メニエルさんたちのおしゃべりパーティー【☆HOME☆】【体験談】>【こころ】

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こころ

やはり、何かほかの事して気をまぎらす事も大事だなって思ったんです。
先日同窓会に行った時のように・・・。
耳鳴り、めまいが嘘のようになかったから・・。
これは、私が勝手に思ってる事なんですが、この病気は
自分で作ってしまったんだなって・・・。
一気には無理だから徐々に薬減らして(神経内科)最終的には飲まずにいられる日が来てくれたら・・
ってひそかに思ってるんですが・・・。
同窓会に行った時、私もうそのように元気でした。耳鳴りもぐらぐらもなく、元気な普通の体とはこうなんだと思い出したくらい。
不思議ですね。


めまいがしていても、やっぱり、自分のやりたいことは、邪魔されたくないですよね。
もちろん、あまりひどい状態の時は、転んだりして、二次的な事故も起こる可能性がありますから、ゆっくり休むことも大切なことです。
あんまり長く続くと、こんな私でも精神的に落ち込んで、もう何もかもこの先いいことなんてないんじゃないかと思うときもあります。
でも、そんな時があってもいいんじゃないですかね。
泣いたり、笑ったりして、淡々と毎日を生きていく。
めまいとの付き合いも、私なりに上手になったかな?


体調悪くて凹んでしまうこと多いと思いますが、楽しい事は自分で目を開いて見てあげないと全て灰色になってしまうと私は思います。
切り替える、開き直るって口で言うのは簡単ですけど・・・。
朝は必ず来ますから、自分の人生を生きてください。


それを病気ととらえるか、自分の特徴や体質などととらえるか?・・・
背丈が高いとか低いとか、太ってるやせている・・・
悪い性格・・・悪い癖・・・
歳をとっての老い方も人それぞれ違いますからね?
自分だけは歳をとらない、ボケない・・・などという訳にも行かないでしょう。
病気を認めること(自分の状態を認めること)は
負けたり挫けたりしたとは違います。
これからの自分にとって、相応しいと思える未来を見つける事に
役立つ事であると、私は感じています。


最も付き合いが長く、自分の本当の味方、信頼できる友というのは「何を隠そう自分自身」なんだよな〜
障害を持って生れた子供を親が見捨てないのと同じように、パーフェクトでない自分自身も受け入れてあげましょうよ。数十年も一緒に連れ添って来てくれたのに、大好きな貴女に見捨てられたら、、、体君はとても淋しい思いをするでしょうし、こりゃあまりにも可愛そうだよな。


御上司のお話ですが、色んな人がいますよね、、、体調が悪い時はもっともっと嫌な奴に思えますしね。余計な事かもしれませんが、「心の中でのあかんベー」はgoodだと思います。どんなに正当な事を言っても全然解らない人は沢山いますし、反対に「何さメニエルのくせに!偉そうな!」なんて逆襲される事もありました。心の太極拳では無いですが、する〜、さら〜とかわしましょうよ。


つらい時は お薬飲んでいいと思うよ。○○さんが、薬を切っていきたい気持ちはすごくわかります。私も薬を頼る自分がダメな人間なのでは・・て思った事もありました。でも、薬で気持ちが楽になって、前向きになれたり、頑張れるなら、薬を飲んでもいいんだ・・とこの病気になって思う様になりました・・・と言うより、安定剤とか飲まないと耳鳴りにも付き合えないんですよね〜〜。頑張りすぎない自分になろうって決めました。その方が楽に生きる事ができます。○○さんも楽に生きましょうよ!!


なんでも ひとつのことを続けることは 自信にもなるし 耳にもいい影響を与えると思います。
みんなもなんでもいいから 続けることを見つけるといいかもね。


周りの人に自分の病気を理解してもらうのは「本当に難しい」と思います。かつて「実際に同じ目眩の経験がある方は解る」と思った事もありましたが、逆に「私もメニエルだった」とか「知人がメニエル」なんて方のほうが解ってくれない?様に思う事もありました、メニエルには色んな程度があるからかもしれませんね。また病状が長引くと最初理解してくれた?と信じてた人が「又かよ!」とか「本当?」なんて疑いの目に変わる事も経験しました。こちらから積極的に「メニエルはこんなに大変ですよ!」と病状を詳しく公言すると、「君は病気なんだから!」と仕事を外されたり、遊びにも誘ってもらえなくなったり、リストラの恐怖に怯えたり、、、悲観的なことばかり言ってごめんなさい。私の場合最近になってですが「せめて私だけは自分お体(病気の)理解者になってあげよう」と思う様になりました。気味が悪いでしょうが、お風呂で体を洗いながら「今日も一日ご苦労さん、無理してないかい?明日も頼むよ」等と体と第3者的に自分の体と会話します。


「やらない事」でのストレスが大きいか?
「やった事」でのストレスが大きいのか?


誰でもイイですから、身近な人で、本当に病気や症状を理解してくれる人を
持ってみて下さい。一人だけでもイイです。本当に心の支えとなりますよ。


く考えるのは、例えば、2週間に1度の通院の時間、この時間だけがわたしの全てじゃないってこと。
めまいに苦しむことは、私の一部分だけなんだということです。
他にも、仕事をしたり、友達と楽しくおしゃべりをしたり、おいしものを食べたり、大好きな本を読んだり・・・色んなことが集まっての私であって、めまいはたった少しのことと思うようにしてます。


きのう、心理学を勉強した友達から聞いた話では、ストレスに陥らないようにするためには、ストレスに対する対処方を身につけたり、安心できるもの-家族、医者、薬などをみつけるといいとか。なかでも同じ環境の人との交流はストレス緩和に効果がある事がわかっているそうです。
わからない事の多い病気で、薬は効かない、医者にも治せない場合も多いなか、こういうところでのストレス緩和の話は納得できました


散歩気持ちいいですよ。私もはじめは、怖かったです。いつ倒れるかわからないし家に帰ってこれないんじゃないかと思ったこともありました。でも、そのよわい自分が嫌いでなんとか一人でがんばってみようと挑戦してみました。無事に帰ってこれるとなんかすごくうれしくなって私も普通の人と何にもかわらないじゃないかとおもえるのです。健康な人にとっては、たいしたことでは、ないんですけどね。めまいもちにとっては、すごいことなんですよね。だから最初は、少しづつ歩きましたよ。慣れてきたらどんどん長く歩くようにしました。


決して自分が悪いわけではないけれど、病気は病気として、どうしても自分一人で乗り越えて行かなければならない部分もありますよね。でも、ここでいろいろ愚痴ったり悩みを吐き出す事で、少し気分が軽くなったり乗り越えていく強さをもらったり出来るのではないかな?


気が弱く、色々と悩み事の多かった私が、メニエール発作を体験してからは「こんな事ぐらい、あの辛さに比べたら・・・」
と、悩み苦しむ事が少なくなり、大抵の事なら平気で居られるようにもなれたと思います。


一番つらかった時期 親としての自信もなく 家事もできず 人に迷惑ばかりかけていた時期 恩師に言われました。
子どもが「ただいま〜」って帰ってきたとき たとえ 布団の中で 横になっていても そこに居ればいいんだよ。
生きている事が 大切だよ。って・・・。


「苦しんでいるのは私だけじゃない」って思えて気持ちが少し楽になります。


私は怠け者のくせに完璧主義で、なんでも「こうあるべき」って型にはめて考えるところがあるんですよね。
勤めてた頃は、仕事も家事もきちんとやらなきゃって思ってました。
○月までに体調を良くして、薬を減らしてって勝手に予定たてちゃうんです。
でも、耳はいうことをきいてくれなーい。当たり前ですが。(;^_^A
それで、病気で家族に迷惑かけて、存在価値がないのでは?って落ち込んでみたり・・・
なんだか、自分で自分を「がんじがらめ」にしてるようで、「こうあるべき」って考えるのやめにしました。
自然の流れのままに暮らせたらいいなぁって。
だらだらしててもいいじゃんって。


めまいもちさんは、まじめで責任感が強い という人が多いような気がします。


めまいで悩むかたは、生真面目で繊細なかたが多いのですが、
こちらへ集まっていらっしゃる方々もそのようですね。(現在当直中)