top page   stories   illusts   BBS

ミルクの味の子猫たち

 霧の多い町だが、九番街は特に多い。
 その日も夕方から、石畳の上を白い綿のような曇りが流れ、日が暮れてガス灯がともり始めるころには、パブの軒に下がった看板も見分けられないほどの、濃い煙霧が街路を満たしていた。
 それを好んで、この通りにはしっぽ子猫テイル・キティがよく出没する。
 僕は彼女たちが目当てで、九番街を歩いていた。
 灯ともし頃について、三時間ほどもうろうろした。霧の中にぼうっとかすんで見える筒のような影は、厚いコートをまとったあの子たちだ。どこからかヒールを鳴らしてやって来たり、誰かと腕を組んで去ったりと動きがあるが、常に五、六人が通りにいた。
 だがその日は、いい子が見つからなかった。一度、ミンクをまとって金髪を高く結い上げた、すらりとした美人を見かけて、声をかけはした。
「きみはしっぽ子猫?」
「ええ」
 その子は銀の長煙管を傾けて嫣然と微笑んだ。
「しっぽ、長いわよ。お口と後ろはだめだけど」
「まぶたは」
「開いてる」
「おひげは」
「出がけにお手入れしたばっかり」
「今夜、何度目?」
「二度目。早いお客がいて」
 それで大分やる気が失せた。一応聞く。
「じゃあ、五十ぐらい?」
「八十は欲しいわね」
「見せてくれるか。しっぽの機嫌」
 その子はコートの前を開いた。しばらく僕たちはコートの中を見つめ、それから顔を上げた。
「機嫌はよくないみたいだね」
「ごめん、貴方ってタイプじゃないの」
 そういったその子の顔を真向かいでよく見ると、化粧がずいぶん厚くて、三十代の前半かと見えた。
「僕もタイプじゃないな」
「そう。さっさと行っちまいな」
 その子は唇のはしを歪めて言い捨てた。僕はまた霧の中に歩き出した。
 そんな具合で、僕はいい相手を見つけられなかった。そのうちに大寺院の八点鐘が鳴ったので、あきらめて帰ることにした。
 通りの終わりで、ふと足を止めた。ガス灯の下の霧は照らされて明るい。その円錐形の白い柱のすぐ外に、小さな影が立っていた。さっきまでは誰もいなかったような気がしたが、見逃していたのだろうか。
 近づくと、安っぽいダッフルを着て、紺色の髪を肩で切り揃えた、ちょっとびっくりするほどあどけない顔の子だった。九番街の霧に頼ってごまかす必要もないような、可愛らしい姿だ。テイル・キティじゃないのかもしれない。第一見たことがない。
 僕に気付いて顔を上げる。おびえたように一歩下がったが、立ち去りはしなかった。一応声をかけてみた。
「きみはしっぽ子猫か」
 文字通り子猫のような、潤んだ大きな瞳を向けて、その子はこくりとうなずいた。なんと、当たりだ。
 申し分のないテイル・キティだった。僕は儀式のような交渉を始めた。
「しっぽは長い?」
「いいえ。これぐらい」
 細い人差し指を立てる。
「まぶたは」
「まだ開いていません」
「おひげは」
「……生えてないんです」
 その子は頬を染めてうつむいた。僕は興奮し始めた。見かけが若いからといって信用できないのがテイル・キティだが、本当の子猫らしい。
「今夜、何度目?」
「お客さんが最初です」
 耳を疑った。もう夜半を過ぎたのに、こんな可愛い子に客が付いていないなんて、そんな幸運があるわけがない。
「僕が一番客?」
「……今まで怖くて隠れてたんです……」
「慣れてないのか」
 こくんとまたうなずいた。
「値を釣り上げるための嘘じゃないだろうな」
 言いつつも、買ってやろうと半ば決めていた。嘘なら量ですぐ分かる。テイル・キティは一番に限る、というのが僕たちの常識だ。ミルクが減ってしまう二番以降は話にならない。相手も大分まけてくれるし、サービスで口や後ろを使わせてくれることもあるが、それが目当てなら女を捜す。
 一番は高いが、その価値はある。僕は期待しながら聞いた。
「たくさん出るんだろうね、まる一日分だと」
「いえ、まる一日ってわけじゃ……」
「なんだ……昼も立ってたのか」
 がっかりしかけたが、早とちりだった。
「二週間してないんです」
「二週間!?」
 度肝を抜かれた。それが本当なら幸運中の幸運だ。暮らしの糧を得ようと毎日街に立つテイル・キティは、よくて一日しか間を空けない。
「どうしてそんなに?」
「わたし、今日初めて通りに立つんです」
 僕は、信じられずにその子の顔を覗き込んだ。
「ほんとに?」
「ほ、ほんとです。わたし、おうちの借金がかさんで売られたんです。テイル・キティをやれって言われて、二週間元締めさんの倉庫に閉じ込められて、ずっと精力剤を飲まされてたんです。最初の一回を気持ちよくして、その後も続けたくなるようにって……」
 その子は顔を真っ赤に染めて、懸命に訴えた。
「それを……最初に言え」
 僕はごくりとつばを飲みこんだ。宝石を見つけたようなものだった。 
 僕がこの子に教えてやることになるのだ。
「買おう。いくらだ」
「二百ポンドにしろって元締めが」
「五百出そう」
「そんなに!」
「祝儀だ」
 目を丸くして僕を見上げたその子は、困ったような顔になった。
「それなら、わたしの口と……お、お尻もどうぞ」
「それなら千ポンドの価値がある。だが僕は今六百しか持っていない。だからいい。――安く売っちゃいけない」
 じっと僕を見つめて、その子はぺこりと大きく頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「まだ交渉が終わってない」
「え?」
「しっぽの機嫌は」
 それを聞くと、その子はぎゅっと目を閉じ、何度か深呼吸してから、別の世界に続く扉を開けるように、ダッフルの前を開いた。
「しっぽは……喜んでます」
 ――その子のしっぽの先は、見たこともないほど美しい、明るい桃色に染まって、こちらを見上げていた。
「きゃ!」
 僕はその子の腕をつかみ、路地に引きずりこんだ。
 壁際に立たせて、改めてコートを開きながら聞く。
「名前は」
「……メル、メルモット。あ……」
「隠すな、メル」
 僕はしゃがんで、メルの手をどけた。コートの下は全裸だ。首から靴まで、すべてが現れる。
 すべすべの薄い腹筋の下で、言った通り指ぐらいの大きさの可憐なしっぽが、けなげに夜空を指していた。全体が、いやらしい汚れをまったく知らないようなつややかな肉色で、半分包皮に覆われた先端だけが、充血して桃色に染まっていた。
 心臓に合わせてひくんひくんと脈動する。僕は男だから同じものを毎日見ているわけだが、勃起した状態のそれを正面から見ると、いつもものすごい違和感を覚える。人体の輪郭がひどく壊れてしまうからだろう。道を歩く人にこんなものはない。
 メルは体が華奢で、しかも無毛だから、よけい目立っていた。
 それに――ぼくはメルの顔を見上げる。わずかに肩を震わせながら、不安げに見下ろしている。こんな少女のような少年が性器を立たせているというのが、刺激的だった。
 この子は興奮している。脅えながらもいやらしい期待を覚えている。隠すことはできない。このしっぽが証明している。
「メル、二週間前に出したんだな。手で?」
「は……はい……」
「今、出したいか?」
「そんなこと……」
「嘘をつくな」
 僕はメルのしっぽをつかんだ。「きゃっ!」とメルが悲鳴を上げる。
「じゃあ、柔らかくしてみろ」
「……」
「ほら、早く」
 手の平でそわそわと軽く握り締める。メルの細くて温かい幹がどんどん硬くなる。
「無理は言ってないぞ。いやなら萎えるはずだ。いやなんだろう?」
「……」
「それとももっと触って欲しいのか。べとべとにしてほしいのか」
「……」
「素直に言え。出したいと。ミルクをたくさんほとばしらせたいと」
「……は、はい」
 ダッフルの襟もとを両手でぎゅっとつかんで、目尻に光を浮かべながら、メルはかすかにうなずいた。
「わたし……してほしいです。お客さんのこと、嫌いじゃないんです」
「僕の口で出せるか」
「多分……」
「男の口が不愉快じゃないのか。素質があるな」
 泣くのを我慢するように、メルは強く目を閉じた。
「ちゃんと見ていろ」
 僕はそう命じて、メルのものを唇に吸いこんだ。
「あっ……」
 全部飲みこんでも喉に届かない。多少戻して、ゆっくりと愛撫することにした。かぶっている皮を舌でめくる。果肉のようにつるつるの先端が現れ、口蓋にぬるぬると滑った。テイル・キティの中にはここが苦い子もいるが、メルは清潔だった。石鹸の香りがする。
「あ……あったかい……」
「いいだろう」
「は……はい、すごく……」
「フェラチオが嫌いな男はいないからな」
 小さなメルのしっぽが懸命に大きくなろうとする。幹の皮膚が膨らませた風船のように薄くなり、その下の茎がこりこりと固くなる。歯で軽く甘噛みする。
「んあっ! や、やめて! 食べないで!」
「……冗談だ。心配するな」
「ううう……」
 あまりおどかすと萎えてしまう。お詫びとばかりに僕は思いきり激しく舌を動かし、硬さをよみがえらせた。――でも、本気で噛みちぎってやりたいほどの手頃なサイズだ。
 唾液を多めに出し、しっぽの下の袋にも指で触れた。しわを広げるようにころころと球を転がしてやる。中身も袋も小さくて広がらない。幼女の恥丘のようにぷにぷにと柔らかかった。
「ううう、そこぉ……」
 メルが苦しげにうめいて、どさっと背中を壁に預けた。
「な、舐められるとうずいちゃう……やめてくださいよう……変な感じ……」
 なるほど確かに、袋の下に伸ばした舌の先で、びくっ、びくっとふるえる前立腺が感じられた。刺激を受けて、撃ち出すためのミルクを溜め始めている。
 そのためにやっているんだ。僕はいったん幹から口を離して、メルの片足を思いきり高く抱え上げた。
「きゃあっ?」
 後ろの小さなすぼまりまで見えてしまい、メルがうろたえる。腱の浮き出したしなやかな太ももの間に顔を近づけて、袋とその下のうねにキスしてやった。きゅーっと吸いながら舌でちろちろとまさぐると、皮膚の下でなにかが激しくビクビク震え、「ひっ、かあっ!」とメルがおかしな声を上げた。
「やっ、やめてっ! 出すぎっ、出すぎちゃいます!」
 一度目の射精のためのミルクがたくさん溜まりすぎたのだろう。メルがさっと手を下ろしてしっぽをつかもうとした。僕はとっさにその手を押さえた。
「まだだ」
「離してッ! く、苦しい、出さないとダメなの!」
 目の色が変わっていた。慣れていないから本気で怖がっている。
「出したい出したいの、お願いこすらせてェ!」
 僕は力のこもったメルの手を左手で押さえつけたまま、右手で持ち上げた足を落とすと、正面からメルの腰に抱きついて、思いきり吸ってやった。
「ああっ!」
 メルが嬉しそうに叫ぶ。
「だ、出させて、お願い!」
 潮時だった。僕は亀頭のすぐ下まで口に含んで、るろるろと舌を動かしながら、輪にした指で手加減なく幹をこすり上げてやった。
 口の中にとろとろと先走りのつゆを垂らしていた先端が、木の実のように硬くなった。メルがぎゅうっと僕の髪の毛をつかみ、ぶる、ぶるぶるっ、と腰を不規則に震わせた。
「だ、出しちゃううっ!」
 悲鳴のような声を宙に叫び上げて、メルは射精した。
 とぴゅっ、とぴゅっ、とぴゅっ、と細い粘液の針が勢いよく飛び出してくる。口蓋を押し上げるほど元気がよく、熱い。量も多い。いや、痙攣の回数が多い。何回も何回もミルクを吐き出して、僕の口の中を満たしていく。
 期待通りの多さだった。口からあふれそうな分を僕は飲みこんだ。トロリとした熱さが喉を降りていく。舌でかき回して味わい、匂いを鼻に抜けさせる。一度も空気に触れていないミルクは、作られたままの新鮮な甘さと花芯の香りがした。
「へ、変ん、止まらないぃ……ごめんなさい、いっぱい出ちゃうの……」
 メルは十数秒続けても収まらない射精に戸惑いながら、どうしようもなくぐいぐいと腰を突き出し、僕の口内に亀頭を押し付ける。謝る必要なんかないのに、と思いながら、ぼくはメルの柔らかなお尻に指を食い込ませて引き付け、彼女のミルクを溜め続けた。
「は……あ」
 数十回腰を痙攣させてから、ようやくメルは落ちついた。つかんだ彼女の体から力が抜けていく。膝が笑っていてかくりと倒れそうになったので、ももを抱きしめて支えてやった。
 離れない僕を見下ろして不思議そうに聞く。
「あ、あの……まだですか?」
 答えの代わりに舌で軽くつついてやった。「ひゃん!」と跳ねる彼女を見ていると楽しくなった。
 メルは最高の売精少年テイル・キティだった。二週間も与えられ続けた精力剤を、幼い体の中で絶妙に煮詰めて、とてもたくさん出してくれた。それが多ければ多いほど、テイル・キティが感じている快感が強いということがわかる。
 僕たちがテイル・キティを愛する最大の理由が、それだった。どんなテクニシャンの男でも、女たちの心の中まで見ることはできない。彼女らがベッドの上で、激しくあえぎながら冷たい軽蔑を隠していたとしても、見破ることはできない。
 だが、演技で射精できる少年はいない。
 テイル・キティ、しっぽのある子猫たち。ミルクを放つとき、彼女らは間違いなく絶頂している。そのあられもない無防備さが、僕たちは好きなのだ。 
 口の中のメルのものが柔らかくなるまで待ってから、僕は口を離し、ミルクを飲み込んだ。すでに激情の去ったメルは、そんな僕を申しわけなさそうに見つめていた。
 口元をハンカチで拭うと、僕は立ち上がり、紙入れから五十枚の札を取り出した。
「代金だ」
「あ……ありがとうございます!」
 受け取ったメルが大切そうに札をダッフルのポケットに入れる。僕は聞いた。
「数えないのか?」
「え?」
 きょとんしている。代金をごまかされることなど想像もしていないんだろう。こっちが怖くなるほどの世間知らずた。
 その時、僕はあることを思いついた。
「メル、おまえの元締めは誰だ」
「え? ギャングリン広場のボス・メスですけど……」
「そういうことをぺらぺらしゃべるな」
「す、すみません!」
「藪医者のメスか。ふん、相変わらずつまらない稼ぎ方をしている……」
 僕は、ダッフルの前を閉じているメルを見下ろした。
「家の借金はいくらだ」
「八万五千ポンドなんですけど……」
「わかった。ついてこい」
「え?」
 僕は歩き出した。路地から霧の深い通りに出たところで、振り向く。
「何をぼさっとしてるんだ。僕を見失うぞ」
「で、でも……」
「どっちみちもう人なんか通らん。今日は僕に付き合え。腹が減った」
 誰も通らないと聞いて、ほっとしたようにメルは走り寄って来た。言い訳ができたからだろう。僕のインバネスをそっとつかむ。
 裾を翻して、中に捕まえた。メルは寄りそう。
「あの……お食事だけですか?」
「察しがいいな。もちろんそれだけじゃない。僕はおまえを宿に連れていって犯す」
「わたしを……」
「いいか」
 まるで覚悟していたように、メルはうなずいた。
「どうせ、この仕事を続ければ誰かにされちゃうんです。それぐらいなら優しいお客さんに……」
「いいんだな」
「はい。それに、その……お客さん、凄くうまかったし……」
 そう言った顔に、目覚め始めた媚びがあった。いい。好みだ。
 これで決まった。メルが覚悟しているなら何も問題はない。下手をすれば殺されるかもしれない街娼を続けるぐらいなら、僕一人に所有されるほうを選ぶだろう。元締めのメスに金をやってこの子を引き取ってやる。
 僕も、玄人を相手にするのはいい加減飽きていたのだ。九番街通いをやめるのに、メルはちょうどいい手土産だった。
 メルがつらそうに言う。
「きっと次からは、もっと怖いお客さんに当たる事もあるんでしょうね」
「……そうだな」
「借金返すまでにどれだけかかるんだろ。病気にかかるかもしれないし。ああ、心配だな……」
 心細げにつぶやくメルを、僕は黙って見つめた。そういう心配はもうしなくていいのだが、教えてやるほど人のいい性格じゃない。おびえる顔が気に入った。黙ったまま無理やりねぐらに連れ返って、帰りたがる様子をじっくり眺めることにしよう。身請けしたことを教えるのはその後だ。
 差し当たっては、笑っていてくれた方が抱きやすい。
「明日のことは明日考えろ。おまえはまだ僕の子猫だ」
「は、はい」
「念を入れて可愛がってやる。しかしまずは飯だ。大陸式のマナーは知ってるか」
「そんなお店に行くんですか? お客さんお金持ちなんですね」
「知らんのだな。じゃあやめだ。五番街のサルーンにでも行こう」
「サルーンって、貴族の酒場じゃ……あの、お客さんって誰なんですか?」
「ランペルスティルツキン」
「らん……ぺらるきん……」
「アールと呼べ、メルモット」
「はい、アール様」
 メルは聞き覚えがないようだった。まあ当然かもしれない。藪医者メスも、下っぱに暗黒街の顔役のことを教える必要は感じなかったんだろう。僕も自分の趣味のことはメスに話していない。奴が知っているのは僕の偽名のうちの一つだけだ。
 ……なぜ僕は今、メルに本名を教えてしまったんだ?
「アール様、どうしました?」
「なんでもない、飲むぞ。おまえも飲め」
「が、がんばります!」
 永遠に立ちこめているような霧の中を、僕たちは歩いていった。


――了――



top page   stories   illusts   BBS