるんじゃないかと思う。あまり自信を持って人に薦めようとは思わない。んだけど、このモノローグにみられるような類の屈折が、オカルトコメディを装った作品のそこかしこに見え隠れしている。けっこう内面的にドロドロしたものを持った人だなあ、と思ってたら、この人も山羊座だった(笑)。山羊座というと、那州雪絵もそうなんだけど、時々ストーリーテリングとかを全く無視してそのドロドロを表に出しちゃうことがあるのだね。そーゆー作品は、あり体にいって“スカ”な代物なんだけど、同じ様なドロドロを抱えた人間にとっては、何となく気になるものなんである。


『お楽しみはこれからだッ!!・電脳総集編』に戻る。
「糸納豆ホームページ」に戻る。