次へ 戻る メニューへ  4.

 夕刻、三人は寮に向かった。レグノンはフィルバルトに住居を持っていないので、当然彼も寮住まいである。しかも中等部の教官であり、独身だということから、生徒用の男子寮を一室占領して住まいとしていた。男子寮は塀を挟んだ隣同士だから、目的地は一緒だ。
 寮門で別れてレンガ造りの館に入ると、ロビーで寮母に呼びとめられた。
「あなたがシロンさんね。レグノン教官のお使いが来たけど、ポレッカと同じ部屋に入るんですって?」
「はい。よろしくお願いします」
「荷物、届いてるわよ。部屋に上げておいたから」
 そう言ってから、寮母は妙な顔をした。
「ずいぶん少なかったけど、あれだけ? 鞄二つ」
「夏の間だけですから」
「あら、そうなの」
 寮母が去ると、ポレッカが歩きながら言った。
「ジェーヌ夫人はちょっと詮索好きなだけだから。気にしないでね」
「うん」
 磨き上げられた板張りの廊下を歩いていくと、他の寮生とすれ違う。まだ制服の娘もいたが、大半は着心地のいいスモックやワンピースに着替えている。中には下着に近い薄着の娘もいて、尼僧院などと比べるとずいぶん開けっぴろげなのだが、大らかな点はポレッカも気に入っていた。
 ふと振り返ると、シロンが妙に赤い顔でうつむいていた。
「どうしたの?」
「え……み、みんな開放的ね。さっきの子なんか、足むき出しで……」
「……やっぱり、貴族から見るとはしたない?」
「ううん、そんなことないけど」
 彼女らしくもなくあわてた感じで、シロンがぶんぶんと首を振った。あっ可愛い、とポレッカは笑いをかみ殺す。
「慣れてくれると嬉しいな。さあ、ここよ」
 一階の端の部屋に、シロンは招き入れられた。まだ赤面は続いている。実はシロンは、同い年の娘の部屋に入るのが始めてである。ソリュータは姉のようなものだったし、エメラダやレザの部屋は自分の部屋のようなもので気兼ねがいらない。
 どきどきしながら室内を見まわすと、なんというか、微笑ましいほど予想通りの十五歳の少女の部屋がそこにあった。
 部屋の左側がポレッカの領土らしかった。ベッドにはキルトの可愛らしいカバーがかかり、枕元には手縫いの子馬のぬいぐるみが置かれている。正面の窓際の机の上には、レースのカーテンとともにウォールポットがぶら下げられて、時計草が青紫の可憐な花を開いている。整頓と掃除が行き届いていて、かすかにシナモンの香りがした。
「可愛い部屋ね」 
「そう? 前にいた子には少女趣味過ぎるって言われてたんだけど」
「ううん。落ちつけるわ」
「よかった」
 ポレッカは晴れ晴れと笑う。そう言えば彼女は、寮に戻ってから急に生き生きとし始めたようだった。確かにこの部屋にいる彼女は、いるべき場所にいる少女、という感じがする。
 きっとこっちが本当なんだろうな、とシロンは思った。
 ポレッカの側と線対称に、部屋の右側にもベッドと机が置かれていた。こちらはマットレスの他は何もない。仕切りもなく、純粋な二人部屋だった。
 そちらに置かれていた二つのトランクを、シロンは開いた。ベッドの上に広げていくのを、見るともなくポレッカが見る。
「んと……見ていい?」
「いいわよ」
 大したものは入っていない。勉強道具の他は服ぐらいのもので、それも少ない。シロンは着飾るたちではないし、娘の服のこともあまりわからないからだ。制服の替えと、ソリュータが選んだ部屋着、変装道具(つまり化粧品)、それに下着。本物の女物のショーツとブラジャーである。洗濯のときにばれたら大変でしょ、とエメラダに押しつけられた。
 妙な気分で備え付けの衣装箱にそれらを押しこんでいると、ポレッカが驚いたような声を上げた。
「それ、セニアじゃない?」
「これ?」
 シロンは丸まった白いシルクを広げてみた。恐ろしく細かい刺繍が入っていて、大変に高級なものである――ような気もする。
「一着二メルダもするやつでしょ。あっ、そのタグはアラメインの! あーっ、そっちはサンヴィ!」
 悲鳴のような声を上げるポレッカから顔をそらして、エメラダだな、とシロンはつぶやいた。彼女は服も化粧品も、名の通った職人の高価なものを愛用している。
「いいなあ、やっぱりシロンはお金持ちなんだ……」
「欲しかったらあげるわ」
「え?」
 ポレッカがぎょっとしたように顔を上げる。
「何言ってるの、こんな高いものもらえないわ」
「いいのよ。わたしが買ったんじゃないもの。適当に持って来ただけ」
「でも、だめよ」
「いいってば」
「でも……」
 押し問答しているうちに、ポレッカはうーんと考えこんでしまった。ちょっと嫌味だったかな、とシロンが思っていると、ポレッカがおずおずと聞く。
「それじゃ……試着だけしてもいい?」
「あげてもいいのに」
「ダメ! 理由もなく贈り物をもらうのはよくない事だって父さんが言ってたもの!」
 そういう理由なら納得がいった。好ましい。
「分かったわ。ごめんね、押しつけて」
「ううん。本音言うとすごくほしいの。でも絶対もらえないから。……これいい?」
 生真面目にそう言うと、ポレッカは銀糸で縁取られたシュミーズを手に取った。シロンはうなずく。
「どうぞ」
「じゃ……」
 ためつすがめつそれを見ていたかと思うと、ポレッカは背を向けて腰に手を当てた。
 そして、留め金を外してするりとスカートを下ろしてしまった。まったく突然だったので、シロンは瞬間的に真っ赤になる。
「ぽ、ポレッカ!」
「え?」
 振り向いたポレッカが、ばつの悪そうな顔をした。
「あ……つい癖で。前にいた子は平気だったの。シロンはこういうの苦手?」
「苦手っていうか……」
「ごめんね。でも、カーテンもないし隠しようがないの。見苦しかったらそっち向いててくれる? 私も、シロンの着替えは見ないようにするから……」
「見苦しくなんかないけど!」
「そう? よかった」
 ポレッカはするすると服を脱いでいく。シロンは視線をあちこちに飛ばす。
 ――あからさまに目を逸らすのも失礼だし、でもじっと見るのもなんだか変だし……
 うろたえるシロンの前で、ポレッカは半裸の姿になってしまう。
 背丈はシロンより少し低いぐらい。体には、思春期の始まった少女に特有のアンバランスさがある。胸や尻はそろそろ肉がつきかけているが、手足はやや頼りない細さで伸びている。
 質素な白いショーツの三角形の上で、腹部がえぐったように薄い。しかも、まだブラジャーを着けていない。バター皿を伏せた程度の控えめなふくらみに、くすみひとつない桃色の粒が乗っている。
 空色の三つ編みを跳ね上げたうなじには、霧のように薄いうぶげの群れ。皮下に脂肪がないせいか、やや暑いにも関わらず肌はさらさらと乾いて白い。
 間違いなく男を知らない純朴な体が、手の届く近さで軽やかに動いて、シュミーズを身につけていく。
 シロンはもう自制して目を逸らすこともできない。注意深く呼吸を押さえて見入っている。ベッドに座ったまま膝をきつく合わせて、反応してしまわないようにする。
 そんなシロンの動揺には毛ほども気付かず、太ももまでの薄い絹で体を覆うと、ポレッカは両手を翼のように軽く広げた。
「どう?」
「うん。……似合ってる」
「そう? 負けてない?」
「全然」
 ポレッカは部屋を見まわしてベッドに這い上がり、奥の壁から鏡を外そうとする。ぴたりとショーツの張りついた小ぶりな尻が動く。――耐えきれずにシロンは首を横にねじ曲げた。
「ああ、取れた。姿見があるといいんだけどね、こんな小さいのしかない。シロン、持ってくれない?」
 渡された鏡をシロンは構えた。自分の姿を映したポレッカが、もうちょっと上、と頼んでくる。
「立ってくれない?」
「え、それちょっと……」
「どうしたの?」
「立てないの。その……足が。歩いたから豆が」
「あ、ごめんなさい、気づかなくて。豆ができちゃったの?」
 顔を曇らせてポレッカがシロンの前にかがみこむ。シュミーズが垂れて胸元からふくらみが――
「だっ、大丈夫大丈夫!」
「だめよ、手当てしないと!」
 立てなくなった本当の理由を言うわけにもいかず、ごまかすためにシロンは猛烈に苦労したのだった。


「あっはは、そりゃ災難だったな」
「笑い事じゃないよ」
 レグノンに大笑いされて、クリオンは頬を膨らませた。男子寮のレグノンの部屋である。
 あの後、夕食、シャワー、夜着の着替えと続いた、習慣と性別から来る露見の危機を、クリオンはなんとか乗りきったものの、疲れ切ってしまった。消灯時間がきてポレッカが寝入ったところを見計らって、ここへやってきたのである。裏口から忍び出て塀を乗り越えるのは、もともと男で運動神経のいいクリオンにとって造作もなかった。
「いつばれるかってひやひやものだったんだから。女の子たちって、男の見てないところだとすごく元気なんだもの。言い訳する前に叩きのめされちゃう」
「お妃候補は見つかったか?」
「まだ……それどころじゃなかった」
「いっそ簡単にあのポレッカって子で済ませたらどうだ」
「済ませるっていやな言い方だね」
「そりゃ悪い。しかし真面目な話、あの子はいい子だぞ。百戦錬磨のおれの見立てだから間違いない」
「そう? まあ考えておくよ。今日は疲れた……」
 クリオンはベッドにぐったりと横たわる。彼の今の服装は、ソリュータに借りたレモンイエローのナイトドレスである。
 机でナイトキャップをきこしめしていたレグノンが、グラスを差し出す。
「調子に乗って学校見物なんかするから力を使い果たすんだ。しかし女にはとっくに慣れてたんじゃないのか?」
「それとこれとは別」
「まあそうだな。あの年代の娘たちと一日付き合うと、おれでも死にそうになる。まあ飲め」
「ん……」
 うつぶせのままひじで体を起こして、クリオンはアクアヴィットを受け取った。一息に飲み干す。
「……はあ。でも、避難場所がここにあってほんとによかった」
「そう言われると、おれも軍吏の地位をふって教師になった甲斐があった」
「ああ、やっぱり仕事があったんだ。なんでこっちに?」
「ソリュータと一緒だ」
 クリオンは顔を上げて、九つ年上の青年の端正な顔を見た。
「聞けばソリュータは、おれの父上が――グレンデルベルト侯爵が奸臣呼ばわりされるのを避けるために、おまえの誘いを断ったそうだな」
「聞いたの?」
「ああ。おれも一緒だ。おまえと馴染みのおれが高級官吏になったら、癒着を疑われるからな」
「そうだったの。……ありがとう」
 二人は微笑みあった。
 レグノンがクリオンを呼ぶ口調も、クリオンがレグノンに見せる親しさも、昨日今日からのものではない。十年、ソリュータと同じだけ、彼ら二人は付き合ってきた。実の兄弟と何も変わらない。
 父スピグラムとともに、いやそれ以上に、レグノンは師であり先輩だった。学問も遊びも彼が教えた。クリオンの体格を考えに入れてレイピアを伝授したのも、彼だった。
 しばらく少年を見つめてから、レグノンは思いきったように言った。
「で……やることはやったそうだな」
「え?」
「ソリュータだ。抱いてくれたんだろう?」
 クリオンは目を逸らしたが、すぐにうなずいた。
「うん。……ぼく、ソリュータが一番好きだから……」
「めでたい。祝福する。ありがとう。よくやった」
 レグノンはベッドに移って腰掛け、ざっくばらんにクリオンの肩を抱いた。クリオンは頬を染める。二人とも酒が回り始めている。
「しかし、おまえがねえ……館の屋根に猫が登った時なんか、泣いてソリュータに助けてもらっていたおまえがねえ。とうとうソリュータと。立派になったもんだな」
「うん……」
「なのに結婚できないとは……不憫だな」
 レグノンに髪をくしゃくしゃにされて、クリオンはくすぐったそうに目を細めた。
「エメラダが最初の妃になっちゃったね。それからレザとチェル姫……怒られるかもしれないけど、ぼく、みんな好きなんだ」
「仕方ないさ。十五で国一つ背負わされたんだ。それぐらい、むしろ役得として開き直るぐらいの度胸を持て。男なら」
「うん」
 クリオンは急にいたずらっぽい目をして、レグノンを見上げた。
「これでぼくも、レグノン卿に追いついたかな?」
「何を生意気な」
 レグノンは余裕しゃくしゃくといった顔でクリオンを見下ろす。
「かってフィルバルトで最も粋な青年貴族と呼ばれ、夜ごとの舞踏会で数えきれない姫君たちの、熱い眼差しを受け止めて来たおれに、追い付いただって?」
「そんなことをレグノン卿は前から言ってたけど、実際のところどうなの? 子供に聞かせることじゃないって、さんざんごまかされたけど」
 クリオンはほんのり目もとを染めてレグノンに顔を付きつける。んー? とレグノンはからかうように笑う。以前の呼吸が戻っている。――ソリュータには聞かせられないような話をしていた、昔の二人に。
 レグノンは指を立てる。五本。
「五人?」
「いいや」
「……五十人?」
「違う」
 レグノンはもったいぶって首を振ると、立てたその手のひらを、握り締めた。
「この手でエスコートした姫君は、大方すべて」
「……一体何人と踊ったの?」
「それを知るのは、この王都の夜風のみ」
 キザも極まる台詞だったが、この青年が言うと不思議に嫌味がない。どことなくホラじみていて粘り気がないのだ。それでいて、ホラが事実だとしてもちっともおかしくないような美貌なのである。みんなこれにやられるんだな、とクリオンは感心する。――不快ではない。
 会話の合間に、杯が進んでいる。クリオンが手にしているのは三杯目だ。それを飲み干そうかどうか迷って、結局ベッドサイドに置こうとしたとき、手が滑って落としかけた。
「おっと」
 二人の手が重なって杯を捕まえる。乾いた大きな手に、クリオンはふっと、おぼろな夢のような思い出まで思い出す。
 レグノンも同じのようだった。手を握り締めあう。
 口に出したのは、クリオンのほうだった。夕方に見たポレッカの肢体に心を乱されている。
「レグノン卿……考えてみると、卿がぼくに教えてくれたんだよね」
「あれか? そうだったな。おまえが……十三の時か。聞いてきたんだよな」
 触ったら、どうなるの?
「あれ、最初はキオラとしたんだよね。すぐやめたけど……その後、なんでああなるのか分からなかったから、卿に聞いたんだ」
「おれも驚いた。しかし、誰かが教えるべきだと思ったからな……」
 クックッ、とレグノンは笑った。
「可愛かったな、おまえは。おれの腕の中で鳩みたいにくうくう鳴いて。最後には半泣きでしがみついたな。良かったのか」
「それもあるけど……怖かったから……」
「今は?」
「怖くない」
 そしてクリオンは体を起こすと、レグノンの胸に顔をうずめた。
「ポレッカのせい……それにお酒のせいかな。なんか、熱いんだ」
「おいおい、可愛いな」
「レグノン卿……一度きりって約束だったけど、あれ、もう一回やってくれない? それとも……今のぼくじゃいや?」
「どうしたんだ。おまえはもっと堅いと思ってたが、男のおれにねだるなんて」
「もちろんそういうのは嫌いだよ。前にハルナス伯爵にそういうことを言われて、鳥肌が立った」
「あいつか。奴は幼い娼婦を買って家宝の剣でみみずばれをつけるのが好きっていう、えらく歪んだ奴だったが……あんなのに目を付けられたのか?」
「デジエラが斬ったけどね」
「恐ろしいな。おれも斬られちゃたまらん」
「卿は違うよ。いい人だもん……怖くないよ」
 レグノンの腕の中、少女の仕草でクリオンが体を丸める。
「女の子たちとするのはいいけどね。レグノン卿、思ったことはない? 生まれて始めて手でした時って、物凄く気持ち良かったって……」
「……それを思い出したい?」
「思いこみなんだろうけど」
 クリオンが見上げると、レグノンがその両肩をつかんだ。優しい、しかし強い光を目に浮かべている。
「だったらいっそ、女として抱かれる気はないか?」
「え? それって、ハルナス伯と……」
「同じ趣味じゃない。おまえはまだ知らないだろうが、女相手に後ろですることもあるのさ。後ろって、つまりここだ。……それでもおれは女を鳴かせられるぞ?」
 レグノンの指が、ドレスを広げて座ったクリオンの背後の、体とベッドの間に食いこんだ。ぴくり、とクリオンは身を震わせる。
「おまえが男だったらやらんよ。しかし今は、おあつらえ向きというかなんというか、おまえは女だ。そうだな、シロン?」
「し……う、うん」
「どうだ? 女の中には、それが忘れられなくなる子もいる。おまえが相手でもうまくやる自信はある。おまえ自身、試す機会があるかもしれない。……受け止めてみるか?」
 クリオンは鼓動が猛烈に速くなるのを感じながら、青年を見上げた。彼はたぎり始めている。でも欲望に負けてはいない。猛獣を乗りこなすことを楽しんでいる。――それに、信頼できることは間違いない。
 あるかどうかも分からない快楽を探してみる期待が、クリオンに芽生える。
 クリオンは、ほんの今だけ、体までシロンになることに決めた。
 まっすぐレグノンを見つめ、胸元でぎゅっと手を握って、処女と同じ熱さとかぐわしさの息を吐く。
「……して。レグノン卿……」
「その呼び方は堅いな、シロン」
「……じゃあ、レグノンさま。これで?」
「ああ、いい」
 そしてシロンは窒息するほど激しい口付けを受けた。
 十五歳のしなやかな肢体を覆うドレスが、レグノンの手技を受けてうねっていく。胸を、腕を、腰を、蹂躙に近い激しさで愛撫され、しかしシロンは頭を押さえつけられている。身動きもできずに舌を受ける。
「んんっ、んっ」
 もがきながら、驚くほど急速にシロンは目覚める。愛撫が気持ちいい。娘たちから受ける柔らかな心地よさとはまったく違う。体中の神経をこそぎたてるような、刃物に似た鋭い刺激が肌の下を走りまわる。
 レモンイエローのドレスの股間が、きつく堅く尖る。
「はあっ」
「そっちを向け」
 キスが終わるとともに命令。シロンは服従し、むこうを向いて背中からレグノンの腕の中に収まる。レグノンの手が膝に下りる。そのままドレスの中に滑走。
 ぞぞぞっ、と太ももに寒気が流れた。これはおぞましさだ。だがシロンはそう受け取りはしない。今作り出されている限られた世界の中でなら、快感として受けとめられる。女の自分がいる世界なら。
 きうっと尖りたった性器に、レグノンが速い攻めで手をかぶせてきた。かりそめの少女の求めることを正確に察知している。愛撫もいい。だがそここそ急所だ。
 ドレスの下、ショーツから顔を出したシロンを、レグノンは巧みにしごき上げる。
「シロン……どうだ?」
「んっ、んっ、うんっ、いいっ」
「いいか? そうか」
 唇を歪めていた少女が、はっと目を見開く。尻に当たるものに気付いたのだ。
「レグノンさま……レグノンさまも?」 
「ああ。おまえ、美しいよ」
 空いている左手でぎゅっと胴を抱かれた。肩に現れた顔が髪をかいでいる。鏡に映った自分を見るようにシロンは悟る。自分が抱く娘たちの言葉。わたしが陛下を感じさせてるの?
「……わたしでレグノンさまは感じてるの?」
「そうだ、シロン……おまえがほしい。熱くて柔らかいおまえに入りたい」
 耳の奥がジーンと鳴る。求められることがこれほど心地いいなんて。
「はい……入ってきて。レグノンさま、シロンはレグノンさまを入れてあげる」
「嬉しいな」
 ドレスの裾がかきあげられた。いつのまにかショーツは太ももに下げられている。シロンの裸の股間がレグノンの膝に乗っている。
 そこに、後ろから指が入りこんだ。
「力を抜くんだ。体重はおれに」
 言われた通り、自分を抱える腕にすべてを預け、下半身の感覚を捨てる。想像したよりもずっと恐ろしい。いつも隠している弱いところを他人に裸でさらしているのだ。
 脈絡もなくソリュータのことが思い浮かび、こんな恐怖に耐えて捧げてくれた彼女が愛しくなった。
 指が触れ、ゆっくりとかき回される。ピリピリ熱いのは、酒で湿らせているのだ。じきにぬるぬると太いものが出入りするようになる。
「まだ指だ。どうだ?」
「ん……は……すごく、熱い……」
「広げるぞ」
 指がどんどん深くなる。ぞわぞわと背骨を這いあがるような違和感が波を打つ。だが、苦痛はない。
「いける……レグノンさま、多分入るわよ」
「じゃあ、いこう。いいか、息を吐くんだぞ。ほら……」
 ふうーっと息を吐くとともに、肛門に指よりもっと熱いものが食いこんだ。さらに吐く。ぬっ、ずるっ、とそれが潜りこんできた。
 自然に、涙が湧く。シロンが首を振ると、散った涙がランプに光る。
「いや……れぐ……いやあ」
「痛いのか?」
「違う……違うけど、なんだかすごく……」
 悲しい、おぞましい、でも気持ちいい。腰から下が熱いお湯で満たされていくよう。立てた膝の先でつま先が他人の足のようにびくびく動く。
 何度も出入りを繰り返しながら、レグノンがついに一番奥まで入ってきた。シロンの涙はもう一条につながって流れている。ありえないほど大きく切り開かれてしまったせいで、心と涙腺まで無理にこじ開けられてしまったようだった。
「ふわは……あ……い……いいン……」
 犯されるのは、狂おしいほど不快で嬉しかった。
 体の中で鼓動しながら、肩のレグノンが震える息を漏らした。
「シロン……包め……」
 ぐぬう、ぐぬう、と胎内が拓かれる。へその裏辺りまで届く先端がはっきり分かる。女しか味わえないはずの、内臓まで愛される快感がシロンを貫く。
「れぐ……さまぁ……あったかい? わたしの中、気持ちいい?」
「ああ……すごい……シロン、おまえがこれほど……」
「もっといて……ずっと中にいて……これぇ……すごい……」
「だ、だめだ。もうすぐ……来る……」
 そうだ、とシロンはわずかな理性で思い出す。あれが、来る。弾けるような激しい流れが。
 あれが中に来たら?
 絶頂を知りたくてシロンは叫ぶ。
「だ……出して! レグノンさま……わたしに、ぶつけて!」
「ああ……おまえも出せ……両方一度に……味わえっ!」
 片手でしごかれ、片手で抱かれたまま上下させられる。ガクガクガク、と加速度的に動きが激しくなる。あのレグノンが理性を失いかけている。うれしい、とシロンは震える。レグノンさまがわたしのからだで溶ろけちゃってる。出しながら笑える男はいない……
「いくっ、いくぞシロン!」
「わっ、わたしもっ! いくっ! イかせてェ!」
 どぷんっ、と腹の中が叩かれた。熱い、酸のように熱い。腹の奥を食い荒らすように熱が広がる。性器の根元がビクビクと圧迫される。
「ひっ、ひいん、いやあ!」
 ひとたまりもなく出した。ドレスの下でシロンは射精した。布地が盛り上がるほど何度も撃ち出し、レグノンの手をまみれさせた。


「……クリオン、クリオン!」
 ぼうっと脱力していたクリオンは、はっと我に返った。
 レグノンに抱かれていたはずが、いつのまにかベッドに横たわっている。あわてて起きようとすると、股間の後ろがきりっと痛んだ。
「あ、つつ……」
「大丈夫か?」
 見れば、レグノンはすでに装いを整えて、新たな一杯を手に窓に腰掛けていた。――クリオンは、自分を貫いた彼のものを一度も見なかったことに気付いた。だから受け入れられたのかもしれない。
「すまん、つい興が乗って。やり過ぎだったか」
「う、ううん。よかったよ。女の子の気持ちが分かったような気がする」
 クリオンは慎重に体を動かしてみた。後ろの部分に切れたような感じはない。汚れたはずのナイトドレスもショーツもきれいに拭かれて、体も清められているようだった。さすがに手慣れたものだ。
 ただ、腰の奥にはぬめりと鈍痛が残っている。
「でも、その……今のは特別だよね? そうたびたびするようなことじゃないって気もした」
 分かっている、というようにレグノンが無言で手を振った。彼も、今のことで二人の関係を変えるつもりはないようだった。
「ぼく、戻るよ」
「そうか。息抜きにならなくて悪かったな」
「本当だよ。明日遅刻したら卿のせいだからね」
 口調も戻っている。変になったりはしていないな、とレグノンは内心ほっとした。
 クリオンが窓辺に立つ。
「送ろうか?」
「大丈夫」
「護衛こそ貴殿の本来の任務だって、あの総監殿にきつく言われたんだがな」
「でも、すぐ隣じゃない」
 笑ったクリオンは、ふと眉をひそめた。
「そう言えば、ぼくに誰か別の護衛ってついてるの?」
「別の護衛? これのことか?」
 レグノンはベッドの側に立てかけてある、鞘に入った剣を指差した。クリオンは首を振る。
「それじゃなくて」
「さあ、おれは聞いていないが。いるはずなのか」
「男爵がそんなことを言ってたと思うんだけど……ま、いいか。おやすみ」
 手だけ借りて、ひらりと外に降り立った。
 寮の庭には、星明りが差している。植え込みに隠れて塀の下まで近づいた。頭上を見上げる。高さは三ヤード。
「……ふっ」
 軽く助走して飛び、手をかけて一気に体を引き上げた。そのまま足を振り出して身軽に飛び越える。
 足は越えたが、ドレスを忘れていた。
「きゃーっ!」
 悲鳴を上げかけて、喉の奥に閉じ込める。ドレスの裾がレンガの角にひっかかり、クリオンは見事に宙吊りになってしまった。間の悪いことに布地が引き絞られているので、よじ登ることも脱ぐこともできない。
「ど、どうしよう……」
 脇の下を吊るされたような状態で胸から下が丸出しのまま、クリオンはパニックになりかける。このままだと朝が来て見つかってしまう。入寮初日に、誰がどう見ても間違えようのない無断外出と男子寮への侵入行為。しかもこの姿だと性別までばれてしまう。何もかもぶち壊しだ。
 それ以前に、万が一自分を狙う刺客がいるとしたら、こんな絶好のチャンスを逃すわけがない!
 その可能性に思い当たったクリオンは、ひたひたと足音を聞いたような気がした。いや、気がしたのではない、本当に足音がする。左右を見ても分からないが、闇の中から足音が近づいてくる。
 こんな夜更けにこんな場所を、無関係な散策者が通る可能性があるだろうか。あるわけがない。クリオンは、すべてのお膳立てを白紙に戻してしまうことを覚悟で、レグノンを呼ぶために悲鳴を上げようとした。
「レグノンきょ……」
「ふうむ、問題だ。衣装箱に巨人を入れるための三つの手順とは何か? いくら夏の夜が長いとはいえ、この難問を解くにはいささか短い」
 クリオンは、目を点にして塀の上を見上げた。いかにもちょっと夜風に当たりに出たといった風の、無関係な散策者がすたすたとそこを歩いていった。
 もちろんそいつは無関係な散策者なんぞであろうはずがなかった。
「ちょ、ちょっと……」
「おや、誰か拙者をお呼びか?」
 飾り袖のシャツに半ズボンとタイツを身につけ、羽根飾りをおっ立てた帽子をかぶった、シッキルギン風貴族の大げさな戯画のような人物が、わざとらしく振り向いた。その顔は左右で白黒に塗り分けられている。
「まさか……マウス?」
「おお! これはこれは、皇帝陛下ではござらぬか。はてまたどうして、こんなところで洗濯物の真似ごとを?」
「そりゃこっちの台詞だよ! マウスこそここで何やってるの!」 
「ご覧の通り。拙者の頭を悩ます大問題について、歩きがてら考えておりまする」
 クリオンの上にやってきた道化が、仰々しく一礼した。それが本当かどうかはこの際どうでもいい、どうせ聞いてもまともな返事は返ってこない。クリオンは小声で詰問する。
「なんでもいいから、助けてよ! 下りられないんだ」
「それは難しいご注文ですな。何しろ拙者は一大難問に頭を痛めておりますので……」
「さっきの巨人がどうとかいうやつ? そんなのどうでもいいから!」
「よくはございませぬ。これが判然とせぬことには、迷いのあまり足元はふらつく手元は狂う熱は出る毛は逆立つで、明日の朝日も拝めないことは必定にて」
 要するにクリオンに向かって、わけのわからないその問題に、今この場で答えろと言っているのだろう。ほんとにこの人はとぶつぶつ言いながら、クリオンは仕方なく答えた。
「巨人なんか衣装箱に入るわけがないと思うんだけど?」
「その通り。だから拙者も困っておるのでして」
 困ってるのはこっちだよと思いながら、クリオンは適当に答えた。
「衣装箱を開けて、巨人を入れて、衣装箱を閉じたらいいんじゃない」
「おおっ! ……おおおおおおお」
 ぱむっ、と額を叩いてマウスは長い吐息を漏らした。
「快刀乱麻! 簡にして潔、合にして理! 実に素晴らしい、さすがは陛下!」
 やけっぱちが通ったらしい。クリオンはあきれて目を丸くする。
「……合ってたの?」
「それ以外にどんな方法がございましょうや!」
 言うなりマウスは片手をさっと夜空に上げた。いかなる力か、クリオンはふわりと釣り上げられる。
 いや、それは多分、彼の十八番の見えない糸を使った手品だっだろう。クリオンは無事女子寮の庭に降り立ち、ほっとしながら塀の上の紳士を見上げた。
「ありがとう、助かったよ」
「滅相もございませぬ、我が皇帝陛下よ」
 一礼する道化を見ていたクリオンは、ふと気付いた。彼の行動はいつもまったく脈絡がないようだが、振り返れば、彼によって窮地を救われたことが何度かあったような気がするのだ。
「マウス、もしかしてきみは男爵に命令されてここに――」
「うむっ、はうあ!」
 突然マウスが頭を抱えたので、クリオンはぎょっとした。
「ど、どうしたの」
「一難去ってまた一難、一つの解決は一つの疑問を招く。拙者の心を揺さぶる恐ろしい難問が生まれたのです!」
「……何?」
「衣装箱に竜を収める四つの手順とはいかなるものか?」
「なんで四つ――」
「むむううあ! いけませぬ、いけませぬ陛下! 拙者の帽子の中で嵐が! もうだめだ、このような問題で陛下をわずらわすわけにはいかぬ! では陛下、拙者は失礼して、朝日が昇るまでとっくりとこれを悩んでまいりますので……」
「あ、ちょっと」
 声をかけたが、無駄だった。マウスは今にも崩折れそうな危なっかしい足取りで、塀の上を足早に去っていってしまった。
 クリオンはぽかんとしながらつぶやいた。
「……なんなんだろうあの人、本当に……」

 5.

 こうして、シロンと名乗る少女の学校生活が始まった。
 シロンにとっては、懐かしさともの珍しさの入り混じった新鮮な体験だった。皇帝の座について数ヶ月、貴人のまねごとができる程度には慣れてきたが、その前はグレンデルベルトのただの少年である。しかも学校には行っていなかった。同年代の少年少女たちと対等に付きあうのは、発見の連続だった。
 エコールには靴屋の娘から公爵の息子まで、さまざまな子供たちが集まっていた。学力至上のこの学校には貴族による派閥などがないので、彼らも対等に意見を交わす。その間でシロンは両方の話に聞き入る。
「今度のクリオン皇帝はだめだね! 古い習慣を壊しさえすればいいと思ってる。そんなやり方でこの大きな国が動くもんか」
「何言ってるのよ、陛下が借金を払ってくれたおかげで、フィルバルトの商人は息を吹き返したのよ。うちだって元請けの家具問屋から半年分の支払いをもらうまでは、店仕舞いしかけてたんだから」
「財政よりも問題は国防じゃないの? クリオン陛下は前のゼマント陛下に比べて、話にならないぐらいひ弱だって言うよね。南部のうちの領地じゃ、フェリド族がまた動き出してるって話があるんだ。ちゃんと守ってくれるかな」
「何がうちの領地だよ、ここの学生だったら帝国全体のことを心にかけな。フェリドや大明やシッキルギンに負けたくなけりゃ、領地ぐらい献上するんだな」
「別に献上しなくてもいいと思う。徴税経路を寄生商人の手から取り戻したせいで、中間搾取がなくなったから。母の話じゃ、今年の東部領の税収は昨年比で一割弱増えそうなぐらい。でも領民の負担はかえって減ってるの。健全化してるわ」
「それはうちみたいな貴族から巻き上げたせいもあるだろ。困ってんだぜ、貴族の中には独自のルートで外国と折衝して、国につくしてる家もあるのに。……ま、実家がどうなろうとおれの知ったことじゃないけどよ」
「没落した貴族の兵隊が、王都で悪党団になっているって話もあるわね」
「ゴシップはやめて下さいよ。そういう話は休み時間にすればいい」
 自由討論の授業で、活発な話し合いを聞きながら、シロンはうんうんとうなずくのだ。そんな彼女にも水が向けられる。
「シロンは? 何か考えがあるんでしょ?」
「そうだ。聞かせてくれよ」
 シロンはちょっと首をかしげて、簡潔に言う。
「多分、十年後にはあと二割税が減るわ」
 皆は妙な顔をする。シロンは、あはは、と笑う。レンダイクから聞いた努力目標なのだが、ちょっと大づかみ過ぎたらしい。
 それでも、「かみつきフェンデル」をやりこめた実績があるから、一言で却下されることはなかった。うんそういう予測もあるかもしれないなどと、皆なんとなくうなずく。
 その中の女子生徒たちを、シロンは注意深く見ている。才気煥発な娘ばかりで、なかなか感心させられるのだが、臣下にしたいとは思うものの、妃にしたいかどうかは微妙だった。ふと振り向いて、隣で一生懸命話についていこうとしているポレッカを見る。
「ポレッカはどうなの?」
「え? わ、私?」
 ポレッカは意味もなく手元の書き込みを覗いたりしながら、まっかな顔で言った。
「私は……フェリドとも大明とも、仲良くできたらいいと思うんだけど……」
「甘いね、理想論だ」「国家と国家の間に友好はないわ。取引はあるけど」
 さっそく反論が出る。ポレッカはうつむいて口ごもってしまう。どうも彼女は、こういう話題では精彩を欠くようだった。
 しかしシロンには、そんな彼女が妙に好ましく見えた。みんな仲良くできたら、素敵だと思うのだ。――ただ、その考えのままポレッカが帝国府に入っても、苦しくなるだろうとも思うのだが。

 授業は座学だけではなく、講義室の外でも行われる。軍事にまつわる科目だと特にそれが多い。
 戦闘演習などという科目があることに、シロンは驚いた。だがそれも突飛ではないのだ。ここの卒業生には地方官吏として遠方に派遣される者もいる。広いジングリットの国土には正規軍の手が回らないところも多く、そういうところに出向いた官吏は行政官として働くだけではなく、時に自警団を率いて軍隊の指揮官のようなことまでこなし、野盗山賊の類と戦わねばならないことがあるからだ。
 その日の戦闘演習は大規模なものだった。中等部コレージュの四クラスが赤軍、高等部リセの二クラスが白軍となって、模擬戦を行うのだ。革鎧を身につけ、塗料を塗った木剣と先端を潰した矢を使う、本格的なものだ。
 林に覆われた学院の裏山に合計六つのクラスが展開する。一クラスは男女二つずつの隊に分けられ、シロンは多数決でその一つを任されてしまった。
 四クラスを統合する総司令官の命令が、各クラスの司令官を通して下りてくる。シロンの隊は自軍右翼後方の警戒を命ぜられた。女子は後衛と援護が主任務である。
 やがて教官の号砲が山にこだまし、模擬戦が開始された。男子の喚声が木々の間から聞こえてくる。
 やや小高い鞍部から、シロンの隊はそれを見下ろしている。
「こっちに来ないといいわね」
「大丈夫よ、前線から遠いもの」
 同級生の声を聞きながら、シロンは地図を眺めている。自分たち赤軍が山頂側、白軍がふもと側だ。数も二倍違う。年上の白軍が不利に設定されている。
 戦いに勝つ条件は二つ。本陣の旗を守り、かつ相手の旗を取らなければいけない。どちらも取った場合はどちらも負けである。つまり短期の城郭防衛戦であり、機動戦や持久戦ではない。将来の派遣先で町や村を守り、襲撃者を撃退するという戦闘を想定している。それ以外のケースは正規軍に任せるべきとされている。
 ポレッカが横から覗いた。
「何か作戦があるの?」
「作戦って言うほどのものじゃないわ。戦いの流れを想像していただけ。本気でやるなら相手の指揮官の傾向も考えないといけないから……」
「タッスは絶対隊長よね」「あの人、お山の大将だから」
 仲間の言葉を聞いて、シロンは顔を上げた。タッスとは、初日に廃校舎で出会った、あの乱暴者のタッスだろうか。
「タッスって、強いの?」
「強いっていうか」
「腕っぷしもあるんだけど、ずる賢いのよ。前回の授業じゃ、川を渡ろうとした相手を橋の下で待ち構えて、橋ごと壊してやっつけちゃったんだから」
「あの時は校長先生まで出てきたよね。学院の設備を壊すとは何事かって」
「ずる賢い……」
 シロンはつぶやいた。もう一度地図を見る。
 その時、前線のほうからひときわ激しい喚声が聞こえてきた。悲鳴や怒鳴り声が湧き起こり、木の幹を叩くようなコーン、コーンという音まで聞こえる。
「ちょっと、来るんじゃない? みんな、弓の用意!」
 副隊長のジョカの号令で、八人ほどの女子があわてて弓を手に取った。緊張した顔で下方の前線を見下ろす。
 だが、シロンの勘に何かが訴えていた。
 シロンは山全体を見まわした。前線では木の葉がくれにちらちらと生徒たちの姿が見え、後方から射かけられる矢に驚いて山鳥が乱舞している。視線を回し、横手、そして後ろへ――
 右手に百二十度ほども回りこんだ森の中から、一群の鳥がぱあっと飛び立った。
「そっちじゃないわ! 後ろよ!」
 シロンの叫びに、仲間たちが戸惑ったような顔をした。
「どうしたの?」
「あそこ、鳥が驚いてる! 人がいるのよ、別働隊が! さっきの木を叩くみたいな音は、注意をひきつけるための陽動よ!」
 仲間が愕然としながらそちらを向いた。
「ほんとだ……」
「まずいじゃない、あたしたちが一番右にいるんでしょ?」
「このままじゃ本陣まで回りこまれる」
「ど、どうするの?」
「ついてきて!」
 シロンが尾根から飛び出し、斜面を滑り降りた。あわてて仲間たちが続く。
「五十ヤード出て防衛線を敷くわ。ジョカ、そっちに! 弓の用意、笛を聞いたら射って! 切り合いはなし、三回射ったら撤退、本陣まで走って直衛に参加!」
「わかった!」
 恐ろしく実戦的な指示に驚きながら、仲間たちが従う。シロンは木のかげに飛びこんで、ついてきたポレッカに尋ねる。
「タッスってどんな人?」
「あれ、タッスの隊なの?」
「分からないけど、そうだったときに備えて」
「……噂だけど、高等部の不良のリーダーみたいな人なんだって。フィルバルトの悪党なんかとも付き合いがあって、たまに仕事を手伝ってはお金をもらってるとか……」
「不良ね。軍人の家系じゃないの?」
「違うと思う。軍人の子供って、しつけ厳しいでしょ」
 なら正統的な剣の使いかたは知らないはずだ、とシロンは判断した。
 息詰まる時間が流れた。
 ポレッカは胸の鼓動を押さえながら、シロンを見る。彼女の額を汗が流れている。指で拭いて飛ばし、金髪をかきあげる。張り詰めた視線が森の奥へ。
 この人はなんでもできるんだ。
 なぜか、胸が痛くなった。生まれて初めての切ない感覚だった。この人みたいになりたい――ううん、そんなただの憧れじゃない。
 この人がほしい。
「シロン……」
「え?」
「シロン……あのね。私……」
 ポレッカの呼びかけに、シロンが振り向いた。しばらく見つめてから、ふわりと笑った。
「怖いの? 大丈夫、守ってあげる」
 きゅーっ、と胸の痛みが強まる。
 その時、ポレッカの視界の中に、少し離れたところですごい顔で手を振っているジョカが映った。
「ジョカ?」
「え? あ、あっ!」
 ジョカを見たシロンが、すぐさま前方を見直した。そして歯を食いしばって弓を構えた。
「詰められた!」
 前を見たポレッカは硬直した。木剣を構えた男子たちが物凄い勢いで走ってきた。びうん! とシロンの弓が鳴って一人が胸を押さえるが、残りがまっすぐ向かってくる。
 自分が声をかけた十数秒の間に近づかれたと知って、ポレッカは真っ青になった。
 シロンは立て続けに五射を放ち、二人を倒す。だがまだ九人が残っている。手が塞がっていて笛が吹けない。他の仲間は弓を構えながら、笛が聞こえないので焦っている。どの道、一斉攻撃のタイミングは逃してしまった。
「攻撃中止! みんな本陣に逃げて!」
 シロンは叫んだ。敵の目を引きつける意味もある。
「ポレッカも、早く!」
「う、うん」
 仲間たちが弓を放り出して山頂の本陣へと走り、ポレッカも駆けていく。
 だがシロンの狙いは外れた。敵の大半はシロンの左右を通りすぎ、逃げ散る仲間を追っていく。手ごわい相手は無視するに限る、という考えらしい。
 シロンは踏みとどまり、さらに三人を射倒した。胸に染料をつけられた男子たちが、舌打ちして座りこむ。
 シロンの目前に、一人が突っ込んできた。思わずシロンが強く弓を引くと、バシッと音を立てて弦が切れてしまった。練習用だから弱いのだ。はねかえった弦から顔をそむけながらシロンは舌打ちする。
 はあはあ息を荒げながら、男子がシロンの前に立った。おもむろに剣を振り上げ、軽く叩いて染料をつけようとする。
 彼の顔を、妙にひょろひょろした矢がかすめた。
「なんだ?」
 その隙を逃さずシロンは木剣を抜き、そいつの胴を薙いで振り返った。
「キャーッ!」
 ポレッカだった。彼女が逃げる途中で踏みとどまって、慣れない弓でシロンを援護したのだ。だがそのせいで別の男子に追いつかれている。
 ポレッカは悲鳴を上げた。目前に迫った敵は――タッスだった!
 なんとか一度弓を放つが、一ヤードも離れたところを通り過ぎる。それきりポレッカは腰を抜かした。
「うおおおっ!」
 ポレッカに向かって、タッスが剣を振りかざした。殺される、とポレッカは目を閉じた。
 シャーッ! と木と木のこすれ合う音がした。
「だめよ、逃げなきゃ」
 ポレッカはおそるおそる目を開けた。シロンが背を見せて立ち、木剣を斜めに構えていた。いまいましそうな目のタッスが、木剣を振り下ろした姿勢をしている。
 シロンがタッスの剣を受け流したのだった。
「なんだおまえは」
「二度目ね」
「女剣士気取りか?」
「剣士じゃないけど」
 シロンが腕を引いて水平に木剣を構える。
「相手してもらえる?」
「ケガしても知らねえぞ!」
 タッスが大きく剣を振り上げた。
 それでシロンは勝利を確信した。シロンの構えを見れば、突き攻撃を主体とするレイピアの使い手だと分かるはずだ。なのに正面をがら空きにしている。こいつに剣の心得はない。
 余裕が生まれる。
「……この野郎ォお!」
 引かないシロンを見て、タッスが鬼のような顔を作り、木々の葉も震えよとばかりに吠えた。同時に木剣を振り下ろす。たいていの相手ならこの一喝で足がすくみ、避けることもできずに剣を受けてしまう。
 シロンが無駄な力を込めない動きで、風を受けた布のように避けた。タッスの怒声はそよ風だ。万軍を渡るデジエラ将軍の号令に比べれば。
「ちィ!」
 タッスは手首を返し、次々と斬撃を浴びせる。シロンは飛び、のけぞり、身をひねって避ける。避けられない真横からの大振りが来ても、木剣を正確に傾けて頭上に受け流す。シャーッ! と木屑が散るとともに、反撃の突きがタッスを襲う。タッスは焦る。どう見ても自分の方が腕力は上なのに、それを当てられない。
 シロンにはタッスの剣筋が、空中に筆で書いてあるようにくっきりと見える。変幻自在な湾刀を操るシェルカとの組み手で、さんざん鍛えられた。
「これでも食らえ!」
 タッスは焦りの余り、模擬戦では禁じられている手を使った。足元の土を靴ですくって、シロンの顔に蹴りつけたのだ。これで避けない女はいない。
 ひるんだ隙にけさ懸けにしてやる、と踏み込んだタッスは、間違いを悟った。シロンは微塵もひるまなかった。端正な顔の半分にざあっと土を受けながら、残る片目でまばたきもせずタッスを凝視して、木剣を針のように鋭く打ち込んで来た。
「お返し!」
「ぐはぅ!」
 どぼっとタッスの革鎧のみぞおちに木剣が突き刺さった――ようにポレッカには見えた。もちろんそんなわけはなく、次の瞬間には木剣はシロンの手元に引かれている。だが、鋼の真剣でないことは、タッスにとって慰めにもならなかった。
「く……そ……」
 どう、とタッスは大の字に倒れこんだ。ポレッカはシロンに駆け寄る。
「顔! 大丈夫?」
「ああ……うん、大丈夫よ」
 シロンが微笑む。ポレッカはハンカチを出して、その顔についた土を拭った。頬が小さく切れて血が出ていた。
「ケガしてる……ひどいわ、こいつ」
「いいわよ。慣れてるから」
「慣れてる?」
 ポレッカは聞き返したが、もちろん、シロンが泥にまみれて兵士たちから逃げまわったことがあるなどとは分からない。
 タッスがやられたのを見て、残りの男子が引き返してきた。シロンが振り返ると、彼らは木剣を構える。腰が引けているが、下級生の女に負けていられるか、という意地は見えた。
 しかしその時、こずえの向こうの空から乾いた破裂音が降ってきた。戦闘終了の号砲だ。
 男子たちはうなだれ、タッスを担ぐために集まってきた。シロンとポレッカはほっと顔を見合わせた。
 学院の調練場に戻って、評価が行われた。結果は中等部コレージュの勝ち。前線にほとんどの男子を回した速攻作戦が功を奏した。敵が本陣を襲う迂回部隊を作らないことに賭けた戦法だったが、実際はそれが存在した。来ればひとたまりもなかったから、防いだシロンの隊の功績は大きい。
 あっという間にシロンの周りには人の輪ができた。
「やるな!」「すごいわ」「どこの師範に習ったの?」
 同級生たちの賞賛を照れながら受けていたシロンは、高等部リセの生徒たちもこちらを見ていることに気付いた。意外にも、笑っている。指を立てて健闘を誉めている者もいる。タッスのような上級生ばかりではないと言うことが分かって、シロンは嬉しくなった。
「よう、大活躍だったな」
 レグノンがやってきて、ひときわ歓声が大きくなる。
「レグノン卿。卿は活躍したの?」
「したとも。おれも参加していたからな。この愛剣で十八人は斬ったな」
「そんなこと言うけど、教官は逃げてばっかりだったじゃないですか。服が汚れるとか言って」
「本当は口先だけじゃないの?」
「レグノンさまになんてこと言うのよ!」
「まあまあ」
 にらみ合う男子と女子の間に入って、レグノンが手を広げた。
「まあいいじゃないか、教官の戦果は計数されないんだ。今日一番の大手柄はシロンということで」
「二番よ」
 シロンはすばやく、横からポレッカを引っ張った。
「そのわたしはポレッカに助けてもらったんだから」
「ちょっと、シロン!」
「そうよね、勇敢だったよ、ポレッカ」
 ジョカがポレッカの肩に手を置く。赤くなったポレッカの周りで、どっと拍手が起こった。


 一日一日、シロンは皆と友好を深めていく。
 幾人か親しい友達もできたが、もっとも親密なのはやはり、同室のポレッカだった。シロンは彼女と一緒に寝起きし、(背中を向けながらもすべてを隠すことはできない着替えで、お互いをなんとなく意識しつつ)、自習時間や食事時を一緒に過ごすことで、彼女がどういう少女なのか分かってきたような気がした。
 一番はっきり分かったのは、十日間ほどたったある日の夜だった。
 寮の自室に並んだ机で、二人は復習をしていた。開け放った窓から遠く七点鐘が聞こえてくる。もうすぐ真夜中である。消灯後だが、ランプにシェードをかけて粘っている。
 シロンがペンを置き、伸びをした。
「あーあ……そろそろ切り上げようかな」
「そうね」
 二人は道具を片付ける。その最中、ガチョウのうめきのような妙な音が上がった。
 シロンはおなかを見て赤くなる。ポレッカが笑う。
「夕食、足りなかった?」
「うん……」
「夜食食べにいく?」
「夜食って。食堂は閉まってるじゃない」
「いいから」
 ポレッカに手を引かれて、シロンは廊下に出た。
 寮には食堂がある。中等部の女子寮生百数十人を賄うための食堂だから、それなりに大きい。ポレッカは廊下で注意深く左右を見まわしてから、厨房に入った。
 壁際に行き、鼠いらずの棚の中を覗く。そこには下ごしらえされた明日の朝食の材料があるはずだ。シロンは咎める。
「だめよ、人のものを食べちゃ……」
「大丈夫、人のものじゃないの」
 ポレッカは棚の奥を覗きながら言った。
「実は私、賄いさんと友達なのよね。たまにお料理を手伝ったりするんだ。その見返りに、賄いさんのおやつをもらってもいいことになってるの。残ってればだけど……ああ、あった」
 ポレッカは棚の奥から、カチカチになったパンと、平べったい形のしなびた干物のようなものを取り出した。
「何これ?」
「砂いもの甘干し」
 グレンデルベルトでも見たことのないような、ありていに言って気味の悪い代物である。シロンは内心、がっかりした。
 だがポレッカは気にした様子もない。やった相性ぴったりとつぶやいて何やらそこらを漁り始める。
 スプーン、手鍋、しゃもじ、それに辞書ぐらいの大きさの料理用ストーブ。かまどの灰を掘り返してストーブに火種を移し、その間に水桶から水を汲み、調味料棚から十本ほどの瓶を取ってくる。こまねずみのような軽快な動きを、シロンはちょっと引っ込んで見守る。
 ポレッカはパンと干しいもを両手に持った。
「パンは煮て、おいもはあぶるわ」
「ストーブは一個しかないけど……」
「そこでお母さんの知恵袋」
 ポレッカはストーブの上に、足の生えた五徳を二つ重ねてしまった。上に水を入れた手鍋を乗せ、下の五徳に干しいもを差しこむ。
 ものの数分で、香ばしい匂いが漂い始めた。ポレッカは柔らかくなった干しいもを取り出した。大きくてそのままでは鍋に入らないが、まな板は出していない。どうするつもりなのだろうか。
 その次の手順が一番シロンを驚かせた。
 ポレッカは舌のような干物を固いパンにまきつけると、鍋の上にかざして包丁で削り落とし始めたのだ。
 これならまな板はいらない。それに、ねぎや大根のような切りやすいものでもないのに、流れるように速くて正確だ。ランプの頼りない明かりのもとでは、ポレッカの手が速すぎて見えない。シロンにはまるで名人の剣技のように思えた。
 あとは簡単だった。調味料で味を整える。ポレッカが数回味見する間に、シロンのおなかがまた鳴った。食欲をそそる香りが満ちている。――あわてて戸口に走って、匂いが盛れていないか確かめる。
「できあがりっと」
 ポレッカが鍋を火から下ろし、シロンにスプーンを差し出した。
「黒パンと砂いものリゾット、ミゲンドラ風ってとこかな。どうぞ」
 白とこげ茶のとろとろを、シロンは恐る恐る口に入れた。手を止めて舌で転がし、目を丸くして振り向く。
「鶏肉、いつ入れたの」
「入れてないわ」
 満面の笑みでポレッカは言った。調味料の瓶を振る。
「スパイスで味を組み立てただけ。こまどり亭秘密のレシピ。獣を食べないミゲンドラの料理よ。どう?」
「なんていうか……おいしい」
 二人はあっという間にそれを平らげた。枝葉末節の誉め言葉はいらないと思える味だった。それに、なんといっても速い。部屋を抜け出してからまだ十五分もたっていない。後始末も速く、満腹したシロンがおなかを撫でているうちに、いつのまにかストーブも鍋も片付けられてしまっているという寸法だった。
 夜食を終えた二人は、忍び足で部屋に戻る。寝支度を整えてベッドに横たわってから、シロンは改めて言った。
「ポレッカ、ほんとにお料理うまいのね。さすが食堂の娘だわ」
「貴族の赤ちゃんは銀のスプーンをくわえて生まれてくるけど、わたしは銀のおしゃもじをくわえて生まれてきたのよ」
「食材選びなら誰にも負けないね。将来は農耕司を目指したら? 帝国中の食べ物を荷馬車の単位で集められるわよ」
 軽い冗談のつもりでシロンは言った。
 返事がないので首を傾けると、向かいのベッドでポレッカが背を向けていた。
「どうしたの?」
「ん……シロン、私ね」
 ポレッカは少しだけ顔をこちらに向けて何か言おうとしたが、じきにまた壁の方を向いてしまった。
「……なんでもない。お休み」
 シロンは黙ってそれを見つめ、それから自分も寝相を直して、ポレッカが何を悩んでいるのか考えようとした。
 そのうちに静かな夜風のせいで、眠りに落ちた。


 どれだけ眠っただろう。シロンは小さな音を聞いて目を覚ました。
 開け放った窓の外の鉄格子を叩いている音のようだった。女子寮の一階だから、防犯用に飾り彫りの鉄格子がはめてある。
 目をこすりながらそちらを見る。窓の外の月明かりの下で、ぴょこぴょこはねている黄色っぽいものが見えた。
 頭だ。亜麻色の髪の小柄な人間が、部屋を覗きこもうとしている。刺客や暴漢ではなさそうだし、そうだとしてもわざわざ起こすようなことはしないだろう。
 窓辺に立ったクリオンは、目を疑った。
「キオラ?」
「お兄さま!」
 間違いなくキオラだった。隣国からやってきて城に居付いている、シッキルギンの王子。以前は国の跡目争いに巻きこまれて、今のクリオンと同じように少女の装いで周囲を欺いていたが、今ではフィルバルト城の人々に対する偽装として、やはりそれを続けている、一つ年下の美しい少年である。
 ポレッカが目を覚ますといけない。とにかく裏口へと指示して、シロンもそちらに向かった。
 裏口の戸を開けると、少女は飛びついてきた。
「お兄さま!」
「キオラ! ……ちょ、ちょっと」
 シロンはあわてて手のひらでキオラの口を塞いだ。
「だめでしょ、そんな風に声を出したら」
「あ、そうでした。それじゃ、お姉さま?」
「そうじゃなくて、みんなが起きるから……それにここではわたしは女の子なんだし」
「うわあ、「わたし」だって。ほんとに女の人みたい……」
 キオラがくすくす笑う。シロンはつい、必要もないのに娘の口調でしゃべってしまった。だが、思いなおす。誰かに聞いているとまずい。
「ここではこのままでしゃべるわよ。バレたら大変だから……」
「それでいいです。ボクもその方が嬉しいな」
 笑いながら、キオラがシロンの胸をつついた。と思ったら、シロンの顔を見上げて、ちゅっと短くキスをした。
 ごくいつも通りの触れあいだが、場所が場所だ。シロンは頬を赤らめて聞く。
「何しに来たの? 危ないわ。こんな遅くに……」
「ボクはレザさんたちみたいに箱入りじゃありませんもん。辻馬車拾って一人で来ました。何しにって? 決まってるじゃないですか」
 キオラは、んーっとシロンの胸に頬をこすりつける。
「おにい……じゃなかった、お姉さまを慰めに」
「キオラ?」
「だってお姉さま、新しいお妃を見つけて城に帰るまでは、ずうっとお預けじゃないですか」
 わずかに目を細めて、小悪魔じみた誘惑の顔でささやく。
「きっと溜まってるだろうって思って。それにここなら、エメラダさんたちにお姉さまを取られないし」
「そんな、チェル姫は?」
「姫みたいな小さな子を毎晩誘ったら、かわいそうじゃないですか!」
 キオラは軽く頬を膨らませる。
「……ねえ、お姉さまあ。ボク、女の子になったお姉さまを見て、我慢できなくなっちゃったんです」
 プレゼントをねだる小娘のような顔で、キオラが体をこすりつける。驚きながらも、クリオンはそれを受け止めてしまう。
「キオラ……そうなの……」
 ごく自然に抱きしめた。華奢な肢体が抱えやすい。顔をうずめた亜麻色の髪に、ランプの明かりが天使の輪を光らせ、キオラ特有のハッカの香がふわりと空気に混じった。
「お姉さま……ねえ、いいでしょ?」
「でも……こんなところで」
「お願い」
 少女の腕の中で少女が見上げる。二人の体はスカートで隔てられている。その下はショーツ。だがその内ではあるはずのない器官が熱く目覚め始めている。
 キオラの昂ぶりが太ももに当たっている。ほんとにこの子は、と困惑する。追い払っても帰らないだろう。そのためだけに城を抜け出してくるほどなのだから。
 それにシロンも、不愉快ではなかった。このところ毎晩目にする、ポレッカの無垢な肢体。いくらでも見ていいのに、決して手を触れてはいけないあの光景のせいで、正直なところ欲求が溜まりきっていた。それはレグノンに相手をしてもらえば済むような性質のものではない。
 シロンは、負けることに決めた。
「キオラ、こっち……」
「え?」
「空き部屋があるから」
「……やった」
 キオラが小さく、勝利の微笑みを浮かべた。 
 暗い廊下を人目に注意しながら歩いて、空き部屋に入った。ほこりの匂いが漂い、明かりは窓から漏れる星明りだけ。だが据え付けのベッドがある。それで十分だ。
「……しようか。んんっ」
 シロンが言うが早いか、キオラが熱烈な口付けを押しつけた。シロンも受ける。立ったまま固く相手を抱きしめて、舌を交換する。
「お姉さまあ……」
 キオラはシロンの舌や唇を、まるで飲み込もうとするように強く吸う。それは愛撫というより、吸収だ。とろりとシロンが唾液を落とすと、のどを鳴らしてこくこくと飲み下す。
「ちょうだい、お姉さま、ちょうだい」
 幼い顔に可憐な情欲を浮かべて、キオラはシロンの頬にキスを移し、あごにキスを移し、のどへ胸へと唇を滑らせていく。
「お姉さま、ほんとにお綺麗なんだもの。ボクもお姉さまみたいに綺麗になりたい……」
 ぎゅうっとシロンを抱きしめたまま、体の輪郭を確かめるようにして、ずるずるとキオラは滑り落ちる。制服の背中からスカートの下の尻まで撫でられて、シロンは心地よい悪寒を覚える。
「お姉さまのおつゆ、ほしい……」
 床に膝を付いたキオラが、スカートの中に頭を突っ込んだ。そして言った。
「キスして、いいですか?」
「……いいわよ」
 かぷり、とショーツごと挟まれた。
「ああ、お姉さまの……」
 キオラが薄いシルクを唾液にひたしていく。小さな唇と指がこまかく這い回る。クリオンはスカートに手を置き、中の頭を押しつける。
「もっとして……くれる?」
「はい……」
「いやじゃないの?」
「ぜんぜん……」
 熱に浮かされたような声に続いて、腰の後ろに手が回された。我慢できなくなったのだろう。キオラは一息にショーツを足首まで引き下ろした。
「だって、おいしいんです……」
 最高の温かさが、真上からクリオンを包んだ。
「エメラダさんも言ってたけど……お姉さまのお種って……普通じゃないんです。……ぷは、皇帝の胤。口に入れると……ほしくなっちゃうの。肌に触れると……受けとめたくなるんです」
 のどの奥までこわばりを含みながら、息継ぎの合間にキオラはささやく。
「この中の、白いの……」
 唇を下げ、ころころした球を吸い回す。
「いっぱい、いっぱい出る白いの……お姉さまって不思議。ここもこっちも小さくて可愛いのに、すごく出るんだから……」
「やだ……恥ずかし……」
「お姉さま、いやらしいです。いっぱい気持ちよくなりたいから、いっぱい出すんでしょ?」
「そんなはず……ひん!」
 幹も球も一度に包まれて、シロンは唇をかんだ。
 人より多い、という体質をそれほど気にしたことはない。それを知っているのも気を許せる数人だけだ。しかしキオラにそう言われてみると、確かにいやらしい体質のような気がしてきた。
 濡れてるね、と言われて恥じ入る娘と同じ心理。
 くやしまぎれの反撃に出る。
「キオラだって……いやらしいじゃない。わたしのを飲みたいんでしょう?」
「……それは、お姉さまのが特別だから」
「飲まなくたっていいのよ。飲んじゃだめって言ったら?」
「そんなぁ……」
 キオラの声が切なくなる。スカートの中で、勢いよく頭が動いた。強烈な吸い上げにシロンは息を飲む。腰に力を入れる。
「だめ、だめです。飲ませて、お姉さま」
 キオラが懇願する。シロンの先端から唇を離す余裕もないほど本気だ。シロンの感触と熱に惑わされて、美しいだけの同性だということを忘れ果てている。
 キオラのその焦りように、シロンはあることを思いつく。
「キオラ、どうしてもほしい?」
「はい……」
「女の子みたいね。女の子になりたい? わたしの女の子になってくれる?」
「はいぃ……」
「じゃあ、女の子として扱うわよ」
 言うなり、シロンはキオラの頭を下腹部から引き剥がした。ちゅぽっ、という音とともに、「やだあ!」とキオラが泣きそうな声を上げる。
「あわてないの」
 上気した顔を寄せてささやくと、戸惑うキオラを、シロンはそばのベッドに押し倒した。左足をすばやく抱え上げ、右足をまたぎ、はさみのように開いたキオラの足の間に、一気に腰を進める。キオラもショーツをはいていた。柔らかい内ももの間に隆起があった。
「お、お姉さま?」
「女の子はね」
 真似だった。
「男の子を迎え入れるものなのよ……」
 人差し指を唾液で濡らし、ショーツの隙間から差しこんだ。
「んひっ?」
 さすがにキオラが目を見張る。シロンが触れたのはキオラの性器ではなかった。その下の、丸い肉に挟まれた門だった。
「お、お姉さま?」
「ここで迎えて」
「そんな、ボクに入れちゃうんですか?」
「そうよ」
「無理です、こわい!」
「だいじょうぶ」
 シロンは顔を下げてキスした。
「わたしも、レグノン卿に教えてもらったんだから……」
 キオラが呆然とし、お姉さまが…… とつぶやいた。
「ね。だからだいじょうぶ」
「……はい」
 キオラが目を閉じ、覚悟を決めたように左足を高く開いた。シロンはキオラのショーツの腰ひもを軽く引きちぎり、性器を覆う部分をはらりと取りのけた。
 わずかに大きさの違うこわばりが並び、すぐに片方が沈んだ。肉の詰まった入り口を探り当てる。
 キオラの上で、見慣れているはずの顔が、見たこともない甘く淫らな笑みを浮かべていた。
「キオラは男の子なのに女の子するのよね」
「はい……」
「わたしは、女の子なのに男の子してあげる……」
 少女の姿をした少年の自分が、少女の姿をした少年を少女と見なして犯す。幾重にも重なり合った複雑な仮面のせいで、もはや自分自身の正体が見えなくなっていた。そんな錯綜の中で頼れるのは、シロンという役だけだ。男でも女でもない。クリオンは今、完全に「シロン」だった。
「キオラ」
 力をこめ、貫き、潜りこんだ。
「はぁ……ん……」
 胸の前でこぶしを握り締めたキオラが、ふるふると身を震わせる。幼い顔にどっと汗が噴き出している。シロンは上体を寄せて、その汗を吸う。
「痛い?」
「はい……」
「力を抜いて。すぐよくなるから。わたしもそうだったのよ……」
 キオラが素直に股間をうごめかせた。ペニスを包む壁から堅さが消え、しなやかさが残る。シロンは満足げに微笑み、ぬるぬると腰を前後させ始めた。
「キオラ……きみもなっちゃったわね」
「え?」
「わたしのものに。ソリュータや、エメラダや、レザと一緒」
「ボクが……」
「きみもわたしの、妃よ」
 持ち上げたキオラの左足を思いきり押し倒して、真っ白な尻を開かせる。その足ごと自分も前に倒れ、キオラを横から抱いた。小柄な体をぎゅっと抱きしめるる
「おねえ……さまあ……」
 キオラが切なげに鳴いた。シロンのひねるような挿入に合わせて、キオラ自身のものも、見えない手にしごかれているように、ひくひくと震える。
「ボク、お妃なの?」
「そうよ」
「ボクもう女の子なの? お姉さまのお種をちゃんと受けとめなきゃいけないの?」
「そうよ。受けとめたいでしょ」
「うん、受けとめたい! お願い!」
 もはやキオラは絶頂の寸前だった。すっかりシロンを受け入れた肛門が、煮込んだような柔らかさでぴりぴり震え、中から愛撫された性器は下腹に食い込みそうに硬くそりかえり、ルビーのように赤く染まった先端が、薄皮の間から顔を出している。
 それを太ももに感じつつ、ぐいぐいと最後の突き込みを与えて、シロンはキオラを導いた。
「じゃあキオラ、いっ、イって! わたしの精を受けとめて!」
「あっ、ああっ――」
 キオラは感じた。思いきり自分を抱きしめた憧れの人が、自分の体内にどっとばかりに奔流を流しこんだ。女の子のボクに、その自覚が叫ばせた。
「お姉さま、ボク妊娠しちゃうううッ!」
 熱い熱い液体が性器の根元を直撃してから、腹の中をいっぱいに満たしていく。それに撃発されて、キオラも同じリズムで射精した。覆い被さったシロンは下腹に付着していく粘液を感じる。
 体の内と外で二つの放出を続けながら、からみあった二人は見事に共振した動きで、ビクン、ビクン、ビクン、と震えあっていた。

                            ―― 後編へ ――




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