ベッドサポート・カンパニー EXTRA file
〜 ストラップ 〜
この話は大学のS先輩から聞きました。S先輩は彼女から聞いたそうなので、ちょっと詳しいことはわかりませんが、実際あった話であることは確かです。
S先輩の彼女――Eさんとしておきます――には、M美さんという友達がいたそうです。M美さんはEさんと同じゼミの人でしたが、とにかく派手な人で、いつもブランド物の服を着て、アクセサリーをたくさん身につけ、会うたびに違う男と歩いているような人でした。
まあ遊び人だったんでしょうけど、意外と気の弱いところもあって、悩み事などあるとよくEさんに電話してきたそうです。おとなしめのEさんとは、かえって気が合ったんですね。
ところがある日の夜、アパートにいたEさんのところに電話がかかってきました。Eさんは携帯電話の表示を見て、M美からだと思い、電話に出ました。でも相手はM美ではなく、男の人でした。
最初は事情がよくわからなかったんですが、話しているうちに、相手が警察官だとわかりました。その人によると、M美が夜道で誰かに乱暴されたらしいんです。悲鳴を聞いた人が警察に通報し、駆けつけた警官が、倒れているM美と落ちていたM美の携帯電話を見つけたんです。そして、身元を確かめるために、短縮の一番上にあったEさんの電話にかけてきたんです。
Eさんはあわてて場所を聞き、駆けつけました。
冷静に考えれば、M美が無事ならば身元など確かめる必要はないわけで、その時にEさんは予想しておくべきだったんですよね。
現場に着いたEさんが見たのは警察官だけで、M美の姿はありませんでした。
彼女は首をしめられて、すでに死んでいたそうです。
警察官は、EさんがM美の親友だと知ると、自分が駆けつけたときのことを少し教えてくれました。本当はいけないんですけど。
その時、M美は血まみれになって倒れていたそうです。首をしめられたのになぜ血まみれだったかというと、
彼女の右耳がひきちぎられていたんです。
それを聞いた時、Eさんは、ぞっとしました。
M美の葬儀の後、形見わけが行われました。Eさんはなぜか、M美の携帯電話を受け取っていました。短縮の一番上、つまり一番大事な友達として自分が思われていたのが、なんとなく気になったからだそうです。
その後、Eさんはその携帯を自分の部屋に置いておきました。
警察の調査では、M美を襲ったのは彼女と付き合っていた男の一人らしい、とわかりました。
でもその男はつかまらず、なぜ彼女の耳がちぎれていたのかもわかりませんでした。
一ヵ月ほどたって、Eさんはゼミの飲み会に誘われました。
いったん家に帰って、Eさんは身支度をしました。飲み会には、Eさんがちょっと素敵だと思っていた男性も来るので、念入りに化粧して、いつもは付けない大きめのピアスをつけました。
その時です。
そばに置いてあったM美の携帯が鳴り出したんです。
Eさんは驚きましたが、ついふらふらとそれを手にとってしまいました。
「もしもし?」
Eさんはボタンを押してそれを耳に当てました。しかし、かすかな雑音しか聞こえません。
Eさんは携帯を持ちなおして、強く耳に押し当てました。
すると、どこかで聞いたような声が、
「ピアスは危ないわよ」
というと同時にピアスに引っかかったストラップごと誰かが携帯を後ろから思いきり!
思いきり、歩の耳たぶが引っ張られた。
「きゃああああああ!」
窓ガラスが割れそうな悲鳴を上げて、歩は椅子から飛びあがった。
「ちょっ、ちょっと歩ちゃん」
「やだやだやだやだ!」
「歩ちゃんてば!」
耳を押さえていやいやをする歩の肩を、あわてて倫子が揺さぶった。
「冗談だってば! 落ちついて!」
「ふえ?」
「ごめんなさい、そんなに驚くとは思わなかったから」
「冗談……ですか?」
歩は半泣き顔で振り返った。倫子が苦笑する。
「ちょっとね。せっかく夏の夜に怪談をするんだから、インパクトをつけようと思って愛美ちゃんと」
「ひどいです二人がかりで!」
「ごめんなさいってば。ほら、なんとなく涼しくなったじゃない」
謝りながら倫子は、それまで迫真の声色で語っていた愛美を見た。
「そう。M美の耳がひきちぎられていたのは、まさにEさんに電話しようとしている時に、男に襲いかかられたからなんです。――って話よね?」
じっと見つめる愛美に、倫子は苦笑する。
「でもすごいわね。その話、歩ちゃんをびっくりさせるために愛美ちゃんが作ったって言ったけど、いかにもありそうじゃない。ほんとにオリジナル?」
――それが違うんだよな。
後ろで競馬新聞を見ていた攻造は、口の中だけでつぶやく。
――夜道が怖いからって、駅からうちまで電話かけっぱなしで歩いて来んじゃねえよ。ったく歩のやつ。
考案者は攻造だった。少し自粛させようというのである。みみっちい。
「オリジナルって?」
愛美がとぼける。そう言うように言い含めてある。
「誰? M美って。そんなデータないけど」
……おや、手はずが違う。
「またまた」
倫子が愛美の肩を叩く。
「別にオリジナルじゃなくってもいいのよ。ネットから拾ってきたのでも、本で読んだのでも」
「なんのことかわからないけど……社長、いつからそこにいるの?」
「え?」
「歩お兄ちゃんも。あれ? なんかクロックが変。十分ぐらいログが飛んでる。あたし、フリーズしてなかった?」
倫子が黙る。歩がぷるぷる震え始める。攻造は新聞を畳んだ。
「おい、覚えてないのか?」
「全然……あたしなにか言った?」
突然三人は喚き出した。
「霊ですお化けです! 愛美ちゃんに取り憑いたんです絶対!」「なわけねえだろ機械に!」「でも今まで愛美ちゃんはそんな風に止まった事なかったじゃないの!」
――あんなに騒がれるとこっちまで涼しくなるじゃない。
事務所の隅で、眼鏡をかけて書類を覗きこみながら、なずなは顔色一つ変えずにつぶやく。
――攻造も姑息な手使って歩ちゃんを脅かすんじゃないわよ。自分も一緒に涼みなさい。
廊下の角で愛美に言い聞かせている攻造を、なずなが見つけたのだった。その後で、さらに重ねてとぼけるよう言った。
――歩ちゃんはともかく、大のおとなが二人もうろたえてみっともない。
黙々と書類を整理しているなずなの耳が、軽く引っ張られた。
「え?」
振り返る。夜八時の、事務所の壁。
「……」
ひんやりとした空気がぼんのくぼにたまっている。どこから来た冷気だろう。そもそもここのエアコンが壊れたから、あんな話が始まったのに。
しばらく考えて、なずなは眼鏡を置き、席を離れて、騒いでいる三人のところに向かった。
冷えるのはいやだ。単にそれだけの理由である。
聞けばそう言うに違いない。