長編童話
ポケットの中の宇宙人
第13回福島正実記念SF童話賞佳作受賞
一 忘れた宿題
教室の窓から、緑の木々や、日光に反射して光る家々の屋根がいくつも重なって見えた。
そのなかに、何匹も、大きいひごいやまごいが、いきおいよく泳いでいる。
「タケシ君、タケシ君」
ぼくはわき腹をつつかれて、やっと、となりのマキがよんでいるのに気がついた。
「なんだよ、うるさいな」
ぼくがもんくをいおうとしたとき、
「タケシ君」
ミドリ先生の声が聞こえた。
ミドリ先生はぼくたち三年三組の担任の先生だ。
ちょっと長い髪の毛をかたまでのばしてカールし、白くてぽっちゃりした顔、ピンクのミニスカートからすらりとのびたかっこいい足、なかなかの美人だ。
ぼくはあわてて前へ向き直った。
ミドリ先生は、両手をこしに当てて、ちょっと目をななめにつりあげ、口をへの字に曲げている。
これは、みどり先生がきげんの悪いしょうこだ。
「どうして、タケシ君のつくえの上には、教科書もノートも出ていないの」
ぼくはやっと、算数の時間がもう始まっていることに気がついた。
あわてて、つくえの中から算数の本とノートを出す。
「あら、これ国語のノートよ」
マキがあきれたようにいった。
ぼくがいそいで、ノートをいれかえようとしたとき、ふでばこが下に落ちてしまった。
ガチャーン
はでな音を立てて、中のえんぴつや消しゴムなどが、あたりにとびちった。
ミドリ先生や、みんなが見ている中で、汗をかきながら、ぼくがやっとなかみを拾い上げてすわると、
「はい」
ミキが自分のノートを出してよこした。
「早く、タケシ君のノートかしてよ。宿題の答えあわせをするんやから」
「えっ、宿題あったの?」
「いまごろ何ゆうてるねん。ひょっとして忘れたってわけ?」
ぼくはしゅんとなってしまった。ほんとに、宿題のことなんか、いまのいままで、完全に忘れてしまっていた。
きのうは仕事でママの帰りが少しおそくなり、あわてて夕飯のしたくや、あとかたづけをしていたので、いつものように、
「しゅくだいはすんだの」
と、ぼくにうるさくいわなかったのだ。
「先生」
マキがむじひにも、手を上げていった。
「タケシ君、宿題、忘れてきています」
「あら、忘れてきたひとはタケシくんだけなの」
ミドリ先生がいった。
宿題を忘れてきたのはぼくと、池田ゴローの二人だけだった。
「じゃあ、この間のやくそくどおり、タケシ君とゴロー君には、特別に計算練習のプリントを一枚ずつ上げます。もし、あした、これを忘れてきたら、明日は二枚になりますからね」
「もう………、いいかげんにしてほしいわ」
ぼくは口の中でぼそぼそといった。
だいたいやくそくやなんて、ぼくがしたわけじゃない。ミドリ先生がかってにいっただけだ。
(だれか、かわりに宿題やってくれるやつがおれへんかなあ)
と、ぼくは本気で思った。
やっと、算数の時間が終わって、外に出ると池田ゴローとはちあわせになった。
「おい、タケシ、ちょっと来い。おれは今日きげんが悪いんや」
きげんが悪いのはぼくも同じだ。しかし、ゴローはそんなことにはかまわず、後ろからぼくに組みつくとプロレスのわざをかけて、
「えいっ」
と、力を入れた。
「いたいっ」
ぼくは悲鳴をあげた。
二 窓からとびこんだ宇宙船
その日、うちに帰ったぼくは、とっくんのうちに遊びにも行かず、つくえの上に、今日もらったプリントをひろげた。
「ひやぁっ」
ぼくは悲鳴をあげた。プリントには、ぼくのきらいな、かけ算やわり算の計算問題がびっしりいんさつされていた。
ぼくはいっぺんにやる気をなくし、えんぴつを投げ出すと、窓の外を見た。
窓の外には、五月の青空がひろがっている。
「あれ?」
ぼくは目をこらしてみた。
青い空の中を、なにかまるいものが、ぐんぐんこちらに近づいてくるのが見える。
ボールにちがいない。
ぼくはあわてて逃げ出そうとした。
しかし、そのボールのようなものは、音もなく、すうっと窓から、ぼくの部屋にとびこむと、つくえの上にピタッと止まった。
ぼくがにげごしで、その物体を見ると、ラグビーボールに少しにていて、やや平べったく、そこは平らだった。表面はアルミのように銀色をしている。
(あれっ?おもちゃのUFOかな)
ぼくは思った。よく見ると、りょうがわに小さい窓のようなものがならんでいるのだ。
やがて、ぼくの見ている前でUFOの横にすっと入り口が開いた。
そして、なんと、その入り口から真っ黒なゴキブリがごそごそはい出してきたのだ。
ぼくは思わず、目の前の算数の教科書をつかんでふりおろそうとした。
何しろ、ぼくのうちでは、ママのげんめいで、ゴキブリは見つけしだい殺すことになっているのだ。
そのとき、ゴキブリのせなかがカパッと開いて、小さい二センチほどの人間の姿をしたものが顔を出し、
<マッタ、マッタ。ワタシハゴキブリデハナイ>
頭の中にへんてこな声が聞こえた。たしかに耳からではなく、ちょくせつ頭の中に聞こえてきたのだ。
<ワタシハ、ハルカセイウンカラ キタ ミニミニセイジンダ。ワタシハ イマ テレパシーデ ハナシテイル。アナタハ ココロノ ナカデ カンガエルダケデ ワタシト ハナシガ デキル>
ぼくはちょっとおどろいたが、たしかにゴキブリのせなかからのぞいた小さい宇宙人が、ぼくの顔を見て話しているように思えた。
ためしにぼくは心の中で話してみた。
<ほんとうにお前は宇宙人なのか。それにしても小さすぎるで、まるで、おもちゃや>
<ワタシハ ミニミニセイジンノ ムルダ。オモチャ ナドデハナイ。コノホシノ モノガ ナンデモ サイズガ オオキ スギルノダ>
宇宙人のムルは、ちょっと気分を害したように答えた。
<本物の宇宙人やったら、何で地球のことばを話せるんや。それに、このゴキブリはなんやねん>
ぼくが聞くと、ムルはちょっとぼくをバカにしたような、くちょうでいった。
<ワレワレハ イセイカンノ コトバヲ ヤクス ジドウホンヤクキヲ モッテイル。イマ ワタシガ ノッテイルノハ ゴキブリ デハナク、チジョウ タンサキダ。コレナラ、スイチョクニモ ノボレルシ サカサマデモ オチナイデ ススメル>
なるほど、ぼくが目をちかずけてよく見ると、ゴキブリ型地上探査機の、六本の足の先にはきゅうばんがついている。これなら、かべやたんすにものぼれるし、天井でもはって行けるだろう。
しかし、それならますます本物のゴキブリそっくりだ。
<ワタシハ ツウシンキガ コショウシテ、ナカマト ハグレタ。ソコデ、シュウリニ ヒツヨウナ ブッシツヲ サガスタメ チキュウニ キタノダ。ブッシツガ ミツカルマデ ココニ カクマッテ ショクリョウト ミズヲ テイキョウシテ ホシイ>
ムルのたのみを聞いて、ぼくにはすばらしいアイデアがひらめいた。しかし、その気持ちをかくしてぼくは心の中でいった。
<よっしゃ。ぼくの条件を聞いてくれるんやったら、協力するわ>
<ジョウケンヲ イッテミテ クレ>
<まず、一番目に、宿題を手伝ってくれること。二番目に、テストのとき答えを教えてくれること>
それだけいってから、ぼくはちょっと考えた。もう、何かないかな。
そうだ、ぼくは去年ママがイヤリングの片方をなくしてさがしていたことを思い出した。
「タケシ、なくしたイヤリング見つけてくれたら、おこずかいあげるわよ。ママにとっては、とっても大事なものなの」
ママはぼくにもそういった。それは、結婚記念日にパパに買ってもらったもので、ねだんもとても高かったらしい。
<三番目は、ママのイヤリングの片方を見つけてほしい。家でなくしたから、どこかにあると思う>
<ショウチシタ。タダシ シュクダイモ テストモ ワカルモノ ダケダ>
ばんざい!とうとうやったぞ。ぼくはうれしさのあまり、とびあがりそうになった。
これで、宿題もお茶の子さいさい、テストもへのかっぱだ。
<バンザイッテ ナンダ>
ムルが聞いた。
<いや、けいやく、せいりつってことや>
ぼくはごまかした。
三 ゴキブリ号出動する
まず、テキを動かすには、えさを与える必要があるとぼくは考えた。何しろ、ギブ アンド ティクというではないか。
そこで、ぼくはまず台所へ行って、パパがお酒を飲むチョコに水を入れ、次に、水屋のカンからクッキーを一つつまんで持ってきた。
ぼくがつくえの上にそれを置くと、ゴキブリのせなかがぱくりと割れて、細いホースのようなものが出てきて水をちゅるちゅると吸った。
次に、ピンセットのようなものが顔を出して、クッキーをはさむと、さっと中に引っ込んでしまった。
<アリガトウ、ミズト ショクリョウハ タシカニ イタダイタ。カンシャスル>
ムルの声が頭の中でした。
<じゃあ、今度は、ぼくの番やで>
<ヨロシイ。ナニカラ ハジメ ヨウカ>
そうだ。ぼくは思い出した。あしたがいつも買っている『少年キャプテン』の発売日だというのに、ぼくのこずかいは、残りが十円玉一こしかないのだ。
<とりあえず、ママのイヤリングのかたわれを、さがしてもらうわ>
<ソレデハ、ミホンヲ モッテ キテクレ。ブンセキシテ データーヲ テニ イレ ナケレバ ナラナイ>
ぼくはママのきょうだいの引出しをあけてイヤリングの片方を持ってきた。去年ママが残念そうにしまうのを見ていたのだ。
イヤリングは金色のリングの先に青い石がはめ込んであり、それはサファイアとか何とかで、リングの部分は金だそうだ。
ぼくがつくえの上にそれを置くと、ゴキブリ号はイヤリングのほうへピカッ、ピカッと光線を当てたようだった。
<ヨシ ワカッタ。タンサニ シュッパツ スル>
そういうと、ゴキブリ号はぴょんと、机から飛び降りると、サッサッと、本物のゴキブリのようにドアの下をくぐって出て行ってしまった。
これで、ぼくは待っているだけで『少年キャプテン』を買うお金が手に入るのだ。
つくえの上のプリントも、あとでムルにやらせればいい。あしたの国語のテストも百点満点まちがいなしだ。
なんて、今日はラッキーな日なんだ。
そのとき、
「ギャーアッ」
ものすごい悲鳴が下から聞こえてきた。
ママだ。
そういえば、今日は仕事が早く終わったのか、さっき、玄関のドアのあく音がしたことを思い出した。
「ゴキブリヨッ!タケシきてっ。タケシったらおれへんの」
声に続いて、ドタンバタンとすごい音がした。
きっと、ゴキブリ号を見つけたママが、近くにあるものをつかんで、追いまわしているのだろう。
しかし、いまだかって、ママにつかまったり、殺されたゴキブリなんて一匹もいないので、ぼくはそのままほっておくことにした。しかし、次にドタンと何かがたおれる音がして、
「イタイッ」
と、ママの声が聞こえたので、ぼくはしぶしぶ下へおりて行った。
台所では、テーブルの上にあったものが、そこら中に飛び散り、いすが倒れてそのそばにママが青い顔をしてうでをおさえていた。
「ママ、どうしたの」
ぼくが聞くと、
「すっごく大きいゴキブリが出たんだから。それより、右手をひどくうってしまったの。ちょっと山田外科へ行ってくるわ。ひびでも入っていなければいいけど」
ママは肩で息をすると、右手をおさえたまま医者へ行ってしまった。
その後、ぼくはあたりをキョロキョロシてゴキブリ号をさがしてみた。
やがて、ごそごそ音がして、ゴキブリ号がはいだしてきた。
<アレト オナジ モノガ ミツカッタ>
さすが、ハルカ青雲からやってきた宇宙人だなと、ぼくは感心した。
<どこにあったの?>
聞いてみると、ゴキブリ号は、風呂場の前の洗濯機のところへぼくを案内した。
<コノ キカイノ ムコウニ オチテ イルヨ>
なるほど、顔をゆかにくっつけてよく見ると、ちらっと何かのかげが見えた。
ゴキブリ号にも手伝ってもらって、くろうして取り出したイヤリングをぼくが洗ってタオルでふいていると、ムルがいった。
<ワノ トコロハ テツニ キイロイ マクヲ ハッテイル ダケダシ、アオイモノハ マドノ ガラスト オナジ ブッシツダシ ドウシテ ソンナモノニ オオサワギ スルノカ ワカラナイネ>
さては、パパはお金がないのでイミティションを買ったなとぼくにはわかった。
いつも、小ずかいの前借をママにしているパパが、どうしてそんな高いものが買えたかぼくにはふしぎだったのだ。
やがて、暗くなってからかえってきたママは白い大きい布で右手をつって、
「ねんざだけですんでよかったわ。でも今夜はインスタントのカレーよ」
と、いったのでぼくはがっかりした。
今まで、ママの仕事が早く終わった日は、たいていママの手作りの料理が出るはずだったのだ。
ぼくは、イヤリングはもう少しママのきげんがよいときに出すことにして、とりあえず、ぼくのつくえの中にしまっておくことにした。
『少年キャプテン』はもう少し待つしかないようだった。
あとは、宿題だ。
さすがに宇宙人だ。円盤の中のコンピューターで、すぐに答えを出してくれたので、ぼくはひと安心した。
これで、明日は、ミドリ先生にも大いばりできるってものだ。
四 コンピューターの答はメチャメチャ
次の日の朝、ぼくはゴキブリ号をポケットに入れて、いさんで家を出た。何しろ、今日は、国語のテストがあるのだ。しかし、こちらにはコンピューターを持った宇宙人ムルがついている。どんとまかせろってところだ。
ワン ワン ワン
急に足もとで犬にほえられて、ぼくは飛び上がった。
ぼくは犬はきらいではないし、今まであまりほえられたこともない。
しかし、どうしたわけか、そのしろと茶色のぶちになった犬は
ウウッ ウウッ
と、しせいをひくくして、いつまでもぼくに向かってうなりつづける。
<ソノ イキモノハ ワタシノ ニオイカ ナニカニ シゲキ サレテ イルヨウダ>
ポケットのムルが話しかけた。
そういえば、このゴキブリ号かムルが、犬のきらいなにおいでも、出しているのかもしれない。
犬は校門のところまでついてきたが、中までは入らないで、行ってしまったので、ぼくはほっとした。
さて、二時間目の算数の時間になってミドリ先生がいった。
「タケシ君と、ゴロー君。きのうのプリントしてきたでしょうね」
「はあい、先生、してきました」
ぼくはいきおいよく答えると、ひらひらとプリントをふりながら前へ行って、みどり先生にわたした。
「ゴロー君は?」
「はい」
ゴローはミドリ先生にせかされて、しぶしぶかばんの中から、しわくちゃになったプリントを出した。
「あら、半分ものこっているやないの」
みどり先生はゴローのプリントを見ていった。
ゴローは、
「ヘヘヘ………」
と、わらってごまかすとコソコソと自分の席へ帰ってしまう。
(ザマアミロ、どんなモンだ!)
ぼくが心の中でベロを出しかけたとき、
「タケシ君!」
ミドリ先生の黄色い声が教室中にキーンとひびいた。
ぼくはびっくりして、ぴょこんとその場に立ち上がる。そのひょうしにふでばこが、
ガチャーン
はでな音を立ててゆかに落ち、中味をそこら中にぶちまけた。
「めずらしく、しゅくだいをしてきたと思ったら、タケシ君、あんた、答はみんなでたらめに書いたのね。みんなメチャクチャにまちがってるやないの」
ミドリ先生のことばに、ぼくはあっけにとられた。
何しろ、こっちは宇宙人のコンピューターの出した答なのだ。ミドリ先生のほうがまちがっているにきまっている。
ぼくは前に出かけていくと、ミドリ先生の持っているプリントをのぞき込んだ。
ミドリ先生のプリントには、ぼくのもらったものとちがって、答が赤色でいんさつされている。
チェッ。先生は自分で答を計算するわけじゃあないんだ。ずるいんだから。
しかし、おどろいたことに、そのいんさつされた答と、ぼくの答はまるっきりちがうのだ。ちょっと計算がまちがったていどではない。
<おい、いったいどうなってるんや。コンピューターこしょうでもしたんか>
ぼくはムルにもんくをいった。
<イマ キガツイタノダガ キミタチハ 十シンスウヲ ツカッテイル。ワレワレハ 十二シンスウヲ ツカッテイルノデ コタエガ チガウノダ>
十しんすうだか何だか知らないが、それでは全くしゅくだいのやくには立たないではないか。
「タケシ君、このプリント返すから、このもう一枚のプリントといっしょに、明日までに必ずしてくるのよ。今度はちゃんと自分で計算してね」
ミドリ先生はそういって、ぼくに、もう一枚、よぶんのプリントまでくれた。
「やったぜ」
「よかったわね」
「もうかったやんか」
クラスのみんなは、ぼくにかわって、大よろこびしてくれた。
五 エッチな宇宙人
三時間目、国語のテストが配られたとき、ぼくはいやな予感がした。
きのう、やくそくしたときムルが、
<シュクダイモ テストモ ワカルモノ ダケダ>
と、いったことを思い出したのだ。
ぼくはおそるおそる、テストのもんだいを見た。一問めは漢字だ。
『つぎのかなを漢字になおしなさい』
@ ワルグチ A イシャ B ビョウイン C セカイ
<おい、ムル>
ぼくはポケットのムルをよんだ。
<ナンダネ>
<テストの答を教えてくれ。漢字や>
<カンジナンテ コンピューターニ ハイッテ イナイ>
そんなアホな。ぼくは目の前が真っ暗になってしまった。
これでは、まるでさぎではないか。計算の答はメチャメチャ、漢字もわからないなんて、これではしゅくだいにも、テストにも、全く役に立たないということだ。
きのうからのぼくのよろこびは、全くのぬかよろこびに終わってしまったのだ。
<チョット ソノアタリヲ シラベテ クル>
ムルのことばが頭の中に聞こえて、ごそごそとゴキブリ号がポケットからはいだしたようだが、ぼくははらを立てていたので(勝手にしろ)と、ほっておいた。
そして、前に、おしりのところを少しけずって、それぞれの面に一から六までの数字を書いてあったえんぴつを取り出した。
それをころがして、
『つぎの答えは一〜五のうちのどれでしょう』
などというもんだいり答をきめるのだ。どうせ、考えてもわからないのだから、しかたがない。
そのとき、
「キャーッ!ゴキブリ!」
ヒロミが悲鳴をあげて立ち上がった。
「えっ、ゴキブリ?」
「うそやろ」
「ここに、わたしのプリントの上にいてる!」
ヒロミがまっ青になってつくえの上を指さした。
ぼくもあわてて立ち上がってそちらを見た。
そのとき、ヒロミのつくえの上にいたゴキブリ号は、ぴょんと下にとびおりると、すごいいきおいで走り出した。
「つかまえろ!」
「ころせ!」
みんな立ち上がって、男子の中には、ふでばこや教科書をふりあげて追いかけたり、大さわぎになった。
「みんなすわって!すわって!テスト中でしょ」
ミドリ先生が大声でわめくが、だれも聞いていない。
ゴキブリ号は教室の後ろまで行くと、少し戸の開いていた、だれかのロッカーの中へゴソゴソとはいこんだ。
そのとたん、すごいいきおいで戸が開くと、中からゴキブリ号と一匹の犬が飛び出してきた。
ワンワン ワンワン
ゴキブリ号は必死で、ゆかからつくえの上に飛び上がり、つくえからつくえに飛びうつって逃げる。
犬がその後をすごいいきおいで追いかける。
「キャーッ」
「なんや、なんや」
「たすけてーっ」
テストのプリントはまいあがり、したじきやふでばこは、そこら中にとびちるし、教室中が大さわぎになった。
女の子はあちこちにげまわり、男の子たちも何がなんだかわからず、うろうろするばかりだ。
ミドリ先生も、ぼうぜんとして教室の前に立っていた。
すると、犬に追われてミドリ先生の足元までにげてきたゴキブリ号がいきなり先生の足をかけあがってスカートの中に飛びこんでしまったのだ。
「キャーッ」
ミドリ先生がものすごい悲鳴をあげる。犬が足もとでワンワンほえる。
ミドリ先生がその場にしりもちをついたとき、やっと、一郎と真二が犬をつかまえた。
そのとき、やっとゴキブリ号がミドリ先生のえりもとからはいだしてきた。
ミドリ先生は悲鳴をあげつづけていたが、とうとうさいごに、
「ギャッ」
と、さけんで気ぜつしてしまった。
「ミドリ先生!」
「先生、大じょうぶ?」
「だれか、ほけんしつにしらせて!」
大さわぎの間に、やっとゴキブリ号はみんなに見つからないように、ぼくのポケットにすべりこむことが出来た。
あとでわかったのだが、犬は、朝学校に来るとき、一郎と真二が、道でひろってつれてきたのだが、じゅぎょうがはじまる前にロッカーにかくしていたのだった。
六 いじめをゆるすな
やっと、四時間目が終わって給食のじゅんびがはじまった。
男子も、女子も当番はみんな白いエプロンをつけて、食器やパンをくばっている。
どうやら、今日はハンバーグとやさいスープらしい。
ぷーんと教室においしそうなにおいがひろがってきた。
ミドリ先生はさっきじむの先生が電話だとよびにきて、しょくいんしつへいったきりまだ帰ってきていない。
「おい、お前のパンなんかいらんわ。ヨシきんがうつるわ」
ゴローの声がした。
「キャーッ。さわらんといて。あっちへいってよ」
ゴローのとなりのエリまでがヨシオにそんなことをいっている。
「おーい、真二。パンはよ持ってこい」
ゴローはもう一人のパン係の真二をよんだ。
「きたない。バイキンがうつるやないか」
そのあと、ヨシオはまた、ゴローの子分のマコトにいわれた。
ヨシオはこまったようにあたりをキョロキョロ見る。
「おれにかせよ」
一郎がヨシオからパンばことパンばさみを取り上げて、やっと給食のじゅんびがすすみはじめた。
ヨシオはしょんぼりとじぶんの席に帰る。
<バイキンッテ ナンダ>
ムルが聞いた。
<バイキンは、体の中に入ると病気になったりする、小さい、目に見えへん生き物のことや>
ぼくが答えると、
<サイキンノ コトダナ。デモ、ドウシテ アノ ヨシオト イウコ ダケニ ツイテイルト イウンダ。サイキンハ ミンナニ ツイテイル>
<あれは、ゴローがわざとあんなことをいって、ヨシオをいじめているんや。みんなの中にも、ゴローといっしょになって、ヨシオをいじめているものもおる>
<イツモ ナノカ>
<いつもや>
<イジメラレルノハ ヨシオ ダケカ>
<ぼくとタッくんも、いつもプロレスのわざをかけられたりして、いじめられている。ゴローがこわいので、だれもやめさせられへんのや>
ぼくはちょっとなさけない気持ちになった。ヨシオがきたないといわれても、見ているだけだし、ゴローがぼくにプロレスのわざをかけてもいやだとか、やめろとか、なかなかいえないのだ。
<ケシカラン!ヨワイ ナカマヲ イジメル ナンテ ユルセナイ>
ムルはおこっていた。
<ワタシタチノ ミニミニセイハ タイヨウガ サイゴノ トキヲ ムカエテ ヒカリモ ネツモ トドカズ ミンナ ナカヨク キョウリョク シナケレバ イキテ イケ ナカッタ。
ヨワイモノモ ツヨイモノモ チカラヲ アワセナイト シンデ シマウノダ。
ワタシト キミデ ゴローノ イジメヲ ヤメサセヨウ>
<わかった。あとで、作戦を立ててみよう>
ぼくはへんじをしたが、しゅくだいも、テストにも役に立たないコンピューターと、犬に追いかけられても、にげるだけのゴキブリ号で、そんなことができるかどうかうたがわしいと思った。
七 ゴローのじゃくてん
<ナニカヲ スルトキニハ ジョウキョウノ ハアクト ブンセキガ ヒツヨウダ>
ムルがいった。
<なんかむつかしい、いいかたやけど、ようするに、ゴローのようすをさぐるということやな>
<そのとおり>
<よし、それなら、さっそくゴローの家へいってみよう>
そういうわけで、その日、家にいったん帰ると、かばんを部屋においてから、ゴキブリ号をポケットに入れて、ぼくは家を出た。
ぼくの家から、前の公園をぬけて橋を渡り、ゆうびんきょくの角を曲がると、ゴローの家はすぐだった。
さいわい、ゴローのうちは平屋だったので、いけがきのかげにしゃがむと、何とか中のようすがわかりそうだった。
<ワタシガ ナカヲ シラベテ クル>
ムルはそういって、ゴキブリ号はゴソゴソと勝手口のほうへはっていった。
ぼくはゴキブリ号がゴローに見つからないかちょっと心配だった。何しろ、ゴローは家のママより、何倍も運動しんけいがはったつしているから、見つかれば、つかまるか、たたきつぶされてしまうかもしれない。
しかし、いつまでも気にしていてもしかたがないので、ぼくは窓の下に近づいて耳をすませた。
「ゴロー、ゴロー」
女の人が、中でゴローをよぶ声が聞こえた。
ゴローのお母さんだろう。
「さっきたのんだ、やおやさんへはもう行ってくれたかい」
「ああ、ほうれん草と大根、台所のテーブルの下においといたで」
「そう、フロの水は?」
「いまから入れるよ」
「そんなら、フロの水入れて、火つけたらせんたくものたたんどいて」
「オッケー」
ゴローのへんじが聞こえる。
どうも、ゴローは家ではけっこうお母さんの手伝いをしていい子らしい。ぼくなんかより、よっぽど家のしごとをしているみたいだ。
しかし、感心ばかりしてはいられない。ゴローのじゃくてんをしらべて、いじめを止めさせなければならないのだ。
ぼくも、いじめのひがいしゃなんだから、しっかりしなければいけない。
「おにいちゃん」
こんどは、女の子がゴローをよんだ。どうやら妹らしい。
「おにいちゃん。このしゅくだい、ちょっと手伝ってよ。算数のドリルにわからへんとこがあるねん」
「うるさいなあ。そんなもん、自分でやれ」
「いじわる。手伝ってくれへんかったら、ばん、トイレについていってあげへんよ」
「へーんだ」
「こわがりのくせに。ばん一人でトイレに行ったら、下からにゅうーっと手が出てきて……」
「わかった、わかったよ。これがすんだらすぐ行くから」
ゴローがあわてていったのが聞こえた。
ぼくはしめたと思った。ゴローはすごいこわがりなのだ。
<ジョウキョウガ ワカッタ。ヒキアゲ ヨウ>
ムルの声が頭の中で聞こえた。
ぼくたちは家へ帰ってから、作戦を立てた。
そして、ぼくは、こっそり、いまのたんすの上のカイチュウ電とう二つから、豆電きゅうと電池を外し、パパのつりざおからつり糸を少しかりた。
これで、じゅんびはすべてOKだ。
八 ガイコツの目が光った
テレビや映画のえいきょうか、学校の怪談というものがはやっていて、ぼくの学校にもにたような話がある。
まず、開かずの教室、今使っていない教室なのだが、なぜかくぎづけにしてあって、だれも入ったものがいない。 何十年も前にいじめられて、窓からとびおりて死んだ女の子のれいが、いるのだそうだ。
つぎに、ほうかご、だれもいないはずの音楽室から聞こえてくるピアノの音。
だれも入っていないのに、いつもしまっていて開いていたことのないトイレ。
そして、理科室のガイコツは本物の人間の骨で、そのしょうこに血がついているし、戸だなには、そのガイコツの心ぞうがホルマリンにつけておいてある。
ぼくのクラスでも、女の子がキャーキャーいいながら、そんな話をしていることがある。
しかし、ぼくはミドリ先生が憎みの岡田先生が話しているのを聞いて知ったのだが、開かずの教室は四階にあるのだが雨もりがして、しゅうぜんするとすごくお金がかかるので、教頭先生がくぎをうちつけて入れないようにしたそうだ。
音楽室のピアノは、だれかそそっかしい子が、ひいている子がちいさいので、ピアノのかげで見えなかったのに気がつかなかったのだと思う。
また、女子トイレは、ようむいんのおじさんがそうじをしているとき、
「ここのトイレの戸、きついなあ」
と、こぼしているのを通りがかりに聞いたことがある。一、二年生ぐらいの女の子の力ではなかなか開かないらしい。
理科室のガイコツはぼくが理科係なのでじゅんびしつに入ってさわったこともあるが、かるくてかさかさしていて血なんかついていない。まちがいなくただのもけいだ。
それに、戸だなには、フナのホルマリンづけはあったが、人間の心ぞうなんてなかった。
こんどの、ぼくとムルのけいかくは、このガイコツにひとはたらきしてもらおうというのだ。
三時間目は理科だったので、ぼくは二時間目が終わるとすぐ、理科室に八つのはんの数だけビーカーとじょうはつ皿を取りにいった。
理科じゅんびしつに入ると、ぼくとゴキブリ号は大いそがしだった。
ガイコツの目に豆電球とかん電池を入れて明かりがつくようにする。つり糸のテグスをガイコツの手にむすびつけて、てんじょうに止めておく。
じゅんびが終わると、ぼくはわざとビーカーを一つ足りないように、七つだけ箱に入れて教室に帰った。
理科の時間がはじまると、一番はしっこの八はんが、
「先生、ぼくらのはんのビーカーがありません」
と、口をとがらせてもんくをいった。ゴローはその八はんにいるのだ。
うちあわせてあった通り、ムルがテレパシーでミドリ先生の頭の中で、
<ゴローニ トリニ イカセル。ゴローニ トリニ イカセル>
と、くり返していった。
ミドリせんせいはちょっとへんな顔をしていたが
「ゴロー君、理科室にいって、ビーカーを一つとってきてちょうだい」
と、うまくいってくれた。
「ちぇっ、何でおれがいかなあかんねん」
ゴローはぶつぶつもんくをいっていたが、それでもしぶしぶ立ち上がって教室を出る。
ぼくはちょっとだけ間をおいて。
「先生、ぼく係りやから、ちょっと見てきます」
と、いって、ミドリ先生が何もいわないうちに、うまくろうかにとびだした。
ゴローが理科じゅんびしつに入るのを見て、ぼくはこっそりと理科室とのさかいのドアのところからのぞきこむ。
ゴキブリ号はすばやく、かべをかけのぼって、てんじょうの糸の所へ行く。
ゴローは戸だなの下を開けてビーカーを探していた。係りではないので、どこにビーカーがあるのかよくわからないらしい。
そのとき、
<イケダゴロー、イケダゴロー>
頭の中できみのわるい声がした。
ムルの声だ。ゴローの頭の中に聞こえているのだが、ぼくにも聞こえるようにたのんであったのだ。
ゴローがびくっとして動きを止める。
<ワタシハ コチラダ。コチラヲ ムキナサイ>
カタカタとゴローの後ろで音がした。
こわごわふりむいたゴローは、目をむいていまにも気ぜつしそうになった。
ガイコツの目がピカッと光ったのだ。そして、ゆっくり手をあげるとおいでおいでをした。
「ギャッ」
と、さけんでゴローはしりもちをついた。
<イケダ ゴローヨ。オマエハ タナカヨシオヲ キタナイトカ、バイキンガ ウツルトカ イッテ イジメテイルナ。ホカニモ プロレスデ イジメテイル コモイル。ドウダ>
「は…は…はい」
ごローはやっとへんじをした。
<イジメルノハ イケナイ コトダ。キョウカギリ ヤメルノダ>
「は、はい。やめます。やめます」
<モシ ヤメナイト ワタシハ オマエニ トリツイテ イエマデ ツイテイキ トイレニ スミツクガ ドウダ>
ごローはまっさおになって、ゆかに頭をすりつけた。
「やめます、やめます。だから、ぜったい家にはこないで下さい。おねがいです」
そのとき、ろうかがわのドアが、がらっと開いてミドリ先生が顔を出した。
「どうしたの?」
いいかけたミドリ先生の方に、ガイコツがふらっとたおれかかった。
ミドリ先生は、ガイコツの光った目がすぐ顔の前にくるのを見て、
「ギャッ」
と、さけんで目をまわしてしまった。
ぼくはあわてて、てんじょうのゴキブリ号を見ると、なんと糸をはなして、がさがさとへやのはしの方に行きかけているではないか。
いったい、にんむをほったらかして、どうしたというのだ。
<ムル、どうしたんや>
<ミツカッタノダ。ツウシンキヲ シュウリスル ブッシツガ。タンサキニ ハンノウガ アッタ>
ムルはこうふんしていった。
ぼくはあわててガイコツのところへ行くと、糸や、豆電球を外してポケットにかくした。
ゴキブリ号は、後ろのたなにおいてある、鉱石の標本を入れた箱のところにいた。
<コノ ナカニアル スイショウト イウ ブッシツダ。ホンノ スコシ カイデ モラオウ。メッタニナイ メズラシイ ブッシツダガ ミツカッテ ヨカッタ>
そのあと、ぼくはゴキブリ号をポケットに入れて、気を失っているミドリ先生とゴローを起こしに行った。
九 さようなら、ミミニミニ星人
つぎの日、ぼくは自分のへやで、いすにすわり、宇宙人ムルはつくえの上で、ゴキブリ号にちょこんとこしかけていた。
きのうの理科室での事件いらい、ゴローはヨシオをいじめていないし、ぼくや、タッ君にもプロレスのわざをかけたりしていない。
それに、子分のマコトがヨシオに
「バイキン、ヨシキン」
と、いったのに、
「おい、やめとけ。もうバイキンはやめや」
と、やめさせたので、もうだいじょうぶだろう。
ムルは、あのあと、通信機のこしょうをなおして、なかまにれんらくしたので、もうすぐここにむかえに来るそうだ。
<アリガトウ オカゲデ ナカマト レンラクガ トレタ>
ムルがいった。
<これから、どこに行くの?>
ぼくが聞いてみると、
<ワレワレハ ミニミニセイノ タイヨウガ シンデ スメナク ナッタノデ イジュウスル ホシヲ サガシテ イル>
<えっ、そしたら地球にすむつもりなの?>
<イヤ、チキュウニハ ニンゲンガ ブンメイヲ ツクッテイル。ギンガレンメイデハ ブンメイノアル シュゾクヲ ホロボシテハ ナラナイト キメテイル>
<へえー、そしたら、どこかにちょうどよい星でもあるの?>
<ブンメイノアル シュゾクデモ メツボウシタ アトナラ ソノホシヲ リヨウシテモ ヨイコトニ ナッテ イルノデ イマ イクツカノ ホシヲ カンサツ チュウダ>
<えっ、ほかにも文明のはったつした星があるってこと?>
<ソウダ チキュウニハ センネンマエカラ ヒャクネンゴトニ キテイル>
ぼくはそれを聞いておどろいた。
<それって、ひょっとして人間がほろびるのを待ってるんか>
<ワレワレノ コンピューターデハ アト ゴセンネングライテ゛ スメルカモ シレナイト デテイル>
<とんでもない!人間ってすばらしいちえを持ってるんやぞ。ほろびるなんてぜったいない>
ぼくはいつかミドリ先生がいったことを思い出していた。
<ミライノ コトハ ダレニモ ワカラナイ>
ムルがいった。
そうだ、しゅくだいにも、テストにも役に立たないコンピューターのいうことなんか、しんじることはないのだ。これから、ぼくたちががんばればよいのだ。
<ナカマガ キタラシイ>
ムルがいった。
ぼくは窓から外を見た。すると、青い空いっぱいに、まるで鳥の大群のように点々と、むすうの円盤があつまってきていた。
ぼくのつくえの上の円盤も、ムルがのりこむとブルブルと少しふるえてから、すっとうきあがった。
<さようなら>
<サヨナラ ゲンキデナ>
ムルの声がしたかと思うと、矢のようなはやさで、窓から空へまいあがっていった。
そして、やがて、円盤の大群は空高くのぼっていき、すぐに見えなくなってしまった。
(終わり)