評価  ☆☆☆
感動   ☆☆ 
面白さ  ☆☆ 
 リセット   魚住直子      講談社    2003.3

一番リセットしたかったのはだれ?

評価・感想


 中学2年生の三帆は彼女が1歳の時に離婚した母親と二人で海辺のマンションに住んでいる。ところが
ある日、三帆は季節はずれのキャンプをしている男に「ゆづこ」と母親の名前を呼ばれる。どうやら男は三
帆の父親らしい。三帆は時々父親のところへ話しに行くようになる。
 表題の「リセット」は父親が二十年も前に聞いた話で、
「夜中に穴を掘ってそこに座る。そして、穴から出たときは中身がすべて新しくなるんだそうだ。外見的に
は変わらないが新鮮な血が体内をめぐり、新鮮な臓器が脈打ち、身体だけでなく精神的なものもすべて
新しくなる」
 そして、自分をリセットしようと海辺に掘った穴にはいるのが、主人公の三帆、三帆の上の階にすんでい
る呪われているといって持ち物を何でも下へ投げ落とす少年ソガメ、三帆たち三人のグループに入ろうと
接近してきたが陰で笑いものにされていた転校予定のあかり、そして、三帆の父親の四人だ。
 さて、私たちは常にもしあのときに戻れたら、今の煩わしさから解放されればという願望を持っている。
借金、恋愛、家庭、仕事、その他の人間関係に問題を持っている人間であればなおさらのことであろう。
 しかし、そのようなことが起こるはずがないし、そう知って現在を精一杯生きるしかないのが現実である。
 ところで今の自分を「リセット」しなければならない積極的な理由理由がこれらの登場人物にあるのかと
いえばわたしはそうは思わない。
 主人公の三帆はあかりに今までの関わりをなじられたのみで今の自分を完全否定するには根拠はほと
んどないというしかない。
 風変わりな少年ソガメについてはあまりにも設定がいい加減で呪われたという実態も人物像もはっきり
しない。従ってなぜリセットが必要かわからない。
 そして、あかりだが三帆も含めた友人関係で傷ついたとはいえ、転居という一種のリセットが待っている
し、ここでのリセットの意味は薄い。
 一番リセットを望んでいたのは十数年前離婚し、現在はホームレスに近い生活を送っている父親であろ
う。その意味ではホームレスになった男が昔別れた妻子に出会うかもしれない場所にのこのこやってきて
娘に名乗る心理がもう一つわからない。
 さらに、一度穴に入って何事も起こらなかったのに、もう一度一人で穴を掘る三帆の心理も理解できな
い。
 最近の子どもたちは人を傷付けたり、殺人を犯したり、自殺したりするときに現実感がなく、コンピュータ
ーゲームをリセットするようにまた生き返る。元のようになると考えているのではないかという論評もある。
 十四.五歳の少年少女の希薄な現実感と気分が描かれているような気もするが、ここではあまりにも足
を地につけた生活感が失われている。
「物語はいらない。自分の本当の気持ちから逃げなければ。そうでしょ?さあ、やり直そうぜ、パパ」最後
に三帆はこういうが、この言葉は父親以外に当てはまるとは思えない。 はかなく頼りなげで、まるで影絵
のように ぼんやりした映像を見ているようで、呼吸して生きて、感じている実体のある人間と人間の物語
が書けているようには思えなかった