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  前編


ノーナンバー・ストライク    後編

「せいっ! ぅりゃあっ!」
 フェイヨンの森に、インテの張りつめたかけ声が響く。
「こぉーれで、どうだぁっ!」
 切っ先を引きずるほど低く走らせた剣を、天まで届けとばかりに斬り上げる。ざん! と五、六本の触手が断ち切られ、ペノメナがびくびくと痙攣した。
 勢いづいたインテはさらに近付こうとしたが、ペノメナの痙攣は次の攻撃の前触れだったようだ。ぶくりと膨れ上がった太い触手が、人の精にそっくりの白い毒液を、滝のように吐き出した。油断して距離を詰めたせいで避けられなかった。
「あぐっ!」
 目をかばったインテの腕にビシャッと液がはじける。視力は守ったが、篭手の隙間に液が染みこんだ。毒に冒された肌がみるみる紫に染まる。インテの体を苦痛が襲う。
「ああっ、熱いっ……!」
 はね返せればいいのに、とインテは痛切に思う。精錬防具を持たないVIT型の騎士は、体力は多くても防御力がないために、敵の攻撃をほとんどそのまま食らってしまう。丈夫に見えても痛みは他職と変わらないのだ。
「インテ、使え!」
 メトロが小瓶を放り投げた。ステップバックしてインテはそれを受け取る。緑色の毒消しを一息で飲みほすと、嘘のように苦痛が消えた。メトロの支援はいつも的確だ。
 しかし、距離を開けたことが予想外の事態を招いた。インテを見失ったペノメナが地中に触手を這わせ、メトロを見つけ出してしまったのだ。
「なにっ?」
 足元から噴き上がった触手にバランスを崩され、メトロは転倒した。素早く触手がうねり、足にからみつく。メトロはプリーストにしては身軽なほうだが、ペノメナほど強い敵の攻撃は避けきれない。もがいているうちに、触手が腰までからみついた。下半身全体がぎりぎりと締め上げられ、メトロが苦痛のうめきを漏らす。
「ぐううっ……こ、この……」
「メトロ卿ッ!」
 心臓を切り裂かれたような悲鳴を上げて、インテが駆け寄った。片手で触手を切断しながら片手をメトロのわきに差しこみ、わずかに触手がたるんだ隙に、渾身の力をこめてひきずった。
 ぶちぶちと触手がちぎれ、二人は勢い余って転がった。インテははね起きてメトロをかつごうとする。自分より重い体が、インテの肩の骨をぎしっときしませたが、たとえ骨が折れるほど重くても、それは大切な宝物なのだ。
「この程度を運べなくって……なにが騎士なの!」
 叫んでインテは力をこめた。見る者がいれば驚いただろう。決して大柄ではない娘が、気合ひとつで大の男をかつぎあげたのだ。
 追いすがる触手を引き離すほどの勢いで、インテは走った。木の根で触手をはばめそうな大樹のそばに彼を横たえて、顔を覗きこんだ。
「メトロ卿、大丈夫ですか? ごめんなさい、私のせいで!」
「大丈夫だ、俺は治せる……」
 メトロは自分に回復魔法をかけた。光が何度か彼を包み、顔に血の気が戻る。しかし、精神力をかなり消費したらしく、荒い息が収まらない。
「時間がいる。一度ひくぞ」
「いやです、メトロ卿をこんなに傷つけるなんて……あいつ、許せない!」
 インテはすっくと立ち上がり、人間の音と匂いを求めてうろついているペノメナを、殺気のこもった目で見つめた。メトロも立ち上がろうとする。
「無理するな、奴のスタミナはあなどれん。倒す前におまえがやられる」
「スタミナなら負けません! やっつけてきます!」
「待て、今の俺ではおまえの傷を治しきれない!」
「ヒールだけ下さい、精神力をそれに絞って! 速度もブレスもいりません!」
「馬鹿なことを言うな、それではおまえは――」
 皆まで言わせず、インテは走り出した。怪物が敏感に察知し、触手を向けてくる。
 メトロの補助魔法がなければ、インテは、避けることもできず、敵を早めに倒すこともできなくなる。サンドバッグのように延々と打たれながら斬りつける、最も苦痛の多い戦いかただ。
 その代わり、メトロの負担は最小限になる。ヒールに詠唱はいらない。補助魔法の効果切れに神経を尖らせる必要もない。もともと、補助魔法をもらってもインテはたいして強くならないのだ。それでもかけてくれたメトロの気遣いが、ミスをしたインテには耐えられなかった。
 突進はすぐに止められた。体を叩き、足にからみ付こうとする触手を、力まかせに振りはらい、引きちぎって、一歩一歩インテは進む。体力が恐ろしい勢いで減り、ヒールで回復する。その急激な変動で体が揺さぶられるほどだ。
 インテは険しい山に登るようにじりじりと進み、ついにペノメナ本体に剣が届くところまで接近した。そこまで来れば、もう作戦も何もあったものではない。しゃにむに剣を振り回して、敵の息の根を止めるまで切り刻むだけだ。
「はあっ、やあっ、うあっ、きあっ!」
 何十本もの触手がうねうねと体を這い回り、毒液を吐きながら締め付ける。おぞましさに気が狂いそうだった。人間離れした歪んだ声を漏らしながら、インテはひたすら剣を振り、突き、斬りまくった。
 拷問そのものの攻防をどれほど続けただろう。メトロが後ろから肩を引いて叫んでも、まだインテは斬っていた。
「インテ、終わりだ。もう死んでる」
「は……はあっ……」
 その声でようやく、自分が死体を刻んでいたことに気付いた。ブロードソードをがらんと取り落として、インテは大きく息を吐いた。
「勝った……」
「大丈夫か」
 メトロが背後から体を支える。それにもたれながら、インテは膝を折り、ぺたりと座りこんだ。一緒にしゃがんだメトロが、身を乗り出してインテの体を調べる。
「ひどいな、傷のほとんどに毒が入りこんでいる。治しはするが、あとが消えるまで三日はかかるぞ」
「私……傷物になっちゃいましたね」
「何を言ってる」
 取り合わずに、メトロは毒消しを出した。キュアーを取っていればよかったんだが、と言いながら、インテのむき出しの太ももに薬液を垂らし、丁寧に手のひらですり込んでいく。
 インテはずっと眉をひそめている。最初は苦痛のためだった。しかしそれが変化している。心地よさをこらえるために。激しい戦いで沸き立った血が、体中を熱く敏感にさせているのだ。
 メトロがほしい。だが、その思いを強力に押し止める力があった。後衛に敵を向かわせるなんて、前衛の恥だ。自分で自分を罰してやりたい。メトロは負傷し、毒にも冒されたはずだ。そんな彼に求めるなんて、自分勝手もいいところだ。
 でも、ほしい。
 せめぎ合う思いが伝わり、インテの太ももがぶるぶると震える。手当てをされているのに感じてしまいそうで、必死にこらえているのだ。
「インテ……」
 メトロがわずかに表情を動かした。インテの気持ちに気付いたのだ。手を止めて、顔を覗きこむ。
「インテ、いつものあれか」
「ち、違います……」
「手強かったからな。なんとかしてやろうか」
「だめ! そんな資格ないです!」
「ふむ?」
 察しのいいメトロは、インテの葛藤にも気付いたが、優しくいたわってやるような性格でも気分でもなかった。自分の流儀で扱ってやることにする。
 メトロはインテの背中から離れて前に回った。足に薬を塗り続けながら、インテの肩をつかみ、下草の上に押し倒す。インテが戸惑ったように言った。
「め、メトロ卿?」
「おまえの都合など知らん。今は、俺がおまえをほしい」
 本心だった。顔に出すことは滅多にないが、戦いに臨めば、インテが昂ぶるように、彼もまた血が騒ぐのだ。
「だめですってば!」
「ならば、拒め」
 言いながら、メトロがふっくらとした内ももに手を差しこみ、ぐいっと肌を握った。「あぐ……」とインテは唇を噛む。
 プレートメイルが簡単に外された。首元を覆うマントもはぎ取られた。胴衣を押さえる腰のベルトと肩当ても外されてしまった。メトロが十字の描かれた胴衣の首元に手をかけ、乱暴に引いた。革の胴衣がめくられ、一緒に薄い下着も裂かれてしまった。陽の光の下にインテの真っ白な乳房が露出する。
 それは以前よりさらに豊かになっていた。仰向けになっているためにわずかにつぶれていたが、それは形が崩れたからではなく、重く育ちすぎたからだ。剣士のインテは美しいすんなりした体を持っていたが、騎士となってその領域すら越えてしまった。女を感じさせる部分に、柔らかな肉をあふれんばかりに備えるようになったのだ。
 メトロが顔を近づけ、乳房に唇を押し付ける。ふわりと揺れたふくらみが水のように動いて鼻先を包む。舌を這わせ、突きこむと、たゆたゆと長い間震える。それでもだらしなく垂れ広がるようなことはない。火の色に染まった乳首はピンと真上を指し続けている。
 メトロはそれを歯で噛み、ひっぱった。持ち上げられた乳房が高く伸び、放されるとほわんと落ち、大きく揺れながら元のまるみを取り戻した。次は逆に強く乳首を押し込む。頬まで包まれて息もできなくなる。その温かみの中で、メトロは遠慮もなく唾液を塗りながら、赤子のようにちゅぷちゅぷと乳首を吸いたてた。
 顔を離した時に、尋ねる。
「どうした?」
「くぅ……」
「早く拒んだらどうだ。押し返せ、殴りつけろ」
「ひどい……です……」
 インテはきつく目を閉じてうめく。目尻に涙がにじんでいる。
 メトロは手も休ませていない。薬液で濡れた手のひらで太ももを撫で続けている。胸と同じようにそこも豊かになっている。その上インテは膝を曲げて横たわっている。圧迫された肉がむっちりと張りつめ、肌を鏡のようになめらかに引き伸ばしている。爪でひっかいただけで裂けて吹き出してしまいそうなそこを、メトロはなかば指を立てるようにしてつかみ、揉みまわす。
「どうした、インテ。俺はおまえをもてあそんでいるんだぞ。なぜ抵抗しない」
 乳房をぎゅっとつかみ、指の間に挟む。太ももに正真正銘の爪を突き刺して傷つける。
「痛いだろう。痛くてもいいのか?」
「う、う、うぁぁ……」
 インテは苦しげに細い声を漏らして、腕を上げた。メトロの肩に手を当てて、ぐっ、ぐっ、と押す。猫一匹持ち上げられないような、弱々しい押しかただった。
 大剣を自在に振り回し、人ひとりをかつぎ上げて走り、怪物の凄まじい攻撃にも耐え切った、底知れぬ気力と体力を持つ娘が、ろくに腕力もない男に押さえつけられているのに、幼児並みの抵抗しかできないでいる。
 もう隠しようもなかった。インテは全身で、もてあそんでほしいと訴えてしまっていた。
 泣き出しそうなインテの耳にメトロが顔を近づけ、解放の呪文を唱えた。
「素直に言え。おまえの体のことは、つま先から髪の毛一本まで、全部わかっているんだ」
「ほ……ほしいですっ!」
 インテは両腕をメトロの首に巻きつけ、絶叫と口づけを繰り返した。
「メトロさんがほしいの! いじめてほしいの! 思いっきり触ってキスして突き刺して、メチャクチャにしてほしいんですぅっ!」
「よく言った」
 いきなりメトロは腕を振り払って立ち上がり、インテが投げ出した剣を拾い上げた。慈悲の一突きクー・ド・グラースを与える処刑人のように、切っ先をインテの首元に突きつけた。
「初めてだな。おまえのすべてを見るのは」
「……見てください」
 インテが足を伸ばしてまっすぐ仰向けになると、メトロはインテの服を切り下ろした。
 革の胴衣もかたびらで覆われたスカートも、内側から当たる刃には無力だった。両断された衣服が左右にはじけ、インテの首から股間までがすべて空気にさらされた。残った袖から腕を抜き、供物を捧げるように、インテは両手を差し出した。
「体は敵に触られなかったから……汚れてませんよね?」
 メトロはしばらく何も言わずに見つめた。何も言えなかったのだ、圧倒されて。
 汚れどころかほくろ一つもない、真珠のように美しい肌だった。それがたとえようもなく優美な曲線を描いていた。城の倉庫で抱いた時に、服の上から感じとった、撫でなければわからないようなカーブではない。乳房はたっぷりと広く大きく、腰周りは絞り上げたようにほっそりと狭まり、骨盤から尻にかけては思いきり豊かに張っていた。
 その豊かさが太ももまで穏やかに続き、まだすね当てとソックスを残した膝のあたりで急激に細くなって、長くしなやかなふくらはぎに至り、ブーツの中に消えていた。メトロはひざまずいて、すね当てとブーツを丁寧に脱がした。
 育ちきった、と簡単に表現してしまうのは間違いだろう。腰や足首は逆に引き締まっているのだ。たゆまぬ鍛錬を続けた騎士の娘だけが持ちうる、豊穣でありながら端正な体だった。ひたすら身軽さを求める他職には望むことのできない肉体だ。
「メトロさん……見てないで、早くぅ……」
 太ももをすり合わせて股間をくちゅくちゅと泡立てながら、インテが狂おしげにせがむ。メトロはのろのろと僧衣から腕を抜き、肌着を脱ぎ捨てる。ほんの数秒で目の前の美味を味わうことができるのだが、それすら待ちきれずに抱きすくめてしまいそうなのだ。必死の自制が、鈍い動きになっている。
 上を脱ぐのが精一杯だった。ズボンを残したまま、メトロは倒れこむようにインテに体を預けた。「来たぁ♪」と嬉しそうに鳴くインテを、もう我慢もためらいもなく力いっぱい抱きしめる。
「インテ、なんなんだおまえは? なぜこんなに美しい? どういうつもりだ」
「なに言ってるの、メトロさぁん。わけわかんないですよぅ」
「なんでもいい、抑えられん。いいな、加減できんぞ」
「はい、はいぃ!」
 乳房を胸板で押しつぶして弾力を楽しむ。二の腕を持ち上げて何十回もキスを繰り返す。脇腹から背中へ、尻へと手を這わせてつやと温かみを感じ取る。そして股間を太ももに押しあて、そこ自体を犯すようにぐりぐりとへこませた。
「んくぅ、メトロさんこりこりになってる!」
 獣のように自分のあちこちをむさぼっているメトロを、包み込むように受け止めてやりながら、インテは熱いささやきを紡ぐ。
「ねえ、今日はいっぱいしたいんです。してくれますか?」
「俺が聞きたい。何回かわからんぞ」
「じゃ、最初の一回は急いでもいいですね?」
 インテがぐいとメトロを持ち上げた。本気になればそれぐらいはたやすいのだ。彼を支えたまま腹筋で体を起こし、あぐらをかかせる。
「待たせる気か?」
「待たせません。五秒だけ」
 その五秒でメトロのズボンの紐を解き、尻まで引き下げて、こわばりを引き出し、口の中深く飲みこんだ。先端がつやつやになるほどいきりたったそれを、じゅぷじゅぷと勢いよくしゃぶり上げる。
「い、インテ!」
「ペノメナに腰までからまれてたでしょう?」
 てろてろに湿らせたものを口から出して、手でしごき頬ずりしながら、インテはぞっとするほど艶っぽい上目遣いで見上げる。
「メトロさんのここ、毒がついちゃったかもしれません」
「冗談ごとじゃないぞ、ほ、本当にそうかもしれん」
「そうだったらあとでお薬ください。あなたは私がきれいにしてあげます」
 インテはメトロの股間とその周りを、正気とは思えないような丁寧さでなめ回し始めた。実際、もう正気などないのだ。メトロを満足させようという思いしか頭にない。
 思いきり顔を突っこんで、袋の裏側まで舌を伸ばした。メトロが髪が抜けそうなほど強くインテの頭をつかんだ。インテは懐かしげにささやく。
「初めての時も、ここにキスしましたね」
「そう……だな。もしかして好きなのか?」
「あの時はただ燃えてただけ。今は、本当に」
 幹をしごきながら包まれた球を吸い取った。口の中で転がすとメトロがのけぞった。
「もたん!」
「はい、こっちにぃ!」
 ぬるるっ、と血管の浮き出した幹を唇で昇り、先端で折り返して舌の根元まで飲みこんだ。ひくっ、ひくっ、と収縮していた幹が、びくんと大きくはねた。
「う、うううっ」
 恍惚と目を細めて待っている娘の口内、口内というよりは喉の中と言っていいほど奥に、メトロは思いきり液塊を撃ち出した。インテとする時はいつもそうであるように、自分でもあきれるほどの量が次々と飛び出していった。呼吸がふさがれて苦しいはずのインテが少しだけ哀れになるが、それも無用だとすぐにわかった。目の前に特大のハートマークが浮いたのだ。
 出せない声の代わりに、インテが飛ばしたものだった。胸の中を走り腹を満たしていく濁流への愛しさを、そうやって表して、インテはくんくんと鼻を鳴らしながら管を吸い尽くす。
「く……かはっ……」 
 最初に溜まっていた分を残らず放出し、短い虚脱に陥ったメトロは、湿った息を大きく吐いて、視線を落とした。顔を離さず静かに目を閉じているインテの顔に見入る。
 横一線に揃った前髪の下に、長いまつげが伏せられている。開けば大きなくりっとした瞳がのぞくはずだ。鼻は少し低めで汗の粒が浮いており、髪で縁取られた頬は血の気を帯びて薄く光っている。ときおり少しへこむのは、中で吸引しているからだ。吸引し、舌先でくすぐり、唇でやわやわと締めつけている。そうやって動く小さな唇に、凶器のような自分のこわばりが突っこまれていた。
 幼すぎるほどだ。実際の歳は見かけより上だろうが、面立ちの小ささとまるさはノービスの頃から少しも変わっていない。痛々しくなって抜こうとすると、インテが目を見開き、唇に隙間を作って言った。
「もう少し待ってください。また大きくしてあげますから」
「気が進まん。その、おまえが子供みたいで……」
「ノービスの時の私には出そうとしてたじゃないですか。あれぐらい子供のほうがよかったですか?」
「馬鹿言うな……」
「今でもそんなに変わってないと思うんですけど。今の私には、どれだけでもしていいですからね……あふぁ」
 最後の鼻声は笑いだった。急激に体積を増したメトロのものに隙間をふさがれたのだ。インテはまた目を閉じ、楽器を奏でるように優しく指を這い回らせる。
 メトロも、インテの頭を固定しないように、押さえる力を弱めた。今度のインテは深く飲まず、歯をくぐらせたあたりで先端をくむくむと挟んできた。ゆっくりと確実に快感が高まり、メトロは背を丸めてささやいた。
「また……いくぞ」
 こくり、とインテが首を動かした。
 髪に円く光る天使の輪をそっと指ですきながら、メトロは再び射精した。一度目のように無我夢中ではない。いくぶん冷静に、インテの口内のどこに当てるかを考えて出している。望み通り、インテは舌の表を押し当てるようにして、それを受けてくれた。飲まずにじわじわと頬に溜めていく。
 インテの頬が軽くふくらんだ頃、メトロは放出を終えた。それを確かめてから、ちゅぽっとインテが口を離し、「にふぁいへ……」とつぶやいて口元を押さえた。ちゅくちゅくちゅくと小さな音を立てる。
 後ろに手をついて休みながら、メトロが呆れたように聞いた。
「味わうようなものか?」
「んくっ……さっきは深すぎてわからなかったんです。だからちょっとだけ……」
 そらした喉をこくっと動かしてから、インテがそう答えた。メトロは聞きとがめる。
「ちょっとだけ? あれがか?」
「そういう気持ちになったんです。くちゅくちゅしたくなっちゃったから……」
 どこまでこの娘は俺を挑発するんだろう、とメトロはいぶかしむ。三度目は確実にこなせそうだった。第一、まだインテの一番素晴らしいはずのところを味わっていない。
 インテだってそれを待っているはずだ、とメトロは思った。
「まだ、お口でしますか……?」
 尋ねるインテの頬を挟み、持ち上げる。体を起こした彼女の下腹に手を伸ばした。インテは正座を横に崩して座っている。秘密の場所は閉じ合わされた太ももに塞がれている。
 ぴっちりとくっついた肉の谷間に、メトロは無理やり手をつっこんだ。通り抜けるまでに手が押しつぶされそうだった。指先を通過させてかぎに曲げると、裏側からインテのあそこに触れることができた。強く押し合わさった小さなひだは粘液の膜ができるほど濡れていて、メトロの指をぬるりとやさしく飲みこんだ。
 指先だけでぬちぬちとかき回してやる。まだ深くは届かず、外側のひだの裏をいじる程度だ。それ以上のことをしようにも、手首を挟みこむ太ももの力が強すぎて、抜きも引きもできない。
 インテがメトロの肩にぶらさがって、はふはふと息を吐く。
「メトロさん、もっと強く……そこだけじゃ生殺しですぅ」
「手が動かん。足を開け」
「……は、はひ」
 メトロは、手首をはさんでいる内ももの変化に驚いた。インテの太ももに秘められた筋肉は、その気になればやわな人間を絞め殺すこともできる、鋼鉄の鞭だ。それが、ふっと綿のように柔らかくなったのだ。むにむにと手を上下させることができる、それだけではない。つかむと指がめり込むほど柔軟になっていた。
 メトロは実際にそこをつかんでみた。たっぷりと脂の乗った肌の内部に、しなやかな筋肉が伸びていた。今ならメトロの握力でもここをちぎり取れるだろう。彼女がこれほど無抵抗になったのは、多分いまが生まれて初めてだ。
「……食べたいぐらいだぞ」
 つぶやいて、メトロは足を押し広げた。
 こげ茶色の茂みは相変わらず薄く、霧のように透けていた。その下でひくつくひだの中に、二本の指を潜りこませる。すでに土が湿るほど地面に垂らしていたが、奥はもっとすごかった。液で満ちているなどという段階ではない。粘膜からにじみ出てくる感触さえわかる。
 メトロの肩に抱きついたインテが、はぁーっ、はぁーっと深呼吸しながら、ひずんだ細い声であえいだ。
「わかるでしょぉ? もう準備終わってるんですぅ。あとは入れてもらうだけなのぉ」
「なら、頼む」
 メトロはインテの手を取り、いきり立ったものを握らせて、命じた。
「自分で動いてくれ。おまえに付き合ってるとへばってしまう」
「……はい。させてもらいますね」
 インテが腰を上げた。膝立ちになってメトロの腰をまたぐ。
「無理なら言ってくださいね。ほっといたら多分、私はメトロさんがからっぽになるまで絞っちゃうから……」
 そう言って、ゆっくりと腰を落とした。
 ぬぷぷぷっ、とメトロのものがぬかるみに飲み込まれた。先端がひだをかきわけていき、ぐっと行き止まりに当たる。そこで止まることはインテの重みが許さなかった。インテが完全に体重を預けてしまい、メトロのももにインテの尻がたぷりと乗り、根元までひだに飲み込まれたこわばりの先端が、インテの子宮の入り口に深々と食いこんだ。
「こ……これ、すごい……」
 インテが陶然とつぶやき、ぐいっ、ぐいっ、と腰をひねった。限界まで入りこんでいたはずのこわばりが、さらに奥まで潜りこむ。インテが目を閉じ、じっと下腹に意識を集中させる。
「すごいよぅ……あれのお口までわかっちゃう……もっと早くやってればよかった……」
 確かに、座ったまま向かい合って抱き合うこういう姿勢は、初めてだった。邪魔な衣服をすべて脱いだのも。メトロとインテは、人間に可能な最も密着した姿勢を取っているのだった。
 インテはメトロの腰の後ろに左右のつま先を回して、組み変えながら、きゅう、きゅう、と挟みこむ。そのたびに突き破りそうなほど深くメトロのものが食い込む。抑えがきかなくなったように何度も何度もハートマークを飛ばして、インテは力いっぱいメトロの首を抱きしめる。
「私、死ぬほど幸せですぅ……メトロさんが、こんなにも近い……」
「インテ」
 インテの頭を押し戻して、メトロは口づけしようとする。はっとインテが顔を背ける。
「そ、それはだめ。さっきメトロさんのを口でしたから。毒かもって言ったの、メトロさん自身――」
 メトロが僧衣に手を伸ばして緑色の小瓶をつかみ、一気に口に含んですかさずインテにキスした。インテは目を見張って、流しこまれる苦い液体を口に溜める。次の瞬間には目を閉じて、砂漠で泉を見つけたように音を立てて飲みこんだ。
「ぷはっ……なか、中にも注いでぇ!」
 もう一度、何度もメトロにキスしながら、インテは腰を跳ねさせた。地面についているのはつま先だけ、そこだけで体を支えて上下に動く。メトロは何もする必要がなくなる。支えてやらなくても、ふわふわでたっぷりとした娘の体が、自ら動いて絞り上げてくれるのだ。これほど甘美な奉仕もない。
 こわばりがきりきりと硬くなり、三度目にもかかわらず強烈な放出欲が高まっていく。城では聞きそびれたことを、今度こそ聞かずにはいられなかった。インテはどこから見ても、もう子を孕める体なのだ。
「中でいいのか? 今日いいのか?」
「考えないで、いつでもいいんです! わたしっ、全部引き受けますからっ!」
「本気……か……っ」
「本気、ほんとに本気ですっ! キモチよくなって、それだけ考えてぇっ!」
「この……馬鹿……っ!」
 最後の瞬間、メトロはこらえようとしたのかもしれない。しかしインテは容赦しなかった。腰を押さえつけたメトロの手を無視して、無理やりメトロに快感を押し付けた。下腹を思いきり収縮させて、ぐりぐりとあそこを押し付けた。
「くださいっ!」
「馬鹿っ……!」
 うめきながらメトロが放出した。びくん、びくん、びくん、と腰がはねあがってインテの奥深くをえぐった。彼の強い意志でも、インテを満たしたいという欲望には勝てなかったのだ。勝てるわけがなかった、注がれて達したインテの姿は、寒気がするほど美しかったのだから。
「ひゃはぁんっ!」
 三日月のように背筋を反らせて、インテが絶頂した。はねあがったあごから輝く汗の滴が飛んだ。外から見てわかるほど、インテはメトロの放出に反応していた。メトロとまったく同じタイミングで、弓なりの背筋をぶるぶるっ、ぶるぶるっと震わせたからだ。
「うれし……い……っ♪」
 唇から舌をのぞかせてインテは叫び、凍りついたように動きを止めた。
 メトロの硬直は、それよりいくぶん短かった。インテの尻に指を食い込ませて達していた彼は、やがて力を抜くと、ゆっくりと背後に倒れこんだ。下草に横たわって、はあはあと胸を上下させる。はふ、と息を吐いて目の焦点を取り戻したインテが、前かがみになり、メトロの顔を覗きこんだ。頬をつたった汗がぽたぽたとメトロの胸にしたたった。
「メトロさん……よくなかったですか?」
「……そんなことはない」
「無理やりしちゃって……メトロさんを犯しちゃって、ごめんなさい」
「そんなことで謝る女がいるか。それは俺の台詞だ」
「じゃ……怒ってないですか?」
「くどい」
 メトロは吐き捨て、顔を背ける。インテはおずおずと、体を前に倒した。
「だったら……満足してもらえました?」
「何度聞くんだ」
「満足してもらいたいんです。メトロさんが望む限り、私、何度でもしてあげたいから……」
 そうささやきながら、インテは汗で輝く乳房を、メトロの胸に押し付ける。体を揺り動かして、乳首でメトロに円を描く。
「遠慮しないでください。ほんとに、何回でもいいですから……」
「それはおまえだろう」
 疲れたような声に、インテは動きを止めた。
「おまえはあとどれぐらいできそうだ?」
「え、私は……わかんないです。多分、五、六回ぐらいなら……」
「五回だと? ……自分の体力で人を量るな。俺はもう三回も……それだって、連続では初めてだ」
「じゃ、じゃあメトロさんはもう、満足したんですね。わかりました、それなら……」
 とりつくろうように笑って、インテは体を離そうとした。すると、メトロが手を伸ばして両肩をつかんだ。
「もう一度……」
「え?」
「胸を、俺の顔に」
「は、はい」
 インテは体を伸ばし、両手で乳房を集めて、メトロの顔に押し付けた。「こうですか?」と自信なくつぶやいて、ふにふにと挟みこむ。
 白いクッションの下に埋もれたメトロが、何かをつぶやいた。
「まだ乱れるのか……くそっ」
「メトロさん? 怒ってるんですか?」
「自分にな。俺はまだおまえをほしいらしい」
「あ♪」
 体内に飲み込んだままのメトロの器官が、ひくひくと育ち始めた。勢いづいて、インテはさらに乳房を与える。耳まで挟み、あるいは真ん中に集めて口をふさぎ、乳首を吸い始めた唇に喜びながら、メトロの額にキスした。
 メトロがあきらめたように言った。
「好きなだけ試せ。体力がなくなるまでは付き合ってやる。……ヒール!」
 メトロの体を光が包む。インテの中のものがピクンと跳ねる。
「ありがとうございます……」
 インテはとびきり優しく乳房を押し付けてから、メトロの胸に手をつき、小刻みに動き始めた。

 荷物から出した着替えをまとうと、メトロの世話にとりかかった。脱いだ服をきちんと着つけ、口移しで赤ポットを与える。
 インテは背を向けて座り、真っ赤な頬を両手で押さえた。
「私、なんてえっちなんだろ……もうまともな女の子じゃないよぅ」
 求めすぎて、メトロを気絶させてしまったのだ。そんなのは聞いたこともない。恥ずかしさに消え入りそうになっていると、背後で物音がした。
「む……うう……」
「メトロさん……?」
 おそるおそる振り返ると、メトロが体を起こした。しゃがみ直して煙草をくわえ、いまいましそうに舌打ちする。
「ちっ、気を失ったか……」
「あ、あのっ! ごめんなさい! 私、理性飛んじゃってて、どうしても抑えられなくて」
「気は済んだか?」
「…………はい、とっても」
 表情がわからなくなるぐらい赤面して、インテはうつむいた。メトロが自分の体を見回す。
「服まで着せられるとはな……」 
「すみません、勝手にやって。風邪引きそうだったから」
「構わんから放っておけばよかったんだ」
「そんな……」
 しばらく煙草を吹かしていたメトロは、やがて茂みの向こうに目をやった。ペノメナを倒したあたりだ。
「アイテム、出なかったな。……まあ、出ていてもとっくに消滅しているが」
「……すみません」
「うるさい。それは聞き飽きた」
 インテは何も言えなくなる。今日は、最初にアコライトの子を助けようとして出遅れたところから、失敗の連続だった。
「このままではらちが明かんか……」
 つぶやいたメトロが、煙草を踏み消して立ち上がった。彼の言葉に、インテは耳を疑った。
「しばらくパーティーを解散する」
「え?」
 肩口に切りつけられたような寒気を、インテは感じた。
「どうしてですか? どうしてそんな急に?」
「急だと?」
 メトロがインテを見下ろした。
「わからないのか? これだけ一緒にいて」
「わ――わかってます! わかってますけど!」
 インテは立ち上がることもできずに、四つんばいで彼に近付いた。僧衣の裾をつかんで、恥も外聞もなく哀願する。
「頑張りますから、治しますから! お願いですから、捨てないで!」
「治せるようなものじゃないだろう。インテ……俺を頼るな」
 インテは、禁を犯したことを悟った。自分で立てもしないような人間は、メトロに気に入られる資格はないのだ。
「メトロさん……」
 インテは呆然と見上げた。メトロの表情は、サングラスに隠されてまったく見えなかった。メトロはそっけなく背を向ける。
「おまえのことはカーラたちに頼む。あいつらと行動するがいい。――ワープポータル!」
 メトロの詠唱ともに、回転する光の渦巻きが地面に現れた。回転が速まるにつれて中央に空間の裂け目が広がり、遠くの地へつながる門が開かれた。
「城だ。一度帰るぞ」
「……」
「来ないのか」
 断続的な金属音とともに、門が白光を吹き上げている。メトロはその前でしばらく突っ立っていたが、ポケットから一人用の帰還アイテムである蝶の羽を出して、地面に置いた。
「一緒がいやなら、これで帰ってこい」
 そう言って門に入った。施術者を飲みこんだ門は、すぐに消滅した。
 インテは座りこんだまま地面を見つめていた。捨てられた理由は痛いほどわかった。自分の戦闘力の低さ、運のなさ、気の利かなさ、節操のなさ、何よりも、すぐ人に頼る弱さが、山のような自責となって彼女を押しつぶしていた。
 立ち上がって、とぼとぼと歩き出した。蝶の羽根には見向きもしなかった。これからはメトロはいないのだ。彼に甘えてはいけないのだ。
「ひっく……ひっく……うぁああああ!」
 子供のように泣きながら、インテはプロンテラまでの長い道を歩いていった。

「馬鹿もいいところね」
 いきさつを聞いたカーラヴェーラはそう吐き捨てたが、別にインテを追い払ったりはせず、パーティーに入れてくれた。ぷんぷん怒っている様子だったが、インテにとってはどうでもよかった。一番好きな人に嫌われたのに、他の人間に好かれてもしかたがないと思った。
 カーラヴェーラの相棒のホルスは、もっと露骨だった。三人で何度か狩りに出て、「レアなしインテ」の伝説が誇張でもなんでもないことを知ると、普段の無邪気な笑顔を忘れ果てたような冷たい目でインテをにらみ、こんなんでどうやってNNSを賄うんだよ、と文句を言った。パイプを吹かしたカーラヴェーラが、しゃあないわね、と言った。
「狩りでお金を稼ぐのはあきらめよう。うちらの上納分は、うちが商売と製造やって稼ぐから」
「すみません……」
「それそれ。謝るぐらいなら、なんか他の方法を考えて」
 他の方法といっても、金もうけに関しては、インテはカーラヴェーラの足元にも及ばない。
 商人から鍛冶師に転職したカーラヴェーラは、商店の品を値切ったり、逆に高く売りつけたりすることができる。商店で売っていない属性武器を作ることもできる。彼女は高い成功率で良質の品を作る、腕のいい鍛冶だった。インテに真似のできることではない。まだしもプリーストだったら、ブレスやグロリアなどの補助魔法をかけて、カーラヴェーラを手伝うこともできただろうが、それもかなわぬ望みである。
 ホルスでさえ、ウィザードのくせにヒールができるのをいいことに、懐の暖かそうなけが人をカプラ前で探し、有料で回復するという裏技を持っていた。雀の涙だよ、と愚痴を言うのだが、とにかく自力で稼げるのである。
 インテにできるのは、カーラヴェーラが露店に並べきれない、あまった武器を預かって、道ばたで買い手を探すことぐらいだった。カーラヴェーラは売り方も利幅もインテに一任してくれたが、気の弱いインテは値切られると必ずまけてしまい、カーラヴェーラに怒られるのが常だった。
 もともと向いていないのだ。道ばたに座りこんでいつ来るかもわからない客を待ち受け、来れば来たで頭を下げて売り込みをし、さんざん値切られた末に、また今度でいいや、などと去って行かれると、騎士の自分が守るべき人もなく何をやっているのかと、情けなくて涙が出た。
 思いつめたあまり、道を踏み外しかけたことさえあった。
 ある日、インテは数人の仲間と南方のアルベルタの町まで出かけた。沈没船内に「二人の」海賊船長が現れたという通報があったのだ。非常に珍しい、ボスモンスターのゴースト発生という事件だったが、それはたいしたトラブルもなく片付けることができた。
 仕事を終えて城に帰る前に、気晴らしのつもりでインテが町を歩いていると、うさぎの耳をつけた女ウィザードに、声をかけられた。
「騎士さん、一人?」
「ええ、一人ですけど」
「ちょっと来てもらえない? 手伝ってほしいことがあるの」
 蝶の羽根を使えば一人でも城に戻れる。何の気なしにインテは承知し、彼女のあとについていった。
 招かれたのは町の北にある大きな屋敷だった。二階の寝室に入ると、女が戸口に鍵をかけてしまった。何を聞く間もなく、突然、攻撃魔法を浴びせられた。
「フロストダイバー!」
 一瞬で、インテの体を硬く冷たいものが包みこんだ。氷結の魔法だった。
 身動きできなくなったインテに近付いて、女は言った。
「ねえ騎士さん、取り引きをしない?」
「とり……ひき?」
「そう。私ね、騎士さんみたいな可愛い女の子が好きなの。あなたと、イケナイこと、してみたいわ」
「なに……を……」
「断るなら、このまま凍死するまで凍らせ続けるわよ」
「殺すなら……殺せばいいじゃない」
「気が強いのね。うーん、好み。……でも、もしうんと言えば、助けてあげるだけじゃないわよ」
 そこだけは凍らされなかったインテの顔に向かって、女は優しげな声でささやいた。
「お金だってあげるわ」
「……なんですって?」
「あなた、リボンなんかつけてるじゃない。お金ないんでしょ? 何もずっと付き合えなんて言わないわ、一晩だけよ。付き合ってくれたら、もっといいものを買ってあげる。つけてもいいし、売ってもいい」
 リボン。もうこれをつけていても意味などない。手放したくなかったが、見るたびに胸が痛くなるのも確かだった。思いきって捨ててしまえば、忘れられるかもしれない。
「そうね、なんならこのうさみみ、あげようか。……もっとも、これは高いから、一晩で許すわけにはいかないけどね」
 言いながら女が頭を近づけて、うさぎの耳でインテの顔をさわさわとくすぐった。
「さあ、どうする?」
 こんなところで死ぬのは、名誉な死に方ではないだろう。うさぎの耳を売れば三百万はくだらないから、カーラヴェーラやホルスたちにも顔向けできる。行きずりの、それも同性に体を任せることだって、たいした問題じゃない。――捧げる相手は、もういないのだから。
 構わないか、と思った。インテは口を開いた。
「私――」「趣味の悪い責め方だな、女」
 誰もいないはずの室内に男の声が響いたので、二人は驚いた。
「誰?」
「盗賊ね! サイト!」
 女が叫び、空中に炎の球を撃ち出した。室内を旋回したその炎が、壁際に長髪のアサシンの姿を浮かび上がらせた。軒隠れクローキングの術で姿を消していたのだ。インテは思わず叫ぶ。
「越天斎さん!」
「そのひとは、怒らせて反応を見るのが最も楽しめるのだ。氷漬けにした上で弱みを突くなど、無粋も無粋、見過ごしにはできぬな」
 そううそぶいて、無造作に近付いてくる。女がアークワンドを振り上げた。
「お呼びじゃないのよ、消えな! ソウルストライク!」
 短い呪文を唱えて、霊魂の弾丸を作り上げる。しかし、突風のような音とともにそれが殺到した場所には、すでに越天斎の姿はなかった。
「遅い、口に蝿が止まるぞ」
 女の背後に立った越天斎が、首筋に柄のない奇妙な短剣を突きつけていた。感情のまったくない乾いた声で、女にささやく。
「選ぶがいい。このひとの術を解いて去るか、それともこのクナイに錆を作るか」
「く……」
 女はインテの氷塊をアークワンドで叩き割ると、捨て台詞も残さず部屋を出て行った。へたりこんだインテに、越天斎が声をかける。
「大事ないか、インテグレーテル殿」
「は、はい。ありがとうございました……」
「礼には及ばぬ。助けに来たのではなく、見張っていたのだからな」
「見張って?」
「カーラがこぼしていた。最近の貴女は心ここにあらず、まるで使い物にならぬと。それで馬鹿な間違いをせぬよう、つけていたのだが……」
 越天斎は醒めた眼差しでインテを見た。
「まさか、あのまま操を散らそうなどと考えていたのでは、おられまいな」
「だって……私……」
 インテはうつむいて力なく言った。
「いいじゃないですか、私なんか何の役にも立たないんだから。氷漬けにされたって、変なひとにもてあそばれたって、悲しむ人なんかいないんだから……」
「そうでもないが」
「……メトロ卿、何か言ってたんですか?」
 インテが顔を上げて聞くと、越天斎はかすかに眉を吊り上げ、向こうをむいた。
「拙者は何も聞いておらぬな」
「……そうなんですか」
 拙者は、という限定された言葉の意味までは、落胆したインテには読み取れなかった。かといって、カーラヴェーラはどうなのかと聞いても、韜晦に長けたこの暗殺者は答えなかっただろうが。
「ともかく、城に戻られよ。貴女は必要とされない人間ではない。――貴女を助けるために、巧みさもわからぬ魔道師と相対した暗殺者が、少なくとも一名はいる」
「越天斎さん?」
 それは、越天斎が自分を必要としているという意味だろうか。不思議に思って顔を上げたが、すでに越天斎の姿はどこにもないのだった。
「あの人にそう言われても……」
 インテは困惑する。この先、誰の好意も受けずにいることはできないだろう。誰かとまた、親しい付き合いをするのかもしれない。しかし、越天斎に言われてわかった。他の人間に手を差し出されても、自分はつかむ気になれない。自分がつかみたい手は一つだけなのだ。
 凍って濡れた髪に手をやると、くたくたになったリボンが触れた。一瞬でもこれを手放そうと思ったことが、信じられなかった。
 リボンを外して胸で温め、インテはすすり泣いた。
「だめです……私やっぱり甘えん坊です。メトロさん、戻ってきてくださいよう……」

 カーラヴェーラ、ホルスとの三人パーティーでの行動は、一ヵ月ほど続いた。ノーナンバー狩りは二人組で、という規則のために、インテはNNSの他のメンバーにパーティー組みなおしの打診を受けたり、後には越天斎に正式にペアを申し込まれたりしたが、言を左右にして断り続けた。メトロとは一度も顔を合わさなかった。NNSはインテが参加した頃とは顔ぶれが変わっており、メトロも誰か他の相手と動いているらしかった。
 三人組での行動は、ノーナンバー狩りの時には有利になったが、それは他のソロメンバーに負担をかける行為だった。普段の狩りにおいても、アイテムがまったく手に入らないという状況は心苦しく、インテはだんだん、他の二人との行動も断るようになった。ホルスが文句を言うのは最初からだったし、一見飄々としているカーラヴェーラにも、内心の不満があるだろうことは、容易に想像できたからだ。
 NNSは仲良しクラブではない。活動しないメンバーに存在価値はない。越天斎ですら、自分の申し出を断ったインテを、扱いかねているようだった。インテは当然の選択を考えるようになった。ギルドの脱退である。
 やめれば自分は生きていけない。誇りを捨てて物乞いになるしかない。だが、ノービスや剣士ならともかく、施しを請う騎士などというものは、インテ自身も見たことがなかった。そんなところまで堕ちるのは、体を売るのとたいして変わらない。耐えられなかった。
 もう、自分自身の存在を消してしまうしかない。それが、最後にインテがたどりついた考えだった。
 その頃はなぜか、数日間カーラヴェーラが城にいなかった。彼女が来たら世話になった礼を言い、ギルドを去ろうと心に決めた。黙って去るほうが彼女の心を痛めないとは思ったが、NNSは脱退者に対して淡白なギルドで、カーラヴェーラは今までに辞めた何人かのメンバーも、引き止めたりはしなかったのだ。だから自分も、あっさり見送ってもらえるだろう、とインテは思った。
 だが理由はそれだけではなかった。一番言いたい人に言えないさよならを、せめて誰かに聞いてもらいたかったのだ。

 その日、インテが城へやってくると、久しぶりにカーラヴェーラが来ていた。だが彼女は、インテの顔を見るなり、ちょっと待っててと言って出ていってしまった。肩透かしを食ったように感じつつも、インテはいつもの部屋で、彼女を待った。
 そこは、めったに他人の来ない、事実上NNSの貸し切りのような部屋で、たいていは狩りに出ていないメンバーが、五、六人溜まっているのだが、今日は越天斎がいるだけだった。例によって壁際で座禅を組んでいた彼は、インテが近付くと、尋ねもしないのに言った。
「メトロ卿は城下に買出しに行かれた」
「そうですか」
 さして感慨もなしに、インテは答えた。メトロは明らかにインテを避けていて、偶然会うことは一度もなかったし、ギルドの用で探したときにも、インテの前には姿を見せなかった。だから、居場所がわかっても意味はないのだ。
 それにしても、越天斎がそんなことを教えてくれるのは、珍しかった。インテも少し前にようやく気付いたのだが、彼は自分に好意を抱いているようだった。彼から見ればメトロは恋敵である。だから、ギルドとしての必要がない限り、インテの前でメトロのことを話さないようになっていた。
 二人きりというのは気まずかったが、彼と会うのも今日が最後だと思うと、少しは言葉を交わすべきだという気がした。インテは少し離れたところに座り、口を開いた。
「珍しいですね、越天斎さんがあの人のことを話すなんて」
「教えられたのでな」
「何をですか」
「気合の違い、というやつを」
「……練習試合でもしたんですか?」
「真剣勝負だ。それに完敗した」
 なんのことか聞こうとしたが、そこにカーラヴェーラが入ってきたので会話が途切れた。愛用のカートをやけに重そうに引いてきた彼女は、インテの前にどさっと腰を降ろすと、妙に晴れやかな顔で言った。
「ああ疲れた。製造ならともかく精錬は専門外だってのに、ホールグレンは信用できんなんてアイツが駄々こねるからさ。四日も徹夜で鍛えちゃったよ」
「四日……って、お疲れさまです」
「まあ、これでようやく気が晴れるからいいんだけどね。ほんとに長かったわ、一ヵ月。インテちゃんもつらかったでしょ?」
「なんのことですか?」
「うん、説明してあげるけど、うちとしてはまず、この苦労の結晶を先に見てほしいな」
 そう言ってカートを漁る。インテが覗きこもうとすると、城の入り口のほうがにわかに騒がしくなり、誰かの足音が近付いてきた。なによ、と二人はそちらを見る。
 部屋に飛び込んできたものを見て、仰天した。
「噴水前で枝テロだ! ものすごい規模だよ!」
 そう叫びながらソウルストライクを撃ちまくるホルスである。彼の肩越しに、いくつもの異形の影が見えた。越天斎が立ち上がる。
「そやつらはなんだ、わざわざ連れてきたのか?」
「倒しきれなかったんだから仕方ないだろ! 振り切ったらポタ広場で大暴れしちゃうから、ここまで引きずりこんだんだよ!」
「ホルス、後ろ!」
 カーラヴェーラが指差し、ホルスが振り返りざま叫んだ。
「アイスワール!」
 キン! と鋭い音を伴って、部屋の入り口に氷の壁が現れた。今にも殺到してこようとしていたモンスターたちが、それにはばまれて吠える。ホルスは肩で息をしながら後退する。
「走りっぱなしだからSPがもうない! 越天斎、三分稼げる?」
「請け合えんな、見たところ十体近くいる。五体までならさばいてみせるが……」
「そうだ、インテちゃん、これを!」
 そう言ってカーラヴェーラがカートから取り出したのは、真新しい武器と防具の数々だった。インテがよく見定める前に、座って精神集中していたホルスが叫んだ。
「氷壁が破られる、くるぞ!」
「着けて、早く!」
 カーラの手を借りて、インテはそれを身につけ始めたが、途中で自信なくつぶやいた。
「……カーラさん、ごめんなさい。せっかくだけど、私じゃ多分防げません」
「うだうだ言ってないで、いいから着けろ! アンタは自分の力を知らないのよ!」
「来た!」
 氷壁が叩き壊され、怪物たちがどっと入りこんできた。先頭はインテと一対一の死闘を演じた女面蛇体の怪物、イシスだ。越天斎が飛鳥のような素早さで切りかかるが、あっという間に囲まれてしまう。ホルスが回復半ばで立ち上がり、長い呪文を詠唱し始めた。
「ユピテルサン……」
 それを唱えきらないうちに、敵の群れの後方から矢が飛来し、ホルスの腕を貫いた。「あうっ!」と悲鳴を上げてホルスは倒れる。ウィザードの天敵、遠距離攻撃を行うアーチャースケルトンが混ざっていたのだ。
 殺戮機械のようにクリティカルを連発しつつ、それでも敵を倒しきれずに、越天斎が怒鳴る。
「支えられん! まだか、インテグレーテル殿!」
「仕方ない、これで行けっ、インテちゃん!」
 まだ鎧の着付けが終わったばかりだったが、カーラヴェーラはインテに片手剣と盾を持たせて、押し出した。インテは戸惑ってたたらを踏む。
「私、いつも両手持ちのブロソなんですけど!」
「片手剣修練も皆伝なんでしょ? それで行くのよ、そしたらわかる!」
「すまぬ、隠れて替わるぞ!」
 叫んで越天斎が潜伏のスキルを使い、煙のように姿を消した。彼らしくもないミスだった。彼が刃を交えていたイシスは、悪魔族なのだ。
 イシスの双眸が真紅に輝いた。隠れたはずの越天斎が、無理やり姿を暴き出される。悪魔は潜伏を見破る眼力を持つのだ。イシスの平手が、アーチャースケルトンの矢が、ナイトメアの瘴気が、ゼノーグの爪が、一斉に彼に叩きつけられた。越天斎の回避能力が飽和し、ほとんどの攻撃を食らってしまう。いったん敵に捕らえられた彼は、紙人形のように無力だった。鮮血をまき散らしてよろめく。
「む、無念ッ!」
「越天斎さん!」
 死の淵に立った越天斎を見たとき、インテの中に熱いものが生まれた。忘れかけていた昂ぶりが。インテグレーテルを動かす根源的な力が。
「このおぉっ!」
 左手で構えた盾に全体重を預けて、インテは敵群のど真ん中に突っ込んだ。密集していた敵を数歩も押し戻す。そのまま敵を支え、剣を握ったままの手で倒れかけている越天斎の襟首をつかみ、後ろへ引きずり投げた。
 敵の目が一斉にインテに向いた。雄叫びとともに、越天斎を一瞬で瀕死にした攻撃がやって来た。インテは腹に力を入れて盾を構えた。
「くっ!……え、え?」
 意外なことが起きた。骨までえぐる痛みを覚悟したのに、それが訪れなかったのだ。イシスの平手打ちも、ゼノーグの爪も、アーチャースケルトンの矢も、わずかに威力が落ちている。敵に手加減されているような奇妙な気持ちになった。
「いいわよ、そのまま耐えて! ホルス、早く!」
「わかってる!」
 カーラヴェーラに矢を引き抜いてもらい、ホルスが自分にヒールをかける。目を閉じて座り、精神力を溜めていく。カーラヴェーラがはらはらした様子で尋ねる。
「インテちゃん、大丈夫?」
「は、はい!」
 敵を一手に引き受けてインテが叫ぶ。敵の攻撃に、ぼんのくぼがピリピリするようないつもの殺気が感じられない。数秒で死ぬようなことはなさそうだった。
「二、三分はいけます!」
「そんなにいらない。――ようし、行くよ!」
 ホルスが立ち上がり、再び詠唱を始めた。十秒近い長い呪文だったが、今度は完成した。
「ユピテルサンダー!」
 それはマジシャンの魔法・ライトニングボルトが強化されたものだった。一抱えもある球雷が突進し、敵を感電させた。
「もう一発……ユピテルサンダー!」
 二度目の球雷で、ほぼ決着はついた。直進しながら針路上の敵にダメージを与えるその魔法は、部屋の入り口に密集している敵を倒すのにぴったりだった。
「食らえっ!」
 インテは最後に残ったゼノーグに、片手剣を叩きつけた。一撃で殺すことができたので驚いた。両手剣より弱いはずなのに。
 血糊を振り落として剣を収めると、インテは振り向いた。座りこんでいる越天斎に声をかける。
「越天斎さん、無事ですか?」
「うむ、かろうじて、な」
「大丈夫だ、僕がみるよ」
 ホルスが近付き、越天斎にヒールをかけた。任せておいてよさそうだった。
「やったわね、インテちゃん!」
 カーラヴェーラが満面の笑みでVサインを出す。インテは喜びよりも疑問を覚えた。カーラヴェーラのそばに戻って尋ねる。
「あの、この鎧と盾って……」
「プレートを+6にして鉄蝿C挿した。シールドも+6でしかもタラフロC挿し。両方で、インテちゃんのいつもの装備より、一割半ぐらいダメージが減ってるはずだけど、どうだった?」
「+6……精錬防具ですか。それにカードまで」
「うちが精魂こめて打ったのよ。+5から6にする時は成功率ガタ落ちになるから、さすがに手ぇ震えたけど、全部一発で成功したわ」
「全部って……これ全部!?」
 インテは目をまるくして残りの装備を見回した。カーラヴェーラが自慢げに説明する。
「ブーツとマントはマタCとレイドリックC挿し、ヘルムはカードないけど、+7までやった。ほぼVIT型の完全装備よ。全部つければ鉄壁ね。――そうそうそれと、聞いて驚け、剣はスケワカ三枚挿しの環頭太刀、しかも+10。携帯用溶鉱炉のストックがなくなって、ゲフェンまで二回も買い足しに行ったわよ」
「はあ……」
 インテは深々とため息を漏らした。
「すごいですね。こういうのがあれば、私もちょっとは役に立てたのかな……」
「これ、インテちゃんのよ」
「……はあ?」
 インテはぽかんと口を開けたが、次の一言を聞いてもっと驚いた。
「メトロ卿がインテちゃんのために揃えたのよ」
「め……メトロさん、が……?」
「そう」
 カーラヴェーラは大げさに肩をすくめた。
「この一ヵ月、アイツが何してたと思う? 手すきのメンバーに片っぱしから同行頼んで、ものすっごい勢いでレア狩り行きまくってたのよ。二日に一回ぐらいしか寝ないで」
「な……だ……なんで? 私、メトロさんに見捨てられちゃったのに」
 インテは頭の中身がひっくり返されたような、ごちゃごちゃの気分で言う。
「私、役に立たない弱い騎士なのに。レアも全然出ない疫病神なのに」
「そんな風にアンタが考えてるのが不憫だったみたいね。装備さえそろえばVIT騎士は無敵になるのに、気付いてもいないんだから。アンタが馬鹿で困るって言ってたわ。ちっともこっちの気持ちをわかってないって」
「そ、そんなの聞いてないです! カーラさん、知ってたなら教えてくれればよかったのに!」
「口止めされてたもの」
「口止め……って、なんで」
「言ったらアンタが来たがるからに決まってるじゃない。来たらレア出ないから断るしかない。でも断るのはかわいそう。だから内緒で、出稼ぎしてたのよ。うちも黙ってるのつらかったなあ」
「かわいそう? ほんとにあの人そんなこと思ってるんですか?」
 心を押しつぶしていた寂しさが一挙に怒りに変わり、インテは叫んだ。
「ひとこともなしで一ヵ月も放っておかれたんですよ! 私がどんなに寂しかったか本当にわかってるの? 言ってくれればついて行くのだって我慢したのに!」
「その辺はアイツが不器用だから悪いんだけど、アンタへの気持ちは本物だと思うよ」
 カーラヴェーラは最高の装備の数々を見回した。
「本当に好きじゃなかったら、三千万zもの装備、一人の女の子にあげられると思う?」
「さ……さんぜんまん……!?」
 インテは生まれて初めての貧血を起こしそうになった。その千分の一の現金も持ったことがないのだ。ホールグレンに頼んだら倍かかってたわよ、とさらに恐ろしいことをカーラヴェーラが言う。
「もう誠意とか好意とかのレベル越えてるわね、これは。アイツ別に高いレアで一攫千金したわけじゃないもの。ひたすら粘って頑張って稼いだ三千万よ。ホルスに爪の垢飲ませてやりたいぐらい」
「馬鹿なんだよ、メトロ卿」
 プリーストほど強力なヒールを使うことができず、だましだまし越天斎を治しながら、ホルスが情け容赦のないことを言った。
「インテがNNS入ってからは、もうほかごと見えなくなって四六時中くっついて歩いてさ。ソロ狩りもサボったもんだから、インテの転職の頃までにすっからかんになっちゃって、僕が上げたウィローカードとリボンしかプレゼントできなくてさ。それで悩み始めたと思ったら、いきなり今度は出稼ぎする、でしょ。完全に関係を切らないと舞い戻っちゃうからだろうね。まるでインテ中毒。あんな中毒患者が枢機卿だなんて、あきれるを通り越して笑えるね」
「そ、それほんとなんですか? ホルスさんまで口止めされてたの?」
「いや、僕は別に。メトロ卿がめろめろになってくのが面白くて、黙ってた」
「め……」
「めろめろ」
 カーラヴェーラが思いきりにやにや笑って、思考停止しているインテの額をつついた。
「この二人、本音のところでオリデオコンより堅くつながってるんだもの。越天斎が妬いたのもわかるわ」
「もう済んだ」
 越天斎がため息をついた。
「今朝カーラヴェーラにその装備のことを聞いて、徹骨徹髄わかった。拙者にそこまでの気合はない。だから完敗と言ったのだ。――インテグレーテル殿? どうなされた?」
 周りの声など聞こえなかった。インテの耳の奥で、ミシミシときしみ音が鳴っていた。それは、インテが一月かかってようやく築き上げた、心の防波堤の音だった。
 メトロさんが、私を、必要としてくれていた。
 堤が決壊した。封じこめていた希望が津波となって心を浸した。もうそれを押し戻さなくてもいいのだ。酔い果てるまで溺れていいのだ。
「あ、あ、ああぁぁ……」
 インテは床にぺたりと座りこんで、とめどもなく涙を流し始めた。嬉しさで体がどろどろに溶けてしまいそうだった。うんうんとうなずいて、カーラヴェーラがハンカチを差し出した。それを受け取ったが、一枚ではとても足りなかった。
 顔をくしゃくしゃにして嗚咽していると、ホルスが興味のなさそうな顔で言った。
「のんきに感動してていいのかな。僕がここに引っ張ってきたのは、敵のほんの一部なんだけど」
「え?」
「メトロ卿、町だよ」
「そ……そうじゃないですか!」
 インテは一瞬で思考を取り戻した。町の人々を襲うモンスターを、メトロが物陰に隠れて見物しているはずがない。間違いなく助けに出るだろうし、出たらINT型のメトロは――
「私、行きます!」
 インテは決然と立ち上がった。カーラヴェーラが装備を押し出す。
「使って。そのためのものよ」
「は、はい!」
 急いでインテは防具を身につけ始めた。アドレナリンラッシュの効果などとっくに切れているのに、全身が熱湯で満たされたように熱く、力があふれていた。
「よーし、完成!」
「参るぞ!」
 カーラヴェーラがインテの背を叩き、全快した越天斎とホルスが立ち上がった。
「行きましょう!」
 インテは翼を得たような勢いで走り出した。

 プロンテラ中央噴水の前は、さながら死体置き場だった。
 店を出していて動けない露店商たちが、看板を下ろす間もなく真っ先に虐殺された。彼らの死体と乱立する看板のせいで、付近にいた戦闘職たちも動きをはばまれ、連携することができずに、囲まれて次々と死んでいった。
「こっちだ、早く中に入れ!」
 噴水脇の武器屋の入り口で、逃げ惑う人々を呼び寄せていたメトロは、奇妙なことに気がついた。出現したモンスターは、見える限りでは三十体ほど。グラストヘイム級の強敵もかなり(通常の枝使用では有り得ないほど――つまりノーナンバーだ)いるが、この程度の数なら、人の多いプロンテラではすぐに街の他の場所から応援が来て、制圧されてしまうはずだった。なのに、強力な二次職の姿があまりにも少ない。一次職の剣士や弓手たちが、抵抗むなしくばたばたと倒されている。
 おそらく、他の場所やカプラ嬢前でも、同時にモンスターが召喚されているのだ。いや、それだけならまだいいが――
 息せき切って駆け込んできた女プリーストが、真っ青な顔で言った。
「大変です、モロクとゲフェンでもテロが起こっています! 私、応援を頼もうと首都に来たのに、こんなことになってるなんて!」
「やはり……陽動があったか!」
 メトロは歯噛みした。先に他の都市でテロが起きていれば、ベテランの戦闘職たちはいっせいにそちらへ向かう。その直後に首都の帰還地点や城門でテロが起きれば、彼らは戻って来れない。というより、それを目的として他の町のテロは実行されたのだろう。枝テロを企む人間の最大の目標は、首都の壊滅なのだから。
 想像が当たっているなら、極めて計画的で、しかも前例のない大規模なテロだ。このままでは最悪の事態も起こりうる。最悪の事態、それは街の閉鎖だ。大量のモンスターとの激しい戦闘で世界構造に負担がかかり、そこにいる人間もろとも街が闇に呑まれてしまうのだ。
 これを防ぐためには、モンスターの数が限界量に達する前に、かたっぱしから減らしていくしかない。しかし――メトロは武器屋の中を振り返る。
 狩りよりも商売に励む毎日を送っていて、上級ダンジョンの常識外れに強力なモンスターなど見たこともない、商人の少女たちが、肩を寄せ合って震えている。買ったばかりの角弓――店売りでは最強の武器だ――で、勇ましくファンクに挑みかかったものの、倒すどころか当てることすらできず、自信を喪失してふぬけのようになってしまった弓手の娘もいる。無理もない、そのクラスの敵にはメトロでさえ勝てない。
 ここにいる全員が束になってかかっても、一体倒せるかどうかだろう。
「た、助けてくれー!」
 悲鳴を聞いて目を向けると、剣士と盗賊の男が噴水の花壇に追い込まれて、ヘルプマークを乱発していた。彼らに大剣で切りつけているのは、古代の騎士の亡霊が取り憑いたからっぽの鎧、レイドリックだ。剣士がカタナで反撃しているが、それが当たってものけぞりもしない。この魔物は、文字通り鋼鉄のような防御力を持つのだ。
「こっちへ来い!」
「ひっ、ひい!」
 二人はパニックに陥ったらしく、メトロの叫びに答えもしない。死に物狂いで避ける盗賊にレイドリックが斬りつけ、外れた剣が石畳に当たって、ガァン、ガァン、とけたたましい大音響を立てる。レイドリックの斬撃の威力はそら恐ろしいほどだ。一次職の剣士や盗賊など、当たれば一撃で両断してしまう。
「ちっ」
 メトロは舌打ちして駆け出した。二人のそばに横手から転がり込み、承諾もなく強引にパーティーに引き入れて、呪文を唱えた。
「キリエ・エルレイソン!」
 三人の頭上に十字架が輝き、攻撃を中和する神聖な光の幕が体を包んだ。続いて速度増加とブレスを盗賊にかけつつも、助かる望みは薄いとメトロにはわかっていた。少々魔法で補助したところで、盗賊はアサシンほどの回避力を持つことはできない。それに、自分のキリエはたった一度しか攻撃を防げない。他のスキルを強化するために犠牲にしたのだ。
「うわあ、来るな、来るな!」
 叫びながら盗賊は走り出した。逃げるつもりだったのだろうが、方角が悪かった。そちらには、さらに多くのレイドリックがいたのだ。笑うようにカタカタと震えて立っていたレイドリックたちが、盗賊に気付き、一斉に駆け寄ってきた。盗賊は回れ右をして戻ってくる。
 再び寄り集まった三人を、レイドリックたちが包囲した。ガァン! ガァン! といくつもの打撃音が重なった。メトロはひたすら唱え続ける。
「キリエ・エルレイソン! キリエ・エルレイソン!」
 輝く幕ができるが早いか、大剣がそれを切り裂き、それがもう一度振り下ろされる前に、再び幕が張り巡らされる。詠唱が追いつかなければ即死するデスマッチだ。もはや盗賊も剣士も、恐怖のあまり腰を抜かしている。これほどの重囲に耐え続けるのは初めてなのだ。こんな状況では、ほとんどの職業の人間は、ハエの羽根で逃げない限り殺されてしまう。
 ――長くはないな。
 刻々と近付く死を前にして、メトロは冷静に考えた。包囲されたときから、キリエに加えてヒールまで連発している。盗賊たちは気付くどころではないようだが、彼らより少しは体力のある二次職のメトロが、敵の半分を引きつけてかばっているのだ。精神力が尽きるのももうすぐだった。
 つまらん死に方だ、と思った。俺が守りたいのはこんなふぬけた連中じゃない。それは――
 ガン、ガァン! と斬撃が続き、メトロの背中を切り裂いた。キリエの詠唱が中断され、メトロは声もなく倒れる。二人が悲鳴を上げる。
「プ、プリさん!」「頼むよ、キリエを!」
「馬鹿、避け……」
 サングラスが吹き飛んでいた。メトロのまぶしい視界の中で、こちらを見下ろしていた二人が背後を向いた。レイドリックたちが高々と振り上げた剣が、列柱のように空を指していた。それが一斉に振り下ろされ――
 横から滑りこんできた銀色の影が、二人をはね飛ばして割りこんだ。
 ガァァン!
 断頭台の刃が落ちたような轟音を、一人の騎士が受け止めていた。
「な……に?」
 幻覚か、とメトロは思う。銀のヘルムに、銀のシールドに、銀の太刀に、銀のプレートに、七体のレイドリックが剣を乗せていた。いや、乗せているどころではない。レイドリックがカタカタカタといっそう激しく震え、騎士が踏んでいる石畳がビシッと音を立てて割れる。凄まじい力で切断しようとしているのだ。
 それなのに騎士は、膝を折りさえしない。
「ふふ……」
 メトロの耳に、聞き間違えようのない笑い声が届いた。思わず騎士の表情をうかがおうとしたが、ヘルムの面頬に隠されて見えない。笑い声は、心を持たないレイドリックたちにも届いたようだった。七体が剣を振り上げ、今度はばらばらの乱れ打ちを始める。
 わずかに腰を落として身構えた騎士に、乱打が雨あられと降りかかる。騎士は盾と太刀を巧みに操って、関節に当たりそうな打撃だけを防いでいる。残りは体を叩くままだ。メトロは膝に手をついて立ち上がり、騎士にヒールをかけようとする。
「……む?」
 思いとどまった。騎士の様子に気付いたのだ。太刀を支え盾を突き出す腕に、的確な力がこめられている。肩に胸に大剣が衝撃をよこしても、足を踏み換えもしない。武骨な防具の中の鍛えられた体、防具に位負けしない強靭な筋肉と整った骨格が、透けて見えるような美しい立ち姿だった。
 ヒールなど必要ない。この騎士は完璧に攻撃を凌いでいる。
 歴戦のメトロが、援護を忘れて見惚れた。
「ふふふ……」
 再び笑い、騎士が動いた。連続する攻撃のわずかな合間をとらえ、ダンスのように軽やかなステップで側方へはねる。二歩、三歩と動く騎士を、レイドリックが機械的な動きで追いかけ、重い打撃を浴びせる。しかし騎士は、ひじやすねなどの細い部分に食らってさえ、動きの軽やかさを失わない。目を見張るような打たれ強さだ。
 いまや騎士は、誘うようにマントをひるがえし、よそ見をした子供を叱るように太刀をふるって、レイドリックの群れを巧みに連れ歩いていた。レイドリックだけではない。噴水の周りを回り始め、アラーム、イビルドルイド、カーリッツバーグ、ありとあらゆるモンスターを舞いに巻き込んでいく。高レベルのモンスターの破壊的な打撃を一身に集め、むしろそれを楽しんでいるようにすら見える。
「ふふ……あはっ……」
 笑いの意味がメトロにはわかる。その騎士は、VIT型の至福を体現していた。
 体が喜ぶ、食らえば食らうほど。
 顔がほころぶ、囲まれれば囲まれるほど。
 強大な敵こそが自分を引き立ててくれるのだから。
 一匹のデビルチがちょこちょことメトロに駆け寄ると、すかさず騎士が叫ぶ。
「プロボック!」
 挑発された小悪魔が騎士のところに駆けていき、雲霞のような敵群に加わった。気がつけば、噴水前のモンスターは、一体残らず騎士に引きつけられていた。モンスターだけではない。武器屋から、道具屋から、精錬所から、隠れていた人々が出てきて、古城の奥底でも滅多に見られないであろう、その魔物の大集会のような包囲を見守っていた。
 メトロのそばで、剣士と盗賊が魂を抜かれたようにつぶやく。
「すげえ……」
「チーターか? あれ」
「よく見ろ、小僧ども」
 メトロが吐き捨てるように言う。
「邪法で防御力を得たチーターが、あんなに生き生きと動くか。防具にふさわしい生身の強さがなくて、あれだけの魔物を連れて歩けるか。あれは――あれこそが――」
 騎士が足を止めた。一人きりで大草原に立っているような静かな動きで、すっと太刀を振り上げる。剣尖にまばゆい炎の輝きが宿った。
「真の、騎士だ」
「ボウリング――」
 この世のものとも思えない魔物たちの喚叫を、裂帛の気合が圧した。
「バッシュ!!」
 大砲が直撃したような凄まじい爆発が起こり、ごおん、と大地が揺れた。衝撃波が噴水広場全体にふくれ上がり、ポールに吊られた旗を一枚残らず吹き飛ばした。
「ひぃっ!」「きゃあっ!」
 剣士たちが地面に伏せ、人々が悲鳴を上げる。メトロは逆に、顔をかばって走り出していた。
 あたり一面にもうもうと噴煙が満ち、石畳の破片や敵の手足がばらばらと降ってくる。手をかざして煙の中を見透かしたメトロは、信じられない光景を目にした。
 差し渡し五メートルはあろうかというすり鉢状のクレーターができていた。その中心にぽつりと人影が立っていた。動くものは何一つない。
 ゆっくりと煙が薄れ、人影が顔を上げた。太刀を収めてメトロの前にやって来る。立ち止まり、何かを待つようにヘルムで覆った頭を傾けた。
 他の誰かであるはずがないのだが、あまりの変貌を信じられず、メトロは尋ねた。
「おまえ、名は」
「インテグレーテル」
 初対面のように答え、騎士がヘルムを脱いだ。チョコレート色の髪がさらりと広がり、上気したあどけない顔が現れた。
「インテ……よくも、これほど……」
「お久しぶりです、メトロ卿。ごぶ、ご無事で……」
 インテの顔が歪む。こらえている風だったが、いくらももたなかった。見開いたままの瞳から、大粒の涙が頬に滑った。うつむいて表情を隠す。
「だ……だめ……しっかり挨拶しようと思ってたけど……あふれちゃう……」
「無理するな」
 メトロが両手を差し出した。インテが盾とヘルムを取り落とした。
「メトロさぁん!」
 メトロの腕の中に、娘の体がどっと飛びこんできた。思い切り抱きしめたが、鎧を着ていてさえ、回した腕が余るほど小さかった。メトロさん、メトロさんと泣き声を上げて、崩折れそうに弛緩していく。しっかりと支えてやりながら、メトロはささやいた。
「よく頑張ったな」
「はい……」
「助かった、礼を言うぞ。やはり俺にはおまえが必要だ」
「ほんとですか……?」
 インテが泣き濡れた顔を上げて聞いた。
「信じていいの? 私と一緒にいてもらちが明かないって言ったじゃないですか」
「なんのことだ……ああ、あの時か。一緒いてはおまえを強くしてやれんと言いたかったんだ」
「私の声なんか聞き飽きたって」
「詫びの言葉だけだ。謝らせてばかりの自分が不甲斐なかった」
「放っておけなんてことも言われました!」
「当たり前だろう、女より先に気を失うなど、その、男として……」
「……もしかして、恥ずかしかったんですか?」
「……」
 メトロは顔を背ける。サングラスをなくしているので、インテは初めて、はっきりと彼の表情を見ることができた。髪と同じ銀の瞳を落ち着きなく泳がせて、目元を赤くしている。インテは信じられずに瞬きする。
 メトロさんが……照れてる……
「それじゃ、ほんとのほんとに、嫌いになったんじゃないんですね?」
「わからないのか? これだけ一緒にいて!」
 真剣な怒りのこもった目で、メトロが見下ろした。
 あの時と同じ言葉だった。あの時もこういう意味だったのだ。
「俺の前衛は、おまえしかいない」
「はい……!」
 インテは目を閉じ、深々と顔を押し付けた。メトロがその髪に手を触れる。
「リボン……まだしているのか」
「はい」
「くしゃくしゃだ。重ねたからか」
 メトロがポケットから一枚のカードを出した。インテは不思議そうに見つめる。
「ウィローカード……?」
「さっき買った。これをヘルムに挿して、仕上げにするつもりだったんだ。こっちはもう捨てろ」
 リボンを外そうとするメトロの手を、インテは押さえた。
「いじわる。少しはお洒落させてください」
「しかし……」
「いいの、ちょっとぐらい弱くなっても、エンジェラスで助けてもらえるから。あれは……私のためなんですよね?」
 メトロは答えず、微笑する。もう言葉がなくてもわかる。彼がそれを身につけたのも、片手剣と盾をくれたのも、すべてVIT型の特性を最大限に引き出すための配慮なのだ。こんなに自分のことをわかってくれるひとはいない、とインテは思う。
「私のプリさんも、メトロ卿だけです……」
「お二方、無事だったか」
 二人が振り返ると、越天斎たちがやってきた。広場を見回して、何事だこれはと言う。メトロが責めるように言った。
「おまえたちが来ないから、インテ一人でやったんだ。今まで何をしていた?」
「一人で? そりゃぶったまげるわね……遊んでたんじゃないわよ。他の場所の手伝いに行ってたの」
「それももう切り上げた。プロンテラへのポタを持ってるアコプリは、世界中にいるからね。遅ればせながら増援が来てる」
「なら、終わりか?」
「いや、まだゲフェンが残っている。モロクは収まったが、あちらは人が少ない」
 越天斎が西門のほうを指差した。
「これから討伐隊が飛ぶ。ともに参ろう」
「悪いが、断る」
「え、どうしてですか?」
 尋ねるインテに、メトロは小声の早口でささやいた。
「とぼけるつもりか、こんなに熱くなっているくせに。ほしいだろう?」
 インテは目をまんまるにし、頬を真っ赤にし、こくこくとすごい勢いでうなずいた。
「俺もだ。一ヵ月は長かった」
 そうささやいて、仲間を振り返る。
「どこかで休んでくる。明日まで探すな」
「はいはい、ほどほどにね」
 カーラヴェーラが肩をすくめて言った。越天斎とホルスは、やってられないというように、とっとと歩き出している。
「頑張って下さいね!」
 西へ向かう三人に手を振ると、インテとメトロは肩を寄せ合い、東へと歩き出した。
 生き残った人々が、その背を見送っている。へたりこんだ二人が言う。
「ほらみろ、やっぱりあの姉ちゃんは化け物だった」
「バフォでも瞬殺しそうだよな。人間じゃねえよ、もう」
「そう言うな、彼らも生身の人間だ。あんたたちよりほんのちょっと熱心なだけだよ」
 剣士と盗賊は背後を見上げ、またあんたかよ、と言った。
 軍帽の兵士は、相変わらずの直立不動で言った。
「生きること、戦うこと、守ること、そして自らの力を高めることにな。『管理者』は人々のそういう情熱をいまひとつわかっていない。小手先の楽しみを与えれば人々が満足すると思っている。古木の枝もその一つだ。それが悪用された場合の対策も設けずに、あのようなものを生み出したから、自ら築いた世界を自ら危うくしている……」
「何言ってるんだ?」「さあ……」
「この噴水前では、よくテロが起こる。わしの目の前で、大勢の人が殺される。それをわしは、指をくわえて見ているしかない」
 兵士と二人の若者は、広場を見回した。応援のプリーストたちがやってきて、倒れている人々を蘇生して回っていた。
「だからわしは、彼らを集めた。この世界で最も激しく生きている彼らを。彼らはいつも、『管理者』や『ゲームマスター』が見逃したこの世界の破綻を、命がけで修復してくれる。しかもそれが、彼ら自身の楽しみなのだ。まったく、小気味のいいことだ、頼もしいことだ!」
「おっさん、あんた誰よ?」
 盗賊に聞かれて、兵士は微笑した。
「あんたたちを愛する者だよ」
 剣士と盗賊は顔を見合わせ、かんべんしてくれよ、と舌を出した。
「どうせ愛されるなら、あの姉ちゃんに愛されたいよ」
「あー……おまえも? 実は俺も。化物かもしれんけど、あの泣き顔、激萌えだった」
「だろだろ? プリさんもベタ惚れな感じだったし」
「でもプリさんも俺たちを助けてくれたしな。漢だった。悔しいけどお似合いだよ」
「あの二人、これからアレだよな」
「アレだな」
「「くそう、うらやましいぜ!」」
 声を揃えて叫ぶ。軍帽の兵士が楽しそうにうなずく。

 暖かいそよ風の吹くプロンテラ東の丘を、インテがうきうきと駆けていく。その後ろから、荒い息のメトロが叫ぶ。
「あまり走るな! まだこの先、マンドラ森と猿山を越えるんだぞ!」
「たいしたことないですよう」
 段丘の坂を一息に登って、インテが振り返る。
「なんならこのまま、アルデバランまで歩きましょうよ」
「カピトリーナ修道院に行くんじゃなかったのか? 倍も遠いぞ、そんなに歩けるか!」
「へばったら私がおんぶしてあげますって。ほらほら、早く」
 軽口を叩きながらインテが後ろ向きに歩く。おい危ない、とメトロが言う間もなかった。
「あいたっ!」
 かかとが引っかかって尻もちをつく。その下でぱこんとピンクのものがはじけた。あわててインテは立ち上がる。
「うあ、ポリン踏んじゃった……悪いことしたな」
「浮かれるからだ。大体おまえ、アルデバランまで我慢できるのか?」
 インテは目をまんまるにし、頬を真っ赤にし、ふるふると首を振る。
「なら修道院だ。確かあずま屋があったはずだが……そこでいいんだな?」
「はい、メトロさんさえよければ……」
「俺はどこでもいい。なんならここでも」
「メトロさんいつもそれじゃないですか! たまにはムードのあるとこでしてください!」
「わかった、あまり叫ぶな」
「だって、待ちきれないんです〜!」 
 追いついたメトロを再び引き離すように、インテは走り出す。メトロは膝に手をついて息を整える。
「真の騎士だな、あの体力は……」
 地面に向けていた視線を、ふと動かした。草陰に、四角いものが落ちていた。
 拾い上げる。
「……ポリンカード?」
「メトロさーん!」
 もう次の段丘に登ってしまったインテが、大きく手を振る。彼女とカードを見比べて、ほう、と声を上げた。
「これからは、離れなくてもいいわけか」
「何見てるんですかあ?」
「ああ、たいしたものじゃない!」
 そう叫んで、メトロは歩き出した。
 丘の上にインテの悲鳴のような歓声が響いたのは、しばらくしてからだった。


(おわり)






 知り合いに見せられた、触写2という同人CDRの騎士嬢が、最初のインスピレーションを与えてくれました。オークにやられてしまうむちむちふっくらの子ね。
 彼女をもとに、髪型は知り合いのハンタさんにいただき、インテグレーテルを誕生させました。しかし、書いてるうちに、もう、かわいくてかわいくてかわいすぎるようになって、アホかってぐらいテッテ的に書きこんでしまいました。
 でも一体なによ、このバイト数。

 苦労したのはちちですちち。立派な体=VITという、正しいようなそうでないような連想から、インテはあんな極VITになったわけですが、立派であっても肥満体やマッチョではいけない。あくまでも可愛いふわふわぷりちーになるよう、細心の注意を払いました。私、巨乳派じゃないから、そうしないと萌えられなくて。

 伸びたのはあれか、周りの連中のせいか。
 越天斎もカーラもホルスも、最初はいなかったんだけどなあ。あの方もいなかったし。二人組もいなかったし。ラグナの世界に思いをはせていたら、それだけの連中が生まれてしまいました。
 でも今回、弓師は徹底的に脇役。以前、引き立てすぎたから(笑)

 しっかし、なんでこんなにラグナは楽しいんだろ。用語解説書いてるだけで楽しくて、こんなに長くなっちゃったよ……
用語解説  前編


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