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ベッドサポート・カンパニー

 file5 温泉旅館悪夢コース

 九堂なずなは、いつも薬を飲む。
 それは決まって午後五時で、その時間にBSCの事務所にいると、ちょっと、と言って手洗いで飲んでくる。毎日ではなく、月に一回、飲まない一週間がある。別に持病があるようにも見えないから、不思議な光景である。
 白砂川歩は、以前聞いたことがある。
「なずなさん、なに飲んでるんですか?」
「ドオルトン」
 なずなはあっさり言って、二十錠ほどの錠剤が乗ったアルミのシートを見せた。
「ドオルトン?」
「経口避妊薬よ」
「けいこう……ああ、ピルですか」
 歩はちょっと怖そうな顔をする。
「ピルって、体にいいんですか?」
「別にいいものでもないけど、たいして悪くもないわ。そうね、生理前みたいに頭痛がしたり胸が張ったりがたまに。でも、慣れればなんとも」
「それってやっぱり……」
 うつむいて、こしょこしょ、と歩は聞く。なずなは苦笑する。
「もちろん、生でするのは好きよ。でも、それだけじゃないってば」
「そ、そうですか? それじゃあ……」
「私、子供作りたくないから。絶対に」
 変なこと聞いちゃった、とつぶやきながらなずなの顔を見上げた歩は、ぎょっとした。
 強くかみしめられた唇。歩が見たこともないほど、硬い顔だった。
「な……なずなさん」
「え?」
 こちらを向いたなずなの顔は、いつものままの、少し皮肉げなだけの笑顔だった。
「なにか……あったんですか」
「別に」
 なずなはそう答えただけである。

 檜張りの暗い廊下を、少女はゆっくり歩いていた。
 長い廊下だった。左右に立てられた燭台の列が、前方の闇に消えている。それらの燭台は、麝香のような奇妙な匂いを放つ青白い煙を立ち上らせており、明かりとしては弱々しい光しか出していなかった。
 その光さえ、おそろしくすすけた檜の壁や天井に吸い取られてしまう。廊下の行く手だけでなく、足元すら目を凝らさなければ見えないほどの暗さだった。
 だが、幅二間の廊下を歩む少女の姿は白い。裸身である。肩の下まで伸ばしたくせのない黒髪以外、なにひとつ体を隠すものはない。伸びやかな四肢を、まろやかな尻を、あでやかな乳を、かそけき茂みをさらしたまま、するすると少女は歩きつづける。
 少女は、ふと足を止める。前方の闇に、丸いものが浮いている。
 面だった。やぎひげを伸ばした老人、細い目の上に薄く眉を描いた女、角を立て牙をむき出した鬼――皺尉、小面、般若。
 三つの面をかぶった能装束の三人が、ひらひらと踊りながら近づいてきて、少女のまわりを巡った。甲高い、歌うような問いが浴びせられる。
「なんじは九堂の裔なりや?」
「しかり」
「なんじが肉は穢れなきや?」
「しかり」
「なんじ時分坂に身を捧げしや?」
「――しかり」
「されば、証しをわれらの前に」
「示せ」「示せ」「示せ」
 三体の化身が唱和し、少女の前に一列に並んだ。手前から小面、般若、皺尉。こちらを向いてうっそりと立つ。
 女の顔をした小面が命じる。
「九堂の娘、おもてを寄せい」
 少女は小面の前に立つ。小面は白練の小袖から腕を伸ばし、少女の額に触れる。
 それから、指を下ろしていく。すきっと立った鼻、蓮華の花のような唇、透き通ったのど。誇らしげに反る乳首、かすかに浮き出した骨盤、雲のように丸い尻、水のように流れ落ちる大腿、ふくらはぎ。そして、くるみのようなくるぶしと桜色のつま先。
 余すところなく少女の体に触れ終えると、小面は宣言する。
「九堂の娘、なんじの美しさを認める」
 言うが早いか小面は横手の暗闇にすっと下がり、道を開けた。
 進んだ少女に、豪壮な袷狩衣をまとった恐ろしい顔の般若が命じる。
「九堂の娘、力をあらわせ」
 同時に般若は背に負った太刀を抜き放った。ごうんと音を立ててまっこうから真剣が少女のつむじに降ってくる。
 少女は風を受けた薄布のように揺らめいた。半尺かわした肩をかすって、冷たい刀身がなだれ落ちる。
 般若は燕返しに刀身を裏返した。だが、はねあがる鉄は少女の腰を捕らえない。黒髪を宙に残して少女は般若の腕の下にもぐりこむ。ひゅっと腹に大気を吸いこんで床を踏み鳴らし、ひじを杭にして般若の胸に叩きこむ。
 バキン! と乾いた音を立てて般若の漆塗りの胸当てが割れた。
「九堂の娘、なんじの剛さを認める」
 般若はずらりと太刀を収めて、横手の暗闇に下がった。
 最後の皺尉、年を経た老人の面が前方に立っている。少女は再び進んだ。
 黒無地の袍をまとった皺尉が、深くくぐもった声で命じる。
「九堂の娘、操をあらわせ」
 それを聞くと、少女は腰を下ろした。冷たく湿った床板の上に髪を広げて横になり、両脚を大きく開く。
 皺尉は、その前にしゃがみこみ、犬のように顔を寄せた。かすかに開いた少女の陰部に、血管の浮いた指を伸ばす。
 桜色のふっくらとしたひだを広げて、皺尉は暗黒の瞳で、じっとのぞきこんだ。
 そして、さらに顔を寄せ、面をそこに押しつけた。ささくれた木肌が、少女の陰核を押しつぶす。
「……ん……」
 目を閉じた少女が、かすかに息を漏らした。
 皺尉は立ちあがり、おごそかに宣言した。
「九堂の娘、なんじの貞潔を認める」
 そう言うと、皺尉は一歩下がった。少女はけだるげに立ち上がる。
 左右の壁と天井がごうごうと音を立て始めた。板壁がしりぞき、天井が消え、白く光る巨大な機械が、立ち尽くす少女のまわりに現われた。
 左右からは、まるで少女を挟み潰そうとするかのような二枚の板。それは少女の体のわずか手前で静止する。
 その間の空間に、頭上から一抱えもある輪が降りてきた。それは頑丈な棒に吊り下げられ、低いうなりを上げてゆっくりと回転しながら少女の体をすっぽりと囲み、床へと下っていった。
 ……傾斜磁場正常、RFコイル出力一一五パーセント、断層画像取得進行中、S/N比変動率規定値以下……
 どこからか、平板な声がかすかに聞こえてくる。
 ……解析診断エンジン作業中……診断終了、腫瘍影なし、骨格異常なし、ほか全所見正常……
 少女の足元で止まっていた輪が上がり始め、やがて頭上へと消えた。両側の板も壁の中へと戻っていく。
 廊下に静けさが戻ると、三体の化身が唱和した。
「九堂の娘、なんじ時分坂の血を受けるべし」
 化身たちは少女の背後の闇の中へ去っていった。
 少女はまた歩き出す。
 長い長い廊下が、不意に終わりになった。空間が開け、燭台の数が倍に増える。麝香の匂いがひときわ強まる。
 ゆらゆらと光が揺らめく広間に、一段上がった高座がしつらえられていた。その上に、一人の青年が正面を向いて立っていた。――少女と同じ、全裸で。
 やや細身だが引き締まった体つきをしている。短く刈りこんだ髪と、腕や腹に盛り上がる筋肉が雄々しい。少女に負けず劣らず美しい肉体だった。
 自信にあふれた態度で短く言う。
「ようこそ」
 少女は青年に近づいていく。それを見守る青年の顔に、徐々に歓喜の色が浮かび始めた。
「美しい……これほどとは」
 青年の股間にぶら下がっていた陰茎がずるっと動き、びくん、びくん、と脈打ちながら、見る間にそそり立った。
 少女が青年の前に立つ。青年は、かたわらの高台から白い杯を取って、目の前に掲げた。
「さあ……契りの杯を交わすぞ。それから、おれと交わるのだ」
 少女は杯を受け取る。それから、顔を傾けて、ふっと笑った。
 青年の顔に、ほんのわずか、不審げな色が浮かぶ。それが消えないうちに、ぱきぃん! と澄んだ音が響いた。
 少女は、手のひらで割り砕いた杯の破片をかざして、一息に振り下ろした。

「あら……まただわ」
 依頼メールを見ていた倫子がつぶやいた。なんですか? と好奇心旺盛な歩が聞く。
「見たようなお客がきたのよ。愛美ちゃんちょっと、持月っていう人、前にいたわよね?」
「三週間前、先月、先々月、それにその二ヶ月前にも依頼してきてるよ」
 車椅子の愛美が即答する。倫子は軽く首をかしげる。
「よっぽど気に入ったのかしらね」
「いつも同じコースなんですか?」
「そう。例の混浴湯けむり露天風呂。一度に十人ずつ、それも毎回違う子を指定してくるのよね」
「相手、いるの? そう毎回だと、希望者の女の子も底をついちゃうでしょう」
 これはなずなである。紙を照明に透かして新しいパンフレットの図柄など考えている。
 倫子が答える。
「それがね、相手は男性一人なのよね」
「たった一人? 絶倫ね」
「十対一だもの、全員相手できるわけないわよ。多分たくさんの女の子にきゃあきゃあ囲まれて楽しんでるだけよ。そこ強調してるから、ただの温泉旅行のつもりの女の子が、毎度けっこう集まるわ」
 そうは言ったものの、倫子は不思議そうな顔である。
「でも、やっぱり気になるわね。うちが縁でくっついちゃうカップルも多いのに、何十人も品定めしてまだあきたらずに、新しい女の子呼ぶなんて。――いっぺん様子を見ておいたほうがいいかしら」
「出張ですか?」
 最近は仕事に慣れてきた歩が手を上げる。
「はいはい、コンダクターやります! ボク、温泉ってはじめて!」
「あなたはだめ」
「え〜、どうしてですか」
「免許ないでしょ。車で女の子たち運ぶのよ」
「あ……そうか」
「じゃ、おれだな」
 サングラスを磨いていた攻造が、出番到来とばかりに腰を上げようとする。が、倫子のひとことでこけた。
「却下」
「なんでだ!」
「つまみ食いするからに決まってるでしょ。あなた、自分で釣ってくるのが仕事じゃない。――格好つけてサングラスなんかいじってないで、とっとと営業行ってらっしゃい」
「ちっ」
 ふてくされた顔で攻造は事務所を出ていく。
 残るのは三人である。やれやれ結局あたしか、と倫子が言いかけたとき、意外な人物が手を上げた。
「社長、あたし運転できるよ」
「え?」
 振り返った倫子に、愛美はにっこり笑う。
「ペダル操作ぐらいだったら、そんなに足の力いらないもん。運転のしかたは、社長のを見てて、モーションキャプチャリングで覚えたし」
「あなた、免許ないでしょう」
「ロボットに免許がいる? AT車のオートクルーズと一緒でしょ」
「そ、そういう問題なのかしら……」
「社長は来週から仕事詰まってるでしょ。行かせたら?」
 公衆道徳に関して、見かけよりはるかに低い意識しか持っていないなずなが、簡単に言ってのける。うーんと考えこんでから、倫子は言った。
「確かに、キャンセルできない仕事ばっかりだわ。あたしが出るわけにはいかない……でも、実際問題として、愛美ちゃんを一人で行かせるのも頼りないし」
「はいはい、ボク!」
「頼りなさでは一緒でしょう。でも攻造は絶対に出したくない……すると、やっぱり」
「私しかないわね」
 なずなが肩をすくめた。
「なにかあったら、私が警察ごまかすわ。無免許でも問題ないでしょ」
「それしかないか。よし、決定。なずながメイン、愛美ちゃんがサポート」
 倫子が言い渡す。なずなは、模造紙をデスクに置くと、ウインクした。
「愛美ちゃん、二人旅よ。歩ちゃん、お留守番よろしくね」
「はい!」「……はあい」

 当日、なずなの手持ちの中で一番高い厚底ミュールと、一番ふけて見えるジャンパーを着せて、愛美をレンタカーのマイクロバスの運転席に座らせた。あらかさまにぶかぶかで得体の知れない運転手になったが、一目で子供型とわかるわけではなくなったから、それでよしとする。
 駅に集合した女の子たち十人を乗せて、出発。目的地は近畿地方の山奥にある、名もない温泉宿である。そういうさびれた場所にしてくれというのが、男性客の毎度のリクエストだった。
 高速道路を走るバスの助手席で、なずなはほんの少し不安そうに、愛美のハンドルさばきを見つめる。
「大丈夫?」
「うん。高速道路って、いちばん楽だから」
 なずなも開発に付き合ったから、愛美の性能はよく知っている。立体図形認識能力は人間よりいくらか落ちるが、赤外域のドップラー波長変移を感知できる目と、惑星の軌道計算も可能なn体運動解析力を持っているから、ぶつける心配はない。バッテリーが切れるのが最大の恐怖だが、愛美は背もたれのクッションにしっかり背中を押しつけている。その中にはコイルとインバーターがしこまれていて、シガーソケットから得た電力を愛美に供給している。一見、ヒーターにしか見えないしかけだ。
「運転のことより、後ろの人たちに正体がばれちゃうのが心配なんだけど」
「ああ……」
 ちらりと後席を見て、なずなは苦笑する。
「そっちは大丈夫みたいよ」
 気の合う二人、三人づれが、数組まとまった集団だった。今はそれがひとつにくっついて、お菓子片手に多いに盛りあがっている。奇妙な運転手のことなど目に入っていない。
「なずなおねえちゃん、念のため後ろに行って、こっち向かないようにしてくれる?」
「わかったわ」
 なずなはベルトを外して後席に向かう。女たちは、トランプで大貧民の真っ最中だった。馬鹿騒ぎが苦手ななずなは、事務的に声をかける。
「酔ったりしてる方、いませんか」
「酔ってない酔ってないって!」
 女子大生らしい二十歳そこそこの娘が、ひらひら手を振る。酔っている。片手にカクテルのびんがある。
「――いないみたいですね」
「ねえ、あなたいくつ? それって制服でしょ?」
 OL風のやや年上の女が、こちらもほろ酔い加減でなずなを見る。気づかれたか、となずなは自分の服装を見下ろす。スニーカーとローソックスは学校用ではないし、白いブラウスの上にブルーのベストを重ねてはいたが、ブラウス自体は制服の下だ。スカートもセーラー服とセットのもの。彼女は、あまり服を持っていない。
「十八だけど……」
「えー、わかーい!」「高卒で社会人なのね」「すごいじゃない」
 まだ現役なのだが、なずなは黙っていた。すると、OL女が手を引いて、すとんと席に座らせてしまった。
「社会人同士、いっしょにやらない? 女子大と専門学校連合軍と勝負してるのよ」
「私、仕事中なんだけど……」
「いいからいいから、大人の遠足気分で!」
 カードが押しつけられた。気の進まない顔で、なずなは戦列に参加した。
 ……一時間後、なずなは気まずそうに天井を見ていた。その膝にはポッキーとカールと小枝とハイレモンとM&M'sが山になっている。片手にはチューハイの缶。すべて戦利品である。
「ああ、もうやめ!」
 女子大生筆頭――崎本紫乃が、ぱあっとカードを宙にばらまいた。彼女の手持ちのお菓子は、もうない。OL女の吉野まどかが、感心した顔でなずなを見る。
「なずなさん、強いのね」
「複合減算問題の最適償却解が応用できたから……」
「頭いいんだ。いいなあ、わたしもそれぐらい頭よかったら、会社やめずに続けるんだけどなあ」
「リストラ?」
「へへん、違うのよ。寿退職。――この旅行、独身時代最後の思い出にと思ってね」
「わあ、結婚するんだ」「おめでとうございます」
 学生連合がわっと拍手した。まんざらでもなさそうな顔でまどかはそれを受ける。
「帰ったら、ダンナと一緒に家具屋めぐり。目下の悩みは、ベビーベッドを買っておくかどうかなんだけど」
「……子供、作るのね」
 なずながぽつりと言った。まどかはうれしさを隠しきれない顔になる。
「女の子二人がいいんだけど、ダンナは男女ひとりずつがいいって言うのよね。まあどっちにしたって、わたし、溺愛しそうでこわいな」
「よく我慢できるわね」
「……え?」
 女たちが戸惑った顔になる。なずなは、吐き捨てるように言った。
「子造りって結局、男に自分の子宮を使われるってことじゃない。女は男に精子を植えこまれたら、意思に関わりなく自動的に胎児を育てなきゃいけなくなる。すごく不条理で奇形的な機能よ」
 静まりかえった女たちの中で、チューハイの缶を揺らしながらなずなはつぶやく。
「どうしてみんな、平気なのかしら」
「……それはちょっと、ひどくない?」
 まどかの顔がこわばる。なずなはしゃべりすぎたことに気づいた。あまり飲んだことのないアルコールが、思ったより回ったらしい。
「あ……ごめんなさい」
 立ち上がると、菓子の山を席に残して、なずなは足早にバスの前に向かった。なにあの子、と当惑したようなつぶやきが聞こえてくる。
 助手席に戻ると、なずなは額を押さえた。
「失敗したわ」
「ずいぶん悲観的な哲学だね、おねえちゃん」
「聞こえたの?」
 愛美が片手で自分の耳をつついた。なずなは、愛美の聴覚フィルタが、ジェット機の真後ろで時計の秒針の音を聞き取れるほど高性能だったことを思い出した。
「忘れて」
「命令なら忘れるけど……なにか吐き出したいことがあるなら、聞くよ。誰にも言わない」
「そう。じゃあ聞くけど……」
 なずなは、ぶかぶかの鳥打ち帽に隠された、愛美の幼い横顔を見た。
「あなたは、子供ってほしい?」
「……まだよくわかんない。あたしの精神年齢は設定も実測時間も十歳以下だから。でも、そのうち記憶ストレージがいっぱいになったら、それを受け継いでくれる別の体がほしくなるかも」
「……そうか、あなたが子供を作るとしたら、それは単性生殖になるんだ。いいな」
 なずなはうなずいたが、愛美は首を振った。
「ううん、複性生殖、それか多性生殖って言うほうが近いと思う。いろんな元素と、いろんな情報のすべてが、その子のお父さんになるんだから」
「だとするとやっぱり、ただ一人のオスにはらまされる女の子の気持ちはわからないわね」
 なずなは苦笑した。愛美が気がかりそうに目を向ける。
「あたしじゃ、おねえちゃんをわかってあげられない?」
「そんなことないわ。ガス抜きにはなった、かな」
 なずなはちらりとバックミラーを見る。元のように騒ぎ出した女の子たちの中で、まどかが物言いたげにこちらを見ていた。

 琵琶湖にほど近い山中にある宿に投宿したのは、日暮れ前だった。帳場にあがったなずなは、初老の番頭に話を聞いて眉をひそめた。
「まだ来てない?」
「へえ、さっき電話がありました」
 番頭が帳面をめくりながら言う。
「相手はんがた、なんや遅うに着くいう話で、先に晩を済ませて風呂つかっとってくれいうてはりました」
「そうなの」
「えらい大勢はんですな」
 番頭は、靴脱ぎで騒いでいる女たちをちらりと見る。なずなは、倫子から預かった封筒を差し出した。
「貸し切りだから問題ないでしょ。何も聞かないって約束のはずだし」
「へ、いただくもんさえいただければ。あと、刃傷沙汰は勘弁でっせ」
 なずなは一同を先導して、部屋に通す。階上のない平屋で、和室の大部屋だったが、日頃海外で高いホテルにばかり泊まっているとみえて、女たちは逆に喜んだ。
 温泉はもちろん露天で、二十四時間入ることができる。時間も時間なので、夕飯を先に済ませることで意見が一致した。雰囲気雰囲気! と全員が浴衣に着替えた後で、番頭たちがお膳に乗せた食事を運んでくる。貧相な宿だが、料理だけは舞鶴直送の海鮮だったので、歓声が上がった。
「いただきまーす!」
 酒宴が始まる。
 立場上、なずなと愛美も末席に参加していた。そのすぐ隣が、OLのまどかと学生の紫乃だった。二人はどうやら意気投合したらしく、ビールを注ぎあって盛りあがっている。
 ただ、まどかの視線はたまになずなに向けられた。それに気づいたのが、水だけちょびちょびと飲んでいた愛美である。
 しばらく思案してから、愛美は隣の紫乃に声をかけた。
「崎本さん」
「おー? なんだいおじょうちゃん! 紫乃でいいよ紫乃で、あんたは?」
「愛美っていいます。紫乃おねえちゃん、どうしてこのコースに参加したの?」
「そりゃああんた、混浴は女の夢だからに決まってるじゃない! 旅先で風呂なんか入るとさ、女風呂ってのは男風呂より狭いとこばっかりなのよ。まわりはむさくるしい女ばっかりだし! 広い露天風呂でオトコと一緒に入りたいって、誰でも思うわよ!」
「女の人は誰でもオトコと入りたいんだね」
「よしなさい、覚えるの。一般解じゃないわよ」
 なずなが愛美の袖を引く。紫乃は、もう座っている目でなずなをにらんだ。
「あー? あんたは思わないの? 思わないよなあ、男嫌いみたいだし。でも普通は思うよねー、まどかさん」
「あなたのはざっくばらん過ぎ」
 憮然とした顔で言ってから、まどかはなずなを見た。
「ねえ、あなたは男性が嫌いなの?」
「……別に」
「バスの中の言葉、なにか意味があるんでしょう。教えてくれない?」
「どうして」
「けなされたわたしとしては、当然の権利だと思うけどな」
 まどかは、年上の余裕を見せて微笑む。あいだの愛美が、思惑通りにいったので、興味深そうに左右を見る。
「……関係ないでしょ」
 なずなは無愛想に答えて、さらさらと白米をかきこんだ。まどかはちょっと鼻白んだが、なおも重ねて聞こうとした。
 その時、なずなの浴衣の袖で携帯電話が鳴った。
「失礼」
 立ち上がってなずなは出ていく。残念そうに見送った愛美は、ふとまどかの顔を見た。
「そうだ、まどかおねえちゃん……」
 廊下に出たなずなは、電話を受けた。
「はい……ああ、社長。いま夕飯よ。相手が遅れるってこと以外、何も問題はないけど……」
 なずなの言葉はさえぎられた。聞くうちに、なずなは首が傾ける。
「覚えていない?」
『前に同じコースにきた女の子たちに聞いてみたのよ。相手がどんな男だったのかって。そうしたら、はっきりした返事をしないのよね』
「口止めされたとか? 何かひどいことをされて」
『それがそうでもないみたい。おびえている様子もないし。でも、覚えていないの。すごく楽しい一晩だったってことは、みんな口をそろえて言うんだけど』
「薬を打たれたとか……」
『そんな形跡はなし。いえ、変なのはここからよ。これは二、三人に聞いただけだけど、翌朝の感じでは、誰かに抱かれたあとすらなかったみたいなの。もちろん、暴力を受けたあとや、妊娠の兆候もなし』
「……それなのに、記憶だけ変えられてる?」
『必要なさそうなのにね。方法もわからない。変な話でしょう』
 白いものがなずなの脳裏で動いた。――だが、それが何かはわからない。
「どうする? 中止する?」
『そこまでする必要はないと思う。でも、しっかり様子を見ておいて。一緒に加わらないようにね』
「わかったわ」
 なずなは電話を切った。それから、座敷に戻ることもなく、自分の部屋に帰った。

 なずなは自室の窓辺に腰掛けていた。後ろでは愛美が座ってテレビを見ている。車椅子は廊下だ。
 そろそろ零時に近い。ついさっきまでは露天風呂のほうから、女たちの話し声が聞こえてきたが、もう静かになった。なかなか相手が来ないので、いったん座敷に引き上げてお色直しでもしているのだろう。
「男嫌い、か……」
 夜風を浴びつつ、なずなはつぶやく。
「そんな簡単なものじゃないのに……」
 と、ふすまにぽすぽすとノックの音がした。「いるー?」と紫乃が顔を出す。なずなはぶっきらぼうに答える。
「何か用ですか」
「愛美ちゃん、お風呂に誘いに来たんだけど」
「愛美ちゃんを?」
「露天風呂って初めてだから、勉強したいの」
 愛美がにこっと笑った。どうぞ、となずなは答える。愛美のCNT素材の皮膚は、お湯や石鹸ぐらいではどうともならない。
 だが、愛美は首を振る。
「なずなおねえちゃんも一緒に来て」
「私も? なんで私も?」
「あたしだってあんたなんか――」
「待って、紫乃」
 文句を言いかけた紫乃をさえぎって、まどかが顔を出した。
「愛美ちゃん、足が不自由なんですってね。わたしたちだけじゃ万が一のことがあるかもしれない。なずなさん、手伝ってくれない?」
「……」
「お願い、おねえちゃん」
 愛美が仕組んだな、となずなは気づいた。おおかた、夕食を中座した時だ。
 昼間の汗が残っているのは確かだ。どうせ入るつもりだった。
「わかったわよ」
 ためいきをついてなずなは承知した。
 愛美に肩を貸して、廊下に出る。歩き出しかけてふと気づく。車椅子は――まあ、いらないか。
 それでも振り向いた時、座敷の向こうの廊下の角に、ちらりと黒いものが見えた。
「手伝うわ」
 まどかが愛美の手を取って歩き出したので、なずなは前を向いた。

「愛美ちゃん、どう?」
「うん、すてき」
 岩風呂につかりながら夜空を見上げて、愛美がうれしそうに答えた。隣の岩に腰掛けたまどかが、同じように上を向いて言う。
「星、きれいよね」
「アルタイルの連星がはっきり見える空なんて、初めて」
「……それ、どれ?」
「うーん、いい景色」
 すいー、と泳ぎながら紫乃が上機嫌で言う。こちらは別に星など見ていなくて、居並ぶ女たちを、中年男のような助平な顔で観察している。
「まどかさんの今が旬なカラダ、愛美ちゃんの未熟な果実」
 対称的な二人だった。まどかは長い髪をタオルでまとめ、豊かな胸を惜しげもなく夜空にさらしている。年は二十三歳で身長は一六四センチ。もうすぐ夫に捧げるため、磨き抜いている最中のかぐわしい体だ。
 愛美は細い。ぺたんこの胸には肋骨が浮いている。しかし、それは天を仰いでいるからだ。肩にも尻にもちゃんと肉がついているし、太ももの張りはここにいる誰にも負けない。ぴったり合わさった太ももの間のかすかな切れこみが、揺らめく湯気の合間から見える。
 紫乃は旋回してまた論評する。
「なずなの――まあいいわ、悔しいけどぴちぴちのハダカ」
「呼び捨て、やめて」
「別にいいでしょ」
 洗い場のなずなは、無言で体を拭きつづける。白い体にレースの薄布のように泡がまとわりついている。まどかのような完成に至る直前の、その時一瞬しかない微妙なバランス。重くなる一歩手前の乳房と尻、思春期にしかない肌のつやと薄桃色。骨の浮いた細い足首ととがったひじ。紫乃も努力したが、けなしようのない美しい体だった。
 最後に紫乃は、水面から出した片足を曲げ、自画自賛。
「それに加えて、あたしのマッシヴなぼでぃ!」
 言うだけあって、紫乃も劣らない。浅黒い肌が水着を当てるところだけ白い。乳房は大きさでまどかに一歩譲るが、かたく盛りあがってはちきれんばかりの密度を主張する。引き締まった尻と上腕は、それでいて威圧的ではなく、ゴムのようなしなやかさを感じさせた。
「ベンチプレスで鍛えたこの体を男が見たら、鼻血で死ぬね」
「男を意識しないと自信が持てないのかしら」
 体を流したなずなが、湯船に入りながら言った。紫乃がガンを飛ばす。
「腹立つなあ、あんた。ひょっとして、じょーしょ?」
「処女じゃないわ。もう五百人は越えてる」
「ご……」
 紫乃は横っつらを張られたように目を見開く。
「それほんと……い、いや、ほんとならほんとで、それどういうこと? それだけヤッといて、よく子供嫌いって言えるね!」
「妊娠だけは絶対にしないようにしてるもの。死んでもしない」
「なにそれ……なんなの、あんた」
「やめなさいって。……ねえ、なずなさん。そろそろ話してくれてもいいでしょ。わたしにあんなこと言った理由」
「……」
 なずなはまどかを見上げたが、彼女の表情が穏やかなことに気づいて、あきらめたようにため息をついた。
「北風より太陽が強いってほんとね。……意地、張れなくなっちゃった」
「話してくれる?」
「私の親……実家が、そういうところだったのよ」
 三人が静かに聞く中、なずなは重い口を開いた。
「私の実家は、地元でも名家なの。私はそこで、一人娘として育てられた。大事にされたわ。欲しいものはなんでも買ってもらえたし、したいことはなんでもさせてもらえた。それはもちろん厳しい教育と引き換えで、専属の家庭教師が付いて難しい勉強をさせられたし、いろんな習い事もやらされたけど、それは別にいやじゃなかった。……誇りがあったから。私が、この古い家の後継ぎとして期待されてると思っていたから」
「古い古いって、大げさな。金田一耕介のドラマじゃあるまいし」
 紫乃が半畳を入れる。怒りもせずになずなは淡々という。
「系図に残っている一番古い日付は、成務十九年よ。その系図の一部は大統譜とも重なっているそう」
「成務……」
「西暦一九二年だね。仁徳天皇陵ができたのより二百年も前」
「にんとく……」
 愛美の言葉に、紫乃とまどかは絶句する。
「そんな古い家の後継ぎだから、なずなおねえちゃんは頭よかったんだ」
「後継ぎだと思っていた、よ」
 ほろ苦い顔で、なずなは訂正した。
「十五の時、私は大きな屋敷へつれていかれた。そこは私の家と同じぐらい古い旧家で、格はうちよりも上だった。私はそこで、本当のことを教えられた――」
「……なにを」
「私は、後継ぎじゃなかったの。後継ぎどころか、何者でもなかった」
 ぽつりとなずなは言った。
「私は、その家の人間の子を産むためだけのモノだった。その男の種を受けとめて、より美しく、強く、純粋な血の子供を作るため、人間ではなく上等な苗床となるためだけに、十五年間大切に育てられたのよ」
「じゃ、じゃあ……あんたはそこで……」
「残念でした、それは外れ」
 彼女らしくもなく、おどけてなずなは言った。
「最後の最後で、私は反抗して逃げ出したわ。……その後、行くあてもなくさまよっていたところを、うちの社長に拾われたっていうわけ」
 三人は声もなく黙りこんだ。なずなが嘘をついているのでないことは明らかだった。嘘なら、血が出るほど爪を立てて両腕を抱えこんでいるはずがない。おぞましげに体を守ろうとするはずがない。
 沈黙を破ったのは、なずな自身だった。
「考えてみれば、それがまどかさんを傷つける理由になるわけでもないわね。昔のことなんだから」
「昔って、たった数年前じゃない……」
 絶句していたまどかは、やがて湯船に体を入れると、後ろからなずなの体を抱きしめた。
「そんなつらいことがあったなんて……ごめんなさい、無理に聞いて」
「いいから。私もおとなげなかったわ」
 額の汗をぬぐうような動きをなずなはした。まどかは両腕に力をこめる。おとなげないもなにも、この子はまだほんの子供だ。五百人に抱かれたというのは誇張かもしれないが、自分を粗末にしてきたのは多分本当だろう。この年でそこまで自分を追いこむほどの苦悩がどれだけのものなのか、想像してまどかは目尻をぬぐった。
「遊び気分で男をつまみに来てるわたしたちが口を出せることじゃなかったわ」
「もういいってば」
 やや子供っぽくまどかの腕を外すと、なずなはざばっと岩に上がった。汚れなど微塵もないような白い手足を、湯がきらきらと流れ落ちる。
「出ましょう、愛美ちゃん」
「うん」
 愛美を助けて、二人も風呂から出た。

 異変に気づいたのは、紫乃だった。
「なんか……変な匂いしない?」
 消灯した廊下の真ん中で立ち止まって、くんくん鼻を動かす。それを追いぬいて、まどかが座敷の前に立った。仲直りしたなずなを、もう一度みんなと引き合わせようという考えである。
「みんな、まだ起きて――る?」
 ふすまを引き開けたまどかは、硬直した。後ろからのぞきこんだなずなたちも、同様に絶句する。
「あはぁ? まどかさぁん……?」
 横たわった一人の娘が、だらしなく浴衣の胸をはだけて乳房をもみしだき、隠しもせず陰部をいじりまわしながら、うつろな目でこちらを見た。
 その娘だけではなく、全員だった。八人の女たちが、あるいは隅に隠れるようにしてもぞもぞと、あるいは見せつけあうように股を開いて、あるいは実際に別の娘とくちづけを交わしながら、くちゅくちゅと粘液を垂れ流して卑猥な自慰にふけっていた。
「こ、これ……」
「変な化学物質がある」 
 言葉を失ったなずなと紫乃に肩を抱かれて、愛美がつぶやいた。
「飽和炭化水素、シクロヘキサン系の化学物質がほんの少し漂ってる。他にも十種類ぐらい変なものがある。でも、おかしいよ。毒性はないし、ものすごく微量なのに……」
「シクロヘキサン……麝香?」
 その時ようやく、なずな鼻もその匂いをとらえた。ムスクに似た、しかしもっと甘くて深みのある、淫猥な香り。薄くなった香りが廊下にまで流れ出していたので、変化に気づかなかったのだ。そして、愛美は化学成分は検出できても匂いを認識せず、成分が危険でない限り気にしない。毒性と匂いは関係ないのだ。
 その香りに気づいたとたん、なずなの脳裏に白いものが浮かび上がった。
「まさか……」
「誰かいる」
 愛美の言葉で、三人は振りかえった。帳場に至る真っ暗な廊下が伸びている。非常灯の明かりすら消えているのが奇妙だ。
「見えるの?」
「赤外反応。体温がある」
 廊下の中心に、闇より濃い黒い影があった。見つめていたなずなは、だしぬけに気づいた。腕に鳥肌が立つ。髪が逆立つ。はねあがった心拍に驚いて愛美が振りかえる。
「なずなおねえちゃん?」
「そんな……」
「その子は、人の熱が見えるらしいの」
 かさかさに乾いたしゃがれ声で言って、闇が振り向いた。いや、闇と見えたのは黒い服――能装束のひとつ、黒無地の袍だった。
 やぎひげを伸ばした老人の面が、宙に浮いてこちらを見つめた。
「おや……まさか、おぬしは」
「――いやあああああ!」
 なずなは絶叫した。

 愛美が動いた。なずなと紫乃の肩から腕を引きぬき、倒れこむ勢いを利用して前に転がる。なずなの様子が十分に異常だ。第一原則行動が発動している。
 そろえた腕二本で体を支え、片足を振りまわす。皺尉の面に向けたその蹴りは、宙を切った。皺尉はふわりと羽根のように動いて後ろに下がる。
「おやおや……ただの子供ではない」
「逃がさない!」
 愛美は叫んで、体を丸める。前転、また前転。手が届くと見るが早いか、両腕を伸ばして小指を突き出す。皺尉の広い袖にそれが触れる。
 ズバッ! と青白い火花が散った。皺尉はおどけたように両腕を持ち上げた。
「雷撃か……浅い。効かぬぞ」
 高圧電流は袍の表面を滑ってしまった。能装束は厚すぎるのだ。
「五行にいわく金剋木、木気の雷撃には、金気にて応ずるべし……」
 歌うように言ってまた一歩皺尉は下がる。コンデンサーチャージには通常五秒、予備電源を投入して一秒二。ほんの一拍置いただけで、もう一度愛美は腕を伸ばした。
 ギャリン! と耳障りな音が響いた。横の帳場から振り下ろされた太刀が、愛美の両手の小指に叩きつけられたのだ。導体の接触によりコンデンサーが放電してしまう。電圧低下、愛美はうずくまる。
「もう動けぬようだな」
 のしりと第二の影が帳場から出てきた。袷狩衣をまとった般若。濡れたように輝く太刀がその手に握られている。
 紫乃が叫ぶ。
「な、なんなのあんたら!」
「威勢がよい……そうか、風呂に出ていたのだな」
「あ、愛美ちゃんになんてことするのよッ!」
 紫乃は一足飛びに間合いを詰めた。格闘技の経験はないが、身体能力には自信がある。こぶしを固めて正面から突き出す。
 だが、無謀な攻撃だった。
「……フン!」
 太刀すら使わず、般若は片手の一振りで紫乃のこぶしをはねのけた。どんと床を鳴らして踏みこみ、立てた二本の指を紫乃のみぞおちにつき込む。
「げえっ!」
「素人か……」
 体を折って膝を付いた紫乃を見下ろし、般若は無感動につぶやいた。
 ぼうぜんと立っているまどかの首に、後ろからすっと手が巻きついた。蛇のような動きで、一瞬にしてまどかの動きを奪う。
「あらがわぬが身のためぞ……」
 まどかはかろうじて振り返り、ひっと息を飲む。息がかかるほど近くに、白いふくよかな女の面。座敷の中から出てきたとは思えないほど、気配のない影だった。
 なずなは震える。がたがたがたがたと震える。決別したはずの過去から現われた三体の化身。立っていられず床にへたりこむ。ひざの間から、小さな池が広がっていく。
 ただの記憶で彼女がそこまでおびえるわけがない。麝香の香りが恐怖を増幅しているのだ。人の理性を奪い、妄想を強めさせる香り。男を待っていた娘たちは卑猥な妄想を、怒りを覚えた紫乃は攻撃衝動を、そして小さな脅えを抱いたなずなは、たちまちにして失禁するほどの恐怖を与えられた。
「……奇遇だな」
「ヒッ」
 廊下の奥から聞こえた声が、なずなの恐怖を極限まで高めた。
 ぼうと白いものが現われる。それは全裸の青年の形をとる。恐れげもなくたくましい胸をさらし、股間の陰茎を揺らす、美しい男。
 青年は、皺尉と般若の間を抜けてやってくると、なずなの前で膝をついた。涙を流しながら歯を鳴らしているなずなの前の床に顔を押し付け、生暖かい池に舌を伸ばす。一度、二度――なずなの尿を味わう。
 そして、顔を上げた。
「小便ですらこれほどの美味……ここまで美しくなったのか、九堂なずな」
 有無を言わさず唇を奪う。容赦ない握力で乳房をつかみ上げる。そして笑う。――その左目は、縦に走る傷によって塞がれている。
「おまえがつけたこの傷の痛みとともに、三年間、忘れたことはなかったぞ。ここで出会ったのも天の配剤――おれと契れ、この時分坂武と」
 ときわけざかたける、彼女の苗床に種を植えるはずだった男。その名に耐えることができず、なずなは意識を閉じた。

 腹にひやりとしたものが当たっている。
 何かねばねばしたものだった。それが首もとから下腹まで塗り広げられた。ついで、こぶしほどの大きさのかたいものが当たる。
 なずなは目を開けた。きつい香りのせいで体が動かないが、全裸になっていることはわかる。首はくたりと垂れて横を向いている。布団の横に、燐光を放つ画面があった。小面がそれをのぞきこんでいる。
 腹の上のかたいものが動くたびに、白黒の映像がぞわぞわと形を変えた。なにかの機械で、なずなの腹の中を調べているらしかった。
 やがて、かたいものが離れた。小面が言う。
「CTで見る限り、内臓に異常はないようです。本家のMRIを通さねば、頭部と手足まではわかりませぬが……」
「よい、見ればわかる。申し分のない体だ」
 武の声だった。なずなはぴくりと体を震わせる。だが、先ほどのような凄まじい恐怖はない。だいぶ、状況に意識が追いついてきた。
「う……な……」
「気づいたか」
 顔が現われた。武が頭上からのぞきこんでいる。
「久しぶりだな、九堂なずなよ。三年の間、どこで何をしていた?」
「あ……あなたこそ、ここで何を……」
「口もきけるようになったか。さすが、回復が早い。……よかろう、教えてやる」
 武はなずなの乳に唇を当てた。ぺちゃぺちゃとなめたてながら語り始める。
「嫁探しだ。数多くの娘を集め、そのたびに検分の儀を執り行って、時分坂の子を産むのにふさわしい娘を見極めた。もう二年、三千人は調べたか」
 舌がなずなの顔に這い上る。身動きできないなずなの唇が、額が、眼球が、唾液をたっぷりたたえたひるのような舌に犯されていく。
「だが、なかなか適当な娘は見つからん。当然よな、九堂は時分坂と並ぶ古い血。さかのぼれば神武の時代に至るかもしれぬ貴き血だ。そこらの素性の知れぬ下司な女ではとうてい及ばない」
 舌は下る。なずなのわきをなめる。なずなの指を含む。なずなの腹に唾液を溜める。それから陰部を飛ばして、脚へと進む。
「また、格があればいいというものでもない。成熟するまでに完璧な育てかたをされておらねばならぬ。この国には六千万からの女がいるが、どうしてどうして、おれのめがねにかなう娘は片手で数えるほどもいないようだ」
 舌はなずなの足指にからむ。十本の指を、ひとつひとつ、毛穴の数まで確かめるほどの執拗さで、おそろしく丁寧にねぶり回していく。
「いまだに、適当な女は見つかっていない。今日も今日とて、それほど期待せず出向いてきたが……まさかなずな、おまえを見つけることができるとは。一目見てわかった。やはり、おまえでなくてはならん」
「どうしても、私でなければ?」
「応とも」
 なんとか顔を上げたなずなは、足元にかがみこんだ武の、緑に光る片目を見た。
「至上は東の地へ遷下あそばされたが、いまだ奠都の儀は執り行われていない。京の都は今でもこの国の首府なのだ。上代より一の側仕えを命じられ、皇家御東征にあって留守居の詔を受けた我が一族は、今なお京の守護者を務めている。この役を受け継がせるに、なんぞ下郎の子などがふさわしいか。おまえだ、なずな。おまえのこの美しい体に産ませたおれの子こそが、その役を担うべきなのだ」
 武の目がぎらぎらと輝く。そこにこめられた尋常でない妄執に、なずなは圧倒されそうになる。気を逸らせようと必死で言葉を口に出す。
「う、うちの客の女の子たちの記憶を失わせたのはなぜ?」
「貴人の姿を賤女の目に残せというのか? 勿体ない」
 武はあざ笑った。
「この到天香を用いればたやすいことだ。男には効かず、娘にだけ効く。あやつらはここな三体に体を嬲られて至福の心地にいたった。それは忘れようにも忘れられないことだ。だが、人に話して信じさせられるような出来事ではない。ゆえに、快楽の心地だけ覚えて、出来事は忘れる」
 そういうと、武はふと顔を上げた。
「おまえ、正気を取り戻しているな。そういえば昔も耐えぬいた。戸の開けたてで香が薄れたか。……小面! もっと香を焚け!」
 小面が立ちあがり、座敷の南北に置かれた香炉に粉末をくべてまわった。それを見ながら、なずなは気づく。妖艶にからみあう八人の女たちが、まどかと紫乃、それに愛美をも巻きこんで、愛撫を始めている。
 たちまち、重さが感じられるほど濃い香りがなずなの鼻孔に押し入ってきた。ぼおんと頭の中が鳴り、めまいがして意識が曇る。全身が熱くしびれて、秘所の奥からぷつぷつと愛液が湧き出し始めた。
「触れて欲しいだろう?」
 武が内ももをなでながらうそぶく。なずなは最後の気力を振り絞って、言い放った。
「私は……もう処女じゃないわ。何百もの男に抱かれたのよ」
「……汚されているだと?」
 それを聞いたとたん、武の目がつりあがった。ぎりぎりと歯を鳴らし、すさまじい怒りの表情を浮かべる。
「おまえの天上の桃のようなこの体を、他の男に味わわせたというのか? ……許せぬ! 許せぬ!」
 武はなずなの太ももを割りひらき、しゃにむに唇を押し付けてきた。べろべろと舌で暴れながら、狂ったように叫ぶ。
「ならば、おれが清めてやる! 肌という肌に汗をしみこませ、体の奥まで精を注いで、血の一滴までおれのものにしてやるからな!」
 火に油を注いだようなものだった。秘唇のひだを、小粒を、洞の奥をなめまわす武の舌に、なずなの意識も後悔も押し流された。
「どうだ……心地……よいだろう?」
 普通なら痛みを覚えるほどの強さで、武がひだのひとつひとつをきゅうっと強く吸う。だが痛みはない。稲妻のような快感が背骨に突き通るだけだ。
「う……はあ……」
「ここはどうだ? もどかしかろう?」
 ぐいっと胸の上まで脚を折り曲げられ、秘部が天井に向かって持ち上げられた。性器と肛門の間のわずかな肌を、舌先がちろちろとつつく。
「はあん……」
 舌がほんの少し下がる。そこにあるつぼみは、もうひくひくとうごめき始めている。武の舌がそこに乗る。べろん、と大きくなめ上げた後、かたく絞った先端をぐりぐりとつきこんでくる。
「や……いやあ」
「どうだ?」
 なずなはうめくばかりで、答えることができない。だが、なずなの性器が代わりに答えた。ひだの間からぷつぷつとにじみ出した粘液の粒がきらきら輝く。膣の奥から湧き出したより多くの愛液が、その粒をとりこんで泉のように大きく盛り上がる。多くの男に抱かれてそれでもまだ処女のような薄い桃色を保っている陰唇の間から、液がついにあふれ出した。やがて陰唇が開いて、膣内に残っていた空気を泡にしてぽかりと吐き出した。透明な愛液が、とろとろ、とろとろと、とめどなくなずなの腹に向かって垂れおちる。異常な量の多さだ。
「そうだ……もっとしたたらせろ」
 武がそこに口をつけ、愛しそうにのどを鳴らして飲み始めた。背筋を震わせてつぶやく。
「なんとうまい……なずな、蜜のようだぞ。おまえの体には血の代わりに蜜がつまっているのではないか?」
「……」
 いやいやをするようになずなは首を振る。武は残忍な顔で尋ねる。
「どうした、いやなのか」
「ちがう……ちがうの……」
 指を軽くくわえて薄く目を開け、なずなは切なそうにささやいた。
「なめてるだけじゃいやあ……おまんこうずくの、はやくつっこんでほしいの……」
 そこにはもう、理性に満ちたいつもの表情はない。濃すぎる香気の中毒になって、精神の底のほうにある子供のころの姿がむきだしになっている。
「はやく、はやくう……ねえ、かたいのでさしてえ」
「これか、これがほしいのだな」
 なずなの腰を布団に下ろし、武は直立した男根をつきつけた。なずなの顔に安堵が宿る。
「うん、それ。……すてき、おいしそう」
「まだだ。まずは、しゃぶれ」
 一瞬、なずなは不服そうな顔をしたが、武の恐ろしい顔に気づくと従順にうなずいた。体を回し、武の足元で仰向けになる。その姿勢に武は不審げな顔をしたが、すぐに気づいて、竿を押し下げた。
「奥まで受け入れる気か」
「わたし、ちんちんすきぃ……はい、あーん」
 のどを見せてなずなは大きく口を開く。そこに、武の男根がさしこまれた。梅の実のような亀頭が唇を抜け、舌を持ち上げ、口腔の奥に当たっても止まらず、さらに進んだ。武はなずなの食道の狭まりを感じる。それでも止めずに一直線に突き、深い奥までさしこんだ。
「ぐ……」
 なずなはほんのわずか間をひそめただけで、おとなしくそれを受けとめている。のけぞった白いのどを見て、武はほくそ笑む。亀頭の先がのどの半ばまで押し入っている。そこの粘膜は舌ほど気持ちのよいものではなかったが、気位の高いなずなが器官の奥まで許したということが、彼の征服欲を満足させた。
「まずは上からだ……」
 なずなのあごを押さえつけ、武は腰を前後させ始める。がぼっ、かぼっ、と深い音が響き、あふれた唾液が逆さになったなずなの鼻のまわりを垂れる。そこに武のふぐりがあたり、ぺちゃぺちゃと滴が散る。
「お……ご……」
 呼吸ができなくなる。それでもなずなは懸命に耐える。ひじで体を支えてのどが一直線になるように保ち、歯が男根をこすらないように口を開けつづける。ごぼこぼと乱暴に出入りする男根に圧迫を加えられて、姿勢が崩れそうになる。だが、狂ってしまったなずなの心は、武の精液を求めないではいられない。
 ――おなかにそそがれるまで、がんばらなきゃ……
 息がまったくできず、酸欠でひじに力が入らなくなる。体が落ちかけるのを、ぶるぶる震える腕で必死に支える。
「苦しいか? 苦しいだろう? それほどまでにおれの精がほしいか?」
 紫色になったなずなの顔を見おろして、武は傲然と言い放つ。
「よし、くれてやる……さあ、受けとめろ!」
 ごびゅっ! と打ち出された精液が、食道を下ってなずなの胃にまで到達した。あまりに射精の圧力が高いせいで、なずなは腹の中に打ちこまれたその液をはっきり感じた。異常な侵入物に驚いてなずなののどがびくびく痙攣する。それは猛烈な吐き気を伴う不快なものだったが、なずなにはそれが不快だとわからない。彼女にわかるのは幸福感だけ。
 ――のんだ、のんじゃった、あったかいせいえきいっぱいもらえた――
「おおおう……」
 なずなの粘膜がまるでモノか何かのように、武はごしごしと亀頭を押し付けて、精液を排泄し尽くした。それから、ようやく男根を引きぬく。
「はあっ、はあっ、はあっ」
 やっと解放されたなずなが、どさっと体を落とし、酸素を求めて何度もあえぐ。その様を武が冷ややかに見つめていると、今までじっと脇に控えていた皺尉が、ぼそりと言った。
「武様……我らも相伴してよろしゅうございますか」
「なんだ、珍しいな」
 武は皺尉に目を向ける。分厚い袍の股間が持ちあがっている。皺尉はかすれた声で言う。
「なずな様のお姿あまりに美しく、この老骨、四十年ぶりにもよおしましてございます」
 皺尉だけではない。般若、小面、三体ともが前を膨らませ、面の穴から暗い情欲の光を見せて、身じろぎしていた。武はにやりと笑う。
「無理もない。だが、なずなはいかんぞ」
「それは勿論……」
「もう娘を探して歩くこともない、後のことは考えずともいいだろう。好きにしろ」
 冷酷に武は言い渡し、皺尉を見上げる。
「おまえは、おさな子が好みだったな。なずながつれていた娘、あれをくれてやる」
「ありがたき仕合わせ……」
 一礼すると、三体は動いた。その先では、まどかが、紫乃が、そして愛美が、女たちの手でどろどろに狂わされていた。
「やだよ、やめてよぉ……」
 バスの中で肩を叩き合っていた仲間の女が、別人のようにみだらな顔で紫乃の股間に舌を突っ込んで、秘芯をちゅうちゅうとしゃぶっている。その前ではもう一人が体をかぶせて、乳房同士を押しつけている。襲う二人は、他の動きを忘れたかのようにそればかりに専心していて、他のところには触れようともしない。まるで機械だった。
「放せよお、女同士なんて、気色悪いぃ……」
 くねくねと紫乃は身動きする。体力がある分香の効きが悪く、理性を捨てきれないのだ。だが、二人の女の愛撫にどうしようもなく感じさせられている。思いきって逃げられず、そんな自分がいやでいっそう嫌悪の表情を浮かべる。
 すると、股間の女が離れた。
「はあ……」
 安心しかけたとき、灼熱の棒がそこに当てられた。ぎょっとするが、胸に乗っている女のせいで向こうが見えない。
「な、なに……」
「壷を、借りるぞ」
 ぞぶっ、と太いものが入ってきた。「はあん!」と紫乃は声を上げる。男だとわかったとたん、嫌悪が消えたのだ。相手が誰かは、わからなくてもよかった。
 すぐにわかった。
「むう……よい体だ。この肉付き、たまらん」
 乗っている女ごと、たくましい腕でぎゅっと抱き潰された。女の肩の上に般若の面が現われる。
「なまじな肉では足りん……おお、これだ、これだ。柔らかい娘の体を腕いっぱいに抱えこむ、これでなくては……」
 紫乃ともう一人を、ともどもひと塊の肉として両腕で抱え上げる。その剛力はどうやら三十代の男のものらしかった。固くごつごつした枝に突き上げられて、紫乃もこだわりを失った。もう一人とこねまぜられるように肉として扱われ、どろどろの快感が体を埋めていった。
「ん……ふ……あ」
 まどかは自慰に専念していた。道具を使って、うずく体を慰める。唇と乳首と秘所。唇には柔らかいものがほしかったので、一人の女の耳を吸った。乳房は細かいものがよかったので、別の女の指を当てた。秘所は硬いもので刺激したかったので、もう一人の女のかかとを当てた。それが、まどかの道具だった。
 自分の手でぐりぐりと体に押しつけつつ、まどかは手にしているのが他人の体だとまったく気づかなかった。なにも見えていない。他の女たちも同じで、お互いからみ合っているのに、相手のことを微塵も気づかわない。ただ体の一部を道具として使う。奇怪な光景だった。
 そんなまどかの狭窄した視野に、ぶらりと白く長いものが現われた。まどかはぼんやりとそれを手に取る。
 うすら長い腸詰のようなものだった。色は不健康に生白く、手でつかむと潰れそうに柔らかい。ちょうどいい、とまどかは思う。口の中がさみしい。これで撫でまわそう。
「んむ……」
 饐えた臭気は香にかき消されていてわからない。その汚らわしいものを、まどかはためらわず口に収めた。先端で口蓋の裏側をにゅるにゅるとくすぐると、ちりちりと頭の奥に冷たい快感が生まれた。
「ほほ、よいぞ。よい。たんと出すからな、よく味わえ」
 袴をからげて肉の余った毛深い下腹をつき出し、小面が耳障りな声で言った。
 愛美は、でくのようにもてあそばれていた。
「かわいい、愛美ちゃんかわいい、わたしの妹みたい、わたし好きだったの、千恵が好きだったの、千恵にキスしたかったよ、千恵に触りたかったよ、いいでしょ、触るよ、なめるよ、千恵……」
「どうして? どうしてこんなにきれいな肌なの? どうして私よりきれいなの? ずるいわよ、許せないわよ、ちょうだいよ、この肌、私に移してよ……」
 二人の女が向かい合って座っている。互いの膝が互いの愛液でぬらつく。その間に、愛美が座らされていた。背と胸に乳房を押し当てられ、小さな体を強く押しつぶされている。
「千恵、千恵え、キスして、お願い、キスして……」
 愛美の前の女が、抑えつけていた思いを言葉にして垂れ流しながら、愛美のあごをなめ上げる。両手で肛門と小さな乳房を撫でまわされる。
 後ろからは、憎悪にかられた女が肩にかみつき、渾身の力をこめて肌を食い破ろうとする。その手は愛美の薄い腹に爪を立て、内臓をかきだそうとしている。
 いいようにもて遊ばれながら、愛美はぐったりと力を抜いたままだった。車椅子を離れてからだいぶ立つ。最低限の知覚系以外の電力をカットしているのだ。今の愛美は、まさに幼女そっくりのただのダッチワイフに過ぎなかった。
「これを引き離すのは無理じゃな……」
 狂ったように求め合っている二人の女を見下ろして、皺尉が含み笑いする。
「なら、このまま致すことにするか……」
 横から二人の肩に手をかけ、押し倒す。愛美を間に挟んだまま、二人は布団に転がった。それでも二人は愛美に思いをぶつけることをやめない。他の女たちと同じように、ひとつのことしか考えられなくなっているのだ。
「よき眺めかな」
 六本の足がもつれ合い、その付け根に三つの秘花がうごめいている。皺尉は、二人の女のそこに、かわるがわる顔を近づけた。かすかに吐き捨てる。
「みだらな……」
 それから、真ん中の愛美の足を前後に押し開き、斜めにねじれた谷間に顔を寄せた。満足そうにつぶやく。
「咲き誇れば後は散るだけ、花はつぼみがよい……こうでなくては」
 指を伸ばす。その指はおそろしく節くれ立って青い血管が浮き、何百歳のものとも知れない。骸骨のようなその指で、愛美の尻をざらざらと撫でまわし、可憐なほころびを押し広げる。
「おうおう、なんと美しい。それにこの張り、このつや。桜の花弁のような……」
 皺尉は左右の女の秘唇を指でねぶり、愛液を念入りに愛美のひだになすりつけた。それから、かさかさに乾いた灰色の男根を袴の下から取り出した。それはある程度の硬さを持っていたが、表面のしわを伸ばしきるほどの怒張にはほど遠いものだった。
 皺尉は、両手の親指で強引に愛美の膣口を押し広げた。自力で割り開くほどの強さがないのだ。痛々しく開かれた小さな穴の中に、ずるずると男根を押しこんでいく。
 指を離すと、愛美の性器はぴっちりと皺尉の男根を締め上げた。皺尉は肩を震わせてうめく。
「よい…………」
 そしてわずかに動き始める。突き荒らすほどの勢いはない。もっと卑猥だった。愛美のひだのひとつひとつの形をじっと味わっているのだ。皺尉はそして、射精するよりもおぞましいことを口にした。
「わしの種が切れてもう長い。はらませてやることはできぬゆえ、別のものをたっぷり注ぐぞ。……おまえの腹をわしの小便で満たしてやろう」
「千恵っ、千恵え? 目を開けてよ、千恵の目なめさせてよ!」
「あなたなんかあなたなんかあなたなんかあなたなんか……」
 二人の女が愛美を揺すぶり、その振動で、皺尉はゆっくり放出の意欲を高めていった。

「あさましい……」
 従者たちの痴態を見て吐き捨てつつも、武は再び欲望が高まってくるのを感じる。
 腕の中に抱きかかえたなずながもぞもぞと身動きしている。尻に当たっている武の男根がかたくなってきたのに気づき、なんとかそれに触れようとしているのだ。その頬は、体内でくすぶる性欲の熱で、赤く染まっている。
「なずな、ほしいか」
「ほしい……」
 子供のようになずなはうなずく。尻の谷間に武の男根を捕らえたことを知って、顔を輝かせる。腰を上げて、それを性器に導こうとする。
「待て」
 武は、布団の上に仰向けに横たわった。枕を当てて足の上のなずなをじっと見つめる。
「自分で腹に収めろ。おれの精がほしくば、自力でしぼり取るのだ」
「うん」
 なずなは向きを変え、膝立ちになった。物狂おしい目で武の男根を見つめ、腹にへばりついているそれを引きたてる。
 垂直に立てられた男根は、びりびりと震えんばかりに怒張している。なずなの骨よりも硬そうな肉の槍だ。
「来い」
 なずなが二本の指でひだを開いた。あふれつづけている愛液が怒張の上に何条もの筋を引いて垂れかかる。それから、期待に満ちた顔で、なずなは男根の上に腰を下ろした。
「……あああああ」
 石のような傘が、ひだをくぐり、愛液を押しのけ、膣を広げて、子宮口にぐりりと突き刺さった。内臓を押し上げられる感覚になずなは泣き声を上げる。
「おっきいよう……おなかのなかがやぶれちゃう……」
「いやか」
「ううん……やぶってえ……」
 なずなは体重のすべてを武の腰に押しつけた。一ミリでも奥に先端をねじ込もうと、左右に小さく腰をひねる。武が指を添えて陰核に当てる。それもほしくて、なずなはさらに武の尻を引き寄せてまで、性器を強く押しつけた。
「ううーっ……」
 目をかたく閉じ、乳房をふるふる震わせて、なずなはじっとしている。だが、休んでいるのでないことは、武にはよくわかる。男根からうねうねと動きが伝わってくる。なずなは、下腹の筋肉を無理やり動かして膣内の形を変え、少しでもはっきりと男根の形を感じ取ろうとしているのだ。
「なずな……すごいぞ……」
 武はためいきをつく。やはりこの娘だ、と強く思う。なずな自身が楽しむための行為が、そのまま男を喜ばせる性技になっている。まさに精を注がれるために生まれてきたような娘だ。
 はらはらと肩から髪を落として、なずなはまだ止まったまま男根を味わっている。苦笑ぎみに武はさとす。
「こらこら……このまま出してしまってもいいのか? 動いたほうが気持ちよかろう?」
「い、いや。まだださないで」
 あわてたように言って、なずなはいきなり腰を動かし始めた。
「もっともっとおおきくして。わたしのおなかをやぶってから、だして」
「あわてるな、そう乱暴なのはよくない」
 武がなずなの細い腰をつかんで、動きを加減した。ひざの力で上下するなずなの動きが、ほどよい速度になる。乳房の揺れが同調して、豊かに上下にはねるようになった。
「ああ……これいい……」
 七分ほど男根を引きぬいてから再びくわえこむ動きが、なずなは気に入ったようだった。微妙に膣壁に当てる角度を変えながらも、正確なリズムではねるようになる。
 愛液が増したのと同じように、香のはたらきでなずなの全身の分泌物が増えている。腕や腰の裏には玉のような汗が毛穴の数だけ浮かび、さらさらと流れ落ちる。乳房の上に生まれた水滴は、落下の途中で乳首に達し、そこでぶるんとはねとばされて寝床の周りに飛び散った。
 汗に合わせてなずなの全身から、十八の乙女の若々しい体臭が発散する。香の淫靡な匂いとは違うその清冽な香りに、武はうっとりと目を細める。と、その匂いが強まった。同時に、胸の上にどさっと重いものが乗ってくる。
「だっこしてえ、ぎゅってして」
 きれいな丸い乳房を武の胸に押しつぶして、なずながのしかかっている。武は強くその体を抱きしめる。その間にもなずなは動きを止めず、前後の方向に変えた動作で、熱心に男根を絞りつづける。その奥が精液をほしがって、きゅうきゅうとちぢみ始めた。
「なずな……おまえの腹が求めているぞ」
「うん、ほしいの、いっぱいほしいの」
「よし……出してやるぞ」
 武も、はや限界に近かった。なずなの蜜壷に魂を奪われている。しなやかで強い括約筋が、拒むと見せかけてきつく吸いつき、男根の根元から鈴口まで一分の隙もなく圧迫する。それでいて、接触しているのはゼラチンのようにぽってり厚い粘膜と、終始にじみ出てくる愛液だから、摩擦はきわめてなめらかだ。
 一突きするたびにぬらぬらの果肉を突き破っているような感触を覚えてしまう。そして奥深く先端を押しこむと、ひときわかたいへこんだものが亀頭を受け止める。そこがなずなの子宮口、武の精液を満たす部屋だ。
 そう思うと一刻も早く注ぎたくなった。精嚢がびく、びくり、とうごめき始める。
「もうだめえ、がまんできない! はやくだして! あったかいのいっぱいだして!」
「出すとも、出してやるとも! 一滴も逃さず溜めるがいい!」
 泣きわめきながら腰を動かすなずなの尻を、武は力をこめてわしづかみにした。最後の数回、ついにみずから腰を打ち上げて、男根の先端を奥深くにまで食いこませる。
「ちょ、ちょうだいッ!」
 叫びはなずなのほうが早かった。射精直前の痙攣を男根から感じた瞬間、なずなは思いきり膣を締め上げた。絞り取られたように、かたい液塊が飛び出してきた。
「はああっ!」
 どくりどくりと大きく脈打つ男根と、続けざまに打ちこまれる精液が、なずなを絶頂に押し上げた。体中の神経を稲妻に焼き尽くされながら、考えることはひとつだった。
 ――もっと、もっとそそいでもらわなきゃ!
 きゅうっ、きゅうっと何度も秘孔を締め上げ、次第に満たされていく腹の中の熱を感じて、なずなは無上の幸福感にひたされていった。
「……ほおう」
 出せる限りの精液を出し尽くして、武は大きく息を吐いた。武の圧力がなくなっても、まだなずなは、肩を狭めた絶頂の姿勢のままで、細かく震えながら性器を押し付けている。そのひだひだが、終わることがないようにうごめいて貪欲に精液を吸い取りつづけている。

 ちょうどその頃、三体の化身たちも欲望を遂げつつあった。
「娘、受けろ、受けろよッ!」
「来て来てえッ!」
「ヒッ!」
 紫乃と般若の間の娘が、最初に絶頂に達した。自分の性器の下でごりごりと動いていた肉棒の震えを感じたのだ。体中の筋肉をかたく突っ張らせる。
 それを抱き壊すようにして、般若が射精した。同時に、それを受けた紫乃も達した。
「アアアアッ!」
 般若に持ち上げられたまま、合わせ目からぼたぼたと汁を垂らして、空中で意識をなくす。
 小面も荒い息を吐いて上り詰めていた。
「おお、出すぞ出すぞ」
 言い終わらないうちからどろどろと精液を放出する。量ばかり多くて薄いその液にむせ、まどかが肉棒を吐き出す。
「うええっ……」
 その整った顔すべてを覆うほど、小面はびしゃびしゃといやしい液をかけつづけた。
 そして、皺尉が体の動きを止めた。
「千恵、ちえェん!」
「あんたなんか!」
 満たされず絶頂に達することもなくむさぼりつづける二人の女の間に、皺尉は無理やり割って入った。愛美の腹に両手を押し当てて、自分の腰に引きつける。
「娘、よかったぞ」
 枯れた枝のような皺尉の男根が震え、醜いそれが愛美の清らかな腹の中に汚物を注ぎ始めた。身動きせぬ少女の体の奥に注がれた皺尉の小便が、やがて逆流して、膣口の隙間から噴水のように吹き出してきた。

 座敷中のものがさまざまな絶頂に達している。それを見ながら、上と下からなずなを犯し尽くした武は、最後の仕上げにとりかかった。
 枕元に手を伸ばし、膳の上に置いてあった杯を手に取る。それに満たされた酒を、なずなの口元に突きつける。
「飲め、契りの杯だ」
 一心に武の精液を吸いつづけていたなずなが、ぼうっと顔を上げた。目の前の杯を見て、おずおずと唇を当てる。
 注ぎこまれる。こくり、こくりとなずなはのどを鳴らし、あふれた一部が、ぱたぱたと武の胸に落ちた。
 それが終わると、武はようやく笑みを浮かべた。
「これで、名実ともにおれたちはめおとになった」
 なずなは黙っている。その胸の中を、熱い液体がさらさらと流れ落ちていく。
 不意に、その瞳に光が戻り始めた。
「私……」

 ――私、なにを……
 香が足されてから時間がたち、慣れないアルコールの刺激に喉を焼かれたせいで、なずなは正気を取り戻した。途端に、武に征服された記憶が戻ってくる。
 ――この男に……のども、あそこも、犯されてしまったんだ。心まで。
 胃にたまっている精液、そして今も体の中でかたさを保っている男根を感じて、なずなは総毛立つほどの嫌悪感に襲われる。
 今すぐに立ちあがって逃げ出したくなった。だが、なずなはこらえた。表情を変えずに薄目で室内を見まわす。
 欲望を果たした三体の化身が立ち上がりつつある。彼らがいるうちは、逃げられない。いや、なんとか裏をかくことはできるかもしれないが――
 香だ。あれのせいで、まだ体の感覚が取り戻せていない。二つ置かれた香炉はまだ薄く煙を吐いている。あれをなんとかしないと、どうしようもない。
 なずなの頭脳に冷静な思考が戻ってくる。嫌悪に震えている場合ではない。幸い、まだ武は気づいていないようだ。片手でなずなの尻をつかみながら、横目で皺尉たちを見たりしている。
「あはあ……」
 なずなは、精魂尽き果てたようなそぶりで、斜めに倒れこんだ。武と化身たちから、できるだけ顔を遠くする。
 そのまま布団に向かってささやく。
「愛美ちゃん、聞こえる? 聞こえたら合図して。なんでもいい」
 賭けだった。だが、サイの目はなずなに出た。
 ピリリリッ、と電子音。小面だけがちらりと見る。が、すぐに目をそらす。今時珍しくもない、携帯電話の着信音だ。愛美がサンプリングして出したのだ。彼女の聴覚に頼ったなずなの判断は、正しかった。
「指示を出すわ。あの香炉さえなんとかすれば、みんなが正気を取り戻す。そうすれば勝ち目はある。愛美ちゃん、あれを倒して」
 反応はない。なずなは思い出す。愛美は香の影響を受けないが、もうバッテリーがないのだ。
 だが、まだ手はある。
「愛美ちゃんの本体よ。データリンクはまだつながってるでしょ。あれは自走できるはず。車椅子をこの部屋に突っ込ませて!」
 今度の返事は、なずなにもわかった。廊下の板を踏んで、重いものが近づいてくる音が聞こえたのだ。
「なんだ」
 けげんそうにつぶやいて、武が体を起こす。その動きに合わせるように、なずなは体を布団の上に落とした。じりじりと動いていく。
「皺尉?」
「は」
 黒衣の皺尉が、廊下へのふすまに手をかけようとした。
 そのふすまが、内側に押し倒された。とっさに皺尉が飛びのき、般若は太刀を手に取る。だが、現われたものを理解するのに、数瞬の時間がかかった。
「い……椅子?」
 電動の車椅子が、意思あるものの如くごろごろと部屋に入ってきて、香炉のひとつを蹴倒した。バサッと灰神楽がたち、ちりぢりになった粉末が炎を失う。
「――機械か!」
 太刀を抜いて飛びかかった般若の前から、ぐるりと車椅子は逃げ出した。本来、車椅子単体にそれほどの外界認識能力はない。だが今は、愛美がカメラになって座標値を送信している。
「おのれ!」
 振り返りざま般若が太刀を振るう。ガキィン! と背もたれのパイプに火花が飛び、ノイズをフィードバックされた愛美がびくっと体を震わせた。
 それでも車椅子は止まらない。無秩序に横たわる女たちの間をたくみにすり抜けると、ついにもうひとつの香炉にたどりついて、それを倒した。
「般若、何をしている!」
 ようやく武が立ち上がった。馬鹿馬鹿しいほど簡単なことに気づいたのだ。大またに歩いていき、車椅子の前に数枚の布団を積み上げる。武器を備えているわけでもないのだから、何も斬りつけたりしなくとも、それで十分動きを封じられるのだ。
「ばかめが!」
「も、申しわけありませぬ」
「ふん……調べてみろ。どうせ遠隔操作だろう」
「娘たちはいかがなさいます。香を焚きなおさねば……」
「おけ、まだしばらくは動けん」
「そうでもないわよ」
 四人は愕然と振り向いた。窓際だ。それは、大きく開け放たれていた。
 なずなが立っていた。
「この香は確かに恐ろしいほどの効力がある。でも、濃度がある程度下がると簡単に効きめを失うみたいね。――ちょっと顔を出して深呼吸したら、頭がはっきりしたわ」
「――皺尉、捕らえろ!」
 黒衣の老人が間合いを詰めた。真横に伸ばした袖から手を突き出す。ばっ! と開いたのは鉄扇である。
「なずな様、御免!」
 脳震盪を狙って斜めに振り下ろす。だがなずなの動きは電光だった。くるりとその場で体を回し、長い黒髪を皺尉の面に叩きつける。
 皺尉は視界を失う。だが構わず鉄扇を振りまわす。しかしそれを空を切るだけ。
「臨ッ!」
 なずなは背面に回っていた。気合とともにひじを皺尉の腰に叩きこむ。袍はそこだけが帯で細い。第四腰椎に強烈な衝撃を食らって、皺尉はうめきながら前に倒れた。
 なずなはすばやく窓辺に戻る。
「私を誰だと思っているの? 九堂なずなよ。位もない化身に触らせはしない」
 ガラスのような透き通った裸身から、怒りの震えが発せられている。武は感嘆を覚えてしまう。笑みを浮かべながら一歩を踏み出す。
「止まりなさい!」
 ながなが鋭く叱責を飛ばした。
「近寄ったら窓から逃げるわよ。追いかけてくれば、その人たちが目を覚ます。どうせ記憶の操作は催眠法でやるのでしょう。意識のないうちに仕込まないと、まずいんじゃない?」
 そう言ってから、不意に冷たい笑いを浮かべる。
「――いえ、もう遅いわね」
「なに……」
「食らえっ!」
 小面の後頭部に、床の間に飾ってあった花生けが思いきり振り下ろされた。小面はうめいて頭を抱え、般若が振りかえる。紫乃が立ち上がっていた。窓から流れこんだ空気で意識を取り戻したのだ。
「よくもあたしに、あんな恥ずかしいまねさせやがったな!」
 紫乃の後ろでは、他の女たちも起き上がりはじめている。まどかが立ち上がって叫んだ。
「みんな、こいつらはなずなちゃんが目当てよ! 守ってあげて!」
 女たちが一斉に駆け寄って、なずなの周りにバリケードを作った。必死の形相で武をにらみつける。
 般若が太刀を前にかざした。だが、なずなが冷然と声をかける。
「けが人を出すと騒ぎが大きくなるわよ。それがばかなやり方だって事ぐらいわかるでしょ。おとなしく帰ったら?」
「……狡猾な」 
 般若は迷ったように武を見る。だが、武はまだあきらめていなかった。なずなに向かって言い放つ。
「そんな風に逃げてなんになる? なずな、おまえはもうおれの妻だ。腹の奥深くにおれの精を受けとめたばかりではないか。今に子ができる。その子は、おれの子だぞ。九堂の家訓は、堕胎を許しているのか?」
「いいえ」
 なずなは切り返した。
「私は決してはらまないわ。薬を飲んでいるもの」
「……薬?」
 武の目に驚愕の色がひらめく。それを正面から見返して、なずなは静かに言った。
「私はピルを飲んでいる。他の男に抱かれたこともある。あなたが大嫌いだからよ! 私はあなたの子を作る機械じゃない! あなたの種だけは絶対に受け入れない!」
 武は隻眼を細め、すさまじい顔でなずなをにらんだ。ガリッ、という音とともに、何かを吐き出す。
 歯だった。
「退くぞ!」
 武は足音荒く廊下へ出ていった。小面がよろよろと続き、般若が皺尉を肩に引きずり上げる。
 最後に面越しの一瞥を投げかけて、般若はふすまを音高く閉じた。
 気配が消えていく。それが完全になくなっても、しばらく女たちは動けなかった。
「……もう大丈夫」
 なずながつぶやいて、やっと呪縛が解けた。一人が腰を抜かすと、一気に全員がへたり込んだ。
「なんだったの、あれ……」「わたし、とんでもないことを……」「まどかさん、大丈夫?」「怖かった、怖かったよ!」「ごめんなさい、愛美ちゃん!」
 ぼうぜんとするもの、泣き出すもの、頭を抱え込んで謝るもの、反応はさまざまだった。そのままだったらパニックになっただろうが、まどかの声が、秩序を回復させた。
「みんな、お風呂に行かない? このいやな匂いを洗い流すのよ!」
 震えてはいたが、精一杯明るくした声だった。それでやっと、女たちは落ち着いた。

「そう、あいつらが、九堂家の私を利用しようとした『時分坂』の一族よ」
 露天風呂の流しで体を洗い清めながら、なずなは語った。
「彼らは現代でも、京都の影の世界に大きな力を持っているの。ううん、京都だけじゃない。この国のあちこちにもつながりを持っている」
「信じられないけど……本当みたいね」
 愛美の体を支えて洗っている女が言った。
「匂いだけで、わたしにあんな恥ずかしいことをさせてしまったんだから……」
 愛美の下腹を丁寧に泡立てて、皺尉につけられた汚れを念入りに落とす。もう一人の女がお湯をかけた。
「ちょっとショックだわ。肌が荒いことは気にしてないつもりだったのに、心の奥ではあんなにこだわっていたなんて。愛美ちゃん、大丈夫? 全然動かないけど」
「あとで私がめんどう見るわ。体だけでもきれいにしてあげて」
 なずなはそう言ってから、隣のまどかを見た。彼女はイソジンを持ちこんで、さっきから何十回もうがいを繰り返している。
「まどかさんは?」
「気持ち悪いだけ。私は口しか――いえ、あんなこと、早く忘れたい」
「あんたこそどうなの」
 紫乃に聞かれて、なずなは聞き返した。
「あなたこそ。般若に、されたでしょう?」
「安全日だからいいと思うよ。でも、できるものならおなかの中まで洗いたい気分。なずなは――薬飲んでるって言ったな」
「ええ。今日ほど飲んでいてよかったって思ったこと、ないわ」
 なずなは洗い桶から股間に湯をかける。流しても流しても、奥から気味の悪い粘液がこぼれ出してくる。これが自分の卵と結びついていたかもしれないと考えると、ぞっとした。
「……妊娠なんか、絶対にしたくないもの」
「あの男が嫌いだから?」
 まどかが聞く。なずなはうなずく。
「でも、次に会ったらなにをされるか心配だわ。あの男の力なら、薬の対抗手段ぐらいすぐに用意できる」
「絶対にはらまされない方法、教えてあげましょうか」
 なずなは顔を上げた。まどかがいたずらっぽく笑っていた。
「好きな人見つけて、早く子供作っちゃいなさいな」
「……」
「何人もね。そうすればいつかまた見つけられても大丈夫。おなかぽこぽこのあなたを見れば、あいつも気が変わるんじゃない?」
「……ちょっと想像できないわ、そんな自分」
 苦笑したなずなは、ふと聞く。
「まどかさん、今までに何人と寝たことある?」
「一人だけ。それが今の彼。だからちょっと冒険しようと思ったのよ。とんだ騒ぎになっちゃったけど、かえってよかったかな」
 まどかは笑う。
「あなた見てたらはっきりわかった。やっぱり、私は彼しかだめだ。帰ったらすぐに、子供作ってもらおうっと」
「降参。まどかさんって、強い女ね」
 なずなは両手を上げる。まどかはさらりと言い返す。
「愛の力よ。あなたも早く見つけなさい」
「言う言う!」「いいなあ」「やけるぞ、この!」
 重苦しかった雰囲気を吹き飛ばすように、皆が声を上げた。
 ――それもいいかな。
 ほんの少しだけ、なずなはうらやましさを感じた。

 九堂なずなは、いつも薬を飲む。
 それは前と同じ避妊薬だ。毎日五時になると、ちょっと、と言って手洗いで飲んでくる。
 それを横目で見ていた歩が、不思議そうに聞く。
「なずなさん、なにかあったんですか?」
「どうして」
「だって、なんか嬉しそうです。……以前はなずなさん、薬飲むときはすごく怖い顔してたのに」
 なずなは答えずに、ちらりと愛美を見る。愛美がにこりと笑う。
「早くやめられるといいね、おねえちゃん」
「ええ」
「やめるんですか? どうして?」
「ちょっとね」
 そんな気恥ずかしいこと、なずなは言える性格ではない。
 愛してもいい人を待っているから、なんていう理由は。

――つづく――


   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆



 申しわけありません、こんなに長くなるとは思いませんでした。
 しかも、エロが少ない。全体のうち、抜きどころがわずか三分の一です。
 濃さは落ちていないのですが……
 なずなの設定を膨らませすぎたのが致命的でした。自分で思っていたより、私はこの娘を気に入っていたようです。

 さて、セーラー服女子高生のなずなとロリータダッチワイフの愛美にはさんざん頑張ってもらったので、次。
 当シリーズの真のヒロイン(言いきり)である歩と、めっぽう影の薄くなった二枚目半、攻造の出番です。わずか十六にして人の道を踏み外してしまった歩は、ノーマルの攻造をきちんと落とせるのか。
 攻造にも過去があります。歩は環境が不幸です。それらをからめて盛り上げるので、次のエピソードは前後編になります。
 今回のことを教訓に、せめて半分は濡れ場になるように努力することとします。
 それでは。

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