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 欲殺天使ミロクちゃん ☆0☆

 僕の名前は花岡緑。
 日本の某県某市にある私立マグデブルク中学の二年生です。
 でもボクっ子な女の子じゃありませんよ? さらふわ天然ブラウンヘアーの美少年です。(あ、待って、殴らないで、四方八方から容赦なぶごぱッ)
 ……失礼しました。
 あ、大丈夫です。僕は特異体質ですし、慣れてますから。命の危険にもボクっ子な女の子にも。
 なにしろその子は、僕の部屋の押し入れに住んでいるのです。

 今日も僕が自分の部屋のふすまを開けると、ピンクのツインテの凶悪に可愛い女の子が着替えの真っ最中でした。
 しかも、ブラウスは着たけどスカートはまだ、っていう最高のタイミングです。
「…………!」
「…………!」
 お互いがでっかい冷や汗出して沈黙したあと叫びました。
「きゃわああああああ?」
「わうううううううあ! ミロクちゃん黒なんて履……っ!」
 僕の叫びは、その少女が突きつけたストック付きの拳銃に中断されました。引き金一回ごとに「ぱららッ! ぱららッ!」とマズルフラッシュがきらめきます。
 三点バーストです。
 僕は呼吸をつかさどる首の急所や神経の集中したみぞおちにプラスチック弾を食らって、いろいろやばいことになってしまいました。
 彼女はとても恥ずかしがりやなのです。
「きゃぅ……ごめんなさいぃ!」
 彼女は深夜アニメで一番背の低い女の子が出すようなハイトーンの声で言って、ただちにアンテナが異様に先太りなごっつい携帯電話を取り出しました。

「HQ、HQ、エージェントM49。O1がCPA。要メド、要メド、オーヴァ」

 二分で家の前に来た救急車から白衣じゃない人たちが飛びこんできて、背骨が折れるぐらいの電気ショックをかけ、なんだかとってもいろいろなクスリを僕に注射して、風のように去っていきました。
 僕はすぐに元気を取り戻します。
「ううん……もう射殺しないでって言ったのに……はぅあ!?」
 気がついた僕はびっくりしました。
 目の前に、ピンクのストライプのパンツに包まれたくりくりっとしたお尻があったからです。
 ミロクちゃんがまたがっているのです。
 ミロクちゃんはぷにぷにしっとりなフトモモできゅ〜っと僕の顔をしめつけながら、僕のズボンのほうにそーっとかがみこんで行きます。
 シックスナインです。
 秒殺でビンビンになっちゃった僕の耳に、ミロクちゃんの果汁十パーセントジュースより甘ぁい声が届きます。
「黒も履くけどぉ……みどりくんが好きだから普段はこっちなのぉ……」
「はわわわうわはわ」
「いっぱいしてあげるから、追い出さないで……?」
「はわわわわー!」
「ほら、しまぱんだぉ……♪」
 きゅむ。
 しまぱんで鼻マスク。
 オトコのユメです。女の子みたいな僕だってオトコです。僕の脳でトランペットを構えた六十人のプチ僕たちがファンファーレを吹き鳴らします! その金属的な響きが超音波になって僕理性を守るモラリスト僕を空のカナタへふっとばします!
 きらーん☆
「みみみミロクちゃああん!」
「きゃううううんんんんっ♪」
 ケモノになった僕は思う存分ミロクちゃんのパンツ越しくにゅくにゅを堪能するのです。
 するとすぐに、「じーっ」とファスナーを下げる音がして、細い指とてろてろお口の感触が優しぃく僕を包んでいきます……!
「ミロクちゃん、ミロクちゃん、ミロクちゃん!」
「みおりうん、みおりうん、みおりうぅん……はぷぁっっ!?」
 びゅくーっ、びゅるびゅるっ!
 大発射です。
 ミロクちゃんがロリぷに顔に似合わないロングストロークでじゅぷじゅぷしてくれちゃったからです。
 最初のびゅくーっはおくちに出て、残りは派手に顔にかけちゃいました。(てへっ)
「はーっ、はーっ、はーっ……とってもよかったよミロクちゃん」
「……」
「ミロクちゃん?」
 ぎんっ! と音がします。
 振り向いたミロクちゃんの両目が、起動してこれから頭部バルカンを発射する巨大ロボットみたいに光った音です。
 その顔はあっためた桜の花びらみたいにぽーっとなっています。でも怒りのオーラが出ています!
「みどりくん……まだ、まだぁ」
「はわ!?」
「まだ入れてもいないじゃない〜っ!!」
 絶叫とともにミロクちゃんがストック付きの拳銃を向けます。

 ぱららッ! ぱららッ!

 彼女はある日、本物にしか見えない身分証明書を持って現れました。
 聞いて驚くなかれ。
 実は彼女、内閣調査室から派遣されたエージェントなのです!
 高卒なのに中学生に見えるって理由だけで採用されたバイトだけど、それでもエージェントなのです!
 信じられませんか? 僕はイヤでも信じさせられてしまいました。
 その証拠にほら、彼女が持っているのはボタン一つで政府のイロイロな機関が来るカドミウム衛星携帯電話。
 エージェントの名前は奥戸ミロクちゃん(偽名ID)。
 ブレザーの内懐にはごっつい軍用マシンピストル(VP70)。
 彼女のぷりぷりのお尻には認識票代わりの殺伐としたQRコードが(三度目のエッチのときに発見)。
 そんな彼女は好物をおはぎと公言してはばかりません。
 あと、「天使じゃないじゃん!」とかツッコむと速攻でVPです。
 四六時中僕にくっついてことあるごとに誘惑する彼女のせいで、僕の生活はぼろぼろです。

 ――これは、寸止めルールなんか力いっぱい踏み倒しちゃった、僕とミロクちゃんの日常を書いた、愛と液体と硝煙の物語です。




 ☆1☆

 朝です。
 僕はぬくもりと快感に満ちた布団の中で目を覚ましました。ぼんやりした頭で考えます。今日は月曜日、学校に行く日です。
「ん、ん〜……うあー」
 ああ、それにしてもこの季節の布団の中は天国です。朝の訪れが逆に、腰が溶けてしまうような心地よさや眠気を強めてしまいます。
 カーテンの端から漏れる白い陽光や、スズメがちゅんちゅん鳴く声や、押し殺したあえぎ声が、僕を再び夢の国へと――
「……くぅん……はぁ……ふぁぁん……っ♪」
 あえぎ声?
 がば! と布団を持ち上げると、ぴこぴこ揺れるツインテールと目が合いました。
 ミロクちゃんが僕の腰にまたがって、勝手に犯しちゃってました。体重をかけると起きると思ったのか、両手両足で亀さんの格好をして股のところだけくちゅくちゅしているのです。
 道理で快感を覚えると思いました。
「じゃなくって、何してんのミロクちゃん!」
「ふぁ……? あはぁ、みどりくん起きたぁ?」
「起きたぁじゃないよ、それ僕のだよ! 朝立ちしてるからって勝手に犯さないでよ!」
「起こすのかわいそうだったもん」
「いや、起こしてよ! これってレイプでしょ! 逆の立場だったら現行犯で逮捕だよ、現行犯なら民間人でも逮捕できるって知ってるんぶぶむ」
 あわてて叱りつける僕に、ミロクちゃんはいきなりキスしました。ほのかにイチゴ味の唇から湿った吐息が漏れてきて、僕は息もできません。
 卑怯です、口封じです!
 気持ちいいけど。
 ミロクちゃんは僕の首にしっかり抱きつきます。寝るときはいつも僕を誘惑するような服装ばかりするミロクちゃんは、今朝も長袖ぶかぶかシャツにのーぶらのーぱんという生きた爆弾のような格好です。誰だって信管を押したくなると思います。
 そのミロクちゃんの胸に盛り上がった二つのステキボールが、シャツ越しにぼくの胸の上で<きゅむぅん♪><むにゅうん♪>と動いて、いやがうえにも僕の(一部の)血圧を高めてしまうのです……っ!
「みっ、ミロクちゃ……」
「はぁ、はぁ、みどりくぅん、はぁん」
「いいぃ、溶けるっ、溶けちゃうよぉ……っ!」
「溶けちゃう? どこ? どこが溶けちゃうのぉ?」
「お、おち……」
 つむ、と僕の唇を人差し指で押して、ミロクちゃんがウインクします。
「それはえっちだからだぁめ☆ みどりくんのこれはぁ、ピンピンになっちゃってるから、『ぴんぴん』って呼ぶね」
「ぴ……ぴんぴん」
「それでぇ、ボクのこっちがぁ……『くにゅくにゅ』ね?」
 ニコッと微笑むとともに、『ぴんぴん』を『くにゅくにゅ』できゅむぅぅ〜っと締め付けるミロクちゃん……。
「ぴ、ぴんぴん気持ちいいよぉっ!」
 僕の中を走りまわる大勢のプチ僕たちがいっせいに集まってきます。一心不乱に上下するミロクちゃんがとろけるようなキツさでこすりあげ、スタートラインに並んだプチ僕たちがクラウチングに入っていよいよヨーイ……!
 どん! 
 もう一回どん!
 またまたどん! さらに何回かどん!
 ……いっぱい出ちゃいました。(えへっ)
「早いよみどりくん! (ずしゅ!)」
「がぶらゅっ! みっ? ミロクちゃんみぞおちに抜き手はだめだよ!」
「だめじゃねえよ早漏!」
「うわ、この人手加減ねえ! ていうかそれが地なの!? いつもの可愛さはドコ? あれ演技なの?」
「そんなことどうでもいいよ、それよりみどりくんわかってない!」
「え?」
 僕が見つめなおすと、体を起こしたミロクちゃんが、僕のおなかの上に<ぎゅっ>と握った拳を置いて、涙目になっています。
「ボクは……ボクはっ! みどりくんと、心も体も一緒にイきたかったのにぃ……っ!」
「あ……」
 きゅうっ、と胸が痛みました。
 そうだ、僕が身勝手だった。自分一人だけ楽しんで、むさぼって、吐き出して、「逃げ出して、つまずいて、息絶えて……」
「いや逃げてないし。息絶えてないし! モノローグの後つづけないでよ、わけわかんないよ!」
「もうみどりくん、いい加減にして? 先にイっちゃったみどりくんが悪いんだよ! 黙っておっ立てておねだりしてよ!」
「うわあもう芸風すらわかんない。ていうかよく考えたら寝込みを襲ったのはミロクちゃんじゃないか! 自分だけイきたかったのはミロクちゃんのほうだよ!」
「はぅわ!」
 ミロクちゃんは悲鳴を上げてのけぞります。どうやらクリティカルヒットが入ったようです。っていうかそれを隠すためにいろいろウワゴトを言ってたのか。
「ボク……」
 顔を逸らしてぷるぷる震えてしまいました。
 僕はため息をつきます。なんだかんだ言っても気持ちよかったし、先にいっちゃったのは事実だし。あんまり叱るのもかわいそうでしょう。ここらで許してあげても――
 キュキュゥゥゥ……キュコッ!
「ぴご!?」
 バイオリンを変な弾き方で弾いたような音とともに、僕のあれが突然キリキリと痛み始めました。
「何何何! ちょっと痛いよ、ミロクちゃん何やったの痛いイタイ!」
「取れたりしないから」
「うゑ゛?」
「切れたり、破れたりも。ほんのちょっと根元をピアノ線で縛っただけ。ボクがイくまで……ね?」
「――いきぃぃぃぃぃいぃぃぃ!!」
 ものすごい痛キモチよさにギリギリと苛まれながら、僕は気を失いました。

 古老の言い伝えによれば、虫食いで枯れる寸前の株についた巨峰のような色だったそうです。

 僕が目を覚ますと、ブーツを履いた特殊部隊員のような足音がドカドカと階段を下りていくところでした。いつものことです。
 うちのお父さんとお母さんは最初文句を言っていたんですが、ミロクちゃんからサインしていない領収書のような紙をもらった途端、実の家族よりもちやほやするようになってしまいました。なんだったんだろうあの領収書。そういえば最近やけにいろんな銀行の人が来て粗品を置いていきます。
 僕はちょっと血圧とかおかしな気分でしたけど、起き上がってカーテンと雨戸を開けました。爽やかな朝の風と光が部屋に入ってきます。
 振り返ってもミロクちゃんの姿がありません。押入れの中でしょう。エッチのあとのミロクちゃんはシャワーか押入れなのです。乙女の身だしなみだそうです。
 何はともあれ僕も調子が戻りました。窓辺で大きく伸びをします。
「ん、ううー……ん」
 そして着替えを――
(しゅごっ! とマッハでズーム)目に入るブレザーとズボン。
(しゅごっ! と旋風のようにパン)机の横の学生かばん。
(しゅごっ! とこっちんこっちん動く秒針をオーバーラップ)時刻は、
 午前 八時 四十 五分!
「わひゃあああああぅあ!?」
「どうしたのっみどりくん!」
<かぱぁん!>と押入れを開けてミロクちゃんが顔を出します。振り向いた僕はものすごい勢いでツッコんでしまいます。
「ミロクちゃん制服で胸チラってえろいよ!」
「え?」
 目を落としたミロクちゃんは、まだ下から二つ目までしか止めていないシャツのボタンと、可愛らしい水色レースのブラを見、その上のまっ白な鎖骨に手を当てて――、
「きゃああうあ!?」

 ぱららッ! ぱららッ!

 VPを連射するが早いか、<したーんっ!>と押入れに引っこみました。
 皆さん決して誤解しないでほしいのですが、ミロクちゃんは普段はこうなのです。だから恥ずかしがりって紹介したのです。
 凄い簡単にしかもわけのわかんないきっかけでえろえろスイッチが入るんですが。
 幸いVPのプラスチック弾は、上腕や下腿の重要臓器および神経叢や大血管のない部分に命中したので、僕は二分ほどのたうち回るだけで済みました。あわてて制服を着ます。
 そうこうしているうちにまた押入れが開いて、ミロクちゃんが出てきます。ブラウスにピンクのリボンを結び、オフホワイトのブレザーとプリーツスカートを身に着けた姿です。ほんとにまったくもうこの娘は、欠点は四百個ぐらいあるけど姿はとても可愛いのです。
 がびし!
「じろじろ見てる場合じゃないよみどりくん! 遅刻しちゃうぞ?」
「げひゅっく! 首チョップ決める立場じゃないよ! 誰のせいで遅れそうだと思ってるの?」
「ちょっと早漏だからってえらそうに……」
「それ普通に偉くないってば! いやもう早く行こうよ、ってあああどっちみち遅刻だよもう……!」
 僕が頭をかきむしって嘆いていると、きゃるん☆ と笑顔で人差し指を立てて、ミロクちゃんが言いました。
「だいじょーぶ、ボクに任せて?」
「な、なんか不吉な予感が……」
「いーからいーから、外へ出ようよ」
 小走りに外へ出ます。残念だけど朝ごはんを食べている暇はありません。
 けれど門を出た途端、僕は青い宝石の光を浴びたトンガリ帽子の男みたいに塩の柱になりました。
 門の前に、なんだか異様にごっつい緑色の平たい車が止められていました。
「粗大ゴミ」のシールがボンネットに貼ってあります。
「わあー、こんなところにM1025ハンビーウェポンキャリアーが捨ててあるよ。奇遇だねえ、天の助けかなあ」
 ミロクちゃんが、テレビショッピングに出てくる「左右の人」みたいなのっぺりした口調で言いながら、いそいそと運転席に乗りこみました。楽しそうにボクを怒鳴りつけます。
「ほらほら、みどりくんも早く!」
 僕は放心状態で助手席に乗り上げてから(上がらないと乗れませんこの車)、はっと致命的に大事なことに気づきました。
「ちょっ、まさか、ミロクちゃんが運転するの!?」
「うん。発進ー」
「うわっ、ちょっとそこまで買い物にでも出るように普通に動かしてるし! やめてよミロクちゃん、無理だって! 中学生に運転なんかできないって! 事故の約七割が発生しちゃうよ!」
「パワー、パワー! アクセル・オン!」
「テンション上げればいいなんて言ってないよ、踏まないで、そんなに踏まないでったら!」
「いいのぉ……? 踏まなくて」
「いいよ! 普通に踏まないでよ! 何そのサディスティックで物憂げな目、僕踏んでほしいなんて言ったことあった!?」
「大丈夫だって、ボクのID見せたでしょ?」
 ミロクちゃんがけろっとした顔で言ったので、僕はようやく思い出しました。
 ミロクちゃんはどこからどう見てもロリぷにキュートな中学二年生の女の子ですが、実は高卒の社会人です。「ホントはオトナなんだよ……♪」って僕だけに教えてくれました。
 ごめんなさい。他のことも一緒に教わりました。ごめんなさい。
「そうだったよね、ミロクちゃんは高卒――」
 ぷひゅーう、と額の汗をぬぐって僕は納得しかけましたが、
「――じゃあ、奥戸ミロクって本名なの?」
「え、あれ偽造」
「なら信用できないじゃない! 教えてくれた意味ないよ!」
「ああもううるさいよ、そんなに年増が好きなみどりくんなんて先が心配だよ!」
「えええッ!? やめてよ僕は年増なんか好きじゃないよ! ていうかそれ罵ってるのか心配してるのかどっちなんだよ!」
「あ、前が見えない」
「ばわぅあああああああぁ!?」
 そうでした、年齢がどうとかよりも、ミロクちゃんが小さすぎることのほうが問題でした! なんといってもハンビーは馬のように大きなアングロサクソン民族が作り出した車なのです!
 そう思ったときにはすでに遅くて――
 ぎゅがぐっしゃああああん!!
 ハンビーは見事に校門の鉄柵に突っこんじゃってました。

「HQ、HQ、エージェントM49。AC発生、CiVic1。要リカバー、要リカバー。オーヴァ」

 幸い一時間目には間に合いました。
 ハンビーと校門と生活指導の野木先生は黒服の人たちがきれいに片付けてくれました。元通りにしてくれるよ、とミロクちゃんは言っています。
 元通りになるといいですね、野木先生。



 ☆2☆

 お昼です。クラスのみんながお弁当を食べています。
 僕も包みを広げました。お母さんの愛がこもった手作り弁当です。ふりかけご飯と玉子焼きとミートボールとプチトマトです。
 マザコンとかじゃありません、家族愛をそんな風に考えるのは心が汚、
「みどりくんっ! ごはんたーべよっ!」
 横から<キュキウゥッ!>とスリッパを鳴らして滑りこんできたミロクちゃんが、僕の机の上に五段のお重を力ずくでハードランディングさせました。
 僕は横を見ました。
(ひゅ〜〜……ぼぐぢゃぁっ!)
 僕のお弁当が窓から飛び出してウツクシイ放物線を描き、グラウンドのすみっこに落っこちて無残に砕け散りました。
 ふりかけご飯と玉子焼きが。
 ミートボールとプチトマトが。
「何するのさ、ミロクちゃん!」
「まーまーそう怒らないで。ほぉらみどりくん、赤坂の『口悦』で仕出しさせたモリ首相お気に入りの特製弁当だよ?」
「そういう権力を笠に着た言い方はやめなさいって言ってるでしょ! っていうか凄くそそられないよそのすすめかた! そんなのと僕のお母さんの弁当を比べないでよ!」
「売女じゃん」
「うっわひどい! ひどすぎ! そこまで言う!? いや売ったけどなんかダイジナモノを。それでもお母さんはお母さんだよ? 僕本気で怒りますよミロクちゃん!?」
「はぅ……っ!」
 僕が思わず片手を振り上げると、ミロクちゃんは「びくんっ!」と肩を縮めて、すぐそばに雷が落ちた子犬みたいな目で、うるうると僕を見上げました。
「ご……ごめんなさ……っ! だっ、だってね? ボク、みどりくんに喜んでもらいたくて……ふわあぁああぁぁぁんんっ!」
 ミロクちゃんは泣き出してしまいました。溶かした水晶のような大粒の涙がぽろぽろこぼれ落ち、思わず抱きしめてよしよししてあげたくなるような愛くるし
「何してんだてめえ(ゴスッ)」「女の子泣かせるなんていい身分だな(メリャッ)」「ええっ? ちょっと待ぼっ(僕)」「うるせえ黙れ(ダビッ)」「お弁当もらっといて待ても舐めろもあるか(ラベッ)」「ぎっ擬音まで意味不ドっ(僕)」
 たこなぐりです。
 僕のクラスの男子はわりと手が早いのです。
 そこへ持ってきて、ミロクちゃんはみんなのヒソカな憧れの的なのです。
 何しろ、
 ろりぷに!   (ドン!)
 隠れきょにう! (ドン!!)
 ミリオタ!   (ドォンッ!!!)
 だからです。最後のはわりと二、三人ぐらいしか見抜いていませんが。
 ともかくミロクちゃんのお弁当は、学内オークションで締め切り間際の三分間値段吊り上げリロード合戦で最低落札価格の四十倍は軽いレアアイテムなのです。いやがるなんてもってのほかなのです。そうなるのはわかってるんだからちょっとは考えてよ、ミロクちゃん。
「う……う……くしゅぅん……」
 それでもミロクちゃんは机の前でうわ目づかいにイヌミミをぺったり伏せて、ご主人様食べてよチックにしっぽを振り続けています。
 その時、くすくす笑い声がして、僕の横にふぁさっと涼しい風が立ち止まりました。
「みんな、お弁当がほしかったら、わたしのじゃダメかな?」
(卯月ちゃん!)僕は心の中で叫びました。
 ここで説明せずんばならずです。
 彼女、御陵卯月ちゃんは「みささぎうづき」と読み、そう、ひとことで言えばどこかの無力化少女とは正反対の存在。
 長くつややかな黒髪をストレートに背に伸ばし、京人形のように上品で清楚な顔立ち。どこか近づきがたい高貴なところのあるお嬢様なのに、僕のズボンのボタンが取れてしまったとき、その場で僕の前にしゃがみこんで、裁縫道具を取り出してちくちくつけ直してくれたなどという、優しいエピソードにも事欠きません。(そのとき一生分の三分の一の自制心を使い果たしたと思います)。 
 そんな卯月ちゃんと僕は、幼稚園で知り合った幼なじみ。目が合うたびに声聞くたびに、ほのかに気になるナイアガラなのです。(アイダガラやろー! と客席の声)
「これじゃ、ミロクちゃんよりみすぼらしいかな……?」
 卯月ちゃんがお弁当箱をぱかっと開けて差し出します。そこに並ぶは四角と三角、たった今切って具を挟んだような、みずみずしくもイーストの香り高いサンドイッチ!
『ふごおおおおおー!?(男子一同)』「いっ、いいのっ卯月ちゃん?」
「うん。その代わり緑くんを許してあげてね」
「モチロンだよ!」「ビバ・サンドイッチ!」
「サンドイッチ!」
「サンドイッチ!」
 サンドイッチ伯爵がお墓から這い出してきそうな合唱とともに、お弁当箱が男子の胴上げで跳ね回ります。誰かがぱしっとつかんだ瞬間!
『よこせやあああああああああ!』
 地獄のデスマッチ開催。うなる拳、飛び散る血しぶき、フーリガンたちの大歓声。
 そんな騒ぎを尻目に、卯月ちゃんはにっこりと微笑んでくれました。
「緑くん、ケガはなかった……?」
「大丈夫だよ。ありがとう卯月ちゃん。でも、よかったの? きみのお昼は……」
「ううん、いいの。わたし、朝食べ過ぎちゃったからお昼は抜くつもりだったんだ」
「そうなんだぁ……」
 僕はほっとして彼女の顔を見つめます。
 卯月ちゃんは僕と話すとき、いつも目元がほんのりピンクです。涼しい瞳はかすかに濡れて、どことなく大人っぽい甘い香りを漂わせ。一分の隙もない楚々とした姿なのに、それはもう凄い勢いで自分を抑えないと、ナニがDoなってしまうかわからないほど色っぽいのです!
「それでね、緑くん。わた、わたし……」
「え?」
「わたしね、実は……ぁ」
 卯月ちゃんが胸元に両手を組んですいっと身を寄せてきます。さくらんぼのような唇が迫ります。なんですかこの距離は? 危険です、絶対防衛圏まであと五センチ! ブーンという変なモーター音のような幻聴まで聞こえます! 迎撃準備が間に合いません!
「み、緑くんと……!」
「みどりくんボクを助けて!」
 いきなりミロクちゃんが登場です! さっきまでサンドイッチ争奪戦をスタンドからチアリーディングしてたのに、どっから湧いて出たんでしょうこの子は。
「だめっ! シッシッ! 今なんかいいところなの出てきちゃダメですッ!」
「でもボク大変なの! 『くにゅくにゅ』が!」
「くッ!?」
 絶句です。卯月ちゃんが不思議そうに見ています。
「『くにゅくにゅ』……?」
「うん、『くにゅくにゅ』がね。トロトロのぐしゅぐしゅになっちゃって……みどりくんの『ぴんぴん』でなんとかしてほしいのぉ……♪」
 ほんわり眼差し、すり寄るカラダ。入ってますミロクちゃんスイッチが入っちゃってます! 一体何が……あああ争奪戦に敗れた男子たちが向こうで半裸に剥かれて失神してます! あれを見て刺激されちゃったんでしょう、クソッ不甲斐ないクラスメイトどもが!
「ミロクちゃん、その『ぴんぴん』とかって……」
 卯月ちゃんが訊いています。いけません! ピンチです! 卯月ちゃんは清純可憐の代名詞のような人、僕とミロクちゃんのタダレた関係がバレたら、きっと虫けらを見るような眼差しで冷たぁぁぁぁくにらまれてしまいますっ!? (ドキドキ☆)
「うん、『ぴんぴん』はね。緑くんのズボ」
「ラ! ズボラだから僕!」
「『くにゅくにゅ』は……」
「それはほらミロクちゃんの鼻がね!? 鼻水が垂れてきてぐしゅぐしゅってところをティッシュがなくて僕のハンカチでちーん、こらハンカチなんかで鼻かんじゃいけませんってデコピンで鼻をピンピンって!」
「そんなに必死にならなくていいよみどりくん」「そうよ、もう聞かないから」
「なんでそこで二人が味方になってるのさ! ミロクちゃん、あんたが置いた地雷でしょ――ッ!?」
 ほんとになんなんですかこの子は。
「まあ地雷とかどうでもいいからさ、行こうよみどりくん。ねっ♪」
「ねっ♪ てウインクだけで押し切られても、僕まだお昼ご飯、ああーあー引きずらないでーっ……」

 あとに残された卯月ちゃん。
 襟首をつかまれてゴリゴリ引きずられていく緑くんを見送って。
 プリーツスカートの上からそっと……震えるものを押さえます。
 そこからはかすかな、モーター音。
 柔らかなものの中で硬いものが暴れる、くぐもった音。

「緑くんの……ばかぁ……」

 きょろきょろ……ささささっ、ばたん!
 ミロクちゃんはゴキブリ並みの警戒心とすばやさで、女子トイレに人がいないことを確かめて僕を引きずり込みました。
 ドアが閉じれば、そこは密室。カチャッ! と鍵をかけて、安堵の溜め息をつきます。
 そして振り向いて責めるような目付きで、
「もお、学校では控えてって言ってるのに、ボクをこんなところに連れ込んで……」
「逆! 逆でしたッ! 僕は拉致られて監禁されたの!」
「そんなこと言うけど、ここは違うよぉ?」
 ミロクちゃんの柔らかい手がするっと僕の股に。
 そしてさわさわ〜っと前へ向かって……。
「はわ……はわわぁっ……!」
 たちまちズボンがこりこりむっくり。
 ダメです、僕は……素直なコです……っ! (しくしくしく)
「ほら、そおゆ気分だったでしょ? ボクちゃあんとわかってるんだから。卯月ちゃんを見てイケナイこと考えちゃったでしょお……?」
 さわわ、さわわ。優しく撫で上げながら、ピンクの髪の幼い顔が僕にささやきます。
「教室でこんなに『ぴんぴん』したら、嫌われちゃうお? だからしょりしてあげようと思ったの……」
<きゅむぅん♪><むにゅうん♪>
 密着です。ミロクちゃんのコンパクトボディに隠された、反則ボムが無敵のやわらかさで爆発寸前です……ッ!
 ミロクちゃんは――
「んー、時間ないしぃ……いいよね? ちょっとだけエッチでもっ」
 そう言うと後ろの壁にもたれ、自分の右の膝を手で下からすくいあげて――
「……だってそれは、みどりくんの前だから♪」
 片足を胸まで抱きかかえて、片足立ちでフルオープン! しっとりにじんだ水色の柔布が、よじれて張りつくぷっくりした『くにゅくにゅ』、これは何字開脚と名づけるべきかー!?
「みみみみミロクちゃあぁぁぁあぁん!」
「きゃふうぅぅぅぅぁぁんっ♪」
 僕はとうとう暴走です。『ぴんぴん』を出してミロクちゃんのパンツをかきわけ、先っぽで探るように『くにゅくにゅ』です。ミロクちゃんは自分で言ったとおり、トロトロのぐしゅぐしゅで急なお客さんにも困りません!
 ぬむぅ……むむむむぅ……んきゅっ!
「――は……ぁっ!」
「ひやぁ……ぁんっ!」
 ミロクちゃんのあまりの柔らかさに、僕は通常の三倍も大きくなりそうな感じです。 腰の裏まで突き通す勢いでぐにぐにすると、抱きしめたミロクちゃんの背すじがゾクゾク震えて、手にとるように快感がフィードバック!
「ミロクちゃん、『くにゅくにゅ』だよう、ふわあぁぁっ!」
「みどりくぅん、おへその裏であばれてるぅっ!」
 ぐしゅっ、ぐしゅっ、ぐしゅっ、ぐしゅっ!
 いくら朝したばっかりでも、こんな可愛いミロクちゃんにこんな致命的な吸い方をされたら、ないミルクまで出てしまいます。ミロクちゃんが絶対だいじょうぶって言うんです! ああカミ様ホトケ様ボサツ様、この子の嘘じゃありませんように……ッ! (心底)
 ぼくはどさくさまぎれにミロクちゃんの、ぷにむち☆おっぱいを胸でぎゅむっと押しつぶしながら、叫んでしまいます。
「みっ、ミロクちゃんっ、だめっ、もうダメだよ――っ!」
「んうんっ、いいよっ、ここ、ココぉっ♪」
 僕の腰を片足でぐいっと引き寄せて、ミロクちゃんも叫びます。僕の先っぽが「くむっ……♪」とナニヤラ鼻血が出るほどステキな感触の場所に当たります!
「ここだね……くううぅぅんっ!」
 びゅくんっびゅくくっびゅるるぅっびゅーっびゅーっびゅ……っ!
「ふぁっ! すごい跳ねてる震えてるこってりだくだくあっまた跳ねて……っ!」
 ミロクちゃん……っ! (ぎゅううう)
 ……ちょっと今キモチよすぎてツッこめませんでした。
 なんだか絶叫というより実況みたいな詳しすぎる叫び声が聞こえましたけど、『くにゅくにゅ』はビクビクしてて凶悪にかわいかったのでヨシとします。
 それでも僕は、終わってからつぽっと抜いて、はーはー言いながら訊かずにはいられませんでした。
「趣味でしょ? 誘ったの」
 たすっ、と上げていた足を下ろすと、ぱさっと下りたスカートの中からトロトロこぼしながら、ミロクちゃんがうっとり答えます。
「うん、シたかっただけ」



 ☆3☆

 授業が始まる前に教室へ戻ろうと僕は急いでいました。下手にミロクちゃんのそばに長居してもいけません。スイッチが入ってるミロクちゃんはとってもえっちでカワイイんですが、いったん元に戻るととってもシャイな恥ずかしgirlに戻っちゃいますから。命が惜しければ逃げるのが賢明です。
 それにしてもミロクちゃんは、えるい! 
 口では重大な任務があるなんて言ってますが、実はうら若くてカワイイ男のコ(僕、僕! あっトマトを投げないで!)をおつまみしちゃいたいだけなんです。あんなももいろエージェントに目をつけられた僕の将来は、自分のことながら心配です。
「そうだよ、僕の未来はどうなるのさ……」
 ぶつぶつ言いながら歩いていると予鈴が鳴りました。いけません、急がないと! 勢いよく駆け出した僕は廊下の角を曲がった拍子に、誰かに強烈に衝突してしまいました。

 ぱぎゅこッ!

 僕は今まで生きてきて人体がぱぎゅこなる音を立てるなんて知りませんでしたが、確かにその子は鳴ったのです。
「いたたた……」
 ぶつかった鼻の頭が痛みます。文句を言おうと目を開けた僕の血圧はしかし、倒れた相手の姿を見た瞬間に四十ぐらい下がりました。  
 手足のあちこちがありえない方向に曲がり、子供に握られた昆虫のようにひくひく震えている女の子。
「ひぃやぁああああァァ!?」
 ふつーこーゆーシチュエーションでは――
「あいた!」
「いたたた……」
「あっ、ほっぺた大丈夫? ごめんね、急いでいたから」
「いいえ、私こそ。それより今、もしかしてあなたの……?」
「えっ? (唇を押さえる) あっ、ごめっ! わ、わざとじゃないんだよ!」
「は、はい……わかります。(でも、あなたならわざとでも……)」
「な、何? 今の小声」
「な、なんでもないですぅ……(赤)」
 なんて素敵な予感を感じさせるアリガチ展開に突入するものじゃないんですか!?
 それがこの女の子は……脱臼? 骨折? それとも何かもっとコワイ症状ですかこれは? 顔色なんか青白いっていうよりアロエみたいです。素敵な予感どころか死的な予感が全開です! 助けてハート様!
 そのとき、女の子がぷるっと手足を動かしました。
「んっ……ううんっ?」
 こきっ。こきゅこきゅっ。こきゅかぽっ!
 ……皆さん、ぱぎゅこの正体がわかりました。ニンゲンの関節が着脱される音でした。今僕はちょうどその逆回しの音を聞きましたよ、うふふ。
「だ、大丈夫ですか……?」
「こちらこそすみません。えへへ、よいしょ……んっ、あつッ」
「ひひひ膝膝膝まだかくかく! はめてはめて、ああッ足首も!?」
「だいじょぶですぅ。それより今、もしかしてあなたの……?(僕の顔をちらっ)」
「ごめんなさいごめんなさい、わざとじゃないんですッ!」
「は、はい……わかります。(でも、あなたならわざとでも……)」
「何いまの小声!? お願いだから気に入らないで!」
 その女の子はようやく正常な曲がり方になると、長いまつげを悲しげに伏せました。
「気に入っちゃだめですか? 花岡緑さん……」
「え? なんで僕のこと知ってるの?」
「花岡緑さんですよね? 大事なお話があるんです……。一緒に先生のいない放課後の保健室へ来てもらえませんかぁ……?」
 どくんっ! と僕の心(と体)が脈動しました。
 そういえば、この女の子……ちょっと舌っ足らずでとろい感じだけど、ミロクちゃんにも引けをとらないナイスバディ。誘いかけるような大きな金色の瞳の下には妖艶な雰囲気を漂わせる不健康な紫のクマ。そして髪の毛は明らかに海の向こうの人っぽいプラチナ色で、なおかつそれをかきわけてヘッドギアのアンテナが突き出しているけど、全体的にはすっごくかわいいじゃないですか!
「は……」
 いけません、何を考えているんだ僕! 今はそれどころじゃない、授業が始まるんだから早く行かなければ……。
 すぷっ!
「すぷ?」
 突然聞こえた変なオノマトペに、僕はいぶかしく思って自分の左腕を――
 注射器。
 BC兵器が散布されたときPAMなどを緊急急速投与するのにとっても便利なスピードショット・インジェクターが制服の上から刺さってますよー!?
「なななな何これ何これ、早く抜いてよ! ていうか君いったいなんなの!」
「それは緑くんをとってもハッピイでサイレントにしてくれるお薬ですぅ♪ そしてわたくしはぁ……」
 ぽわん、と浮かんだのは飲まず食わずで三日三晩徹夜した死神のようなほほ笑み。
「アメリカ合衆国連邦準備銀行極東対策九課の経済潤滑員……(はーはー)……サヴァンと申しますぅ」
 息継ぎしました。長台詞は苦しいみたいです。
 じゃなくって! 何員て言いました今? 聞いたこともない分かえってこわいです! とりあえずアメリカっていうだけですごい無茶なことされそうです!
「サ、サヴァンちゃん? 僕に何をするつもり!?」
「……痛くしませんからぁ♪」
 とろけるようなサヴァンちゃんの笑みを最後に、僕の視界は暗転――

 保健室です。校医の先生はいなくて、からっぽの白い清潔なベッドがあります。
 サヴァンちゃんはんしょんしょと僕を引きずってきてベッドに乗せました。ベッドの横にもたれて五分ぐらいの間、ぐるぐる目でひーひー言ってます。ものすごく体力がないみたいです。
「は、早くしなくちゃ、ファッキン・ジャップのミロクが来ちゃいますぅ……」
 ブレザーのポケットを漁って、別の注射器を取り出しました。ちなみにポケットの中には他にも八種類ぐらいの注射器が入っています。さらに胸ポケットにも十二種類の錠剤のピルケースを所持。空港に行けば元気なわんちゃんが大喜びで群がってくるラインナップです。
 注射器を持って立ち上がり、僕の上でおもむろに構えて――
「はっくしょっ!」
「きゃんっ!?」
 僕がいきなりくしゃみをしたので、手を滑らせてしまいました。スコッ、と注射器が刺さったのはサヴァンちゃん自身の左手。
「あぁああぅあっ!?」
 引き抜こうとして伸ばした手がピストンに衝突。ちゅーっ、と液が押し込まれてしまいます。サヴァンちゃんは半分パニックになって注射器を振り落とします。
「ファックぅ! なんでこーゆー時にサヴァンは失敗しちゃうのぉ!?」
「さむい」
「――え?」
「さむい。さむいよぅ……」
 振り向いたサヴァンちゃんの目に映ったのは、虚ろな表情でゾンビのように体を起こした僕の姿。その目は夜中の病院の窓みたいに真っ暗です。正常な状態ではないのです。
「さむい〜、あっためてぇ……」
 肩を抱いてぶるぶる震えた僕の視線が、ふっ、と固定します。その先にはサヴァンちゃんの姿。ただでさえ色の白い顔がさーっと青ざめています。事態に気づいたのです。
「ま、まさか……サヴァン、またお薬間違えちゃいました?」
「あっためてー!」
 飛びついた僕がサヴァンちゃんの豊かな体をベッドに押し倒しました。
「やっぱりイエロー・ケークの錯乱症状ですぅ!」
「あったかい、あったかいよぉ〜」
 僕は夢中になってサヴァンちゃんのふかふかボディに顔を埋めます。さすがはあちらの女の子、ハンパなボリュウムじゃありません。制服の上からだと出るとこが出てることしかわかりませんでしたが、ブレザーを開けてびっくり、締まるところも強烈に締まってます。さすがはコカコーラの瓶を作った国の子です!
「きゃうぅん、止めなくちゃ!」
 サヴァンちゃんはシーツを蹴って逃げながらポケットを漁ります。僕に投与した薬の対抗剤があるはずなのです。しかしそれを見つけ出す前に、急に手足から力が抜けていきます。意識ははっきりしているのに全身が粘土のようにぐったりしてしまいます。
「ああっ、こえはアセチルコリンきょうごうらいのしかんしょうりょう! かららが! さわんのかららが! ふぁっく、しっ! めでぃこーめでぃこー!」
 ただでさえ舌足らずなのに、口の筋肉まで麻痺しちゃったみたいです。はふはふとわけのわからないことを言うばかり。しかも目がたれ気味でぽややんな顔なので、マリーンばりの罵倒も全然迫力がありません。
 そんなサヴァンちゃんを僕は抱きしめます。否、よじ登ります! ぺっこりへこんだおなかに顔をおしつけ、恥ずかしいぐらい盛り上がった胸へ! さらにリボンをくわえて引っぱります。ボタンを舌で外してしまい、ついでにブラのフロントホックもリリースです!
「あっ、やめへ! やめへくらさいれすぅ!」
 瞳にいっぱい涙を溜めた必死のお願いも聞こえません。僕は薬のせいで自制心がありんこなのです。
 ぱつっ、とブラウスを左右に押しわけて現れたのは、カリフォルニアの大地の恵みがつまった、豊満という言葉でも足りないまんまるのおっぱい。それだけならばでっかくて粗悪なアメ車と代わりませんが、てっぺんだけはアンバランスなピンクのぽっちで、おさない顔とあいまってはしたないような雰囲気なのです!
 自分を抑えられないまま、僕はそこに吸い付きます。
 かぷ……っう!
「ひん!」
 きゅっと閉じたまぶたから涙があふれます。それでも体は震えません。震えることもできないのです、なんてかわいそうなんでしょうか!
 と思うような理性は残っていないので、僕はうっとりとおしゃぶりを続けます。ミルク色のおっぱいがてろてろになってしまいます。舌を押し戻すぷりぷりの弾力、蒸せるほどの甘い香りとほのかな汗の塩からさ。
 突如、僕ブレインの総指令所に警報が響き渡ります。
<圧力上昇、圧力上昇! 炉心の沸騰水が膨張中!>
 あいにく総指令所は無人でした。
「ひぁん、ほっ、ほれわぁっ!?」
 サヴァンちゃんがおびえます。下腹部に当たるものに気づいたのでしょう。そう、それはズボンの中の僕の炉心! さっきミロクちゃんにいくらか減圧されちゃいましたが、それをおぎなう勢いで急速に加圧中です!
「ひゃ、ひやあぁぁっ! さっ、さわんは、まらばーひんれすぅ! おねらいらから見逃ひてぇっ!」
 ぼやーっとサヴァンちゃんを見つめた僕は、機械的にこっくんとうなずきました。
 叫ぶばかりで身動きしないサヴァンちゃんの肩をつかみ、くるんとうつぶせに。
 とさっ、と伏せた体の腰を両手でつかんで、ぐいっと引き上げ――
「え、ええっ、ええええええええっ?」
 ――黒でした。
 パニクって口をぱくぱくさせるサヴァンちゃんのお尻は、ナマメカシイ黒レースのショーツに覆われていました。
 さっすがビバリーヒルズ高校白書の国の子! いや違う、この食い込まれたおしりのつやと白さは国際A級! 白人特有のシミも体毛もなく、ひょっとするとサヴァンちゃんはハーフなのかもしれません!
「やめっ、ぱっ、ぱんっ! さわんそんなの、はひめてっ!」
 サヴァンちゃんの顔はすでに真っ赤です。恥ずかしいのです。実はこの子、色じかけの訓練を受けたことはあっても、実生活ではほっぺにちゅーまでしかしたことのない、およそ合衆国離れしたウブさのオクテガールなのです!
 そのサヴァンちゃんがぱんつを見られたばかりか、それを<ついっ>と横にずらされて……
 つむっ
「ひっ!?」
 つむむっ つぷぅ
「んひっ!! なんれすぅっ!?」
 ちゅむちゅむちゅむちゅむ …… つむむぅ ……
「まっ、まはかぁっ……」
 指一本動かせないので、見られません。それがなんだかわかるまで時間がかかりました。
「みおりくん、なめへますぅ――!?」
「……しょっぱ♪」
「ひやあああぁぁああぁぁぁああああっ!!」
 僕の目の前で、小さなしわを寄せ集めたみたいなサヴァンちゃんのおしりの穴が、ひくひくっ☆ と震えました。
「あったかぁい、あったかいよぉ……」
 よく蒸れたお尻の谷間のあったかさが気に入ってしまった僕は、子犬のようにくんくん嗅ぎながら舌を這わせまくります。いちばん好きなのは味の濃いちっちゃな穴のところです。最初は指でひきのばすように、味が薄れると奥の方まで舌を突きこんで味わいます。そこがなんなのかはもうわかっちゃいません。
「ひあ、はあ、ふゃ、ふぁ、んやああぁ……」
 パンツを見られるだけで泣き叫ぶほど恥ずかしいのに、自分でも見たことのないヒミツゾーンをたっぷりチェックされ、あまつさえ体の中から舌でウォッシィィン!
 ウォシュレットでほのかに感じたことのあるめくるめく心地よさが、十倍にも大きくなってサヴァンちゃんをとかしていきます。
「ふやあぁぁん……♪」
 すでにサヴァンちゃんの『くにゅくにゅ』はとっぷりできあがり! 寄せたショーツにきゅーっと絞られ、裏漉しジャムがてろってろです。あとはシェイクしてミルクをトッピングするだけです!
 けれどもそのとき真っ赤な警報がヴィーヴィー鳴り響く僕ブレインは――
<圧力臨界、圧力臨界! メルトダウンの恐れあり、メルトダウンの恐れあり!>
 あいっかわらず無人でした。
 ――じぃぃぃぃっ――
「……ふえぇ?」
 いけない快感でくたくたに感じてしまったサヴァンちゃんは、聞きなれない音に目を開けます。かすかに不吉な予感を覚える響き、虫の鳴き声のようなそれは――
 ジッパーの下がる音。
 ぬくっ! んぬくくくぅ……ぶぷっ!
「きは……ぁ……っ」
 筋肉が切れそうなチリチリしたむずがゆさとともに、お尻にずるずると何かが入ってきて内臓をおしつぶしました。その異様な感触にサヴァンちゃんは息を詰めます。
「おひりに……みおりくんの……」
 じゅむむむむむむぅっっ!
「――ぃッ!」
 一気に引き抜かれて激しくこすられ、サヴァンちゃんは絶望的な顔になりました。
 僕の猛烈な身動きが始まります。お尻がぼろぼろになっちゃいそうな勢いです! しょうがないんです、お薬のせいですから、無人ですからぁっ!
「ひやっ、やめへえっ! そこらめっ、ほんろにほんろに! あなっ、おなかにあなあいひゃうぅ!」
 サヴァンちゃんが金切り声をあげつづけます。経験がないからこわいのです。ほんとに内臓に穴が開いちゃうと思っているのです。その恐怖に応じてお尻がきぅきぅと強く締まります。
 でも僕はもう夢中です。サヴァンちゃんのお尻の中は、ミロクちゃんの『くにゅくにゅ』とはまたちがって、どこまでも底なしに飲み込んでくれるような、うねうねふわふわした柔らかさがたまらないのです!
 そしてとうとう僕ブレインでは女の人の人工音声が――
<メルトダウン、メルトダウンです。スクラム不能、沸騰水ブローします。5、4、3、2、1――>
 びくん! と震えるサヴァンちゃんのお尻。
「ンあっ! だめだめだめだめだめれすぅーッ!」
 噴出してます。僕炉心からどぷんどぷんブローです。あったかいサヴァンちゃんのおなかの中へ僕の高レベル核廃棄物がどろどろと――。

<やー居眠りしちゃったよー急に眠くなってさぁ……うぉはっ!? これはぁぁ?>
 僕ブレインに戻ってきた当直職員たちがキョウガクします。
 目の前のスクリーンに映るのは――
 うつろな瞳で横たわり、ブレザーもスカートもショーツもつけたままながら、見事なおっぱいとすてきなお尻をあらわにし、とぷとぷと白いナニカを吹きこぼしているプラチナの髪の女の子……。
「……うわ」
 正気に返った僕は、さーっと血の気が引きます。コレハナニゴト? ボクナニヲシチャッタノ!?
 僕職員のリーダーが沈鬱に言いました。
<緘口令だ>



 ☆4☆

 筋弛緩剤の効果が切れたサヴァンちゃんは、のろのろと動き始めます。
 すでに僕は逃げ出した後です。ベッドには窓から午後の日差しがさんさんと降りそそいでいます。まぶしいほどの明るさで白く照らされているのは、シーツにこぼれた粘液と、ちょっぴり混じった血。
「……に……」
 ぐすっ、と鼻をすすり上げながらサヴァンちゃんは体を拭き、かったるそうにショーツを履きなおし。垂れた前髪で表情が見えません。景気づけのつもりか、なにやらぶつぶつ言っています。
「……逃げるやつは緑くんです……逃げないやつは訓練された緑くんですぅ……」
 ブレザーを着て、ベッドから降りようとしました。

 びたんっ!

 前のめりに転びました。またのろのろと起き上がります。ポケットから注射器を何本もわしづかみにして取り出します。
 手首だけで、びっ! と一振り。いくつものキャップが跳ね飛び、放射状に広がった注射針がキラリと濡れた光を放ちます。
「サヴァンは……サヴァンは……」
 ごしごし涙を拭いて、サヴァンちゃんは顔を上げました。
「必ず緑くんを殺してみせるんですぅ!」
 
 そんなこととはつゆ知らず、僕は教室へ急いでいました。
 もうとっくに授業は始まっています。いえ、終わいかけています。今から行っても間に合いませんが、とにかく顔だけでも出しておかないと。
 授業中の廊下はまったくの無人。並んだ教室からそれぞれ異なる声が聞こえてきます。あちらでは英語、こちらでは国語。ワッと笑い声があがったのは先生がナイスなジョークでもかましたのでしょうか。僕一人だけが部外者です。トクベツなことをしているような孤立感がたまりません。(みんなも経験あるよねっ?)
 早くクラスに戻らないと――
 びひゅっ!
「ひゅばぅわ!?」
 階段の前を通り過ぎようとした時、突然なにかが僕の体を横へとかっさらいました。ついていけなかった頭部が<こきん!>と音を立てて取り残され、僕はまたしても激痛を覚えます。
「あっ……つぅ!」
「しっ、静かに。みどりくん!」
「ミロクちゃん?」
 僕を階段に引きずりこんだのは、おなじみピンクの髪のろりぷに少女でした。僕は叫び声を上げます。
「何すんのミロクちゃん! 意地悪もたいがいにしてよ、見てよこの首! あとちょっと力が入ってたらムチ打ち症になって、振戦・易疲労感・呼吸促迫などに悩まされちゃうところだったよ! ほんとにいつもミロびゅっ!?」
「うるさいよみどりくん、すぐ治るくせに」
 言葉の途中でミロクちゃんにアゴをつかまれてしまいました。なんだか変です。いつも明るくお茶目なミロクちゃんが妙に真剣です。廊下の角から顔を出して慎重に辺りをうかがっています。その片手にはすでにあの凶悪なマシンピストル、VP70が!
「な、なにふぁあったの?」
「緑くんを狙ってエージェントが来てるの」
「えーりぇんと!?」
「そうだよ。わるい国のわるい機関からやってきた薬物マニアで不健康なエージェント、コードネーム『自爆のサヴァン』が来てるはずなの。もしみどりくんがそれにつかまったら、イイ感じに二十四時間ニコニコ笑うだけになるか、暗い家具の隙間へ泣いて帰りたがるようになるか、さもなければ自分の骨がぜんぶ折れるまで誰かを殴り続けるような元気な人にされちゃうの」
「そうでもなかったけど……」
「ううんみどりくんはサヴァンちゃんを知らないんだよ! サヴァンちゃんはほんとに腹黒で邪悪で同情を誘うような顔の下で一体何を考えているのかわからないようなところが――」
 くりん、とミロクちゃんが振り向きました。
「会ったの? みどりくん」
「会ってないよ?」
 僕は思いっきり目を逸らしました。両肩の上では目に見えない「言っちゃった妖精」たちが大騒ぎしています。言っちゃったー! 言っちゃったー! あれがバレたらミロクちゃんはどうなるー!?
 ……どうなるんでしょう? (はた、と妖精たちが静かに)
 やきもちを焼かれるでしょうか? 叱られるでしょうか? それとも許してくれるでしょうか? 知らない女の子とおしりでえっち、なんて。
 ――その場で射殺、が一番ありそうな気がします(涙)
「ほらほらわけのわかんない妖精なんかと会話しないでよ(さっさっさ、と手で払い落とすミロクちゃん。見えるんかあんたー!?)、ボクはみどりくんのみどりくんによるみどりくんの人生のために守ってあげるからね?」
 すっげえうそ臭いです。
「いいから早くこっちへ来て!」
 僕の手を引いてミロクちゃんが駆け出そうとしたそのとき!
「見つけたですぅ〜!」
 叫び声も高らかに、踊り場の窓から逆光をしょって飛び降りてくる影!
 びしゅしゅしゅしゅ!
 腕の一振りで放たれたのは、凶悪に輝く注射器の群れ! しかしミロクちゃんも負けません。VPをかまえて乱射します!
 ぱららッ! ぱららッ! ぱららッ!
 ……ダメでした。
「うっわあ当たんない。さすが工作技術が低くても大量生産できる単純安価なだけの銃は、サイズが大きすぎて重すぎてダブルアクション限定だからトリガーが重くって命中率が悪いよねー」
「また左右の人モードだよこの子! 当たっちゃうでしょ、早く逃げよう!」
 僕はあわててミロクちゃんを引っぱって走ります。そのすぐ後ろの床に<しゅかかかっ!>と注射器が突き刺さります。
「待てですぅ〜!」
 ブレザーの内懐に手を突っ込んで、サヴァンちゃんは再び注射器を取り出します。びッ! とキャップを跳ね飛ばしたその数は数十本!? なんだか雰囲気だけで象でも即死しそうです!
「ただいまーっ!」
 ミロクちゃんは引き戸を<がらぴしゃーん!>と開けて僕たちのクラスに戻ります。徒然草を読んでいた古文の鴫沢先生(再来年で定年です)がおだやかに振り向きます。
「おやおや、ミロクさんに花岡くん。授業中にどうしたんです……?」
 そんな仏様のような笑顔の先生のおでこに、<すかんっ!>とサヴァンちゃんの注射器が突き刺さりました。とたんに鴫沢先生はヒートアップ!
「あやしうこそもの狂おしけれぇぇッ!?」
 シャウトと同時にロックです。老いた喉からソウルフルな随筆文学がほとばしります!
「きゃぁああっ!」「なんだあぁぁ!?」
 たちまち教室は大混乱になりました。悲鳴を上げる女子、立ち上がる男子! そこを駆け抜けながら<ぱららッ! ぱららッ!>とVPを乱射するミロクちゃんと、<びしゅびしゅびしゅ!>と注射器を乱れ投げるサヴァンちゃん。机は倒れ椅子は飛び、もうめちゃくちゃです!
 とうとう僕は叫んでいました。
「もうやめてよーッ! 二人とも、どうしてそんなに僕に付きまとうの?」
 はた、と騒ぎが収まりました。舞い上がったプリントがひらひらひらと雪のように落ちてきます。
「……よく聞いてくれたですぅ……!」
 サヴァンちゃんが一歩前に出て口を開きました。するとすかさず、後ろからミロクちゃんが飛びかかります。
「だめっ、言わないでっ! うそうそうそだよみどりくん! 信じちゃダメ! このアバズレはきゃぶふ」
「うつくしきものぉ〜〜!」
 鴫沢先生がミロクちゃんを抱えてギター代わりに弾き始めてしまいました。いつのまにか清少納言です。しばらく弾かれててね、ミロクちゃん。
「それは……」
 サヴァンちゃんが注射器をすっと収めます。説明させてもらえるなら戦わない、ということでしょうか。みんなの視線が集まります。
「話は1990年ごろにさかのぼるんですぅ」
「……1990年?」
 ざわ、とみんながささやきました。そんな昔のことにどう関係が?
「当時の日本はバブル経済まっただ中でした。株と土地は天井知らずに値上がりし、東京二十三区を売ればアメリカ全土が買えると言われたほどの好景気でした。サヴァンの母国アメリカでも、このままではジャップが――あっ、ごめんなさいですぅ――日本人が世界経済を征服してしまうと心配していました。でも、その直後に起こったのが……」
「……バブル崩壊?」
「はい。経済は失速、株価も地価も急落して、日本はながい不景気の時代に入ったんですぅ。……では、何がそのきっかけだったんでしょう? 世界がおびえた日本経済に、致命傷を与えてしまったのは……?」
 そこまで言うと、サヴァンちゃんはきっと僕をにらみました。
「緑くん! あなたのご両親が経済戦争から撤収したからなんですぅ!」
「は?」
 僕の両目はかわいらしいテンテンになりました。もちろんクラスのみんなもです。頭上を赤とんぼが飛んでいきます。
「なんでそこでお父さんとお母さんが出てくるの……?」
「知らないんですぅ? 緑くんのご両親のミスタ・花岡翔(48)とミズ・花岡あけび(37)は、そのむかし兜タウンに名をはせた伝説のトレーダーだったんですぅ! バブルがはじけたのは、彼らが結婚してマイホームのために手持ちの株を全部売ってしまったからなんですぅ!」
「……それいくらになったの?」
「少なくともギガドル単位、だそうですぅ」
 ぽかんとしている僕の横で、いつの間にか現れた御陵卯月ちゃんがぽつりと言いました。
「一千億円だって。緑くん」
「いっせんおくうぅぅぅぅ!?」
 たちまち僕の周りで変化が起きました。女子生徒はとっくに食べちゃったはずのお弁当をがさがさ引っぱり出し、男子生徒は鞄から漫画やゲームソフトやいかがわしい本を持ち出してきます。
「緑くん食べてないよね?」「残り物のおしんこで悪いけど……」「PSPやるぞ、緑持ってないだろ?」「待てこっちは森山塔だぞ?」「肩凝ってないか肩」「わ、私は肩さわっていいよ? なんなら首も」「反則! 色じかけは反則!」
「あ、あの、首ってマニアックな場所だから思わず触っちゃいたい、じゃなくって、そんな急に手のひらを返したように親切にされても……」
「そうですぅ、サヴァンたちが黙っていないですぅ!」
 <びしゅびしゅびしゅ!>と注射器弾幕が放たれて、ざわっとみんなが引き下がりました。
「五千億や一兆の資金ならたいした脅威じゃないですぅ、むしろおそるべきは二人の才能! あの列島の魔物と恐れられた二人の愛の結晶が、十五年の歳月を経てもうじきおとなになろうとしている! そうなれば再び日本のみならず世界経済を翻弄することは必定! その予言された怪物の名が――花岡緑なんですぅ!」
「僕?」
「そうですぅ」
 もはや現実感がなくなって真っ白になっている僕の前で、サヴァンちゃんはブレザーを左右にばっと開きました。――その内側に並ぶのは布地が見えないほどの注射器の列!
「だからジーセブンが、『蔵相による先進七ヶ国会議』が緑くんの抹殺を決めたんですぅ!」
 言うなり放たれる注射器の旋風! ぽつんと黒い針穴のあいた注射針がまっすぐに僕に突っこんできます! ああああああイヤだこんな死に方ってイヤだ! 目に針が刺さって死ぬなんて、金づちを隠すために洗面器で息継ぎの練習していて溺死するよりもイヤだああああああ!
 その時です!
 ぱらららららららららららららららららッ! (18発)
 軽やかな連続発射音とともに、僕の眼球の二センチ先まで飛来していた注射器がこなごなになりました。(どきどきどきどき)
 鴫沢先生をふりはらったミロクちゃんが、硝煙を吐くストックつきのVPを下げて、ふぃーっと額の汗を拭いました。僕を見て<びっ!>とVサインを出します。
「多い日に備えたフルオート改造は女の子のジョーシキだよね!」
「はしたないよミロクちゃん!」
「どうしてそれがはしたないの?」
「うう……」
 きょとっ、とミロクちゃんは無邪気な瞳で覗いてきます。困った僕は苦しまぎれに言い返します。
「み、ミロクちゃんこそどうして僕を守ってくれるの? キャラが合わなさすぎて気味が悪いよ! 信用できないよ!」
「それは日本政府の内閣がG7を出し抜いて緑くんを利用しよ」
 ぱらららららららららららららららららッ! (リロード済み)
 サヴァンちゃんはキリキリ舞いしながら教室の向こうへ吹っ飛んで動かなくなりました。また手足が変なほうに曲がっています。みんなもしーんと静まり返りました。
 VPを分解したミロクちゃんが、ブレザーを開けてごそごそと内懐にしまおうとし、手が滑ってガチャンと落っことしてしまいました。あわててそれを拾って、入りにくいポケットに無理やりぎゅーぎゅー押し込むと、やっと安心したみたいに僕の方を振り向いて、にぱっと光がはじけるような天真爛漫の笑顔になりました。
「ほら緑くん、もう命の危険はないよ?」
「ミロクちゃん」
「ほら、みんなも授業にもどろう? せんせー、鴫沢せんせー! 楽しすぎるよ、いつまで歌ってんのー!」
「ミロクちゃん、利用してるってどうい」
「もうみんなっ、目がこわいよっ? ほぉらおそとを見て。あたたかい午後の日差しのおかげで教室は花園のよう。窓から吹きこむ風がみんなを眠りの世界へ――」
「ミロクちゃんっ!」
 びくんっ!
 僕の本気の声に驚いたのでしょう。ミロクちゃんはしゅんとなって、ゆっくり振り向きました。うわめづかいに言ってきます。
「みどりくん、誤解しないで?」
「なっ……なにが誤解なのさ。あなたはホントに……」
「違うの、それだけじゃないの!」
 ぶんぶんっと首を振ったミロクちゃんの顔からしずくが飛び散ります。見上げる顔は涙に濡れて、とっても無垢でかわいらしくて……。
「ボク、みどりくんが好きだよ? 仕事で来たんだけど、ほんとに好き。でなきゃ、アンナコトやソンナコトや『ぷにゅぷにゅ』を『ぴんぴん』で「みみみミロクちゃんっ!」されたりしないっ! ねえ、信じて?」
 いつしかミロクちゃんにはソフトフォーカスがかかり、花びらが散ってバイオリンの悲痛なBGMまで流れ始めました。周りのみんなはもらい泣きし始めます。
「ミロクちゃん……」「かわいそう……」「許してやれよ」「悪気はなかったんじゃない?」「ええ話や……」
「ミロクちゃん……」
 僕も胸がきゅうっとなってしまいました。そうです、僕だってこの子は嫌いじゃない。強引でワガママですぐ銃器を乱射するけど、ほんとうは寂しがりで一途な子……。
「ミロクちゃんっ!」
 僕は大きく両手を広げます。
「みどりくぅん!」
 ミロクちゃんも感動した顔で飛びこんできました。そのまま僕たちはかたく抱きしめあって永遠に――
「……みどりくん?」
 低いです。
 校舎の一階から聞こえてくるようなドン低い声で、ミロクちゃんが言いました。
「これ、なあに?」
 そう言って顔を上げたミロクちゃんが僕の胸元からつつーぅっと抜き出したのは、少しウェーブがかったプラチナの髪の毛。
 そう、それはまごうかたなきサヴァンちゃんの髪!
「ねえ。みどりくん」
「えっあのそれは」
「みどりくん、なんでこれがこんなところにあるの?」
「んっと実は注射」
「ねえ。どういうこと? なにこれ? みどりくんはボクのなんなの?」
「なにってま」
「 会 っ て た の ? 」
 ざざーん!! ちろりろちろりろりろるろりろるろどろろろろろろん……!
 不協和音に続いて細い滝のように流れ落ちる哀切なピアノの独奏の中で、僕は死的な予感とともにあきらめ切ってうなずきました。
「……うんっ!」

 ぱらららららららららららららららららッ!  すちゃっ(リロード)
 ぱらららららららららららららららららッ!  すちゃっ(リロード)
 ぱらららららららららららららららららッ! 

「HQ、HQ、エージェントM49。AC発生、01がCPA。要メド、要メド。オーヴァ」



掲示板書くのめんどくせーや、という人はどうぞ。

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