ドンドコ沢から鳳凰三山に登る
Dondokosawa

鳳凰
鳳凰の滝
 鳳凰三山は以前から登ってみたいと思い続けてきた山であった.
 韮崎あたりの麓から見えている山頂に突き出たオベリスクは特異であって、 その姿が記憶に残りやすい山である.
 そして、もうひとつのわけは、明治時代に日本の山々に登り、それを世界に紹介したウェストンが、このオベリスク登頂のことを書き残しているからである.
 石を結びつけたロープを運良く岩の切れ間に引っかかるまで投げ続けて、この岩塔の初登頂を果たしたことが彼の本には書かれている.
 それは1904年の夏のことであって、もう一世紀近く昔のことになったってしまった. 山麓の人々の生活はその当時とまったく変化してしまったのであろうが、オベリスクにとってはこれは短い時間にちがいない.きっとその時と変わらぬ姿で私も迎えてくれるであろう.

南精進ケ滝
最初に現れる南精進ケ滝は、白い花崗岩の滑らかな岩肌と豊富な水量をもつ名瀑.
白糸の滝
鳳凰の滝と五色の滝の間にあるのが、白糸の滝である.鳳凰の滝から林中の小径を辿る.
五色の滝
再奥にある五色の滝は垂直に落下する美しい滝.私の訪れた時にはまだ残雪も残り、寒々とした感じであったが、新緑の季節は 鮮やかなことであろう.そして名の通り、秋には色とりどりにそまった木々でなお美しくなるようである.
起点
ドンドコ沢登山道の起点は青木鉱泉の庭先にある.
流れ込む沢
南精進ケ滝の手前で流れ込んでいる沢.このあたりではまだ木々に葉はない.
地蔵岳
五色の滝から上の歩道にはまだ雪が残っていた.登りから解放され平坦な沢の上にでると、前には地蔵岳のオベリスクがそびえ立つ.
 甲斐駒ヶ岳の東面に発した流れは釜無川となり、甲府盆地の南端で、西沢渓谷などに発する笛吹川と合流している。 この流れはさらに県境を越えると富士川という名前に変わって駿河湾に流入する。湾の名ともなっている駿河とは、この富士川 の急流ぶりをあらわしているようだ。
 釜無川の流れの源で、鳳凰三山の水を集めて合流してくるのが小武川である。この川の支流にはドンドコ沢という名の沢がある。 青木鉱泉は海抜で1000メートルを少し越えた、このドンドコ沢が小武川に流れこむ合流点にある一軒宿である。
 この鉱泉から直線距離で約5キロメートル西に、この沢の源頭となっている地蔵岳、標高2764メートルのピークがそびえている。 計算すればドンドコ沢は平均34%の急勾配で流れていることになる。この急峻な流れを地形図で追っていくと滝の印が6つも印刷されてい る。鳳凰山に登るからにはついでにこれらの滝を訪れていまおうと、私はこの急な登山道からの登頂を決めた。
 近年、韮崎駅から登山道起点の青木鉱泉までは、週末から月曜日に限ってではあるが山梨中央交通がバスを運行している。 しかし、私の予定ではこのバスを利用するのは難しいことがわかった。朝一番のあずさで東京を出かけたとしても、バスの始発便にはとても 間に合わないのである。そうかといって次の便では歩き始めが11時を過ぎてしまうから日暮れまでに、鳳凰小屋に到着できるか少し不安である。 したがって駅から青木鉱泉へはタクシーで向かうことに決めた。
 韮崎駅を出て、タクシーは国道20号線を北西に走る。このあたりは甲斐駒ヶ岳の東側を、川の流れもそれに沿う国道やJRも北上している。 穴山橋を渡り武川村に入るとタクシーは左折して小武川に沿う道に入った。川の流れが見えてくると、道路は未舗装に変わった。左手に現れた発電所を、 地図で確認すると、川の上流から導水している小規模なものであることがわかる。これから向かう青木鉱泉は、この発電所の導水口より も奥にあった。これからタクシーの中で着々と標高を稼いでいくのである。
 新緑の美しい川沿いの未舗装道路をタクシーは飛ばしていった。この感じだと山の上ではまだ木々に葉はないだろう。少し時期が早すぎたかもしれな いと思った。そういえば昨日小屋を予約した時には、まだ雪があるとのことであったから、まだ新緑の季節にはなっていないはずである。  登山者の入り具合を聞くと、運転手は青木鉱泉に向かうのは今年初めてだといった。もっとも本格的に増えるのは梅雨明けのことであって、 それでもはそんなに多くはないらしい。青木鉱泉と御座石鉱泉は下山者のほうが多いようである。夏季ならバスの走っている 広河原や夜叉神から登り、こちらに降りてくるのが一般的であるようだ。
 タクシーは、青木鉱泉の駐車場に着く。宿の雰囲気はきわめて良さそうである。これなら昨日来て泊まっておけばよかったと後悔した。 宿の庭先に設けられた休息所の脇の登山者名簿に、書き込み出発する。宿の庭を横切ってドンドコ沢に降りていくと、山沿い川沿 いの2つの道に分かれている。川沿いの道を選ぶと、こちらは工事用の車道を登っていくものであった。急な登りで、大きな堰堤を越えた。 このあたりの木々は新しい葉がついたばかりで黄緑色が美しい。次の堰堤の上で、遅い朝食を取りながら少し休憩することにした。
 対岸に車道が降りてきていて、そこに向かって丸太で作られた橋がおかれている。私はてっきり登山道はそちらに続いているものと思い、この橋をわたって しまう。これは小さな失敗の始まりとなった。少し登っていくと、沢は分岐する場所に出た。地図で確認するとちょっと来すぎている感じがする。もっと手前で 左岸を登っていくはずである。そう考えてまもなく突如これまで追ってきた足跡が消えてしまった。足跡を残してきた主もここで誤りに気づいたのであろう。
 最初から少し時間をロスして悔しいが、気づいてよかった。まずは先ほど休んだ堰堤まで戻ることにした。堰堤にもどり冷静に考えてみれば、もっと 手前に看板が立てられていたことを思い出す。看板を見たときには、食事をする場所のことを考え、堰堤の上に出ようとしていたから判断を誤ったのであろう。 少しわかりにくい入口であるために、わざわざ看板をつけてくれてあったようだ。
 右手に流れ込む沢のあるところまで戻り、標識の横を入ると道は続いていた。登っていくとすぐに青木鉱泉の奥で別れていた、山沿いコースが合流して きた。ここからしばらく急な登りが始まる。まずは、スイッチバックしながら斜面を上がっていった。標高にして200mぐらい登ったのではないかと思える ほど沢はもう下の方にいってしまった。歩道の勾配が緩くなって一息つき、足を止めると前方の木々の間からは連続する滝が見えていた。 上流の対岸には、白ザレの沢が合わさってきている。登山道は、右手から流れ込む枝沢をわたり、もうひとつ苔むした枝沢もわたっていく。
 この沢を越すとベンチが作られていて、脇に南精進ケ滝50mの標識が立っていた。もう最初の目的地についてしまったようだ。 登山道を離れ、わき道に入ると水音も大きくなって、花崗岩が白く美しい滝が見えくる。韮崎市の立てた看板の場所からは、手前の岩が邪魔していて 下半分を見ることができない。視界を邪魔しているこの岩によじ登れば、滝の姿が現れた。中ほどに釜を持つ垂壁と、少し緩い傾斜の下部の2段からな る滝である。高さは40mといったところであろう。下流にも滝が続いていたが、こちらはとりたてて美しくもないからだろうが、まったく無視されてしまっている ようだ。先ほど林中でみえていた連瀑はこれかもしれない。
 休息の後、登山道に戻り歩き始めると、真横からも南精進ケ滝をみることができた。上からみれば、滝壷は青々としている。 再び登りが続いたが苦になるほどではなかった。こんな具合で延々と続くから急だといわれているのであって、心配したほどではなかったようだ。 沢沿いの道はだいたいこんなものであろう。
 それよりも私には雪の残り具合の方が気にかかってきた。今日はまったくそのための装備をもってきていなかったからだ。いくら何でももう この季節なら大丈夫だろうと考えていたのだが、少し甘かったかなという気もしてきたのである。深すぎる残雪が残っていたり、氷結しているようだ と引き返さなければならなくなるだろう。進退を見極めるのが遅くなってしまうと、暗やみの中青木鉱泉まで降りていかなければならなくなるだろう。 そうなったら懐中電灯一つで道を失わないかが不安だった。もっとも、まったく雪の気配は現れないのだから先の話だし、道筋には赤ペンキでマーク されているのであるから遭難するようなことはないはずではある。
 沢に沿って登っていくと、赤ペンキの矢印は突如対岸に続いていて驚かされたが、少し下で分かれていた左側の沢が本流だったようである。 ここで右俣を渡って両沢の間の尾根に道筋が移っているだけである。この尾根の林中を急登するルートをたどると、鳳凰の滝の分岐を示す標 識が現れた。左が鳳凰の滝に向かう道であってこちらを進む。すぐ上で再び二又になっていてここを左にいくと河原に出れた。
 河原といっても、滝の連続する急な岩床の上である。左上方に滝が落ちている。写真で見たことがある鳳凰の滝だ。簡単には滝直下ま で行けそうになかった。なにしろ沢は滝といえるほど急勾配で流れているし、崩れ落ちてきた岩がその上に転がっているから危険が伴うだろう。
 鳳凰の滝は2つの沢の合流点にあって、いずれの沢も滝になって落ちている。大岩の上に立つとその右側の滝も見えるようになった。ここで我 慢するしかないだろう。腰をおろして眺めることにした。沢の下流側を見れば、尾根の先には韮崎あたりが見えていた。
 次の白糸の滝は、どこの沢でもありそうな平凡なものであった。ドンドコ沢だけに水量は多く、迫力はあるが、取り立てていうほど美し いものでもない。次の五色の滝まではどのくらいの時間を要するのかわからないから、ここで昼食を取るべきだろう。座って食事の準備をはじめると霧が 出てきた。空をみれば天気も悪くなりそうであった。体も冷えてきたので食事を終えるとさっさと滝を後にした。
 このあたりから、登山道にも雪が現れるようになってきた。ちょっと日影の林床には降ったときのまま雪が残っている感じだ。まだだいぶ時間がかかると 予想していた五色の滝は意外なほど近かった。滝の前まで降りていくと、垂壁の下には解けかけた雪の塊が1つ残っていた。滑らかな黒っぽい岩肌を ほぼ垂直に落下している姿はまずまずの美しさだ。ただ周囲の木々との調和こそがこの滝の美しさであると私には思えた。緑に色づく季節 を待って訪れたほうがよかったのかもしれない。岩肌と細い流れだけでは少しものたりない感じがする。
 滝を見入り、時間がたつと汗もひきはじめ、急に寒さが襲ってくる。もう標高2000メートルに近いのであろう。気温は数度しかないはずだ。
 五色ノ滝を出ると雪がずっと続いていた。凍ってはいないので、怖いところはなかったけれど、ちょっと気をぬけば滑りだすから、一歩一歩を慎 重に踏み出さなければならない。ガイドブックによれば五色ケ滝から鳳凰小屋までの所要時間は1時間。この程度の雪なら、さほど余分に時間が かかるとは思えない。心配なのは、沢沿いを登っていっているから、一歩のミスがゆるされないような危険な所に出てしまわないかであった。
 心配はとり越し苦労に終わった。道は林を抜け、雪のつもった平坦な沢沿いに出た。来るところまできた感じだ。こういうところに出ると、いつも ちょっと別世界に入ったような気分になる。私の山行きを支え続けている風景である。見上げれば、まだずいぶん上にあるけれど、ピークの上にはオベリ スクが突き刺さっている。ついに来るところまで来たのだ。
 ここから鳳凰小屋はすぐだった。ちょうど4時に小屋に到着。表のテーブルで買い求めたビールを開け、達成感に浸る。寒くなるまでしばらくの間 座っていたけれど、今日登ってくる人はなさそうである。結局、この夜、鳳凰小屋に宿を求めたのは私1人であった。


翌日、鳳凰小屋から三山の稜線に登った記録はこちらのページ


訪れるにあたって
<地形図> 韮崎 (5万分の1).
<交通機関>韮崎駅より、タクシーで青木鉱泉に向かう.料金は6000円強.また土、日、月曜日には 、山梨中央交通によって御蓙石鉱泉経由で青木鉱泉までバスが運行されているので利用可能.料金は1500円+荷物料200円.ただし、始発は早すぎて、当日東京から向 かったのでは乗ることはできない.次の便は昼前であり、歩き始めが遅くなってしまうから往路の利用には向かない.
<ルートについて>滝だけ訪れるなら、青木鉱泉からドンドコ沢を登り、そのまま下るか、燕頭山を通って御座石鉱泉に 下ることになるだろう。いずれにしても往復10時間ほど必要だから、日帰りではちょっと苦しい。鳳凰小屋に泊まるか、いずれかの鉱泉で前夜泊り、早朝に出発といった計画になる だろう。
<所要時間の目安> JR韮崎駅 >>45分(タクシーの場合.バスの場合には1時間10分)>> 青木鉱泉 >>90分>> 南精進ケ滝 >>25分>>鳳凰の滝下の分岐 >>15分>> 鳳凰ノ滝 >>40分>> 白糸ノ滝 >>20分>> 五色ノ滝 >>60分>> 鳳凰小屋
<連絡先> 青木鉱泉:0551−25−2924. 鳳凰小屋:0551−27−2018. 御座石鉱泉:0551−27−2018.   山梨中央交通:0552−62−0777.
<情報を得る> 韮崎市役所
<関連したページ> 精進ケ滝 この沢の滝が南精進ケ滝と呼ばれるのは、対する北にも精進ケ滝があるからである. 北の方は石空川にあり、より規模も大きい.こちらには散策道も整備されている.




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