陸標台へ二人旅   第一話    1  隣国から長い旅をしてきたキャラバンが、大きな石門をくぐってピントの町の広場に入った。商隊長が人数を確めて、とうとう宣言した。 「よし、ここで終わりだ。みんなご苦労だった! 解散だ!」 「ヤッホー着いたぞぉ!」「やっとか……」「足が棒になっちまった」「いや、無事で何より」  騎手と商人と乗客たちが歓声を上げて体を伸ばした。  荷役が始まり、納品をする者や別れを惜しむ者、貸し借りの精算をする者たちで、広場はごった返す。その中には武装した男女もいる。大きなキャラバンなので、護衛も十人以上がついていた。  護衛隊の中心で、よく通る艶やかな声が上がる。 「シベット隊の皆さん、報酬は全員受け取りました? 漏れはありませんわね? ではこれから打ち上げに参りましょう」  三角帽子と大胆な魔法服がよく目立つ麗しき女術師、シベット隊長の呼びかけだ。戦士たちが聞き返す。 「約束通り、隊長のおごりなんだよな?」「金の柄杓館で朝までだからね?」 「柄杓館はわたくしたちが敷居を跨げるお店じゃないでしょう、銅卓亭ですわよ。それに物を壊したら自腹ですからね?」 「今日ぐらい張り込んでくれてもいいのに」「まあまあ、たらふく食うなら銅卓亭だろ、やっぱり!」「銅卓亭は肉の量だけじゃねえか、半年ぶりの酒だぞ、千壺林でうまいのを飲ませろ」  あそこがいい、ここがいい、と議論になった。  意見を取りまとめていたシベット隊長が、ふと一人に目を留めた。 「サンギータさん、あなたは銅卓亭と千壺林のどちらがいいかしら? それとも、広くて気持ちのいいパームパーラー?」  サンギータと呼ばれた長い黒髪の、腰に剣を提げた女は、遠慮がちに答えた。 「その……ごめんなさい、私たちはこれから陸標台の任務へ行こうかと」 「りっぴょうだい?」「なんでそんなとこに」  みなが一斉に目を向けた。  サンギータは男に負けない長身で、革の長マントと軽装甲、放浪騎士風の上着と暗色のタイツと鉄張りのブーツを身に着けている。だが鎧の隙間から覗く体はしなやかで豊かな曲線を描いており、武骨でない、女らしい体つきであることが見て取れる。  身にまとったものや頭に巡らせた銀の額冠は飾りではなく、旅塵にまみれて擦り切れている。強いか弱いかはともかく、生き抜いてきた経験をうかがわせる。態度は控えめだが、立ち姿に引け目や隙はない。  疲れからかやや眠そうではあるが、面長で涼しげな顔立ちだ。たとえれば夜、砂漠の水辺に一本だけ咲く大きな花。埃に汚れた頬は浅黒く見えるが、拭えばきっとなめらかだろう。  そして黒髪は腰まで長く垂れるいっぽうで、頭部にピンと立つ三角の耳を短毛として覆ってもいた。  犬人だ。カーニムという。忍耐強い犬の血が混じる種族だが、いくつかの点を除いてはほぼ人と見なされている。ただ、護衛隊に他にカーニムはいなかった。  シベットがその点を口にした。 「ひょっとして種族の違い? そんなこと誰も気にしてませんわよ。みんなあなたを好いてますわ。この旅では立派に戦っていたじゃありませんか」 「ありがとう」サンギータは低い声で答えた。「私たちも行けるならみんなと行きたいわ。でもそうもいかなくて」よく言えば落ち着いた声音、悪く言えば暗い雰囲気だ。 「半年の護衛が終わったばかりなのに、休みもせずに次の任務に出るなんて、働きすぎですわ。どうしてそんなことを」 「知ってるでしょう、陸標台はハルハナ迷林の重要な目印。光が消えたら森を通る旅人が迷ってしまう。その灯火が弱まったから、交換しなくてはいけないのよ」 「そういえばそろそろ交換の季節ですわね」  暦を思い出すようにシベット隊長は上を見たが、なおも言った。 「とはいえ、迷林越えは初級者でもできる簡単な任務のはず。なぜ鉄竜級のあなたが行く必要があるの?」  うん、そうだ、と周りからも声が上がった。鉄竜級は腕利きの級位で、この隊にも三人しかいなかった。 「それは、その」  サンギータがやや返事に詰まったとき、後ろから小柄な女が現れた。 「あたしの任務なんです!」  いや、女というよりは少女だ。身にまとった普通サイズの白いフードとケープが体に合っていない。それらも旅に汚れているが、サンギータのように使い古した感じではない。手にした短杖もまだニス艶がある。  つまりは、駆け出し執事。治癒を速める教会法儀の練習をし始めたばかりの未熟者だということが、一目でわかる娘だった。  そのフードも、内側から二つの突起に持ち上げられている。ただしこちらは丸くてふわふわした短い耳――犬猫ではない。もっと小さな動物との混血かもしれない。  シベット隊長がその名を思い出す。 「あら、ミツレル」 「はいっ、ダイアイアー教会見習い執事、処女の花冠位のミツレルでっす!」  ミツレルは元気に名乗りを上げて、隊長に話す。 「あたしの昇級条件に陸標任務が入ってるんで、一緒に来てくださいってサンギータさんにお願いしたんです。サンギータさんのわがままじゃないのです」 「いえ、ミツレルさん。それだとあなたのわがままみたいです。同行を申し出たのは私のほうで、それは以前の治療の恩返しです」  サンギータが口を挟むと、ミツレルはぶんぶんと首を振る。 「恩返しなんかとっくに済んでます。それにサンギータさんが赤陸標に来ても一ストナッツにもならないじゃありませんか。任務やって報酬出て昇級するのはあたしなんですから、あたしのわがままです!」 「報酬のほうは折半してくれるそうですよね」 「しますけど、サンギータさんにとっちゃ、はした金なんですから、実質サンギータさんのおごりみたいなもんです!」 「ちょっとあなたたち静かに、静かに!」  パンパンと手を叩いて、シベットが割って入った。 「どっちの頼みかなんてどうでもいいですわよ。要は二人そろって隊から抜けるってことですわね?」 「抜けるわけじゃないわ、数日別行動するだけのつもりなのだけど、だめかしら? 護衛隊の次の任務はまだよね?」  サンギータが聞くと、シベットは難しい顔で答えた。 「数日ぐらいなら絶対ダメとは言いませんけど……それより、迷林に行くのでしたら問題が二つあるでしょう。それはいいのかしら」 「問題……っていうと?」  ミツレルが首を傾げたので、シベットは呆れ顔で言った。 「ハルハナ迷林に淫魔が出ること! そして、サンギータがカーニムだということです。ミツレル、あなたカーニムがどういう種族なのか知っていて?」 「えーっと、たくましくて忠実なわんこっぽい種族……ですよね?」 「それだけ?」 「違うんですか? あっ、ちなみにあたしはエルミン族です!」 「あなたの種族も関係ないから。重要なのは、カーニムがしばしば双性だということです!」 「ソウセイって……?」「あの、シベット、自分で話すから」  サンギータがミツレルに向き直って、ぼそぼそと言った。 「双性というのは、男性と女性が混ざった性別ってことです。今まで言ってなくてすみません」 「あっ、そういうことなんですね!?」  ミツレルは目を丸くしてパッと耳を立てた。すかさずそこに、シベット隊長が追い打ちをかける。 「迷林の淫魔は男を惑わしますのよ。そのときミツレル、女のあなたがそばにいたら、何が起こるかわかりませんわよ?」 「えーっと、それって組合の教本に書いてあることですか?」 「教本?」 「あたしもそれなりに予習してまして」  眉をひそめるシベットの前で、ミツレルは不格好な大きな肩掛けかばんをがさがさ漁る。手ずれのした大判の本を引っぱり出して、付箋をつけたページを開いた。 「ハルハナの淫魔は男を惑わす、だから男は迷ってしまう。惑わされない方法は三つだけ。ひとつは女だけで向かうこと。ひとつはしかるべき男女が行くこと。ひとつは道具を持って男が行くこと。道具を夕方きちんと使えば、その夜は淫魔に惑わされぬだろう」 「……最近の組合はそんなことを教本に書いてるんですのね」 「はい、すっごく助かります。でですね、隊長さん。サンギータさんが女だったら、あたしと二人で行くのは問題ないですよね?」 「そうですけど、彼女は双性だと」 「でも、男だって道具をきちんと使えばいいってあるじゃないですか」  ミツレルは胸を張って言った。 「サンギータさんに道具を使ってもらえば、一緒に行けるってことですよね!」  シベットは憐れみと困惑が入り混じったような笑みを浮かべて、肩をすくめた。 「それはそうですけど……それでいいんですの?」 「あたしはサンギータさんが来てくれるならなんでもいいです!」 「だそうですわ。サンギータ、あなたはいいの? “道具”、使うおつもり?」  そう聞かれると女剣士は、長身の体をかすかにこわばらせて答えた。 「それは……使うわ。必要になったら。駆け出しのころのように」 「あ、そう。そこまでの覚悟なのですね」  シベットは諦めたように大きく肩をすくめた。 「でしたら、わたくしから言うことはもうありませんわ。ケガさえしないでくれれば」 「いいの?」 「それはこっちの台詞。今日はおごりですのよ?」  サンギータはうなずいた。ミツレルもそうした。 「では、帰隊は七日後までに」  周りの連中がしびれを切らしていた。シベットはこれ見よがしに身をひるがえして、彼らと去っていった。  残された二人は、ほっとため息をつく。 「止められなくてよかった……」 「はいっ、無理やり連れて行かれなくてよかったです! ――ううう」 「ミツレルさん?」  うつむいてうめいた少女を、黒衣の女がのぞき込む。  するとミツレルが勢いよくサンギータの首に抱き着いた。 「やっと二人旅になりましたね! ようやく! 念願の! 夢みたいな!」 「あっ、はい、いえ。そこまで喜ぶとは……」 「うれしくないですか? サンギータさん!」 「はあ、まあ、嬉しいですよ」 「よかったーーー!」  子供のような細い腕でぎゅーっと抱き締めて、頬にちゅっとキスをする。  それからミツレルはいったん離れて、改まった様子であいさつした。 「執事ミツレル、旅のあいだは剣士サンギータさんに、この身を尽くしてご奉仕いたしますね。ですから、目的地まで無事つれてってくださいませ!」  スカートの裾を両手でつまみあげると、愛嬌たっぷりの仕草でくるりと回った。肉付きのいい真っ白な太腿が、付け根近くまであらわになる。  続けて片足を引いて頭を下げる古式の礼をすると、襟ぐりからも柔らかそうな胸の谷間が覗いた。この少女は冴えない衣服の下に意外に魅力的な体を隠しているようだった。  それを見たサンギータは、わずかに頬を赤らめて目を逸らす。 「あの、ミツレルさん、それは宮廷の舞踏会のときの挨拶です。私なんかにやるのは……」 「えっそうなんですか? すみませーんお見苦しいものを」  照れくさそうに頭を掻くと、ミツレルは取り繕うように市場のほうを指さした。 「じゃあさっさと動いちゃいましょう。まずは正式に任務を受けて、お昼食べませんか!」 「はい、それで」 「あっ、それとサンギータさんの道具も買わなきゃです!」 「すみません、それは私が買って来るので、ミツレルさんは食料を買い出してもらえますか」 「わかりました、そうしまっす!」  小走りのミツレルの後を追うように、サンギータは大股で歩き出した。   2  昔からの友人ではない。二人は半年の旅の途中で知り合った。剣士のサンギータが手にけがをして、それを執事のミツレルが教会法儀で治療したのだ。護衛隊の中では日常茶飯事のやり取りだった。だがまわりが荒くれものばかりの中で、二人とも懇意の者がなくて、友人を探していたということもあった。  進展は遅かった。いつも一緒にいられるわけではないからだ。護衛隊の面々は順番を決めて警戒に当たっていた。それでなくても剣士は常にキャラバンの外を守り、執事は内を固めている。会えるのはたまたま休憩が重なったときだけだった。町や道端で、声をかけて隣に腰かけた。  それでも少しずつ仲は深まった。戦いに身を投じたものの、二人とも道端の景色や生き物が好きだった。他愛ない話を交わすときの声や表情が好ましかった。  いつしか、座れば必ず手を握り合うようになった。気の合う同性だからこそ許される距離感で、肩を寄せ合い、抱き着いた。いつしかミツレルはサンギータの胸に顔を埋めて、頬ずりほどなついたし、サンギータもそんなミツレルを膝に乗せ、抱きしめて髪を嗅いだりするようになった。  だが、陽だまりのように温かく触れあう中で、いつしかサンギータは口に出せない不穏な衝動を抱くようになった。  ミツレルは愛らしい。果物菓子のように甘酸っぱくて、包み焼きのように熱く柔らかい。それにもっと触れたい、唇を当てたい。衣服の中まで手を入れてまさぐりたい。濡れた舌で肌を味わいたい。  歳の離れた姉妹と戯れるようなふりをしながら、ほんとうの姉妹なら決してしないようなことを考えていた。自分の双性の体がそれを求めていることに、サンギータは気づいていた。気付いていながら固く隠した。ミツレルを驚かせたくない、嫌われたくないという一心だった。  そのままずっと、隠し通すつもりでいたのだ。  だが、あと五日で旅が終わるという日に、最後から二番目のサナンの街で、風向きが変わった。ミツレルがこの後の話を出したからだ。  ――このキャラバンの仕事が終わったら、少しだけ護衛をお願いできませんか。  ひたむきに自分を見つめる目に、熱っぽい好意が揺れていた。  サンギータは迷った。  陸標台へ二人旅。  この上なく魅力的で、ひどく危険な誘いだった。任務自体は難しくない。だが自分を保てる自信がない。ミツレルはまったく無防備だ。誰もいない迷林の中では、その気になりさえすれば、力ずくで自分のものにしてしまえる。そんな乱暴なことをしなくても、天真爛漫なミツレルはこちらをすっかり信頼している。教会の執事といえばお堅い娘たちの代名詞だから、子作りについて家畜の種付け程度のことしか知らないに違いない。サンギータがいつもの肌の触れあいを巧みに深めていけば、少女が想像したこともないような、大胆な快感に目覚めさせてやれるだろう。都合のいいことに迷林には、すべての責任を押し付けることのできる、淫魔という存在もある。  ただし、そうやって一線を越えたあと、町に戻ったらどうなるかは、わからない。  ひと時のこの上ない快楽と引き換えに、すべてを失うのかもしれない。  それとも、どうかすれば邪心を抑え込んで、清らかな二人のまま帰れるのかもしれない。  どちらかも決めかねていたサンギータを後押ししたのは、ミツレルが付け加えた一言だった。 「あの、サンギータさんって、自分を隠してるとこありますよね……あたし、それでも構いませんから。たとえサンギータさんがうそついてても、一緒に来てさえくれたら――」  だまされてもいい。  それを聞いたときに、サンギータは申し出を受け入れていた。  このままではいずれきっと誰かがこの子を食い物にするに違いない。それだけは耐えられないからだった。     3 「それでは二人の初めての共同作業です! はりきってまいりましょー!」  町の石門から出たところで、ミツレルが小さな拳を真上に突き上げた。  そしてすぐ、困り顔でサンギータを見上げた。 「とはいうものの、……道、こっちで合ってましたかね?」  サンギータは微笑んでうなずいた。 「合ってますよ。ほら、あそこがハルハナ迷林です」 「どれ?」  昼下がりの日が町を囲む畑地を照らし、そのあいだを街道がうねうねと縫っている。 地平線近くにわだかまるもやのような森と、その手前に建つ白レンガの細い塔を、サンギータは指さした。  ミツレルが額に手をかざす。 「ああ、あのベタっとした灰色の緑色の?」 「それが迷林です。そして手前の塔が白陸標」 「赤陸標は?」 「森のずっと奥です。消えてるから見えませんけど」 「あ、そうでした」 「森の最深部はここだぞと示すために建てられたのが、赤陸標ですからね。そして白陸標が出口に当たる。迷林で迷ったら、重要なことは二つだけ――」 「“白を見つけろ、赤は逃げろ”」 「その通りです」  標語を口にしたミツレルに、サンギータはうなずいた。この任務はサンギータ自身も駆け出しのころに済ませていたし、町の近隣は昔散々歩き回ったから、よく知っていることだった。 「今日はどこまで行きますか? 今もう昼過ぎですから、白陸標あたりで野営するのが無難かもです」 「もしサンギータさんが朝に出ていたら、どこまで行ってますか?」 「それだと花の淵まで行きますね。少し森に入ったところなんですけど」 「そこまで行きましょう! 行けます! エルミン種は足腰じょーぶなんです!」  少女はすかさずそう言って、小柄なくせによく張った自分のお尻をぱんぱんと叩いてみせた。 「ちゃんとサンギータさんのお役に立ちますからね!」 「あの……お尻をそうやって見せつけるのは」 「えっすみません、失礼しました!」  足腰丈夫の宣言通り、執事の少女はそれから一度も休まずに歩き抜いた。おかげで、日が暮れて間もなく目的地に到着した。 「あとちょっと、あとちょっとなんですね……よいしょっと!」  若木と老木が入り混じる複雑な森で、岩と下生えを乗り越えたミツレルを、青緑に揺らめく月光が包んだ。後ろから肩を支えていたサンギータが、前方を指し示した。 「見て、ミツレルさん」 「わぁ……」  そこは川縁の草地だった。咲き乱れる草花のみずみずしい花蜜と葉先が無数に輝いている。小川がぐるりと周りを囲んで「Ω」の字を描いており、その曲線が周囲の木立を押し離して、開けた夜の眺めを提供していた。 「すてきですぅ……ここが花の淵なんですか?」 「気に入ってもらえましたか」 「とっても!」  サンギータが火を熾し、水を汲んできた。ミツレルが鍋で夕食を作ったが、天幕はサンギータが立てた。 「おつかれさまです、ミツレルさん。長旅のあとであんなに歩かせてごめんなさい」 「いいいえええ、あたしが行くって言ったんですし」市場の女店主みたいに長々と首を振って、ミツレルが笑みを見せた。「サンギータさんこそ、あんな難しい道を案内してくれて、ありがとうです! 荷物も多く持ってもらっちゃって」 「それはまあ体格も違うし、カーニムなので」 「それでもです!」  敷き布に座ったミツレルが、食べ終えた皿を置いて、嬉しそうにサンギータに体をすり寄せる。サンギータは頬を赤らめてうつむく。 「ミ、ミツレルさん……近いです」 「ずっと手をつないでもらってたじゃないですか」 「それは、迷うから」  迷いの森は草木が濃い。俗に三歩離れたら明日まで別れ、十歩離れたらもう会えないなどと言われる。だから二人は森に入ってすぐに、手をつないだ。サンギータはずっと、自分の大きな手にしがみつく小さな手を、大事にひっぱってきた。 「あたしは、サンギータさんと手をつなぎたくて、つないでましたっ」  ミツレルがにっこりと目を細める。それだけでなく、サンギータの腕にすりすりと頬をこすりつけた。 「近くっていいですよ。サンギータさん、いやですか?」 「いや……じゃないですけど」 「じゃあいいじゃないですか!」 「でも……」  次第にしっとりと寄り添ってくるミツレルに、サンギータは困惑する。愛しさがどんどん高まってきた。抱き締めたい。まさぐりたい。  初日の宵からそんなことをしたくなくて、思わずミツレルの手をつかみ、慎重に、だがきっぱりと引きはがした。  身を離す。ミツレルが息を詰め、か細い声で言った。 「……ごめんなさい、サンギータさん。くっつきすぎちゃった」 「いえ」 「ひょっとして守りになるかな、って思ったもんですから。その、淫魔相手に」  サンギータは目顔だけミツレルに戻した。幼な顔の少女が、両の人差し指を突き合わせながら、淫魔出るんですよねとささやいた。出ますねとサンギータはうなずいた。 「出たらミツレルさんが、法儀で追い払ってくれると……?」 「それが出来たらいいですけど、あたしていどの法儀で効くのかな」  ミツレルはちょっと自嘲的に笑った。 「そうじゃなくて、女同士で寄り添ってれば、淫魔が遠慮して来ないのかも、って」 「遠慮ですか」可愛らしい見解に微笑が漏れた。「そんな優しさがあればいいんですけどね。淫魔は牝しかいません。彼女たちが欲しいものをヒトの女は持っていないから、やってこないというだけですよ」 「そうなんですか。でもサンギータさんは持っておられる?」  いつの間にかまたミツレルが寄って来ていた。サンギータの肘に、胸のふくらみが当たる。それはミツレルの質素な上衣ではとうてい隠し切れない、ふくよかな温もりの双丘だ。  寒気が背筋を走り、スカートの下の股間が反射的にびくつくのを、双性の女剣士は感じてしまった。落ち着こうとして眉間をしかめる。 「……はい、持ってますよ」 「やっぱり、道具で隠さなきゃだめそうですか?」 「そうですね」――あなたにしたいです、という言葉を呑みこむ。 「ですかぁ……」ミツレルは残念そうに言うと、気持ち、身を離した。「じゃ、使ってくださいな」 「ええ……」“道具”の使い方を思ってサンギータは言葉を濁したが、沈黙がしばらく続くと、出し抜けに察した。「今ですか?」 「はい」ミツレルがきっぱりうなずく。期待に目を輝かせていた。「どうぞ。見てますから」 「あの、ミツレルさん。“道具”ってどんなだと思ってます?」 「淫魔の目をくらます細工物ですよね? こう……」何か手ぶりをしかけて、やめる。「わかんないですけど!」  サンギータはどう話すべきか考えたが、ミツレルはかなり基本的なところからわかっていなさそうだ。下手な説明では伝わらないだろう。  他に手がない、ということが、サンギータの自制の一部を消し去った。 「ミツレルさん。今から大事なことを教えるので、驚いたり逃げたりしないでくださいね」 「は、はい」 「怒ったり嫌がったり……も、なしですよ。いいですか?」 「わかりましたっ」 「手を」  ごくりと唾を呑んだミツレルが、口づけでも許すかのように右手を差し出すと、サンギータはその手を取って自分の軽甲の前垂れの下に引き入れた。  その一瞬、取り返しのつかないことをするという恐れと、今までしてはいけなかったことが出来るという愉悦が襲った。サンギータはぞくりと震えながら押し付けた。  少女の手のひらを。自分の薄い下着の中でむくむくと甘勃ちしている肉の竿に。 「んっふ」 「あぇ」  ミツレルがおかしな声を漏らして固まる。サンギータは有無を言わさぬ力で小さな手のひらに竿をぐにぐにと握らせる。 「これが、精気の竿っ……です」 「は、あっあ?」 「男性は女に触れるとこれが……どんどん硬くなって……ぼんやり、します。ズキンズキンと大きくなって……なっているでしょう……?」 「あっ、はい……か、硬っ」  ミツレルの愛らしい顔が泣き笑いのように崩れて、口がわなないている。気を許していた女の男根という、ありえないものをいきなり握らされて混乱したのだろう。かわいそうに、その混乱も度が過ぎたらしく、箱の中の野菜でも確かめるかのように好奇心を出して繰り返し握り、まさぐってくる。  下着とタイツ越しとはいえ、柔らかな手のひらと指の腹の感触が、サンギータはしびれるほど心地よかった。一気に興奮して、ふっふっと鼻を鳴らし、ずくずくと肉竿を反り返らせてしまう。 「両手っで、握って、ミツレルさん」 「えっ……」 「早くっ」 「はいっ両手ですねっ?」  長い脚を折って敷布に座っていたサンギータが、大股を開くと、ミツレルがあわててその前ににじりよって、左右の手を前垂れの下に差し入れた。手探りでものを見つけて、拝むように手で挟む。  するとその刺激で、肉竿はさらにズキズキと勃起し、タイツを突き破らんばかりにつっぱった。その上の革製の前垂れまで持ち上げて、くっきりとテントを形作った肉棒を、持ち主のサンギータは曇った半眼で、ミツレルは呆然と目を見張って、見つめていた。 「サンギータさん……」 「手で……ぎゅっぎゅ、して……」 「ぎ、ぎゅっぎゅ」   言われたとおりにぎゅむ、ぎゅむ、と何度が握り締めてから、ミツレルは、あぁ……と感動したような甘い声を漏らした。 「おちんちんですか?」 「そお……私のぉちんちん……」 「ほんとだ。おちんちんあったんだ。サンギータさん、双性って、これなんだ」 「それっ……すりすり、しこしこ気持ちっ……ふぅぅぅんっ!」  ミツレルの手つきが少しだけ落ち着いて、上下にしごく動きをしたとたん、ぞくぞくと強烈な愉悦が走って、サンギータは思わず後ろにのけぞった。舌先が口から突き出る。 「気持ちいいの? サンギータさん気持ちいいんです?」 「はっあ、あっあっ、いい、いひっ」  ミツレルにしこしことしごかれるにつれて、自分でも驚くほど急速に肉竿がいっぱいに張り詰めて、快感の熱い塊になり始めた。竿の根元がぐつぐつと痙攣して、分泌された種汁で早くも膨れ上がっていく。  この調子だとすぐにほとばしってしまう。出る前に準備をしないと。そう考えたとき、そもそも道具の話をしようとしていたのを思い出した。 「ミ、ミツレルさん、とめて」 「えっ? はい」  上気した顔で熱心にしごいていたミツレルが、はたと手を止めた。刺激が消え、はーっはーっと深呼吸してサンギータは少しだけ冷静になる。 「どうぐ……道具は、これを受け止めるためのものなんです。男性の精気をあたりに撒き散らさないように。しっかり呑み込んで封じる」 「使いますかっ?」 「は、はいっ、もう……」甘い刺激と情けなさで涙がにじんだ。「我慢できません……」 「あっ、だいじょぶ、大丈夫です、サンギータさん! 泣かないで」 「すみません……んっお」  勃起したまま動けないサンギータの代わりに、ミツレルが荷物を漁って、酒瓶ほどの長さの筒を見つけだした。端から端まで一定の太さだが、片方の端は閉じてあり、もう片方は柔らかで滑りのいい詰め物の穴になっている。 「これですか? どうすれば?」  サンギータは上衣の前ボタンをすべて外して、股間を守る前垂れを横へ払いのけた。それから自分の尻を浮かせて、タイツと下着をなかば強引に膝まで押し下げた。  ぶるんっ、と音がした。一度、下着ごと無理やりうなずかされた肉棒が、夜風の中へ跳ね上がった音だった。 「……ここへ」  むわり、とかすかな湯気が立ち昇った。重めの花香水にも似た匂いが漂い出す。前衛職の筋肉が詰まったむっちりとした白い太腿と、今や剥き出しになった双性のしるしから、旅の間に練り上げられた牝の湿気が解き放たれていく湯気だった。  そそり立った粘膜を星明かりがてらてらと光らせている。できるだけ見えていませんようにとサンギータは祈る。 「はわぁ……」  あまりに扇情的な眺めに打たれたか、ミツレルが呆然としかけたが、なんとか我を取り戻して道具を差し出した。 「はい、どうぞっ」 「ありがと……」  サンギータはそれを受け取ると、片方の穴にこわばりの先端を当てた。その部分を、入り口の柔物でくねくねとこね回す。頃はいいと見るや、両手でつかんでずぶりと貫いた。 「んぐっう」  ひと突きで肉棒が半ばまで包まれた。ぞくぞくと快感が放たれて女剣士は身を細める。きつく目を閉じて繰り返ししごき出す。しゅこしゅこ、しゅこしゅこと布の滑る音が、やがてくちゅくちゅくちゅと粘ついた音に変わる。サンギータの雄の物がとめどなく潤み汁をこぼしている。それによって作り物の擬似膣がますます本物めいてきて、持ち主を深く深く没頭させる。 「ふうっ……んぐ……ふふ……うっう」  興奮が高まるにつれて顎が上がり、黒髪が左右に振り乱される。これまで真面目なところしか見せたことのなかった端正な女の顔が、なまめかしく、せつなく歪み、瞳は暗く溶けていた。  股間の物は最大限に育ち切り、酒瓶ほどもある道具の最奥まで届きそうだった。サンギータはせわしなく尻をずらし、体をひねって、もっとも落ち着ける姿勢を探す。やや横臥すると両手でしっかり持った道具を激しく上下させていく。そのうち、腰も使い始めた。手の動きと同じリズムでぐっぐっと腰を前に揺する。  サンギータの脳内には、くっきりと描かれていた。魅力的な柔らかい娘を、目の前に横たえて後ろから繰り返し突き上げる想像が。架空の透明な尻をつかんで浅い早打ちを繰り返し、不意に根元まで深々と突き入れて奥をこね回す。その動きを道具相手に全力で叩きつけていた。  念頭になかったのは、それがあまりにも真に迫りすぎていて、そばで見ている者にもサンギータがどういうつもりなのか丸わかりだということだった。 「……サンギータさぁん……」  切なさがあふれ出したような声とともに、サンギータの顔をさらりとした感触と、甘く濃厚な香りが覆った。目を開くまでもなく柔らかな肉の膨らみだと気づく。すぐ上からはあはあと荒い息遣い。乳房だった。服を着たままだが、ミツレルの。 「すごくつらそう。つらいですよね? 精気が出てこないんだ。がんばって出してくださいね、ああぁ、あたしも何か、何かしてあげたい……」  サンギータの頭を抱き締めて、ちゅむ、ちゅむ、と少女は髪にキスを繰り返す。本能的に顔を上げて鼻先で乳房をまさぐったサンギータは、布越しにも先端が木の芽のように硬くなっていることに気付いた。  一瞬もがまんせず吸い付く。唇でコリコリと挟み、舌で吸い立てる。「はうぅぅっ!」とミツレルがぶるぶる震えて、まるで赤子に乳でもやるみたいに、自分から乳首をサンギータに押し付けた。 「サンギータさん、サンギータさん。して、して、して」  湯袋のように揺れる娘の蒸れた谷間が、女剣士の顔を挟む。欲しかった肌にすっかり覆われたその瞬間、サンギータの欲情は限界を振り切れた。乳首を強く吸いながら、しなやかな両脚をピンと伸ばして地面に踏ん張る。 「ん――ぐぅうっ」  そして高め切った内圧を、一気に解放した。  濡れそぼった熱い擬似膣を、深々と貫いて射精。 「ふぅっ、んむっ、んんっ、んぐぅ、くぅっ――!」  どびゅる、どびゅると音が聞こえそうなほど太く濃厚な液塊を打ち出す。ひと打ちごとにびくん、びくんとのけぞって顔を捻じ曲げる。その動きがはっきりとミツレルに絶頂を伝える。「出ました? 出たんだぁ」と察した少女が、優しく抱擁する。その愛らしい顔は汗ばんで、慈愛に輝いている。  サンギータは絶頂の嵐を乗り越えていく。肉竿の根元にぐるぐると渦巻く精汁をすべて吐き切りたかった。旅の間ろくに処理できなかったから、そんなはずがないのに拳ひとつ分ほども溜まっていそうに感じる。 「はっ、ぷはっ、ごめんなさい、まだ出るっ――!」  そのままの姿勢では出し切れないと感じたサンギータは、本能的に向きを変えた。道具を片手持ちにしながら身を起こし、今まで上になっていたミツレルをどさりと押し倒す。 「え……!?」 「これでさせて……っ」  道具を少女の腹の上に押し付けながら、残りのうずきを思い切り吐き出した。 「くうっ……ぐうううっ!」「え、えっ、ええ」  事態を呑み込めないミツレルをしっかりと抱きしめながら、その足の間めがけて、サンギータは長く、長く、何度も射精を繰り返した。 「ミツレル……さぁん……」  朦朧となりながら相手の名を呼ぶ。その低く満ち足りた声はすぐそばのミツレルの耳をくすぐり、「ひゃあん……!」と少女を喘がせた。  じきに、さしも長かったサンギータの絶頂も終わる。自分の上で、はあ、はあ、と山脈が上下するような息遣いが鎮まっていくのを、ミツレルはふるふると熱い目で見守った。 「はあぁ……」  絶頂がすぎると、吐息とともに一気に力が抜ける。処理前に溜めすぎたときはいつもそうだが、今夜は特に深い脱力が襲ってきた。好きな感触と香りを間近にして、さかりすぎてしまったのかもしれない。  せめて体重をかけないように、横へどさりと倒れこんで、はあはあとサンギータは荒い呼吸を繰り返した。と――道具をずるりと引き抜かれた。 「んふっ」 「ここに、出されたんですか?」  ミツレルが道具を覗きこもうとした。すると中身がとろりと出てきた。 「えっ? あっ」 「だめです――」  間違って逆さまにした道具から、こぷこぷと泡立ちながら、淡く光る白濁がこぼれ出した。「あわわ」とミツレルがあわてて道具を立てたが、地面にパン皿ほどの液溜まりができた。  ぶわり……と、新鮮な青臭さが夜気に広がる。  そのとたん、ひそやかな女の忍び笑いが聞こえてきた。  くすくす、ひそひそという声が周りじゅうで高まる。ミツレルがはっと執事の短杖をつかんで、「なんです、誰ですか!」と周囲を威嚇するが、声は収まるどころかさやさやと近づいてくる。  さあっ、と風に舞い上がる草葉のように、姿が現れた。まずたおやかな腰が宙にくねり、次に青い爪の輝く手先が招いた。それから薄布で覆った弾むような乳房が、渦を巻く濃紺の髪が、豊満な尻が、あえぐような唇が、うっすらと現れては消えた。  ……ほしくない? ほしいんでしょう……?  ……あげるわ、すきなだけあげる……  すべてそろった人の形ではなく、目を奪うような女体の部分部分だけが、ばらばらに現れては消えながら、周囲を巡り始めた。  驚いたミツレルが呪文を連発する。 「護身の幕! 血の浄め! このっ、ステリトウス・リス・メテラトウ……上主の眼!」  だが、やはり効き目はほとんどないようだ。幻のようでいて肉体を持つ乙女たちは、手で払われた草のように一瞬揺らぐだけで、面白そうに舞い続けている。落ち込むをミツレルを、サンギータが横から引っぱった。 「だめです、こっちへ」  ミツレルをつれて天幕の中へ転がり込み、まだ持っていた道具ももぎ取って、妖しい輪舞の中へ投げ入れた。すると淫魔たちが五体を現し、嬌声を上げて奪い合った。  地面にこぼれたほうにも、艶めかしい女たちが焚火を囲むようにぐるりと集まっていた。顔を寄せてはうっとりとのけぞって、まるで香りを楽しんでいるように見える。 「うわあ……あんなに……」  隙間から目だけ出してミツレルが見つめる。サンギータは目を伏せて言う。 「淫魔のことを私たちは魔と呼んでいますけど、実際は邪悪ではなくて、火の精や水の精と同じ天然の者たちです。襲われるのは無駄に精気をたぎらせている者だけ――だから執事のお浄めは効かないんですよ。討伐もされずに放って置かれているのもそのためです」 「そぉなんですか。すみません、駆け出しでなんにも知らなくって……」  そう言ったミツレルが、じっとサンギータの横顔を見る。 「てことは、サンギータさんはたぎってらしたと」 「ええ」ふーっと息を吐いて、サンギータはうつむいたままで言う。「すみません、本当なら天幕に入ってから、こっそり“道具”で処理するつもりでした。それがあんなことに」 「あっ、それはその、あたしが一から十まで悪いんで……あんなお外で恥ずかしいことさせて、その上ひっこぼしちゃったから、あんなに呼び寄せて」 「どのみち、何もしなくても彼女らは来ていたと思います。でも、そうですね……」  つぶやいたサンギータは、隣へちらりと目をやった。 「それなら少しだけ、責任を取ってもらってもいいでしょうか」 「……なんですか?」 「まだ、出し切ったわけじゃないんです」  女剣士は目を閉じて、ふーっ、ふーっ……と深呼吸を続けている。その大きな胸が上下する。 「もう、次のむらむらが来てしまいました。あの淫魔たちのところへ出て行きたい……でも、今出ていったら吸い殺されてしまう」 「ダメですよ、出てっちゃ!」 「だから……吸わせてください。ミツレルさんの肌で、温まらせてください」 「え、それって、まさか……」 「負担はかけません。今度は自分の手で処理します。そのあいだ、私が誘い出されないように、抱いていてもらえませんか」 「……自分で、しこしこしちゃうってことですか?」ミツレルが残念そうに眉尻を下げた。「まだそんなことするんですか……」 「不快でしょうね、ごめんなさい。今度はこぼれないように、飲み水の袋でなんとか隠しますから……」  目が合った。ミツレルは「もしあたしが……」と何か言いかけたが、「だめか」とうつむいてしまった。 「……はい、いいです。サンギータさんをぎゅっとしてるだけでいいんですね?」 「お願いできます?」 「それぐらいならいくらでも」  ミツレルは両腕を開き、自分の乳房に目をやって、明らかにそれを差し出すしぐさで、こくりとうなずいた。サンギータはそこに深々と顔を埋めて、もう一度股間に手を入れる。  それから手しごきで水袋の中に三度射精した。青臭い精気がわずかに漏れたかもしれないが、それを上回る強い香りが天幕の中に蒸せるほど立ちこめて、外をうろつく淫魔たちから双性者を守った。  天幕に満ちたのは、少女の体中から立ち昇る果物菓子のように甘酸っぱい香りだった。  (第二話へ続く)   第二話   1    懐かしい小鳥たちの鳴き声で少女は目を覚ました。  布越しの淡い黎明の光と、狭い空間に立ちこめる女たちの温気に、荷車の中だと錯覚しかける。ぱちぱちと瞬きして、違うと気付いた。あの長い旅はもう終わったのだ。キャラバンの女たちが雑魚寝する荷車ではない。 「ん……」  そばで大きなものが寝返りを打つ。黒髪と、黒の肌着に包まれた精悍でしなやかな肢体。甘く濃く、しかしかすかに苦みを含むような汗の匂い。 「……!」  その人と二人だけの天幕にいることを思い出して、少女は息を呑んだ。昨夜の衝撃的な行いが脳裏に蘇った。  この人に、求められた。臆病な獣のようにおずおずと、激しく。そんなことをする人だとは思わなかった。 「サ――」  名前を呼びかけて、息を詰める。朝になったからといって、事態が変わったとは限らない。ここはまだ外から区切られている。昨夜の続きが始まってしまうかもしれない。  始まったら、どうなるんだろう? わからない。唯一わかるのは、自分の力ではどうしようもなくなってしまうということだ。大きくて力のある相手が、好きなことをするだろう。それでは困る。陸標台に行くのだから。  昨夜のことなどなかったことにして、一日を始めなければいけない。 「……よしっ」  少女は小さく気合を入れて身を起こした。まず何よりも大切な、赤陸標の替え玉が無事なことを確かめてから、そっと衣服を身に着ける。  そして少しだけ眠る女に視線を注いでから、天幕の外へ出た。   2  サンギータはカチャカチャという音で目を開け、寝たまましばらく耳を伏せて顔を押さえていた。天幕から顔を出すと、朝の涼気の中でケープ姿の少女が火にかけた鍋をかき混ぜていた。 「おはようございます……」 「おはようございます!」  サンギータが声をかけると、ミツレルが振り向いて挨拶した。白金色の柔らかな髪がふわりと膨らんで、二つのまるい耳がひこっと立ち、火の気でほのかに上気した顔が笑みに輝いた。今まで通りの明るい返事だった。というより、今までよりも朗らかな。  そのまぶしい笑顔に対して、サンギータが口にしたいのは謝罪なのだった。 「あの、ミツレルさん。昨夜のことなんですけど、本当に申しわけなく……」  すると少女がぱっと手のひらを突き付けて、首を振った。 「何も言わないでください。あれはね、なんでもなかったんです。あたしたちのせいじゃない、あいつらのせい!」 「ミツ――」 「そぉですよね!?」  ミツレルはあくまでも笑顔で言い放った。サンギータは言葉を呑みこんだ。  昨夜の自分はひどかった。これまでの取り澄ました態度を忘れ果てて、隠していた男根を突き出し、聖職者の少女の体をあさましく求めた。取り返しがつかないはずのことだった。  それなのに彼女は、咎めずに笑っていてくれる。許してくれているというよりは、思い出したくないのかもしれない。だったら、蒸し返さずに合わせるべきだろう。 「そう……ですね、きっと。あなたがそう言うなら」 「そうですそうです、気にしないでくださいね、サンギータさん」 「今まで通りということですね。ありがとうございます、ミツレルさん」  そう言うと、なぜか少女は眉根を下げて、「うぅ〜〜〜」と、何かを我慢しているようなうめき声をあげた。 「ミツレルさん、何か……?」  サンギータは気になって訊いたが、少し顔を背けていたミツレルが、やおら立ち上がった。 「そんなことより見回りをしましょう! 朝は野営地の周囲を確かめないとですよね?」 「あの、お鍋は」 「もうできてます。回ったらいただきましょうね!」 「わかりました」  ふしだらな話を続けたくないのだと受け取って、サンギータはうなずいた。  剣を取り、ともに歩き出す。とはいえ、たいして危険はないはずだ。この宿営地は周囲を川に囲まれているから獣のたぐいが近づきにくいし、そもそも迷林には人を襲うような存在はほとんどいない。   そして淫魔は夜しか出ないから大丈夫――  と思っていたのだが、思わぬことが起こった。 「あれっ? これ……なんですか?」  晴れていく朝もやの底から、若草に埋もれた乳白色のまるい輝きが現れた。見つけたミツレルが駆け寄って拾い上げると、それは手のひらほどの大きさの石だ。  朝日にかざして傾けると、半透明の石の内部で七色の輝きがちらついた。 「これは……まさか宝石?」  そのときサンギータは石の正体よりも、それが落ちていた場所に気付いて、思わず身を引いた。  顔を背けた視線の先に、今度は黒い筒を見つけてしまう。ミツレルがその視線を追って、筒も拾い上げた。 「これって“道具”ですよね。わっ、粉? えっ何これ? 別のやつ?」  昨夜は筒の口が手のつけようもないほどぬかるんでいたが、今はそんなことなかったかのように乾いて、サラサラと薄紅色の粉がこぼれ落ちていた。 「えっえっ、なんでしょう、これ……」  サンギータはその意味に気付いて、「うわ……そういうこと」と困惑気味に顔を赤らめてしまった。それを見たミツレルが尋ねる。 「どうしたんですか? サンギータさん」 「どう、というか……」 「何かまずいものなんですか? 捨てたほうがいいでしょうか?」 「いや捨てるのはもったいないと思いますけど」 「というと?」  食いつくように迫られて、結局説明する羽目になった。 「その粉はやすり粉に使う硬玉粉、石のほうはたんぱく石だと思います。どっちも本物です」 「はあ。それがなぜこんなところに……」 「淫魔のお礼です、たぶん」 「えっ、お礼? これがですか?」驚いたミツレルが、手元の品とサンギータを見比べる。 「淫魔のお礼って、もっとささやかなものじゃないんですか? 薬草とか、木の実とか、それこそ手摘みの花冠とか」 「普通はそうですよね」 「なのに、やすり粉と、たんぱく石? たぶんこれ薬草とかよりもいいもの扱いですよね? なんで……」 「それは」サンギータは少しでもましな言い方をしようと努力した。「淫魔がより感謝すると、そうなると聞いてます」 「より感謝……あっ」ミツレルが口を開ける。「サンギータさんがいっぱいトロトロを出してくれたから……?」 「あの、それはちょっと……」  サンギータはうつむいて顔を押さえる。ミツレルはさらに声を張り上げる。 「それとも、よっぽどおいしかったってことですか!?」 「ミツレルさん」  サンギータは真っ赤になって横を向く。 「勘弁してくださいな……恥ずかしいです」 「あっすみませんごめんなさいはしたない!」  ミツレルのほうも顔を赤くして謝った。  しかし、赤面しながら二つの品を見比べる少女の瞳は、妙にキラキラ輝いている。やがておそるおそる尋ねた。 「あの、これ持ってていい……ですよね? 捨てなくても」 「どうぞ、あなたが見つけたんですから」 「わあ――」 「闇精の賜物ですから、きっといい値段が付きます」  サンギータが目を向けずに言うと、顔を輝かせかけていた少女が、驚いたように聞き返した。 「これを売れってことですか? あたしに?」 「ええ。迷林から帰った者の当然の権利ですから」 「そんなことできません!」 「どうして――あ」  ミツレルが怒り出していることに、サンギータは遅れて気づいた。  淫魔の賜物を売りに出すというのは、すなわち男が精を放つ場にいたということだ。でなければ、あとからその品を掠め取ったか。どうあれ、乙女の執事が平然と売りに出せるようなものではない。 「すみません、ミツレルさん。売れませんよね」  あわてて謝ったが、後の祭りだった。 「そうですよ、こんなものほしくもないです。サンギータさんの好きにしてください!」  少女が憤然としてサンギータに石と道具を押し付ける。天幕へ駆け戻っていくとき、目尻に輝くものが見えた気がした。  自分の気の利かなさに、女剣士はため息をついた。   3  二人とも手馴れた旅人ではあり、出発までは黙っていてもスムーズに進んだ。しかし天幕を畳んで出発すると、ケチが付いて回った。  まずこの日は明るくなったものの、霧が晴れなかった。  そのせいで出だしで一度方角を間違えた。  戻って道を探しながら歩いていると、サンギータが底なし沼に太腿まではまった。  ミツレルが悲鳴を上げて引っぱり上げたが、そのあとフードを小枝に引っかけて破いた。  上ばかり見ていたら、今度ははぐれた。  ミツレルさん、サンギータさぁんと呼び合う声が聞こえなくなる寸前だった。動かずに手だけ振ってくださいとサンギータが強く命じて、ミツレルを見つけだした。  これがなんと、昼過ぎまでかかった。  肉体の疲労よりも精神の疲労が激しく、大樹の下で大休止を取った。ところがそこはツルザルの縄張りで、二人が肉汁パンを手に持った途端に、木の上からくるくると尻尾を伸ばして降りてきた、まだらはげのサルたちにひったくられた。 「あああ」  汁気たっぷりのおいしいパンがくるくると木の上に持ち去られてしまうと、ミツレルが泣きそうな声を上げた。サンギータが謝った。 「すみません、上から来るものは私の受け持ちでした」 「……サンギータさん」 「はい?」 「そうやってなんでもかんでも謝らないでください!」  ミツレルがパンの包み布を放り出して叫んだ。 「最初迷ったのはあたしが飛び出してったせいだし、沼にハマったのは背伸びして塔探してってあたしが頼んだせいだし、フード破れたのもはぐれかけたのも、あたしが悪いやつですよね! そのたびにごめんなさいごめんなさいって! ぜんぜん悪くないんですよサンギータさんは! いっぱつビシッと叱ってくれなきゃだめでしょう! なんで謝っちゃうんですか?」 「それは……すみません」 「ほらまたぁ!」少女はそばの低木の茂みに投げやりに倒れこむ。「もぉ〜、いらいらする!」  そのときサンギータはビシリと叫んだ。 「ミツレルさんっ!」 「ひゃい!?」 「動かないで」  低い声で言いながら、そろりと剣を抜いた。切っ先がミツレルの顔に向けられる。 「えっあの、ごめんなさい――」「静かに!」  鋭い目で見据えられて、ミツレルは凍り付く。 「そのままで……ハッ!」  短い気合とともに剣が突き出され、耳元でザクリと音がした。 「ふう、間に合った」  サンギータが引いた剣には 前足にハサミのある大きなクモが刺さっていた。 「トコヤグモ……?」 「ええ。髪を狙ってました」  サンギータはクモを引き抜いて、よかったと微笑んだ。  旅の間に二人で生き物の話をしたから知っている。そいつは自分では糸を吐かず、巣作りのために生き物の毛を刈る珍しいクモだった。ミツレルは震えながら茂みを抜け出した。 「あたし……ザックザクのまだらはげになるとこでした!?」 「もうなりませんよ」 「うひゃあ、サンギータさぁん……」  ふらふらと抱き着いたミツレルを、サンギータがしっかり抱き締めた。 「ありがとうです! うれしい! 好き!」 「私もです。ここを離れましょうか」  またしばらく歩いて、崖をいくらか登ったところに、小さな岩のくぼみを見つけた。うまい具合に周りから見えず、岩崩れもなさそうなところで、ミツレルが周りをダッと駆け巡って、じゃま者はいませんです! と報告した。 「干し肉かじりましょう! 帰りの分ですけど、どっかで何か獲ればいいと思います」 「そういうのは得意ですよ」  保存食をお湯で戻している間にサンギータが気を利かせて、即席の木の実パンまで焼いた。これはパンに木の実を入れるわけではなく、その日見かけた適当な木の実を刻んですり潰してパン種にするというもので、この日は橙色のダマカの実を取っていたので甘酸っぱいつぶつぶパンになった。 「ふああああ、サンギータさんのこれっ、これっ……!」 「森は街道よりも具を見つけやすいですよね」  ミツレルは食い気に火がついてかぶりつき、口にいっぱいに頬張って食べた。サンギータは一定のペースでちゃんと噛んで、しかしそれなりの量を食べた。  そうして遅い昼をとっていると、ざわざわと湿った風が吹いてきて、雨になった。 「ちょうどここの岩びさしから屋根を伸ばせそうです」 「いいとこ見つけましたね!」  天幕を張ると、垂れてきた雨水がうまい具合にくぼみを避けて流れ落ちた。  どうどうと風が鳴って木立がざわめき、サルや鳥たちが隠れ家を探して逃げていく。そんなあわただしい有様を、小ぢんまりとした快適な特等席で、二人は肩を寄せ合って眺めた。 「今日はあんまり進めませんでしたけど、これ、逆に進んでたら大変でした?」 「ええ。この先は谷底で、どこで寝ても水浸しだったと思います」 「っていうと、これでよかったですね。ケンカしてよかった!」 「あは」  サンギータは手を伸ばしてミツレルを引き寄せた。ミツレルはおとなしくサンギータの膝の間に入って、腕に頬ずりした。 「サンギータさんごめんなさい……あたし今日、ずっとイライラしてて」 「そうですね……考えてみたら、いつもそんなじゃないですよね。私のせいだけでもない?」 「あなたのせいですよぉ」  ふへっと泣き笑いのような顔をして、ミツレルはサンギータの手を取った。剣を握るための手袋を剥ぎ取って、素手の匂いをくんくんと嗅ぐ。 「サンギータさんの匂い……」 「あの、汗ばんでて」 「ううん、これがいいの」  ちゅむ、と唇を押し当ててから、上衣の前を開け、胸に引き入れた。自分の乳房をミツレルは揉ませる。 「さわって、どきどきしてますから」 「……だめですよ、ミツレルさん」 「だめじゃないです。ううん、逆にサンギータさんがだめです」  ミツレルは目をつぶって待ち、やがてサンギータの手がふかふかと膨らみを包むように撫で始めると、ほうっと安らぎの息を吐いた。 「ありがとうです。さわってくれて」 「感謝されるようなことじゃ……」 「ことなんです!」  そういうとミツレルは一度大きな手を引き抜いた。  それから自分のスカートをちょいちょいとたくし上げて、サンギータの手を中へ引きこんだ。 「できれば、ここも……」  太腿に触れた手が、やけどしかけたようにパッと戻りかけるのを、ミツレルは両手でぎゅっと押さえる。自分の内ももに馴染ませるように何度も撫でつけていると、やがて手が自発的に肌をつかみ、筋肉にそってさわさわと撫で始めたので、はぁーっ、とさっきよりも深いため息をついた。 「そうです……」 「あの、ミツレルさん!」たまりかねたようにサンギータが言う。「先に言っておきますけど、私、そんなに自制心がありません。温めあいなら服の上からにしませんか? でないと……」 「でないと?」 「……昨夜もうわかったでしょう、牡になってしまいます」オス、という自分の言葉に刺激されて、ビクッとサンギータは震える。「道具で済ませようだなんて、甘かったです。あなたがあまり無防備だと、そのままものにしてしまいそうです。だから、もっと離れて……」 「んっ、んんっ……サンギータさん」何か言われるたびにピクピク身を震わせて、ミツレルが甘くなじるような目でにらむ。「あなた、わかってます? あたしをぞくぞくさせてるの。ずっとぞくぞくさせてるんです」 「わかりません、わからないです!」  サンギータは首を振るが、熱くなるミツレルの体温も、太腿のしっとりとした汗ばみもしっかり感じ取っている。 「あなた執事ですよね、聖職者です。処女のまま帰らなきゃいけないんでしょう? 私と――そうなってしまったら、失階じゃないですか。どうなると思いますか?」 「どうって、聖職じゃなくなったら術師になるだけじゃないですか。シベット隊長みたいに」 「そうなったら、教会に助けてもらっていた暮らしも何もかも……」 「あたし、あなたを助けたいです」  ぐっと顔を寄せて、ミツレルはささやく。 「言ってなかったから言いますね。あたし、清廉貞淑とかこだわる教会って、だめみたいです。みんなに隠れてうずうずしてました。ずっとずっと、えっちなことしたかったんです」 「ミツレルさん――」 「旅をしていろんな男の人や女の人を見ました。誰がいいかなって見てたんです。あたし、あなたがいいです。サンギータさん、強くてえっちなのにやさしくてきれいな、女の剣士さんの犬人さん。あなたにぜんぶ教えてほしい。今まで隠してきたあたしにしたいこと、なにも隠さず教えてください」  少女がまた大きな手をつかんで、さらに奥へ引き入れた。薄布は内側からべっとりと濡れ溶けて、何も隠せていなかった。 「ミツ、レル……」  大雨を浴びた木の葉のように、言葉が流される。指先に触れるミツレルの湿り気がすべてになり、サンギータはすりすりぬちぬちとそこをこね回す。 「いっこだけ、ざんねんなことがあるんですけど」とミツレルが言う。 「残念?」サンギータは頬に触れそうなほど近い唇を意識する。 「カーニムとエルミンって、めったに子供できないんですって」  そう言うと少女はちゅ、ちゅと頬にキスして、幼く熱い微笑みを浮かべた。 「あなたの赤ちゃん、できたらいいのに」 「――ミツレルさんッ」  サンギータはつかの間、頭の中が真っ白になった。   第三話   1  しゃにむに少女を抱きしめて唇を奪った。ねぶるように舐め回し、舌を差しこむ。少女は抗わずに「んっ、ん゛む」と鼻を鳴らして懸命に舌を迎え、それがサンギータの情欲を煽る。  指先に触れるミツレルの熱い湿り、スカートの奥のそこに意識が向き、少女の腰をグイと抱えなおして、本格的にまさぐり始める。普段薄布に隠されているぷっくりした柔肉が、貼り付いてくっきり浮き出している。子猫の頭を撫でるように軽くすりすりと撫で始め、指先を曲げてそっと谷間を割り開き、隠れたぬかるみを溶かすように揉みほぐしていくと、ミツレルが「ひっ、んっ、サンギっ、ギータさんっ!」と細く叫んで肩にしがみついた。 「そこすご、すごっ! ゆびっ、指でじんじん!」 「……こうですか?」 「それへえぇぇぇぇ」  優しく強い指遣いで、すにすにと撫で潰し、くちくちと掻きほじると、少女は何度も太腿をビクつかせて反応した。 「きっもちいぃ……ギータさんのゆび、ゆび好きっ! もっといじってぇ……」 「ミツレルさん、そんなに?」 「ごめんなさい、あたしいつも自分でしててっ、ンッ、あなたゆび、想像してたからっ、んむっ」  数言しゃべるごとに痙攣し、唇をむさぼりながら、少女が涙声でささやく。 「これほんものだぁって、うれしくて……本物、ですよね?」 「本物ですよ」 「うわぁ……本物のギータさんが、さわってくれてるぅ……」  敏感な部分をありのままに任せて、少女は身をくねらせる。  すると、それを抱くサンギータが、抑えた低い声で言った。 「それを言うなら……私だって」 「……え?」  サンギータはミツレルのスカートをすっかりめくりあげる。この背丈の娘としては育ち過ぎなほど肉が付いた、たっぷりした太腿の付け根があらわになる。淡い菜花色の下着はささやかなレースで縁取られていて、穿き古す前はそれなりに可愛らしかっただろう。だが股間にぐっしょりとにじんだ灰色の染みは、可愛らしいどころではなかった。 「……っ」   立ち昇る、むせ返るほどの淫気に瞬きしつつ、サンギータは視線を動かす。昨日まで明るく朗らかに走っていた少女の、丸っこい幼げな顔が、情欲の夕焼け色に染まって、はあはあとサンギータを求めている。 「……本物のミツレルさんじゃないみたいです」 「ですかぁ?……ごめんなさいです、にせものみたいで。でも……」  少女が目を閉じて頬にキスしながら、腰をせり出してサンギータの指に股間を押し付けた。 「これがほんとにあたしです……死ぬほどえっちな女の子です、ごめんなさい……」  サンギータの指先に、ぬかるみの中心の溝が繰り返し当たる。くぷり、くぷり。直接的な言葉はないが、切なそうな眼差しがねだっている。そこがさびしい、そこをいじって、と。  そして二人とも口には出していなかったが、ミツレルの腰の横、サンギータの股間では、すでに中のものが長スカートを突き破りそうなほど硬く反り返っていた。軽甲の前垂れが横へ押しのけられている。  ミツレルがそこをまさぐって、そっと握った。サンギータがびくりと震える。 「ギータさん……これ」 「待って、ミツレルさん……」 「これで、何かするんですよね。して……」 「何をするかわかってるんですか」 「しらないの」少女はふるふると首を振る。「教会は子づくりを習わせてくれないし、一回だけご近所を覗いたときも、暗くて見えなかった。男と女がそれでする、ってことだけ。あたし、わからないんです。でも、ギータさんなら……」 「知ってるだろう、って?」 「知ってなくても。こわくないな、って」  すりっ、すりっ、と長スカートの尖りをこすり上げながら、ミツレルが小さく微笑む。 「どっちでもいいんです。ギータさんはあたしをくんくんしながら、びゅってしたい。あたしはギータさんにめちゃくちゃにされたい。……これって、ぴったりじゃないです? お互いがしたいんですから……」 「ミツレルさん……」 「ね、ギータさん聞いて。今は、うそつかなくていいんです。あたしなんにも知らないから。あなたの言うことがほんとになるの。言ってください、これが本当なんですよ、って……」  甘い声が言葉がぞわぞわと背筋をかけ下って股間に響き、サンギータはあやうくその場で放ちかけた。  抱き締めたままサンギータは長くためらう。落胆させたくなくて指先ではゆっくりとぬかるみをまさぐり続け、ミツレルはそれをじっと味わっているようだったが、それでも少したつと焦れ始めた。 「……だめですか? あたしなんかじゃ。やり方も知らない子供だと不満です……?」 「いえ、そういうわけじゃ」 「じゃあなんですか? あたし、ここまで言ってるのに……これ以上は、どうしたら……」  あえぎ続けていた少女が、せつなさと物足りなさで顔を擦りつけてきた。  サンギータは苦い顔で言った。 「不満なんかじゃないんです。ただ、何も知らないって聞いて、やっぱりあなたはまだ見習いなんだって思ったら、急に大人としてためらいが……その、義務感というか、節度というか」 「……へたれちゃいました?」 「へた、」  サンギータはぴたりと動きを止めたが、蚊の鳴くような声で「そうです……」とつぶやいた。  はぁはぁと胸を上下させていたミツレルが微苦笑する。 「サンギータさぁん……」 「はい」 「してくれないんです?」 「して……その……」 「あたしはきもちよくなっちゃだめなの? 自分は昨日、しこしこしていっぱい出したのに。何もしてくれなかったのに!」 「あれは――あなたを不快にさせていると思って」 「不快じゃなかったです」 「はい」 「あたしもしたいんです。ギータさんがそうさせちゃったんです! 義務感とか節度なんて言っていいのは、そうなる前じゃないですか?」 「ええ……ほんとそうです」 「じゃあ責任取って、ちゃんとあたしも気持ちよくしてください! きもちいいこと教えてください! 本音ではギータさんもしたいんですから!」 「本音?」 「ついさっき、不満なんかじゃないって言いました!」 「え――あ、はいっ。そうでした、言いました……!」  サンギータは降参して何度もうなずいた。隠していたつもりなのに本音が出ていた。  それを見たミツレルがぷっと吹き出して、サンギータの白い首筋に手で触れた。 「ギータさん、まっか」 「……ううぅ」 「それがほんとうの本音なんですよね? 大人としてしちゃだめなあたしと、えっちなことしたいっていうの」 「それは……」 「もう嫌いになっちゃおうかな」 「本音ですっ!!」  とうとうサンギータが叫んだ。わぁ、とミツレルが目を輝かせる。 「あたしと、何をしたらだめなの?」 「……交わりです。男女の。交接、番い」 「それはどうやるの?」 「どうって、わかりませんか? これだけいろいろ触ったり見たりしておいて」 「ギータさんが言うのを聞きたいです!」 「くう……それは、こ、これを」  サンギータは羞恥に悶えながら、前垂れを外して長スカートの尖りを指で搾り、ミツレルの股間に目をやった。 「ここに差しこんで、精気を放つんです……」 「それって、ギータさんが昨日、あたしのおなかの上で道具にしたやつです?」 「……はい」 「あのときもう、あたしにつがいたかったってことですね?」 「はい、そうです!」 「言ってください、あたしにおちんちん入れたかったって」 「ミツレルさんに私のおちんちん入れたかったです!」 「……っはあぁぁぁ」  やけになってサンギータが叫ぶと、ミツレルはうっとりと頬を赤らめてサンギータの首に抱き着いた。 「ギータさんえっちすぎ、かわいすぎです……!」 「可愛い? そんなことは……」 「うるさい、かわいいの!」  ぎゅっと腕に力をこめると、ミツレルは一度膝立ちになってから、サンギータと向かい合った。膝をまたいで腰を下ろそうとする。 「あたしのここと、ギータさんのこれを合わせるんですね……んっ、こう……?」  ケープと軽甲姿で対面してしばらくしてから、ミツレルがふと気づいた。 「このままじゃ、入りませんね? どうやるんですか?」 「それは、ほら、こういうときは当然……」サンギータは遠回しに言おうとしたが、ミツレルの待つようなまなざしに気付いて、またあきらめた。「脱ぎます……服。交わるときは」 「あっ」ミツレルがまた顔を輝かせる。「はだかになるんですね? なっていいですか?」 「なっていいかって」サンギータが後ろめたさに顔を背ける。「裸にさせたいのはこっちですよ」 「ちがいますっ! あたしもサンギータさんの裸、見たいです。すごく! 前から!」 「はあ? 私なんかうすらでかいだけで、まったく見られたものじゃないですよ……あれもついてますし……」 「絶対すてきですからー!」  ミツレルに押し切られて、サンギータももぞもぞと服を脱ぎ始めた。   2  雨風はますます激しく荒れ狂い、旅人どころか獣ですら出歩くのが難しそうな有様だった。しかし、二人のいる崖のくぼみは嘘のように静かだった。斜めにかけた天幕の端がはたはたとはためいているだけで風すらも吹きこまず、そこにいる女二人ともが、視界の端で一枚ずつ肌を表していく相手を意識して、胸を高鳴らせていた。  サンギータが最後の一枚を爪先から引き抜いて、なおためらっていると、昂揚した声がかけられた。 「ギータさん、見てますか?」 「見てないです。ミツレルさんも?」 「あは、恥ずかしくて。でもっ、あたし見せますね。ギータさんもいいです?」 「……ええ」 「じゃあ、いちにのさん!」  サンギータは中腰で振り向いた。同じ姿勢でミツレルがこちらを向いた。 「……!」  二人は同時に息を止めた。  丸耳の頭と同じ色の、白金色の柔らかそうな産毛を腕や肩、腰に帯びた少女が、照れくささと自信に頬を上気させて、若さに張り詰めて汗ばんだ乳房を腕で寄せ上げていた。  鋭い三角の黒耳を立てた女が、同じように産毛を帯びた覗かせた。優美な長身を少し窮屈そうに縮めているが、厚みのある淡褐色の肌と、腕や太腿のしなやかな筋肉の盛り上がりは隠し切れない。ゆっさりと美しく垂れる重たげな乳房と、何よりも腹の前に忽然と立つ牡の根が、首まで染める羞恥の紅の理由だった。 「ミツ――」「――ータさん」  食い入るようにお互いのすべてを凝視するうち、最初に反応したのは、もちろんサンギータの男根だった。隠されていた少女の柔肌、薄桃色の花輪のような乳首を目にして、大柄な女剣士の下腹部でややうなだれていたこわばりが、みるみる脈打ちながらいきり立つ。 「ギ、ギータさん……!」  膝ずりで近づいたミツレルも、目を皿のようにしてサンギータの勃起を見つめる。それは女剣士の筋肉質の下腹部からへその高さまでそそり立っている。体毛は見当たらず、薄く油を引いたような地肌から暗赤色の肉竿が直接起きている。その形は手で握ったときから察していたが、力感のある優美な弓型だ。わずかに上へ反っているのが見るからに頼もしく、先端はいかにも陰部らしい鮮桃色の粘膜でできていて、ミツレルは息も止まりそうなほど興奮する。自分のあそこにあるちいさな粒と似た色だから、おそろしく敏感に違いなかった。  サンギータのそれは、本人が恥じらって隠していても、ミツレルにとっては醜くも汚くもなく、美点がひとつ増えているようなものだった。さらに男根の根元の薄闇にも何か見えた。押し倒して覗きこまないと見えそうにないが、いつかきっとそうしたい。 「すっ……ごいですね」 「……ひん」 「はい!?」 「そんなに見ないで……」 「昨日見ましたけど?」 「あの時は暗かったから」 「ギータさん……可愛すぎますぅ」  女剣士が真っ赤になる。股間よりもその哀切な恥じらい顔に執事の少女は目を奪われる。思わず、自分のまんまるな乳房をたぷりと持ち上げて挑発した。 「こういうの、どです?」 「あっ」 「やっぱり好きです? ほれほれ」 「あっ、すご、やっ」  欲情しすぎて目が離せないでいるサンギータは、年下の少女に双丘をたぷたぷと誇示されるたびに、ピン、ピンと男根を跳ねさせる。 「あはぁ……」   ゾクゾクと愉悦に震えながら、少女がさらに近づいて、「んと……」と互いの胸を見比べた。 「ギータさん、さわるのだいじょぶです?」 「……だめ」 「ですか」 「じゃなくて、たぶん出ちゃう……」  ふー、ふーと切なそうに呼吸を抑えているサンギータを、瞬きして見つめると、ミツレルは抱き着いた。 「ギータさぁん」  張りで重さを支える。ミツレルのまだ育ち切ってすらいない張り詰めた体が、サンギータの成熟した体を抱き締めると、引き締まった筋肉を柔らかな肉が覆うように接して、温かく心地よく包んだ。 「あっ――ごめ、ミツ、出っ」  サンギータがこらえきれなくなったように、強く抱き締め返して頬をすり寄せた。  それと同時に、暴発した。押し寄せあうたっぷりとした互いの乳房の感触に触発されて、痛いほど突き立った竿の先から、びゅぐっと勢いよく液塊を吐く。 「うっ、ふぅ、んっぐっ、ミツレル、ミツレルさん、ミツレルさん、ミツレルさん……!」  名前を呼び、頬に口づけしながら、小さな槍のように鋭い粘塊をびゅくびゅくと繰り返し射ち出す。そのたびに、ミツレルのへその周りが温かくなった。  嬉しさと残念さが半々だった。 「ギータさん、早いです。あたし、まだぁ……」 「ごめ、ごめんなさいっ。止まらないぃ……」  昨夜と同じだった。口では謝りながらもサンギータは止める様子がなく、抱き締めたミツレルを貪るような激しさで吸い付いては浴びせ続けた。  彼女がそんなありのままの姿を見せてくれたというのが、ミツレルの歓びだった。残念なのは、またしても肝心の瞬間をはっきり見られなかったことだ。 「はぁ……あ」  それでも達した後の姿は見られた。痙攣を繰り返したサンギータがどっと脱力したので、ミツレルは抱擁を解いて見下ろした。乳房の下から青臭い花の香りが立ち上がり、腹を拭うとこってりした生ぬるい粘りが手に付いた。  そわっ、とミツレルは軽く鳥肌を立てる。一度見た精気。女が触れてはいけないものだという気がすごくする。かたわらで息づく女剣士を見ると、その腹にぺろりと力なく貼り付いた男根が目に入る。あは、と可笑しくなる。やっぱり、この人は出すとすごく疲れるんだ。  そのとき、はっと気づいた。  風音の向こうから、くすくす、ひそひそと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。  ……どこ? どこから? この匂い……  ……あっちよ あっち 日焼けの崖……  ……わからない いない 勘違い?……  ……ううん 匂いが濃い 隠れてる…… 「あわわ」  忘れていた。ここは迷いの森だ。彼女らが来る。  とっさにミツレルは手ぬぐいで手と腹を拭いた。そしてささやき声がいよいよ近づいてくると、かたく丸めて崖の下へ放り投げた。  途端にさあっ、さあっと風の塊のようなものが押し寄せて、風雨の空に手ぬぐいを巻き上げた。  ……これよ! これ……  ……いい匂い いい精気……    ミツレルがくぼみからこわごわ眺めていると、背後からひたりと大きなものに覆いかぶせられた。「ひゃ――」と声を殺して振り向く。 「ギータさん」 「すみません、私ががまんできなかったから」 「――そういうのはだめって言いました!」 「あっ……はい。じゃあ、ええと」  双性のカーニムがエルミンの娘の丸耳に口を寄せて、真面目に考えたらしいことをささやいた。 「ミツレルさんが素敵で、興奮しすぎてしまいました……」 「ん、んんっ」  ぞくぞくっと肌を震わせると、少女は後ろの女に背中を擦り付ける。 「ま、またそんなすごいこと言うぅ……」 「なんですか?」 「ギータさん、あのですね」  ミツレルは背に当たる重く柔らかな乳房を擦り上げる。固くはっきりした乳首が感じ取れる。 「このままだと淫魔たちが来ちゃいます。だから、あたしたち、あれになりましょう」 「あれ?」 「“しかるべき男女”になりましょう」 「……つがいになって、精気を互いのものにするんですね。でも――」 「でもじゃないです!」  ミツレルは振り向いて噛みつかんばかりに言った。 「いつまで焦らすんですか、あたし昨日からずっとですよ!? お願いだからしてください! さっさとしろ!」 「は、はいぃ……!」  びくっと身を縮めたサンギータが、やがてのっしりと全身をミツレルの背に乗せ、抱き締めた。  ずるり、とミツレルの尻の谷間に艶やかな熱が当たる。一瞬であれだと悟って、ずくりと股間がうずいた。濡れては冷めるを繰り返してすっかりべたついた女陰を、自分から男根に擦り付ける。熱を出した唇みたいにぷっくりと腫れた牝襞を、すにすにと擦りつけて声なくねだる。  剣で突く時と違って、サンギータの挿入はとても丁寧だった。ぬくり、ぬくりと肉穴をほぐすような圧迫を繰り返して、ミツレルに入ってきた。 「はっん、んんっ」ミツレルは甘い声を漏らす。想像と違う始まりだった。想像よりずっと安心感のある、頼れる硬さだった。「ギ、ギータさんっ」 「痛いですか?」 「い、ないっ、いたくないっ」とはいえ、ひと捏ねごとにぐぷり、ぐぷりとこじ開けられているのを感じる。自分でもろくに見たことのない穴が、怖いほど大きくえぐられている。「すごいの、ぐねぐねしてる」 「強すぎたら……ごめんなさい、穴が」はあっ、と大きく息を吸う。「すごく食いついて、気持ちよくて」 「きもち……いいです? ギータさんも」 「はい……すごく」 「ずぷんってしたいです? 手で道具にしたみたいに、ごちゅごちゅ?」 「だめです、そんなにしたらミツレルさん壊れちゃいます」 「こわしちゃだめです!」強く言いつけたが、その途端に、ぐにゅう・ぬりぬりと中ほどを捏ねられる。ぞうっと気持ちいいところをえぐられて、息が詰まり、腿がビクついて、じわりとぬめりがあふれた。「だ、だめぇ……そこだめ……」 「だめですか? ――あ」サンギータが何かに気付いた。「……逆、ですね」  明らかに狙いを定めた熱杭が、ぬぶり、ぬぶりと同じところをこねた。腹側の、粒の裏の硬いところ、一番ズキズキしていたところ。「ふっ〜〜〜!!!」とミツレルは震えあがる。 「そ……こっ……!」 「わかります……ミツレルさん、締めつけすぎ……」  弱点を見つけてしまった女剣士が本格的に犯し始めた。後背からしっかりと少女を抱え込んで強く確かに腰を打ち込む。 「ふっ……ふっ……ふっ……ふぅ……」 「あぁうっ、んおっ、それっ、だめぇ!」 「ほんとにだめな時は終わりって言ってくださいね。ミツレルさん、気持ちいい……」 「やぁっあ、こねこね、こねこねだめ! ひびくぅ! やあぁ!」  たっぷりと育った白い尻を震わせて、四つん這いで逃げるようにもがく少女を、二回りも大きな女の浅黒い腰が押さえつけ、優しく言い聞かせるようにぐいぐいと圧しこねる。  隆々と張り詰めた男根が柔穴を繰り返し蹂躙しているが、反り返った竿は根元から先まで煮詰めた乳のような濃い牝汁にどっぷりと濡れ、穴ひだも紅色にほぐれ切って、抜き差しのたび心地よさそうに吸い付いている。顔や手を見ているよりも赤裸々に、秘部と秘部が睦みあっている。 「やっ、もっ、あっ……ひんんっ! んっぐ!」  ずっと焦らされていたところを思う存分捏ねられて、とうとうミツレルがきつく体をこわばらせた。のけぞって潮を吹き、それを察したサンギータにぎゅうと体を締め付けられ、それが心地よすぎてさらに一段上の絶頂にまで突っ込んで、ぐいい、ぐいいと足を突っ張らせる。 「っぅ〜〜〜! ンンン〜〜〜ッ!!」 「……っは、すみません、出ます……」  絶頂真っただ中のミツレルを抱きしめながら、というよりその締め付けに耐えられず、サンギータも射精する。ミツレルの豊かな尻を力ずくで押し潰すようにして、根元まで深々と入れ、そこで放った。 「っぐ、ううっ、ふっん、んんっ、ミツ、ミツレル、ミツレルさん、吸って、これ、私のです……」 「や、もお、出て、出してるぅぅ〜〜。ギータさぁ〜〜〜ん……」  絶頂し続けていながら、強い抱擁とはっきりした宣言でそれと気づいて、ミツレルが腹から腰回りの肉をひくひくと震わせた。何度も手と肌で感じたおかげで、腹の中のサンギータのものに注がれている様子が、くっきりと頭に浮かんでいた。 「ほんとに出してるぅ……だ、だめですよぉギータさぁん!」 「あの、ほんとにだめなら、終わり、と」 「だめじゃないから言ってるんですよぉばかばか!」  風音の向こうのくすくす笑いは、いつのまにか消えていた。今日はもう、望みのものは手に入らないと察したのだろう。  それから二人は日暮れまで、くり返し愛し合った。     3 「ふふ……ギータさん、ふふふっ」  岩肌を流れる雨水は苦いが清らかだった。互いの体を洗って、岩肌に敷いたマントに横たわった。 「あたしたち……うっふっふ、くっくっく」 「なんですか、ミツレルさん……」  ミツレルの気味の悪い笑い声に、サンギータが眉をひそめた。少女はうんと顔を寄せてささやいた。 「やりましたね」 「……」 「しちゃいましたね、本物のえっち、交尾。すっごくよかった、死ぬかと思った。あぁー、嬉しい……ギータさん、すきすきっ」  抱き着いてあごに何度もキスした。サンギータは押される側だったが、やがてミツレルの濡れ髪を優しく何度か絞ってから、抱き寄せてキスを返した。 「私もうれしいです。ミツレルさんが望んでくれて、よかった」 「でしょう? あたし、えっちでよかったですよね? へへー、ふふふ」  とろけるような笑顔で肌をすり寄せる。二人ともまだ一糸まとわぬ姿だったが、思うさま情欲を満たし合ったから、さすがにもう落ち着いていた。  じきにミツレルがやや真顔になって言った。 「それで、なんですけど……ちょっと聞いていいですか」 「はい、なんですか?」 「あたしたちって、どういう関係になるんでしょ?」 「え?」  戸惑うサンギータに、ミツレルはためらいがちに話した。 「二人でえっちしましたけど、もちろんそれだけでどうこうって言うつもりないです。執事と剣士だし、見習いと鉄竜だし、郷里も遠いし隊長嫌がるし、そもそもカーニムとエルミンですから、将来どうこうなんてことにはならないですよね。でも、その……今えっちしてよかったってだけなのか、それとももうちょっと別の何かなのか、いえっ、ぜいたく言うつもりはなくて、ちょっとだけ希望というか、もし、ってのを言っただけですけども!」  最後のほうはしどろもどろになってミツレルが言い終わると、サンギータはその不安げな横顔をまじまじと見て、つぶやいた。 「恋人、じゃだめですか」 「こぉっ!?」少女が一気に頬を赤らめた。「女と女ですよっ?」 「でも私はあなたが好きですし、あなたも女が好きなんでしょう?」 「それはっそうですけど、そんな無理……」 「恋人がだめなら、どう言ってほしかったんです?」 「それは……わかんないですけど」ミツレルが蚊の鳴くような声で言った。「サンギータさんがむらむらしたときに、あたしを呼んでくれたらいいなって」 「はい?」 「今日だけじゃなくて、この先何度も何度も、そういう役になれたらいいなって。ギータさんがですね、疲れたから相手がほしいから、来てくださいって言って、あたしがハイッて飛んでいって、ギータさんの好きなようにしてもらったり、言われたことをあたしがするんです」 「……私がそういうことをやらせる人間だと思われてます?」 「じゃなくてあたしの勝手な想像ですっ!」ミツレルが真っ赤になって叫んだ。「あたしが、体目当てでえっちしてくれるギータさんを想像してました! ハイすみませんっ、恋人なんか夢すぎて無理でした!」 「よくわかりませんけど、体の交わりをしたあとで恋人になってというのは、間に合わせというか、取ってつけた感があるということですか? それなら、確かに」 「そうじゃないんですけどぉ……」困ってまなじりを下げたミツレルが、ぽふんとサンギータに抱き着いた。「ギータさんの好きにしてください。あたし、合わせますから」 「といっても、私もミツレルさんに合わせたいんです。だったら、ひとまず恋人見習い……ということで、どうですか?」 「こいびとみならいぃぃ」  ミツレルは顔を押さえて、ぐねぐねと激しく身をひねった。 「それでもいいです、っていうか、そうしてください、うれしいです死にそうです……」 「ミツレルさん……おもしろい」 「はいっ?」 「あ、ごめんなさい。あなたのそんな姿今まで見たことなくて、新鮮だなって。かわいいです」 「あ、はい、かわいい……のは、ありがとうです……」  なぜか疲れたような顔で、ミツレルがうなずいた。  サンギータは続ける。 「もうちょっと勝手な話をすると、恋人にしたいというのは、あなたが隊に帰ったらみんなにもバレるからなんですよね。したことが」 「バレる?」 「バレるでしょう、破瓜した執事は花冠が散りますから」 「あ……」 「仲間にも一目瞭然です。すると彼らは、誰にどうやられたって根掘り葉掘り聞きますよね。聞くんですよ。そんなとき、私ですってはっきりしておけば、無用の詮索を防げますから」 「散ったのかな、散ってますよね、あたし、したんだから。ギータさんにしてもらったんだから……」  荷物にごそごそと手を伸ばしたミツレルが、あった、とつかみ出したのは、針金と細枝を組み合わせた簡素な装飾品――「処女の花冠」だ。ダイアイアー教会の聖職者に賜与され、法儀を挙式する貞潔さがあることを示す品物だ。しかしミツレルが首をひねる。 「あれ? ある」  冠の側面には、みずみずしい薄桃色の小花がいまだ息づいていた。 「咲いてますね」 「咲いてます。あれ? あたし散ってない……ギータさん、散らしてくれましたよね? してなかったです?」 「しました、はい」やや頬を熱くしてサンギータがうなずく。「間違いなくミツレルさんを生娘でなくしました。すみません、結婚もしてないのに」 「それはよくて。心底ギータさんでよかったので。でも、あれぇ……冠が偽物?」  つぶやいたとたんに、ビチッとミツレルの手に小さな火花が飛んで、「ひゃあ!?」と投げ出しかけた。 「痛、いった! すみませんでした、疑いました!」 「今のは、疑心の罰ですか? 初めて見ました」 「です、修行中何度も食らったけど、旅に出てからはなかったのに……本物みたいですね」 「花が咲いてると何か不都合なことは?」 「ない……と思います。その、人からはうぶだと思われるんですけど、それは咲いてる聖職ならみんなそうなので」 「ふうん? まあそれなら、ごまかす手間がひとつ省けたと思っておけばいいんじゃないでしょうか」 「それもそうですね。……ちょっとは聞かれたかったけどな」 「なんですか?」 「なんでもないです!」  ミツレルが言い返して花冠を枕元に戻した。  いまや宵は過ぎ、あたりはとっぷりと暗くなった。裸の二人はぴったりと寄り添って、服を着る代わりに毛布代わりに体にかけた。互いの顔や手足、それに今まで避けていた弱いところや隠れたところも、親密さをこめて存分に撫で回す。  それが少し度を過ぎて、もう十分したというのに火照って来てしまったが、サンギータがかろうじて大事なことを思い出した。 「シベットには七日で帰れと言われているけど、赤陸標までは片道三日、往復六日かかります。それなのに今日はろくに進めなかったから、日にちの余裕はほとんどないと考えるべきでしょう。明日は早起き、それにこの先も根を詰めなきゃいけません」 「もし無理そうだったら、引き返しませんか? あたしの陸標任務は今度でもいいので」 「これが済むまであなたの見習い号は外れません。強引にでも取っていくべきです。鉄竜がついているのに落とさせるわけにはいきません」 「あの、あたし、がんばります!」 「はい。万が一の時には私も助けますね」  力強く言うと、サンギータは顔を寄せる。 「私のミツレル。頼ってほしい」  ぞくっと闇の中でもわかるほど少女が震えた。はぁぁん、と妙な声で抱き着いてくる。 「ギ、ギータさん、それ響くぅ……もっと言って」 「すみません、今夜はもうやめましょう」 「でも」 「夜は明日も来るんですよ」  二人は頭を寄せ合って眠る。  風は少しずつ止んで、いつしか星が輝いていた。    (第四話へ続く)   第四話   1    うっすらと光が湧く夜明け前。岩のくぼみで眠っていた二人を、突如奇怪な大音響が襲った。   くわわわわわわわぁーん 「ぎゃっ!」「何?」  特大の鍋を棒でぶっ叩いたような金属的な音響に、ミツレルは衣服を跳ね飛ばして跳び起き、サンギータは油断なく剣を取って天幕から顔を出す。  周りは灰色で何も見えなかった。朝もやか、低く垂れた雲か。どちらとも知れぬ気体が視界を阻み、上空をゆったりと動く、大きな外套のようなかたちの影だけが見えていた。   くわわわわわわわぁーん…… 「いった、耳、痛っ!」 「これは……」  再び金属的な大音響。ばっさばっさと大絨毯を何度もはたくような風音も聞こえている。  ミツレルが頭の耳を押さえ、サンギータも尖り耳を伏せつつ身構えていたが、ばっさばっさという風音は少しずつ遠ざかっていき、やがて消えた。  ミツレルがおそるおそる耳を立てる。 「行っちゃったかな。なんだ? 今の」 「トワチカの雨傘」 「はい? なんの傘です?」 「それは――」  答えようとしたサンギータは、相手を見て息を呑んだ。  白金毛の小柄な丸耳娘は何もまとっていなかった。丸みのある柔らかそうな裸体をあらわにして座っている。  といっても今脱いだのではなく昨夜からずっとその姿なのであり、サンギータ自身も同じ裸なのだが、今は夜明け前の光が、白い肌をつや光らせていた。   サンギータは思わず見惚れてしまう。ごく自然に、股間のものがヒクンと反応した。  それを見たミツレルも、あっと頬を赤らめて、乳房と下腹部を手で隠した。 「見……見ました?」 「いえ、その、見たというか」 「見えちゃったですね。ギータさんだって」  少女は身を守りながらも、ちらちらと視線を向けてくる。サンギータは今さら隠そうにも隠せず、ひとまず剣だけ置きながら、周りの服を集める。 「私は……すみません、すぐ着ます」 「待って」ミツレルがかすれた声でささやく。「もうちょっとだけ……見ていい?」  サンギータは手を止め、集めた服を置いた。  そして、ミツレルのほうを向いた。ミツレルも手を下ろして肌をさらした。  二人、膝立ちでじっくりと裸身を眺め合った。あと少しで朝だが、今はまだ灰色の薄闇の中だ。 「うわぁ、すご……見せてる、見ちゃってるぅ……」 「すみません……こんなに見せて、見て」 「今はいいの、今だけです。あたしたち、もう交わっちゃったから」 「いいの……?」 「うんっ、好きなだけ見て、見せて……」  サンギータの双性の器官は、勃起したというより最初から生赤く剥けて反っていた。ミツレルはそこをしっかり見つめる。 「夜じゅう、ずっと大きくしてたんです?」 「これは……朝はこうなるんです、ひとりでに……」 「えっ、むらむらしなくても?」 「それは、まあ」 「そうなんですか。あたし……こうなのに」  ミツレルはむっちりした太腿を開いて、秘部を指で割ってみせた。唇がぽってりと濃い桃色に充血し、小さな粒が赤くぷっくりと腫れている。サンギータにそこを凝視されて、ぞくりと鳥肌を立てる。 「すっごく見てる」 「……」 「あたしも、朝はここ膨れてジンジンしちゃうんです。サンギータさんのそれ見たら特に……」  きゅちきゅちと秘唇を絞るようにこねていたが、ふわっ? と急にあわてて、手を見た。とっぷりと白いぬめりにまみれている。 「えっすごっ、あたしこんな……あれ? 違う」  指先で粘りをこね回して、ミツレルは照れくさそうに目を細めた。 「あれだ。これ、ギータさんがくれたやつです……」 「……っ」  サンギータは一瞬で最大まで張り詰めてしまった。 「んっん、んっ」  ミツレルは腹を手で押して自分で搾り出した。とぽり……とぽり……と、白濁の塊が途切れなく秘唇から垂れ続ける。 「すごぉ、たっぷり。ギータさんこんなに出してくれたんですねぇ……あたし同種だったらぜったい出来ちゃってましたね。ちょっと残念だけど、うれしいなぁ。あ、でも一昨日もですよね? こんなに出したらギータさん、空っぽ――」  拳でへその下をしごき出すように出していたミツレルが、ふと顔を上げて固まった。 「そんなことばかり言われると」  そう言って、サンギータが目の前に剛直を突き付けていた。ミツレルの前に膝立ちだが、赤く張り詰めた先端は、少女の頭よりも高くそそり立っている。  「私もつらいんですが」  短く言って、フーッフーッと息を荒らげながら少女を見下ろした。 「あ……」  目の前のものを先から根元まで見回したミツレルが、ぽーっと上気して目を潤ませ、「はい、えっと、あたし――」と両手で捧げ持つような仕草をしたとき。  剣のようにまばゆい光が不意に真横から二人を照らした。 「うわっ、まぶぶ」「……明けましたね」  稜線から顔を出した朝日が一日の始まりを宣言する。灰色のもやはすみやかに追い散らされていき、二人を包んでいた生暖かい空気も一瞬で消え去った。  思わず顔をかばったミツレルがまばたきしてまぶしさに慣れたころには、身を離したサンギータがてきぱきと服を身に着けていた。 「出ましょう、歩ける天気です。予定通り、今日はしっかり距離を稼がないと」 「は、はいぃ……」  服を着て髪を整え、肉湯を沸かして、昨日の木の実パンの残りを浸した。手早く食べ終えると、燃え殻を雑用の毛皮で包んで、外へ持って行き埋めた。 「荷造り、出来ましたです! 忘れ物なしっ」 「ありがとう。じゃあ低いところを少し歩いて、それから尾根に出ましょうか」 「はいっ」   最後の上着であるマントとケープを羽織って、歩き支度は完成した。ミツレルが体格に比して大きな背嚢を、んしょっと背負う。サンギータは倍ほどの背嚢を背負ってから、崖の下へ降りる道に出て、片手を差し出した。 「はい、ミツレルさん」 「あ、ども」  サンギータは、手をつないで下り道を先行しながら、ちらちらとミツレルを見守る。 「花冠、咲いてますね」 「あっはい、そうなんです! もー確かにギータさんの白いのがあたしの穴から出てきたのに、なんでしてないことになってんのか。壊れてるんですかね?」  可愛らしくも質素なダイアイアー教会の執事服に身を包んだ、無垢で健気な少女が、あけっぴろげにそんなことを言う。サンギータはその落差にめまいがした。 「……すみません、そのことに触れるのはやめませんか?」 「えっ? あーっその、だめですかね? あたしたちの間でも?」 「そうじゃなくて、そういうのは夜に話すのがいいかなと」 「夜……ですか」 「ええ。昼には昼のこと話しましょう」  サンギータがそう言い聞かせたのは、ミツレルにだけでなく、自分に対してもだった。今まで本人に対してひた隠しにしてきたような思いや行いも、ミツレルは屈託なく受け入れてくれるとわかった。だからこそ、意識して歯止めを利かせないと、いくらでも淫らなことを言ってしまいそうな気がしたのだ。 「嫌いになったわけじゃない……好きだから、ですよ」 「は、はいっ。あたしもです!」  うなずいて少女はぴょんと岩から飛び降りてきた。   2  一度水場に寄ってから、二人は岩尾根に登って歩いて行った。  ハルハナ迷林は手前から奥に向かってじんわり高くなる地形で、特段目立つ高台のない森なのだが、ここを含む数か所へ北部の山地からなだらかな尾根が伸びており、そこを伝えば低地を行くよりも見通しよく進むことができる。  歩き始めてしばらくしてから、サンギータは後方を指さし、森の彼方、薄れゆく朝もやの上に、ぼうっと星のように小さな鋭い輝きが明滅しているのを示した。 「ほら、この道なら白陸標が見えます」 「帰るならあっち、ってことですね」 「さっきの水場の先でも道が川に浸かってましたから、進むのもこの道しかないでしょう」 「ギータさん、詳しいですね。いつごろ来たんですか?」 「私が陸標台に行ったのは、ええと、もう十年前になるのかな」 「いま二十六歳ですよね、てことは十六歳! うわあ若い、十六歳のときのギータさんて、どんなだったんでしょう……!」 「何もわかってない剣術馬鹿でしたよ」  サンギータは苦笑した。 「ばかなんて! ばかなんてことないです、ギータさんは強くていろいろ知っててかっこよくておっきくて、温かくていい匂いがして――」  二人は緩い坂を登っていく。数え立てながら先を歩いていたミツレルが、ふと視線を巡らせた。どの方向にも数本の木が生えているが、尾根なので見通しはよい。薄雲のところどころに覗く青空を眺める。  そんなミツレルに、サンギータが尋ねた。 「何か探してます?」 「雨傘は、いるかなって」 「雨傘?」 「朝の、バッサバッサって飛んでたやつ。すごい声で鳴いて、ギータさんが言ったじゃないですか。トワチカの雨傘って」 「ああ」  サンギータはぐるりと周りを見て言った。 「あれは魔女トワチカの使い魔なんです。トワチカは知ってますか?」 「トワチカ……森の主ですね、迷いの森を作った」 「ええ、そのトワチカです」 「えっ、てことは、トワチカってまだ生きてるんですか? 何百年も前の人だと思ってました!」 「いいえ、もう生きてはいませんよ」サンギータは首を振る。「トワチカは男好きの魔女で、もともとピントの町に住んでいた。最初は独身の若い男を誘っていたが、次第に妻子もちや年端もいかぬ少年までたぶらかしたので、ハルハナの森へと追放されてしまった。けれども、そこでも森を迷路と化して、思いのままに振るまい始めた。気に入った男を何人も吸い寄せ、気に入らない男は追い払ったので、人々は森に入れず、困り果てた……」 「それで領主様が頭に来て、討伐隊を差し向けたんですよね!」  ミツレルがあとを引き取り、サンギータがうなずいた。 「そうです。ちゃんと知っていてえらいですね、それも教本で?」 「はい、ちゃんと勉強してます! えへへー」  はにかむミツレルに、サンギータはやさしい眼差しを向ける。 「トワチカが死ぬ前に送り出したのが、あの雨傘と呼ばれる使い魔です。討伐隊の男どもを襲えという命令を受けて、いまだにそれを守っている」 「今でも討伐隊が来るんですか?」 「来ませんよ。だから彼はやることがないんです。私たちが襲われることもない。ただ無為に森の上を巡っているだけです」 「やることもなく、何百年も?」 「はい」 「へええ……」  それを聞くとミツレルは、少しだけ寂しそうに空の彼方を眺めた。 「そんな長いあいだ、一匹だけで……それはちょっとかわいそう」 「そうですね、まあ一応友人はいるんですけど」 「友人?」 「ええ、森の奥に住んでいる人たちがいて、それらと雨傘は交流があるんです」 「そうなんだあ、ギータさんはなんでも知ってますね」感心したミツレルが、首をかしげる。「でも、なんでそんなことまで知ってるんですか?」 「それは――」  サンギータが言いかけたとき、「助けてくれ……!」とかすれた声が聞こえた。  ハッとして二人はそちらに耳を向ける。近くの木々の向こうらしい。 「男の人?」「ミツレルさん、武器を」  サンギータはすでに背嚢をその場に下ろしている。ミツレルもあわてて荷物を下ろす。 「敵ですか?」「確かめます。周りを見ていて」  サンギータは剣を抜いて茂みに踏み込む、その後ろから、ミツレルは短杖をかまえて普段使いの祝祷を唱えた。 「ギータさん、護身の膜!」  ふわりと青白く光るクモの巣のような膜がサンギータに飛んだ。片手をあげて答えながらサンギータは前方に注意を集中する。何かをめちゃくちゃに叩く音、それにシューッと鋭く息を吐く音がする。  獣の気配だ。だが、この辺りにはそう危険な生き物はいなかったはず……。  茂みを踏み越えたサンギータは、意外な光景を見た。  血を流して傷つき倒れている男たちと、それを襲う獣の群れ。意外なのは獣の小ささだ。猫よりは大きいが、人の膝ほどの高さもないような、体の細い灰色の小動物たちが、すばやく動き回って人間に噛みついている。 「……ネズミグマ?」  肉食の獣には違いないが、大のおとながやられるような猛獣ではない。  ひとまず、「大丈夫か!」と叫んで、木の枝を振り回して抵抗している男のもとへ走った。枝はそこらの地面に当たるばかりで、獣は狡猾に逃げ回っている。  そこにサンギータが斬り付けた。  ぎゃん! と一匹は絶命した。もう一匹はひらりと避けた。さらに一匹確かに斬ったものの、これもするすると茂みへ逃げ込んだ。  それで終わりだった。あっというまに獣たちは逃げていった。 「ミツレル、治療を!」 「はい!」  駆けつけたミツレルがけが人の様子を見て、強水の瓶を取り出し、血の浄めの教会法儀を始めた。サンギータは油断せず、剣を抜いたまま周囲を見て回った。何かもっと別の手ごわい敵がいると思ったのだ。  すると、法儀を受けている男が言った。 「ありがとう、助かった。あいつらは逃げていった……」 「あなたたちは?」 「香木取りだ。鑑札もある、道は踏み外してない。傭兵か?」 「ええ、シベット隊」  ハルハナ迷林は危険のある森だが、その分、木材や果実や獣たちなど恵みの豊かなところなので、小金稼ぎの農民や市民たちがしばしば入りこむ。香木取りというのもその一派だろう。  サンギータはいぶかしむ。 「鑑札持ちなら素人じゃないでしょう。なぜあんな、ネズミグマなんかにやられたの」 「それが……さ。昨晩、あの好色女どもに襲われたんだ。それでへろへろにされて、全然動けなくなって……あんなけだものどもにも、いいようにやられちまった。普段なら蹴飛ばしてやるのに」 「淫魔たちに精気を抜かれたから、弱っていたっていうの?」サンギータは呆れて剣先を下ろす。「備えはどうしたの? 淫魔が出たら男はやられるのよ」 「この辺りでは淫魔なんかほとんど出ないんだよ!」弱々しく男が抗議する。「いつもならな。出たって一、二匹で、すぐ逃げられるんだ。昨晩みたいに、何十匹も来るなんておかしいよ。こんな森の浅いところで……そりゃあいつもよりは歩いたが」 「浅くないですよ。ここはもう五トックリは入ってます」ミツレルが強水を小瓶に分けてちゃかちゃかとかき混ぜる。「ひょっとして、赤陸標を当てにしてました?」 「もちろんだ。赤は逃げろだ。まだ赤は見えてない。……まさか」 「ええ、今消えてるんですよ、赤」 「なんてことだ……」  男が肩を落とした。ミツレルが彼の前にしゃがんで、ちょっと我慢してくださいね、と強水を傷口にかけた。シューッと煙が上がる。 「ぐあっ、ううう……」 「デス・エラシコンクエル・レコンクルーエン。上主により血を浄め、なお精を加う……。だいじょぶです?」 「い、痛い。燃えそうだ……うぐっ、ぐうう」  傷を焼かれた男が苦しみに悶えて、ミツレルに抱き着いた。とっさに振り払いかけて、ミツレルはこらえる。胸に顔を埋められたまま、じっと耐える。  そばで見ていたサンギータは思わず、剣先を上げてしまったが、気付いたミツレルが首を横に振った。男の背を繰り返し撫でて語りかける。 「苦しいですよね。腐り止めと強壮もつけたから、体の中がぎゅりぎゅりすると思います。でも、すぐ収まるので」 「ああ……ありがとう、執事さん」  男はしばらくあえいでいてたが、やがて身を離して地面に横たわった。 「しばらく休んでくださいね……それで、帰ったらダイアイアー会のミツレルに喜捨してくださいね」  やさしい口調でいたわりつつ、そんなことをしっかりと言い聞かせてから、ミツレルはサンギータに振り向いてにやりと笑ってみせた。  それからミツレルは他の数人にも同じことをして回った。サンギータは剣を拭い、少し先にあった男たちの野営地から荷物を持ってきた。 「この上の尾根に出て少し戻ると、白陸標が見えます。自力で帰れる?」 「あんたたちを雇えないか?」 「ごめんなさい、赤陸標のつけ直しに行くのよ」 「それじゃあ頼めんな。まあ、白が見えるならなんとか」  全員おわりました、とミツレルが報告する。できることはやったと判断して、サンギータはその場を離れることにした。  再び尾根に出て、少し進んだところで、横からミツレルがどっと抱き着いた。 「ギータさん、ありがとです!」 「わ。なんですか?」 「あたしを守ろうとしてくれましたよね? 剣向けて」 「ああ、早とちりでした。淫魔にやられたばかりなのに、女を襲うはずがありません」 「ですね、こんなちっちゃいイタチにてこずってたし! でもギータさんは、ザクーッて、ブシャーッて、早業で!」 「ネズミグマ五匹ていどなら……自慢にもなりません」 「でもかっこよかったです! それに――うれしかったです」  少女はほんのりと瞳を潤ませて、いたずらっぽく顔を覗きこんできた。 「やいてくれましたよね?」  サンギータは一瞬目を逸らしたが、ごまかすこともないと思い直した。 「ええ」 「う〜〜〜、うれっし!」  ミツレルはパタパタ足踏みして飛び上がり、やったやったとスキップしていく。サンギータはややあきれて、今までだってかばったことはあるでしょうと言った。  ミツレルが数歩先で、ばっと振り向く。 「昨日まではただのお友達でしたー。でも今朝からは――」  少女はすたすた戻ってくると、幼い顔をほのかに上気させ、とろんと半眼の表情になって身を寄せた。 「結ばれたふたり……です」 「ミツ――」 「まだぬるぬるしてますよぉ……?」 「……っ!」  膝頭をもじもじと擦り合わせてそう言う。その熱くなった耳たぶや首元から、ほのかに甘い香りが漂い始めている。  それをひと嗅ぎしただけで股間にズキンと響いて、下着が突っ張り始めた。サンギータは棒立ちになってしまう。  とっさに邪念を払おうとして言った。 「――ミツレルさん、お疲れさまでした」 「え、はあ」  戸惑うミツレルの肩に手を当てて、こちらを向かせる――という仕草で、巧みに体から引き離す。 「相談せずに突っこんでしまいましたけど、後衛と治療、ありがとうございました」 「そんなの別にいいですよぉ、どんどん命令してください!」 「ええ、じゃあしますね。もたもたせずに行きましょう」  む、とミツレルが口を閉ざす。まだ甘い雰囲気に戻りたいようだ。  あえてサンギータはきっぱりと行く手を指さした。なだらかに盛り上がっていく坂の向こう、森の最奥を。 「赤陸標を頼りにしているのは、きっとあの人たちだけじゃありません。今、森じゅうで何人もが迷っているはずです」 「それは、そうですけど」 「おかしいな、帰れない、こっちで合ってるはずなのに、と困っている。その人たちのためにも、頑張らなきゃいけません」 「それもそうですけど……ほんとにそう思ってます?」   ミツレルの視線をサンギータは受け止めた。 「おうい!、あんたたち」  突然、後ろから呼びかけられた。二人は振り向く。  道の下のほうで、先ほどの男たちが手を振っていた。 「じゃあな! 行ってらっしゃい!」 「あ、どうも……」「みなさん、お大事になさってくださいねー」  声を上げるミツレルは、聖職者らしい優しげな顔だ。ひらひらと上品な仕草で手首を振って見せる。  そして男たちが去っていくと、あの……と、また切なそうな顔になった。 「あの……ちょっとだけ本音言っていいです?」 「ええ」 「いえっ本音って言っても任務が大事なのはわかってます、ちゃんとやりますし、困ってる人たちも助けます。昼には昼のことを言おうって思います。でもでもっ」  ミツレルはサンギータをひっぱってかがませ、泣きそうな小声でささやいた。 「えっちがしたいんです〜〜」 「ミツ……」 「あんなの初めてで。昨日ぎゅーってされたのが良すぎて、その人がそばにいて、今また他人も隊の人もいなくて二人きりって思うと、歩きたくもないです。ギータさんとさわりっこしたい、はだかになってくっつきたい、恥ずかしいとこ見たり見られたりしたいっ……!」 「……」 「……だめですか? お叱りですか? あの、叱ってもいいのでちょっとだけ本音教えてください、ギータさんは……昼はえっちをしたくないの? あたしにちゅーしたり、硬いの入れたいって思ったりしないです?」  サンギータは、ごくりと唾を呑み、さらにもう二回唾を呑みこんだ。  双性の印があっという間に焼け石のようにいきり立ち、反り返った  ただそれは、一瞬で反り返りすぎて腹に食いこんでしまったので、厚手のスカートの外からでは見えなかった。  その本能が命じるままに動くことを――女剣士はかろうじてこらえた。 「ミツレルさん、それじゃあ……」かがんで少女の丸耳にささやく。「今から十分だけ、応急処置をしてあげます。十分味わったらそれ以上のおねだりはなし、文句もなしです。いやならこのまま出発です。――いい?」 「はいっ、はいっ!」ミツレルは息を荒ららげて食いついてくる。「して、おうきゅうしょち、して! えっち、えっちなことですよね?」 「ええ」  手を引くと聖職の少女は夢見るようにうっとりとついてきた。尾根道を外れて茂みの中に二人でしゃがみ、サンギータはいきなり覆いかぶさるように深いキスをしながら、ミツレルのスカートをたくしあげた。 「指をあげますね」 「ゆび」 「私の指でミツレルさんのはしたないウズウズのお肉をぐちゃぐちゃにしてあげますから、時間内めいっぱい味わってください」 「っふぁぁ……!」  腕に抱いたミツレルの首筋にぞくぞくと震えが走ったのがわかった。  サンギータは熱を持ってぽってりと腫れた少女の性器を、下着の上から手のひらに収めてぎゅっぎゅっと握った。ひと握りごとに「……っぐ!」「んふ……!」とミツレルが身をこわばらせてうめく。そこは触る前から温めた水飴の壺みたいにじっとりと湿っていたが、丁寧に揉み絞るうちに、じゅうっ、じゅうっとしずくが垂れるほど濡れそぼってきた。  息継ぎに唇を離すと、白目を剥いて「それ……それして……」と忘我でつぶやいている。集中して味わい尽くしてほしいから、サンギータも何も言わない。  小さな体を膝の上に抱えなおして、まるで楽器でも弾くかのようにしっかりと抱きしめ、再び股間に手を入れた。ミツレルが自分から大きく脚を開こうとするのを抑えて、秘部をまさぐり、溶け穴を見つけて、股布を避けながら中指をずっぷりと滑りこませる。  同時に、すっぽりと丸い形を作るようにマントの中に押し包んだ。 「いーたふぁんん――!」  裏返った嬌声もキスで塞ぐ。外からのすべての余計な刺激を排除して、唇と指だけを与えた。ゆび。女剣士の強くてしなやかな指で、少女の肉洞をこねくる。開いたばかりの柔らかい粘膜は指紋を感じ取れるほど敏感だから、激しく突き荒らすまでもない。  ぴったり閉ざした太腿のあいだで、縦にした手のひらから伸ばした中指で膣中をこすり上げ、親指で幼粒をこね回す。圧迫された狭い中心部で念入りに刺激を重ねていくと、ミツレルはんふー、んふー、と鼻息も荒く悶えて、箱から飛び出そうとする小動物のようにビクビクと膝や肩を暴れさせた。  気持ちよさを外へ叫びたがるようなその悶えを、舌を差しこむ深いキスの合間に、サンギータは手直ししてやる。 「手足を忘れて。中へぜんぶこぼして。おまんこに。そこにぜんぶ」 「……れちゃっ……!」 「漏らしていいから」  そう言ってまたキスに沈め、股の奥に最後のこね回しを練りこんだ。  あふれかえるトロみの中で、サンギータは指の群れを、ぎゅりっと粘核に食いこませる。 「んーっ! んっんっ! んっ――ぐ……」  まるで刺突から逃れようとする罪人のように、尻をぐいぐい動かして暴れたミツレルが、不意に自分からぎゅうっと身を縮めた。中心の快部にむかって、強く強く、貯めたものを絞り出すように。  きゅっ、きゅうっ、と柔穴の弾力がサンギータの指を食い締める。ぷしゃぁっ、と激しいしぶきが手にかかる。少女の背中と前髪から、ぶるぶると痙攣の波が伝わってきた。それを感じ取って指先の力を調節するのは、いともたやすいことだった。 「これ、出しちゃって」  下腹を軽く押さえることまでしてやると、慣れない絶頂でなかば意識まで失った少女は、我慢することも忘れて、貯めていた温かい小水をしょろしょろと垂れこぼした。   ひくっ、ひくっと指を締め付けていた力がやがて消える。サンギータがそっと腕を開くと、ばらりと執事の少女はほどけた。汗と潮の甘しょっぱい匂いが立ち昇る中、完全に焦点を失った目をして息を震わせている。ぐったりと投げ出した太腿の奥の、秘唇さえもてろりと開き切った姿で、ミツレルは激しい絶頂の余韻を表していた。  サンギータはそっと彼女を草の上に横たえると、そばを離れて水筒の水を飲んだ。  そして喉を湿すと、残り全部を頭からかぶった。 「……はあっ」 「ギータ……さん」  ミツレルが顔を向けていた。まだ手足も動かないようだが、幸せそうな顔をしている。 「すごかった……」 「確か香木取りの野営地に、水場があったので」  サンギータはそっけなく言ってその場を離れた。  水を汲んで戻り、起き上がって困った顔をしているミツレルに水筒を渡して、尾根に上がった。  涼しい風を受けて待ち、やがてやってきたミツレルと合流した。 「あの」 「はい」 「ギータさんは?」  達して洗って拭いて、見るからにさっぱりした様子のミツレルが、気がかりそうに尋ねる。  サンギータは平板な口調で答える。 「私が始めちゃったら、今日はそこで終わってしまうんですよ」 「……ああ」 「出発します。いいですよね?」 「はいっ」  うなずいたミツレルが、何やらもじもじと目を伏せてから、サンギータの袖をぎゅっと握った。 「ありがとう、ごめんなさい、それと……その、夜は!」 「はい」 「夜は、ほんとにギータさんの番で!」  サンギータは少し目を逸らしてから、ミツレルに微苦笑を見せた。 「ミツレルさん、本当に好きですよ。――でもそれは効きます」 「えっ?」 「すっごく耐えてます」 「あっあっ、ごめんなさい! 行きましょー、ねっ?」  謝ってミツレルは駆けだす。サンギータは二度、深呼吸してついていく。   第五話    1  陸標台へ二人旅、それはサンギータとミツレルにとって秘密の期待の旅であり、二日目の夜に身も心も結ばれてからは、愛情深い助け合いの旅になるはずだった。  ところが三日目、迷林の奥地を目指す二人の道行は、いたわりと拒絶をぶつけ合う、奇妙にぎすぎすした旅となっていた。 「あの、ギータさん、つらかったらいつでも──」 「大丈夫です。それより、前に出ないでください」  …… 「ギータさん、ほんとに無理しないでくださいね?」 「してません。それより、風上に回らないでください」  …… 「ギータさん、追い風なので前も後ろもだめなんですけど──」 「とにかく離れてください、手にさわらないで!」 「そんなぁ……うう」 「理由わかってますよね? 納得してくれましたよね?」  泣きそうな顔でたたずむ少女執事に、女剣士は無理やり目を逸らしながら言いつける。 「あなたが目に入っても、体の匂いがしても、つらいんです! すごく魅力的でそそるから!」 「わかってますけどぉ……」  斜め後ろに八歩離れたところから、ミツレルが言い返す。 「それじゃ嫌われてるのと一緒ですよお」 「嫌いになりそうですよ、そんなに近づいて来られたら」 「がまんしなくていいのに──」 「がまんしなかったらその場で野営になっちゃうんですってば。話したでしょう?」  サンギータが怒りを募らせて振り向くと、ミツレルがおずおずと提案する。 「野営までしなくても、あたしの応急処置じゃだめですか?」 「あなたの?」 「ギータさんが手でしてくれたみたいに。あたしもその、手とか……口とかで」  そう言うと少女は聖具の短杖を口元に寄せた。  目を閉じ、薄桃色の唇からてろり……と濡れた舌を伸ばす。 「あたし、ギータさんのだったらだいじょぶです……」  サンギータがそれを見て、呆然と立ちすくんだ。スカートの前垂れが、隠しようもなくゆらゆらと持ち上がる。 「うっく……ミ、ミツレル……さん」 「はい?」  サンギータは手招きしながら、天を仰いで目を閉じる。ミツレルが期待してやってくると、おずおずとその両肩をつかんだ。 「それは、私のおち──これを、舐めるということですか」 「んと……は、はい」  ミツレルはためらいがちにうなずく。サンギータは尋ねる。 「きれいじゃないですよ。わかってるでしょう」 「わかってます、今朝見ましたもん。あのとき、いいなって」 「いい?」 「つやつやして、りっぱで、ギータさんの匂いがして。見るだけじゃなくキスしたい、おしゃぶりしてみたいって、自然に思いましたもん。──あの、いやだったりします? あたしの口に入れるの」  聞きながらミツレルは、肩をつかむ手にぎゅっと力が入るのを感じた。  すー、はー、とサンギータがとても大きな息を何度もついて、答えた。 「いやでは、ないです」 「キスしていいですか?」 「されたいですし、ものすごく入れてみたいですし、そのまま思いきり出したいです。出していいんですよね?」 「はい! あたしのお口に、そのままびゅっびゅってしてください。わあ、サンギータさんのあの白いの、すっごくドキドキする──」 「ミツレルさん」  サンギータがひどく低い声で静かに言った。ミツレルは口を閉ざす。 「やっぱり、だめです」 「なんでですか!?」 「交わるのと同じぐらいいやらしいからです。わかるでしょう?」目を見開いて、サンギータが顔をのぞき込む。「そんなことされたら絶対止まりません、そのまま朝まで放しませんよ! 今もう、この場で脱ぎ捨てたくてたまりません!」 「ギータ、さん……」  ミツレルが驚いてから、すっと照れくさそうに目を伏せる。 「え、はい。脱いで、朝まで……いいですよ」 「だから、だめです」  あからさまに股間のものを固くしたまま、サンギータがミツレルの体を横へ押し離した。その手つきが異様に丁寧で力強く、込められた抑制と配慮が少女に伝わった。 「私は、今日を歩き抜くまでこらえ抜きます。あなたも、それまでこらえてください」 「こらえるん……ですか?」 「私の心配をするのを我慢してください。私がどんなにつらくても──実際気が遠くなるほどつらいんですけど──欲に負けることを許さないでください。これはお願いです」 「あたしはそんな意地悪なこと、したくなんか──」 「していいんです、しなきゃいけません。いいですか、しょせんは一人の『棒持ち女』が、汁を出したがってるだけのことです。そんなのは、まともな女の子が取り合うことじゃないんですよ」 「ギータさん……」 「きっとこれが、私たちに必要なことだから」  サンギータはぎこちなく微笑みかけた。それは強制と言うよりは、懇願の笑みだった。 「は、はい……」  ミツレルは仕方なくうなずいた。   2  その午後の道行きははかどり、素晴らしい旅となった。あくまでも、旅路だけは。  二人は尾根道を登り詰めると、山の肩に当たる疎林に出て、低木の枝に実ったアイベリーの実を見つけた。サンギータがミツレルを肩車して、その可愛らしく甘いピンクの実を摘み取った。  またしばらく行くとコオリイバラの絡み合った白い枝葉が行く手を阻んだが、これは主に腰より高いところに密生しており、地上近くは隙間があって入りこめたため、四つん這いになったミツレルが先導して──この地の多くの獣たちがするのと同じように──なんなくその一帯を通り抜けた。  軽食を摂ったのち、午後の道行きを再開すると、ほどなくあたりは岩場になった。そのとき前方の地面が波打ったような気がして、サンギータが目を凝らした。 「あれは──」 「……地崩れ? ですか?」 「いえ、違う」素早く周囲に視線を飛ばして、サンギータはひとつだけぽつんと転がっていた、ひと抱えほどの丸岩に目を留めた。「モリツナミです、ミツレルさんこっちへ!」 「え、はい?」  わけが分からぬまま駆け寄ったミツレルを、サンギータは荷物ごと横抱きにして、見つけた岩の上に飛び乗った。ちょうど一人分の幅しかない岩だ。  そこへ灰色の絨毯のようなものが押し寄せた。周りじゅうの地面を埋めてざわざわと流れていくそれを見て、ミツレルが押し殺した悲鳴を上げる。 「虫ですか、これ!」 「モリツナミ、周回性のクビナガムシたちです。群れの一匹でも血の通ったものに触れると、たちまち全部が群がって血を吸い始めるという」 「いやああ! ぜったいやです、この森にそんなのいるんですか!?」 「ええ、でもひとつの森に、ひと群れだけです。群れと群れが出会うと、必ずどっちかを吸い殺してしまうので。よほど運が悪くなきゃ遭遇しません」 「いま遭ってるじゃないですかぁ」  いわゆるお姫様抱っこをされているので、ミツレルがサンギータの首にしがみついた。そこではっと動きを止める。  サンギータも固まっていた。抱き上げたミツレルにゆっくりと顔を近づける。  そして、その豊かな胸と柔らかな腹に、静かに顔を押し当てて息を吸った。 「あ……う……」  すーっ、すーっと温かい呼気が、ミツレルの衣服に染みとおる。あっという間に虫への恐怖が心の片隅に押しやられて、お互いへの気持ちが膨れ上がっていた。  サンギータが顔を上げ、ふいとこちらを向いた。その顔があまりにも近くて、ミツレルは反射的に目を閉じて唇を差し出してしまう。  ほんのわずかな気の迷いだったのに、即座に唇が重なった。頭を支えられて、深く熱くキスされる。「んう」と互いが甘い鼻息を漏らす。  そのまま舌も唇もとろかして交わりたいという気持ちが、燃え上がりそうになった。まるで油でいっぱいの樽に種火が放り込まれたみたいだった。  実際ミツレルは燃え上がっていた。頬がかっと熱くなって胸が高鳴って、腰から下の力が抜けてしまった。この一瞬で、抱かれる準備ができていた。  唇が離れたとき、「もっと……」とミツレルはつぶやきかけたが、それより早くぶらんと脚が垂れた。また悲鳴を上げそうになった。サンギータがミツレルの両脇を支えて、猫の子のように地面に下ろしたのだ。 「ひゃあ……あ?」  ふらついたものの、なんとか立つ。いつの間にか、流れる絨毯のような虫の群れは通過していた。  サンギータはそっぽを向いて、また深呼吸していた。ここまでの流れを承知していながらも、ミツレルは「ギータさん」と言わずにいられなかった。  ねだるような、許すような甘い声で、「ギータさぁん……」と。  サンギータは半トックリほど向こうの尾根を指さして、「あの張り出しにある猟師小屋まで行って、日暮れ前に身づくろいと食事の支度をきちんとします」と言った。  それから丸岩を降り、見上げているミツレルの頭に、軽く頬ずりした。 「少しだけ、踏み越えちゃいました」 「はい……」 「ミツレルさんもしたいんですね?」 「はい、すっごく」  こっくりとうなずいたミツレルと、潤んだ目を見交わして、サンギータは微笑んだ。 「あとちょっとですから、ね」 「はい」  そう言って三十歩ほど進んだところに、落雷で裂けたらしい大木が倒れていて、幹の下に枯れ枝と落ち葉が溜まり、ちょうどひとが二人寝そべることができる、心地よさそうな物陰ができていた。  その横を通りがかりながら、サンギータがミツレルの手を握って流れるように物陰に引きこんだ。ミツレルはまるで初めから約束していたみたいに、無抵抗にどさりと倒れると、せわしなく背嚢を下ろし、ケープの前をはだけ、スカートをたくし上げて、出せる限りの肌を出した。  まったくの無言でサンギータがスカートの中から下着を引きずり降ろし、とうとう反り返ったまま戻らなくなった男根を突き付けた。口を開けて舌を伸ばしたミツレルがしゃぶりつく直前に射精して、愛らしい唇と鼻と頬を白濁まみれにしながら、深々と肉棒を呑みこませた。 (第六話へ続く)   第六話    1  半トックリというのは近くはないが遠くもない。熱いシチュー鍋を抱えていったらほとんど冷めずに食べられるぐらいの距離だ。  そんな距離を、二人は我慢できなかった。  倒木の陰で女剣士は少女執事の唇と肌を白濁で汚し散らしたし、その先の岩陰でも少女執事がまぶしいほど白い汗ばんだ尻を差し出し、女剣士から搾り取った。  いずれもその場で夜まで続きそうな、熱い交わりだった。倒木や岩陰がもっと深くて安心できる場所だったら、そうしてしまっただろう。  あいにくどちらも気休め程度の隠れ場所でしかなかったので、一度ずつ事を済ませてわずかに休むと、二人はまたそそくさと張り出しの猟師小屋へ歩き出した。  しかし、秘めごとを済ませた後の晴れやかさはなかった。むしろ、まだぜんぜん終わっていないという、湿ったもやのような気配でつながりながらの歩みだった。  石積壁の屋根に土を盛った小さな猟師小屋は、戸口が革ひもで縛ってあり、いい具合に無人だと知れた。戸を開けて空気を入れ替え、何やかやと泊まり支度をする間、二人はずっと無言だった。  口を開いたのは、サンギータが石組暖炉に大きな鉄鍋を見つけたときだった。 「こいつはでかい……ということは、近くに水が出るな。ミツレルさん火を熾しておいてください」 「は、はい?」  サンギータは木桶を探し出して戸を開ける。ミツレルが暖炉に付きながら訊く。 「このおっきいお鍋で料理するんですか? 二人でそんなに食べないと思いますけど」 「湯を沸かして、体をきれいにしましょう。そろそろしたくないですか」 「あっ、そうですね、そうです! 実はだいぶべとべとです」  パッと幼い顔を輝かせる少女に、女剣士はかすかに意味ありげな微笑みを向ける。 「それを……拭き合いっこにしましょう。私があなたに、あなたが私に」 「えっ」 「好きなだけ拭く。私は拭きたいです」 「わ……わぁ……」  ミツレルがはにかんで目を細めた。  地形を見て、小屋が建つ張り出した崖の下に、澄んだ湧き水を見つけた。サンギータが二度、三度と往復し、大鍋がいっぱいになるころには、ミツレルが組んだ焚き木も盛大に燃え上がった。荷を解いて湿りものを干すうちに、日が暮れて一気に冷えた。  いつでも取れるよう抜き身の剣を置きつつ、サンギータは軽甲を外して肌着になる。ミツレルは猟師小屋らしく巻いてあった大毛皮を見つけて、床に敷いた。それは夜の闇より黒いふかふかした大黒虎の皮で、町で高く売れそうにも思えたが、よく見るとあちこちに大きな斧傷があり、この大物を仕留めた時の様子が手に取るようにわかった。 「だから売らなかったんですね」 「一番いいやつだからかもしれませんよ?」  壁や戸の隙間から森の涼気が忍び込む。半裸の二人はよく燻されて煙の臭いのするふかふかの毛皮の上で肩を寄せ合い、じっくりと乳房を揉みしだいたり、キスを求めたりしながら、火を見つめた。 「あたしってほんっとダメですね、急いで旅しなきゃいけないのに、んめっう、こんなに溺れちゃって、ギータさんを誘いまくっちゃって、ねぷうぅ」  肩に回されたサンギータの腕の中で、唇を吸われてミツレルの顔は蕩けている。キスだけでなく下腹部では白濁まみれの穴を指でまさぐられ、太腿をくねらせて挟み付けている。 「さわって、さわって、ギータさんいっぱいいじって、ごめんなさいぃ……」 「んっく、ミツレルさん、こすらないで、じっと握ってて、くふう……」  サンギータは黒い下着から突き出した牡のものを握らせている。肉棒はもったりと重く膨れてミツレルの手に乗っているが、まだ八分勃ちで、握力がかかるつどジィンジィンと小刻みに震えている。 「私もごめんなさい、全然がまんできなくて。今日は急ぐって言ったのに、結局手を出してしまって」 「仕方ないですよぉ、だってえっちなことがありすぎだったですもん。木の実を取るとき肩車なんかしてもらっちゃって、ギータさんの首があそこに当たっちゃって、ジンジンして」 「ミツレルさんの太腿、すべすべでほんのり甘塩っぱい匂いがして、たまりませんでした……」 「茨をくぐるときも四つん這いで行ったから、スカートで隠せなくって」 「目の前がミツレルさんのお尻だったから、本当に困りました……」  いまだつたない手つきながら、ミツレルは飼い猫の顎を撫でるように、男根の裏をやわやわと揉んでいる。その肉棒が、追憶に合わせてぐっ、ぐっと反り上がった。ミツレルは息を呑む。 「わあ、すごぉ……ギータさん、さっきしたのにまだしたいです?」 「あなたが思い出させるからでしょう……したいですよ」 「信じてほしいんですけど、あそこまではわざとじゃなかったんですよう!」 「あそこまでは? じゃあそのあとは?」 「そのあとはギータさんといっしょです。間に合わなくてもいいや、って。叱られても、誘っちゃおうって」 「……」 「あの倒木の陰でたっぷりぶっかけてくれて……それから岩陰でも、叱らずにずっぷり入れてくれて、優しく気持ちよくしてくれて……嬉しかったです! お尻、引っぱたかれるかもって思ったから」  今繰り返し撫でている剛棒が、自分の肉穴を押し広げる熱くねっとりした感触を思い出して、ミツレルは無意識に股の奥をぴくつかせてしまう。耳元でサンギータがささやいた。 「……そうでもないですよ」 「え? 引っぱたいちゃうですか?」 「そのことじゃなくて……まだ間に合わせる方法はあるってことです。助けを借りて川を下ったり、雨傘≠ノ乗せてもらったり──」 「雨傘≠ノ乗れるんですか!? どうやって?」  ミツレルが目を見張って動きを止めた。もう一言聞いたらきっぱりと欲情を忘れそうな顔だった。  それを見たサンギータは口をつぐみ、湯の沸いた鍋に目をやった。 「そろそろ、あれをしませんか」 「……はい」  木桶に湯を移して手ぬぐいを二枚絞る。手渡している最中からミツレルがサンギータを拭き始めた。女剣士はそれに合わせて敷毛皮に横たわる。しっかりした長身を拭いていく少女の瞳に、暖炉の火が揺れる。 「サンギータさんの腕、すてき……ふわふわで、すべすべして、たまにビシッと固くって……」  左腕から首筋、右腕へ。ミツレルが愛おしげにサンギータの体を渡っていく。熱い湿り気が肌を滑り、通り過ぎると爽やかに冷めるのが心地いい。戻ってきて腕を持ち上げて腋を拭き、くらっとめまいでもしたようにそこへ倒れこむと、スーッと深く吸って、動きを止めてしまった。その頬が鮮やかに赤く染まる。 「ギータさん……」 「な、なんですか。続けてくださいよ」 「これ……ダメです。女みたいで男の人みたいな、甘くて苦い……」  半眼になって何度も吸っている。腰のあたりに股間をくにくにと押し付け始めたと思ったら、すぐに柔ひだの潤みが感じられた。 「ギータさん、すき、すき……」 「そこでそんなこと言われても」  サンギータはやや複雑な気持ちでミツレルの股間に手を伸ばし、蜜穴にずぷりと指を沈めた。ひうぅん、と切なげにミツレルが背を反らす。拭いて、と促すとようやく続きを始めて、今度はサンギータの胸に吸い寄せられた。おっぱいかわいいです……と丁寧に撫でまわし、乳下も拭く。 「ギータさんはここもダメ……」 「そこはあなたもじゃないです?」 「自分のは全然じゃないですか。あ、ダメってほめ言葉ですよ?」 「たぶんミツレルさんを嗅いだら私もダメです……」  仕返しに指の動きを強めると、ミツレルはがくがくと腰を揺らしながら、他へ拭き進んでいった。  「お尻、こっちに向けて」 「……あたしもですかぁ?」  自分のこととなるとやっぱり恥ずかしいらしく、ミツレルがためらいがちに体を回した。待ち構えていたサンギータはミツレルのふくらはぎから拭き始める。思っていた通り、ふっくらとしてとても柔らかい半月型の肉がついている。可愛いけれどずいぶん大きな膝蓋骨の上には、サンギータを魅了してやまない、迫力のあるどっしりた白い腿肌がてらてらと広がっている。歩き強いエルミン族ならではの下肢だ。 「ミツレルさん……」  そこまで来ると、サンギータは拭きながらキスしている。いや、舐め回して吸っている。手に余るほどのたっぷりした肉を繰り返しつかみ、口づけのあとをつけまくる。それは昼間にアイベリーの実を取るために肩車したときからしたかったことで、ここまで来て遠慮するつもりはさらさらなかった。  ミツレルは文句を言わない。彼女も似たようなことをしているからだ。 「ここ、いっちばんダメです、はぁむ、んっぷ、んるぅ、れる……」  互いに上下逆で重なっているから、ミツレルの目の前にサンギータの反り返ったものが来ている。それが近づくとサンギータ以上にミツレルは遠慮しなかった。待ちかねていた様子で亀頭に口づけし、唇と舌で唾液を塗りつけ、たっぷりと潤滑したのちに口に収める。 「ふぉいひぃ……」  んぷ、んぷ、んぷ、とミツレルが頭を動かし始めると、たちまち耐え難い快感がゾクゾクとサンギータの背を伝った。少女は舌と粘膜でぴったりと肉棒を包み、根元からサンギータの雌穴の口にまで指を這わせて、秘部をくまなく刺激している。  ものすごくうまいという感じではないが、精一杯の愛情を注いでいるのが伝わってくる。それを感じたサンギータも、ミツレルのほころび始めたばかりの雌花に口づけして刺激を返そうとするが、ミツレルの口唇愛撫のほうがずっと強かった。それにミツレルの雌穴の濡れた匂いに、かえってますます興奮させられてしまった。 「くぁ、ふは」  ビクン、ビクンと股間から強めの刺激が来て、もう我慢できないとサンギータは気づく。 ミツレルも、今は与えるほうに集中しているようだ。頭と指の輪を小刻みに上下させて、明らかにサンギータを達しさせようとする。 「あ……だめ、ミツ、さん……」サンギータはあきらめて、イく方向に気持ちを切り替える。「出る、出す……出させて」  少女の頭に片手を置く。こくこく、といううなずきが伝わった。  サンギータが手に乗せた気持ちを、ミツレルは巧みに汲み取ってくれた。あまり速くないゆったりとした動きに、情愛がたっぷり詰まった口内での舌の巻き付きが加わって、サンギータを達しさせた。 「っく──出るっ!」  もっとも深く呑まれたところで放った。ぐるぐると練り上がっていた液弾を、少女の口奥に一気にびゅくんと注ぎこむ。んぶっ、と少しむせた音がしたが、そのままミツレルは動き続けてくれた。ぬぷり、ぬぷりと裏筋を上下する柔らかな唇の感触が、双性の女の脳を焼く。 「イッ、ぐぅ! ミッ、ふう、くっ! うっ、ぐううぅ……!」  それは信じられないほど快かった。びゅくびゅくという射精のひくつきと、ミツレルの献身的な動きと、彼女の秘部に顔を埋めているサンギータの絶頂が、ぴったりと噛み合った。この娘にすべて与えたいという愛情と、この娘を貫いて壊したいという衝動の、どちらも最大に跳ね上がったような気持ちで、サンギータは牡根の付け根がヒリヒリするほどまで、精汁を出し切った。 「ふっうっ……はぁあっ……!」  下肢をこわばらせて達しきり、どっと脱力すると、サンギータはすぐ腰を離そうとしたが、ミツレルはまだ食らいついてきた。毛皮にぐったり横たわったサンギータの腰に覆いかぶさって、口の中のものから硬い芯が消えるまだ吸い続けてから、てゅるるる・つぽんっと慎重に唇を退いて抜き出した。  ぽさっ、とサンギータの太腿にミツレルが頭を乗せる。サンギータも彼女の太腿を枕にしている。お互いの股間、いちばん恥ずかしいところを、味も匂いも感触も隠さずすべて感じながら、しばらくそうして休んだ。 「ミツレルさん?」 「ぷぁむ」  彼女の喉がもごもご動く感じがして、「ふぁぴ」と返事があった。 「飲んでくれたの?」 「のむまえに、んっむ、感じてました」 「私の種汁を?」 「サンギータさんの濃いエキスです……何か不思議な力がある気がして」 「そんなのないですよ」  サンギータが苦笑して顔を起こすと、下半身からミツレルも身を起こして、ううん、と柔らかい表情で首を振った。 「きっとありますって。あたし、イッたもの。びるびるって口の中で暴れたとき、あそこきゅーんってなりました」  それが自分のほうの愛撫のおかげだとは、なぜかサンギータも考えなかった。ミツレルがそう信じたいならそれでいいという気持ちだった。   ミツレルはまだ手ぬぐいを持っていたが、はー、はーと肩を上下させて疲れ切ったようだった。彼女のほうが動いていた。それ以前に、今日は彼女が法儀を行ったし、歩き続けていた。 「ミツレルさん、ここに寝て」 「……はい」  ふらふら、どさっと隣に少女が横たわると、サンギータは白い柔らかな体をすみずみまで拭き浄めてやり、白金色の髪を丁寧に梳かした。  やがて安らかな寝息が立ち始め、その身を衣服に包んでやると、自らに同じことをして、サンギータも目を閉ざした。 (第七話へ続く)   第七話  夜のかなたに一点の白光が灯っている。光って、消えて、光って、消えて、光って、消えて。いかなる炎によるものか、その光は一年ものあいだ灯り続ける。  一晩中明滅した白陸標台を労わるように、地平線がぼうと白んだ。  夜明けが来た。ハルハナ迷林の空が青く澄んでいく。奥の山地の肩にある猟師小屋にも光が届き、大黒虎の毛皮の上で眠る女と娘の顔を白く照らしたが、その光が滑って場所を変えても、なかなか二人は動かなかった。 「――ん」  下着姿の女剣士サンギータは、もう早朝とは言えなくなったころに目覚めた。  同じく肌着姿の小柄な少女が、体を丸めて目の前ですうすうと寝息を立てている。唇が少し開いているのが愛らしい。  その片手が、どこにも行かないで、というようにこちらの腕にかかっている。  サンギータの胸に温かいものが湧いた。  思わず手を伸ばして頭をそっと撫でると、少女はくへへっ、と乳児のように無防備に笑った。白耳のひくつく頭を繰り返し撫で、そのまま肩から腕へと撫でおろしていくと、「ふあぁ……?」と少女は目を覚ました。 「ギータ……さん?」 「ん」  サンギータは優しく相手を抱きしめて、ゆっくりと背中を撫でた。んん……と再び目を閉ざした少女が、じきに小さく笑う。 「ふふ、なんですかぁ?」 「あなたがいてくれて嬉しい」 「ふへ、へへっ。そんなぁ」 「懐かしくて」サンギータは目を細めて見つめる。「こんなこと、もうないと思っていたから」  ミツレルは目を開けて見つめ返した。 「前はあったんですか……?」 「子供のころにね。昔は家族がいて、兄妹もいました。一緒に遊んだり勉強したりして、一緒に寝ました。そのころは夜も朝もこうして近くに誰かがいて……でも、あるときいなくなってしまって」 「……」 「故郷を離れて、一人でピントの街に来ました。それからずっとですから、十一、十二年ぶりかな。人と寝たのは」 「ギータさんの故郷って――」ミツレルが顔を上げかけて、ためらう。「えっと、もっと聞いても……聞かれたくない、ですか?」 「なぜそう思うの?」  穏やかに聞き返されて、ミツレルはさらに言葉に詰まる。その……とうつむいてしまったので、サンギータのほうから口にした。 「カーニム(犬種)は評判悪いですからね。ピントでも、この国のどこでも。野卑で野蛮、愚鈍で単純……いろいろ言う人がいる」 「いえっあたし決して、ギータさんがそういう人だとは思ってないです! ギータさんは!」 「そう言ってくれると嬉しいです」 「ええ、その……」 「あまり詳しいことは私もまだ、あんまり話したくないんですけど。いえ、ミツレルさんにというわけじゃなく、単に口に出すのがつらくて」 「は、はいっ! 話さなくていいです」 「でも知っておいてほしいから、簡単に言いますね。私はサンギータ・コンダーナーという本名の、南方犬種です。このことはシベット隊長だけが知ってます。あの人が、逃げてきた私を引き取って、独り立ちするまで育ててくれました」 「……!」  ミツレルが口元を押さえた。反応をうかがっていると、少女はまるで街中の酒場にいるみたいに神経質にあたりを見回してから、ぎゅっとサンギータの手を握ってささやいた。 「言いません……ぜったい誰にも言いませんから!」 「ありがとう」 「あたしこそありがとうです。そんなことを人に言うなんて……信用してくれて」 「周りには捨て犬扱いされてますけど、それを見ても怒らないでくださいね」 「はい……はい!」  ミツレルは握った手に何度も頬ずりしたが、それだけでは足りないとばかりに、サンギータの首に抱き着いた。 「ギータさん……」 「ん、ミツレルさん……」 「呼び捨てしてください。あたしは本物の捨てエルミン(おこじょ)なので」 「捨てエルミン?」 「あたしの話もしていいですか?」  サンギータがうなずくと、あっけらかんとした笑顔でミツレルは話した。 「あたしの親はー、北のほうのホッホロンドって山に住んでいるきのこ取りで、不作の年に家族を養えなくなって、あたしを巡回司祭に預けたんです。だから名字もないんでー、呼び捨てでいいです!」  顔は笑っていたが事情は重かった。サンギータは眉をひそめる。 「そんなこと言われたら、逆に呼び捨てしづらいんですが……」 「えっ、そうですか?」 「あなたも思い出したくなかったんじゃないですか」  サンギータが尋ねると、ミツレルは首をかしげて考えた。 「うーん、ていうか……山の家はほんとにかっつかつで、すかすかのどんぐりパンを一日おきに食べたりしてたんですよ。なのに司祭さんに街へ連れ出されてからは、毎日二皿ぐらいは貰えたんですよね。仲間もできましたし。だから親には、あのとき預けてくれてありがとうって思ってるぐらいなんですよー」 「恨んでいるわけじゃないってことですか」 「そうですそうです! 逆にまだ生きてるかどうか心配なとこはありますけど」 「心配、か……」  ミツレルの明るい顔を少し眺めて、サンギータはつぶやいた。 「じゃあ、行きますか」 「え?」 「ご両親の顔を見に」 「そんな急に言われても!」 「もちろん今じゃないです。いつか、です。私もミツレルさんが育ったところを見たいです。ホッホロンドは景色がいいと聞きますし」 「で、でも、むちゃくちゃ遠いそうですよ? わざわざそんなところまで」 「じゃあ、そのために旅費を貯めてから、ですね」  どうですか、とサンギータが手を握ると、ミツレルは嬉しそうに目を細めた。 「そのためにお金、貯めるんですね……?」 「ええ。他に使い道がなければ」 「ないです、貯めます、ギータさんといっしょに!」  ミツレルは熱心にうなずいて、つないだ手をぶんぶんと振った。サンギータも微笑み、もう一度少女を抱き締めた。  相手が膝をまたいで、しっかりと乗ってくる。目が合って、えへへと照れ笑いしながら顔を寄せてきた。サンギータはキスをしてやる。水気たっぷりのぶどうのように柔らかで甘い少女の唇が、繰り返し押し付けられた。 「んむ、ふふぅ……んむ、んっんっ……くふ、んぷぅ……」  何度も積極的に吸い付いて、「あーっうれしい」とミツレルが頬を上気させる。 「ギータさんとこんなにくっついてる……ギータさんと一緒に旅するんだぁ。夢みたい」 「そんなにうれしい?」 「はいっ、前からずっと好きでしたもん。ギータさん、すきすきぃ……」  ミツレルが顔を擦り寄せ、豊かな乳房をたぷりと押し付けた。キスの繰り返しに瞳は潤み、抱きしめた腰回りもぼうっと熱を帯びている。  言葉と心のやり取りが薄れて、肉体の触れあいの気配をサンギータは感じ取る。ミツレルは大人の快楽を知り始めたばかりだ。昨夜は半端なところで眠り込んでしまったから、もっと味わいたいのだろう。  はーっはーっと吐息を熱くしながら、少女執事はもじもじと腰を擦り付ける。 「あの……ギータさんは、どうでしょう」 「どう、とは」 「朝からしたり……とかはダメですよね。昨日何度もいじってくれましたし……」 「今朝もやっぱり、したいんですか」 「……すみません。がまんしてますけど……」  ミツレルは口ごもるが、言葉とは裏腹にますます密着する。中でもはっきりと、サンギータの太腿をまたいでいる股間に、じんわりと圧力をかけている。 「教えてもらったばっかりでよくわかんないんですけど、ここにいろいろしてもらうとほんとによくって。触ったり入れたり、もっと何度もしてほしくて……いえっその、自分のことばっかりですみません! 昨日ギータさんもしたがってくれましたし、もしあなたも気持ちいいなら遠慮なくまたしてほしいなって――」  とろんとした顔で言ってから、あわてて言い訳めいたことを付け加えるミツレルだが、細かい気づかいにあまり意味はない。本人の気づかぬうちに、甘酸っぱく匂い立つ肉体が双性の相手を煽り立てている。  サンギータはサンギータで、途中からあえて顔を上げて深呼吸を繰り返していた。つとめてそっけない声で答える。 「ミツレルさん、今はちょっと」 「そ、そうですよね! ごめんなさい、不愉快にさせて。昼には昼のことでした……」 「ではなくて――あれは方便だったので――いいんです、ミツレルさん。不愉快じゃないです」 「えっ、やっぱり?」 「はい。ただ、今は本当にまずいんです。服を着て、ミツレルさん。誰か来た」 「服を……あっ」  聞き返したミツレルが、ようやくサンギータの険しい雰囲気に気付いてくれた。  単に愛撫をためらっているのではない。いつのまにか小屋を取り巻いている剣呑な気配に気付いたのだ。 「足音を消してます。敵かもしれない、早く!」  ミツレルが目を丸くし、もたもたと起き上がった。 「し、支度します……!」  サンギータの警告はぎりぎりで間に合った。最低限の備えをしたところで、いきなり入り口の扉がガチャリと丸ごと取り外されたのだ。どうやらもともと蝶番に細工してあったらしい。  ドカドカと木靴の音を立てて数人が押し入ってきた。 「起きな、毛皮泥棒! 誰に断ってビッスス家の猟師小屋を使ってるんだい!?」  先頭はなんと革鎧に身を包んだ女だった。年のころは三十を少し出たほどか。背丈はサンギータよりやや低い程度だが体格がよくて迫力がある。右手に構えた手斧は汚れているがよく研いであって、見せかけだけのものではなさそうだ。  赤橙色の豊かな髪を縛って肩へ流しているのと、鋭く澄んだ眼差しが印象的だった。  サンギータは、長剣を胸元に引いて油断なく待ち構えていた。狭い室内なので手斧よりも不利だが、こういう場面も初めてではない。斜め後ろのミツレルの存在を意識しながら、冷静に答えた。 「私たちはピントのシベット隊のものです。昨夜はモリツナミが出たのでここへ避難しました。無断で入りこんだことは謝ります」 「シベット隊……傭兵か。何しにこんな森の奥まで?」  一度くんくんと小屋の空気を嗅ぐようなそぶりをしてから、女は尋ねた。  ミツレルが鞄の中から赤の替え玉を取り出した。赤ん坊の頭ほどの大きさの切子細工を見て、手斧の女はつぶやいた。 「赤陸標か」 「はい、交換です。そしてこちらのミツレルさんは陸標任務なんです。怪しい者じゃありません。――それと、あの」  このときサンギータは、遅まきながらあることに気付いた。 「キューナさん?」 「ん? あんたは――」 「キューナさんですよね、ビッススの若姫の。お久しぶりです」  そう言うとサンギータは早々に剣を収めた。えっ、と驚くミツレルの前で、女に一礼する。 「十年前に助けてもらったサンギータです。覚えていませんか?」 「サンギータ、あのサンギータか!」  まだいぶかしげだった女が、ようやく笑顔になった。 「覚えてるよ、元気だったんだね! こりゃあよかった」 「ありがとう、キューナさん。あなたも元気そうですね。斧なんか構えて」 「ん、これ見せたことなかった?」  キューナと呼ばれた女は、軽やかに手斧を一振りして、腰帯に収める。 「十年前も使ってたよ? 毛皮泥棒とか人さらいとか獣虫をやっつけるために」 「あのときはもっと綺麗な……いえその、上品なドレスで迎えてくれたじゃないですか。桃色とサフラン色の、舞姫みたいな」 「おいそこ、なんで訂正した? もう綺麗じゃないって?」 「革鎧も似合ってると思っただけです」なだめるように手を上げて、サンギータは苦笑してみせた。「前より素敵ですよ、キューナさん」 「口がうまいね、サンギータ。あんたこそ格好良くなったよ」  微笑むと一気に雰囲気が変わった。肩の力が抜けて頬にえくぼができる。こわもての女戦士はどこかへ消え、親しみやすい年上美人が現れた。キューナは滑るように歩み寄ってサンギータを抱擁する。  それから、ぽかんとしているミツレルに目を向けた。 「あんたは? 術師? 薬師?」  「あっはい、あたしはダイアイアー教会見習い執事のミツレルでっす!」 「ダイアイアーのケガ治しか。その花冠は……まだ処女位だね」 「え、ええ」 「サンギータ、いい相方じゃない」  キューナはサンギータに目を移す。 「そうですね。頼れる仲間ですよ」  サンギータは体を離すと、微笑み返した。呑まれていたミツレルはおそるおそる尋ね返す。 「あのう、キューナさん。あなたは」 「ちょっと待った、その前に」  キューナはやにわに、テーブルの下や棚の陰などを覗きこみ始めた。 「男は?」 「え?」 「男はいないの? 三人目は」  ミツレルはサンギータと目を見合わせて、首を振る。 「男なんかいませんけど。二人だけです」 「そう? いたと思ったけどな……勘違いか……?」  キューナはぶつぶつ言っていたが、じきにミツレルに目を戻して言った。 「私はキューナ・ビッスス。さっき言った通りビッススの若姫で、この小屋の持ち主ね。もちろん、猟師にここらでの猟を許してるだけで、あたしは猟師じゃない。じゃあ何者かっていうと――言う必要はないよね? あんたはもう知ってるから」 「あっあたしが知っている?」  動揺したミツレルが、サンギータを見た。サンギータは小声でささやく。 「教本に書いてあったでしょう、迷いの森の魔女トワチカを、領主の討伐隊が倒したと――」 「討伐隊……それが何か?」 「その討伐隊というのが、女大工のビッスス一門なんです」 「女大工!」  ミツレルが振り向いて来訪者たちを見回した。先頭のキューナ以外も、長い赤毛、短い銀髪、編み下ろした金髪など――全員が女だった。 「あなたたちはトワチカを倒してからずっと生きてるんですか?」 「あはっ、あんた面白いね」キューナは笑って、背の低いミツレルにぐいと顔を近づける。「あれは一九〇年も前の話。ビッススはあれから代を重ねて、今のあたしで九代目よ」 「男を惑わす森の奥で、陸標を守り続ける女大工の一門、その棟梁がキューナさんです」  そう言ったサンギータに腕を絡めて胸を押し当て、「そういうこと」とキューナは片眼を閉じてみせた。 「へええ……すっごいですね」  ミツレルは感嘆の声を漏らすことしかできない。  サンギータはキューナの腕をさりげなく外して言う。 「ではキューナさん、ひとまずここの泊まり賃は払うので、私たちが陸標台へ向かうのは許してもらえますか?」 「何言ってるの、水臭い。十年ぶりに来てくれたんだもの、私も一緒についていくよ。どのみち陸標台の鍵は私が持ってるしね」 「そうですか――」  一瞬サンギータが口ごもったのでキューナは眉をひそめたが、すぐに、まだ室内に広げられたままの荷物を見回して、うなずいた。 「あんたたち、寝てたのか! もう日も高いってのに、呑気だね」 「すみません、昨日は不手際で遅くなってしまって」 「いえっサンギータさんのせいじゃないです、あたしが道を間違えたもんですから!」  サンギータの後にすかさずミツレルが付け加えると、ああはいはいとキューナは笑った。 「待っててあげるから支度しな。あんたたち、付近にモリツナミがいないか警戒!」  一門の女たちを促して、キューナは出て行った。  すぐさま二人は片づけと身支度を始めたが、その最中、ミツレルがしきりにちらちらと視線を寄越すことにサンギータは気づいた。そのくせ何も言ってこないので、声をかける。 「なんですか? ミツレルさん。朝食を作ってる時間はないですよ。昨夜の残りを歩きながらかじるしか」 「あのっ、すごく踏み込んだこと聞いていいですか」 「……踏み込んだこと?」 「キューナさんって、ギータさんの恋人だったりするんですか?」  サンギータはあっけに取られてしまった。しかし同時に、ミツレルの懸念も理解した。 「十年前に、ってことですか」 「……あたし、まだ恋人見習いですし、そうでなくてもこんなこと言えないと思うんですけど」ミツレルは悔しそうに目を落とす。「さっきの感じ、そんなふうに見えたんです。別れた恋人が戻ってきて、嬉しがってるみたいに」 「そう見えたんですね」  サンギータはミツレルを見下ろして、ぽつりとつぶやく。 「もし私が付き合っていたと言ったら――ミツレルさん、私がきらいになりますか?」 「嫌いに――は、なれません。なれないと思います」  ミツレルは首を振って、見つめ返す。 「昔のことは仕方ないです。でもこれからのことが心配です。すっごく心配になります! だから――」  言葉を詰まらせてしまう。  サンギータは軽く息を吐いて、ミツレルの幼い顔を覗きこんだ。 「ひとつ根本的なことを思い出してください」 「根本的なこと?」 「女同士のお付き合いは、人里を離れたこういう土地でも、そう見られるわけじゃないってことです。ビッスス一門はみな女です。その中に、女を愛する女はいませんでした。そして、私は十年に前に来た時には、女だと言い通しました」 「ってことは……」 「ええ。大丈夫です」サンギータは明るく笑いかけた。「誰とも付き合ったりしませんでしたよ。キューナさんとも、ビッスス一門のみんなとも。そしてこれからも、付き合うことはありません。安心して、ミツレルさん」 「……はい、ギータさん」  少女がこくりとうなずいた。 「ねえサンギータさま、まだなの?」  芝居めかした台詞とともに。コンコン、と丁寧なノックが聞こえた。二人はあわてて動き出す。 「秘密ですよ、私たちのことは」 「はいっ、わかってます!」  猟師小屋を出てからまた尾根伝いに歩き、午後に入って低い峠を二つほど越えたところで、それは唐突に現れた。  前方の視界すべてを遮る暗色の広大な壁。上方は雲に消え左右は果てもなく、あまりにも図抜けており現実感がない。  そして、その手前に、不規則なジグザグに折れ曲がりつつ高みへ伸びる、灰茶色の塔がそびえていた。てっぺんの近くは幅広のテラスになっているが、もちろんそこに光はない。 「あれは……」 「赤陸標だよ」「赤陸標です」  先を行くサンギータとキューナに答えられて、思わずミツレルは聞き返す。 「なんであんなにガクガクなんですか!?」 「女大工だから――」棟梁の女が乾いた声で答える。「昔、ご先祖様はここまで攻めいって魔女を倒したけれど、どうしても森にかけられた誘惑の呪いが解けなかった。だから警告の目印を建てることにした。問題は町から遠すぎて資材を運べないこと。ここにあるのは森の木と、向こうの大山脈から崩れ落ちてくる落石だけ。  だから、その木と石だけを積み上げて塔を建てた。――いびつな形なのは仕方がない。昔の女たちが、精一杯成し遂げたことなんだ」 「女大工って小間物やちょっとした家具なんかを作る大工ですよ。普通は家より大きなものは作りません」 「な、なるほど……」  サンギータの補足に、ミツレルはうなずくしかなかった。  こんなところまで来て男好きの魔女を倒し、塔を建てた昔の女たち。彼女らはどんなつもりでやって来たんだろう?  想像したミツレルは、すぐに思い当たった。仕返しと弔いだ。きっとみんな、愛する男を魔女に取られてしまったのだ。 「そこが私らの村だ。ひとまず立ち寄って休んでよ」  塔の足元は疎林になっており、炊煙が上がっていた。よく見れば木々の間に赤や青の板葺きの屋根が見える。意外に洒落た集落があるようだ。   くわわわわわわわぁーん……  どこかほど近いところから、大鍋を棒で叩いたような音が聞こえた。キューナは気にもせず歩いて行く。二人は足を止めて周囲を見回す。 「……トワチカの雨傘だ」 「あの塔に住んでますからね」 「あ、ギータさんがいろいろ教えてもらったのって、つまり?」 「ええ、あの人たちからです」  かすかに羽音は聞こえるものの、やはり姿は見えず、二人はまた歩き出した。  旅に出てから四日目の夕方、サンギータとミツレルは赤の陸標台に到着した。  予定より一日遅れている。サンギータは目的地に着いたらすぐにも替え玉をつけて、昨夜の小屋までとんぼ返りするつもりでいた。あそこから五日目の行動を開始できれば、計算上は期限の七日目にぎりぎりで帰隊できる。  ところが、キューナはそれを戒めた。 「これから山道を戻ろうっていうの? だめだよ、危ないよ。真っ暗になっちゃうし、モリツナミや何かが出るかもしれない」 「約束があるんです。七日目に戻らないと、部隊が次の任務に出てしまうかもしれない」 「後から追いつけばいいじゃない」 「そういう世界じゃないんですよ。人の生き死にがかかわるんですよ」 「うーん、だったらまた川船を出してあげるよ」 「川船? 船があるんですか?」  ミツレルが聞くと、サンギータがうなずいた。 「ビッスス一門は気に入らない人間が乗りこんで来ると、縛り上げて船で下流へ流すんですよ」 「縛っちゃったら、舵が取れないんじゃないですか?」 「取れません。だから運試しみたいなものです。生きて森を通過できるかどうか、誰にもわからない」 「ひぇ……」  ミツレルは震えあがったが、キューナは口をとがらせて言い返す。 「陸標任務の子供らにそんなことはしない。それにもちろん、あんたたち二人は罪人じゃないしね。サンギータ、あんたは一度川下りに成功した。ここにいるってことはそういうことだ。だったらまたやれるし、二人なら楽勝じゃない?」 「それはそうかもしれません」 「下りの船は速いから、花の淵まで一日で着く。今夜はゆっくりしていきな」  迷いつつも二人は好意に甘えることにした。  集落には二十人ほどの女たちが暮らしており、二人を歓迎してくれた。ささやかな宴席が設けられ、森の産物と手製の酒が振舞われた。食後に二人は陸標台に登ることを申し出たが、断られた。やはり、塔の階段が外側についているから、夜は危険だということだった。  森で迷っている人に一晩でも早く赤陸標の光を届けたい。二人はそういう思いだったが、実際に塔の真下で見上げると、曇り夜空へそびえる塔は心なしかゆらゆらと揺れていた。その折れ曲がりを辿る階段には手すりすらなく、壁側に手掛かりが刻まれているだけだ。少なくともその手掛かりがちゃんと見えていなければ、まず無事には登れそうもなかった。  登り口は木枠の扉で塞がれており、大きな青銅の錠がかけられていた。 「ギータさん、昔これ登ったんですか?」 「私は昼でした。どのみち鍵がないとね。明日、朝一にしましょうか」  「はいぃ……がんばります!」  二人は宴席のある広間の隅に古毛皮の寝床を与えられた。個室でも寝台でもなかったが、森を抜けてきた二人にとっては天国のようなもので、すぐに寝息を立て始めた。  夜半、サンギータに何かが触れた。  背中に当たるふわふわした柔らかいもの。  脚をこするむっちりした温かいもの。  頬をかすめる湿った甘い匂いのするもの。 「ミツレルさん……ここじゃだめですよ……」 「あら、あの子としたの?」  艶のある低い声を耳にして、サンギータは跳ね起きた。  いや、跳ね起きようとして、床に叩きつけられた。いつの間にか手足を広げて縛り付けられていた。  愕然とする目にカンテラの光が入る。サンギータの上で桃色とサフラン色の薄いドレスに覆われた、蜂蜜色の重く垂れた乳房がぬめぬめと照り映える。  しなやかな首筋の上で、肉食獣を思わせる野性的な顔と、輝く瞳が見下ろしていた。 「キューナさん!?」 「私にもして」  ねっとりとした貪欲な口づけが降ってきた。 (第八話へ続く)   第八話 1  ねろり、と動物的な甘味が唇のあいだに注がれた。  とたんに唾液腺が反応して、口内が濡れる。舌に舌が溶かされ、鼻の奥に粘つく香りが流れ込み、眼球の裏まで快楽に塗りつぶされた。  サン・ギー・タ  ぬるぬると舌が声を伝える。最初は霞のようにふんわりと、すぐに湯の袋のようにのっしりと女体が覆いかぶさってきた。敏感なくぼみや陰りを恥じらいもなく擦り付ける。肌は香油でも塗ったかのように艶やかだ。 「ぐぅ……っん」  あっというまにサンギータの五感は性感で埋め尽くされた。顎が上がり眼玉は裏返り、股間は目覚めた小動物のように跳ね起きる。  うねうねと揺れる女体に激しく煽られながら、サンギータは必死に顔を背けようとする。 「んむっ、は、キュー、なぜ」 「なぜ? 気に入ったから。あっふ、逃げないで……」  縛られたままもがくサンギータを、キューナが巧みに乗りこなす。薄暗い広間のすみのカンテラの明かりのもとで、黒髪のすらりした女剣士と、赤髪の艶やかな女大工、二人の成熟した豊かな女体が、汗を絡ませて押さえ合った。  言うまでもなくサンギータには弱点があった。下着の前にうっすらと浮き出した脊梁のような肉のこわばりを、キューナにぎゅっと握られて、ひっと息を止める。 「これ。あんたについてる、この元気なお肉棒。実を言うと最初に会ったときに気づいてたけど、まだ早そうだったから見逃してあげたの」 「そんっ……な……」 「でもあれから十年経ったね。そろそろ食べごろかな……?」  ささやきながらも口づけを繰り返しつつ、滑らかな太腿をこすりつけつつ、キューナは愛しむような手つきで、下着の膨らみを上下にさする。  すると敏感に、忠実に反応した。手の中のものも、体全体も。 「ひっ……いっ……うっ……んっ……」  すりすりと手のひらで擦るたびに、ドクンドクンと根元が太くなる。ぎゅっと握り締めるたびに、ギチギチと幹が背伸びする。 「わおぉ……すっご」  年上女が軽く手を動かすだけで、女剣士はうめきながら強く身を反らせていき、やがてずるりと下着から暗い桃色のこわばりが飛びだした。  女の腹の上に、先端までみっちりと実の詰まった見事な肉根がそそり立つ。  それを見下ろし、指先でつーっ……と裏筋をなぞって、女大工は半ば負けたとでもいうような薄笑いを向けた。 「サンギータ、素敵だよ。こんっなに完璧に育ててくれるなんて……最高」  言うなり、ふっと体を離して向きを変える。 「や、めっ――」  サンギータは何かを察したが、もう遅い。 「ほら、おっぱいどうぞっ」  キューナが蜂蜜色の乳房を抱え込んで谷間を作り、そそり立つ勃起めがけて、だぷん! と落としつけた。 「ぃっ……ぅう!?」  ずにゅう、となめらかな挿入感を受けてサンギータは固まる。挿入、まさに穴に押し入れたような狭窄した感覚だった。キューナが有り余る乳房を両腕で押し包んでいるので、しっかりと圧力がかかっている。その上彼女はこれまでの動きで適度に汗ばんでいるので、ぬるぬるよく滑るのも心地いい。  いや、そういった身体的な刺激もさることながら―― 「女のおっぱいに、おちんちんをぬるぬる当てちゃう。男はこういうの大好きだけど、双性の子はどうかな? あんまり興味ない? 遠慮しなくていいよ」  素敵だと思っていた年上の美人が、それまで見られなかった乳房を露出して、気さくに秘め事を勧めてくれる。人をはばかる双性の獣人が、はしたなく発情の充血を示しても、喜んで受け入れてくれる――。  そういったことが、サンギータの心にある自制の蓋にひびを入れ、欲情の火を燃え立たせた。 「う……キューナ……さん」 「あ。全然興味あるみたいだね」  張り詰めた亀頭がたっぷりした乳肉の谷間から突き出して、ひくん、ひくん、といなないた。キューナはなんとも淫らに目を細める。 「そうかそうか、おっぱい好きかぁ。いいよ、たっぷりあったまって」 「そんな……」 「あの執事ちゃんも大きいもんね。サンギータはそういうのが好き、と」  サンギータは唇を噛んで、必死に首を横に振った。んっ? と首を傾げてキューナは悪めいた笑みを浮かべる。 「あの子は違うの? ああ、そういえば花冠が咲いてたかぁ……ってことは逆に、あの子とヤれなくてギッチギチに溜めてるってことね」  ぬらり、と長く舌を伸ばして女大工はこわばりの先を舐めた。むき出しの快楽部分を濡らされて、ぞくんと背筋まで寒気が走る。 「いいよ、サンギータ。出しちゃお」 「う、〜〜〜っ!!」  声も出せないほどの愛撫が始まった。  年上女のあふれるほどの乳房でたゆたゆと波打つように刺激されると、それだけでサンギータは全身を棒のように固くした。伸ばした舌でくるくると円く舐められ、垂らした唾液を擦りこまれても、ビクビクと激しく脈打った。柔丘の頂に宿る、美色の濃いぽってりした二つの乳首でこわばりを挟まれ、ぬめりのある乳脂を刷り込むようにしてこね回されると、目を固く閉じて何度も腰を突き出しながら、激しい快感に貫かれた。  だが―― 「あら……サンギータ、イッてる? イッてるよね。さっきからすごいもの。なのに……」  キューナはいぶかしげに乳房を離し、谷間に目を落とす。そこは唾液と先走りでぬらついてはいるが、あるものがなかった。 「……出てないね。子種の白いのがない。あんたもしかして、まだ通じてない……ってことはないか」  サンギータは汗だくではあはあと息を荒らげているだけで、何も答えない。キューナは不思議そうだったが、サンギータの股間がまだまだこわばりを示しているのを見ると、いいわ、と首を振った。 「まだなら通してあげればいい。サンギータ、あたしがあんたの、初めての女だよ」  赤髪の女はそう言うとサフラン色の下着をするりと脱ぎ捨てて、サンギータの腰にまたがった。  そして両手を股間に入れ、慣れた手つきでサンギータのものを導いて、ずぷりと胎内に呑みこんだ。 「ほらぁ……おめでと、嬉しい」  馬を乗りこなすようにゆっくりと腰を上下させながら、女大工は相手の顔を見下ろして、微笑む。 「あんたは嬉しそうじゃないね。まあこんな無理をしちゃったらね。一応謝ってはおくよ。それに塔の替え玉もあたしがつけといてあげる。だから……後の心配はいらない」  はっとサンギータは目を見開いた。キューナはこれまでも普通ではなかったが、それ以上に異様な気配を感じたのだ。  彼女の表情から、親しみやなつかしさ、気さくさといったものが消えている。いやそれどころか、肉体から発する淫らな情欲すらも薄れているようだ。  代わりに現れたのは、磨き抜かれた美しい刃物のような、冴え冴えとした微笑み――。 「……安心してすべて出してしまえばいいからね……精力も、気力も、知恵も心も……!」  細められた瞳が輝いている。澄んだ声で囁きながら腰をうねらせる。恋人のように愛しげな柔ひだに肉根を搾り上げられて、びくびくと断続的な快感が込み上げ、サンギータは尻から杭で突かれたようにピンと足を延ばし、濁った苦鳴を漏らす。 「うっ、おっ、ぐっ」 「それ、出したいやつじゃない。身構えないで、気を楽にして……」 「い……あっ?」  歯を食いしばっていたサンギータは、はっと目を見張る。蠱惑的に結合部を練り回す女の体から、ゆらゆらと燐火のような青白い炎が立ち昇っていた。  その様子は、明らかにただの女大工ではなかった。 「あな……たは……」  おいで――双性の子――がまんしないで――楽になって――  晴れた夜空のように澄んだ暗い目が近づく。すみやかに抵抗の気力が溶けていき、サンギータはゆっくりとそこに吸い込まれかけた。  そのとき、広間の戸がさっと開いて白い光が差しこみ、張り詰めた声が響いた。 「ステリトウス・リス・メテラトウ、上主の眼!」  きかーん、と鐘のような神々しい音が鳴り渡るとともに、まばゆい光の輪が広がった。サンギータの身を覆いつつあった青い燐火が、綿埃のようにパッと吹き飛ぶ。 「ぐひっ……」 「ギータさん、だいじょぶですか!?」  サンギータの大事な執事の少女が駆け寄ってくる。 「は、はい……見ないで」  抱き起こされながら、サンギータは自分の上の重みが、悲鳴とともに飛びのいたことに気付いた。それは上主の眼、つまりダイアイアー神の眼差しを受けて、痛みを覚えたことを意味する。  魔の者だ。 「キューナさん!?」  二人が見た先、部屋の隅の暗がりで、桃色とサフラン色の乱れたドレス姿が起き上がる。  その顔は青い炎だった。炎の中に鋭く澄んだ双眸だけが輝いていた。 「なぜ目覚めた、ケガ治し」  炎がはためいて低くかすれた言葉を発した。キューナの声ではなかった。 「声です! 声が降りました!」  そう叫ぶミツレルの額では、花冠がパチパチと音を立てて金色の炎を上げている。  サンギータは驚いてそれを消そうとした。 「ミツレルさん、燃えてる! 外さないと――あつっ」 「さわらないでギータさん、主の火です。消せません」 「主の火!? 熱くないの?」 「熱いですよう! だけど神さまの火なんですって!」  ミツレルは半泣きになりながら、それでも部屋の角を睨みつけ、素手で身構えている。  その者がうめいた。 「処女冠ではない……聖犠の花冠か!」 「せ、せいぎのかかん?」 「サンギータと寝ただろう、娘」  ぐっと息を詰めたミツレルが、開き直ったように言い返した。 「そーです、あたしはギータさんの恋人見習いです。もうギータさんに愛してもらいました!」 「寝たらもう見習いではない、淫乱め」  青い炎の者が嘲り笑った。「道理で、猟師小屋に子種が匂っていたな。花冠に騙された」 「そんなのあなたに言われることじゃないです!」 「豚だ、聖職を騙る淫らな雌豚。双性の匂いに引き寄せられて愚かにも操を捨てた――グワーッ!」  ミツレルの花冠が一段と激しく燃え上がり、青い炎の者が悲鳴を上げた。明らかにその者は光に弱いようだった。広間が真昼のように明るくなる。  白光に焙られて悶える魔の者を目にして、サンギータはあることを思いついた。 「そういうおまえもキューナさんじゃない。この地にあって、男の精を求める。古い『雨傘』も従えている。それは――」  腕をぎゅっと掴まれた。振りむくと、まばゆく額を燃やした少女が、間違いないというようにうなずいていた。  サンギータは確信を得て指を突き付けた。 「――おまえは死んだはずの、魔女トワチカだ!」  突然、ゴーッと何かが叩きつけた。突風のようなそれは、青い炎の哄笑だった。ゴワッハッハ、ワッハッハと広間を揺さぶるほどの大声に、サンギータとミツレルは突き飛ばされて床を転がった。その床にパタンと四角い穴が空いた。  二人は深い深い落とし穴へ落ちていった。 (第九話へ続く)   第九話 1 「ひゃあああああ!」  ミツレルの悲鳴を聞きながら、サンギータは彼女を引き寄せた。二人は魔女トワチカの落とし穴に真っ逆さまに落ちていく。その底で待つのは硬い岩盤だろうか、それとも鋭い槍ぶすまだろうか。打つ手のないまま、女剣士は執事の少女を抱きしめる。  ぱさっ、と何かが体をかすめた。ぱさぱさと薄い糸のようなものが次々に肌に当たる。  ばさりと顔を覆われて、サンギータはその正体に気付いた。密集した草むらや木立の中を歩くときに、よく出くわすものだ。 「……クモの巣!」  縦穴にはおびただしいクモの巣が張り巡らされていた。二人はそれらを次々と突き破って落ちていき、最後に張り渡してあった特大の一枚に受け止められ――たのもつかの間、伸び切ったその網がばちんと音を立ててちぎれ、二人をぐるぐる巻きにした。  そのまま穴底に叩きつけられた。土埃が広がる。 「ぐうっ……」 「ギータさん! だいじょぶですか?」  ミツレルの背中を抱いたまま、サンギータが下敷きになった。ミツレルがあわてて身を起こそうとし、うまく動けずに首だけ動かして叫ぶ。 「すみません、あたしのお尻、おっきくて!」 「いえ、大丈夫。だいぶ勢いが鈍ってましたから」 「あっ、クモの巣のおかげで? そっかぁ、運がよかったですね!」 「ええ、助かりました。あつつ……」  ミツレルは喜んだが、サンギータの痛みは相当なもので、笑い返すこともできなかった。  実際、二人に絡みついたクモ糸はやけに強くて、ちょっとやそっと動いた程度では引きちぎれない。仕方なく、二人は身を重ねたまましばらく息をついた。  サンギータがつぶやく。 「彼女は……魔女でしたね。ですよね?」 「魔女だと思います。あの青い炎は、きっと邪道へ降りた者が放つシンイの火です――」 「追って来たら、迎え撃たなくては」 「しばらくは大丈夫なんじゃないですか? あの人、上主の眼におびえてました」 「それならいいですが、彼女は私のことを……いえ」  サンギータは、つい言葉を濁した。それに合わせたのか、それとも気付かないままか、ミツレルが周りを見回して言う。 「ここって、部屋……というか洞窟っぽいですよね」 「ええ」  サンギータはあたりを見回す。ほの白いクモの巣の張り巡らされた、薄暗い空間が広がっている。それが見えるのは、まだミツレルの花冠が微光を放っているからだ。どうやら縦穴は壺のように底が膨らんだ形をしているらしい。  土の床には小石が散らばり、少し離れたところには棒きれやぼろ布の塊のようなものが転がっているが、その先は暗くてよくわからなかった。  ミツレルがつぶやく。 「ひょっとしたら、上から降りて来たくても来れないのかもしれないですね」 「かもしれません。でもクモはいるはず。この部屋の主が」 「いるのかな? だって、普通のクモは巣に餌がかかると、すぐ出てくるじゃないですか。スルスルーッて」 「もう死んでしまったのか、それとも、どこかへ行ってしまったのか」  穴底にはかすかに空気の流れが感じられたが、物音はしなかった。サンギータは小さく安堵の吐息を漏らす。 「ひとまずクモがいなくてよかった」 「それに毒気や水も溜まってないですね」  ミツレルも安心したようで、なんとか体をひねって、こちらに顔を向けた。 「何かとわちゃわちゃしましたけど、今のところあたしたち二人とも無事で、よかったです!」 「あは」 「ギータさん……」  ミツレルが目を閉ざして唇を差し出した。サンギータも応えようとする。ちょうど目の前に光る花冠が来てまぶしかったが、しいて無視して唇を重ねる。  お互いの柔らかな口が触れて息が通じると、どっと安堵しかけた。甘酸っぱい汗の香りが鼻の奥へ沁みる。ミツレルは女剣士のしなやかで頼もしい肢体に背中を預け、サンギータは少女の体を抱きしめる。  すると鼓動がはずんできて――サンギータの下着の中でおとなしくしていたものが、またむくむくと存在を主張し始めた。  少女の尻の谷間に、反り返ったものが食いこむ。  びく、と二人はわずかに身を固くした。  しまった、とサンギータは思った。こんな時なのに大きくしてしまった。ミツレルが熱くて柔らかすぎるから。情けない、少しでもこらえないと。  ……でも、彼女はこういうことには寛容だから。  当たってる、とミツレルは思った。ギータさん、勃ちかけてる。あたしに触ってるからだ。さっきあの魔女としていた残りかな。魔女はとても楽しそうで、おいしそうだった。  ……魔女に負けちゃうの、やだな。  ためらいと願望が先走って、何か言うのが遅れた。二人はなんとなく顔を背けて、黙り込んでしまった。  不自然な沈黙のあいだに、二人は自然を装って腰のあたりを密着させる。少女は甘勃ちの肉竿を受け止めようとそれとなく尻を寄せ、女剣士も心地よい丸みの谷間に惹かれて、位置を合わせてしまう。  声ひとつ交わしていないのに後背位の姿勢になってしまった。のったりと首をもたげたサンギータの竿先は、あいだに薄布を挟んだだけでミツレルの柔ひだに押し当たりつつある。まだぎりぎりで、偶然そうなっただけと言える姿勢ではある。けれどももう、どちらかが少し力を込めるだけで、つながりたいという意思が伝わる近さになってしまった。  はー、はー、と熱い吐息が漂う。二人とも期待ではちきれそうになり、かえって相手の状態に気付けない。  それ以上動けなくなったと気付いたとき、ややあわててサンギータは口を開いた。 「手に、何か触るので」 「……え?」  ミツレルが振り向く。昂ぶりが少し薄れた。サンギータは懸命に続ける。 「左手に何か、硬いものが当たるんです。それでクモ糸を切れるかも」 「剣ですか?」 「剣じゃないですけど。たぶん金物です。ちょっとやってみます」  錆ついた四角いものをサンギータは手のひらに握りこんだ。親指で少しまさぐって正体を探ると、感触が記憶に結び付いた。 「……ベルトのバックルだ」 「バックルですかぁ……なんでこんなところに」 「いえ、待って」  試しに辺の部分を糸にこすりつけると、ざりざりと擦れて糸の繊維がはじけたのが感じられた。錆のおかげで逆にやすりのようになっている。 「いけるかもしれません」  サンギータはバックルで糸を切り始めた。不自然な姿勢で指先しか動かせないために、細かい往復を繰り返して削ることになる。  それでも手ごたえはあったが、別の部分でも望まぬ効果が表れ始めた。  サンギータの前腰はいまやぴったりとミツレルの尻に密着している。その中心に、手先の細かな振動が響いてきたのだ。  スカートの谷間に埋もれていた甘勃ちの竿が、振動によるむずつくような快感を得て、すっかり硬さを取り戻す。それが股奥に深々と食いこんで少女を刺激し始めた。 「んっ……くっ」  鼻を鳴らしたミツレルが、しばらくして耐え切れなくなったようにささやいた。 「ギータさ、あっの……当たって……んんう」 「すみません……」 「ち、ちょっと待って、少し離して……」 「すみません――今動かせないので、あなたが離れてくれませんか」 「あたしも動けないんですよぉ」 「じゃあ少しだけ我慢してください。不快でしょうが……」 「ふ、不快じゃなくて。まずいんです」ふーっふーっと吐息を押し殺して、ミツレルはささやく。「きもちよくてまずいんです……」 「不快じゃないなら、少しは――」  サンギータは手首をひねって、ゴリゴリと大きく糸を切ってみた。ものの十回も繰り返すと手を止める。 「これっ……うう……」「はいっ」 「まずいですね……」「はいぃ……!」  もう口に出さなくても分かった。ミツレルが弾力のある尻肉をもじもじと動かして、下着の中でぽってりと腫れた柔肉を擦り付けてくる。 「ギ、ギータさんのが、くしくし、くしくしって突いてきて、もう、もうっ……!」 「私も……これはほんとに……」こらえ切れなかった。「入れたいです」 「入れてほしいですぅ」  いっとき二人は糸の切断も忘れて、その部分をぐしぐしと擦り合うことに溺れてしまった。頬ずりを繰り返しながらあさましく腰をゆすり合う。  ミツレルの湿りが布越しにぐっしょりとにじみ、サンギータの竿が下着を突き破りそうなほど硬くなってから、かろうじて動きを止めた。 「ギータさん……」はぁはぁと息を荒らげミツレルがささやく。「もうこのまま最後まで、ぐりぐりしちゃってください。この場でぶっかけてくださぁい」 「でも、ミツレルさんも中にほしいんでしょう」 「ほしいけど……入らないから……」 「私も入れたいです。だって……」最後のためらいのひと息がついた。「さっき、出さなかったから」 「……さっき?」 「あの魔女が何度も吸い取ろうとしてきたんですけど、それだけはこらえました」ミツレルの髪の中へ、サンギータは唇を押し付けた。「一度も放ってません。……あなたに注ぎたかったから」  頭に染みこんだその言葉が劇薬だったかのように、ミツレルがぞく、ぞくっと大きく震えた。 「い、一度もぉ……? それって、すごくつらかったんじゃないです?」 「はい……」 「あんなにえっちしてたのにがまんして、その分をあたしに?」 「はい……もう溜まりすぎて限界です」ミツレルのふわふわした丸耳のそばで、長身の犬種の女剣士がささやく。「中身がぐつぐつうずいてます。ミツレルさんの中に……死ぬほどぶちまけたい」 「あっ、あ、あ」  その熱のこもったかすれ声だけで、ミツレルはぎゅっと身を縮めて軽く達した。 「もっ、もお……そうして……好きなだけしてくださぁい……んぎっ」  最後におかしな声が漏れたのは、サンギータが一心に糸を切り始めた、激しい振動のせいだった。  それから百を数えないうちに、サンギータは自分の両手を自由にした。その力強い手で、巻き付いたクモ糸をたちまち引きはがす。 「ふはぁ」  一つに縛り付けられていた二人の肉体も、拘束を解かれて自由になったはずだった。しかし二人は、仰向けから横臥に移っても、ほんのわずかしか離れようとしなかった。  震える手をゆっくりと腰にやって、焦りをこらえて下着を下ろす。ひどく慎重だ。まるでなみなみと果汁を注いだグラスを、こぼさずに受け渡すかのように。  むき出しになったミツレルの白い尻を、サンギータが片手でじっくりと割り開いて、泡立つ白蜜にまみれた秘唇をあらわにした。血管が浮き出すほど怒張しきった“精気の竿”を慎重にあてがい、ぬちぬちと試しごねをして、膣口を探り当てる。  位置が決まると、豊かに肉付いた少女の太ももをひと撫でする。  そして一息に竿を突き立てて、ぬかるんだ雌穴を貫いた。 「ふぐ、んうううぅう」 「んっくうぅぅっ」  どちらが先でもなく絶頂した。結合してひと打ちかふた打ちでサンギータは溜まりに溜まった精液をぶちまけ、それを感じるまでもなくミツレルも身を痙攣させていた。ひくひくと繰り返し引きつれる、処女を終えたばかりの若肉を、擦り潰すような強さで双性の肉根がこじ開け、こね立ててほぐし上げる。 「っおお、ミツ、ミツレルさんっ、好き、好きです……っ」  びゅるるる、どびゅるると、重い大量射精を繰り返して、入り口からあふれ出すほど胎内を満たす。大人の双性の一打一打は期待したよりもはるかに力強く、まだ若いミツレルはたやすく意識を飛ばされて目の焦点を失う。 「ひゃ、ひ、ギー……」 「ミツレルさんっ」  最初の一連の放出を終えて、ほんの少し勢いが収まったところで、サンギータはミツレルの前をはだけさせて執事服に手を差しこみ、溶けるように柔らかくなった両の乳房をたわたわとこね回して、この夜まだ手付かずだった少女の上半身をも味わう。 「大丈夫ですか? 地面痛くないですか? こうして、ぎゅっとして、楽にしてあげて……こね回してあげますね」  ぐったりとなった少女を丸めるように抱き締めて、労りの声をかけながら後ろから再挿入。いや、挿入はずっと続いており、少し柔らかくなって膣肉に包まれていたものを、もう一度またびきびきと硬くして、締め付けられるのではなく、えぐり返していき始める。  宣言通りに腰を使っての軽やかな攪拌をして、一度目の精液と愛液と二人の粘膜を、境目がなくなるぐらい混ぜ合わせる。片足を持ち上げて大きく股を開かせたところで、目の当たりにした結合部分の淫らさに瞬間的に興奮が跳ね上がり、思わず軽く射精。三匙ほどの量を注いだだけでこらえて、また優しく熱っぽく攪拌を続けて、徐々に情熱を高めていき、肉竿をもう一度ガチガチに硬く仕上げて、意識のない唇にふんわりと口づけしながら、最奥で二度目の全力射精に達した。 「うっ……ふうっ……ぐうう……ふんっ……」  サンギータはかたく目を閉じて、繰り返し勃起の根元に力を入れる。トワチカの下でさんざん分泌させられ、痛みとともに溜め込んでいた粘液が、股間の奥からびゅくびゅくと脈打って搾りだされていく。それがえも言われず安楽で心地いい。 「ミツレルさん……ごめん……ごめんなさい……」  恋人になり始めたばかりの娘を粘液の吐きどころにしている。サンギータが謝罪をくちばしっていると、ミツレルが「はあぁぁ……」とうっすら目を開けた。 「ぜんぶ出た?」 「ミツレルさん……」 「ギータさん、すっごく苦しそう……あたしこそごめんなさい」 「え……?」 「ギータさんにぐいぐいされるとね、頭ちかちかーってして……すっごく」小柄でふわふわしたエルミン種の娘は、初春の花のように微笑む。「きもちいいの。うれしいの。ギータさんを楽にしてあげてるぅ……って」 「……っ!」  少女はことさらに誘っているわけではない。素直に感じたままを言っているだけだが、それが女剣士の心の火を煽り立てた。うなじにざわざわと鳥肌が立ち、眉間の上に言葉にできない衝動が集まる。 「ミツ……さん……だめ、だめですよ、そんなに可愛いことを言ったら……」  つながっている最中でよかった、と思う。今なら一番深いところに、この想いをわからせてやれる。 「わるいやつが……わるい人がそのうち現れて、あなたをめちゃくちゃにしてしまいますよ。こんなふうに……」  サンギータは身を起こしてミツレルを四つん這いにさせると、大柄な体格にものを言わせて背後から覆いかぶさり、少女の耳や首や肩や乳房を好き放題に吸ったり噛んだり握りしめたりしながら、深々とつなげたままの秘所を熱心に練り続けた。 「ひぃ……ひ……! だぁめ、そっ、もう……」  息も絶え絶えに感じ続けていたミツレルが、ひんんっと激しく震えて股間から潮を地面に振りまいた。やぁぁ、やぁらぁ、と言葉にならない声をまき散らしながら、ふっくらした下腹をびくん、びくんと何度も痙攣させる。 「ミツさんっ……」ぶるっ、ぶるっ、と四度目か五度目の射精をしながら、サンギータもうわごとのような声で叱る。「だめっ……いやらしすぎっ……そんなのじゃ、だめです……っ」 「ひぃ、ひぃ……ごめんあさぁい……あっギータさん……」地面に突っ伏したミツレルが、うつろな目で幸せそうにうめく。「また出てるぅ……びく、びくって……ギータさんが出してね……」  ふぐっ、とまた鋭く首をのけぞらせてから、少女が汗ばんだ顔で振り向いた。 「わるいやつに出されないように、ギータさんがしてねぇ……」  はーっはーっとサンギータも肩で息をしている。汗のしずくが頬を滑って顎に止まる。  顔を寄せて、ミツレルに頬を押し付けた。 「ええ、たくさん」 2  何度も何度も交わった末、二人は息を切らしてへたり込んだ。サンギータはトワチカに焦らされたせいで溜まり切っていたし、ミツレルも実はずっとしたかったのだと打ち明けたが、それにしても多情な行いだった。  身を起こしても離れ難い。自分と同じ匂いがする気がして、ちらちらと親しく視線を交わしてしまう。  ここへ来て二人は、うっすらと感じ始めていた。  ……思った以上に自分たちは相性がいいのかもしれない。  それはさておき二人は出口を探し始めたが、やがて二つの衝撃的なものに出遭った。  ひとつは、視界の端に転がっていた棒きれやぼろ布の塊に、髑髏が埋もれていたのだ。 「ふわぁ、ミイラです。これご遺体ですよ!」 「剣があるのに抜いてない、不自然に固まった姿勢でカラカラに乾いて死んでいる……魔女に精気を吸いつくされたのか、クモの巣に縛られたまま体液を吸われたのか」 「両方かもしれません」  遺体は男性だった。ということは、迷いの森を抜けて、おそらくはサンギータのように“道具”を使って、はるばる陸標台へ来たのだろう。気風のいい女大工たちが目当てだったのかもしれないし、他の何かが目的だったのかもしれない。なんにせよ彼の足取りは、きっと望ましくないはずのここで途絶えてしまった。  そうして気が付いてみれば、周囲の暗闇には乾いて崩れた肉体の断片とおぼしきものが、ひとつではなくいくつも、点々と散らばっているのだった。普通、そんな場所には不吉な血と脂の匂いが染みついているものだが、ここには匂いがないのでわからなかったのだ。  サンギータもミツレルも、街道の旅を戦ってきた傭兵であり、遺体に驚きつつも恐れることはなかった。“彼ら”のうち誰か一人はあの錆びたバックルの持ち主なのだろうから、なおさらだ。  祭具こそなかったが、執事のミツレルが司式して、二人で弔いの祈りを捧げた。  もうひとつの衝撃は、これまで見えていなかった闇の奥にあった。  ミツレルが足を進めて、花冠の光を地面から壁へと及ぼすと、横穴らしきものが照らし出され――その中に毛むくじゃらの武骨な節足を備えた、巨大な甲殻生物がうずくまっていたのだ。 「うひ……!」  今度こそ恐怖の悲鳴を上げかけて、ミツレルが必死に口を押さえた。サンギータも毛が逆立つような脅威を感じた。大グモの頭部の高さはミツレルと同じほど。奥へ胴体が伸びているようだから、全体ではサンギータよりも大きいかもしれない。  その口元では、鍛冶屋のやっとこのような頑丈な口器がゆっくりと開閉していた。先ほどの遺体の様子から肉を食わないことはわかっているが、だからといって恐ろしさが薄れるものではない。  二人と一体はしばらくにらみ合った。どちらも動こうとせず、じきにサンギータがあることに気付いた。  クモは片腕(脚?)を上げて頭部をかばっているように見えた。腕の下には八つの黒いガラス玉のようなものが輝いている。 「光が苦手みたいですね」 「ああ、それで今まで……」 「ミツレルさん、おでこの光、もっと強められませんか?」 「え? どうやって?」 「それはわかりませんけど、ダイアイアー神に頼むとか?」 「直接頼むんですか? 聞いて下さるかなあ……」  ミツレルが口の中でぶつぶつと何か祈ったが、花冠には何の変化もなかった。 「あっ、これだめですね」 「よくばりすぎましたか。ダイアイアーの神よ、不遜を申しました、お詫びします。光って下さるだけでも十分です――ではミツレルさん、少しだけ前に出られますか?」 「お、おっかないです……」 「私が盾になります」  二人並んで一歩前に出ると、大グモも後ずさった。しかし二歩、三歩と進んでいくと、そこでクモは足を止め、鉤爪のついた鋭い前足を振り上げて威嚇した。 「追い出すのは無理か……じゃあ下がりましょう」  二人は後ずさりして、古い遺体のそばへ戻った。しかし、下がりながら見ていると、薄闇の中のクモの姿は消えることなくついてきた。二人はぞっとして顔を見合わせる。 「ひょっとして、ずっとあそこで見てたんですかね? 光のすぐ外から?」 「私たちが激しすぎてびっくりしたのかも」 「ちょっともう、冗談言ってる場合じゃないですよ、ギータさん!」 「こんな地の底ですし、光や騒音は苦手だと思うんです」 「それはそうですけど、光や音で倒すのは無理でしょう。なんとかしないと!」  ミツレルが半ば真剣に抗議すると、サンギータは小さく肩をすくめて、再び遺体に近づいた。棒きれのように見えていたものを手に取る。 「では、もう一度彼の力をお借りしますか」  それは一振りの剣だった。外からかろうじてわかるのは、両手持ちの長剣らしい、ということだけだ。 「……それですか? 錆びついてるんじゃ」 「多分ね。でも」  サンギータは、鞘に収まったままの古い剣を両手で振り上げて、勢いよく振った。  ぶぅん、と重い唸りが生じた。たったひと振りで、洞窟の空気の半分ほどもが渦を巻く。 「重さは、同じ」 「ほわ……」 「鉄竜は鈍器も使います」  光を、と頼んでサンギータは敵へ向かっていく。あわてて背後から「護身の膜」を投げつけて、気休めのような防御を与えたミツレルは、やがて驚きに目を見張る。  闇の中から鉤爪付きの足がわらわらと持ち上がって、次々と振り下ろされる。  そこへ剛力の女剣士が鞘ごと剣を叩きつけて、一本また一本とたやすく打ち砕いていく。  魔女の手下として多くの人間を「処分」してきたであろう怪物が、百を数える間もなく退治されて、道が開けたのだった。  ミツレルは横穴が行き止まりであることを心配したが、それについてはサンギータは楽観していた。あんな大きなクモが、時折降ってくる魔女のおこぼれだけで生きていられたわけがない。必ず外へ出て別の獲物を襲っていたはずだという推測だ。 「問題はそこじゃないんですよね」 「どこですか?」 「見てわかりませんか?」  横穴を歩いていきながら、サンギータが振り返って自分の体を示してみせる。右肩にまだ抜けてない長剣を、左肩に地底で得た“戦利品”を背負っているが、表したいのはそれらではない。  瞬きした後続のミツレルが、はっと重要なことに気付く。 「ギータさんのえっちな体がぎりぎりだということですか……?」 「そんな言い方をされるとは思いませんでした」  サンギータは顔をしかめる。魔女に弄ばれるあいだに衣服を剥かれて、肌着だけの姿だった。ツンと突き出した乳房の形と、引き締まった腰回り、涼しげな顔立ちにそぐわない腹の下の膨らみなどが、誰の目にも見て取れる。  ひとことで言って、女剣士というよりは多少きびきびした女蛮族といったところだ。 「あのっ、それすごく魅力的で、気持ちはわかりますけどそのままでもすごく綺麗で立派ですからもっと自信を持って、あっでも本心言うとあたしも他人に見せたくなくて」 「そういうことじゃないんです、やるかやられるかというときですから格好は気にしませんし、最悪このままでも町へ戻りますよ、魔女トワチカが生きていたことも、必ず伝えなきゃいけません。でも、それより」  サンギータは両肩の荷物を、大げさにゆすり上げる。 「替え玉を失ったことが問題なんですよ」 「あれまだ果たすつもりなんですか!? 赤陸標の任務?」  ミツレルが驚いて口を開けると、サンギータは当然のようにうなずいた。 「それが任務というものです。落とさせないと言ったでしょう」 「さ、さすが鉄竜級ですねえ……」 「荷物も一緒に投げ込んでくれればよかったんですけど、そんなわけがありませんよね」 「じゃあ、まさか、ここを出たら」 「ええ、奪還しに行きます」 「そんなえっちな体と抜けない剣だけでですかぁ!?」 「だからそういう言い方はやめてください」生真面目に首を振ったサンギータは、ふと行く手を見て目を細める。「出口ですね」 「えっ」  光が差しており、やがて外が見えた。警戒しながら出てみたが、待ち伏せはなかった。中からは明るく見えたが、出てみると薄暗く、まだ夜明け前らしかった。 「ここは……?」  ミツレルは周囲を見回したが、山肌に囲まれたくぼ地の疎林だというだけで、どこなのかわからなかった。もともと土地勘もない。  サンギータは遠くの稜線に目を細めて、「まだ集落の近くです。できれば反対側まで大回りしてから潜入したいですが――」と言いかけたが、そのとき二人の頭の耳を、間近から大音響が襲った。   くわわわわわわわぁーん!  振り返った目の前に、ばっさ、ばっさと大きな羽音を立てて何かが降りてきた。 「雨傘!」  ミツレルがとっさに「ステリトウス・リス・メテラトウ――」と叫びかけたとき、サンギータが前に割って入った。 「その祝祷は今使うものじゃありません」 「でも、ギータさんの剣はまだ」 「もうひとつ、これがあるでしょ」  そう言って、サンギータは担いできた戦利品――大グモの足を「雨傘」の前に差し出したのだった。 (第十話へ続く)   第十話 1  夜明け前の暗い空から、ばっさばっさと羽音が近づいてきた。ばふっ! とひときわ強い風を浴びせられて、ミツレルは腕で顔をかばう。おそるおそる目を開けると、目の前に怪物がそびえていた。 「……ひっ」  大きかった。ミツレルがこれまでに見たことのある空飛ぶ生き物のどれと比べても、十倍は大きかった。毛皮に覆われた樽型の胴体に、二つの角のある頭部が乗っており、人食い熊よりまだ高い。横幅は熊よりもっとあって、左右に広げて地に突いた翼は、小さな家ぐらいなら包めそうなほどだ。その翼は膜翼で、羽毛はなくて草刈り鎌のような爪を地面に突いているところは、教会の伝承画で見た竜族を思わせた。  ん? とミツレルは眉根を寄せる。膜翼と、毛皮に覆われた胴?  改めて視線を上げると、山豚に似た不格好な面相と目が合った。頭部の突起がくるりと動いてこちらを向く。角ではなく耳だ。  ミツレルは自分がその生物を知っていることに気付いた。 「コ……コウモリですか、これ?」  思わず声を上げると、驚いたことにそいつは口を開けて返事をした。 「『これ』とは『モノ』を指す言葉だよ、牝エルミン」 「はい!?」  人の言葉だった。なめらかで低い女の声、あるいは丁寧な男の声のように聞こえた。そのどちらとしても、威圧や侮蔑よりも、疲れやあきらめを濃く含んでいるようだった。 「余は名のある者であり、キキリ・キキリー・ククというそれを今は余みずからおまえに授けてやるが、これは人の耳に合わせた発音であって本当はkklkklkkというのだし、おまえはそれを拝跪して推し戴かねばならない。世が世なら『これ』などと言った者は、すぐさま同胞らに血を啜られて、干からびていただろう」  水車小屋ほどもある巨大なコウモリが顔を寄せてそう言った。憂鬱そうな唇の端に青白い牙が覗いている。ミツレルはかたかた震えて声も出ない。  サンギータが進み出る。 「久しぶりね、キキリー・クク、古きかわほりの長。覚えてる?」  コウモリは、きろりと小さな目を回して女剣士を見た。 「覚えている。十年前、台に来て余と話したな。名は呼ばないぞ、牡カーニム」 「女よ」 「牡だ。この牝エルミンからどっぷりとおまえの匂いがする」  コウモリが鼻をひくつかせた。ミツレルが目を泳がせてうつむいた。  サンギータは長い黒髪をゆっくりと掻き上げてから、巨獣に目を戻す。 「確かにそう。私は双性。彼女は連れ合いよ。連れ合いの失言だから、モノ呼ばわりしたのは謝るわ。――それはそれとして、失言していなかったとしても、見逃してはくれないんでしょう?」 「しかり。余はおまえたちを追うてきた。魔女殿の懇請により、な」コウモリは目を閉じてぼそぼそとしゃべる。いかにも気が乗らない様子だ。「魔女殿をおびやかす者は、余が血を啜らねばならない。厭わしき契約だが、古のさだめにより、な」  サンギータは片眉を上げる。 「十年前は親しく話してくれたのに」 「十年前、おまえは魔女殿の正体を知らなんだ」 「あのときあなたは疲れていると言った。死んだ魔女の呪いで不死にされ、いつまでも働かされてうんざりしていると」 「言うたとも、それこそ魔女の呪いでな。喉の奥ではあれがまだ生きていると喚いておったわ。しかれども、秘密を知らぬ者には話せぬという魔女の呪いよ。あれは一九〇年経ってもまだ生きておる。生きておるのだからもちろん、解呪はならぬ!」  巨大コウモリ、「トワチカの雨傘」ことキキリー・ククは、話すうちに激高し始める。 「あの魔女は牡の精を吸い、牝から牝へと乗り移って在り続けている。なぜヒトはこうも馬鹿なのだ! いつまでも懲りずに精を与え続けおって。どの牡もどの牡もここへ来るとたやすく発情して精を吸われ、魔女の正体を知るときにはもう涸れ果てている。サンギー・タ、この一九〇年で生きて話せるのはおまえが初めてだ! いったいどうしたことだ?」 「どうしたことか、私だって知らないけど、それなら余計わかるでしょう。あんな魔女をこのままにはしておけないと」 「しておけないとは、どういうことか? 魔女を倒すということか? おまえは魔女より強いというのか!」 「さあ、どうかしら。ひとつ言えるのは」  ここでようやく、サンギータは肩にかついでいた“戦利品”を突き出した。 「こいつは、倒した」 「……おお」  地底のクモから引きちぎってきた毛むくじゃらの前脚を見て、コウモリはばさばさと落ち着きなく膜翼をはためかせる。 「そはまごうかたなき“魔女の闇足”。そやつを殺したというのか」 「ええ」 「どうやって? そやつの硬き殻には剣も法儀も効かぬはず」 「そうだったの。じゃあこれでよかったのね」サンギータは鞘のままの錆剣を掲げて見せる。「撲殺した」 「闇足をなぐり殺した!」  大コウモリはついに詠嘆のような声を上げて目を閉じた。 「ついに時いたれるか。魔女トワチカの命運極まる」 「仲間がやられたのにそんなことを言うの? 私と戦うんでしょう」  サンギータは錆剣を突き付けたが、コウモリはキッキと笑うような声を漏らした。 「勝負にならぬ。余は舞い上がり、上から岩を落とす。おまえたちに勝ち目はない」 「なら私たちは法儀を用いる。ダイアイアーの目はよく届くわ。土の下にも雲の上にも」 「法儀? おまえたちにどんな法儀が振るえるというのだ」  そう言ったコウモリは、改めてミツレルを眺めた。花冠の光はすっかり弱まったが、まだほのかな光を湛えている。  その意匠を見つけて、コウモリはギギ……とうめく。 「ただの番いではない……聖犠か。そうか、それで魔女や闇足を凌げたか」  その言葉を聞いて、ミツレルが思わず声を上げる。 「あのっ! その聖犠って、なんですか? 魔女も言ってました。あたしが処女じゃなくなったのと関係あるんですか?」 「知らずに得たとは運のいい。そも処女の花冠とは何を示していた?」 「それは、乙女の純潔を世の男に許さず、主のみに捧げることで敬虔さを示すもので――」 「それと同じよ。聖犠とは、在上なる者に悦楽を捧げる贄なり。おまえはそれにおいて神意にかなった。番いとまじわることで寿がれ、祝われる」 「まじわる……って」  白丸耳の少女執事が、ぼうっと顔を赤らめた。やおら振り向いて叫ぶ。 「あたしたちのえっち、ずっと主に覗かれてたってことですかぁ!?」  サンギータは天を仰ぎたい思いで答える。 「――まあ、それはね?」 「ひえー、うそでしょお、ほんとですか、恥っずかしい……」  そもそもこれだけ積極的に光ったりなんだりとかかわってくるダイアイアー神が、こちらを見ていないわけはないとサンギータは思っていたが、こうも直接的な理由だとわかると、さすがに決まりが悪くなった。  それよりもサンギータは別のことが気になった。ミツレルが神を喜ばせる贄になったというなら、具体的に何をしなければいけないのか、何をしたらいけないのか。また、神の機嫌を損ねたらどうなるか? ということだ。  ミツレルが別のことを口にした。 「あの魔女の部屋で、あたしが乱入したら花冠が光って魔女を吹っ飛ばしたんです。コウモリさん、これは主もトワチカにお怒りだってことですよ! どうですか、それでも魔女に従うんですか?」 「余は在上なる者とはかかわりない」コウモリは人間のような仕草でそっぽを向く。「余のみならず、人魔のあわいなる者らは皆、な。現世の興廃がどう用命しようが、我らは我らみずからが選んだものとの関係に、従い続けるのみよ」 「自分でトワチカを選んだら仕方がないってことですか? だったらぶちぶちと文句垂れてんじゃないですよ!」 「口が過ぎるぞ、聖犠」  コウモリが牙を剥いた。生臭い血の香りが押し寄せて、ミツレルがひっと青ざめた。  サンギータが前に出て武器をかざす。するとコウモリは牙を納め、またキッキと小さく鳴いた。 「まあよい。せっかくの逸材を大岩でひと潰しにするのももったいない。おまえたちが何か愉快なことをしてくれるのであれば、見物に回らぬでもないぞ」 「見物、それだけ?」 「それだけ、だと? 何が言いたい、カーニム」 「ほんの小さな手伝いで、あなたの宿望はぐっと現実に近づくのだけど」 「余の話を聞いていたか? 魔女殿をおびやかすのなら血を啜るしかない」 「それとは全然関係のない、簡単なことよ。ミツレルさん、私たちの任務はなんでした?」  突然話を振られて、えっと少女は固まったが、すぐに答えを口にした。 「赤陸標の玉を替えること!」 「そう。消えた陸標台の玉を替えて、この地に危険ありと引き続き人々に知らしめることです。それは別に禁じられていないんじゃない、キキリー・クク?」 「――いかにも、な。魔女殿はあれを些事だと思うている」 「では、お願い」 「それだけでいいのか?」 「ええ。あとは高みの見物でかまわない」 「ほう……」  古き大コウモリの長は、その耳をキロキロと動かしてサンギータを注視すると、やがてつぶやいた。 「いいだろう。余は玉替えに手を貸してやるのだ」 「ありがとう」  サンギータは一礼して振り向いた。 「じゃあ、それをしっかりと取り付けてきてくださいね、ミツレルさん」  指さしたのは執事服の腰にある物入れだ。え? と瞬きする彼女に顔を近づける。 「やり方はわかりますよね? 質問はなし、です」 「――は、はい!」  ミツレルが何かに気付いた様子で、うなずいた。 2  東の地平線に光が差し、霧に覆われたハルハナ迷林から夜が追い払われていく。  森の西の端にあるビッスス一門の集落では、女大工のキューナこと妖淫の魔女トワチカが、悶々としながら報告を待っていた。  あの二人を生かして返すわけにはいかない。ピントの街に知られれば、また昔のような討伐隊がやって来てしまう。一九〇年前の討伐隊が来た時には、隙を突いて隊長のビッススになり替わり、うまく乗り切ったが、今度は同じ手は通用しないだろう。  問題は聖儀となった小娘だった。あのケガ治しに手を出すとこちらもただでは済まない。だから地下では無敵のはずの「闇足」と、森の隅々まで目が届く「雨傘」に狩りを命じた。夜が明ければこちらの不利になる。その前に捕まえるように、だ。  もう一度、あの双性のカーニムを捕らえたら――と魔女は考える。  今度こそ、逃がしはしない。手足はハムのようにぎっちりと縛り上げ、目を塞ぎ口を塞ぎ、鼻と肌は甘味あふれる唾液漬けにしてやって、どうしようもなくそそり立った男根だけをもてあそんでやる。十年待って熟成させた、濃厚で芳醇な精汁を、繰り返し繰り返ししぼり立ててやるのだ――。  闊達な女大工の顔がうっすらと青い炎に覆われ、愛欲の濡れしたたるような別人の笑みが、ニィ、と浮かんだ。あのカーニム、生意気にも一度も自分の中で達しなかった。万もの男を吸い殺してきたこのトワチカの蜜壺にはまっても。  そんなことは許さない――。  母屋の前の階段に座って、一人腰をむずつかせていたトワチカの耳に、不意に仲間の声が届いた。 「キューナさん、キューナさん! 陸標台が!」  集落の入り口にある見張り台からだった。トワチカは顔の炎を消して走り出す。 「陸標台がどうしたって?」  叫びながら振り向いた顔が、白く照らし出された。答えがなくても分かった。  塔の頂上のテラスがまばゆく輝いている! もしや、陸標が蘇ったのか。  少し前に、大きなものが羽ばたく音がした。キキリー・ククならばこちら報告に来るはずだから、何か別のものだろうと思っていたが、やはりあれは雨傘だったのかもしれない。  それがまっすぐ陸標台へ上がったのだとしたら―― 「あやつ、裏切ったか」  ギリッと魔女は歯噛みする。魔獣の中でもかなり高い格を持つらしいあいつを、偶然捕らえてから一九〇年。すっかり手懐けたと思っていたのに。 「許せない――メリエット、呼び鐘を鳴らしな、全員で塔を攻めるよ!」 「あれってなんなの? 雨傘はあんなことしないよね」  メリエットが尋ねる。ここの仲間はみな妖酒と魔術で支配しているが、本人はまだ自分の頭で考えているつもりだから、説明というものが要る。たとえ嘘でも。 「サンギータだよ、あの子に操られてるんだ。人に化けた魔物だよ!」 「そうなの!? じゃあぶっ殺さなきゃ!」 「塔の鍵も持ってこさせて」  早朝の村にカンカンと鐘の音が響き渡る。トワチカも腰の手斧を確かめながら駆け出したが、陸標台の輝きを見上げるうちにつぶやいた。 「……白い輝き?」  ここは赤陸標だ。  魔女は足を止めると、身をひるがえした。 3 「ステリトウス・リス・メテラトウ、上主の眼! 眼! めーーっ!」  陸標台の頂上で、螺旋階段を上って来た敵に向かって、ミツレルは必死になって繰り返した。額の光が明滅し、それをまともに浴びた敵が顔をかばう。 「ギャッ」「おまえ、やめ――」  その隙にミツレルは長い棒で滅多やたらに突きまくった。殺傷力はないが、階段は塔の外側だ。敵が棒をつかもうと思ったら、右手の武器を捨てるか、左手を壁から離さなければならない。  それをやった女がいた。一瞬左手をのばして、ミツレルの棒をつかもうとしたのだ。 「めーっ!」  だがミツレルの叫びとともに光がはじけた。女は棒をつかみ損ね、つんのめって階段から足を踏みはずす。 「あーっ!」  悲鳴を上げて落下していき、少し離れたところにある倉庫の天井を突き破った。光が効いたということは魔に連なる者のはずだが、それでも一瞬同情してしまい、あわててミツレルは頭を振った。  下方から矢が飛来して、カツン、コツンと周囲に当たる。ミツレルは少し下がってそれを避ける。テラスまで一人目の侵入を許してしまうが、ミツレル自身は安定した場所から正面を突くことになるので、むしろ迎撃しやすい。 「来ないでください!」  腹をまともにドンと突いた。よろめいて後退した女が二人目の落下者になる寸前、三人目が武器のハンマ―を投げ捨てて抱き留めた。 「何しやがる!」 「来たらぶち落とします! 足腰には自信ありますからね!」  どっしりと腰を落として棒を構える姿は、小娘にしては堂に入ったものだったが、実のところハッタリだった。棒術は傭兵組合で軽く習っただけで、実戦経験は一度もない。 「それにこっちには“雨傘”がついてます!」  その言葉通り、テラスの屋根に大コウモリが泰然と乗って揉み合いを見下ろしている。そいつのささやき声が、ミツレルの耳に届いた。 (やれやれ、玉を替えるというから運んでやったのに、まさか嘘だったとはな) (嘘じゃありません、ここに入れたつもりだったんです、あたしもギータさんも) (いつの間にかなくしていたから、仕方なく戦っているのだと? ふん、底の知れた言い訳だ) (なんとでも言ってもらってけっこうです!)  キキリー・ククがこちらを襲わないまでも、中立だとひとこと宣言するだけでずっと不利になる。このやり取りは、コウモリが持つ不思議な力とやらで二人だけの耳にしか届かないのだが、周りに聞こえたらどうなるかと、内心ミツレルもひやひやものだった。  敵が少しでも顔を出すたびに、ミツレルは棒で突きまくって追い払う。今はまだいいが、敵が違う手を打ってきたら長くは持たないかもしれない。 (時間は稼いだ。今ならまだ、“テラスに入りこんだ不届き者を外へ引きずり下ろし”てやってもいいぞ、牝エルミン)  キキリー・ククがまたささやいた。ここで降りても大コウモリはまだそういう言い訳を使えるからいいが、ミツレルたちは詰んでしまう。意地でも粘る必要がある。 (降りません! あたしは、ここにいるの!) (強情な牝だ。余が思うに、おまえはひとつの可能性から目を背けている) (なんですか?) (あの牡カーニムがおまえを囮にして、遠くへ逃げ延びたというものだ)  それを聞いたとたん、ミツレルは噴き出していた。はっきりと声に出して言う。 「ばっかじゃねえですか、ギータさんが逃げるわけないです!」 「馬鹿とはなんだ、この鈍重な牝が!」 「誰がどんじゅーですって? ここまで軽い軽いって運んでくれたくせに!」 「阿呆め、口に出さずとも!」  二人がとうとう口論を始めたとき、下方からおかしな声がし始めた。 「なんだてめえ――」 「何すんのよ――」 「このっ、くそっ、食らえ――」  怒号を押しのけて、力強い名乗りが届く。 「シベット隊の鉄竜サンギータ、推し通る! 命が惜しくば武器を捨てろ!」  重い武器のぶつかる金属音がして、また長い悲鳴が上がった。見なくても、さっき一度聞いた声と同じだった。 「ギータさん……! ほら、言ったでしょ?」  ミツレルは顔を輝かせて喜ぶ。  少し前、サンギータは母屋に忍び込んで衣服や荷物を取り戻してきたが、自分の長剣は見つけられなかった。さすがに隠されてしまったらしい。  それで今、右手の武器は洞窟の錆剣のままである。切れ味云々以前に、抜けてもいない。にもかかわらず、螺旋階段に並ぶ十数人の女大工たちを、破竹の勢いで撃破しつつあった。それは左回りの階段のおかげだった。右利きのサンギータは左手で壁面の手掛かりをつかんで剣を振れるからだ。  それを狙って、敵を下から追い上げるというのがサンギータの作戦だった。なにより、棟梁キューナも右手で斧を振っていた! 「死にたくなければ下へ降りろ! 外からだぞ、変な真似をしたらわかってるな!」  降参した女たちは武器を投げ捨て、サンギータの外をすり抜けて降りて行く。どこにも掴まれず、軽く押されただけで落ちてしまうから、抵抗のそぶりも見せない。  そうして何人も下へ降ろした末に、とうとうサンギータはテラスにたどり着いたのだが、そこで二人そろって困惑することになった。 「ミツレルさん……!」 「ギータさん!」 「「トワチカは?」」  いなかった。隊列の中ほどに彼女がいるはずだと予測し、二人ともそのつもりで戦ってきた。上から上主の眼、下から利き腕の有利で挟めば、きっと仕留められるという手筈だったのに。  二人が戸惑いながら荷物を手渡ししていると、またしても下方から悲鳴が届いた。ただし今度は落下の声ではない。   いひぃぃぃぃ……   あぐぅぅぅぅ……  感極まった嬌声のような、断末魔の苦鳴のような、なんとも言い難い声だった。 「なんだ?」  バサッ、と羽音が響く。大コウモリが屋根を離れて、飛び去ろうとしたのだ。  途端に下方からゴオッと青白い炎の渦が吹きあがり、コウモリの姿を包んだ。大コウモリは燃え上がり、声も上げずにくるくると錐もみで落下していった。 「コウモリさん!」「キキリー・クク――」  短い付き合いだが、話のわからない相手ではなかった。二人は叫ぶ。  だがその声も尻すぼみになった。  コツコツと螺旋階段を昇って、青い炎の顔が現れた。「上主の――」と叫びかけたミツレルが、息を呑む。  魔女の体のまわりにいくつもの火の玉が浮かんでいた。温かな赤い炎だが、それらの玉には顔があった。昨日見た顔や、つい先ほど向かい合った顔。どれもがうっとりとした忘我の表情を浮かべていた。  女大工たちの火の玉を引き連れた、魔女トワチカが物憂げに言った。 「この子らはみな、街と森のあちこちに家族や友がいる。折々に出かけてはこの集落の良さを広め、土産を持ち帰った。この子らがいるから、私はこの地に留まれた。だがこんな姿になってしまっては、もう元に戻らぬ。なんということをしてくれた」 「自分がやったくせに何言ってるんですか! 上主の眼!」  ミツレルの声とともに、きかーんと鋭い音を伴って光が放たれたが、火の玉のひとつがさっと前に出て受け止めた。まばゆい光のしぶきが飛び散る。  そのまま火の玉は、ああ、と夢見るようなつぶやきだけを残して、消えてしまった。 「おまえがそんな光を放つからだ」  青い炎の顔が憎々しげに歪んだ。 「おまえたちが来たから、私をおびやかすから、こうせねばならなくなった。私はもはやこの地に留まれまい。おまえたちさえ来なければ!」 「数知れぬ男たちを引き寄せて吸い殺し、また罪のない女大工たちをたぶらかして魂を搾り出す。魔女トワチカ、おまえはもう許されることはない!」  サンギータが錆剣を構えて前に出た。青い炎が哄笑する。 「許さなければどうだというのだ、おまえの剣を突き刺すか? また私の濡れ穴で肉棒をねぶり立ててほしいのか、双性のカーニム!」 「ほざけ、化け物!」  抜かぬままの剣で長身の女剣士が斬りかかる。魔女がそこにいくつもの火の玉を叩きつけた。  赤陸標の頂上に立て続けに爆発が起こり、鉄粉と火の粉が飛び散って渦巻いた。 4  ミツレルがサンギータを弱いと思ったことは一度もない。シベット隊で初めて傷の手当てをしたときから、強いと思ってきた。それは倒れた仲間をかばった際の傷だったからだ。すぐに隊を移り変わる傭兵が仲間をかばうのは珍しいことで、そのときに思った。この人はそういうことをしても死なない運と落ち着きがあるんだ、と。  運や落ち着きだけでなく、純粋な剣技においてもサンギータが群を抜いていることを、その後半年かけてミツレルは知る。  それでも彼女が雑兵や街のごろつきでない手ごわい敵と、全力で戦うところを目の当たりにするのは、初めてだった。  想像以上だった。 「サンギータ! サン・ギー・タ! 爪はじきの犬種が剣なんか振り回してどうする気? 手柄を立てたってほめてもらえないよ!」  嘲笑とともに魔女が火の玉をいくつも振り回し、立て続けに投げつける。かすっただけでも爆発するそれを、女剣士は右に避け、左に避け、斬り飛ばし、跳ね返す。  広くもないテラスを爆発が満たし、塔そのものがぐらぐらと揺れる。ミツレルは悲鳴を押し殺すが、あることに驚く。火の玉がただのひとつもこちらへ飛んでこない。しっかり自分を守ってくれているのだ。  それに爆発がテラスの中央を巻き込むこともなかった。そこには赤陸標がある。二人用の丸テーブルほどの台座の上に、ひと抱えの灰色の玉が陣取っている。それが切れた玉だ。それを取り換えに来たのだ。 「魔女トワチカ!」  鋭く叫んでサンギータが踏み込んだ。錆剣を両手で持って魔女に叩きつける。魔女は軽やかに横っ飛びしてテラスを逃げ回るが、サンギータは俊足で追いついて続けざまに斬り付ける。魔女は避け切れずに次々と火の玉を使う。それをひとつ残らずサンギータが剣の鞘で撥ねのける。爆発に次ぐ爆発が起こるが、どれも二人からわずかに離れたところだ。あまりにも剣の振りが速いので、当たった瞬間には火の玉が起爆しないのだ。 「くそっ!」  トワチカが振り向き、まともにテラスの中央を撃った。火の玉が赤陸標へ走る。 「上主の眼!」  ミツレルが叫んだが、光が生まれない。陸標はダイアイアー神の護るべき対象ではないらしい。  火の玉が赤陸標に命中して爆発した。煙が晴れると、陸標玉は粉々になっていた。  魔女があざ笑う。 「一九〇年持った仕掛けも、いざ壊すとなるとたやすいな! 次は台座だ」  浮遊する火の玉をかき集めると、一度に三つも台座へ向けて投げつけた。  サンギータは台座を守ろうとして、とっさに駆け出す。駆け出してから、罠だと気づいたが、間に合わない。 「愚か者が!」  サンギータの背に向けて、さらに三つの火の玉が投げつけられた。  六つもの爆発が起こった。もうもうと煙が立ち込め、女剣士が床に叩きつけられる。 「ギータさんっ!」  ミツレルは悲鳴を上げた。  煙が晴れると、台座は無事だった。だが剣を背に負った黒衣の姿が、テラスの端まで転がり出ていた。一度でも寝返りを打てば地上へ真っ逆さまだ。ミツレルの顔から血の気が引く。 「ギータさん……」  そのとき目の端で、魔女がかがみこむのが見えた。乱戦の中で床に転がった荷物を拾い上げている。 「それは――やめて……!」  思わずミツレルはうめいていた。荷物の中から、魔女が赤い球を取り出したからだ。  赤陸標の替え玉だった。先ほどサンギータが衣服と一緒に奪還してきたものだ。  魔女の青い炎はにんまりと笑みの形を浮かべる。 「やめてほしくば、実力で止めるがいい。そら、上主の眼! 上主の眼!」  ミツレルは短杖を構えたが、法儀を放てない。撃てば替え玉も砕け散る。  魔女は転がっているサンギータにも近づいたが、一瞥しただけで首を振った。女剣士は先ほどからピクリとも動いていなかった。 「無理もない、あの火球を六つも食らってはな。ひとつひとつが娘たちの命だ。それをすべて、こうして火球にしてしまった……」  魔女は自分の周りを見回したが、あまりにも乱打しすぎたせいで、浮遊する火の玉はもう二、三個しか残っていなかった。大きくため息をつく。 「せめてなくなった分は、こやつの精で補おうと思っていたのに、こうもあっさり死んでしまっては、まぐわいも出来ぬ。興の醒めることだ」 「……この、下衆!」 「ほうまだ言うか、良いぞ、良いぞ!」  もはや二人だけとなったテラスで、性悪な魔女が少女に迫ってくる。 「好きなだけ主を呼べ、罵るがいい! さすれば球も粉々だ! 赤陸標を取り付けて帰りたいのだろう? そう願うなら叶えてやるぞ?」 「かなえる代わりに、ひどいことするんでしょう!」 「当然だ!」魔女は哄笑する。「何もかも失ってしまった。おまえの穴という穴を犯し抜かねば気が済まぬわ! 牝は好みでないが、聖儀を犯すのは初めてだ。この際珍味だと思うことにしよう。ダイアイアーの牝執事の牝臭い穴という穴に小便を注ぎこんで、臭い肉袋にして町へ届けてやる。お望みの赤い光で照らしつけてな!」  青い炎の顔が間近に迫り、前髪が焦げた。ミツレルは必死に法儀を行おうとする。 「じ、上主の……」 「ああ!?」 「うう……」  睨まれて目を伏せてしまう。情けなさに涙がにじんだ。 「ギータさん……」  身を小さくして女剣士に目を向けたとき、ミツレルはようやく、その姿のおかしなところに気付いた。  サンギータは剣を背負って倒れている――なぜ? 直前まで前方の火の玉を斬ろうとしていたのに。  とっさに剣を背中に回したから? だとしても、それに何の意味があったのか?  あった。  あの錆剣は、刃も法儀も通じないはずの「闇足」を叩き殺した。それに何度も火の玉を弾き飛ばしていた。  どういうわけか、信じられないほど頑丈なのだ。それで背を守ったなら、背後からの三発を凌いでいたとしてもおかしくない。  そして台座も無事だったから、前方の三発も着弾前に叩き落としたはずだ。つまり、サンギータは本当は一発も食らっていないかもしれない。  だったらなぜ起きないのか――。 (眼だ)  突然耳元で誰かにささやかれて、ミツレルはぎょっとする。 (眼だ。眼を呼べ。球を割れ) (――コウモリさん!? 生きてたの?) (そうだが、おまえたちが全滅したら余も道連れだ。球を割れ) (なぜ? 替え玉を割っただけじゃ魔女は倒せない。あたしどうせ死ぬなら、せめてギータさんとの任務は果たしたい――) (球を割れ! 余にはそれしか言えぬ!)  はっとミツレルは気付く。キキリー・ククは魔女に背けない。だから背くときは不自然な別の言葉を使う。  つまりこれは、そういう意味だ。  目の前にいる魔女に叛意を示したら、その瞬間に我が身がどうなるかわかったものではないが、今はもうやるしかない。たとえどうなってもやるしかないということに、ミツレルは朝の光の中で目覚めたように気付いた。 「ステリトウス――ぎゃぶっ!」  詠唱を始めた瞬間、ものすごい力で床にねじ伏せられた。魔女も危険を感じたのだろう。だがそれ以上にミツレルも本気だった。理屈はわからないまま、これが正解だと察していた。  自分にとっても、そしてサンギータにとっても。 「リス・メテラ――あががっ!」  首を絞められる。動脈が破裂しそうな気がする。 「メテラ、トウ……じょうしゅの……」  ガン! と頭を床に叩きつけられて、くらくらしながらも、ミツレルは最後まで言い切った。 「め」  これだけは魔女にも指一本触れられなかった細い花冠が、燦然とみずみずしい輝きを放った。 「――ッン」  魔女は一瞬だけ、赤の替え玉を構えて身を守ろうとした。その球が砕け散り、ミツレルに毛ほども手加減のつもりがないとわかると、身を翻して逃げにかかった。  だが、そのためらった一瞬が命取りだった。  振り向いた魔女の目の前で、サンギータが大きく剣を振りかぶっていた。魔女は驚きつつ、年経た怪物の胆力で、なお残る三つの火の玉をひとまとめにし、叩きつけた。抜けもせず切れもしない古臭い剣など、粉々の鉄屑にしてやれるはずだった。  その三つの火球と、見かけよりはるかに強靭な魔女・女大工の肉体を、錆剣はひとまとめに押しひしぎ、くの字に曲げて床に叩きつけた。  陸標台が鳴動する。  幾十本もの骨が折れ、人として生き続けるために必要な臓器が四つも五つも体内で破裂するのを感じながら、その凄まじい破壊力ゆえに、それがなんなのかを、魔女はようやく察した。  ――恨みか、これは。待ちに待ち、積もりに積もった恨みだ。  洞窟の錆剣。その元の持ち主は、山をいくつも越えた先まで名の通った、古豪の剣士だった。魔女の篭絡にさえかからねば、とうていこんなところで死ぬ定めではなかったはずの。  奇禍に主人を失った剣が、今その恨みの晴らしどころを見つけたのだろう。 「ぐぎゃっ!」  血反吐とともに恐ろしいうめきを漏らして、魔女トワチカは死に触れた。  床に倒れた、というか叩き潰された女の顔から、青い炎が薄れて消える。どす黒い死相の出たその顔に、サンギータが近づいた。 「魔女……いえ、キューナ。キューナさん! そこにいるんですか? それとも、あれは元から魔女の演技だった?」  苦悶の顔に、ほんのかすかな笑みが浮かんだように見えた。 「……い、る……」 「キューナさん!」 「……り、がと……」  ごぼりとおびただしい血が口からあふれるとともに、女の体が一切の力が抜けたが、その最後の一言は、残された二人にとって十分なものだった。  はーっと……と息を吐いて、黒い三角耳の女剣士が床に片膝を突く。そこへ、白い丸耳の少女が四つん這いで近づいた。 「ギータさん……ギータさぁん! 生きてた!」 「ミツレルさん……来て、こっちに」  お互い這いずるようにして近寄ると、ひしと抱き合った。サンギータは少女の頭をしきりに撫でる。 「頭、ひどかったですね。痛かったでしょう? 大丈夫?」 「だいじょぶですよう、そんなことよりギータさんだって、あのものすごい爆発、平気だったの?」 「あれは剣でなんとかしたので……でも、よく耐えてくれたものです」  片手で握ったままの錆剣に、二人は感謝と驚きの目を向ける。その剣が携えている来歴にまでは、まだ想像が及ばない。 「キキリー・ククの声は届きましたか?」 「聞こえました。球を割れ、って。あれはギータさんが言わせたの?」 「そう、彼女なら聞こえるし、伝えられたから。そうしないと、あなたが球を割れないだろうと思って」  「言われたから割りましたけど……」ミツレルは赤玉の破片に目をやる。「任務、ダメになっちゃいました。いえ、あたしの落第はいいんですけど、ギータさんの鉄竜の名にケチがついちゃう……」 「何を言ってるんですか、そんなものどうでもいいんですよ。というか、任務そのものが消滅しますよ」 「え?」 「わかりませんか?」ミツレルの顔を覗きこむ。「男を誘い込んでいた魔女トワチカを、一九〇年越しで、本当に倒したんです。ということは……もう迷林に淫魔が出なくなるんですよ」 「てことは――」ミツレルは目を丸くした。「陸標台が、いらなくなる?」 「そうですよ!」 「ほあああー」  阿保のようにミツレルは口を開けた。サンギータは微笑んで見守っている。  やがてミツレルの気が緩んで嗚咽し始めると、もう一度しっかりと抱き締めてキスをした。 「やった……やったあ、ギータさん、あたしたち全部やってのけたんですね。すごい! あたしたちすごい!」 「ええ、その通りです。ミツレルさんは本当にがんばってくれました。誇らしいです」  二人は支え合って立ち上がると、ゆっくりと階段を降りた。  地上はどこもかしこも、魂を抜かれた女大工たちの亡骸でひどい様子だったが、それをなんとかしてやるだけの体力も気力も、今の二人には残っていなかった。とりあえず、ただ一体だけの協力者を探し、そいつが幸運にも墜落死せず、柔らかな畑の土にめり込んでいるのを見つけると、何とか引きずり出して、すぐそばのため池へ転がし入れてやった。  冷たい水に浸かると盛大な蒸気が上がって、(ふーーっ……)とささやきが聞こえた。ミツレルは声をかける。 「もう話してもいいですよ、コウモリさん」 (魔女のシンイの青炎だ、ずっと燃え盛っておったからしばらくは声も出ぬわ。ああ、水は冷たくてよいな) 「キキリ・キキリー・クク、あなたの協力で魔女に打ち勝つことができたわ。心から感謝します」  サンギータが頭を下げ、ミツレルもそれに倣った。大コウモリはわずかに耳をこちらに向けて応えた。 (よい。いっそ死ぬ気で賭けたものを、まさか本当に魔女を倒すとは驚いた。おまえたちこそ、ただの生身でよくぞ成し遂げたぞ。いずれきちんと礼をしよう) 「私たちはこれから町に戻って報告するわ。じきに調査隊が来るでしょう。その前にここを離れたほうがいいと思う」 (言われるまでもない。この忌まわしき土地を離れて、懐かしき灰の谷に帰るつもりだとも。自由――ああ素晴らしきかな、自由だ!) 「行く当てがあるんですね。よかった」  ミツレルがほっとする。それを聞くとコウモリは呆れたように言った。 (生まれたての牝エルミンが余の行き先を心配するとは、身の程を知らぬものだ) 「あっ、ごめんなさい……」 (だが、よい。餞別をくれてやる) 「餞別?」 (牝と牡であるカーニム、その錆剣は決して捨てぬがよいぞ) 「これを……?」  みすぼらしい古い剣を手にして、二人は顔を見合わせたが、コウモリはキッキと笑うだけでそれ以上のことは教えてくれなかった。  二人と一体は別れた。極度に疲労していたが、もうここにはいたくなかった。その足で川へ降り、船着き場で船を見つけた。  乗り込んでもやいを解く。山の速水が荒々しく船を押し流し、しばらくは操船で忙しくなる。  やがて木々が茂る森の中にまで至ると、流れは優しくなった。ゆるやかに蛇行する流れがひとりでに船を進めてくれる。仮に岸にぶつかっても、そこはもう岩ではなく柔らかな泥と木の根だ。  二人はようやく気を抜いた。剣を置き、装備を外し、柔らかな衣服だけになって、小船の底に寝そべる。  サンギータは大きなため息をついた。かたわらにおずおずとミツレルが寄り添う。その温かい体にしっかりと腕を回す。大切になったものを、欠けることなく持ち帰ることができた。それが一番嬉しかった。 「ミツレルさん」 「はい」 「帰ったら隊のことや教会のこと、いろいろあるだろうけど」 「はい」 「私……この先もあなたといたい。離れる時があっても、一緒だと思いたい。いいですよね?」 「はい」  少女がサンギータの首筋にもぞもぞと顔を押し当て、熱く潤んだ声でささやく。  「はい。あたしこそ。すごくすごく、はいです」 「よかった」 「言葉が見つからないです……もっともっと、ギータさんのものになりたい」  女剣士は少女執事の前髪をかき上げて、甘い額にたっぷりとキスをする。  穏やかな午後の流れが続いていく。木漏れ日の下で船が揺れる。  花の淵まで、舵を取らなかった。   (陸標台へ二人旅、おわり)