(2016年3月14日、作品をノクターンノベルスからこちらへ移動しました) 扉です。毎日暑いですね。田舎できれいなお姉さんとキャッキャウフフして遊びたい。 そこで、夏休みおねショタだだ甘無知ックス精通小説を書きました。どうぞ。 前後編を二日連続で更新予定。   インベーダーのマリッタさん 前編  作:扉行広     ☆★★★★  裸電球の下の日に焼けたちゃぶ台の前に、大きなおっぱいが座っている。 「はい、マリッタさん」  僕は年代物の花柄の電気釜からご飯をつけて、お茶碗を差し出す。タンクトップに包まれたおっぱいが、両腕を差し出してお茶碗を受け取る。 「ありがとう、さーりゃくん」 「はい、お味噌汁も」 「はい」  おっぱいはお椀を受け取り、お箸と麦茶のコップを受け取り、正座してにこにこ微笑んでいる。  料理を出し終わると、僕は向かいに座って両手を合わせる。おっぱいは見よう見まねで同じ仕草をして、信仰深い人みたいに深々と頭をさげる。 「いただきます。――ですね?」 「そうだよ」 「もう、食べてもいい?」 「どうぞ」  おっぱいは不器用な手つきで箸を取ってお米を食べ始める。大きな体でもむもむとつつましくつまんでいくのが可愛らしい。けれども、控えめなのは仕草だけだ。食べる勢いはオオカミみたい。おっぱいはあっという間に一杯平らげて、申し訳なさそうにお茶碗と電気釜を見比べる。 「あの……さーりゃくん」 「お代わり?」 「っていうんですか? その、できれば追加をいただければと……」 「もちろん」僕は二杯目を山盛りにして差し出す。「マリッタさんは食いしん坊だもんね」 「摂取量過多のことですね。はい、私はカロリー消費が多くて。……申し訳ありません、貴重な食料を」 「いいって。どのみちマリッタさんが買ってきてくれるんだし」 「さーりゃくんの加工がとても上手なんですよ。んふ、あむ……」  おっぱいはとてもおいしそうにご飯を平らげる。豚のしょうが焼きもレタスのサラダもぱくぱく食べていく。  見る間に食卓のお皿が空になる。おっぱいは両手を合わせて、ごちそうさまと頭をさげる。そして汚れた皿を持って立ち上がる。 「あの、よければ今夜は、輸送と洗浄は私が」 「やってくれる? 頼むよ」 「はい」  そばを通ってとてとてと台所へ向かう。きつきつのショートパンツに包まれたむちむちのお尻と太ももが通り過ぎていくのを、僕はまともに見られない。 「さーりゃくんって、ほんとにいい地球人ですよね」 「うん……」  僕は素直にうなずけない。  僕はこの人をだましている。 「『聖なる白滴』がなくっても、気にしないでくださいね」  ポニテにしたピンク色の髪を揺らして振り向くおっぱいの名前は、マリッタさん。としは二十二歳。  男の精液を略奪しにやってきたインベーダー、キセラ族の偵察員だ。      ★☆★★★  そんなマリッタさんと僕が出会ったのは、一週間前のこと。  場所はお爺ちゃんの家の近くの田舎道だった。 「ふう、あっつ……」  その日、僕は村の駄菓子屋でおやつを買って、お爺ちゃんの家に戻るところだった。  僕の家は都会にあるけれど、毎年夏になると、お父さんとお母さんは海外へバカンスに出かける。そのあいだ、僕は田舎のお爺ちゃんとお婆ちゃんの家に預けられる。親に置いていかれることは、特にひどいと思ったことはなかった。物心ついたころからそうだったから。  お爺ちゃんの家は村外れの山裾にある一軒家で、不便といえば不便だし、二人とも畑に出たり農協の仕事をしたりするから、昼間はほったらかしにされる。けど、それもゲームと勉強ばっかりしている僕にとっては、そんなに不満でもなかった。  ただ、お婆ちゃんがおやつを買い忘れたときには、歩いて駄菓子屋まで行かなきゃいけない。それがちょっとめんどくさかった。  青い稲の茂った田んぼと、こんもりと盛り上がった鎮守森の境目にうねうねと伸びる、ひと気のない用水路沿いの田舎道。まるでジブリ映画の舞台みたいなそんなところで、女の人がぺたんと座り込んでいた。  最初に見たとき、変だと思わなきいゃいけなかったんだ。何しろその人はストロベリーシェイクみたいなピンクの長い髪をしていて、ダイバーみたいな真っ黒なぴったりしたスーツを着ていたんだから。  けれども僕はそのとき暑さで頭がぼんやりしていたし、何よりもその人の横顔に目を奪われて、かっこうなんか二の次になってしまった。  ぼんやりとして苦しそうな、それでも海棠の花みたいに柔らかできれいな顔。  僕は思わず、水路を覗きこんでいるその人に、声をかけていた。 「あの、どうしたんですか」 「……え?」  振り向いたその人と目が合ったとき、胸がどきんとした。  まつ毛の長い大きな青い目に前髪がかかって、暗い顔に見えた。ちょっと太めの眉は下さがりで。すべすべのほっぺたは青ざめて、うっすら汗が浮かんでいた。鼻とあごは丸っこくて、少し子供っぽいと思った。  小さな、柔らかそうな唇が動いた。 「みず……」 「え?」 「このみず、飲んだら、感染しますかね……?」  カンセン? 病気になるってことかな。そりゃ、田んぼの用水路の水なんか飲んだら、虫もいるし農薬も入ってるだろうから、体にいいわけがない。  テレビでガンガン注意している、熱中症って言葉が頭に浮かんだ。 「のどかわいてるんですか? 大丈夫?」 「あんまり……」 「あの、これ」  僕は、さっき買ってきたばかりのスポーツドリンクのペットボトルを袋から出して差し出した。 「よかったら、飲んでください」  女の人はぼんやりとボトルを受け取ったけれど、それをくるくる見回して、困ったみたいに首を傾げた。暑さにやられてるんだ、と思って、僕は蓋を外してあげた。 「はい」  女の人は、それに口をつけた。  そしてボトルの底を真っ青な夏の空に向けると、ごくごくと一気に飲み切ってしまった。  それがあんまり勢いがよくて、僕はぽかんと口を開けた。  女の人はボトルを離して口元を手の甲で拭うと、「っはーっ!」と大きな声で言って、目を閉じてぷるぷる震えていた。  それから、宝石みたいにきらきらと目を輝かせて僕を見た。 「おいしいです! 最適ですね、これは!」 「そ、そう。よかった」 「うあー、助かりました、ぎゅんぎゅん浸透しました! ああ、なんて運がいいんでしょう、支援の期待できない単独降下任務で体調不良を起こして、もう死ぬかもって思ったときに、こんなかたちで救助していただくなんて……」 「炎天下を歩くときは、飲み物をとらなきゃ……」 「そうですね! 以後気を付けます」  そういうと女の人は立ち上がった。僕は思わず一歩下がってしまった。  その人はとても大きかった。お母さんよりも大きい、お父さんと同じぐらい。  そして、座っていたときはわからなかったけれど、ものすごく、その、なんていうか――エッチな体つきをしていた。はちきれそうに大きなおっぱいと、搾ったみたいにぎゅっとくびれた腰と、ぷりっと盛り上がった丸いお尻をしていて……そして、黒いスーツが体にぴったりと張り付いているから、体の前のところが、あちこちくっきり浮き出していた。  胸の先っぽも、おへその下の股のところも。 「うあ……」  まっすぐ見られなくて僕がうつむいてしまうと、頭の上から女の人が言った。 「ありがとうございます、助かりました。私はキセラのマリッタです。あなたの個体名はなんですか?」  きせら? まりった? 外国人なのかな、いやこんな髪の色、そうに決まっている。 「僕は西岡沙李也っていいます」 「さーりゃ。さーりゃくんですね。ほんとにありがとうございます」  もう一度お礼を言われたので、見上げると、女の人もにっこりと笑っていた。僕も嬉しくなって笑った。  その人、マリッタさんは改めて周りを見回して、言った。 「私、高齢者分布地区の可能性潰しを命じられてこの地区へ来たんですけど、ここってばほんとに予備調査の通りですね。若年男性が全然見当たりません。あなた、もしよければ教えていただきたいんですけど――」  意味のよく分からないことをいろいろ言ってから、ふとマリッタさんは僕を見つめた。「むむ?」と眉をひそめて、顔を近づける。  ふわりと甘酸っぱい、蜜みたいな匂いがした。さっきのドリンクの匂い、じゃなくて……。 「さーりゃくん、もしやあなたは……」 「はい?」 「男性ですか?」  もちろんそうだ。髪は切っているし、女の子だと思われたことはないんだけど。 「は、はい」 「男性! 成長度は? 年齢っていうのかしら」 「十歳ですけど」 「十歳の男性……男の子!」  マリッタさんは感動したようすで両手を組み合わせた。まるで男の子を見たことがないみたいに。  変な人だと思ったけれど、次に言ったのはもっと変なことだった。 「じゃああなたは、『聖なる白滴』を持っていますか?」  セイナルハクテキ?  僕が持っているのはプリンと菓子パンとラムネ菓子、それに小銭入れだけだ。わけがわからなくて、首を横に振った。  するとマリッタさんは「そうですか……」と肩を落とした。  それがまた、がっかりしたのが手に取るようにわかる落ち込みっぷりだった。僕は、子供みたいに笑ったりへこんだりするこの人が、なんだかとても気になってきて、訊いてみた。 「あの、セイナルハクテキってなんですか」 「『聖なる白滴』は、キセラの種族進化のための重要な生体素材です」マリッタさんは真顔になって説明を始める。「私たちキセラはY染色体なしでの人工繁殖に成功して以来、故郷を離れて長年クローン化によって繁栄してきましたが、先ごろ人為的ゲノムシャフリングの限界に達し、種族維持が困難になったのです。それで先史時代からの伝承に従い、若年男性だけが生産する繁殖素材、『聖なる白滴』を求めて、この惑星に帰ってきたんです」  僕はぽかんと口を開けていた。  鎮守の森でセミがジージーシャワシャワと鳴きまくり、用水路の水がさらさら流れ、真っ白な太陽がぎらぎらと照り付ける田んぼ道に、裸みたいなスーツを着た女の人がまくしたてる、理解できない言葉が溶けて消えていく。  わけのわからない夢を見ている気分だった。 「あの、さーりゃくん?」 「は」 「言葉、通じましたか?」マリッタさんが指先で空中をちょいちょいとくすぐると、ひらりと半透明の立体映像が現れた。「キセラ=日本語トランスレーター、ちゃんと機能してますよね……あの?」 「はい」 「十歳って、十歳ですよね?」 「十歳です」ちょっとませてると言われることはあるけれど。ていうか、その立体映像なに? スマホなんかと全然違う。画像にも見たこともない文字がいっぱい並んでる。 「じゃあ、あなたは『聖なる白滴』があるはずです!」 「って言われても……」 「あるはず……なんですけど、十歳じゃ遅いのかしら。やっぱりお姉様がたみたいに、五歳や三歳の男の子でないといけないのかなあ……」  マリッタさんは困ったようにぶつぶつ言っていたけれど、やがて、はーあ、と肩を落とした。 「やっぱり私みたいな落ちこぼれは、まともに任務もこなせないのかな……」  そう言うとふらりと歩き出した。用水路の少し先にある石の橋に向かう。 「待って」と僕は思わず声をかけていた。  ん? と振り向いたマリッタさんに追いついて、尋ねる。 「どこ行くの?」 「帰ります。この地区に、他に男の子はいないみたいなので……」 「帰ると……叱られるの?」  それは勘だった。マリッタさんの様子は、テストで百点を取れずにうちへ帰るときの僕と、似ている気がした。  あは、とマリッタさんは弱々しく笑った。 「わかるんですか。そうですね、たぶん叱られます。というか、笑われちゃうかな。やっぱり被使役層はろくな能力がないって。そのあとは……懲罰かな」 「チョウバツ? 罰があるんだ?」  マリッタさんは小さくうなずくと、そのまま橋を渡っていきかけた。その先は鎮守の森だ。  マリッタさんが二度と戻ってこないことが僕にはわかった。なんだかとてもかわいそうになった。 「待って」  僕はもう一度声をかけた。その時にはもう、何もわからないまま、この先どうなるのかわかっていたのかもしれない。 「もうちょっと探したら」 「……探す?」 「その、セイナルハクテキ?」それが何かわからなかったけれど、なぜか口にすると胸の奥がざわざわした。「ある、かもしれないし」 「あるんですか? さーりゃくん」 「わからないけど」勇気を振り絞って、顔を上げた。「僕、それ知らないから。ひょっとして、調べたら」 「ある?」 「かも……」  森の木陰の入り口で、驚いたようにマリッタさんは見ていた。笑われるかな、という気がした。  でもマリッタさんはこちらへ戻ってくると、僕の前にしゃがんだ。 「努力してくれるんですね、私のために」 「ん……多分」 「ありがと、嬉しいです」  ふんわりと微笑んで、マリッタさんはうなずいた。 「じゃあ、私ももう少し頑張ってみます。さーりゃくんが『聖なる白滴』を持ってるかどうか」 「うん」ぼーっと頬が熱くなった。僕は催眠術にかかったみたいにうなずいていた。「調べ、て……」  それから僕たちは石の橋の手すりに腰かけて、しばらく話し合った。調べるって、どうしたらいいか。どこでやるか。いつやるか。  自分の住み家に来てほしいとマリッタさんは言ったけれど、僕はお爺ちゃんとお婆ちゃんの家に帰らないといけないから、と断った。本当は、会ったばかりの人の家に行くのが怖かったから。  それなら僕の家に行きたい、とマリッタさんは言った。それも難しいと思ったけれど、マリッタさんはいたずらっぽく笑って言った。 「惑星住民の暮らしに入りこむ方法は、あるんです。家族っていう自給単位で暮らしているんですよね。任せてください」 「暮らしに入りこむ? お爺ちゃんとお婆ちゃんの?」僕はマリッタさんのエッチな姿を上から下まで眺めて、首を傾げた。「でもそのかっこうじゃ、なんて言われるか……」 「装備がふさわしくありませんか? では、現地女性の外見を調べて、偽装しますね」 「どうやって?」 「この地域ではすでに貨幣経済が行き届いているんでしょう?」  マリッタさんが両手をこすり合わせると、そこからまるでマジックみたいに、じゃらじゃらと五百円玉がこぼれ落ちた。僕は目を丸くした。 「これで調達します」 「マリッタさん、お金持ちなんだ……」 「あら、ただの銅と亜鉛とニッケルの合金ですもの。いくらでも作れますよ」  それは悪いことなんじゃないかな――というか、これは悪巧みなんじゃないかという気がだんだんしてきたけれど、このころには僕はもう新しい計画にわくわくしていた。ゲームと宿題しかない田舎の暮らしには、ちょっと飽きていたんだ。 「あなたの宿営地は? この道の先ですか? わかりました。じゃあ、準備をしたら向かいます。先に帰っていてもらえますか?」  あれよあれよというまにことは決まって、僕はいったん家に戻った。夕方になってお爺ちゃんとお婆ちゃんが帰ってくると、いつも通りの夕食になって、昼間のことは夢だったんじゃないかと、不思議な気分になった。  けれどもじきに、「こんにちはぁ」と玄関に声がしたから、夢じゃないとわかった。お爺ちゃんたちのあとについていって、柱の陰からそっと覗くと、農具や傘が立てかけてある田舎家の土間に、あのマリッタさんが立っていた。  それが、素足にサンダル、ぱつぱつのショートパンツとうすうすのピンクのタンクトップに、申し訳程度のパーカーを引っかけただけっていう派手な格好だったから、僕は手で顔を覆いそうになった。さっきの黒いぴっちりスーツよりほんのちょっぴりましなだけ――っていうかわきやあしがむき出しな分、もっとエッチかも。お爺ちゃんやお婆ちゃんには刺激が強すぎる。  二人ともきっと困るだろう、と心配した。  ところがマリッタさんが、例の立体映像を指先でぴかりと光らせると、爺ちゃんと婆ちゃんが急にぽかんとした顔になった。  二人はぼそぼそとちょっと話しただけで、僕のところへやってきて言った。 「あー、あのな、沙李也。あの毬田さんが、民俗学……とかいうたかな、なんやら学問の調査でこの辺りのことを調べられるから」 「うちに泊まらっせることになったよ。あんた、毬田さんのお世話をしてあげられる?」  ぼくはびっくりして何も言えなかった。  二人の後ろで、マリッタさんがにこにこして、これでどう? というように指三本でVサインを出していた。      ☆☆★★★  それから一週間。  昔、この家のお婿さんが住んでいたっていう、二間続きの離れを掃除して、どこからか手荷物を持ちこんで、マリッタさんは住み着いてしまった。後でわかったけど、この人は鎮守の森に小型艇を隠していた。でも現地行動をするには住み着いた方が都合がいいからって、日本人の生活に合わせることにしたらしい。  そのお世話をする、という建前で僕もそっちに移った。  家事分担はすぐに決まった。買い物はマリッタさんの仕事。理由はお金を持っているから。炊事洗濯は僕の仕事。もともと都会の家でもやっていたから、それはたいして苦でもない。  女物のパンツまで洗わされるのは、だいぶ恥ずかしかったけれど。  そういうことを全然気にしない人なんだ、とだんだんわかってきた。  今、夕食が終わった後、僕たちはちゃぶ台で向き合って休んでいる。食べ終えたアイスのカップが二つ。シャーペンと消しゴムと夏の休みの絵日記帳。網戸から吹き込む涼しい夜風。夏草をきれいに刈り取った暗い庭は畑の方に向いている。小さな明かりに照らされた僕たちが、月とスズムシたちには見えてるだろう。   つけっぱなしのテレビのほうを、僕たちは二人とも見ていない。僕は日記の内容を考えてる。マリッタさんは指先電話でどこかと話していた。 「K? RLKKSMTTK。IHA−IHA、TTNKPK RKST」  そんな言葉に、七時のニュースの音声がかぶさる。――また、降下集団の襲撃です。今日午前、東京都むにゃむにゃ区で、キセラ族を名乗る黒服の女の三人組が幼稚園のバスに乗りこみ、三十分にわたって立てこもったあと、何も取らずに飛行物体で逃走しました。けが人はありませんでした。集団の目的は依然として不明ですが、警察では頻発する幼児襲撃事件と同一集団の犯行とみて、行方を追っています。  行方を追ってるんだ、と僕はぼんやりと考える。ここにキセラのマリッタがいます、って一一〇番すると、パトカーが来るんだろうな。  そうしなきゃ、いけないんだ。  マリッタさんが、賞金をもらう相撲取りみたいに空中で手刀を切って、ふうとため息をついた。指先電話を切る仕草だ。僕は白いノートを見つめながら聞く。 「お友達と電話?」 「ええ、本艦といつもの定時連絡です」マリッタさんは首をこきこき左右に鳴らす。「調査成功の見込みありにつき継続中なれど大進展はなし、って説明するんです。でもそのままじゃ叱られちゃうから。こう、なんかかんか新しいことを、ちょっとだけくっつけて」 「今日は、なんて?」 「えーと。『聖なる白滴』に類するものを発見、って」  ちゃぶ台のバニラアイスのカップを指さして、マリッタさんは、あはっと笑った。 「ただの糖と動物性脂肪分だって、速攻馬鹿にされちゃいましたけど」 「……東京の幼稚園バスを襲ったのも、お姉さんたち?」 「だと思います、あの手際、すごいですよね」あれ、ニュースをちゃんと見ていたみたい。「過密地域のど真ん中で最重要集団を護送するムービクルを襲撃して、拿捕もされず、対象も傷つけずに脱出するなんて、どうやったらできるのか。私だったらきっと捕まっちゃいます」  「でも、成果はなかったんじゃない?」 「そうなんですよおー」  マリッタさんはちゃぶ台にぺたーんと両腕を伸ばす。僕の日記帳が押し出される。 「あんなに手際のいいお姉さまがたでも見つからないなんて。ほんとどうしたらいいんでしょうねー」  大柄で髪の長いマリッタさんが小さなちゃぶ台に突っ伏すと、ピンクのふわふわ髪が一面にばっさり広がって、けっこうな面積を占領される。僕は髪の香りに圧倒されて後ろへ引きながら、わざとそっけなくつぶやいた。 「でも助かるでしょ? ……先を越されなくて」 「うふ」くるんとこちらを向いて、マリッタさんは悪い子みたいに微笑む。「実は、そうです。それならまだこうして、ゆっくりしていられますし……」  シャーペンを握る手を、つん、とつつく。 「ま、いるだけならいいけどさ」  僕は、その手をかばって、目を逸らした。心臓がトクトク鳴り始めていた。  僕はこの一週間で、地球の誰よりも事情を知るようになってしまった。  ううん、宇宙のキセラ族よりも、だ。  キセラ族。それは大きな宇宙船でやってきたインベーダーのことだ。そういう連中が、三週間前に地球の近くに現われていた。  そいつらは小型艇をたくさん放って、地球のあちこちを飛び回っていた。やることはひとつ。世界中の小さな男の子たちを片っぱしから襲う。といっても傷つけたり殺したりするのではなくて、あるものを渡せと要求する。 『聖なる白滴』を。  方法は様々で、面と向かって礼儀正しく頼んだり、指の光で催眠術にかけたり、叱ったり脅したりもしているらしい。でも一度も成功しなかった。世界のどこでも失敗して、逃げ出す羽目になっていた。  そのことを僕が知ったのが、四日前だ。テレビとお爺ちゃんが取っている新聞で、一斉に報道し始めたから。それまでは偉い人たちが隠していたらしい。大人の事情ってやつだろうな。  報道でも、あまり詳しいことは知らされなかった。本当に分かっていないみたいだった。キセラ族はいつも、一人きりの子供を狙ったり、周りの大人たちを眠らせてから襲っていたからだ。子供たち自身も驚いて混乱して、後で調査した大人にまともな話ができなかった。わかったのは二つのことだけだった。  キセラ族っていう名前と、そいつらが女ばかりだってこと。  キセラ族の小型艇はレーダーにもかからずに戦闘機の何倍もの速度で飛び回り、地球人には決してキャッチできない無線で連絡を取り合っている。今でもそれ以上のことはわかっていなかった。  僕を除けば。  僕はもう気づいていた。 「ねえ、マリッタさん」  日記帳に文字を書き進める。今日は洗濯物を・自分で洗って干した。そうしながらさりげなく訊く。 「もし『聖なる白滴』が手に入ったら、どうするの?」 「ただちにお姉様がたに献上しなければなりません」  マリッタさんはテレビ画面を見つめながら棒読み気味に言う。 「私は、『白滴』を活性化するのが許されていないので。採れるだけ採ったら、すべて渡してしまうのです」 「巻き上げられちゃうの? 取られ損じゃない?」 「そうはいっても私は被使役層ですから――」指先映像をぴこぴこして、辞書か何かを出す。「日本語では奴隷っていうんですかね。わがままは許されないのです。それに、取られ損ってわけでもないんですよ。ちょっとぐらいは報償がもらえるでしょうから」 「どれぐらい?」 「んん……この、さっき食べたおいしいアイスっていうものを、好きなだけ食べられるぐらいかな? 被使役層、嗜好品わりあてが少なくて」  はは、ってマリッタさんは情けない感じで笑う。  僕は同情した。世界中の軍隊を手玉に取る連中が見つけられないってのに、それを見つけてもアイスがもらえるだけってのは、ずいぶんかわいそうだ。  よっぽど、教えてあげようかと思った。 『聖なる白滴』って、たぶん精液のことだよ、って。  種族維持に必要で、男の子しか持っていないものなんて、そうに決まっていた。三日目ぐらいに気づいた。  僕は四年生の春の性教育で習っていた。男は精子を出す。女は卵子を持ってる。精子と卵子がくっつくと、子どもができる。どうやってくっつけるかまではよく知らないけど、クラスのエロいやつらがはしゃいでいるときによく叫ぶから、名前だけは知っている。  セックスだ。  セックスすると精子が出る。男の子の、おちんちんから。それがキセラ族の欲しいものなんだ。  ただしこの人たちは、だいぶ大きな勘違いをしてる。  若い男の子しか精子を出さないって思いこんでること。きっと古い伝説に、年寄りは精子が出ないとかなんとか書いてあるのを、間違って解読しちゃったんだろう。それを、若ければ若いほどいいって解釈した。  子供は精子なんか出ないのに。女ばかりの種族だから、セックスのことがわからないんだ。  だから失敗ばかりしている。  そこまでわかっているから、逆に話せない。  言えば、マリッタさんは大人の男を探しに出ていっちゃうから。  庭の・草刈りも・した。僕は日記を書き終えてシャーペンを置く。するとマリッタさんが待っていたように、いそいそと隣に来る。「終わりましたか? 終わりましたね?」と覗きこんでくる。 「終わったけど……待ってたの?」 「はい。それはさーりゃくんの報告書なんですよね。偉いですね、きちんと毎日記述して」  あらって・ほした。日本語の文字を読んで、マリッタさんはうんうんとうなずく。 「識字してますねー。さーりゃくんはこの地区の統治層なんですね」 「そういうわけでも……」 「いいなー、私なんかお姉様がたの高度な作戦とか、全然わかんないんですよね。さーりゃくんも頑張ってくださいね!」 「わは、ちょ、っとマリッタさん!」  やにわに抱きしめられて、僕はあわてる。甘酸っぱいいい匂いのする、ふわふわたっぷりのおっぱいに顔ごと包まれて、ドキドキで死にそうになる。地球の衣服を着始めたばかりのマリッタさんは、ブラジャーなんかつけてない。  そんなことをされると、僕なんかまだ子供だけど、でも。 「おいしい食料や嗜好品をわけてくれるし、さーりゃくんはほんといい子ですねー」 「マリッタさんこそいい人だよ……」 「あはー、ありがとうございます」  むにむにぎゅうぎゅう、とマリッタさんが遠慮なくハグする。僕は、胸の奥のもやもやがむらむらして、我慢できない。 「息、苦しいからっ!」  もがくようにして押し離すと、あは、やりすぎちゃった、とマリッタさんが頭をかいた。そんな仕草もすごく可愛らしい。一回りも年上なのに。 「ごめんなさいねー、ああ、私いま体臭すごいですね! この星の服、まだ冷却機能がついてないから」 「そんなこと、ないけどさ、その」僕はへどもどして言う。「マリッタさん、いい匂いだし……」 「そうですよね、やっぱり匂いますよね。洗浄しましょうか」  ごく自然な口調でマリッタさんはそう言うと、映像の宇宙時計をぽっと投影してから、立ち上がる。 「いい時間です。熱水を貯留して、身体洗浄しましょう。さーりゃくん、今夜も一緒でいいですか?」 「えっ、えーと……」  ぼくはためらう。そんなの、いけないことだ。クラスの友達が聞いたら、ありえねーって叫ぶに決まってる。 「それとも、先に一人で入室します? たまには一人で伸び伸びしたいかな」  マリッタさんが遠慮するような顔になる。からかう調子は少しもない。この人にとってはほんとに、それだけのことなんだ。  だから僕は……いけないと思いつつ、ぷるぷる、と首を横に振ってしまう。 「か、構わないよ。狭くなんか、ない。一緒に入っても……別々だとお湯が冷めるし……」 「ですね! 熱水、溜めてきますね」  ぱあっと嬉しそうに笑って、マリッタさんはぱたぱたとお風呂場へ向かう。  僕はうつむいて、女の人とおふろ、女の人とおふろ、と信じられない思いでつぶやいてしまう。 「んっ、しょっ、と」  離れの狭い脱衣室で、マリッタさんは勢いよくぶきっちょに服を脱ぐ。タンクトップの裾をあっちへひっぱり、こっちへ持ち上げて、バレーボールぐらいありそうなおっぱいをぶるんとこぼす。ショートパンツを下げて大きなお尻に白い細いショーツ一枚で、わっおっとっ、とけんけんをして壁に手を突く。 「ごめんなさいね、地球の服って難しくて」 「いえ……」 「ほら、さーりゃくんも衣服を取り外して」  言いながらショーツもくるんと脱いでしまう。すっ裸になったマリッタさんの大きな白い体は、バーナーの火みたいに僕の目に焼き付いて脳みそを焦がす。見ていられない、けれど見たくてしょうがない。十歳の僕には刺激が強すぎて、金縛りにあったみたいに棒立ちになってしまう。 「脱ぐ、脱ぐから、先入って」 「はぁい」  タオルを手にして、マリッタさんが扉の向こうへ消える。僕はため息をついて服を脱ぐ。  言いわけすると、僕がこうしたいって言ったわけじゃない。向こうから入ってきたんだ。  離れに移った二日目の夜、お風呂を洗ってマリッタさんに勧めた。首を傾げてわかりませんっていうから、じゃあお先に、と僕が入った。  そうしたら、後からいきなりドアを開けて、マリッタさんが覗きこんできた。 「あっ、そうやって洗浄するんですね、瞬浄機能がないからですね!」  そう言って、玄関や台所に入ってくるのと同じ調子で、ごくあっさりと裸で入ってきてしまった。  キセラ族が女ばかりの種族だからだった。裸を見せるのが恥ずかしいって感覚が全然ないみたいなんだ。だからあんな、体の線が丸出しのぴっちり黒スーツでも平気なんだろう。すっ裸で外を歩かないのは、防御や空調のためだけらしい。  それでも、狭いっていえば、出ていってくれたかもしれないけど――。  僕は、そのときから、いい子でいられなくなってしまったんだ。 「入るよ」  服を脱いだ僕は、タオルで前を隠して、どきどきしながらドアを開ける。オレンジ色の湯気に包まれた、つやつやした輝くような白い背中が目に入る。  その隣に腰を下ろして、洗面器のお湯を汲み直す。マリッタさんは先に泡立てたタオルで体を洗っている。ちらりと目を合わせて、にこりと笑う。 「熱水に入る前に、身体洗浄ですよね。わかってます!」 「う、うん」  最初の晩、マリッタさんは無知と好奇心むき出しで、かけ湯もせずに湯船に入ってこようとした。それはあんまりだから、先に洗うんだよ、って教えなきゃいけなかった。  文字通り、手とり足とり。  今はさすがに自分で洗っている。でもその仕草は相変わらずぶきっちょだ。タオル片手に狭い浴室のあっちこっちに肘をぶつけている。キセラ族はあの黒スーツを着ているだけで肌をきれいに保てるから、手で洗ったことなんてないんだって。  長いピンクの髪も流しっぱなしだから、びしょびしょで絡まって大変そうだ。僕は見るに見かねて、その髪を束ねて絞ってあげる。 「これ、頭洗うまでまとめとくほうがいいんじゃない」 「あ、ありがとうございます。さーりゃくんて、そんな技術も?」 「いや、温泉番組とかで見ただけだから……」  裸の女の人のそばに膝立ちになって、タオルで包んであげる。胸や腕が触れ合っても、マリッタさんは全然気にしない。  それは、死ぬほどエッチな気分になるのと同時に、どこか懐かしいことだった。僕はお母さんともお風呂に入ったことがない。物心ついてからはずっと一人だ。  すべすべしたきれいな肌のマリッタさんは、ずっと昔の赤ん坊だったころの気持ちを、思い出させてくれる気がした。  泣きたいような甘えた気分で、僕は思わず、マリッタさんの背中にそっと抱き着いてしまう。  びくっ、と小さく震えてから、ほうっと息を吐いて、マリッタさんは肩越しに振り向く。 「さーりゃ、くん……?」 「あ、あのっ、ごめん」  あわてて離れようとすると、向こうからぐっと背中を押し付けられた。 「どうして謝るんですか? いいですよ……」  いいって。抱き着いていいなんて――。  僕はどうしても我慢できなくなって、腕を回してきゅっと抱き着いた。  石鹸と汗の入り混じったうなじの匂い。大きくてしっとりしたあったかい背中。――不思議なほど落ち着いた気分になって、はああ、と深いため息が漏れた。  ただ、おっぱいにだけは触れなかった。そんなの、ダメに決まってる。代わりに、細い腰のところに手を回した。 「ん……」  その両手を、マリッタさんがそっと手で包んでくれた。  しばらくそうしてから、僕は体を離して後ろを向いた。マリッタさんがまた体を洗い始めて、ざざあとお湯をかぶり、声をかけた。 「さーりゃくん?」 「タオル……」 「え?」 「終わったら、貸して。洗うから」 「あっ、はいはい」  僕のタオルはマリッタさんの頭の上だ。渡されたタオルを泡立てて、後ろを向いたまま体を拭いた。  ちゃぷりと湯船に入りながら、マリッタさんが気がかりそうに訊いた。 「あの、何か……怒ってます?」 「ううん」 「じゃあ、どうして」 「なんでもないから」  怒ってないつもりだけど、怒った声になった。ううん、怒っているのは僕じゃなかった。  僕の股間の、あいつだった。マリッタさんに抱きついていたら、もう手のつけようがないぐらいビンビンに硬くなっちゃって、収まらなかったんだ。 「何か隠してます?」  なんでもないって言ったのに、マリッタさんは気になって仕方ないみたいだった。そのへん、この人はインベーダーらしく、デリカシーとか全然ない。 「気に入らないことがあったら、言ってくださいな。私、さーりゃくんには感謝してますから、悪いところは修正します。まだ洗浄手順が間違ってました?」 「そうじゃないよ」 「では、なんですか? 私が悪くないんなら――」言いかけて、はっと息を呑んだ。「まさかさーりゃくん、病気ですか?」 「ええっ?」  振り向くとマリッタさんは真剣な目で見つめていた。ざばっ、と身を起こすと、ピンクの点のある真っ白なおっぱいが、たぷんと揺れた。 「病気や身体変形を隠してるんじゃありません? そんな必要はありませんよ。キセラ族は疾病や変形で差別したりしません。ありのままに受け入れますし、もし、本人が望んでいればですけど、修正も可能です。さーりゃくん、隠さずに私に――」 「いや待って、そういうのじゃないから!」  隠そうとして身を縮めたとたんに、ガツンと頭をぶつけて目の中に火花が散った。 「っ……たぁ……」  あれだ。容赦ないお風呂場の刺客。壁から突き出した蛇口だ。  痛みのあまりおでこを押さえて、僕はごろんとタイル張りの床に転がってしまった。 「あっ、さーりゃくん!」  あわててお湯から上がったマリッタさんが、早口に何かを唱えて、僕の額に触れてくれた。 「大丈夫ですか? ごめんなさい、私のせいで」 「う、うん。大丈夫……」  それは本当だった。焼けるようだった痛みがスウッと冷えて、鈍いうずきに変わっていた。キセラ族の科学の力なんだろうか。僕は目を開けて、弱々しく笑ってみせた。 「痛くないから。ほんと」 「よかった……」  ほっと息をついたマリッタさんが、視線を横に動かして僕の体の前を見た。  ぱちくり、と瞬きする。  僕はタオルをばっと前に当てて、股間を隠した。そこはまだ中途半端に硬いままだった。今まで誰にも、マリッタさんとお風呂に入っていても、そこだけは見られたことがない。かーっと顔が熱くなった。 「あ……ええと……」  マリッタさんが戸惑ったみたいに僕の顔を見てから、うん、うんとぎこちなくうなずいた。 「大丈夫です」 「何がだよ……!」 「その、とにかく大丈夫です! 私は否定的な感情は、その、まったく何も」 「見ないでって言ったでしょ!」  言ってないけど、僕はそう叫んで、背を向けた。女の人にちんちんを見られて何か言われるなんて、死ぬより恥ずかしかった。 「あ……」  マリッタさんはまだ何か言いかけたみたいだけど、結局口をつぐんでしまった。僕はお湯をかぶって、背を向けたまま湯船に入った。  そのあとしばらくお風呂場は、先生の雷が落ちた時の教室みたいに、静まりかえっていた。僕は腹が立って壁の方を向いていたけれど、だんだんのぼせてきて、じっとしていられなくなった。  それで、立ち上がって湯船の縁に腰かけた。 「はーあっ……熱っつ」  格子窓の外で外の栗の木の梢が揺れていた。火照った体が冷めていくと、心のむかむかも収まっていった。  そうすると、何か言ってあげたくなった。マリッタさんは常識のない人だけど、悪意で言ってたわけじゃないんだ。 「あのさ」 「はい」  打てば響くみたいに返事がきた。しょげて、ずっと待ってたみたい。 「マリッタさんは、恥ずかしいってないの」 「恥ずかしい……ありますよ、もちろん。ひどい失敗をしたときとか」 「裸は恥ずかしくないの」 「裸は……別に?」困ったような返事。「本艦ではリラックス時にみんなで裸になったりしますし」 「あのさ、覚えといて。地球人は裸、恥ずかしいから」 「はあ」 「見るのも、見せられるのも。すっ裸で外に出てる人、いないでしょ」 「あっ。……まさか、私の裸って、不快でした?」 「そうじゃないけど――うう」  マリッタさんの裸はすごくきれいだし、見たい。けど、そのままでそこらをうろうろされたら、きっとすごく困る。 「不快じゃないけど、時とか場所を考えろってこと!」 「はい」  真剣な声。僕の教えることを、この人はまじめに受けとってくれる。 「地球人は……特に男と女は、やたらと裸を見せたりしないの」 「じゃあ、さーりゃくんが、一緒に洗浄してくれるのも、我慢して……?」 「それも、そうじゃないけど」  ああ、こんなこと言葉で説明するの、むちゃくちゃ難しい。 「手や背中はいいけどさ。見せたくないところもあるんだって!」 「はい」声が詰まる。あ、泣かせちゃったかも。「排泄器官は、だめなんですね。わかりました、今後は見ないようにします」 「排泄器官っていうかぁ……」  どうなってんだろう、キセラ族のそういう考え。 「あそこって、そういうとこじゃない? マリッタさんは平気なの? その、あんなところまで見せたりするの?」 「それは、衛生面の問題がありますから、見せびらかしたりはしませんけども……」考えながら言ってる。「好意を持つもの同士では、見せたりするみたいです。私は経験ないんですけど」 「ほら」  僕は手掛かりが見つかった気がして、振り向いた。すると、床にぺたんと座り込んだマリッタさんの、丸のままのおっぱいが目に入ったけど、無理やり無視して、続けた。 「キセラ族だって、好意がなきゃ見せないでしょ。恥ずかしいってことでしょ、それ」 「それは、まあ……」曖昧なうなずき。「でも普通、意味もなく口の中とか鼻の穴とか、覗きあったりしませんし。それはそういうことで」 「全然恥ずかしくないの? あそこでも?」  驚いてそう訊いてから、何言ってるんだろう僕はと思ったけれど、遅かった。マリッタさんは、この人にとっては当たり前の返事を、した。 「ええ、はあ」  きょとんとして、マリッタさんはうなずいた。  僕はぼうぜんとしていた。世界にそんな人がいるなんて考えたこともなかった。  でもマリッタさんはこの世界の人じゃなかった。だからそういうことも、ありうるのかもしれなかった。  どきどきが急に、息もできないほど強くなった。 「見せて」  するっと、そう言っていた。ためだ、やめろって頭の中で別の自分が喚く声が、遠くなっていた。 「マリッタさんの、全部見せて。そしたら……許してあげる」 「え……は、はい」マリッタさんは戸惑って自分の手足を見回してから、ふと、頭のタオルに手をかけた。「全部、ですね」  ばらりとほどけたピンクの髪が滝のように体にかかって、白い肌をくっきりと輝かせた。  僕は床にしゃがんで、手を伸ばせば届く距離でマリッタさんを見つめた。タオルもパンツも何ひとつ身に着けていない、裸の女の人を。両脚を外側へ折り曲げて、女の子座りしている。くるんと丸い膝こぞうに手をかけて、持ち上げた。 「脚、開いて。手でひっぱって」 「はい……」  マリッタさんは体育座りみたいに膝を立てて、おずおずと、でも隠すそぶりもなく、股を、あそこを開いてみせた。  頭がぼーっと白くなって、心臓の音だけが耳の中でどくどく鳴った。  マリッタさんはむちむちで大きくて――だから太ももはつき立てのおもちみたいに、ううん、へらで撫でつけた特大のレアチーズケーキみたいに、つやつやで広い。  左右のまぶしいつやつやの広場の間で、おなかのお肉がちょっぴり窮屈そうにきゅっと盛り上がっていて、その三方のお肉のいちばん真ん中の下の方が、ピンクの耳たぶみたいなくにゅくにゅの覗く、小さなぽてっとした丘になっていた。  あそこだ。なんていうんだっけ……教科書では、ヴァギナ、だっけ。  女の人の、絶対見ちゃいけないところ――僕は汗が目にしみて、何度もまばたきする。 「はーっ、はーっ、はーっ……」  むさぼるようにそこをじっと見ているうちに、怒られそうで怖くなってくる。  でも、ちらっと目を上げると、マリッタさんはまだ(どうしてそんなに見るの?)っていう顔で、戸惑って僕を見ている。  ダメじゃないんだ。ダメじゃないんだ。  続けていいんだ――。  あそこは影になってる。頭の上の電球が暗い。四つん這いで前に出る。「こ、もっと、見せて……」声がかすれる。ちんちんがズキズキと硬くなりすぎて、痛い。 「こ、こう……?」 「もっと」  マリッタさんは両手でぐいと膝を開き、それでも僕が顔を突っこんでくるから、お尻を前に滑らせて、壁にもたれた。  おなかの下に隠れていたそこが、ぐっと近づいた。ぽってりしたお肉の丘が突き出される。くにゅくにゅの耳たぶは縦長の切れ目からやわやわとはみ出していた。上の端に日よけみたいな三角のカバーがあって、その下に真珠みたいに可愛らしいホワイトピンクの粒が隠れていた。 「男の子と女の子」の図解に書いてあった。クリトリス。僕は口だけ動かしてつぶやいた。  お湯の湿りと湯気で、まだよく見えない。それに多分僕の目にしみこむ汗も。はいつくばって覗きこむだけじゃ我慢できなくて、指を伸ばして軽くつついた。ちょんっ。 「ひゃっ」  マリッタさんがびくんと震えた。ちょん、ちょん。「ひっ、ひゅっ」目を閉じてあごを上げる。ぞわっと僕は嬉しくなった。 「痛い?」 「ちが……いますけど、そこ、すごく敏感みたいで」 「もっと触っていい?」 「ダメ」  マリッタさんは首を振ったけど、僕は止まらなかった。敏感なら、もっと優しくしよう。シャボン玉の泡に触れるぐらいのつもりで、そっとそっと、人差し指の腹を押し当てた。 「ぃ、んんんん……」  大きなお尻がひく、ひく、と跳ねて、左右にそびえるたっぷりした太ももが、ぷるぷる震える。指先に当たる粒が、むくむく……と硬くなってきた。 「あの、苦しいです、この姿勢」  大きな体を壁際で丸めて足だけ開いているから、マリッタさんは息ができないみたい。たゆたゆのおっぱいが左右にあふれてる。僕はもっともっと見て触りたいけれど、伏せているこっちも姿勢がつらい。 「寝て、マリッタさん、寝ちゃって」  はー、はー、といつのまにか息を荒くしていたマリッタさんは、目を伏せて少しの間動かなかった。でも、じきにずるずると壁を滑り落ちて横になった。  そして僕は後ずさりすると、こちらへ滑ってきたマリッタさんのお尻を、膝の上に持ち上げた。 「んんっ、しょ」  マリッタさんのたっぷりした下半身を抱え上げる形になって、一気にずしっと体重がかかった。すごく重かったけれど、その分べったりと密着してしまって、ものすごく興奮した。もし僕が、よく鼻血を出すクラスの子みたいな体質だったら、ここで破裂してマリッタさんのおなかを血まみれにしちゃったと思う。  それぐらい頭に血が昇ってくらくらしていた。両脚を左右にぱっくり開いたマリッタさんのむき出しのあそこが、さっきちゃぶ台で書いていた日記帳と同じぐらい目の前にあった。 「マリッタ、さん……」  左右の太ももをテーブル代わりに両ひじを置いて、僕は初めて見る女の人のヴァギナを研究し始めた。  基本は丁寧に。それだけは決して忘れなかった。ぷっくりした外側のお肉を割り開いて、耳たぶをつまんで、ひっぱって、くすぐって。内側のぺらぺらした小さな唇を、小指でぬるぬるとなぞっていって。そこはなんだか濡れ始めていた。さっき湯船につかって石鹸を流したはずなのに、粘液が湧き出してぬちょぬちょになっていた。それが出てくる、針の先で突いたみたいな小さな穴も見つけた。 「はぁ、はぁ、はぁはぁ……」  おしっこの穴を見つけたのはそのあとだった。ぷくっと膨れたクリトリスの下にそこがあった。小指の先でくりくりとほじってみると、「んくっ、くぅっ」とマリッタさんが歯を食いしばって、僕の両膝をぎゅうっとつかんだ。でも「痛い?」と訊くと、か細い声で「痛くは……ないですっ」と言ってくれた。 「なんか、なんだか、さーりゃくん、すごく」 「恥ずかしい?」 「そうかも、わかりませんっ、むずむずして、はうんっ」  ぼよんっ、ておっぱいを跳ね上げてマリッタさんがのけぞった。僕がたまらなくなって、可愛い可愛いクリトリスにキスしちゃったんだ。そこはちょっとだけしょっぱい、おしっこの味がした。おしっこの味だとわかってるのに、いやじゃなかった。  それにおしっこじゃない、もっとねっとりした生臭いおつゆもあふれ始めていた。真ん中にぽっかり空いた、暗い穴から。  そこが赤ちゃんを産む、膣っていう穴なのは知っていた。でも赤ちゃんが出てくるだけのはずなのに、そこは僕を引きつけて引きつけて、しょうがなかった。そこが見え始めた最初からそうだったけど、なかなか近づけなかった。そこに触ると、なんだか度を越してしまいそうな気がしたんだ。  でも舌先でそこに触ると、もう止まらなかった。 「そっ、そこ、さーりゃくん、そこはっ!」 「んっ、んふ、くむ、んぷ」  僕は缶詰の餌にありついた猫みたいに、そこに唇と舌を押しつけて、ぬぐぬぐとめちゃくちゃに舐めまくった。穴の口を繰り返しなぞって、まわりのひだと粒を唇でぐるぐるとなめつぶして、クリトリスを何度もちゅうっ、ちゅうっと吸い上げた。  それから汁でどろどろになった入り口にもう一度思いきり口を押しつけて、伸ばせるだけ伸ばした舌で、ぬめぬめした膣の内側までてろてろとなめ抜いた。 「ひっ、ひぁっ、んっ、んくぅぅぅっ……!」  途中から両足を床にふんばって、自分でぐいぐいと股を押し付けてきたマリッタさんが、いきなりかん高くうめいたかと思うと、ぎゅうううっ、とすごい握力で僕の膝を握りしめた。  きゅぷ、きゅぷっ、と別の生き物みたいにヴァギナがひくつくのを、僕は口のまわり全体で感じた。  その瞬間だった。――マリッタさんから見えない腰の下で、がちがちに硬くなっていた僕のちんちんを、びくびくびくっ……と強烈な電気が走り抜けた。 「んぷぁっ、あっ あっ――」  僕はマリッタさんのどっしりした太ももに抱き着きながら、頭のてっぺんまで電気に串刺しにされて、何度も何度も喉の奥だけで叫んでいた。  そんな、雷が落ちたみたいなものすごい時間がしばらく続いたあと―― 「……はぁぁっ……!」  僕たちは二つの死体みたいにドッと折り重なって、長いあいだはぁはぁと大きな息だけを吐きだしていた。  隣の部屋のゴーッというドライヤーの音に混じって、ゲコゲコゲコゲコ、と声が聞こえる。田んぼのカエルが鳴き声競争を始めている。  明日は雨になるかもしれない。  僕は電気を消した寝室で、布団に横になって、DSでセックスのページを見ていた。  お母さんのセットしたペアレンタルコントロールのせいで、露骨なエロのページは見られない。それにDSの性能だと広告のいっぱいあるエロページなんて見てられない。けれど、わりとまじめな性教育のページなんかは見ることができる。そんなの見る子供はめったにいないだろうけど。  僕だって普段そんなところに興味はないけれど、今夜は真剣に読んでいた。  しばらく調べているうちに、疑問の答えが見つかった。  ため息をついて、DSを枕もとに投げ出した。  僕はさっきお風呂で、マリッタさんとエロいことをして、ものすごく気持ちよくなった。今まで一度も感じたことのない電気がびかびかとちんちんから走って、体じゅう真っ白になった。  そのとき、思ったんだ。これが射精だって。男子が精子を出すことだ。  でもそのあとが、ちょっと変だった。僕は精子を出してなかった。こっそりちんちんの周りを見たけれど、それっぽいものはこぼれていなかった。  そんなことってあるのかな?  だから今、性教育のページを読んでみた。そしたら、こんなことが書いてあった。  男子は二次性徴が来ると精巣で精子が作られます。ペニスに刺激を与えるととても気持ちよくなり、精子が出てきます。それを射精と言います。初めての射精が精通です。  精子がまだできていない子供でも、ペニスを刺激すると気持ちよくなることがあります。体が十分に成熟すると、射精できるようになります。  それでわかった。  僕はまだ、精子が十分に溜まってなかったんだ。でも、さっきのことはエロすぎたから、肝心の出てくるものがないままで、射精してしまった。  運動会で使うピストルみたいな感じなのかもしれない。火薬でパンッと鳴るけど、弾は出ないやつ。  まだ二次性徴が来てないから――。  だけど僕には、なんとなくわかる。  明かりが細く漏れているふすまの向こうに聞き耳を立てながら、ショートパンツに手を入れる。ちんちんは、今はもう柔らかくなってる。くにゃくにゃした棒の下に、ぷっくりした袋がある。  その袋の奥が、なんだかうずうずしていた。  これって……多分、そういうことだ。精子が溜まってきてるんだ。  もうしばらくしたら、僕はきっと精通してしまうんだろう。  居間で物音がして、電気が消えた。僕はショートパンツから手を抜く。ふすまを開けたてして、大きな人影が入ってきたと思ったら、僕の布団にけつまずいて「わっ、とっ、と」とたたらを踏んだ。それから隣の布団に、ゆったりと横になった。  髪を乾かしたマリッタさんの、シャンプーのいい匂いがふんわりと漂ってくる。パジャマ代わりのTシャツとショーツ。かすかな窓明かりに、ピンクの前髪が光る。 「……さーりゃくん」 「ん」 「起こしちゃいました? ごめんなさい」 「ううん、起きてた」 「そう」微笑む気配。「あのですね……今ちょっと調べたんです」  闇の中でこっちを見つめて、マリッタさんは言う。 「さっきみたいなこと、つがいの契りっていうんですって。私たちキセラのあいだで……特定のパートナーが絆を深めるときに、ああいうことするんです。私、もの知らずで、そういうことするの知らなくって」 「キセラって女ばかりでしょ。女同士でするの?」 「そうですよ? そういうものなので」  男と女ですることだって、知らないみたいだ。やっぱりこの人たち、肝心なところが抜けてる。  でも、そうでなければとっくに大人の男からしぼり取ってるか。 「キセラはキセラ同士でつがう習わし。白滴を手に入れて、キセラの中で繁殖を行うのが目的です。だから、その……もしさーりゃくんが私に白滴をくれたとしても、パートナーには、なれないことになってるんです」  それはちょっとしたショックだった。あなたと付き合えませんってはっきり言われるのは。そりゃ、僕たちはたまたま出会っただけだし、歳の差もひとまわり離れてるけど……けっこう、うまくやれてるという気がしていたから。 「でもね」  マリッタさんがつぶやくように言ったので、僕は続きを待った。 「さっきの、なんですけど」 「ん」 「あんなの初めてで、私、わけもわかっていなかったんですけど……」咳きこむような声。「その、なんていうか……すごく、素敵だったんです」  どきん、と胸が高鳴る。 「話すのが難しい……恥ずかしい、これ、恥ずかしいですね。こんなことだなんて、今まで知らなくて。つがいの契りって、あんなにも見せあって、指や口まで使って調べあうことだったんですね。あれは確かに恥ずかしいです。すみません、さーりゃくん。何も知らずに、恥ずかしくないなんて言って」  恥じらって何度も唾を呑みこむマリッタさんのしゃべり方は、ぞわぞわするほど可愛くてエッチだ。僕はぐるりと背を向ける。ちんちんが、またずきずき硬くなる。  この人、精子がどこから出るのかも知らないくせに、こんなすごいこと言って。 「さーりゃくんもとっても恥ずかしかったんだと思います。それなのにこんなこと言うの、あつかましいって思うんですけど、あの……もしよかったら」 「何」 「また……私と……」  すべすべの肩や腕に流れるまぶしいピンクの髪。押しつぶされそうな、たぷたぷのおっぱい。むらっとくる、いやらしい匂いのする、くにゃくにゃの可愛い……あそこ。  目にも指にも唇にも焼き付いている、マリッタさんのすべてが頭に浮かんで、僕はグッと歯を食いしばる。だめだ、だめだ。 「さーりゃくん……? だめですか?」  今度やったら、絶対射精しちゃう。 「だめ」 「えっ」 「だめ……その、僕のちんちんは、だめっ」 「あっ……はい。それは」  ほっとしたような、それでもどこか惜しそうな口調で、マリッタさんは言う。 「恥ずかしいんですね。はい、それは……見ません、触りません」 「それなら――」  だめだって。絶対収まらない。ちんちん、見せてしまう。そして……。  マリッタさんに、当てたくなる。 「いいよ」 「……はい!」  とても嬉しそうにマリッタさんはうなずいた。  ゲコゲコゲコゲコ。カエルの声が聞こえる。僕は背を向けて石みたいに硬くなってる。 「じゃあ、今夜のところは……おやすみなさい」  ごそりと音がした。やがて、マリッタさんの可愛い寝息が聞こえた。  僕は長いあいだ眠れなかった。      ★★☆★★  ものすごく楽しい夏休みになった。 「マリッタさん、川いこう、川」 「えっ、でも増水時の河川偵察は非常に危険だって、おじいさまが」 「河原に降りたりしないよ、見るだけ。ダム見に行こう、きっとすごいよ」 「じゃあ、はい」  雨の中、相合傘で並んで川沿いを歩いていって、コーヒー牛乳みたいな濁流が渦巻く砂防ダムを見物したり。 「マリッタさん、森いこう、森」 「えっ、でも今夏は気温が相当高いせいで、熱疾病の危険性や有毒昆虫の脅威などが」 「水筒持っていこう。スズメハチはあれだ、出たら逃げる」 「じゃあ、はい」  虫取り網もって森へ行って、お約束通りに襲ってきたスズメバチから死ぬ気で逃げたり。 「マリッタさん、ちょっと宿題溜まってきたから、今日は集中」 「えっ、でも今日は母屋の裏の植物駆除と雨滴誘導チューブの清掃の予定が」 「マリッタさんやってきてくれる? ううん、宿題手伝って。そのあと二人で働こう」 「じゃあ、はい」  工作で小型物質転送器を作っちゃったマリッタさんにやり直しさせてから、草刈りと樋掃除に汗を流したり。 「マリッタさん、盆踊りいこう、盆踊り」 「えっ、でも現地住民の間をむやみに歩き回るのは、露見と情報漏洩のおそれが」 「夜だし観光客も来るからバレないって。お爺ちゃんの浴衣借りよう」 「じゃあ、はい」  縁日でリンゴあめとチョコバナナとたこ焼きを満喫していたら、男物の浴衣を着たマリッタさんがナンパされて、お母さん! って僕が声をかけてしのいだりとか。 「お母さんなんですか? 私」 「ち、違うけど! 今のは仕方なくて」 「うふふ、私さーりゃくんのお母さんなんですね」 「そんなんじゃないって!」  二人でいろんなところへ行って、楽しんで。  その合間に、雨に降りこめられた林の中のお堂や、一面に続く田んぼの中のバス停や、昼下がりの離れの居間や、太鼓の音がする神社の裏手で、周りに人がいないなと思うと、こっそり抱き合って。 「マリッタさん」 「さーりゃくん……」  キスをして、タンクトップごとおっぱいを揉んで、ショートパンツの中のあそこをいじり回して、またキスをして、耳や腋をなめて、僕も胸やおへそをなめられて、また抱き合って、汗まみれでむちゃくちゃキスして――。 「さーりゃくん……!」 「マリッタさん!」  二人で手をつなぎ合って、とても幸せな気分で気持ちよくなった。  触られるのが好きなマリッタさんは、もんだだけ、なめただけ気持ちよくなって、可愛らしく何度もイッたし、僕も、だめだだめだって腰だけ我慢して離しながら、結局何度もイッた。  二人でエッチなことをするたびに、僕はこっそりパンツの中を覗いて、まだ精子が出ていないのを確かめていた。けれど、それをやるたびにちんちんの袋の奥のうずうずは強くなってきて、もう、出ちゃうのは時間の問題だっていう気がしてきた。 『聖なる白滴』が出てたら――マリッタさんはそれを集めるだけ集めて、いってしまう。  そうとわかっていても、僕は全然それをやめられなかった。 「ねえ、さーりゃくん……?」  夏空に大きくそびえる入道雲を眺めながら、誰もいない畑に向けて開け放った離れの居間で、ガチガチになったちんちんをかろうじて隠しているパンツ一枚の僕を抱いて、たっぷりしたおっぱいをほっぺたに乗せたマリッタさんが言う。 「私、ずーっとずーっと、さーりゃくんと一緒にこうしていたいです……」 「うん、僕も……」  僕は真っ白なおっぱいの、キュッと硬くなったルビー色の乳首をちゅぷちゅぷと吸いながら、うとうとしてしまう。そんな僕の髪を、マリッタさんは優しく撫でてくれる。  本当に、終わってほしくない夏休みだった。      ☆★☆★★  その日の昼はおばあちゃんの畑の手伝いに行って、スイカをもらった。冷たい井戸水に浸しておければよかったんだけど、うちに井戸まではないので、冷蔵庫に無理やり押し込んで冷やしておいた。  晩ご飯の後で僕がスイカを切っていると、マリッタさんに指先電話が来た。 「マリッタさん、切れたよ。塩かける?」  一人当たり四分の一に切った豪勢なデザートをお盆に乗せて出すと、マリッタさんは正座していた。  この人が正座しているのを見るのはまだ二度目だった。一度教えたけど、痛いと言ってすぐやめた。無理もない。ハムみたいにむちむちの脚だから。 「どうしたの、マリッタさん」  訊いた瞬間、楽しい夏休みは今日で終わったんだとわかった。 「今夜零時、本艦に帰ります」  マリッタさんは見たこともないきびしい顔で言った。  えっ、と落としかけたお盆を、僕は震えだした手でちゃぶ台に置いた。そうして、マリッタさんに近づいた。 「どうして?」 「本艦から召喚されました。私が『聖なる白滴』を手に入れる見込みはないと判断されたんです」 「そんな……そんなこと、まだわかんないでしょ。僕がいるじゃない。十歳の僕が」 「いいえ」きっぱりとマリッタさんは首を横に振る。「わかったんです……『聖なる白滴』、すなわち地球人の精液は、成熟した男性からしか採取できないと。該当年代は十代後半から四十代まで。若年者に求めよという伝承は、精力の衰える五十代以降を避けよというゆるやかな警告でしかなかったんです。キセラ統治層は大幅な方針変更を検討し始めました」  頭の上に天井が落ちてきたような気がした。  僕はがっくりと膝をついてしまった。マリッタさんは硬い声で言った。 「十歳以下の男の子には精子製造能力がないと判明しました。私がここにいたのは、時間の無駄でしかなかった……と裁定されました」  時間の無駄。あんなに楽しかったのに。マリッタさんもあんなに喜んでいたのに。  それを、そんなふうに言うなんて。 「そんなぁ……マリッタさん」  すがりつこうとしたら、マリッタさんがぼそりと言った。 「知っていたんですか?」  ざくりと言葉が胸に突き刺さった。マリッタさんの青い目に、見たこともない冷たい光が浮かんでいた。僕はがくがくと震えだす。 「いや……僕は……」 「知っていたんですね。子供は『聖なる白滴』なんか出さないって。キセラがまるっきり見当はずれのことをしているって」 「それは……でも……」 「知ってたんだ。沙李也くんは、私をだましていた」  胸が痛んで、泣きたくなってきた。 「知っていたのに、私のことひっぱり回して、からかって……裸にして、おもちゃにして、楽しんでいたんですね」 「違う、違うよ」 「知っていたけど、別居中の保護者恋しさに、私で代用していたんですね」 「違うって!」  僕は身を乗り出してマリッタさんの手にしがみついた。 「そんなんじゃないって! お母さんだと思ってなんかいないって! それは、ちょっと懐かしい気がして、マリッタさんいいなって思ったけど、そういうのじゃ全然なかったって!」 「あんなにおっぱい吸ってたくせに」  頭を叩きのめされてから、顔面にパンチを食らったみたいな気分だった。「あ……」と僕は後ろにへたり込んだ。恥ずかしさと、悪いことをした気持ちで、息もできなくなった。涙がぼろぼろ湧いてきて、うつむいた。 「ごめん……なさい」  マリッタさんが、きれいな眉を怒りで吊り上げたまま、顔を赤くして、大きな胸を守るように、両腕でギュッと抱える。   そうだった。マリッタさん、誰とも付き合ったことがないって言ってた。最初はエッチなことなんて全然知らない人だった。  それなのに、僕がお風呂場で無理に命令して、エッチなことを教えちゃったから、おっぱい触らせてくれるようになって……それだけじゃなくてあんなことやこんなことも、するようになっちゃったんだ。  何も知らなかったのに。僕がエッチな人にしてしまった。 「ごめんなさいっ……!」  僕は土下座して謝っていた。マリッタさんにした、とんでもなくエッチなことの数々が頭に浮かんで、そうするしかなかった。やっぱり悪いことだったんだ。僕は最低のやつなんだ。 「ごめんなさい、僕が悪かったです。マリッタさん、ごめんなさいぃ……」  そうやって畳を涙でぐしょぐしょにしたまま、這いつくばっていた。  何分もそうしていた気がする。小さな声が聞こえた。 「ばか……」  さわっと頭に手が触れる。  ぶたれる、と覚悟した。  強い手が僕をひっぱり上げて、ぎゅっと抱きしめてくれても、どういうことかわからなかった。 「え……?」 「そんなに謝らないでよ、さーりゃくん」  マリッタさんが耳元で言った。まだ怒ってる声。でも、もう怖い声じゃない。 「そんなに泣かれたら……可愛そうになるじゃないですか、さーりゃくん」 「マリッタ、さん……?」 「怒って、嫌いになってもらおうと思ったのに」  顔を向けると、マリッタさんも長いまつげを濡らしていた。心臓がぴょんと跳ねた。 「薄情者って言ってほしかったのに。そしたら、そのまま出ていけたのに」 「どういう……こと?」 「恨んでませんよってこと」マリッタさんが怒りながら微笑む。「いっぱいエッチなことされたけれど、嬉しかったですよ。気持ちよかった。さーりゃくんが悪いなんて思う必要は、全然ないんです」 「マリッタさん……」 「その代わり、もう二度と忘れられないでしょうけどね」マシュマロよりもケーキよりも柔らかいマリッタさんの唇が、僕の唇に触れる。「そうでしょう? さーりゃくんも」 「うん……うんっ!」  僕は力いっぱいマリッタさんを抱きしめて、むしゃぶりつくようなキスをした。  息が続かなくなるまでそうしてから、僕たちは体を離した。マリッタさんは目をそらし、よそよそしく手の甲で口を拭って、立ち上がる。その意味は、もう僕にもわかる。そうでもしなくちゃ、まだまだずっと、くっついていたくなるからだ。  これでマリッタさんとはお別れなんだ。  いやだ。このままあっさりとさよならだなんて、そんなの絶対いやだ。  マリッタさんがそそくさと部屋を片付けて、もともとほとんどなかった荷物をまとめるあいだ、僕は一生懸命考えていた。何か、まだ何かマリッタさんにしてあげたい。最後にマリッタさんにとびっきりのお礼をしたい。またあの、こっちまで元気になるような明るい笑顔を見たい。  何か渡すものは……。  あった。 「マリッタさん」  僕は立ち上がって言った。そのときもうマリッタさんはパーカーを引っかけて、荷物入れの黒い小箱を手にさげて、離れの玄関に向かおうとしていた。  振りむいた年上の女の人に、僕はなけなしの根性を振り絞って、宣言した。 「僕が『聖なる白滴』を出すから! 持ってってください!」 「さ」ガタン、とマリッタさんが小箱を落とす。「さーりゃくん? いきなり何を」 「いきなりじゃないです! 僕前からそういうの持ってました!」何か、全校集会で悪事の告白をしているみたいな、恥と勇気がごっちゃになったわけのわからない気持ちになりながら、それでも僕はしゃにむに言い切った。「僕まだ子供だけど、二次性徴来てないけど、『白滴』はあるんです! マリッタさんと暮らしてる間、どんどん出そうになってきました! それを出すから! マリッタさんに出すから! だから、受け取ってください! お願いしますっ!」  途中から悪事の告白じゃなくて、女の子に告白してる気分になって、そうだ、これはマリッタさんへの告白なんだ、今するならそれしかない! と思って、僕は全力で頭を下げた。  マリッタさんは馬鹿みたいに口を開けて立っていた。  それからこちらへやってくると、僕の頭を持ち上げて、「『白滴』、あるって……?」と震える声で訊いた。  こくん、と僕はうなずく。それから「多分……」と付け加えて、すぐに「絶対!」と言い切った。 「出すから……がんばって、出すから!」 「それなら……」ごくりと唾を呑みこんで、マリッタさんがささやく。「出して、もらえますか?」 「はい!」  マリッタさんはうなずき、僕を見つめた。  僕はじっとそれを見つめ返して――そして、最後の秘密を打ち明けなければいけないと気づいた。 「――から、出るんだ」 「え?」 「おちんちんから!」怒鳴ってから、死ぬほど恥ずかしくなった。「出るから……それ」 「え、あ、あー――」  ようやく、マリッタさんの顔に、深い理解の色が広がった。 「それじゃあ、さーりゃくんが今まで隠そうとしていたのは」 「うん」  僕は、ショートパンツの前を手で押さえて、うなずいた。 「出ちゃいそうだったから……恥ずかしくて」 「そういうことだったんですか……」  大きく、何度もうなずくと、マリッタさんはばさりとパーカーを脱ぎ捨てた。僕の手を取って、タンクトップの胸に導く。  何度さわっても気持ちいい、とろけそうに柔らかいおっぱいに、むにゅりと指が埋まったとたんに、僕はまた、あのどきどきを感じ始めた。  夕焼けよりも赤く頬をそめて、優しく目を細めて、マリッタさんが言った。 「エッチ、しましょう。さーりゃくん」  ふん、と僕は鼻息を荒くしてうなずいた。 (後編につづく)