沼河比売 ぬなかわひめ

「沼河」は「奴奈川」とも書かれる。高志(越)の国の姫神。大国主神の妻。御穂須々美(みほすすみ)命の母(出雲国風土記)。また諏訪大社の祭神建御名方神(たけみなかたのかみ)の母とする伝もある(『旧事本紀』など)。新潟県糸魚川市の奴奈川神社の祭神。
古事記に沼河比売が八千矛神(大国主)に対して詠んだという歌二首を伝える。以下にはその二首を掲げた。

ここにその沼河日売、いまだ戸を開かずて内より歌よみしたまひしく

八千矛やちほこの 神のみこと ぬえ草の にしあれば が心 浦渚うらすの鳥ぞ 今こそは 我鳥わどりにあらめ のちは 汝鳥などりにあらむを 命は 死なせたまひそ いしたふや 天馳使あまはせづかひ 事の 語りごとも こをば

【通釈】八千矛の神さま、なよやかな草のような女ですから、私の心を譬えるなら、入江の渚に餌をあさる鳥、あちこちふらふらとさ迷っているのです。今は我が家の鳥ですが、あとで貴男の鳥になりますものを。ですからこの命は死なせないで下さいませ。走り使いの者が伝え聞く、事の語り伝えは、かようでございます。

【語釈】◇いしたふや 「天馳使」の枕詞。◇天馳使 神話の伝誦者。海人部の出身者が担ったという。天空を飛んで走る使者の意とも。

【補記】古事記上巻。高志(越)の国にやって来た八千矛の神(大国主)が沼河比売の家に至り、求婚しようと歌を詠んだ。それに対し、戸を開けずに家の内から詠んだという歌。続けて次の歌を詠み、翌晩、二人は結ばれたという。

 

青山に 日が隠らば ぬばたまの は出でなむ 朝日の み栄え来て 栲綱たくづのの 白きただむき 沫雪の わかやる胸を そ手抱だたき 手抱ただきまながり 真玉手またまで 玉手さしき 股長ももながに さむを あやに な恋ひきこし 八千矛やちほこの 神のみこと 事の 語りごとも こをば<

【通釈】青山に太陽が隠れたら、真っ暗な夜がやって来るでしょう。貴男は朝日のように晴れやかに微笑んで来られて、私の真っ白な腕、沫雪のようにやわらかい胸を、その手で愛撫し、抱いていとおしみ、美しい手をさしかわし、足をゆったりと伸ばして、寝ましょうものを。ですから、ひどく恋しがらないで下さいな、八千矛の神さま。事の語り伝えは、かようでございます。

【語釈】◇ぬばたまの 「黒」の枕詞。ぬばたま(檜扇)の種子は黒いことから。◇栲綱の 「白」の枕詞。「たくづの」は楮(こうぞ)の繊維で作った白い綱。

【補記】古事記上巻。


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成21年03月12日