大田部三成 おおたべのみなり 生没年未詳

下野国梁田(やなだ)郡の人。上丁(かみつよほろ)。天平勝宝七歳(755)二月、防人として筑紫に派遣される。

 

難波門(なにはと)を榜ぎ出て見れば(かみ)さぶる生駒高嶺(いこまたかね)に雲そたなびく(万20-4380)

【通釈】難波の水門を漕ぎ出てみると、神々しい生駒山の高嶺に雲がたなびいていることよ。

【語釈】◇難波門 難波の海の舟の出入口。難波津の訛とみる説もある。◇雲そたなびく 雲が水平に長く引いている様を言う。

【参考歌】山部赤人「万葉集」巻三
田子の浦ゆ打ち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける

【主な派生歌】
難波とをこぎ出でてみれば時雨ふる生駒のたけは紅葉してけり(藤原基家[続後拾遺])


最終更新日:平成15年01月04日