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ベッドサポート・カンパニー

 file4 女王伝説再来コース

 顧客その1。
「あの、私こういうところは初めてなのですが……」
「どうぞ、お気を楽になさって。私は女ですし、当BSCでは秘密を厳守いたします」
「はあ……でも、なんですか、やっぱり恥ずかしくて。もう結婚しておりますし、子供も二人。……あの、普段は主人と、ごく普通の夜を過ごしているのですけど……」
「存じ上げています。調査票を拝見しました。三森香奈様、三十一歳。ご結婚なさったのは八年前で、浮気の経験は一度もなし。旦那様は建築技術の専門職で、転勤は過去六回……この辺りですか、ご不満がおありなのは」
「ええ。私、あまりご近所とのお付き合いが得意じゃありませんの。たまにお友達ができても、主人についてしょっちゅう引越しをするもので、なかなか親しくなれる方がおりません。いつも一人で寂しいものですから……」
「出会いをお求めになるお気持ちはわかります。では、どんなお友達をご希望されますか。当社の性格上、お付き合いは初めから、かなり濃い――その、情熱的なものになりますが」
「はい……その、申し上げにくいというか……」
「どうぞ」
「できれば、人数が多いほうが……楽しいと思うんですの。男の方も、女の方も、たくさんいる方が……」
「それは、一度に会う人数がそれだけ、ということですね」
「ええ。それと、できれば……少し、普通でないものも。なんというんですか、目隠しをしたり、手首を縛ったり」
「それでしたらソフトSMということになります。痛くない程度に拘束を受けるプレイですね。――『秘密倶楽部黒ミサコース』というのがございます。三十歳前後の男女の方を八人ほど呼んで、儀式のまねごとをするんです。……もちろん、全員身元は確かで、紳士的、礼儀正しい方ばかりです。よろしければご紹介しますが」
「本当ですか? ……あ、す、すみません。お話の中だけのことだと思っていたので……」
「本当ですよ。どうなさいますか」
「じゃあ、そこを。お礼はパンフレットにあったとおりで?」
「結構です。では、後ほどご連絡差し上げますので。…………まだ何か?」
「――あの、私が縛る方に回ってもかまわない、のでしょうか?」
「――もちろんです。楽しい出会いを」

 顧客その2。
「わ、女の社長なんだ!」「なんかよくない?」「カッコいいよ」
「BSCにようこそ。大体わかるけど、年齢は言わないでね。知ったら薦められなくなっちゃうから」
「わかってるって! うちら二十歳二十歳」「サバ読むなよう」「逆サバっていうんだよ」
「それで? 今日はどんなご用件?」
「なんかあ、エッチのうまい人紹介してくれるって聞いたんだけどお、ほんと?」
「もちろんそういう人もいるわ」
「マジ? 広江、いっとけいっとけ」
「実はさあ、あたしらみんな処女なわけ。でもさあ、今時こうこ――この年で処女なんてダサすぎ? って感じじゃん? だからあ、さっさと捨てたいわけ」
「でもお、学校の男子とかじゃ下手すぎなわけじゃん。ブッサーなオヤジとかと援交とかするのはサイテーだし。テクニックが巧くってイケてる男探してんの」
「痛くしないで……」「それそれそんな感じ!」「ヤサシクしてくれる男な! な!」
「痛いわよ、初めては」
「……」「……」「……」
「ま、巧い人はいくらか加減してくれるけどね。あなたたち、ほっといたらあっさり援助に走りそうだから紹介してあげる。四十歳、日本料理屋の板前。フグをさばく人だから手先の器用さは折り紙付きよ」
「四十? ざけんなよ、オヤジじゃん!」「臭えよ! ベンツ乗ったヤンエグとかいねえの?」
「この写真見てもいや?」
「……あー、これはまあこれで」「よくない? つか、割と」
「『家出少女説教コース』になるわね。テクとかイケてるとか言う前に、情が大事だってこと、とっくり教えてもらうのね。そうすれば次はしっかりした相手を探す気になるわ。いい?」
「わかったよ」「これ、金。今払ってもいいだろ」
「確かに。それじゃ、楽しい出会いを。ちゃんと避妊するのよ」

 顧客その3。
「BSCにようこそ。……あら、お客様、まさかテレビの」
「……」
「……事情がおありのようですね。ではお聞きしないことにします。今日のご用件は?」
「……年上の人」
「二十四以上、ということになりますね。三十代の男性の方は結構たくさんいらっしゃいますよ」
「違う、もっと上」
「とおっしゃると……三十代後半」
「もっと。六十ぐらい。立たない人がいい」
「六十歳……ですか」
「いないの?」
「もちろんいらっしゃいます。ええと……この方は? この方も」
「こっちの、ぶよぶよした人」
「……かしこまりました。料金体系上は『富豪地下室メイドコース』になりますが、そういうイメージでプレイされるかどうかは御自由です。お支払いは」
「カードで。日にちは、水曜日がオフだから」
「……立ち入ったことですが、なぜわざわざここへ? お客様でしたら、いくらでもお相手が」
「疲れたから。毎日毎日収録でいやになったから。業界人なんて吐き気がする」
「……」
「死んじゃったおじいちゃんみたいな人がいいの。あったかいおなかに、のっけてくれるひと」
「……」
「それじゃ、これで」
「お客様――私、あのCMは好きですよ。シャンプーの」
「言わないで! ――そういう言葉が重いのよ!」
「失礼しました。楽しい出会いを」

 雑居ビルに事務所を構える、ベッドサポート・カンパニー社。毎日さまざまな人がここのドアを叩く。なずなや攻造が相手をすることもあったが、社長の高見倉倫子が、パーティションを立てて応接机で話すことも多い。悩みを抱えた客たちも、彼女が相手なら口を開くのだった。
「社長ってすごいですよね」
 サングラスをかけた女性を見送って、倫子は社長卓に戻る。机で葉書を書いていた歩が、隣のなずなに言った。
「女の人にも人望あるし、仕事早いし、頭いいし、その上美人なんだから、なんだか不公平です」
「場数踏んでるからね」
 眼鏡をかけてパソコンのキーボードを叩きながら、なずなが答えた。
「昔はすごかったらしいわよ。――ほら、行くわよ愛美ちゃん」
 キーを押してデータを送る。今までなずなが相手をしてきた客たちの情報である。パソコンの筐体から車椅子にLANケーブルをつないだ愛美が、そのデータを受け取った。彼女の高度な演算機能を遊ばせておくのはもったいないので、仕事がないときは人間パソコンとして使うことになったのだ。
「パリティチェック開始……6.28メガバイト受信、フォルダ区分正常、欠損なし。大丈夫、ちゃんと覚えたよ」
「去年の十月の向島ってお客の好みは?」
「ロングスカート、色白で二十二ぐらいの女性、マゾヒスト、飲尿、食糞」
 すらすらと答えて、愛美は幼い顔をほころばせた。
「ね?」
「笑いながら言うことじゃないでしょうが」
「なずなさん」
 ちょっと顔をしかめてから、歩が聞いた。
「すごかったって、何がですか?」
「何がって?」
「社長」
「ああ……」
 なずなは、キーを叩いて別のデータを画面に呼び出した。
「あの人、顔が恐ろしく広いんだから。見て」
「なんですか?」
「顧客リスト」
 モニターを覗きこんだ歩は、目をまるくした。有名企業の社長に重役、芸能人にジャーナリスト、作家に学者、政治家にスポーツ選手など、一度はどこかで見たことのある名前がずらりと並んでいた。
「ど、どうしてこんな人たちと……」
「これでもまだ、社長の人脈のすべてじゃないわ。あの人の顔は、ある意味日本中で知られてるって言ってもいいわね」
「……なんですかそれ。社長、昔なにやってたんですか?」
 からかわれているような気持ちになりながら、歩は聞く。なずなは軽く笑うだけだ。
「そのうちわかるわ」
 二人がそんなことを話していると、事務所のドアが開いて、攻造が入ってきた。妙に疲れた顔をしている。倫子が、意外そうに声をかけた。
「あら、早いわね。――女の子たち、ちゃんと六人全員お客さんのところまで送ったの?」
「それが、なんか変なんだよ」
「変?」
 来客ソファにどすっと座りこんで、攻造は煙草に火をつけながら投げやりに言った。
「来ねえんだ、一人も」
「……来ないって」
「女たちが、待ち合わせ場所に。時間の十五分前から五十分すぎまで待ってたんだけど、一人残らずすっぽかしやがった」
 倫子が眉をひそめる。
「なによそれ、場所間違えたんじゃないの?」
「北口の噴水前だろ、間違えるか」
「……変ね、昨日の確認じゃ、みんな来られるって言ってたのに」
 首をかしげた倫子は、はっと気づいて叫んだ。
「待ちなさい、まさかあなた、駅から何もせずに帰ってきたわけ?」
「どうしろってんだ。駆けずり回って女探せって言うのか」
「そうじゃないでしょう!」
 倫子は立ちあがると、机に手のひらを叩きつけた。
「お客さんに連絡のひとつも入れてないの?」
「番号知らねーもん」
「だったらここにかけなさいよ! こうしちゃいられないわ、すぐ行って謝ってこないと……」
 倫子はあわてて上着をつかんだ。すると、愛美が横から口を出す。
「社長、四時に尾上さんから電話があるよ」
「ああ、そうじゃない! まずいわね、もう一回攻造を行かせたってまともに謝ってくるわけがないし……」
 額に手を当てて少し考えてから、倫子は命令した。
「仕方ないわ、あたしは謝りに行きます。攻造が電話受けてちょうだい。あなた、女の人が相手だったら多少はマシな応対できるでしょ」
「まーな。若いんだろうな。おばはんはごめんだぜ」
「偉そうに言うんじゃないわよ、誰の尻拭いに行くと思ってるの? 愛美ちゃん、しっかり見張っててね」
 通りぬけざまこぶしで攻造の頭を殴りつけて、倫子はハイヒールの音も高らかにドアへと急いだ。
「なずな、歩ちゃん、一緒に来て!」
「えっ」「私も?」
「いざとなったらあなたたちの出番よ。さあ、早く!」

 ミニバンを飛ばして都心部のホテルにたどりつくと、倫子は二人をつれてエントランスへ駆け込んだ。フロント係と彼女のやり取りを聞いて、歩は耳を疑った。
 簡単に部屋番号を聞き出すと、倫子は足早にエレベーターへ向かった。急いで追いかけながら歩は尋ねる。
「あの、社長。本当ですか? お客さん、おおくらしょ……」
「しっ、言わないの!」
 人差し指を立てて倫子は制止する。
「本当よ、新人たちの歓迎会らしいわ。お役人だって聖人君子じゃないし、裏でいろんなことをやってるってのは、あなたも知ってるでしょ」
 ちょうど来ていたエレベーターに、三人は乗りこんだ。ドアが閉じて箱が動き出すと、歩はなおも尋ねる。
「そりゃ、ノーパンしゃぶしゃぶとかの話って聞いたことありますけど、でもそんなえらい人たちがうちに頼んでくるなんて……」
「中央官庁の新人なんて、有名大学出てるだけのおぼっちゃんばっかりなのよ。はたちを二つも過ぎてるのに童貞の人も多いの。女も知らずに日本が動かせるかっていうことで、通過儀礼としてまとめて面倒見てるのね。だから、昔からのお得意」
「昔からって、そんなのどうやって売りこんだんですか?」
「簡単よ。向こうはあたしの顔を知っていたもの」
 それはどうして、と聞こうとしたとき、エレベーターが止まった。倫子が手のひらを立てる。
「後でね。二人とも心の準備して。十二人って聞いてるから、キャンセルが通らなかったら、最悪、一人三人はこなしてもらうわよ」
「さ、三人って!」「ま、それぐらいなら」
「行くわよ」
 真っ青になった歩と平気な顔のなずなを引き連れて、倫子は廊下に出た。
 最上階だった。ロイヤルスイートのインターホンを鳴らす。しばらくして、中から返事があった。
「……何か?」
「ベッドサポート・カンパニーの高見倉です。ちょっと手違いがございまして、お詫びにうかがいました」
「手違い? ……ああそうか、まあ入ってくれ」
 ドアが開き、倫子は頭を下げながら中に入った。顔を上げて、室内を見まわす。
 二十畳以上ある広い部屋で、しかも隣室まで続きになっているようだった。そこに、スーツ姿の数十人の男たちが立っている。十二人どころか、その三倍はいそうだった。後から入ってきた歩が、ふぁ、と泣き声を漏らす。
 よく見ると、男たちの表情は二種類に分かれていた。飲みこみ顔でにやにや笑っている連中と、不安げな面持ちで目を泳がせている若い男たち。おそらく、若い方が新人で、後の連中は先輩なのだろう。
 倫子はもう一度頭を下げて謝り始める。
「申しわけありません、ご依頼の六人なのですが、当方の手違いでご紹介することができなくなってしまいまして……」
「ああいや、その件はもういいんだ」
 厚い胸板と広い肩幅の、牛のようにごつい壮年の男が、鷹揚に言った。倫子はいぶかしげに顔を上げる。
「もういい、とおっしゃいますと……」
「勝手な話だが、別のところに頼んだんだよ。ずいぶんまけてくれるって言うんでね。君らにキャンセル料を払ってもおつりが来るぐらい安いんだ。何しろうちも予算があるからな。だから、もう帰っていいよ」
「お客様……」
 いかにも役人じみたぞんざいな物言いに、倫子は少し眉を上げた。
「私どもとそちらは八年間のお付き合いで、満足していただけていると思っておりましたが……いつもの広瀬様は?」
「広瀬課長は部次長に昇進されたんだ。今年から、この奥田が仕切ってるんだよ」
「奥田様、安いよそに頼むとおっしゃいましたが、私ども以外のシステムで私どもより安い料金を提示するというのは、失礼ながら相当いかがわしいところなのではないでしょうか。きちんとした会社なのでしょうか?」
「あんた、遅れたくせにずいぶん突っかかるな。……いや、今度のもきちんとしたところだぜ」
「どうしておわかりに?」
「もう来てるからな」
 奥田が指差した奥の部屋から、活動的なパンツ姿の一人の女が出てきた。その後ろに、六人の娘たちの姿がある。
 自身たっぷりな歩きかたで倫子の前までやってくると、女は一礼した。
「初めまして、アヴァンチュール・セレクション代表の満堂美都子です。BSCの高見倉さんね? お噂はかねがね」
「満堂……聞いたことがあるわ」
 倫子はじっと美都子を見つめて言った。
「ソープ上がりの風俗女で、ぼったくり店の元店長とつるんで何度も怪しい事業を起こしては、空手形振りだしたり夜逃げしたりして、あちこち転々としてる女詐欺師ですってね」
「あら、厳しい言われよう」
「読めたわ。うちの女の子たちがすっぽかしたのも、あなたの差し金でしょう。どうせ脅すか買収するかしたのね。安い料金を示したのだって、堅気の中でもかちかちに堅いお役所のお客さんにコネを作るため。過剰サービスで惹き付けておいて、後からむしる気じゃないの?」
「いいがかりね、人聞きの悪いことを言わないで。あなただって、人様に誇れる過去があるわけじゃないでしょ」
「あたしは人をだましたことなんか一度もないわよ! 身一つでここまでやってきたんだから!」
「おい、その辺にしてくれないか」
 奥田が野太い声で割って入った。
「もめるのはよそでやってくれ。若いのが待ちくたびれてる」
「よろしいんですか? ろくなことになりませんよ!」
 さすがに少し不安そうに、奥田が美都子を見る。美都子はかけらほども動揺のそぶりを見せず、艶然と笑った。
「素性が多少はっきりしないのは、この業界の人間なら誰でも同じですわ。現に高見倉さんもそう。でも、今この場でサービスを提供できるのは私どもだけ。日を改めればホテル代も余計にかかりますし、皆さんもお忙しいことでしょうし」
 濡れたような瞳で奥田を見上げて、しなを作る。
「一夜限りのことです。お任せくださいな。苦情がおありでしたら奥田様、後日に私が、一対一でお話を聞かせていただく――というのは?」
 一対一、と聞いて奥田はごくりとつばを飲んだ。
「あー、その、なんだ……確かに満堂さんの言うとおりだな。うちもそうそうこんな会を開けるわけじゃないし、若い者も待てないだろうから……今日はこちらに任せようじゃないか。うん、そうしよう」
「ありがとうございます。――みんな」
 深々と頭を下げると、美都子は手を振った。途端に、奥の部屋から出てきた娘たちが、嬌声を上げて新人たちに抱きついた。
「初めましてえ、里美です」「エリートさんなんでしょ、楽しみ」「今夜は可愛がってね」
 新人たちが真っ赤になり、先輩連中がどっと歓声を上げた。その様子をにらんでいた倫子は、一人の娘に気づいて近づいた。
「ちょっとあなた、今日うちのメンバーとしてくるはずだった子じゃない。どうしてここにいるの?」
「だってえ、お金くれるって言うんだもの」
 細っこい新人の股間に手のひらを当てながら、娘は倫子を見返した。
「お宅、逆にお金取るじゃない」
「自由意思でのお付き合いを尊重してるのよ。あなた、よくないわ。――お金をもらってこういうことをするようになると、やめるのはものすごく難しいんだから」
「負け惜しみ?」
 軽くいなして、娘は新人の腕を取った。さっ、始めよう、とベッドに押し倒す。
 唇を噛んでいた倫子のそばに、美都子が近づく。
「もう帰ったら? あなたがいても邪魔なだけよ」
「……この子たち、素人?」
「水商売じゃないっていう意味ではね。でも、最近の素人の子ってすごいんだから」
「じゃあ、こういう新人さんたちがどういう男の子なのか、知らないのね。――どこまでもつかしら」
「どういう意味?」
 答えずに振り向いて、倫子は叫んだ。
「なずな! 歩ちゃん!」
「なに?」「はっはい!」
「仕事よ! あなたたちも始めなさい!」
「仕事お?」
 倫子はいきなり、自分のスーツのボタンに手をかけた。落ち着いた雰囲気のオフホワイトの上着とシャツを脱ぎ、タイトスカートを脚から下ろす。歩は目を見張り、男たちの間から、ほう、と声が上がった。
「しゃ、社長……」
 歩は目を背けかけ、我慢して見つめた。見るに耐えない、と言うのではない。正反対で、いったん見つめたら目が離せなくなってしまいそうだったのだ。
 隠れもなく存在を誇示する豊かなバストを覆うのは、レースを巡らせた黒のランジェリー。丈は短く、うんとくびれた腰の周りですそがかすかにはためく。その中から、ブラジャーだけを抜きとって捨てる。腰からは同じ黒のガーターベルトがむっちりと張った太ももに下り、ストッキングを吊っている。ベルトにゆるみはまったくない。その上から黒のショーツをはいているのだ。
 なずなとはまったく違う。それなのに、美しい。三十二歳という年齢が感じられるようなたるみはどこにもない。すみずみまで気を配られた完成した女の体。百六十七センチの大柄な体格とあいまって、歩にはそれが、絵画に描かれた女神の姿のように見えた。
 ゆるくウェーブした髪をかきあげると、倫子は挑戦的に美都子を見つめた。
「お金はいらないわ。でもこのままじゃうちの面子に関わる。あなたもこの世界では名の知れた女でしょ。あたしと勝負しない?」
「……面白いじゃないの」
 美都子は倫子の笑いを受けとめると、自分のスカーフをもぎとって一息にスーツとパンツを脱いだ。現われた肉体は倫子よりやや細い。年は倫子と同じほどなのに、やはり肉のたるみはないようだ。もっともそれは、全体に肉付きが薄いせいか。
 男たちが一斉に手を打ち鳴らし、口笛を吹く。どうやらすでにアルコールが入っているらしい。
「二人も頑張ってね!」
 歩となずなに声をかけると、倫子は手近の新人に歩み寄って行った。

「ねえ、もう堅くなった?」
 美都子が連れてきた里美という娘が、早くも全裸になって、押し倒した新人の股間をこすり上げる。新人は緊張の極みに達していて、指一本動かせない。
「あれ、まだじゃない。どうしたの? 立たない?」
「ぼ、僕始めてなんで……」
「そう? じゃ、フェラしてあげる」
 ズボンを引きずり下ろすと、里美はいきなり新人のペニスを丸ぐわえにした。たらんとなっているそれに唾液を塗りつけ、舌でいじりまわす。
 だが、なかなか肉棒は反応しない。三分ほどしゃぶり続けてから、里美は顔を上げた。
「だめじゃん、立たなきゃ」
「す、すみません……」
「じゃあ、シックスナインしよう」
 里美は体を動かして、新人の顔の上にまたがった。陰毛の生い茂る肉ひだをつきつけて、腰を揺り動かす。
「見たことある? ないよね。どう?」
「どうって……」
「なめてもいいわよ」
 言いながら、里美はなおも肉棒をしゃぶり続ける。戸惑ったように顔を動かして、新人はようやく、里美の太ももに唇を押しつけ、目を閉じた。
 女体にまったく触れたことのない子供のような青年が、いきなり激しいプレイをされたのだから、戸惑うのは当たり前である。それも、職場でしごかれている先輩たちの監視の中だ。普通なら萎縮してしまって立つものも立たないところだ。
 それでも、里美がやっきになってしごきたてたおかげで、徐々にホースに堅さが宿り始めた。里美は小声でつぶやく。
「やっとでかくなってきた……こいつ遅いよな」
 彼女たちは、一人いかせていくらで契約している。早く済ませてしまったほうが得なのだ。
 十分に肉棒が堅くなると、里美は口を離した。「あ、ちょっと……」と新人が気弱な声を上げるが、構っていない。コンドームの袋を口で噛みきって、すばやくゴムをペニスにかぶせた。それから、股を開いて横になる。
「ほら、来てよ」
「あ、はい」
 新人は体を起こすと、ペニスを里美のひだにあてがおうとした。だが、角度が定まらない。挿入しようとしても、里美の唾液で滑ってしまって、つるつると上下に逃げる。何度か試しているうちに、ペニスが鎌首を落とし始めた。プレッシャーで興奮が保てないのだ。あわてて彼は謝る。
「す、すみません、なんか……」
「待って」
 里美が指を伸ばして、膣口を開いた。
「早く、しおれないうちに」
「はっはい」
 新人が腰を進め、今度はなんとか角度があった。
「ううっ……」
「……来たね。ほら、動いて」
 ぎくしゃくと新人は腰を使い出した。里美もそれに合わせて濡れだし、粘膜が柔らかくなる。それを感じたペニスも、堅さを取り戻していった。
「あ……いいっす、すごく、熱くて……」
「そう? このままいって」
 一心に腰を動かしつづけるうち、さしもの彼も緊張を忘れて里美の体に熱中し始める。やにわに体を折ると、乳房に吸い付いた。両手で力強く握り締めながら、べろべろと舌をはわせる。すると、里美が手を伸ばして体を押しのけた。
「胸は……胸はいいから、早く出して」
「はっ、はっ、はい、はあ、あうっ!」
 里美のわがままが気になるような状態ではなかった。急速に高まる放出欲に負けて、新人は思いきり腰を打ちつけた。ゴムに囲まれた狭い空間に、どくどくと精液を放出する。
「……イッた?」
「……はい」
「どうだった?」
「よかったっス……」
 荒い息をついて、ベッドに倒れこみながら新人が言う。それを聞くと、里美は体をずり上げて、新人の胸の下から抜け出した。ベッドの上からウェットティッシュを取って胸と口元をぬぐう。
「まず一人か……」
「高野、よくやったあ!」「童貞卒業おめでとう!」
 パンパーン! と先輩たちがクラッカーを打ち鳴らした。ぼんやりとうつろな顔をしていた新人は、その音に我に返ると、辺りを見まわした。
「先輩……ひとつ聞いていいスか」
「なんだ?」
「これって、一回だけなんスかね」
 先輩たちは顔を見合わせた。
「去年はそんな制限なかったよな」「順番はあったが……」「いいんじゃないか、女の子の人数も予定より増えてるし」
「じゃ、もう一回いかせてもらいます」
 そう言った新人の顔は、一皮むけたような自信に満ちていた。童貞卒業という太鼓判がついたことで、プレッシャーを忘れたのだ。
「里美さん!」
「え? ちょ、ちょっと!」 
 一息入れて煙草でも吸おうとしていた里美は、もう一度新人に押し倒された。

「あっちの人、もう二回目に入ってますけど……」
 突っ立ったまま眺めていた歩が言った。始めろと言われたものの、三つの部屋に一台ずつあるダブルベッドは六組の男女に使われていて、まだ出番がないのだ。
「いいんですか? ボクたち、あの女の人たちに負けちゃうんじゃ……」
「負けるってあなた……どこをどう見ればそうなるの」
「え?」
 歩はなずなの顔を見上げた。いつものセーラー服姿のなずなは、苦い顔で腕組みして里美たちを見つめている。
「前戯もろくになしでフェラチオで強引に立たせて、するかどうかも聞かないうちにシックスナインの押しつけでしょ。立つのとか早くとかプレッシャーかけることばっかり言うし、終わったら終わったで、汚いものに触られたみたいに体拭いてるし……これだからお金目当ての素人はだめなのよ。デリカシーもなにもないじゃない。あんなのに童貞奪われて、あの高野って人がかわいそうだわ」
「……そ、そうなんですか」
「私としたこと、思い出したら」
「そ、そうですね」
 やや赤くなって歩はうなずいた。
「じゃあ、どうすれば?」
「みんな見てるじゃない」
 言われて、歩は周りの男たちの視線に気づいた。里美たちなど誰も見ていない。彼らの熱い視線は、その隣でからみあっている倫子ともう一人の新人に注がれていた。
「社長がじかに出るのって、久しぶりなんだから。教科書だと思ってよく見ておきなさい」

「あなた、名前は?」
「よ、吉塚公夫です」
「公夫さんね。いえ、もう大人なんだから吉塚さんでいいわね」
「は、はい」
「じゃあ吉塚さん、あたしは倫子です。行きずりの他人ではあるけれど、きょう一晩はあたしがあなたの妻。新婚初夜だと思って、大切な思い出をつくる気で、ね」
「はい」
「初めてでも気にしないで。あたしは今までたくさんの男の人を見てきたけど、うまい人なんてほんの一握り。みんな間違えながら覚えていくんだから。――お仕事と一緒。ミスをしたらあたしがフォローしてあげるわ。気を楽にね」
「一応、初めてじゃないんですが……」
「あら、そうなの?」
「学部の二年で彼女とそこまでいったんだけど……ちょっと、失敗しちゃって。それきり別れたもんで、妙にトラウマになってて……」
 倫子はにっこり笑って、吉塚の肩に手を当てた。
「じゃあ、今日そのトラウマを解消しましょう」
「はい」
 まだ緊張の残る顔色だったが、吉塚は素直にうなずいた。
「じゃあ倫子さん、どうすれば……」
「基本はキスからね」
 二人はともに下着姿で、ベッドの上に向き合って座っている。倫子は吉塚の顔を両手で挟むと、ゆっくり体を寄せた。大輪の花のように華やかな倫子の顔を間近に見て、吉塚は目を閉じた。
 唇が重なる。すぐに二人は舌を交わした。吉塚の情熱と倫子の導きがひとつに絡まり、うごめく舌の間から唾液が滴る。吉塚は頬に触れる倫子のまつげの長さを感じる。所在なげに泳がせた手を、倫子がつかんで自分の背中に回した。抱きしめあう。
 二人は膝立ちになり、互いの膝の間に太ももを差し込み、体を押しつけあってうねうねとくねらせた。何年も付き合ったカップルのように、まったくぎこちなさのない抱擁。そうなるように倫子が体を傾けているのだ。言葉ひとつ使わず。
「こ、これでいいのかな?」
 息継ぎの合間に吉塚が不安げに聞き、ちらちらと周りの先輩たちを見まわす。「大丈夫」とひとこと言って、倫子はいったん体を引き離した。太ももに当たる吉塚の股間で、彼がまだ堅くなっていないことがわかる。急かしたりはせずに、倫子は吉塚の乳首に舌を伸ばした。
「結構たくましいのね……」
 ちろちろとうごめく舌に、吉塚はぴくんと体を震わせる。「くすぐったい?」と聞かれて首を振る。自然にまぶたが下りる。目を閉じた状態で、吉塚は倫子の肩や首をなでまわした。しっとりと湿った肌の温かみに、我を忘れていく。
「倫子さん……おれも触りたい」
「どうぞ」
 倫子は再び体を起こし、後ろに手をついた。九十センチを越える豊満なバストがランジェリーの下で震える。吉塚は片手を倫子の太ももに当て、もう片方の手を乳房に伸ばそうとした。
「どっちが感じるんですか」
 すると、倫子が太ももから吉塚の手を引き上げた。
「胸がいいわ。いっぺんにあちこち愛撫するのは難しいから。胸だけ、一生懸命愛して」
「は、はい」
 吉塚はシルクの布ごと倫子の胸を持ち上げる。「大きいですね」と笑う余裕ができている。ささげ持つように下からもみ上げ、押さえこむように上から押しつぶす。それにあわせて乳房が形を変える。若い娘の生硬な張りの代わりに、指を飲みこんでしまうような柔らかさがある。
 そんな柔らかな乳房の頂点で、先端だけが固くなりはじめる。吉塚が気づいて、低い声でささやいた。
「乳首、立ってますよ」
「ええ。……感じるもの」
「これ、脱がせてもいいスか」
「ええ……」
 差し伸べた倫子の腕から、吉塚はランジェリーを抜き上げた。くなりと崩れる倫子の体の上で、白い肉球がふるりと流れた。見守る男たちが一斉につばを飲みこむ。
「吉塚さん、なめて」
 枕にもたれて言った倫子に、吉塚はのしかかった。わずかに触れただけで、驚いたように言う。
「すべすべだ。……倫子さん、いくつなんスか?」
「秘密。気になる?」
「全然……いいなあ、おれ、倫子さんみたいなふけない女と結婚したいです」
「ありがとう。嬉しいわ」
 吉塚は両手を使って、形を変える乳房を戯れるように追いまわす。デザートを食べるように口を押しつけて肉を吸いこむ。漂う甘酸っぱい体臭に刺激されて、何度か噛もうとすらした。それほど蟲惑的な肌なのだ。
 見下ろす倫子は、吉塚の股間のものに気づく。ブリーフを押し上げた肉の槍の先端がまっすぐ倫子を見つめている。手を伸ばしながら、倫子はささやいた。
「そろそろ……こっちにしない?」
 吉塚の胸を押して、倫子は体をかがめようとした。その時、吉塚がはっと顔をこわばらせて、倫子の頭を押した。
「吉塚さん?」
「だ、だめです。いいです、そんなことしなくても」
「……どうしたの?」
「おれ……その」
「言ってごらんなさい」
 場つなぎに乳房を吉塚の胸に押し付けながら、倫子はうながした。吉塚が重い口を開く。
「それなんです。……初体験の時失敗したのって。彼女にフェラさせようとしたら、いやがって……それでも無理やりやらせたら、吐いちゃって。その後一応最後までしたんですけど。なんかそれ以来、おれのチンポって汚いのかなって……」
「自信なくしたのね」
「……はい」
「それはね、ちょっとだけ急ぎすぎたのよ」
 倫子はそう言うと、吉塚のブリーフを下げた。
「人によってはダメな女の子もいるけど、十分愛が育っていれば、ちゃんとしてくれる。その子はまだあなたが怖かったのね。あなたに落ち度があるわけじゃないわ」
「でも……おれたち、まだ今日は風呂……」
「大丈夫。それだけ気にしてるって言うことは、あなたは人一倍きれいにしてるんでしょ? 私は平気よ」
 倫子は、やや萎えた吉塚のペニスに顔を寄せて、鼻を押し当てた。そのまま、唇ではなく鼻の下の部分で、吉塚の幹をゆっくりなぞっていく。考えようによってはじかにしゃぶるよりも卑猥な接触行為。
「ほら……汗の匂いがする。ちょっとおしっこの匂いも。でもそれだけ。誰だってこの程度よ。それに、大きさもちょうどいいわ」
 そう言うと、倫子は亀頭の先端に閉じた唇を当てた。それから、じわじわと圧力をかけながら口内に受け入れていき、やがて完全に根元まで飲みこんでしまった。
「り、倫子さん……」
 吉塚はうめく。彼にはわかるのだ。ただ口に入れられただけではなく、舌がぴったりと幹を支えている。口内の微妙なうごめきは、怖くなるほど優しい。拒む気配はかけらもない。吉塚が汚らわしいと思っている自分のものを、まるでなくてはならない食べ物のように、倫子はすみずみまで味わっている。
 吉塚の心の中で、こだわりがこなごなに砕ける。
「倫子さん……すごい、最高だ」
 ちらりと上目遣いをして倫子は応える。吉塚だけではなく、周りの人間もその目付きにぞくりと震える。みな、スーツ姿の倫子を見ている。あれほど颯爽とした、気の強そうな女の唇に、卑猥でグロテスクなものを含ませて、味わわせている――男なら誰でも抱く征服願望を強烈に刺激されたのだ。
 それも倫子の手管だ。だがそんなことは少しも感じさせず、倫子は自然に陵辱される女へと自分の姿を変えていく。ぐりぐりと腰を押し付ける吉塚に負けてうっすらと涙を浮かべて、なおかつすべてを受け入れる従順さでゆっくりとペニスを出し入れし、唾液で光る肉棒が赤い唇を犯していく様を見せつける。
 そんな有様と倫子の舌使いに、経験のない吉塚が耐えられるわけがなかった。
「うっ……」
 ドクッ、と吉塚は射精する。快感のあまり声を出す余裕もない。思いきり倫子の喉の奥にペニスを押し込んで、何度も精液をしぶかせる。逃げずに全部飲むことを無言で要求している。
 倫子はむせもしない。巧みに喉の奥を動かして、注がれる精液を胃に流しこんでいく。吉塚の震えが収まると、鈴口に吸いついて残った精液を吸い出し、それを口元から垂らした。とろり、と糸を引く粘液に、周りの男たちも吉塚が発射したことを理解した。
 それを指ですくって唇に再び含み、倫子はさらに男たちの欲情を刺激する。見られることに慣れ切ったしぐさ。
「はああ……」
 吉塚は大きく息をついて腰を下ろしたが、倫子の顔に釘付けになる。あえてなにも言わずに、倫子は吉塚のペニスを見つめている。その目にたたえられた熱っぽい光が、すべてを語っている。
「倫子さん……おれの、ほしい?」
「……ほしいわ」
「どこにほしいんだ?」
「ここ……」
 すらりと伸びた長い脚を大きく開いて、倫子は黒いショーツを吉塚の前に見せつけた。中心部は黒い中にも黒く湿っている。
「ここって?」
「ここ……おまんこよ」
「倫子さん、いやらしいんだな」
「そうよ……吉塚さんのせいよ。吉塚さんがあんなもの飲ませるから……あたし、火がついちゃったわ」
 暗い情欲を感じさせるしゃがれ声で言って、倫子はショーツの上から秘部をなでまわした。張りついたシルクが布の下の形をはっきりと浮かび上がらせる。
「刺してほしいの。吉塚さんの太いので……それから、中に出して」
「出して……いいの」
「今日は安全日だから。ゴムもいらない、つけたくない。吉塚さんの、じかに注いでほしい……」
 これ以上の誘いの文句はない。子宮に種を植えてくれと頼む雌の懇願。吉塚の理性が白濁し、一度は務めを終えた性器がもう一度猛り始める。その目の前で、倫子がショーツに手をかけた。吉塚は思わず聞く。
「そのひもは……外すの?」
「ううん、ガーターの上からショーツはく習慣なの。だから、すぐにあなたを迎えられるわ……」
 そう言うと、倫子はいったん太ももを閉じ、ショーツを脱ぎ捨てた。もう一度脚を開く。
「来て……」
 そこに、きれいに手入れされた逆三角のヘアがあった。里美のように乱雑ささえ感じさせる無秩序な陰毛ではない。毛穴のくろずみひとつ残らないほど丁寧に整えられた茂み。
 その中央に、やや褐色がかった、それでも伸びずにきちんと口を閉じた、耳たぶのようなひだがのぞいていた。
 透明な粘液が、白いシーツにたらりと落ちる。
「もう、なめたりしないで。そんな余裕ないのよ。うずいて仕方ないの、早く刺して……」
 吉塚は倒れこむように倫子にのしかかった。亀頭をぬかるみに押し当てる。それを突き刺す寸前、彼は聞いた。
「倫子さん、おれ、倫子さんが懐かしい気がする。前に……」
「多分その通りよ。さあ、もう一度あたしを抱いて」
 吉塚が突き出したタイミングに寸分ずらさず、倫子は腰を浮かせてペニスを迎え入れた。
「ああっ!」
 二人の叫びが重なった。
 押し入ったペニスが愛液をあふれ出させる。細かいしぶきをはねとばしながら、吉塚はペニスを打ちつけようとする。だが、焦りすぎて抜けそうになる。すかさず倫子が両足を折り、体ごと吉塚の腰をくわえこむ。
「そう、体ごと、動かすみたいに、そうよ、じょうず!」
「倫子、倫子さん!」
 動きが制限されたせいで、吉塚ももう戸惑わない。的確な抽送で倫子の中を突き荒らしていく。倫子の体が激しく上下し、乳房が円を描いて丸く流れる。まるで痛がっているように倫子は鳴く。あられもない大声で鳴く。
「いっ、ひいっ、いいっ、あっ、よしづっ、さっ、すごいっ、いやっ!」
「ふうっ、ふうっ、ううっ、おうっ」
「だめ、だめ、ダメぇ、もう、いっ、いく、イク、イッちゃうぅん!」
「おおっ!」
 ぐい、ぐいっ! と吉塚は深く深く突き上げて静止した。ストッキングに包まれた倫子のつま先が強烈に伸びきり、くっきりと腱を浮かび上がらせた脚が吉塚の腰を締め付けた。上体は喉とあごが一直線になるほどのけぞり、歯は堅く食いしばっている。細かく震える乳房を、強く眉をしかめた吉塚が、ちぎれんばかりに握り締めていた。
「――あー……」
 天から降ってくるようなソプラノのあえぎを、細く倫子は漏らした。いつのまにか周りは静まりかえり、みな呼吸すら忘れている。隣でセックスしていた里美たちですら、その様子に見入っていた。
 時間が止まったような一瞬のあと、吉塚がどっとベッドに倒れこんだ。額の汗をぬぐいながら、倫子と視線を交わす。
 うっすらと微笑しながら、倫子が尋ねた。
「どうだった?」
「……最高。もう、言葉にならないよ」
「あたしも。ねえ、時間があったらまたしましょうね」
 そして、二人は穏やかにキスをかわした。

 ごくり、と歩はつばを飲みこんだ。喉がカラカラに乾いていた。
「すごい……なんてすてき」
「初体験の相手とは思えないでしょ。あれが社長の実力よ」
「やっぱり、社長がリードしてたんですか? 途中から男の人がペース握ってたみたいだけど……」
「そう見えないところが、すごいのよ」
「……本当かなあ」
「だから、すぐにわかるってば。……あら?」
 肩に手をかけられて、なずなは振り向いた。新人の一人が、ぎらぎら光る目で彼女を見ていた。
「あんたもあの人の会社なんだよね。おれも相手してもらっていいかな」
「……ベッドがふさがってるけど?」
「いいよもう、床でもソファでも」
「ま、あんなの見せられちゃ、我慢できなくなるのも無理ないわね」
「ね、すごいんだろ? あんたもあれぐらいうまいんだろ?」
「社長ほどじゃないけど。その分若いから、いいでしょ?」
 なずなはその新人の手をとって、ソファへと歩いていく。ぽかんと見ていた歩の肩にも手が置かれた。
「きみ、きみもいいんだよね」
「えっ?」
 歩は泡を食って叫んだ。
「だっ、だめです! ボクそんな、攻造さん以外の男の人なんて、なずなさん、助けて!」
「相手してあげなさいな」
 なずなは振りかえって、軽く言う。
「お客さん、その子はまだ非売品だから、口とあそこは勘弁してあげて。どうしても我慢できなかったら、私と社長を待つ間のつなぎに、手で抜いてもらうのね」
「だってさ。いいよ手でも。きみ、かわいい手してるよねえ」
「て、手ですか? ……わかった、わかりました!」
 泣く泣く、歩はその新人に連れられてバスルームに入っていった。

 夕方に始まった宴は、八時を過ぎても、九時を過ぎても、延々と続いていた。奥田の命令でルームサービスが取り寄せられ、見物の男たちはサンドイッチを頬張ってはビールを飲む。
「どう? イクでしょ? 気持ちいいわよね?」
「おおおお、いい、いい、いいっ!」
 腰を持ち上げて抱えこみ、アナルから玉袋の裏までなめまわしながら肉棒をしごく過激なテクニックで、美都子は最後の相手を射精に導いた。わめきたてながら新人は自分の腹に精液を飛び散らせる。
 悶絶した新人をベッドに残して、美都子は立ち上がった。ふと気づいて、隣の部屋に出る。
 妙な光景がそこにあった。ベッドに一列に腰掛けて、ローブ姿の女たちが数人、サンドイッチを食べている。里美、なずな、そして倫子だ。
「何してるのよ、あなたたち……」
「休憩。新人さんたちは済んだから」
 倫子が簡単に答えた。美都子は眉をひそめる。
「うちの子たちは?」
「あっちの部屋。見てきたら?」
 言われて、美都子はさらに向こうの部屋に向かった。一歩踏みこんで、目を疑う。
 一台のダブルベッドの上に、都合五人の娘たちが、まぐろのようにごろごろ横たわっていた。美都子はかけよって怒鳴る。
「ちょっと、休んでる場合じゃないわよ!」
「も、もうだめ、マネージャー……」
 一番元気があって、ひょっとしたら玉の輿かもーなどと言っていた娘が、げっそりした顔でうめいた。
「あたしたち一人であの人たち一人満足させるのが精一杯。でも、なんとか五人はいかせたから……」
「五人ですって? じゃあ、私の二人と里美の一人を合わせたら八人じゃない! 残り四人は高見倉たちに取られたって言うの?」
「でも、あの男たち、最初はおどおどしてたくせに、一発やらせてあげたら獣みたいにめちゃくちゃさかるんだもの。……私、腰壊れちゃいそう」
「……そういうことか」
 舌打ちして、美都子は引き返した。倫子の前に仁王立ちになる。
「あなた、このことを言ってたのね」
「去年もそうだったわ。こういうエリート新人さんたちは、大学では勉強に次ぐ勉強、社会に出てからはしごきに次ぐしごきで、ストレスが爆発寸前までたまってるのよ。根性はそこらへんのプータローよりよっぽどあるから、いったん歯止めがなくなれば、出すものなくなるまで頑張るの」
「……人数はこっちの勝ちよ。八人いかせたもの」
「七人よ。女の子七人がかりでね」
 倫子が指差したバスルームから、つやつやの満足した表情で小太りの新人が出てきた。その後から、歩が青い顔で現われる。なずながあわててかけより、レモンティーを飲ませた。
「大丈夫? ひどいことされたの?」
「違います〜。でもあの人、しごいてもしごいても終わらなくって、何度でも出すんです。ボク、もういや……」
「いやー、よかったなあ。満堂さんとこの子じゃ満足できなくってさあ、あの歩ちゃんに手でしてもらったけど、いやがる顔が新鮮で……」
 おまえ新人のくせに何様だと先輩たちが蹴りを入れる。
「あなたたちは一人あたりちょうど一人。あたしたちは……」
 あとは無言で、倫子は見上げる。やや疲れてはいるようだが、肌のつやはいっそう増して、憂愁に満ちた匂いたつような色香を漂わせている。
 ぎりぎりと歯を噛みならしている美都子にむかって、倫子は、さらにとんでもないことを言った。
「どうせこのままじゃ納得しないんでしょうね。あなたは余力が残ってるんですもの。……もっとも、お店でしこんだテクニックを連発して、無理やり彼らをいかせたんでしょうけど」
「それが悪いの? 男なんて射精する機械みたいなものでしょう! 出させてやれば同じことよ!」
「穏やかに話し合うってわけにはいかなさそうね。それなら、延長戦を始める?」
「延長戦?」
 ぎょっとしたように美都子は繰り返した。倫子はあでやかに笑う。
「さっきからあたしは、あちらの先輩がたがかわいそうで仕方ないの」
 美都子は振りかえった。新人たちの狂態をずっと見せつけられていた男たちが、股間を強張らせ、固唾を飲んで成り行きをうかがっている。
「何人なんて細かいことはもうやめましょう。最後まで立っていたほうの勝ちよ。幸い、そっちで残っているのはあなたとこの里美っていう子だけ。あたしたちは、なずなとあたしだけよ。……歩ちゃんも混ざる?」
 なずなに肩を抱かれていた歩が、ちぎれそうな勢いで首を横に振った。
 倫子は拳を握り締めて立っていたが、低い声で聞いた。
「里美、まだできる?」
「……お金、倍なら」
「いいわ。受けて立つわよ」
「奥田さん! よろしいですわね? もちろんお代はいただきません」
「ああ、まあそういうことなら……続けてやらんでもないな、うん」
「決まりね」
 倫子はそう言うと、サンドイッチを差し出した。美都子はいぶかしげな顔をする。
「まず食べたら? 先輩がたは全部で二十二人。新人さんほど元気はなくても、ハンパなプレイにはならないわよ」
 そう言って、男たちにウインクを放つ。おおーっとどよめきが上がる。
「さ、召し上がれ」
 美都子は、サンドイッチをひったくった。

 硫黄島攻防戦かバタリアンかという世界になった。
「イッて、イッて、いい、ああっ、あくっ!」
「……うあー……セーラー服の子に中出しできるなんてサイコー……」
「おら、次替われよ」
「おれもおれも」
「ちょ、ちょっと待って! そんな、いっぺんに五人も六人も、せめて三人までにしてよ! それにあなた、さっきしたでしょ?」
「ごめんな、先輩たち見てたらまたムラムラしてきちゃって」
「な、何十回するの?」
「もう一回だけだから……先輩すみません、この子のお尻借ります」
「おう、入れろ入れろ! この子、きつきつに締まりがいいくせに、西川のでかいの入れても大丈夫なぐらい慣れてるんだ。おまえの細チンだったら全然構わん」
「ははは、細チンはひどいですよ」
「ちょっと、そんな呑気な……はうッ!」
 もうろうとしたなずなの頭の中で、八人目、という数字が瞬いた。
 いったん済ませたはずの新人たちまで、体力を回復すると再び挑んでくるのだ。まさに、倒しても倒してもゾンビのように襲ってくる悪夢のような状態。
「はあっ、いやっ、もう、もうやめて! ダメ、ダメえっ! ああーっ!」
「おーい、こっち済んだぞ」「次誰だ、まだやってないやつ」「あー、こりゃいかん。里美ちゃん気絶しちゃったわ」「ティッシュないか、切れちまった!」
 男たちが二つのベッドをざわざわと行き来し、その間を縫って歩がティッシュ片手に走りまわる。待ちきれなくなった男の一人が、歩に抱きついて押し倒そうとした。
「あ、あゆみちゃんって言うんだよな。な、頼むよ。おれ、君みたいな小柄で可愛い子が……」
「いやーっ、やめてください! ボク違うのーっ!」
 途端に周りにいた男たちが、抱きついたやつをよってたかって殴り倒した。きょとんとする歩に、白い歯を見せて笑う。
「大丈夫か?」「心配するな、おれたちが守ってやるから」
「はあ……?」
「そんな若さでこういう仕事するのって、苦労あるだろ?」「わかるよ、おれたちも下っぱだしな」「いい子だよなあ歩ちゃん。よく気がつくし、かわいいし……」「あってめえ、下心か!」「なんて外道なやつだ!」
「あ、あの、ケンカしないで下さい。気持ちは嬉しいです……」
 白砂川歩ファンクラブが会員六名を数えたころ、無敵の淫乱女子高生を自認するなずなが、ついに音を上げた。
「お、お願い、もうやめて……」
 下着とスカートとブラは剥ぎ取られ、セーラーの上着とソックスだけが残った姿で、壁際にへたり込んで、なずなは本気で哀願した。両手で口と秘部を隠している。
「ほんとに、ほんとにもうやめて。これ以上されたら寝こんじゃう」
「おいおい、今さらそりゃないよ」「十一人もこなせたんだ。あと一人ぐらい……」「一人って、おまえ自分だけか!」「うるせえな、こんな可愛い女子高生とやれる機会なんか、もう死ぬまでないだろ?」
「勘弁してあげて」
 男たちは振り向く。バックの体勢で後ろから一人を受け入れ、もう一人を前に立たせて口で愛撫していた倫子が、まだ余裕の残る顔で微笑む。
「いくら好きだって言っても、その子はまだ子供よ。あたしが全員、最後まで相手してあげるから」
「で、でも……」
「あら……『女王伝説XXX』の高見リナが相手じゃ、ご不満?」
 それを聞くと、声のない嘆声が男たちの間から上がった。
「それじゃ、やっぱり……」「倫子さん、あの!」
「十年ぶりの再デビューよ。今夜一晩限りのね」
「お、お願いします!」「あれやってください、パート2の海辺でやってたあれ!」「待てよ、おれが先だ」「このやろう、おれだってば!」
「な、なんですか、高見リナって……」
「社長の昔の芸名よ」
 顔じゅうにぶちまけられた精液を、歩にウェットテイッシュでふき取ってもらいながら、なずながようやくそれだけ言った。芸名? と歩が聞くと、もう目を閉じている。
「なずなさん! ……ダウンしちゃった」
 歩はベッドに振りかえる。もう、残っているのは同じベッドの二人だけだ。二人並んでまたがった男を、正常位とパイズリで受け止めている美都子と、前後から口と性器を犯されながら、両手でさらに二本のペニスをなぶり上げている倫子。
「このっ、早く……イきなさいよ!」
 ふくよかな乳房――ブラを外すと、それが垂れかかっていることがわかってしまう――で一本のペニスを絶頂に追いやってから、美都子が恐ろしい視線を倫子にむける。倫子はこの後に及んでまだ微笑を失わずに、ペニスから口を放してほお擦りしながら言い放つ。
「ソープ技の他にもいろいろあるみたいだけど、しょせんあなたのは一人よがりよ。風俗嬢は一対一が基本。こんな風によってたかって犯されるマラソンプレイに、耐えられるかしら?」
「……そっ、んな……」
「そして風俗嬢は暗いところでしかしたことがない。スタジオやビーチで人に見られているとき、表情やしぐさでどれだけ色香を表現できるか、あなた知ってて? 小指の動きひとつで男をいかせることもできるんだから」
「なにを……あっ?」
 その時、美都子を犯していた男が果てた。力を失った男の体を押しのけて、一段とがっしりしたたくましい体格の男が、美都子の前に現われた。――奥田だった。
「せっかくだから、な。おれもひとつ……」
 その股間にたけり立つ業物を見たとき、さすがの美都子も、悲鳴を上げた。
「や、やめてえ! せめて少し休ませて!」
「そうは言ってもなあ……一度決まったことはなかなか変えてやれんものだからなあ」
「奥田さん、こっちへいらっしゃい」
 倫子が、相手をしていた男たちから離れながら言う。不満げな彼らに、小声でささやく。
「どうせ一回で終わりよ。あの人、もう四十過ぎでしょ?」
 若い下っぱたちは、その一言でおとなしく引き下がる。まるで母親の言うことを聞く子供のように。
「さ、奥田さん……汚れてるとおいや? シャワー浴びてきましょうか?」
「いや、構わん」
「それじゃあ、このままで……」
「あーその、なんだな。ふ、ふぇとか言うのを頼めんか。口でするやつ」
「……構いませんけど、じかでもいいんですのよ?」
「いやそれが……恥ずかしながら、おれはこの年になるまで、そのふぇをしてもらったことがないのだ。若いころは謹厳実直だったし、妻も貞淑そのもので……」
「あら、それはちっとも恥ずかしいことじゃありませんわ。今時見上げた日本男児だと思います」
「そうか?」
 お世辞を言って喜ばせてから、倫子は口を大きく開いた。突きつけられたものは確かに大きい。これは、口でする事にして正解だったかも、と倫子は小さくつぶやいた。
「では……いくぞ!」
 ぞるぞるっ、と巨大なものを受けとめながら、美都子がローブをまとって駆け出していくのを見て、倫子はかすかに微笑んだのだった。

 廊下の突き当たりの窓から入る朝日を浴びながら、背広姿の小柄な男がやってきた。
 ロイヤルスイートのインターホンを押す。しばらくして、おかっぱ頭の小柄な少女がドアを開けた。
「はい……どちら様?」
「広瀬と申す者です。こちらに、奥田君たちがいると思うのですが……」
「奥田……ああ、あの大きい人ですね。でも……」
 ためらう風情の少女に、広瀬は笑いかけた。
「中がどんなことになっておるか、大体承知しております。構わんから入れていただきたい」
「……どうぞ」
 室内に入った広瀬は、しばし無言で、ぐるりと視線を巡らした。
 死体置き場だった。数十人の男女が、ベッドと床とソファとを問わずにごろごろと転がっている。全裸と半裸の比率が半々だが、身動きしているものはゼロだった。
 広瀬は嘆息した。
「……やはりこうなったか……」
「あの、失礼ですがどちら様?」
「奥田くんの前任者ですよ。彼は信頼できる男ですが、この件については相談してほしかった……あなたは?」
「あ、はい。ベッドサポート・カンパニー社の白砂川歩といいます」
「ほう」
 広瀬は、歩を見つめた。大体背は同じぐらいである。
「高見倉さんはお達者で?」
「はい、元気です。――あ、でも今は、ちょっと疲れてるかなって感じで……」
「ちょっとね」
 広瀬が苦笑したとき、奥から白く透ける姿が現われた。
「歩ちゃん、どなた? ……あら、課長さん」
「昇進しましたよ」
 広瀬はそう言って倫子の前に立った。倫子は、レースのカーテンを外して体に巻きつけている。広瀬はまぶしそうに目を細める。
「相変わらずきれいですね。ギリシャ神話のニンフもかくや、というか……」
「これは、ローブもシーツも汚れてしまったものですから」
 苦笑して、倫子はあいさつした。
「課長……広瀬さんこそ、お元気のようですね」
 今コーヒーでも入れます、と倫子は備え付けのキッチンに向かう。広瀬が誰にともなく、「これは全部高見倉さんが?」とつぶやいた。歩が応じる。
「全部じゃないです。満堂美都子っていう人がつれてきた女の人たちと、うちの二人との間で、なんか勝負になっちゃって……」
「でも、最後に残ったのはやっぱりあの人だった。無理もない」
「あの……ご存知なんですか? 社長の過去」
 歩が聞くと、広瀬はわずかに顔を傾けて遠い目をした。
「知っておりますよ。幻のAV女優・高見リナ。ピンク映画のスタアだったお母様の高見倉冴子さんと、親子二代で不滅の名を残し、わずか一年の活躍ののち、忽然と消えた伝説の女王……」
「え、AV女優だったんですかあ?」
「おや、あなたは何も……そうか、その年ではね」
 広瀬は得心したようにうなずいた。
「十一年前のことです。高見倉さんがお母様の薦めで出たビデオは、空前のヒット作になりました。白石ひとみや桜木ルイと並んで、彼女の名は全国に知れ渡ったのです。いまうちに来ているぐらいの年の若者で、その名を小耳に挟んだことのない者はおらんでしょうな。彼らがちょうど中学生、高校生のころのことですから……」
「お詳しいんですね」
「サイパンのビーチで二十人の男たちに抱かれるシーンが圧巻だったそうです。かくいう私も、先代の冴子さんの映画にはお世話に……いやいや」
 咳払いをして、広瀬は首を振った。
「まあそういうわけです。あの人には日本中の男があこがれた。単に美人だと言うだけでなく、なんというかこう、きつい中にも柔らかい、慈母のような暖かさがあって、周りに集まるおんなたちも、自然にそういう具合に感化を受けて……いや、このようなことは、あなたはとっくにご承知でしょう」
 なずなの言っていたことがわかった。冗談ではなく、倫子の名は日本中に知れ渡っていたのだ。だから、あちこちにコネを作ることもできたのだろう。
「はい、わかります」
「私が毎年、BSCに頼んできたわけも」
「はい」
「ところが、奥田くんがそれを知らなかったものだから……あなたたちには迷惑をかけてしまいましたね」
「いえ、そんな……」
 倫子がコーヒーを持ってきて、二人に渡した。
「なんのお話?」
「ちょっと昔話をね」
「あら……」
 倫子は意外にも、少し頬を赤らめて歩を見た。
「ばれちゃったわね」
「いいお話でしたよ」
「そう? じゃ、そういうことにしておいて」
 けだるげに倫子はコーヒーを飲む。その横顔を見て、歩は、彼女が里美に言っていたことを思い出す。お金をもらってしまうと…… あれは実体験だったのだろう。
 やっぱり素敵な人だ、と思う。
「何はともあれ、貴女が健在だったのはよくわかりました。来年はまたお願いしましょう」
 広瀬が言うと、倫子はコーヒーをテーブルに置き、ベッドの隅の空いているところに横たわった。
「おや、お休みですか」
「失礼させていただきます。言いたくないんですけど、年ですわ。さすがに、もうこれ以上は無理です」
「どうでしょうかね。彼らが目を覚まさないうちに消えた方がいいのでは……」
「あら、大丈夫ですわ」
 倫子は、あっさり答えたものだった。
「絞りきってあげましたもの。昼までは起きません。その後でなら、もう一晩でも、二晩でも」
「しゃ、社長!」
 歩が叫ぶ。返事はない。
 伝説の女王は、もうまどろんでいる。

――続く――

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



 今回は、少々対象年齢層が高めになりました。
 私は女優もののAVを見たことはありませんが、彼女らの名前は知っています。逆にいうと、あまり興味がなかった中学、高校生にまで、その名は轟き渡っていた。
 そういう雰囲気を再現してみました。
 年増は本来、守備範囲ではないのですが、書いたら存外うまくいきました。もっとも、三十越えてこれほど超美人な女性など、現実にはツチノコ並みに希少な存在でしょうが。

 池之内攻造君は、今回と次回は脇役です。その次から活躍してくれるでしょう。これまで言い忘れましたが、彼の名の読みは、「いけのうちこうぞう」です。
 次回は、なずなについて書いてやります。やっぱり女子高生だよな。

 それでは。
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