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ミス・セクスタンス −大航海時代オンライン二次創作−


 ドーバー海峡は霧の海だ。
 春は特に濃い。この時期、ブリテン島南岸はしばしばミルクのように濃密な霧に覆われて航行の難所となる。ネーデルランドを目指すイスパニアの皮革を積んだ船が難破したり、反対にハンブルグの鉱石をロンドンへ運ぼうとする商船が方角を見失って座礁するなども、しょっちゅうだった。
 その悪名高い難所を、あえて霧が出ている真っ最中に航行している一隻の船があった。
 大きい。
 三檣の高いマストに、広場のような横帆を十数枚も張っている。ガレオン船だ。ワインなら千樽以上も運べるだろう。
 イングランドの首都ロンドンにその名も高き大商人にして、女王陛下の覚えめでたき英国私掠海賊、サー・アンソニー・ブレナンの持ち船「フライング・ファットマン」号である。
 その船尾楼にある豪奢な船長室で、船長のブレナン男爵(もちろん金で買った爵位だ)は、窓の外を流れる霧の海を眺めて馬鹿笑いしていた。
「わはははは、見ろ見ろスコット。わしらの他には一隻もおりゃあせん。このままロンドンに着けば港中の商人が買い付けに集まってくるぞ」
「だ、大丈夫でしょうかね。こんな濃霧の中を航海して……」
 スコットと呼ばれたやせ細った男が絹のハンカチで額の冷や汗を拭く。ほんとにこいつ船乗りかと疑ってしまうような貧相な人物だが、これでも一応この船の副長である。
 心配顔のスコットをブレナンは一喝する。
「馬鹿者! 大丈夫ではないからわしらが抜け駆けできるんではないか。少しでも気を抜いたら座礁するぞ、わかっとるのか?」
「は、はいぃ!」
「まあ大船に乗った気でおれ。心配ならば帆を下ろして速度を落とせばいいのだ。もし他の船がいたとしてもろくに速度を出せんだろうからな!」
 ブレナンはまた馬鹿笑いする。スコットもへらへらとお追従笑いをしてみせる。
 突然、二人の笑いが凍りついた。
 ブオォー……
 角笛の音が近づいてきたのだ。それは濃霧を航行する船が発する警報だ。珍しい音ではない。
 だが近づいてくるということは、追いつかれているということではないか!
「何事だ!」
 二人は泡を食って船長室から飛び出し、船尾楼の上に駆け上った。自船の見張りが吹き鳴らす角笛を背に、霧の中へ目を凝らす。
「――船長、あそこを!」
 スコットの指差した先に、ぽっと緋色の点が生まれた。
 点はみるみる大きくなり、女の姿になる。つばの広いソンブレロをかぶり、幽霊のように長い緋のスカートをはいている。その女は宙に浮いている。いや、長い棒の上に――船首斜檣の先端に立っているのだ。
 流れる霧を優雅にかき分けて、オレンジ色の軽快な三角帆を張り巡らせた船が現れる。唖然とするブレナンたちの横にするすると音もなく並ぶ。中型のキャラック船だ。しかしこの速さは気違い沙汰だ。座礁覚悟としか思えない。それとも魔法でも使っているのか?
 フォアスプリットに片手でつかまっただけの女が、手を振った。表情はキラリと光った眼鏡に隠れた。
 そして止まらずするすると進み、船尾楼に立つ赤毛の青年と金髪の少年を、一瞬ブレナンたちの目に焼き付けて、前方の霧の中へと去っていった。
 スコットがぽつりと陰気につぶやく。
「ヴェトー号と“ミス・セクスタンス・キャス”……また出ましたな」
「くそっ、またあいつだ! 待たんか魔女めー!」
 ブレナンの怒りの声は、ドーバーの霧に吸い取られていった。

「プロヴァンスのワインは終わった? じゃー次はラリックのガラス細工ね! あんたたち壊しちゃ駄目だよー!」
 ヴェトー号の船長キャサリンの明るい声とともに、おがくずを詰めた木箱が甲板に引き出され、沖仲仕たちが先を争って群がった。船まで買い付けに来る独立商人たちである彼らは、熾烈な競りの末にヴェトー号の交易品を手に入れ、次々に小船へと荷物を積み替えていった。
 ドーバー海峡を無事に抜けたヴェトー号はラムズゲイトの岬を回りこみ、ロンドンのサウスエンド港に到着していた。ここ数日ドーバーの霧が晴れなかったため、大西洋方面からの船は久しぶりで、皮肉にもブレナン男爵が予想したとおり、港中の商人がヴェトー号に集まってきた。
 船尾楼の一番上にあるテラスに、船長のキャサリンが出て荷降ろしを仕切っている。身に着けた緋色の帽子とぞろっとした寛衣は、実はリスボン産のソンブレロとベイルート産のチャドリを同じ色に染めたもので、どこ風ともいえないおかしな組み合わせなのだが、長身の彼女が着ると不思議にも似合っていた。
 キャサリンの足元にある操舵甲板で、にぎやかな船長の姿を眺めながら、三人の男が話をしていた。そのうち二人は副長のジョージ・レッドウォルドと、コックのウィルバー・アスキスで、もう一人が新米の水夫だ。
 水夫はドーバーを抜ける間ずっと寝ずに見張りに立っていたので、ごほうびに休ませてもらっていた。疲れきった体で舵輪にもたれて、あきれたような顔でキャサリンを見上げる。
「あの船長は何者なんですかね? 靴の幅しかない舳先に立ってドーバーの霧を見通すなんて、人間業じゃねえ」
 ヴェトー号が常識はずれの航海をしてロンドンに着くことができたのは、一重にキャサリンのおかげだった。
「キャスが遠目を利かせるのは今に始まったことじゃねえし、あいつはそれ以上のことだってやってのける。驚いてちゃ肝っ玉がいくつあっても足りんぜ」
 ジョージが肩をすくめる。獅子のたてがみのような豊かな赤毛をもつ、美しくたくましい男だ。
「何せ、ロンドンどころかヨーロッパのほとんどの港で、ミス・セクスタンス・キャスで通じるからね……」
 これはウィルバー。金髪の容姿端麗な少年だ。面白がるようなジョージとは対照的に、悲しげな口調だ。水夫が首をかしげる。
「六分儀座のキャスお嬢さん?」
「あの人、化け物みたいに方向感覚が確かだからね。一応イングランド人だけど、ムルマンスクからケープまで大西洋岸の港はほとんど残らず制覇したし、ノルド語からスワヒリ語までしゃべれない言葉はない」
「インドはまだだ」
「まだでけっこうだよ、あの人がインドにまで足を伸ばすようになったら、僕らますますロンドンに戻れなくなるじゃないか。ああお母さん……」
「何者なんですかい?」
「さあなあ……」
 三人はキャサリンを見上げる。二十代後半、長身、金髪碧眼。特徴ともいえないそんな事実しか彼女は明らかにしていない。どこで生まれて何をしてきたのか一切不明だ。ジョージとウィルバーが雇われた二年前よりも昔のことは。
 キャサリンが三人を見下ろして叫んだ。
「今日降ろせる荷はこれぐらいだよね?」
「はい、あとは引渡し先が決まってます」
 ウィルバーが答えると、そーかよしよしとキャサリンは船長室に引っこみ、じきに頑丈そうな小箱を脇に抱えて現れた。
「ジョー、ウィル! みんなを集めて。アレやるよ、アレ!」
「おっ、やるか?」「そんなに儲かったんだ!」
「アレってなんですかい?」
 聞いた水夫の背中を、ジョージが思い切り平手で叩く。
「おまえも早く下の甲板へ行け。疲れたなんていってる場合じゃねえぞ!」
「な、なんでまた」
「いいから早くしろ! おーい、みんな出て来い! 船長のアレだぞぉ!」
 ジョージが一声ふた声叫んだだけで、荷下ろしの後始末をしていた船員たちが、沈没船から逃げ出すねずみのような勢いで、甲板に走り出してきた。総勢四十人弱といったところだ。期待に顔を輝かせてキャサリンを見上げる。
「みんな揃った?」
「揃いやした、船長!」「おい、まだベックがいないぞ」「かまやしねえ、ほっとけ!」
「うんうん、早い者勝ちだからね」
 キャサリンはこほんと咳をすると、もったいぶって言った。
「えー本日の取引では、純利益が見込みを一割ほど上回りました。これもみんなの努力と健闘のたまものであります。つきましてはヴェトー号のしきたりに、まあ私が決めたしきたりだけど、それにのっとって余剰利益の還元を行いたいと思います」
「演説長いぞォ!」「早くしてくだせえ!」
「うっさいなーもう、わかったわかった。それじゃ行くよ、一万二千五百三十一ドゥカート、もってけー!」
 そう言うなり、キャサリンは小箱から金貨をつかみとって、盛大にばらまき始めた。
「うぉーっ、きたきた!」「船長、こっちこっち!」「寄こせっ、この野郎!」
「はいはい凶器はダメ凶器は! 分捕りあいはげんこつでね! そーれっ!」
 パッと光のしぶきのように金貨が散り、ちゃりちゃりと涼しげな音を立てて甲板に落ちる。水夫たちは目の色を変えてそれを奪い合い、拾って回る。
「こ、こんなことってあるのかよ?」
 新米の水夫も、戸惑いながら金貨を受け止める。彼にとっては天使が降りてきてキスをしてくれたようなものだ。普通の船では水夫と士官以上とでは厳格な身分の差があって、金貨などまずもらえない。水上の囚人とか、奴隷よりはましと言われるのが水夫の暮らしなのだ。
 棍棒をもって騒ぎが過熱しないように監視していたジョージが、くすぐったそうに笑ってみせる。
「それがあるんだな、この船じゃ。おまえさん、他の船で言うなよ。言ったらマストに吊るしてやる」
「言うもんですかい、こんなうまいこと!」
「なあ、これだからこの船はやめられねえぜ!」
 十枚以上の金貨を手にして、水夫たちがほくほく顔でうなずく。彼らの一年分の賃金にも匹敵する額だ。
 ところが水夫はじきに、心配そうな顔になってジョージにささやいた。
「あの人、甘すぎるんじゃねえですかい? あまり金を見せびらかすと背中があぶねえんじゃ……いや、俺が言うのもなんですが」
「そう思うよなあ。普通なら」
「普通じゃねえんで?」
 その時、船尾楼にいるキャサリンの姿に、後ろからもうひとつの影がぬっとかぶさった。皆が叫ぶ。
「船長!」
「え?」
「おほぅ、捕まえたぜ!」
 細身のキャサリンを後ろからがっしりと抱きすくめたのは、巨漢の水夫だった。ベックだ! と仲間たちが叫ぶ。
 金髪のウィルバーが恐ろしい顔で叱責した。
「ベック、やめろ! 船長に手を出してただで済むと思ってるのか!」
「へっ、どうなるって言うんですかい? あんたらは五ヤード下、ここにいるのは俺と船長だけですぜ」
 ベックは大木の枝のように太い腕でキャサリンの胴を抱き締めながら、もう片方の手で、ゆったりとしたチャドリに隠された体を撫で回した。
 形よく盛り上がる胸を、柔らかな腹を、薄くくぼんだ股を――。
 ふう、と鼻息を荒げてベックがささやく。
「へへえ、思ったとおりいい体だ。ずっとこうしたいと思ってたんだ。船長、あんたが悪いんですぜ。男ばかりの船の世界に、女の身で乗り込んでくるから……」
 恐怖に体を硬くするでもなく、自然な姿勢で立ったまま、キャサリンが静かに言う。
「一度だけ言うよ。今すぐ手を離してどっかへ行きなさい。そしたら許してあげる」
「くうぅ……たまんねえな、その気の強さ! そそるぜまったく、尻に当たってんのがわかるだろ? な?」
「気が強いだけなわけ、ないじゃない」
 言うなり、キャサリンが右手を背後に突き出した。ベックののどをつかむ。
「ぐぅっ!?」
 ベックが嘲笑しかけ、疑問の顔になり、驚愕し、そして……舌を突き出した。
 キャサリンが右手だけで、巨漢を高々と持ち上げていく。
「がぁ……げっ……くほ……」
 ベックが苦しげに両腕を振り回すが、どういうわけがキャサリンを殴ったり突き放したりはしない。腕を正常に動かすことができなくなったかのように、奇妙な水泳を思わせる動きでバタバタともがくだけだ。
 キャサリンは眼鏡の下の目でかすかに笑っている。意味のある笑いではなく、余裕から来る天然の表情だ。狂気や残忍さはまったく見当たらない。楽しいからやっているのではない。
 君主だからだ。船の長は、すなわち小さな王国の主だ。反乱者を制圧することは、権利であり義務ですらある。
 甲板は水を打ったように静まり返っている。どの水夫も金貨の残りを拾うことすら忘れている。全員の目に畏怖が、数人の目には憧憬すら浮かんでいる。
「そこ、あけなさい」
 キャサリンの一声で水夫たちが下がった。
 白い細腕が背後から巨漢を完全に吊り上げると、ぐんとはずみをつけて前に振られた。二百ポンドはありそうなベックの体が船尾楼の手すりを乗り越え、まっさかさまに中甲板に落ちた。ズダーン! とものすごい音が上がった。
「ぐぅ、くそっ……」
 うめきながら起き上がろうとしたベックの胸に、どん! と音を立てて白光が突き立った。
「ぐあぁーっ!」
 鋭い悲鳴は、しかしすぐに絶えた。キャサリンが部屋から持ち出して投げ落とした大剣は、彼の心臓を正確に垂直に貫いていた。裁判官でも執行人でもなく君主にこそふさわしい、果断で迅速な処刑だった。
 キャサリンが降りてきた。新米の水夫は初めて間近で彼女を見る。冷たい感じのする理知的な美貌だが、あまり情欲をそそられる気はしない。チャドリから威圧的な匂いがするのだ。剣戟の匂い、割った石の匂い、火薬のような匂い――それは確かに、王の匂いのように思えた。
 こときれたベックの前で、すいすい、とキャサリンは十字を切る。
「アーメン。私の忠告を聞かなかった彼に、あなたのお許しのあらんことを」
 そしてもとのほがらかな笑顔になって、周りを見回した。
「ごめんね、みんな。仕事がひとつ増えた」
 ベックと多少の付き合いがあった水夫たちが、あわてて死体を奥へ引っ張っていった。残りの水夫が粛然としているのを見て、軽いため息とともに命じる。
「ウィルバー、みんなに酒代余分に持たせてあげて。今日はいつもより飲むだろうから」
「はい」
「ジョージ、夜は部屋に来て」
「あいよ」
 そういうと身を翻して船長室へ登っていった。
 新米の水夫が、恐る恐るジョージに聞く。
「あのう……船長は、男なんですかね」
「女だよ。怪力で遠目で悪魔よりも知恵が回って女王陛下より恐ろしいが、いい女だ」
「それはいい女って言うんですかい」
「そのうちわかるさ。犯してもらえば」
 ウィルバーも顔を背けて言った。
 目を丸くする新米の肩を、ジョージが力なく叩いた。

 その夜は月夜で、船長室に入るとキャサリンの裸身が白く見えた。
 扉を閉めたジョージが立ち止まると、キャサリンは船尾に向いた張り出し窓に腰かけて、沖を眺めたまま言った。
「みんなは上がった?」
「ああ。今ごろ酒場でへべれけだ。ウィルバーがついていった」
「ワッチは立ってる?」
「三人でいいだろ。一人はシーモア先生だが」
「お医者さんは酒場隊につけたほうがよかったと思うけど、まあいいか。それでジョー、勃ってる?」
「――まだだ」
 ごくりとつばを飲みつつ、ジョージは答えた。緊張のためだ。いつも最初は、それが情欲を上回る。
 月光の窓辺からキャサリンが離れてやってきた。昼間はチャドリで隠していた体に、今は下着を着けているだけだ。華麗なレースのブラジャー、ショーツ、ガーターベルト、タイツ、すべて黒。
 白く長い手足が、てらてらと光っている。香油を塗ってある。
 近づくキャサリンの甘く濃い麝香の匂いで、ジョージは目がくらみそうだった。
 海の上にシャワーはなく、船乗りは獣臭いのが当然で、それが女であれば船中が気づくほど雌臭くなるものだが、キャサリンはそうではない。硝石を始めとするさまざまな材料から、峻厳で不快すれすれな感じのする香料を合成し、脇や股に塗りこんでいる。それが彼女を何か不可侵の存在のように仕立て上げている。彼女は芳香学と称している。
 しかしこれは船員たちには内緒で、知っているのはジョージとウィルバーと船医のシーモアだけだ。
 そしていま、彼女は夜の船長室でだけ、不快な成分を油でぬぐい取って、本当の香りを立ち昇らせる。
 ジョージの前に、油で濡れた体をぴったりと押しつけて、キャサリンが見上げた。彼女は長身だがジョージのほうがさらに頭ひとつ高い。しかし情交のリードは圧倒的にキャサリンが取る。
「嗅いで?」
「……ああ」
「もっと。くんくん言いながら。舐めるともっといいな」
 ジョージはキャサリンの肩をつかみ、うつむいて金髪を舐め始める。ジョージと寝るときキャサリンは髪をほどかない。後ろで低く縛って自然に流している。眼鏡すらも外さないので、いかにも冷然とした雰囲気がにじむのだが、キャサリンがそれを見越してかけていることもジョージは知っている。
 ジョージは(キャサリンに仕えるまで思いもしなかったが)、強い女にもてあそばれるのが好きだった。
 髪にこもった汗臭さ、首筋の細い腱、綿のように柔らかい二の腕を、順番に舐めて噛んでいく。腕を持ち上げて脇を舐めると「うん♪」と嬉しそうにキャサリンがうなずいた。十日以上風呂に入っていない女の濃密な味がたまっている。キャサリンはそういうところを洗わせるのが好きだし、ジョージも不本意ながら、それが美味かった。
「うむ……むぅ……キャス、うまいな……」
「後であなたのもなめてあげる」
 それが引き金になって、ジョージはすごい勢いで勃起し始めた。
 立像のように腕をあげ、すらりと立ったキャサリンを、ジョージは次第にしゃがみこみながら舐め降ろしていった。乳房のような当たり前のところは避けてわき腹から腹にいき、へそを唾液でどろどろにひたして、舌でほじくり返した。キャサリンが楽しそうに言った。
「うわぁ、それぞくぞくする。あそこ垂れてきたよ」
「今日、いいのか?」
「もちろん♪ こういうタイミングは絶対外さないよ、私」
 交わるときキャサリンが月経だったり、逆に排卵日だったりしたことは今まで一度もない。妙な才能のある女だ、とジョージは変な具合に惹かれる。
 左右にぐっと張った腰骨の間で、ショーツがぴんと伸びている。それを下げるとくすんだ金の茂みから、尿と垢の混じった品のない匂いがむっと漂った。ジョージは顔をしかめる。
「すごいな」
「ジョーだってそうでしょ。それとも、きれいに洗っておいたほうがよかった?」
 キャサリンがくすくす笑う。それはできなくはない。貴重な飲み水を使えば、だが。しかしキャサリンは航海中にそんなことをするほど暗愚な船長ではなかったし、ジョージはそんな令嬢のような上品ぶった備えを軽蔑していた。
 どうせ男と女のもっとも卑猥なところをこすり付けあうのだ。洗って何かが落ちたとしても、すぐ同じものが染み出してくる。逆に、出るものをとことんしゃぶり尽くすのが本当の交わりじゃないか。
「ぺろぺろ舐めて。ひだの中までしっかり綺麗にしてね」
 キャサリンが少女のように両手をもじもじ組みながら、気持ち太ももを開いて陰部を突き出した。そろそろ上気して艶っぽい顔になってきた。命じられるまま顔を寄せる。周りをちぢれ毛に囲まれた、ぽってりした紅色の陰唇を指で開くと、チーズの匂いの糸が引き、赤く透明な核がぴょこりと飛び出した。舌をとっぷりと埋めると、蒸せるほど濃い潮の香味がとけてきた。
 ――どう言い繕ったところで、それはキャサリンの下の始末と変わりなく、命じられながら進んでそれをやっている自分のことを、やっぱり卑屈だとジョージは思った。
 思えば思うほど興奮が高まり、男根がズボンを持ち上げた。
 くにゃくにゃした柔らかな陰唇やひだを、卑屈な興奮とともにすすっていると、キャサリンが「あっ」とつぶやいて、ジョージの頭を押さえた。
「……おしっこ出る」
「んぅ!?」
「飲ませよっと。逃げちゃダメ」
 口付けしている肉の一部から鋭いものが飛び出し、ジョージの喉を打った。あまり硬かったので棒か何かだと錯覚したが、それは勢いのいい小便で、ジョージが必死になってごくごくと飲んでも頬に収まりきらず、一時は口の端からププッと漏れて、肉付きのいい太ももを伝い落ちた。
 尿を飲まされたのは初めてだった。それは熱く(キャサリンの体内の温度だ!)、饐えていないはっきりした辛さがあり、興奮で目が見えなくなるほど美味かった。
「むぶぅ……っ!」
 ジョージは軽く射精してしまった。キャサリンが「あら」と眉をひそめた。
 放尿を終えると、ジョージのわきの下に両手を入れ、子供を抱き上げるように立たせた。ジョージは自尊心を踏みにじられた快感のせいで、一時的にふらふらになっている。それを苦もなくベッドまで運んで、投げ出した。
 足元に上がってしゃがんでズボンを脱がせると、幸いジョージの男性器はまだ十分に張っていた。先端に一つまみほどの白濁がこびりついているが、それで全部のわけがなかった。
 キャサリンはにっこりと目を細め、うんと延ばした舌を裏筋にぺたりと当てた。
「うわっ……!」
「はい、ここからがころえどころ」
 びくん、と震えたジョージをキャサリンは貪欲に味わい始める。刺激しようとか、愛撫しようとかのつもりではない。文字通り肌にたまった汗や塩を賞味していくのだ。肉に歯を立てるか否かの否かの違いだけで、実質的にジョージを食べているのと変わらない。
 ジョージの男根は曲がっておらず、先端まで均一な太さを持ち、どっしりした硬い肉感に満ちていた。そこを、キャサリンの丁寧な舌が、下手に技巧を凝らさずこってりと這い尽くした。相手にも同じことをしておきながら、汚れのすべてを女に拭き取られていくことがジョージは恥ずかしかった。
 性器が終わると舌は睾丸に下り、それをしゃぶりつくすと肛門にまで向かった。大柄でごつごつしたジョージの体が、両足を思い切り持ち上げられ、赤ん坊のようにまるく押さえつけられた。毛深い尻の間を、澄んだ顔立ちの女がぺろぺろと無心になめていた。
 外から見たその光景を想像するまでもなく、男根の根元に加えられる刺激のせいで、ジョージはいまにも射精しそうになっていた。顔を左右に振って懇願する。
「キャス、ちょっと加減してくれ。で、出ちまう」
「もちろんダメ」
「ダメでもだ! じ、十一日分たまってるんだぞ!」
「だよねえ、ここにぃ?」
 爪を立てた指先で、前立腺のふくらみをぎゅっと押された。ビクビクッ! と不規則な痙攣が起こって、ジョージは唇をかむ。
「うぅーっ!」
「……はい、よく我慢しました」
 性器はジョージの下腹にべったり張り付くほど勃起しきっていたが、先端からはわずかに透明なしずくがこぼれただけだった。
 キャサリンは位置を変え、ジョージをベッドに長々と横たえた。均整の取れた筋肉質の男の体をじっくりと鑑賞する。
「いつ見ても素敵だわ。ジョー、大好きよ♪」
「体がだろ……」
「だから何? 私の愛なんかほしいの?」
 そばに座ってくんなりと体を傾けたキャサリンが、制御された熱気に満ちた視線を眼鏡越しに注ぐ。誘惑の眼差しだが、侵犯の眼差しでもある。この美しい女は視線で男を犯すことができる。そんな女は他にいない。ジョージはほとんど泣きそうになりながら認める。
「いらねえよ愛なんか。キャス、好きにしてくれ。俺をめちゃくちゃにしてくれ」
「最高。食べちゃいたいわ、ジョー」
 赤くほぐれた性器を見せびらかすように股を開けて、キャサリンがジョージの腰をまたいだ。反っていた男根が無理やり空に向けられ、陰唇にくわえられた。  
 ジョージは戸惑う。
「あれ……あんまり濡れてないんじゃねえか?」
「うん、わざと我慢してみた」
「なんで? 入れにくい……ううっ」
「入れにくいほうがこすれるじゃない。今日はゴリゴリしたいの」
 ジョージの大きな傘の部分が、キャサリンのくぼ地の入り口で、ぬちっと引っかかった。キャサリンの蜜が足りず、粘膜同士が張り付いている。それなのにキャサリンは強引に腰を落とした。ぬぢぢっ、というような痛みが二人の性器に走る。
「い、痛、キャス、つっ!」
「私もぉ♪ ジョーのおちんちんに割られちゃうみたい……初めての時を思い出すわ」
「おまえに初めてなんかあったのか?」
「ないわけないでしょ」
 ギリッ、と胸に五爪を立てられた。皮膚が破れて血が出る強さだ。ジョージは悲鳴を上げてもがいた。
「いってえ!」
「はぅ!」
 ずむっ! とキャサリンの奥まで性器を突っ込んでしまった。キャサリンは跳ねるような高い鳴き声を上げる。
「ああー……来たわ、子宮のとこ。ジョーはここまで来るからすてき」
「ジョーは……ってなんだよ……」
「ウィルは来ないのよ。あの子のおちんちんだと、手前でぷるぷるしてる感じで。それはそれで可愛いんだけど、おなかぎちぎちにしてほしいときは物足りない……」
「今は、してほしいのか、ぎちぎち」
「うん」
 途端にぐいぐいと跳ねだそうとしたジョージを、キャサリンは悪魔的な怪力で押さえ込んだ。彼の腰の骨を両手でぎちりとつかんで、顔を覗き込む。
「契約」
 優美に垂れた滑らかな乳房と、酔わせるような鋭い笑みがジョージの目に映る。
「契約、ジョージ・レッドウォルドは船長の部下となった」
「ああ……俺はおまえの部下だ」
「部下は船長の命に絶対服従」
「服従……する」
「情交においても然り。感じるな、貪るな、漏らすな。私が感じる、貪る、すする」
「……すすってくれ」
「オッケー。じゃあまず、小さくコツコツ跳ねてね」
 ふわりと綿のような笑みを浮かべて、キャサリンはジョージのあごに接吻した。
 この女と交わっている。ジョージは天に昇るほど幸福になる。
 言われたように、ジョージは腰を動かし始める。きついきついキャサリンの管を、内から細かくこすり立てていくうち、搾り出されたように蜜が出始めた。男根のゴツゴツした節と、こわばっていた膣肉が、最大限に抵抗しあったまま潤滑されてすべりだす。
 ごりゅっ! というような激しい感覚を受けて、キャサリンが目を細める。
「これが一番素敵ね」
「だったら……締め続けろよ」
「何言ってるの、ジョーが大きくしてくれればいいのよ」
「勝手ばかり!」
 ジョージはキャサリンの脂の乗った太ももをつかんで、大きく上下させ始めた。「そう、ちょうどそれ」とキャサリンが追認する。しばらくの間、男性器が長々と出入りした。キャサリンの蜜は、二人の股間のあらゆるところにすっかり塗りこまれた。
 ジョージの前立腺が震え、射精欲が暴れ狂う。ぴくっ、ぴくくっ、と震える精管の動きが外から見えるほどだ。しかし、もう、ジョージはあきらめている。キャサリンがいいと言うまで出せないのだから、たとえ狂っても耐えるまでだ。
 思ったとおりキャサリンは呆れるほど薄情なことを言う。
「場所、交替。私が下になるから思いっきり突いて」
「出して……いいのか?」
「よくない。いくまでまだまだよ」
 ぱちりとウインクしてキャサリンが降り、はい、と両足を抱え込んで性器をさらした。目にしただけで射精したくなるような光景だが、それは許されず、ジョージは勃起し続けなければならないのだった。
 本番の、甘い地獄が始まった。
 正常位で性器をつなげてから、ジョージはどれほど突いたことだろう。キャサリンの内壁はすでに堅さをなくし、厚い粘膜の巻きつくような感触で射精を誘う。こみ上げてくるたびに肛門に力を入れて押し戻し、欲望が高まるたびに唇を噛んで逸らせた。キャサリンは目を閉じ、滑らかな額に薄い汗を浮かべて、こまごまと指示を出してきた。
「天井のほうぐりぐり」
「入り口で軽く……」
「ちょっと戻して、そこ、そここすって」
「そろそろ体もぎゅーってして……」
「ん、いい、刺してまるく、腰ぐるぐる」
「はあぁ、ひくひく感じる。おちんちんかわいい」
「んふ♪ まだだめ、ゆっくり抜いて……抜いて……そう、そこ強く!」
 ジョージへの愛などまったく感じられず、完全に道具扱いだった。しかし、だからいいのだ。ジョージは満ち足りていた。大体普通の女ならこれだけやれば正体もなくどろどろになってしまうのに、キャサリンは驚くべき貪欲さと精密さでまだ快感を追求している。そのタフネスだけでも、海の男を自認するジョージの賞賛に値した。
 そんなキャサリンも、とうとう絶頂に近づくときが来た。すらりと強靭な両足でジョージの尻をしっかり抱え込み、男性器の七割を小刻みに出し入れするような動きを要求して、次第に膣をふるふると収縮させていき、全身の筋肉もしなやかに引き締めて、可憐、と言ってもいいほど健気にあえぎをあげた。
「そう、そう、あっ、あっ、あっ、来る、来る、大きいの来る……」
 かわいらしい声とともにジョージにほお擦りしたが、それだけではないのがこの女だった。耳元で挑むようにささやく。
「種をつけて」
「種……」
「うまくいけば妊娠。私にジョージの子」
「俺の……」
「私、初めてよ。もしかしたら恋するかも。それに結婚……?」
「――このアマぁ!」
 ジョージが激昂して猛烈に性器を叩き込むと、キャサリンはくすくすと楽しそうに笑って、ぐうんと背を反らすのだ。
「ほら、イく。今だよ……」
「ぐううぅぅっ!」
 きゅーっと強烈に収縮して、キャサリンがまぎれもない絶頂を教える。その機を逃すかとばかりにジョージが射精する。何日も溜めた上、しごきにしごいて加圧された精液だ。危険なほどまっすぐ強烈に、温かい子宮へとなだれ込んだ。
「いち・にぃ・さん・しぃ・ごぉ……」
 目を閉じたキャサリンが、胎内のジョージの膨張を夢見るように数える。この瞬間だけは――そして彼女は必要とあればいつでも――ジョージを心から受け入れているように見える。数ヵ月に一度訪れるこの瞬間を、ジョージは飢狼のごとくむさぼる。
 王を貫き止め、征服している瞬間だ。
 しかしそれは文字通り瞬間で、短い。
「く……はぁっ……!」
 出せるだけ出し尽くすと男性の本性である倦怠が訪れるが、ジョージは気を抜けない。キャサリンがまだ、長い長い絶頂の途中だからだ。今までの奔放で過激な愛撫のおかげで、キャサリンもすっかり昂ぶりきっている。その頂点での着火だから、そう簡単には燃え尽きない。ジョージを力の限り抱き締めて、声もなくぶるぶると余韻に浸っている。
 ここで無理に離そうものなら、おもちゃを取られた小児よりも怒り狂うと、経験からジョージは知っていた。
 若干のわずらわしさと、それよりはるかに大きな温かい感情――まさか愛か?――いや、とても愛せる相手じゃない――そう、しいて言えば親しみのようなものを覚えつつ、ジョージはキャサリンに抱かれ続けてやる。
 キャサリンは二回目を挑んでこない。そんな無駄をするぐらいなら初回で全部燃やしてしまうのだ。そしてジョージも二度は出ない。
 だからその一度がとても熱く激しくなって、その後では溶けるように眠ってしまう。

 ジョージが目を覚ますと、もう朝だ。裸で汗まみれでだらしなくベッドに寝ている。
 船長室は差し込む朝日で白く、キャサリンは例によって後ろの出窓に腰かけて片足をぶらぶら落としている。チャドリを着て身だしなみはとっくに整え、隙の一分もない。琥珀のパイプを吸いながらカビの生えた古い本を読んでいる。
 ジョージが何か言う前に、ウィルバーがノックして入ってきた。二人分の朝食のトレイを持っている。
「おはようございます、船長。昨夜はお楽しみでしたか」
「うん、ジョージはパーフェクトだった。あんなにぴったりいけたの久しぶり。あなたも見習いなさい」
「……はい」
 キャサリンに皮肉は通じない。屈託もなくのろけられるだけだ。ウィルバーは憮然として朝食を書き物机に置き、ジョージはのろのろと服を着替える。
 キャサリンが窓から降り、食べるのかと思ったら素通りして「おしっこ」と幼女のごとき台詞を残し、外へ出て行った。呆れたことに分厚い本を読みながらだ。
 ウィルバーとジョージは顔を見合わせて苦笑した。
「かなわんな、あいつには」
「なんだかんだ言っても可愛いよね」
「可愛いというか勝てん。怖いよ」
「そお? 僕の場合だとものすごい甘えん坊になるんだけど」
「甘えん坊だあ?」
 二人は言葉を切り、目をそらす。一体こいつどんな具合にキャスと寝てるんだ、と。二人はキャサリンを挟んだ、下世話に言えば穴兄弟なのだが、お互いしているところは見たことがなかった。いつも若干の嫉妬と仲間意識をないまぜに付き合っている。
「……飯、寄越せよ」
「ください、だろ。僕は船長に持ってきたんだから」
「うるせえな同じだろうが。こっち貸せ!」
 二人で怒鳴りあっていると、いきなり扉を乱暴に開けてキャサリンが舞い戻ってきた。本をテーブルにドンと置いてバンと叩く。見ればヘロドトスと書いてある。
「大変よ!」
「なんだよ」「なんですか」
「私ってばウカツなことに、まだピラミッドをこの目で見ていなかったよ!」
「ピラミッドだあ?」
「そーよ、カイロに行くわ! 三日で準備するわよ!」
「三日だと? 冗談じゃねえ! 在庫の引渡し、物資と船員の補充、新しい荷探し、十日はかかるぜ!」
 ジョージはぶったまげて言い返したが、キャサリンの目を見て口を閉ざした。
 そばに来たキャサリンが、有無を言わせぬゆったりした口調で言う。
「三日よ」
「……わかったよ」
 抗えるぐらいならこの船に乗っていないのだ。

 イングランドの首都ロンドンに帰還した、大商人サー・アンソニー・ブレナン男爵は、フライング・ファットマン号の船長室から外を見て、トーケイのワインを吹き出した。
 あのいまいましいヴェトー号が、帆に満々と風を受けて出航していくのだ。あれからまだ三日しかたっていないというのに!
 こちらはドーバーの霧で航路を間違えて、フランドルの海岸まで流されるというていたらくだった。おそらく商品のいくらかはヴェトー号のせいで値崩れが起きているに違いない。憤懣やるかたなく、ブレナンは叫ぶ。
「おのれあの魔女め! ちょっとはおとなしくしていればいいものを、今度は一体どこへ行く気だ?」
 スコットがあきらめた顔で首を振る。
「さあ、どこでしょうか……何せ、どこにでもいるお人ですからな」
 その瞬間、ヴェトー号のマストのてっぺんで緋色のものが動いた。ブレナンは息を呑み、望遠鏡を出して視認する。
 緋の服を身につけた女が、まるで陰口が聞こえたように手を振っている。


―― 終 ――



本編はゲーム・大航海時代オンラインの二次創作であって、
史実の大航海時代はあまり参照していません。お粗末様。

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