(2016年3月14日、作品をノクターンノベルスからこちらへ移動しました)   インベーダーのマリッタさん 後編  作:扉行広      ☆☆☆★★  僕は寝室へ入って、二枚の布団をひっぱってくっつけた。マリッタさんの匂いの染みついたその布団に踏みこむのは、今夜が初めて。そして今夜が最後だ。でもそんなことは頭を振って考えないようにした。今は今のことだけ、考えなきゃ。  射精するんだ。なにがなんでも。  電気はつけずにふすまを半分閉めて、居間の光が斜めに差しこむ布団の上に、僕は腰を下ろした。マリッタさんが自分の布団に回って、ぺたりと座りこむ。見つめ合うと、興味しんしんの顔で言った。 「どうすれば……いいですか?」 「どう……って」  改めて考えると、わからない。僕は今まで、出ないように出ないように、って自分に言い聞かせてきた。それが急に、出さなきゃと思っても、都合よく出せるわけがない。 「キス、しますか?」  マリッタさんが穏やかに言う。この人は、ほんとにどこまでも優しい。泣けてくるぐらい。 「うん」  僕たちはキスをした。  手を握り合って、初めてみたいにぎこちなく。そして腕を回して、しっかりと。  すぐに、いつもの調子が戻ってきた。僕はマリッタさんのしっとりと汗ばんだ首筋や胸元に顔を埋めて、すんすんと嗅ぎ、ぺろぺろとなめる。マリッタさんも、くりかえし頭を撫でてくれた。  抱き合いながら、どさりと布団に倒れた。  腕をからめ、おっぱいをもみ、膝頭をこすりつけあう。腰は突き出さないように――ううん、今夜は逆だ。隠さないようにしなくちゃ。 「マリッタさん……」  厚みのある胴体に抱き着いて、思い切って腰を押し付けた。ちんちんは、もうバナナの中身ぐらいに硬くなってる。それをマリッタさんのおなかに当てると、じぃんと甘いうずきが湧いてきた。止めずにそのまま、ふかふかのおなかにぐりぐりとこすりつけた。 「わ、わ」  マリッタさんが驚いて声を上げる。おちんちんは気持ち悪いかもしれない。おっぱいの間から顔を上げて、「いや?」と訊いた。「全然」とマリッタさんは大きく首を振った。  それに励まされて、僕は力を込めて、ぐりぐり、ずりずりとちんちんを押し当てた。「わあ、わああ……」とマリッタさんが嬉しそうな声を漏らす。「頑張ってる……何か、硬いですね。痛いの? さーりゃくん」 「ううん」  ちんちんを押し当てるのがこんなにいいなんて。足の方までじんわりとしびれてくる。 「気持ちいい。気持ちいいよ」 「それって、私のKRPTみたいに?」 「なに?」 「ううん、いいの。気にしないで」  そう言うとマリッタさんは僕のお尻に手を回して、力強く抱き寄せてくれた。 「どうですか?」  おなかのほうにぎゅっと圧力がかかって、ちんちんが押しつぶされる。じぃぃん、と叩かれた鐘みたいに気持ちいいしびれが広がる。「いいよっ……」と、僕はますます激しくそこをこすりつけた。  ごろごろ横に転がすよりも、上下にずりずりするほうがやりやすかった。「んっんっんっ……」と僕は鼻を鳴らして、おなかでちんちんをこすり続けた。すぐに、ぞわぞわぞわっとあの気持ちよさが来た。 「んんんっ、んんーっ!」  真っ白な気持ちいい波が押し寄せて、僕は体をぴーんとのけぞらせた。「さーりゃくんっ……」とマリッタさんが全身で抱き締めてくれる。  びくん、びくん、とちんちんが震えたのがわかった。波が引くと、僕は一気に脱力して、はあはあとマリッタさんの体にもたれた。 「どう……でした?」  僕の顔に触れたマリッタさんが、「わ、すごい汗……」と驚く。僕はごそごそとパンツの中に手を入れて、確かめた。  ――出てなかった。ちんちんの先はなんだかぬるぬるしていたけれど、指を出して光のある方へ持ち上げると、透明な汁が少しついていただけだった。 「だめ……だった」 「ああ」  マリッタさんが小さく息をついて、頭にキスしてくれた。 「いいんですよ、さーりゃくん。気持ちだけで……」 「ま、待って。まだ。まだ終わってない」  いったん疲れ切ってしまったけれど、すぐ回復できるって僕は知っていた。それに、あれが……。  袋の奥のあの部分が、ぐつぐつ、ひくひくって動いているのが感じられた。  溜まってる。精子ができてるんだ。僕は射精できる。きっと出してやる。 「ちょっとだけ待って。もういっぺんやる」 「無理しないでくださいね。さーりゃくんはまだ十歳なんだから――」 「違うって!」僕はマリッタさんの肩をつかんで目を覗きこむ。「したいんだ。マリッタさんに、射精したい! 気持ちじゃなくて、体がそうなんだ。絶対出せる!」  まじまじと僕を見つめるマリッタさんの頬が、ぽーっとばら色に染まっていった。 「出せるから……待って……」  僕は目を閉じて、集中しようとした。でも、なかなかちんちんが硬くならなかった。  そんなことは初めてで、焦った。マリッタさんと抱き合ってると、柔らかくていい匂いがして、いつも勝手にちんちんが硬くなって困るぐらいなのに。こんなときに、硬くならないなんて。 「んっ……うっ……」  抱き着いて、キスして……タンクトップをまくりあげて、生のおっぱいに吸い付いてみたけれど、胸の奥の大事な歯車が一つ外れたみたいに、どきどきが戻ってこなかった。  僕はだんだん、無駄なことをしているような気がしてきた。「はぁ、はぁ……」と、わざと荒い息をついて、マリッタさんの体をいじり続けたけれど、そんな自分がどんどん馬鹿みたいに思えてきた。 「はぁ……」  僕は動きを止めた。だめかもしれない、という思いがちらりと浮かんだ。  僕は本当に、まだ射精できないのかも……。  静かになってしまった僕を、マリッタさんはしばらく黙って見つめていた。  ぽつりと、「目をつぶってくださいな」と言った。 「え」と目を向ける僕に、ふふっと微笑む。 「目を閉じて、力を抜いて」  言われるがまま、僕は眠りにつくみたいに目を閉ざした。  マリッタさんが僕のシャツに手をかける。僕はおとなしくばんざいして脱がせてもらう。ごそごそと衣ずれの音がする。裸にされるんだ。マリッタさんは僕のあそこに、触るんだ……。  ちゅぷ、と乳首に柔らかいものがかぶさって、僕はくすぐったさに「は」と声を漏らした。  唇、マリッタさんの。  ちゅぷ、ちゅぷ、とついばみが続く。乳首や鎖骨のあたり、あばら骨や肘の内側。さわさわと髪の毛をかぶせながら、腋の下にもちゅうーっとキスが来た。ぞくぞくと鳥肌が立って、「マリッタさぁん……」と僕は呼ぶ。 「さーりゃくん、汗くさい……」てろろぉっ、と唾液たっぷりの舌が滑って、「うっ、ひっ」とびくつく。「男の子って、いい匂いですよね」鼻まで押し付けて、くむくむと嗅ぐ。  あむ、と肩に吸い付かれた。がじっ……と食いこむ痛み。マリッタさんの白いきれいな歯並び。 「た、食べるの……?」 「はい」 「痛……い」  ずるっと大きなものが僕の上で滑って、胸にとぷんと丸いぬめぬめが乗る。くりっ、と乳首に何かが当たる。おっぱい……裸の、だ。マリッタさんも脱いでる。 「食べちゃいたいですよ、さーりゃくん。食べてもいいですか……?」  たぷっ、とふっ、とおっぱいを僕に乗せて、マリッタさんが首や耳にも噛みつく。「ふあ、あああ」と僕はぞくぞく震える。黒い大きな影が四つん這いで覆いかぶさっている。顔にさらさらとかかる髪から、濃い匂いと湿った息が降ってくる。  ぎゅううっ、と押し潰されるぐらいの重さで抱き締められて、僕は一本の棒みたいにまっすぐになる。ふわっと解放されて、鼻を鼻でくりくりくすぐられる。  言われた通りに僕は目を開けない。開けたくもなかった。僕の全部がマリッタさんに塗り潰されていて、目なんか開けなくても全部の感覚がいっぱいだった。 「食べて、食べてマリッタさん」 「可愛い、さーりゃくん……!」  もう一度抱えこむように抱いてくれてから、マリッタさんはずるりと下へ滑った。  左右の腰骨に、硬い爪の感触。ショートパンツが引き下げられる。「はああ……」と震えながら、僕は裸にされていく。ちんちんが引っかかって、ぷるん、と跳ねた。  とうとう、見るんだ。マリッタさんが、僕の恥ずかしいところ――。  ちゅっ。 「ひゃっ!?」  湿った柔らかい感触に、僕は思わず目を開けてしまった。信じられないものが見えた。ぼくのちんちんに、キスしてるマリッタさん――。 「ちょっ、だめだって、マリッタさ、はんっ……」   ぬるんっ、とぞくぞくするような気持ちよさに包まれて、僕は伸ばしかけた手を下ろしてしまう。マリッタさんがちんちんを丸ごとすっぽりと吸いこんでしまっていた。うっすらと目を細めて、「ん、ん、んぷ……」ともぐもぐ口を動かす。 「だめ、ひ、ひふ……」  それは想像したこともないほど気持ちよくて、僕は抵抗するどころじゃなくなってしまった。てろてろに溜めた唾液の中で、ちゅっちゅっと吸い上げられる。ざらざらした舌が、棒のまわりをてろり、てろり、となぞる。ぽってりした唇が、根元をむぐむぐと締め付ける。まだ柔らかいままのちんちんが、くねくねにこね回される。 「だめ……マリッ、タさ、だめぇ……」  うずうずした感じとくすぐったさが二重に混じった、手の付けられない気持ちよさ。腰だけが勝手にびくびくはねて、体の力がへなへなに抜ける。手も上げられず、布団をくしゃくしゃと引っかくだけ。足はしびれてぞくぞくするだけの、ただの棒。膝が変にねじれて、爪先がひくひくつっぱる。  夢中でしゃぶっていたマリッタさんが、「んっん」と鼻を鳴らす。ちんちんがまた、むくむくと起き上がってしまったからだ。  口を離して困ったように言う。 「待って、さーりゃくん。もっと、可愛いままでいて」 「そんなこと言ったって……無理っ……んぐっ」  はあはあと息を吐いて、僕は泣き言をいう。 「だめだよマリッタさん、おしっこついちゃう」 「さーりゃくんだって、してくれたじゃないですか」マリッタさんが声をはずませる。「私だって、したいです。さーりゃくんの匂いがたっぷりついてる、ここ。だめだなんて、意地悪です」  そう言って両手の指で棒を挟むと、先っぽに、ちゅっちゅっちゅ、と何度もキスをしてくれた。  僕のそこは隠れているけど、硬くなった時だけは、中のつるつるしたボールみたいなところがちょっとだけむき出しになる。その、めちゃくちゃ敏感なつるつる部分に舌が当たって、「うひっ、ひぃんっ!」と僕は悲鳴を上げた。 「痛い――んじゃないですよね?」 「そ、そこだめ、よすぎるからっ」 「はい」  って返事だけして、マリッタさんは遠慮なくそこに吸い付いた。 「やだあぁ……!」  入りこんだ舌先が、くちくち、くちくちってボールのまわりをくすぐる。マリッタさんがとても注意深く、ご飯粒を転がすぐらいの丁寧さでなめてくれてるのがわかる。っていうよりも、そのなめ方、僕は知ってる。  僕がマリッタさんのあそこにキスするときの丁寧さだ。たっぷり濡らして、痛くないよう、気持ちいいよう、優しく優しくくすぐるやり方。  あれを、マリッタさんはそっくり覚えててくれたんだ。こんなことをしたくなるぐらい、僕のキスが気持ちよかったんだ。 「マリッタさぁん……」  嬉しさと気持ちよさとくすぐったさとチクチクする痛みが、ごっちゃになって僕はもうわけがわからない。恥ずかしさも何もなく、ピンと突き立ったちんちんをびくびくはねさせる。それをマリッタさんのあったかい指がしっかり挟んで押さえてる。指の感触も気持ちよくて、根元のぐつぐつが最高に強くなる。  と――ぬるっ、と何かがむけた。 「ひんっ!」  痛みで僕は悲鳴を上げる。でもマリッタさんは気持ちいいんだと思ったみたい。いきなり何倍も敏感になった先っぽのボールを、つっぷりと唇に収めて、全体をねろねろとなめ回してくれた。そして「あふ」と驚いたような声を漏らして息継ぎする。 「ぷぁ、さーりゃふん、ここ、すごいれふよぉ……!」  軽く鼻の下をぬぐってから、むぐむぐ、とつばを溜めたかと思うと、息を止めてもう一度くわえこみ、頭全体を動かして、ぬぷっ! ぬぷっ! と音を立ててちんちんの半分ぐらいを何度も唇で吸い上げた。 「はあ、ああっ――!」  吸いこまれるみたいなその動きが始まったとたん、ちんちんの奥で何かがギュッと引き締まった。僕はぶるるっと腰を引くと、次の瞬間、ビーム砲になったみたいに真っ白な何かを力いっぱい発射していた。 「あぐぅぅっ!」 「んぷっ!?」  腰を引いた拍子に口から抜けてしまう。むき出しになったちんちんが、まっすぐにはね上がりながら、びゅうっ! と勢いよく白いものをうち出す。空中に高く高くアーチを描いたそれが、斜めに差す光を受けてきらきらと光った。  マリッタさんが、ぼうぜんとそれを見ていた。 「ぐうっ、んんっ、んっ、くぅぅーっ!」  僕は目をかたく閉じて、ぐいっ、ぐいっと何度も腰を突き上げ、溜まりに溜まったエネルギーを思い切りぶちまけていた。それは今までと比べものにならないぐらい気持ちよくて、もう見る前から、何が起こったのかわかっていた。  出たんだ。僕はとうとう、射精できた。  脚に覆いかぶさっているマリッタさんの重さ、目の前で見ているマリッタさんの焼け付くような視線を感じて、すごく誇らしかった。どうだ、って見せつける気分だった。僕は全身の力をその一瞬に注ぎこんで、天井まで届かせるぐらいのつもりで、ありったけの精子をうち出し続けた。 「んんっ、んんんーっ! ……はっ、はあっ、はぁっ、はぁっ……!」  袋の奥が引きつれて痛くなるぐらいしぼり出して、気持ちよさの源になっている力が燃え尽きると、僕はお尻を落として力を抜いた。全身が濡れぞうきんになったみたいに汗でぐしょぐしょで、ぐたぐただった。  でも気持ちは最高だった。リレーで一等を取ったときよりも、引っ越しで電子レンジを五階に運びあげたときよりも、疲れ切っていて、やり遂げた気分だった。  マリッタさんが身動きする。僕のおなかを手でこすってから、しばらくじっとしていて、顔のそばに来てくれた。  震える声。 「さーりゃ……くん……」  「……ん……」 「これ……」  目を開けると、汁まみれになったマリッタさんの顔があって、びっくりした。きれいな顔もさらさらのピンクの前髪も、ねっとりした白い汁でべたべたになっていた。  でもそんなことには気づいてもいないような顔で、マリッタさんはお皿のようにくぼめた手を差し出して、僕に見せた。 「これが……さーりゃくんの、『白滴』……?」  そこにスプーン二杯分ぐらいのねとねとが溜まっていた。僕も初めて嗅ぐ、甘味のある青臭い匂いがした。 「ん」  僕はうなずいて、笑おうとした。 「出たよ、僕。――マリッタさんにあげるね、精子」  物も言わずにマリッタさんは抱き着いてきて、僕にめちゃくちゃにキスをした。 「ありがとう、さーりゃくん、ありがとう……!」 「わ、マリ、むぐ」  嬉しいのと、べたべたが顔につくのとで、困ったけれど、そのキスは受けるしかなかった。僕はへとへとで、腕を上げることもできなかったんだ。 「ちょっとだけ待って」  体を離したマリッタさんは、黒い荷物箱を引き寄せて何かごそごそやっていたけれど、すぐに戻ってきて、またキスしてくれた。 「『白滴』、確かにいただきました。大事に大事にしますね。――それにしても、ああ、さーりゃくん」  しっとりと寄り添って、僕の頬にキスする合間に、マリッタさんは涙ぐみながらささやいた。 「あなたはまだ十歳なのに、こんなにいっぱい出して……それにそんなに汗だくになって、がんばってくれて……私、私」 「言ったでしょ、マリッタさん」ああ、腕が動くようになった。こんなに喜んでくれたら、僕だって嬉しくてたまらない。「出したいんだって。マリッタさんに出せて、僕すごく気持ちよかったよ」 「さーりゃくん……! 大好きです」  そしてまたキス、キス、キス。一生分のキスを今しちゃってるんじゃないかって、心配になるぐらいだった。  体が動くようになると、僕はティッシュを取って、マリッタさんの顔を拭いてあげた。それを捨てようとすると、信じられないって止められたけれど、僕はティッシュを後ろへ投げて、マリッタさんの手を握った。 「マリッタさん、僕、まだしたいことがあるんだけど、いい?」 「したいこと……?」 「うん。僕だけじゃなく、マリッタさんに」 「どんなことですか」  髪をかきあげてマリッタさんが見つめる。そのきれいな青い目も、つやつやした唇も、可愛い鼻も、見られるのは今夜だけだって思うと、疲れてなんかいられなかった。 「全部脱いで、マリッタさん」 「はい」  二つ返事でうなずいて、マリッタさんはまだはいていたショートパンツと下着を脱ぐ。そのふわふわたっぷりした体を布団に押し倒して、僕は向きを変える。 「ここ、食べさせて。……マリッタさんも、してくれる?」 「はい」  前みたいに爪先のほうからじゃなくて、今度はおなかのほうから。マリッタさんのボリュームたっぷりの太ももを開かせると、秘密のあそこに僕は顔をうずめた。むっちりしたお肉の谷間に隠れている、口の中と同じ色のくにゅくにゅを指で押し開いて、あの宝石みたいなホワイトピンクの粒を探す。――でも、なめて濡らしてあげようと思ったそこは、もうとっくにぬるぬるにまみれていた。  それでも僕は唇を押しつけて、すみずみまで、奥まで舌をはわせていった。 「ふは、さーりゃくん……んんっむ」  気持ちよさにうっとりしながら、マリッタさんも僕のあれをまたおしゃぶりしてくれる。精子でねとねとになっていたちんちんを洗うように、それに今度は下の袋のまわりまで、いつくしむみたいに、指で広げて持ち上げて、なめ回してくれる。  仕事を終えてしびれていたはずのそこも、マリッタさんの絡みつくみたいな舌の動きで、またぞわぞわと気持ちよくなってしまう。 「ふあ、ああ、マリッタさん、マリッタさん」  僕は頭をのけぞらせて、たぷたぷした内腿を枕のようにして休みながら、すぐまたマリッタさんのとろとろのエッチなところにキスして、ちゅぷちゅぷとおつゆを舐めとり、むけたちんちんの先にされたみたいに、クリトリスを吸い上げて、転がす。 「さーりゃくん、さーりゃくん、私、もう、それ、もう……」  僕の腿に頭を押し当てて、おしっこを我慢するみたいに震えだしたマリッタさんに、わざと、冷たい声をかけた。 「ストップ」 「えっ、え」 「イっちゃだめ、マリッタさん。まだ気持ちよくならないで」 「で……でも」 「だめ! 我慢して」 「は、はいぃ……」  僕が頭を抜くと、マリッタさんは太ももを閉じて、つらそうにもじもじとこすり合わせた。こわいぐらい可愛い。  僕はもう一度向きを変えて、横たわるマリッタさんを見下ろした。  すてきな人だった。どこもかしこもお肉がついてむちむちして、そのくせすらっと手も足も長くて、ちっともだらしない感じのしない体。性格は少し抜けてるけど、優しくて素直で。いい匂いがして汗も何もかもおいしくて、そして僕のことが大好きな人。  僕はその人に申しこんだ。 「セックス、させてください。マリッタさん」 「せっく、す……? 性別のことですか?」  瞬きするマリッタさんに、僕は首を振って言った。 「セックスっていうのは、好きあった二人があそことあそこを合わせてすること。マリッタさんが、つがいの契りって言ったやつ」 「ああ」うなずいて、マリッタはちょっと笑った。「してるじゃないですか、もう」 「ううん、いつものじゃなくて、男と女でするやつ」 「男と女……」 「マリッタさん、初めてでしょ。初めては一生に一回だけだよ。僕でいい?」  はぁはぁとせわしない息をしていたマリッタさんは、それを聞くと、しっかりと一度、うなずいた。 「はい。セックスしてください、さーりゃくん」 「……ありがとう」  僕はもう一度キスしてから、マリッタさんの立派な太ももを、改めてぐいっと押し開いた。  脚のあいだに膝立ちになって、マリッタさんの両脇に手をつく。気持ちだけは包み込むようなつもりで――実際には大きなマリッタさんに小さなぼくがしがみつく形だけど――抱き締めた。  そして甘酸っぱいおっぱいの間に顔を埋めながら、目を閉じて、腰をもぞもぞと動かした。  やり方はもう見当がついてた。性教育のこととかクラスのやつらの話、また硬くなってきたおちんちんだとか、マリッタさんのあそこの穴……膣のとろとろ具合が合わさって、答えを見つけたと思った。  ちんちんを膣に入れて、射精する――それが正解に違いない。  入れてどうするかなんてまだわからないけれど、もう僕はあわてなかった。マリッタさんなら、また失敗したって許してくれる。成功するまでやればいい。精子がなくなったって――ううん、きっと出る。出してみせる。 「んっと……んん……んっ?」  息を詰めて見守っているマリッタさんのおなかの上で、僕はけんめいに腰をもぞもぞさせてつながろうとした。ちんちんの先が、ひだの中でぬるぬると上下に滑る。――けれど、なかなかわからない。 「ここ……かな?」  ぐいっと力を込めると、ぬるんっと先っぽがずり上がって、「ひゃっ」とマリッタさんが肩を縮めた。外れた。まだ入ってない。 「見せて」  僕は体を起こして、もう一度まじまじとあそこを見下ろした。透明じゃなくなって白っぽいぬるぬるにまみれたひだの中に、ここかな、っていう部分がある。  手でちんちんを押し下げて、そこに当てた。入り口の感触がある。  よし、ここだ!  ぐっ、と突き出すとぴちぴちっとちぎれる感じがして、「ったぁっ!」とマリッタさんが悲鳴を上げた。 「ん……あ……」  僕は動きを止めていた。入りこんだそこはちんちんにぴったりして温かく、ぎゅっ、ぎゅっ、と締まる感じがした。「あ……あ」頭の後ろからぞわぞわするぐらい気持ちよくて、ひりひりしていたちんちんが、疲れなんか忘れたみたいにむくむく硬くなった。  と、マリッタさんが僕の腕を両手でぎゅっとつかんで、眉間にしわを寄せてで言った。 「こ、これセックスなんですか? 痛い……」 「痛いの? マリッタさん」今すぐにもちんちんを動かしたかったけれど、僕は必死にこらえた。「我慢できない?」 「我慢……しますけど、あつっ……」 「ちょっと待つね」  できるだけ腰を動かさないようにして、僕はそっとマリッタさんの胸に伏せて、おっぱいを撫で始めた。体は少し硬くなっているけれど、そこは柔らかい。ふんわりと寄せて、むにむにと顔を押しつけて、乳首をころころとなめ上げて……そうしているうちに、はー、はー、と天井を向いて深呼吸していたマリッタさんが、んくっと息をのみこんだ。 「少し……大丈夫かも」 「ん」  僕は慎重に力をこめた。半分ぐらい入っていたちんちんがぬちぬちと進んで、ずぷっ……と根元まで収まった。 「はふぅ……大丈夫?」 「い、たた……」  マリッタさんが、ぎゅっと閉じていた目をうっすらと開いた。 「さーりゃくんは? 痛くないですか?」 「ううん」  首を振る。僕のちんちんは、マリッタさんのおなかの奥でぬるぬるひくひくと包まれて、痛いどころか正反対。 「死ぬほど気持ちいい……動かしたい……」 「気持ちいいんだ……」  つぶやくと、マリッタさんは大きくはーっ、はーっと深呼吸して、また目を閉ざした。 「そ、そーっとお願いします。多分、耐えられるから……」 「ん」  言われた通り、僕はゆっくりと、ゆっくりとちんちんを動かし始めた。  ぐにぐにと前後に押し引きして、左右にくっくっと揺すって、また押し引きして。マリッタさんが慣れていないせいか、上下の挟み付けが強くてあまり大きく動かせない。入れていて気持ちいいのは確かだけど、まだ何か、やりづらい感じ。 「マリッタさん、きつい……」 「はー、はー……んくっ」  マリッタさんが息をのむと、「あの」と自分の膝の裏に両手をかけて、ぐいと引っ張った。むき出しだった股が、その動きでさらに上を向いて、ちょうど僕の腰の前に来る。 「こうじゃ、ないかと……」  すると、くきくきして苦しい感じだった膣内が、すっとまっすぐに通った気がした。締め付けは緩まったけれど、代わりに全体がやんわりとちんちんにまとわりついてくる。 「あ、あ、うん、うん」  僕はうなずきながら、暴走したくなるのを懸命にこらえる。 「こうだよ、マリッタさん。きつくなくなった……マリッタさんも?」 「動いて……もう少し」  僕は新しい姿勢で動き始めた。  むけたばかりの先っぽを、ぬらぬらするお肉の壁がなめて、うずうずしっぱなしの根元を、入り口のぽってりした輪っかが締め付けた。ちんちんがバターになってとろけてしまいそうに気持ちいい。「はぁぁ……はぁぁ……」と息を震わせて、僕はお尻を振り立てる。 「も、もっと」  手で両脚をすくいあげて、のしかかるみたいに折り曲げた。股のあいだというよりも、たっぷりした太ももの裏側を見ながらちんちんを動かす。「はっ、はっ、ああ」とマリッタさんがうっとりした声を上げた。いつの間にかふるんふるんとおっぱいまで揺れ始めていた。マリッタさんは緊張をといて、リラックスし始めたみたいだった。 「マリッタさん、まだ痛い?」 「ううん」首を振って、マリッタさんはようやく少しくつろいだ顔を見せる。「慣れてきました……続けて、さーりゃくん」 「うん」  思い切って抜ける寸前まで腰を引いて、ずぶっ、ずぶっと大きく動いてみた。そのとき初めて、ちんちんのぬらぬらに赤いものが混じっているのに気付いた。そうか、少し切れちゃったんだ。マリッタさん、痛かっただろうな。 「マリッタさん、ごめん」  ふらふら揺れる膝の間からキスしようとしたけど、太ももが厚すぎて顔が届かない。 「痛かったね」 「大丈夫ですよ、さーりゃくん」  マリッタさんは枕をひっぱって、頭の下に入れる。 「さーりゃくんが気持ちいいなら、かんばれます」 「気持ちよくない?」 「どう……かな?」  マリッタさんは小首をかしげる。僕は、マリッタさんの中の、なめてあげると気持ちよくなるところを思い出した。  腰を引いて、ちんちんの先で、そのあたりをぬくぬくとこすってみた。 「あっ」前髪の張り付いた額を、ぴくんとのけぞらせる。「そこ……そこ」  僕はがんばってそこばかりぬちぬちとこすり続けた。「うん、うん」とうなずいたマリッタさんが、だんだん頭を右に振り、左に振って、もだえるようになった。 「気持ちいい……気持ちいいです、さーりゃくん」 「よかった」  やっと僕は安心して動けるようになった。  もう、やり方はすっかりわかった。膝を開いて、マリッタさんの大きなお尻を腿で挟みこむようにするのが、一番安定した。汁があふれ出している穴に向かって、ちんちんがなめらかにまっすぐ出入りする。ぬめぬめした感触だけがすべてになって、どんどん何も考えられなくなる。下半身全体を使って、マリッタさんを体の芯から揺さぶりあげる。マリッタさんの爪先が左右でゆさゆさ揺れる。  そのとき、真っ赤な顔であえいでいたマリッタさんが、「あっ」と目を見張った。 「は、『白滴』、『白滴』出すんですか、このまま」 「うん、うんっ」  僕はもうあと少しだった。ちんちんはいっぱいまで硬くなって、袋の奥がぱんぱんに張っている。あの電気のびくびくが、今にもきそうだった。 「出すよマリッタさん、あげるっ!」 「まっ、待って、さーりゃくん待ってっ!」 「ま、待つの?」  限界ギリギリだったけど、ぐっと歯を食いしばって動きを止めた。――けれど、もう無理だった。袋の奥がひくひく、ひくひくっと震えて破裂しそうだった。中途半端なところで止めたちんちんを、奥まで突っ込みたくて、今にも腰が勝手に動きそうだった。 「マリッタ……さんっ……」来る。来ちゃう。無理に我慢するために、僕はぶるぶる震えておっぱいに沈みこんだ。「はや、く……っ!」 「と、止められない?」 「む……りっ……」  我慢しすぎて気が狂いそう。食いしばった歯がかちかち音を立てた。  はぁはぁと息を吐いていたマリッタさんが、「そんなに……」とつぶやくと、とろりと涙目で微笑んで、腕と爪先で、ぎゅうっと……と僕を抱きつつんだ。 「うん……もう、いいですよ。さーりゃくん」  それを聞いたとたん、僕はずちゅん、とちんちんを突っこんで、そのまま暴発した。 「ふぐぅぅーっ!」  膣の奥はとろとろで温めたシュークリームの中みたい。そこに僕の白いクリームがびゅるっ! と飛び出す。ピカッ、と真っ白な気持ちよさが背骨を突っ走る。「ひんっ!」とマリッタさんが鼻を鳴らして両脚を締め付ける。 「はぐっ! んく! んあっ!」  何度も何度もうめきながら、僕は射精をくり返す。さっきと違って、がんばってうち出すというよりも、きゅっきゅっと吸い付くお肉の奥に、吸い取られていくみたいだった。びゅっ、びゅっ! と精子が走っていくのが死ぬほど気持ちよくて、腰がひとりでに、ぐいっ、ぐいっ! と突きこみをくり返す。  その動きを、「ひん、ひっ、ひぃ……!」と鳴き続けるマリッタさんが、すごい力でぎゅううっとお尻を抱き寄せて、手伝ってくれた。  マリッタさん……!  声が出なくて、心で叫ぶ。ぬるぬるの裸どうしで抱き合って、一番奥を溶かし合って。それは本当に、二人がひとつになれたような感じがした。僕たちは相手がつぶれそうになるのもかまわずに、力いっぱい抱き締めあった。  それが僕のその夜の、本当に最後の全力だった。 「っはぁっ! はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」  今度こそ空っぽになるまで出し尽くして、僕は骨のないタコになったみたいにぐったりと、マリッタさんの胸に倒れこんだ。そんな僕を抱きしめてぶるぶる震えていたマリッタさんも、じきにゆるゆると手足の力を抜いて、ばたりと大の字になった。 「はぁ……はぁ……はぁ……さーりゃくん……」 「……」  喉が渇ききって、返事も出なかった。それに返事をする必要もない気がした。僕とマリッタさんはひとつになったんだ。そして、まだつながりあっている。深々と突きこんだちんちんが、柔らかくなりながらも、まだマリッタさんのあそこに埋まっていた。  けれど、その時間も終わった。 「ごめんなさい」  マリッタさんが肩に手をかけて、僕を隣へ下ろす。あおむけにごろんと転がされた僕は、目を閉じて心地のいい疲れの中で休んだ。  起き上がってごそごそと姿勢を変えたマリッタさんが、「わあ……」とつぶやく。嬉しそうというよりも、困ったような声だった。 「さーりゃくん……」 「……ん」 「……いえ。やっぱりいいです」 「何?」 「なんにも」  目を開けると、マリッタさんはそばに寄り添って、笑っていた。いつも通りの、いつもよりも明るい、とびきりの笑顔に見えた。  何も言わずに僕の手を取って、指をからませる。握りしめた手と手をあいだに立てて、僕たちは見つめあった。 「さーりゃくん」 「マリッタさん……」 「これで、さよならです」  胸がきゅうっと痛くなった。僕は手を引き寄せて、マリッタさんの指に一本一本キスした。口を離したら声をあげて泣きだしそうで、ずっと唇を押し当てていた。 「健康を保ってね、さーりゃくん」  おでこに、つむっと唇が当たって、すうっと眠気に飲みこまれた。      ★★★☆★  ぴぴぴぴぴ、と電子音が鳴る。僕は枕もとに手を伸ばしてアラームを止める。  夢から覚めるまで、そのまましばらくぼうっとしていた。  レースのカーテン越しに明るい日差しが差しこんでいるけれど、起き上がって感じる部屋の空気は、もう蒸し暑くない。全室完全空調で二十六度に保たれているけれど、そのせいだけじゃない。  カレンダーを見る。コスモスの花咲く草原の写真。  勢いよくカーテンを開けると、マンションの二十六階の窓から、薄曇りの秋の空の下にどこまでも広がる、都会の灰色の街並みが見渡せた。  夏休みじゃない、朝。  普通の暮らしに戻ってから、何十回目かの朝だった。 「沙李也ー、朝ー」 「起きたー!」  お母さんに返事をして、僕は学校の支度を始めた。  あの最高の夜のあとで僕が目を開けると、太陽はとっくに昇って、隣の布団はきちんと畳まれていた。鎮守の森まで全力疾走した僕が見たのは、下草が円形に枯れている、小型艇の着陸痕だけだった。  マリッタさんは、見送りもさせてくれずに、行ってしまったんだ。僕は打ちひしがれて泣いた。もっと強く引き止めればよかった、って後悔した。  でもそれだからこそ、マリッタさんは黙って帰っていったんだろう。  その日から、宇宙のキセラ族はぴたりと活動を中止した。小型艇を我が物顔で飛ばしまくることも、各国の幼稚園バスを襲うこともやめた。  僕はお爺ちゃんとお婆ちゃんに、毬田さんが調査を終えて帰ったことを伝えて、都会の家に戻った。  そうして普段通りの暮らしを、また始めたんだ。 「おはよう」 「おはよう、宿題終わってる? 忘れ物ない?」 「ない。忘れものなんかしないし」 「したじゃないこのあいだ、体操服忘れて、借りる羽目になって」 「あれ夏休み前じゃん、いいかげん忘れてよ」 「それじゃだめなのよ、普段からの緊張感が大事なんだから。一度忘れたら折に触れ思い出して気を引き締めていかなきゃいけないでしょ。大体一度じゃないから言ってるのよ、他にもほら九月には読書感想文? コンクールの作文だっけ? あれ忘れてたじゃない。そんなことじゃきちんとした大人になれないわよ。大体あなたね……」  うん、うん、わかってる、はい、気を付ける。冷凍のホットケーキと冷蔵のフランクフルトを口に押し込む合間に、決まり切った返事をくりかえす。お母さんとのやり取りはいつもこんなものだった。お父さんはもっと朝早くて夜遅いから、顔もろくに合わさない。  仕事のあるお母さんは朝食の支度だけして、さっさと出ていく。後片付けをした後で僕も出る。制服はブレザーとベレー、背中にランドセル。静かなエレベーターで下へ降りて、僕に興味のない人でごった返す街へ。  学校も似たようなものだ。授業も休み時間も何の印象も残さずに流れていく。友達と話すのはゲームと漫画のこと。悪ふざけの好きなやつらがエロい話をしていたりするけれど、そんなのはかえって入れない。僕の思い出は、みんなとあんまり違い過ぎた。 「西岡、最近ずっとぼんやりしてるよね」  午後の授業中、三階の教室からぼんやりと校庭を眺める僕に、隣の女子の桜井冬美が小声で話しかける。 「夏休みになんかあった? カウンセラーさんのとこ行く?」  桜井は保健委員をやってる面倒見のいいやつで、体調の悪い子やいじめにあってる子を見ると助けにいったりするんだけど、さすがに僕の悩みは話せなかった。  おっぱいの大きな恋人のお姉さんのことが忘れられないんだ。 「ん、ありがとう、大丈夫」  そんなふうに言うしかない。なんかあったら言いなよ、と心配そうにささやいて、桜井は黒板へ目を戻す。  桜井は僕のことをよく見ている気がする。西岡っていいやつだよね、って言われたこともある。どうでもいいの「いい」じゃなくて、きっと、たぶん、好きってほうの「いい」なんだと思う。  ごめん、桜井。僕はもう全然いいやつなんかじゃないから。今も桜井のシュシュで縛ったお下げとか、ブレザーの胸のうっすらした盛り上がりなんかを見て、あの人と比べたりしてしまった。  どうしたらいいんだろうな。きっとどうしようもないんだ。きっと僕はこのまま、いやらしくて素敵すぎる思い出を死ぬまで抱えて、がっかりしながら生きていくしかないんだ。  チャイムが鳴って授業が終わる。放課後のざわざわが始まる。  僕はため息をつくと、ベレーをかぶってランドセルを手に取った。  キセラの重強襲降着艦がグラウンドに降りてきたのは、その時だった。 『若年者訓練施設シリツタキノミズガクエン第四教齢第二グループの所属番号十八番、ニシオカ・サーリャと対面に来ました。ただちに姿を見せなさい』  わんわんと響き返る大声とともに、爆風みたいな風がどっと吹き付けて、教室の窓ガラスをびりびり震わせた。僕たちは腰が抜けるほど驚いて、窓際に駆け寄った。  つやつやした真っ黒な楕円形のボディから高く角を振り立てて、ぎらぎらと赤く輝く四枚の羽根を広げた、原油タンカーぐらいあるばかでかいカブトムシみたいな代物が、四階建ての校舎の真横に浮かんでいた。  運動部の先生が声をからして部活中の児童たちを避難させる中で、そいつは、六つのジェットからものすごい突風を吐いてグラウンドに着陸した。 『若年者訓練施設シリツタキノミズガクエン第四教齢第二グループの所属番号十八番、ニシオカ・サーリャと対面に来ました。ただちに姿を見せなさい』  クラス中の視線が僕に突き刺さる。僕? なんで僕?  逃げようかと思ったけれど、巨大カブトムシの横腹にずらりと並んだサーチライトが旋回して、ぴたりと僕をつかまえるほうが早かった。 『ニシオカ・サーリャを確認。そこを動かないように』 「西岡あれ何!?」 「いや、わかんない、知らない」  悲鳴みたいな声で訊く桜井に答えているうちに、カブトムシの背中が開いて、二車線の道路ぐらいある通路がこっちへまっすぐ伸びてくる。そこに、銃を抱えた大勢の兵士たちが出てきて、内向きに整然と並んだ。みんな見覚えのある格好をしていた。胸やお尻がくっきりと浮き出る、体にぴったりした黒いスーツと、青や黄色や紫のきれいな髪。  全員女だ。宇宙人キセラの集団だ。  僕たちがぼうぜんと見守る前で、マントを羽織って金色の頭飾りを付けた、ひときわ偉そうな人を先頭にして、数人のキセラたちが堂々とこちらへやってきた。校舎に触れるところまで伸びている通路を歩ききって、ガラスの前に立つ。 「ちょ、西岡!」「逃げよう西岡!」  周りのみんなが寄ってたかって僕をひっぱったけれど、マントの人の行いを見て、ぽかんと口を開けた。  その人は、さっと片膝をついて、頭を下げたんだ。 『ニシオカ・サーリャですね? ――キセラ統治層人類探索軍団、北大洋州西部限定団総令将、シャンドリンです。開扉願えますか?』  カイヒ、開扉? あ。  僕はガラス窓のハンドルロックを外して、からからと引きあけた。シャンドリンと名乗った女の人は目鼻立ちのくっきりしたものすごい美人だった。黒髪を覆う、黄金で作った妖精の羽根みたいな頭飾りをきらきらと振り立てて、銀色の目を親しげに細めた。 「ああ、報告像の通りだ。健康でいたようですね。――その帽章は? あなたにも何か階級が?」 「いやこれただの校章ですけど」僕はベレー帽を外してピンバッジを意味もなくくるりと回してから、目を上げて、「あの、何か……」と訊いた。  シャンドリンさんは立ち上がると、とっておきのご褒美を渡すような顔で、僕の人生をぶち壊した。 「ニシオカ・サーリャ、あなたが供出してくださった男性精子は、検査の結果、質・量ともに非常に優秀だとわかりました。私はキセラを代表して、お礼と、お願いに上がったのです。――可能な限りの対価をご用意します。どうか私たちのために、さらなる精子を提供していただけませんか?」 「せ」 「せいし……」「せいし」「せいしって、精液の精子?」「西岡の精子!?」  いっぺんにクラスメイトたちが騒ぎ始めて、僕は耳まで真っ赤になった。 「ちょ、ちが、みんな、あの」 「同僚の皆さん、ご存じありませんでした?」シャンドリンさんが僕のそばに来て、肩に腕を回して言う。「この方は全世界でもっとも若くしてもっとも早く、私たちに『聖なる白滴』を提供してくださったんです。それも、ご自身がそれまで一度も射精経験がなかったにもかかわらず、非常な努力をして生殖欲求を奮い起こし、ついには自分の意志で精通を――」 「うわあああ! わーわーわーやめてお願いやめて!」  僕はシャンドリンさんの首にしがみついて口をふさいだ。そしておそるおそる振り向いた。  桜井をはじめ、クラスの女子も男子も、全員がドン引きして向こうの壁にくっついていた。 「あ、うん。だよね。はは」  僕はゴミ虫にでもなった気持ちで、うつむいてぷるぷる震えるしかなかった。  シャンドリンさんが、今ごろ気が付いたみたいに、「あら」と首を傾げた。 「秘匿した方がよかったですか? ならばこの場の者たちを抹殺しましょうか」 「いや待ってよ何それ! ないだろ、絶対!」 「セレクタブル・ニューロンコラプサーで、ただいまの記憶だけを選択的に消去することもできますが――」 「えっ」ちょっといいかも。「それはどうやるの?」 「まず、対象を失神させます。それから頭骨頂部に穴を開けて中性子誘導管を脳内へ」 「だめだめやめやめ! 頭に穴開けるとか何考えてんの!?」 「開頭術は地球人の医療でも行われているはずですが……」  僕とシャンドリンさんが言い合っていると、おそるおそる前に出てきた桜井が、「ちょっと」と言った。 「西岡……何? これ。あんたこの人たちと知り合いなの?」 「いや知らない、僕この人知らない!」  必死に手を振って否定する僕の横で、成り行きを説明していませんでしたね、とシャンドリンさんが訳知り顔でうなずく。 「九十日前にこの島に降下したわがほうの被使役層偵察員が、この方と接触したのです。一連の交渉はその時に行われました。これまでに他の地域で行われた、通算一七五六回の接触と比較しても、この方のケースは非常に友好的で積極的、かつ相互理解の促進に細やかな意を用いたもので、わがほうの統治層の多くの者が高い評価を下したのです。サクライ・フューミー、あなたから見てもこの方はそうなのではありませんか?」 「えっ、私っ? なんで名前」  いきなり名前を呼ばれて、びっくりした桜井はガタッと机にお尻をぶつける。シャンドリンさんは自信たっぷりにうなずく。 「ここタキノミズガクエンの所属員の情報はすべて把握済みです。それで、どうですか? ニシオカ・サーリャは相対的に見て好ましい性質を備えていると言えますか?」 「そ、そんな急に言われても、わっわかっ」  桜井はあわてまくって僕とシャンドリンさんを見比べる。あっ、みんなの前でこれはやばい。 「ちょっとシャンドリンさん、それはやめてあげて。桜井、困ってる」 「はあ」と曖昧に答えたシャンドリンさんが、急にスッと目を細めた。低い声で言う。 「ニシオカ・サーリャ、まさかこの者と『つがいの契り』を……?」 「してませんッ!」 「そうでしょうね」  シャンドリンさんはまたすぐ笑顔に戻る。あれ、からかわれたかな。 「実はこのコミュニティにおけるあなたの評価も調査済みです。こちらは最上とは言えないようですが、評価方法の違いによるものでしょう。私たちは問題としません。さ、お答えを」  シャンドリンさんは、こちらへ手を差し伸べて言った。 「来ていただけますか?」 「今ここから?」 「はい」  そのとき僕は、肝心なことをまだ聞いていなかったのに気付いた。 「マリッタさんは? 今どうしてるの? あのカブトムシに乗ってるの?」 「マリッタは――いえ、アマプーリ・シュバ・マリッタはもう、一般地球人の前に出ることはできません」  ああ、やっぱり。マリッタさんは奴隷だから。  それを聞くと、うろたえていた気持ちが、急にしずまっていった。 「じゃあ、いいです。僕は行きません」 「失礼ながら、対価をお望みでは? たとえば、私たちのあの降着艦。母艦にはその他にも」 「あんなの僕はもらえません。あ、マリッタさんに、元気でねって伝えてください。お願いします」 「――わかりました」  シャンドリンさんは一礼すると、ふわりと空中通路に飛び乗った。  そして部下の兵士たちとカブトムシの中へ戻ると、またものすごいジェットを噴いて、海のほうへ飛び去っていった。  遠くの空からごうごうと大きな音が聞こえてきた。男子たちが窓から空を見上げて、すげー、イーグルがいっぱい来てる、と声を上げる。ヘリコプターのばたばたいう音も近づいてきたけど、教室はまるで嵐の後みたいな静けさだった。  僕は落ちているランドセルに気づいて、それを背負い直した。今から帰るところだったんだ。みんなはまだぼんやりこっちを見ていた。帰っていいよとか、僕が言うのも変なので、黙って先に帰ろうとした。 「西岡」と桜井が言った。 「あの、あのさ、私――」 「うん、ああ……ごめん、桜井。それにみんな」なんとなく、周りの人の壁を見る。「なんか、迷惑かけちゃって」 「西岡あれっ、ほんと――」  言いかけて、桜井が口をぱくぱくさせた。うんまあ、わかる。訊けないよね。精子がどうとかなんて。  だからこっちから言っておくことにした。 「ほんと。そういうことだから。ああ、宇宙人に改造されたりとかはなかったよ。そこは心配しないで」  冗談っぽく言って教室の出口へ歩いていたら、そっちにいた何人かが、ガタガタッと引いて道を開けた。  すると桜井がすごい顔で突っこんでいって、「逃げることないでしょ!」と怒鳴った。  そして僕のほうを振り向いた。 「あれさ西岡、さっきフォローしてくれたよね? あれ、ありがと」 「おー」僕は軽く手を上げて笑った。「あの人わかってなかったよね。そんなんじゃないのに」 「ばか西岡ばか!」 「お先ー」  上げた手をひらひら振りながら、僕はせいぜい前を向いて教室を出ていった。      ☆★★☆★  帰り道は、明日からどうしようかってことで頭がいっぱいだった。クラスのみんなは、あやしいことがある程度はっきりするまでは、見て見ぬふりをしてくれる。けれど、今日のあれはあやしいなんてレベルを突き抜けていた。明日学校に出たら、みんなの態度がどう変わっているか、わかったもんじゃない。  僕自身はしょうがないにしても、桜井には悪いことしたな、ってずっと考えていた。  だから、マンションのエレベーターが、うちのある二十六階を過ぎても上がり続けていることに、気が付かなかった。  箱が変な感じにがくがくっと揺れて止まった。「え?」と見回すと、目的階ボタンのランプが全部消えて、階数表示の液晶画面にRの文字が浮かんでいた。  ドアが開くと秋の涼しい風が吹き付けた。  そこは、僕も出たことのない、マンションの屋上だった。夕方の空に高く低く戦闘機が飛び交って、何本もの飛行機雲を残していた。  そしてフロアには、ピンクの髪をなびかせて、マリッタさんが立っていた。 「あ……」  僕は駆け出して、跳びついた。「あん」とマリッタさんは両手を広げて受け止めてくれた。 「さーりゃくん、健康でいたんですってね」 「マリッタさん! マリッタさん! マリッタさん!」  何度も名前を呼んで、白いスーツをぱんぱんに押し上げているおっぱいの谷間に、思い切り顔を押し付けた。夏の日の甘酸っぱい匂いがして、たちまちおちんちんがうずうずし始めた。 「あら、さーりゃくんったら。――ちょっとちょっと、だめですって、落ち着いて」 「いやだ、放さない!」  僕は頭を振って叫んだけれど、「逃げたりしませんから、ね?」とささやかれて、ようやく腕をゆるめた。  見上げると、マリッタさんは前と違う姿をしていた。ピンクの髪に、薔薇のつるみたいな銀のカチューシャを差してるのがよく似合う。スーツは黒ではなくて白、っていうかドレス。ぴっちりした胸の下からはひらひらとした薄いレースに変わって、ひざ下までのスカートになっている。ふっくらした腰やすらりとした脚が透けて見える。  その服のデザインはあることを連想させたけれど、訊くのが怖くて別のことを口にした。 「マリッタさん、来られないんじゃなかったの?」 「そうですよ、もう地上偵察はできません。でもさーりゃくんが来ないって言うから、特別に準備してもらって、一人だけで来たんです。あなたはもう、一般地球人じゃありませんからね……?」  なんだか秘密めかしてそうささやくと、「来て」とマリッタさんは手を引いた。  屋上の端が変なことになっていた。街の景色がぐんにゃりと歪んで見える。歪みの輪郭を目で追いかけると、バスぐらいの大きさの塊になっていた。そこに半透明の何かが居座っているんだ。 「こっち」  先に進むマリッタさんの姿が消えた。そのあとについていくと、ぷるんとゼリーにスプーンを突っこんだみたいな反発があって、目の前にキセラの小型艇が現れた。  周りの景色は分厚いオレンジ色のガラスにへだてられたみたいに、くすんでしまった。 「これで、誰にも見つかりません」  ははあ。外から見えないようになってるんだ。  僕とマリッタさんは、小型艇の船室に入った。そこも、周りの景色は見えるけれど、外からは見られない仕組みみたいだった。壁際をぐるりと囲むように、ゆったりしたソファが作りつけられている。  オレンジ色の天蓋に覆われた、小ぢんまりとした居心地のいいホテルの部屋みたいなそこで、僕はマリッタさんと並んで腰を下ろした。 「えと、いろいろごめんなさい」と最初にマリッタさんが言った。「何か、シャンドリンがさーりゃくんの所属する施設を引っかき回してしまったみたいで。もっとひっそり行ってってお願いしたんですけど、地球人に対するデモンストレーションでもあるから派手に行きたいって」 「あれ、困ったよ。マスコミや自衛隊まで来ちゃってる」僕は空に目をやる。「先生たちも大騒ぎだろうし。あ、保護者にも電話いってるかも! うわあ、お母さんなんて言うかな……」 「本当にすみません、こちらの統治層からそちらの統治層にも交渉させて、できるだけ迷惑にならないようにしますから……」 「統治層って。マリッタさん、その、奴隷じゃなかったの? そんなこと、できるの」  そう言うと、うふふ、とマリッタさんは笑った。 「私、もう被統治層じゃないんです。さーりゃくんのおかげですよ」 「どういうこと……?」 「説明しますね」  マリッタさんはキッチンっぽいところへいって、飲み物のコップを二つ持ってくる。もっとぴったりくっつきたいのに、僕とはこぶし一つ分あいだを空けて座る。 「はい、甘いですよ。――前回の降下時に、さーりゃくんと一緒に暮らしましたよね。何日も。あの時の記録がですね、キセラのあいだで広く閲覧されたんです」 「うん」 「その」ぽっと頬を染めて、マリッタさんはほっぺたを押さえる。「全部、なんですね」 「うん、全部――」ぶっ、と僕は飲み物を噴きだした。「ちょっと待って、全部って、全部!? 昼も夜も?」 「夜も昼もですね、はい」 「それってまさか、エッチなこととかも――」 「主にその部分ですね。ああ、こんなにして」空中から粉雪のかたまりみたいなスポンジをつかみ取って、マリッタさんが僕の胸元を拭いてくれる。「夜も昼も、いっぱいしてくれましたね、さーりゃくん」 「あれ全部見られたっていうの!?」僕は貧血を起こしそうになる。「お堂とか、バス停とか、お風呂とか――」 「そういう装置を用意してあったので。あの身体洗浄の場面、全部隊全記録を通じて二番人気です」真っ赤な顔でうつむいて、それでも嬉しそうにマリッタさんは言う。「一番はもちろん、最後の夜で――」 「やめてよ、もぉぉ……」僕は両手で顔を覆って、ソファにぶっ倒れる。「信じらんない」 「私も二人だけの思い出にしたかったんですけど、そういう任務ですから。隠せませんでした」 「僕……死ぬ……」 「死なないでください。まだこれからなんですから」  マリッタさんは僕を抱き起して続ける。 「でね、さーりゃくん最高に可愛かったので、キセラの七十パーセントぐらいが、さーりゃくん大好きになりました。今さーりゃくん、宇宙でもっとも人気のある地球人ですからね。自信持ってください」 「何人いるんだよ……ていうか、ほんとまじやめてください……」  エロ動画に出てる男の人でもないのに、エッチしてるとこ見られて宇宙で大人気とか。昼間も人生ぶっ壊されたけど、今度は粉々にすり潰された感じだった。  「それで統治層が動いて、総令将みずから重強襲降着艦でお願いに上がったんですけど、さーりゃくん、シャンドリンと堂々と話し合って、同僚をかばったり、誘いを断っちゃったりしましたよね。あれもすごく立派でした。あのあと彼女から、貴様の見る目は確かだったって言われました。えへへ」  そういうのをほめられるのはちょっと嬉しいけれど、断ったのはほめられるためじゃない。 「それはマリッタさんが心配だったからだよ……『白滴』を取り上げられて、また奴隷にされてると思ったから」 「あなたの、そういうところが……」  マリッタさんは穏やかに僕を見つめて、そっと手を握った。 「キセラは誰も男性との契りを知りません。偵察隊が何名か成人男性と接触しましたけど、いずれも欺瞞や暴力を伴ったものでした。疑念を抱いた私たちは男性の研究を進め、恐るべき実態を知るに至りました。性欲に突き動かされた男性はあらゆる悪行に走ります。痴漢、強姦、窃視、拘束、人身売買、自己破壊的な自慰。実はそれらがわかってきたころ、地球制圧作戦の提案もあったんです」 「制圧作戦!? 戦争するの?」 「試案としてですね。でも、一人の男の子が、それを変えてくれました。その子は誰に何を命じられたわけでもないのに、ご自分の正しいと思うところに従って、一人のキセラを一途に愛してくれたんです。――それが、全キセラの心を動かしたんですよ」 「え、それは……誤解だよ」  心当たりのないことを褒められるのは居心地が悪い。 「僕だって、そんなにきれいな気持ちじゃなかった。ただマリッタさんが素敵だったから、むらむらしてやっちゃっただけで――」 「でも、別れた後も私を想ってくれていましたね?」 「それは……そうかもだけど」 「他の男女に心奪われることなく、独り身でいてくれましたね?」 「それも……機会がなかっただけで」 「そうですか? あのフューミーという女の子を始め、間近にいくらでも契りの候補はありましたよね?」 「僕、まだ子供だから!」 「いいえ」  たまらずに叫んだ僕の口を、マリッタさんは突然のキスで防いだ。 「んむ……」「く、ふ」  思い出が洪水のように戻ってきた。何をしても喜んでくれる女の人と、好きなことをしまくっていたあの日々。何かを考える間もなく、僕はマリッタさんを抱きしめ返す。舌を差しこみ、体を押しつけて――。 「大人じゃないですか、さーりゃくん」  制服のズボンの上からきゅうっとちんちんを握りしめられて、僕は震えあがった。 「くううっ……!」 「がちがちじゃないですか、ここ。さーりゃくんはもう大人並みの性欲がありますね? それなのに、さっきあげたような悪行に走っていませんよね?」 「そうだけど、なんで知ってるの……っ」 「なんでも知ってますよ」  にこ、と小さく笑ってから、マリッタさんは青い瞳を潤ませて、上気した顔で僕の股間をむにむにと揉み続ける。 「さーりゃくんは、私がいいんですね。私だけが好きで、こんなにぎちぎちに『白滴』を溜めちゃってるんでしょ……?」 「そ、そうだよ、マリッタさん!」僕はとうとう悲鳴みたいな声を上げる。一から十まで図星だった。「マリッタさんが好きすぎて! 他のことなんか考えらんない。マリッタさんとエッチしたい!」 「さーりゃくぅぅん……」  マリッタさんは、なだらかな肩を、ぞくぞくっと目で見てわかるぐらい震わせた。 「そんなあなたを見つけたから――私は、シュバになれたんです」 「……シュバ?」 「『男のつがいを選び取った女』という意味です」マリッタさんは、僕のあれを股の袋ごとつかんで、ぎゅうっ……と甘く強く力をこめる。「地球の俗語で言うなら――経験者、ってとこでしょうか。他にそんなキセラはいません」 「い、つっ……」根元を締め付けられて、僕は破裂してしまいそうになる。「僕が、セックス、したから……?」 「はい」締め付けたまま、耳元で舌の音を立てるマリッタさん。「『白滴』、くれただけじゃないですよね。さーりゃくん……私に、精子植えつけることまでしちゃった」  痛気持ちよさで身動きもできないまま、僕は目を見張る。 「マリッタさん、まさか赤ちゃんできちゃった!?」 「だったらどうします? 十歳の、さーりゃくん……」  ショックで目がぐるぐると回り始めた。赤ちゃんって、赤ちゃんって。そんなの、僕――。 「わ……わからない」 「じゃあ、地球風に、こう考えたら? あなたが私をお嫁さんにしちゃった……私の血筋に、あなたの血筋を混ぜ入れちゃったんです」 「あっ」  ねばっこい口調のその言葉を耳にしたとたん、僕はぞくぞくと背筋が震えて、思わずちんちんをびくびくといななかせてしまった。 「すごい……かも」もう一度、ぎゅっとマリッタさんに抱き着き返す。「嬉しい……かも! 僕の血が、マリッタさんに……」 「――よく言ってくれましたね」  ふっとマリッタさんは手と体を離して、僕の腕に手を当てた。「マリッタ……さん」僕はどきどきが収まらないまま、静かな目をしたマリッタさんを見つめる。  不意に、その人がぺろっと舌を出した。 「残念でした」 「――え?」 「受胎は、まだしてません。言ったでしょ? 被支配層は『白滴』の起動が許されてないって。キセラは普段、生殖できないんです。受胎準備処置を受けなれば」 「そう……なんだ」  気持ちが高まっていた反動で、残念だって思った。そのあとから、どっと安心した。 「それなら、それでいいよ。僕はまだ赤ちゃんの育て方なんかわからないから……」 「あら、もちろん新生児はキセラが育てるんですよ? 私たちの跡継ぎですもの」  そう微笑んでから、でもね、とマリッタさんはささやいた。 「私は『シュバ』にしてもらえました。シュバは被支配層じゃありません。統治層でもありません。繁殖層なんです。それも第一先任のアマプーリ・シュバ。先導繁殖総令将です」 「ど、どういうこと?」 「つまりですね」  きらん、とマリッタさんは指先画像を閃かせる。みかん型の小さな地球が現れて、そのあちこちでたくさんの赤い点が輝く。 「これから世界中でキセラが行う予定の、十歳の男の子との隠密濃厚接触、わかりやすく言えば二人っきりのラブラブこっそりデートですね。これのお手本を、私たちがやるってことです」 「ラブラブこっそり!?」僕はあきれて口を開ける。「十歳の子と!? やめたんじゃなかったの? 大人の男は?」 「取り止めです」マリッタさんはとびきり楽しそうに、ひらりと映像を消す。「心も体も大人になるまさにその瞬間の、純真な男の子……そういう相手がもっとも最適で可愛いんだって、あなたが見せてくれたんですよ、さーりゃくん」 「うわあ……」  僕は頭を抱えた。まさかそんなことになるなんて。僕がマリッタさんとラブラブこっそりデートをさんざんやったせいで、世界中の同い年の子が狙われるって……。  もうなんていうか、いいことをしたのか悪いことをしたのかもわからなくなった。  打ちのめされている僕の隣で、さらさら、ことんと物音がする。 「安心してくださいね、さっきも言った通り、地上各地へ降下するのは他のキセラの仕事です。私はさーりゃくん一筋――それに、他のキセラがさーりゃくんを狙うこともありませんよ」  マリッタさんは四角い箱をテーブルに仕立てて、その上にいろんな小物を並べていた。たぷたぷした液体の詰まった瓶。ゴムでできた小型掃除機みたいなもの。つるつるした細身のマッサージ棒みたいなもの。さっき口を拭いてくれた粉雪みたいなスポンジ。  そして、見たことのある黒い小箱をつまみ上げる。 「まずは、さーりゃくん大人気ですから、記録だけじゃなくて『白滴』のほう、たっぷりお願いしますね」 「記録とるの? やっぱり?」 「お手本ですもの」  最後にマリッタさんはソファの背の一部を軽くひっかいた。パタンと背もたれが倒れて、特大のベッドになった。  支度を終えると、マリッタさんは、「さっ!」と言ってポンと自分の両膝をつかんだ。きらきらした目をこちらに向けて、もう一度「さあ」と言う。  なんだかいやに肩に力が入っていた。これからスポーツの試合でも始めるみたいなその様子に、「どうしたの」と僕は思わず聞いてしまった。 「いえ、何か……」顔を赤くして膝に目を落とす。「こう改まると、緊張しちゃって」  そして急にはっと僕を見て、あわてたように訊いた。 「あ、何かバタバタっと説明しちゃいましたけど、よかったですか? さーりゃくんのご意思は? 場所とか、時間とか、変えたほうが?」  顔を見てからここまでガン押しで来られたけれど、よく考えたら流されたらだめな気がする。  僕は冷静になろうとした。 「ちょっとまとめさせて。僕がうんって言うと、マリッタさんとまた仲良くできる。けれど、僕のあれはもっと持っていかれるし、するとこ仲間全員に見られるし、地球全体で同じように男の子が襲われる――って言ってるよね、マリッタさん」 「は、はい」 「それを僕がOKすると思って、マリッタさん、来た」 「はい、来ました。け、ど……」不安そうに顔を覗きこむ。「あの、勝手でしたかね」  ものすごく勝手だし、世界の法律的にだめな気がする。あ、たぶん日本の法律でもだ。  それに僕の生活。これどう見ても今日一日だけってつもりじゃなさそうだし。うちに帰って学校行って、桜井にもう一度謝って、友達とゲームやって勉強して……それできちんとした大人になるって、できるのかな、こんな調子で。  できるわけがないか……。  僕は隣の人を見上げる。マリッタさんは僕の考えがわかるのか、落ち着きなく手をわたわたさせて、「その、いろいろ先走ってしまったのは謝りますし、あなたの都合はもっと考えるべきでしたし、今からでも計画に修正を……」なんて言っていたけれど、やがてじんわりと涙を浮かべて、がっくりとうつむいた。 「さーりゃくん。私たちは『聖なる白滴』を手に入れようとして、さんざん失敗しました。きっと男の子に何かを無理強いをしようとするのが間違いなんでしょう。だから、もう何も言いません。言えません。――でもこれだけは言わせて。私、さーりゃくんが大好きですから! たとえさーりゃくんが行ってしまっても、地球の暮らしに戻っても、さーりゃくんがそう決めるのなら……う、受け入れ、ま」  そこでマリッタさんはとうとう、ひっくひっくとしゃくりあげて、何も言えなくなってしまった。  なんて勝手な人なんだろう。  あの田舎の家に来た最初の時からそうだったけど。いつだって自分のペースでことを進めて、わけのわからないことを言って僕を混乱させて、知っちゃいけないことまで教え込んで、人生めちゃくちゃにして……。  僕はふと空を見上げる。夕焼けのオレンジが紺色に変わって、星が輝き始めていた。こんなに広い空が頭の上にあるなんて知らなかった。  この世は知らないことだらけだ。きっとそういうものなんだ。泣いてるマリッタさんだってそれを知らないんだ。僕よりずっと広い空から来たくせに。  胸の底から、はーっと大きなため息が漏れた。 「見てらんない」  大きなマリッタさんが、小さな動物みたいにびくりと肩を震わせる。  僕は心を決めた。 「電話する」 「でっ?」 「ちょっと待ってて」  僕はランドセルから携帯を出して背を向けた。つながると小声で話す。 「あ、お母さん? うん、いや待って、待って、待って。そうだけど、違うから。大丈夫だから。帰ったら話す。今? 今はちょっと。近所だよ。近所。は? 違うって、何言ってんの。死なないよ別に! 生きるって普通に。わかった。わーかーった。うん。うん、八……いやもうちょっと。九時。九時ね、九時に帰るから!」  電話を電源ごと切って、僕は振り向いた。 「八時半までね。それ以上は無理」 「それは……その、どういう?」 「どうって、門限だよ、門限。夜はうちに帰るの!」僕はきっぱり言って、ランドセルを向こうへ落とした。ブレザーも脱いで畳む。「帰らないとお母さんが怒るから。ていうか九時でもきっと大噴火だから! それでも帰らなきゃいけないの。帰って、叱られて、宿題もやる。明日もきちんと学校へ行く。勉強も友達付き合いもテストもやる。できるかどうかわかんないけどとにかくやる! それと一緒に!」  振り向いて、パン! と膝を叩いた。 「マリッタさんとセックスする! 明日もするし明後日もする、せ、精子をいっぱい出す! それでそのうちマリッタさんをお嫁さんにするし、お母さんとお父さんにも話すから! どうなっちゃうかわかんないよ、きっとめちゃくちゃになるよ。マリッタさんそれでもいい? 付き合ってくれるよね僕のこと大好きなら!」 「はあああぁ……!」  マリッタさんがお日様みたいに顔を輝かせて、両手でほっぺたを押さえた。 「つっ、付き合います付き合います! 絶対ずっと一緒ですさーりゃくん!」 「ぶっ飛ばされて窓から放り出されるかもしれないよ、僕」 「拾います! 助けます!」 「学校でも絶対どん引きされるし先生とか何言うかわかんないよ、ていうか退学かも」 「止めさせます! 説得します! なんとかします!」 「頭に穴開けるのは、なしだよ」 「あっじゃあとにかく応援します」 「よし、お風呂!」僕は立ち上がる。「あるでしょ? シャワー。ない?」 「あっありますあります、身体洗浄ですね? しましょう、してください、いっぱいしてください! あっ『白滴』の採取も」 「その箱置いといて。今日はもうそういうのなし! マリッタさんの体がほしい、べたべたにしたい、僕もうぱんぱんに溜まってるから!」 「さ、さーりゃくぅん」 「二時間しかないからね。エッチなことしまくるからね!」 「はいっ、エッチしまくりましょう……!」  ウェディングドレスそっくりの姿をした、インベーダーのマリッタさんの腕を取って、僕はエスコートしていった。 (終わり)