洛東:修学院離宮〜詩仙堂

 

洛東の北の空気

銀閣寺〜南禅寺〜八坂神社〜清水寺といった、洛東ドル箱ゾーンの北。昔は静かでしたが、近年は観光タクシーの案内も盛んになり、多くの人々が訪れる場所になりました。

このゾーンの特徴は、言ってみれば隠棲の地でしょうか。同じ隠棲の地でも、洛西は嵯峨野にある小倉山の麓あたりは、山を下りると鄙びた野が広がり、田園と住宅の合間に少しずつ店などが立ち並んでいて、本当に都から離れていたことが実感できます(江戸時代以前は車も電車もなかった)。一方、洛東の北部に建つ詩仙堂、曼殊院、修学院離宮などは東山のうねりがまだ終わりきっていない(つまり平野になりきっていない)あたりに建っています。そこを下りると、人いきれのある街になる(とはいえ、近代都市になる以前、洛中から離れたこのあたりは今よりはるかに寂しかったでしょうけれど)。山に近く、しかも南に下れば意外に人がいるあたりに江戸初期の京文化センターが築かれたのも、何となく実感できます。

銀閣寺の地域から白川通をバスなどで北上すると、上終町を経て一条寺下り松町(宮本武蔵の逸話を思い出される方も多いかも)。ここから山側に少し上っていきます。

まずは金福寺へ。江戸時代に禅寺として再興された寺を、松尾芭蕉が訪問。これが縁で境内に庵を建てられ、それを慕った与謝蕪村がさびれた芭蕉庵を再興。禅と俳句を縁に持ち、簡素な佇まい。

ここから北へ少し上れば、詩仙堂です。江戸初期の文人、石川丈山が隠棲のための山荘を建て、それを寺としたもの。創建当初の姿をほぼ伝えると言われるお堂と庭は、武士や貴族に対して文人という言葉を強く意識させようとした趣味性が強く前面に出て、見ごたえあり。ここや南禅寺庭園などを見てから、平等院の江戸期改修および平成期の往古復興の様子を考えたりするのも面白いでしょう。

少し北にある野仏庵は、上田秋成ゆかりの煎茶道具を展示しています。地味で小さいですが、関心のある方には楽しめるポイントです。野仏庵手前には京都民芸館があり、様々な民芸品の変遷を見ることもできます(看板、生活用品から絵馬などもある)。

皇室ゆかりの庭と、民の寺と

詩仙堂界隈から北上します。歩き始めて間もなく圓光寺が見えてきます。紅葉の名所、そして木製活版は洛南の萬福寺と並んで有名(これらも江戸時代の所産)。ここからは住宅街をのんびり歩くことになります。風が気持ち良い季節はいいですが、真夏・真冬は少し長く感じるかもしれません。

曼殊院の参道に至ると、東へ上ります。山の中腹、少しなだらかになったところに池(弁天宮)と駐車場が広がり、忽然と門と壁が現れます。曼殊院です。門跡寺院でありながら、王朝風に禅味を加えた枯山水、意外にも力強い襖絵など、やはり江戸初期の文化が香ってきます。夏は円山応挙の幽霊画がかかることも有名。文化財多く、また春と秋の庭の美しさも見ごたえあり。

さらに北へ歩けば、広大な修学院離宮に至ります。後水尾天皇の山荘ゆかりの離宮は、桂離宮と並んで高名ですが、同様に宮内庁京都参観係に事前の参観予約が必要でもあります。ここの参観予約が間に合わなかったなら、さらに北へ進みましょう。

すぐ北には赤山禅院があります。比叡山の塔頭にして、方除けの神、都の鬼門を守るとされるここは、意外に人も少なく、境内は木々に包まれて静か。方除けの神、泰山府君祭、へちま加持など、神仏習合に加えて陰陽道的な要素も加わった、古い信仰の痕跡がそこここに見られる、とても興味深いお寺でもあります。

時間があれば、もう少し先へ足を伸ばしてみましょう。バス停なら三宅八幡の少し先にある上橋で降りてすぐですが、赤山禅院からだとバス通まで出るより、徒歩で北上したほうが早いかもしれません。目指すは、蓮華寺。石川丈山の作庭と伝わる池泉回遊式庭園の美しさは、このコースの掉尾を飾るにふさわしいだけでなく、たとえば比叡山の帰りに寄ったり、洛北の実相院や圓通寺に入る前に寄ることもできます。いつ訪れても身の引き締まる、不思議な気配が漂っています。

寛永文化の華

石川丈山の詩仙堂や蓮華寺、桂離宮を意識したと言われる良尚法親王の曼殊院、徳川幕府開設期に幕府が皇室(後水尾天皇)を懐柔しようと建てた修学院離宮(当時は山荘)など、ここに並ぶ多くの寺院は、徳川幕府への強烈な対抗意識を燃やす人々が、文化活動を通じて思想・感性の融合体を表現した場でした。徳川三百年の天下泰平と、明治以降の政策、さらに二次大戦も生き永らえたその姿を連続して見ながら、いわゆる有名寺院とはまた別の、江戸初期の反体制文化の華が後世に与えた影響を感じながらの散歩道です。

そして、その山腹より西、山の麓を南北に走る白川通は、四条河原町や二条寺町の都ぶりとはまた違う、親しみやすい店が点在します。密集していないので、歩くだけでは回りにくいですが、たとえば蓮華寺から市中へ戻る際に、ちょっと降りて寄り道してみるのも楽しいかもしれません。